カテゴリ:マイケルジャクソン資料( 66 )

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☆Bee Gees。毛量に著しい差がある右(ロビン)と左(モーリス)は双子で、中央が長男バリー・ギブ)


マイケルと70年代(70's Hit Tune 1974 - 1976) のつづき


ヒゲは少なくなってきたもの....ここまでイケメンが少な過ぎない?って思ったのはわたしだけでしょうか?
 
そのせいなのか、1975年のデヴィッド・ボウイの美男ぶりは際立って異質に見えました。わたしが、歴史として知っている70年代は「プログレ」だけでなく「グラム・ロック」の時代なんですが、

◎グラムロック(ウィキペディア)

60年代のヒッピー文化や自然回帰運動の反動で、人工的で都会的な「グラムロック」が生まれ、ボウイと同じくグラムロックのスター、T-REXの最大のヒット曲“Get it on”は1971年で、アメリカでは10位が最高位(年間でなく)でしたが、

デヴュー当時から、両性具有的で、宇宙人キャラを演じてきたボウイは1975年のアルバム『Young Americans』で、これまでのグラム・ロック的な音楽やファッションから脱皮することで、米国での一般的人気を得たようです。

また、70〜73年に「ファンク」「インディアン」「アボリジニ」などのキーワードがあちこちに見られるのは、“60年代末からのスライ&ザ・ファミリー・ストーンらの影響や、自然回帰やヒッピー文化が大衆化されたからで、

ジョン・デンバーは、60年代フォークのカントリー化、エルトン・ジョンは、60年代ポップアート文化の大衆化と言えるかもしれません。レディ・ガガからは、いつも80年代を濃厚に感じるのですが、この頃のエルトンもすごく頑張ってましたね。

シングルチャートに注目してみたのは、若者だけでなく、広大なアメリカ全土で、頻繁にラジオオンエアされていたような曲の動向が、よりわかると思ったからなんですが、70年代も後半になると「ビジュアルの時代」が到来し、ディスコミュージックが凄まじい勢いで席巻し、79年はトップ10のうち、1位の"My Sharona" 以外はすべて「ディスコ」。

"My Sharona"は『スリラー』制作時に、クインシーが作品に力強さを与えるために「ブラック・マイシャローナ」を望んだと言われている曲で、ダンスもビートも、まさにMJの到来を感じさせるところまで「時代が来た」という感じも。。

わたしは、マイケルが葬り去ったものを意識して、70年代を振り返ってみようと思い、彼の「戦略」「豪腕」「数の論理」といった政治力にも注目していたのですが、70年代は、MJにとって12歳から21歳。

彼の多才さと、見せる顔の多さは、今は充分過ぎるほど知っていますし、受け手にとっては、あまりにも多過ぎて、意識できない部分もまだまだ一杯あると思いますが、70年代に成功したアーティストを見ていた同時期のMJからは、それらを貪欲に吸収しようとしている意志の強さや「やれることはすべてとことんまでやる」だけでなく、そこから、どこまでも際限なく努力していった姿の方が、やっぱり強く感じられて、

さて、どーしよーかなーと、またもや、困惑してますww。

でも、意識していなかった点で、少しわかりかけて来たこともありました。わたしは、アメリカ人が、MJを語るときに、よくエルヴィスを引き合いに出すことがすごく不思議だったんですね。だって彼は50年代の人ですし、、

作詞・作曲をこなし、ダンサー、シンガー、エンターティナーのMJと、どんなに魅力的であれ、シンガーで俳優のエルヴィスとでは、全然比較にならないんじゃないかと思っていたんですが、、、

「あ、そういうことか」と、自分では少し納得してしまう点も気づいたので、そんなことも、いずれまた。。

ジャクソンズの「Blame It on the Boogie」は1978年「Shake Your Body」は1979年「Can You Feel It」が1981年ですが、年間ではトップテン外。MJの最初のメガヒットアルバム「Off The Wall」は1979年発売で、“Don't Stop 'Til You Get Enough”は年間36位“Rock With You”は、1980年の4位にランクインしています。

下記は、1977年から1979年の年間シングルベストテンです。


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Bee Geesの弟、アンディ・ギブ!



◎The Top 10 Singles of 1977

☆正統派女性ボーカリストの人気はまだ健在!
1位:"You Light Up My Life" - Debby Boone

☆ビージーズの弟、アンディ・ギブ。爽やかすぎるーーー!!!
2位:"I Just Want To Be Your Everything" - Andy Gibb

☆バーバラも強い!74年に続いて2曲目!!
3位:"Evergreen" - Barbra Streisand

☆大人気TV番組「チャーリーズ・エンジェル」のテーマソングらしい。
世界中で人気だったファラ・フォーセット登場版と歌っている方のヴァージョンの2種類

4位:"Undercover Angel" - Alan O'Day(チャーリーズ・エンジェル)
4位:"Undercover Angel" - Alan O'Day

5位:"I Like Dreamin'" - Kenny Nolan

☆80年代前半までメガヒットを連発「ポップ・ミュージックの完成者」と言われるアバ!
6位:"Dancing Queen" - Abba

7位:"Torn Between Two Lovers" - Mary MacGregor

☆この人の声、めちゃめちゃ好きっ!
8位:"Higher And Higher" - Rita Coolidger

9位:"Best Of My Love" - The Emotions

10位:"Southern Nights" - Glen Campbell


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John Travolta & Olivia Newton-John。映画「グリース」



◎The Top 10 Singles of 1978

☆「サタデーナイトフィーバー」来たーーー!わたしはこの映画まだ観てません
1位:"Night Fever" - Bee Gees

☆アンディ・ギブ2曲目!!
2位:"Shadow Dancing" - Andy Gibb

☆70年代のビージーズは、この曲で3曲目(ギブ兄弟的には5曲目)
3位:"Stayin' Alive" - Bee Gees

4位:"Kiss You All Over" - Exile

☆コモドアーズとライオネル・リッチーは、音楽的にすごく白人ぽい気がする
5位:"Three Times A Lady" - Commodores

☆この曲のボーカルが、こんな日系?美人のような方とは知らなかった!
6位:"Boogie Oogie Oogie" - A Taste of Honey

7位:"Baby Come Back" - Player

8位:"Emotion" - Samantha Sang

☆映画「グリース」これも観てません
9位:"You're The One That I Want" - John Travolta & Olivia Newton-John

☆またまた登場、この曲で3曲目のフランク・ヴァリ。アル・パチーノ似のこの人のこと、
今まで全然知らなかったのですが、60年代もヒット曲がとても多くて驚きました!

10位:"Grease" - Frankie Valli


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◎The Top 10 Singles of 1979

☆偉大なる「一発屋」ナック!
1位:"My Sharona" - The Knack

☆メンバーのナイル・ロジャースは、80年代を席巻することになる名プロデューサー
2位:"Le Freak" - Chic

☆ロッド・スチュワートはこれで3曲目!!!
3位:"Do Ya Think I'm Sexy?" - Rod Stewart

☆ドナ・サマーも、ここからヒット連発。
4位:"Bad Girls" - Donna Summer

☆日本でもカヴァーヒットした「ヤングマン」
5位:"YMCA" - Village People

6位:"Reunited" - Peaches & Herb

7位:"Ring My Bell" - Anita Ward

8位:"I Will Survive" - Gloria Gaynor

☆またまたビージーズ。これで4曲目!!!!(ギブ兄弟的には6曲目)
9位:"Too Much Heaven" - Bee Gees

☆ドナ・サマーは79年だけで2曲ランクイン!!
10位:"Hot Stuff" - Donna Summer




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by yomodalite | 2011-11-11 09:38 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)
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マイケルと70年代(70's Hit Tune 1970 - 1973)のつづき

とにかく、73年までは、どんなジャンルでも「長髪でヒゲ」がめちゃめちゃ流行っていることがわかりました。(そんだけかっ!)

わたしが歴史として知っている70年代は、ピンクフロイドのアルバム『狂気』('73)が、マイケル・ジャクソン『スリラー』('82)、AC/DC『バック・イン・ブラック』('80)に次ぐ、世界の歴代アルバム・セールス3位を記録していて、「プログレッシブ・ロックの時代」のイメージだったんですが、これまでのところ、さっぱりそんな気配は感じられませんね。(シングルを見終わったらアルバムチャートも確認してみようかなぁ。)

◎[音が鳴るので注意]ロックの歴史:プログレッシブ・ロック
◎プログレッシブ・ロック(ウィキペディア)

それと、わたしが70年代ヒット曲をほとんど知らないせいで、年間シングルベストテンのようなチャートをうっかり使ってしまったんですが、年間でベストテンに入るって、かなり大変で、Jackson 5 のヒット曲「Dancing Machine」は1974年なんですが、年間ベスト10には入っていませんし、JBの「Sex Machine」は1970年の15位です。

実は、80年代キングとして圧倒的な存在だと思われているMJも、80年代を同じようにシングルベストテンで振り返ると、思ったほどランクインしてなくて、ランクインしている曲のうち2曲はポールとの共作だったりするんですね。(言うまでもないかもしれないけど、ポール・マッカートニーはスゴくて....シングルチャートでも驚くほど売れてる)

また「白人」と「非白人」という変な分類をしてしまいましたが、わたしは、昔から「黒人音楽」とか「ブラック・ミュージック」とか意味がわからなくて....

だって、ジャズも、ブルースも、R&Bも、ロックンロールもヒップホップも全部「黒人音楽」でしょう? 黒人音楽でないような音楽を、白人がどれぐらいやっているのか?ということを、ちょっと確認してみたかったんですが、

黒人と断定するのも、白人と断定するのも音楽のジャンル分けも全部難しいです。

下記は、1974年から1976年の年間シングルベストテン。

◎The Top 10 Singles of 1974

1位:"The Way We Were" - Barbra Streisand
3位:"Seasons In The Sun" - Terry Jacks

☆Grand Funk Railroad〜Grand Funk〜Grand Funk Railroadとバンド名が変更
6位:"The Loco-motion" - Grand Funk

☆1973年に次いで2曲目!!
7位:"Bennie And The Jets" - Elton John

☆1971年に次いで2曲目!!
9位:"Sunshine On My Shoulders" - John Denver

[非白人]

2位:"Come And Get Your Love" - Redbone
4位:"Show And Tell" - Al Wilson

☆リーダー(指揮者)のBarry Whiteが黒人
5位:"Love's Theme" - The Love Unlimited Orchestra

8位:"You Make Me Feel Brand New" - The Stylistics
10位:"T.S.O.P. - MFSB featuring The Three Degrees


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◎The Top 10 Singles of 1975

1位:"Love Will Keep Us Together" - Captain & Tennille
2位:"Rhinestone Cowboy" - Glen Campbell

☆D・ボウイのこの曲が、アメリカでここまで売れていたとは思いませんでした!
3位:"Fame" - David Bowie

5位:"My Eyes Adored You" - Frankie Valli

☆1971、1974年に次いで3曲目!!!
6位:"Thank God I'm A Country Boy" - John Denver

☆1973、1974年に次いで3曲目!!!
7位:"Philadelphia Freedom" - Elton John

☆イーグルスは当時の画像や影像の動画が探せず。
8位:"One Of These Nights" - Eagles

9位:"Pick Up The Pieces" - Average White Band
10位:"At Seventeen" - Janis Ian

[非白人]

4位:"Shining Star" - Earth, Wind & Fire


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◎The Top 10 Singles of 1976

☆エルトン・ジョンは1973、1974、1975年に次いで4曲目!!!!
2位:"Don't Go Breaking My Heart" - Elton John & Kiki Dee

3位:"Play That Funky Music" - Wild Cherry

☆ロッド・スチュワートは1971年に次いで2曲目!!
4位:"Tonight's The Night" - Rod Stewart

☆ポール・マッカートニーは1973年に次いで2曲目!!
6位:"Silly Love Songs" - Paul McCartney and Wings

7位:"A Fifth Of Beethoven" - Walter Murphy

☆ポール・サイモンは1970年に次いで2曲目!!
9位:"50 Ways To Leave Your Lover" - Paul Simon

☆フランキー・ヴァリも1975年に次いで2曲目!!
10位:"December, 1963 (Oh, What A Night)" - Frankie Valli & Four Seasons

[非白人]

1位:"Disco Lady" - Johnnie Taylor
5位:"Kiss and Say Goodbye" - The Manhattans

☆リードボーカルはスモーキー・ロビンソンじゃなくて、Billy Griffin(作曲も彼)
プロデュースはジャクソン5の“ABC”, "The Love You Save", “Mama's Pearl”,
“Maybe Tomorrow”や「Saturday Night Fever」のサントラも
プロデュースしている超天才、Freddie Perren
あらためて思ったけど、ベリー・ゴーディーは「偉人」だと思う。。

8位:"Love Machine (Part 1)" - The Miracles


☆マイケルと70年代(70's Hit Tune 1977 - 1979) に続く


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by yomodalite | 2011-11-09 09:38 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(5)
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☆写真は“Three Dog Night”

なんだか少し前から、個人的に70年代が気になっていて....それで、これから、ようやく70年代への旅に出ようと思っているところであるにもかかわらず、めちゃめちゃ大風呂敷なタイトルなんですが.....

わたしはブリティッシュロック好きで、デヴィッド・ボウイ、ロキシー・ミュージック、T-REXを後追いしていたので、70年代ロックはちょっぴり「知ってるつもり」だったんですが、そこにはアメリカ的なものは含まれていなくて、

今振り返ってみても、アメリカの70年代ヒット曲は、わたしには、わからない曲がほとんどで、2003年頃のブレット・ラトナー監督のMJインタヴューの中で、


語っていたビージーズの“How Can You Mend A Broken Heart”という曲も、さっぱり知らない曲でした....でも、それは、わたしの個人的な感想だけでなく、

音楽以外でも、50年代、60年代、80年代はリヴァイヴァルがあったと思いますが、70年代は今に至るまで、あまり振り返られていないんじゃないかと思うんです。

MJが旅立ったときに、わたしが、まず思い出したのは「90年代」でした。90年代は、私が社会人になった時代ですし、MJは全盛期でありながら、それゆえの大きな批判も受けていた時代だったので、2000年以降の「滑稽なセレブ」としてのメディア状況が拡大していくきっかけという意味でも、わたしには、すごく胸に突き刺さるものがあったんですね。

90年代がMJを拒否していったのは、逆に言えば、80年代が圧倒的に「マイケル・ジャクソンの時代」だったからで、さらに引っくり返して言えば、80年代のMJが、70年代を葬り去ったとも言えるかもしれません。

で、そのことを、2011年に大雑把に振り返って、テキトーなことを言うと、MJは「グローバリズムが生んだ史上最高の商品」だったんじゃないかなぁと思うんです。

70年代のアメリカは、まだグローバリズムではないせいか、わたしは今、この時代より前の「白人」にすごく興味があって、それと、MJはアルバム「インヴィンシブル」の時期に、今までにない曲というテーマ(冒頭の3曲)だけでなく、70年代回帰というか、発展的リ・メイクの意図があったように感じていて、

それは曲づくりだけでなく、彼のヘアスタイルがストレートヘアになっていたりなどの「顔」的なことから、内面的というか、現実的な白人からは失われた「精神」にまでそんな気がしたので、とりあえず、70年代の「Top 10 Singles」を確認してみたくなりました。

普通の天才アーティストなら、年間シングルベストなんて、どーでもいいことだと思います。だって、一番売れるものが「一番いいもの」なら、マクドナルドやコーラが「一番美味しいもの」になるはずですし....

でも、MJが、他の天才アーティストと決定的に違うのは、幼い頃に売れて、その不自由さを知り付くし、経済的にも大成功した後に「もっと売れること」を異常な熱意でこだわっていたことで、そこは、彼の創造を考えるうえでも、かなり重要だと思うんですよね。

そんなわけで、70年代ヒッツを確認しつつ「顔について」の続きを考えようかなぁと。。

ジャクソン5のデヴュー曲「I Want You Back」は1969年で、「ABC」「The Love You Save」「I'll Be There」はすべて1970年のヒット曲ですが、下記の年代トップテンによれば「ABC」のみがランクインのようです。また、ランクは、白人と「非白人」に分けてみました。

◎The Top 100 Seventies Singles

◎The Top 10 Singles of 1970

1位:"Bridge Over Troubled Water" - Simon & Garfunkel
2位:"American Woman" - The Guess Who
3位:"Get Ready" - Rare Earth
5位:"Raindrops Keep Fallin' On My Head" - B.J. Thomas

7位:"Let It Be" - The Beatles

8位:"(They Long To Be) Close To You" - Carpenters

☆メンバ−に黒人がいるけど...バンド名はアボリジニの言葉より
9位:"Mama Told Me Not To Come" - Three Dog Night

[非白人]

☆モータウンを辞めた、ホーランド=ドジャー=ホーランドのレーベル
「インヴィクタス」のダイアナ・ロスと呼ばれた美人ソウルシンガー

4位:"Band Of Gold" - Freda Payne

6位:"ABC" - The Jackson 5


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☆写真は“The Osmonds”

◎The Top 10 Singles of 1971

☆70年に続いて、2曲目!
1位:"Joy To The World" - Three Dog Night

2位:"It's Too Late" - Carole King
3位:"How Do You Mend A Broken Heart" - The Bee Gees

☆モンキーズのライバルと言われたことも
4位:"Indian Reservation" - The Raiders

☆当時はジャクソン5のライヴァルと言われていたオズモンズ
5位:"One Bad Apple" - The Osmonds

☆オズモンズの「MJ」、ダニー・オズモンドのソロ
6位:"Go Away Little Girl" - Donny Osmond

8位:"Take Me Home, Country Roads" - John Denver
9位:"Maggie May" - Rod Stewart

[非白人]

☆Tony Orlandoは、特に若い頃は割と白いので...ちょっと微妙なんですが、
Dawnも含めて「非白人」でいいよね?

10位:"Knock Three Times" - Tony Orlando & Dawn

7位:"Just My Imagination (Running Away With Me)" - The Temptations


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☆写真は“Tony Orlando & Dawn”

◎The Top 10 Singles of 1972

1位:"American Pie" - Don McLean
2位:"Alone Again (Naturally)" - Gilbert O'Sullivan
3位:"Without You" - Nilsson
4位:"Brand New Key" - Melanie
9位;"Brandy (You're A Fine Girl)" - Looking Glass

[非白人]

5位:"I Gotcha" - Joe Tex

☆当時「ラスベガスの帝王」と称された方。
小林旭な外見から迷ったけど....ネイティブアメリカンの血が色濃いので....

6位:"Daddy Don't You Walk So Fast" - Wayne Newton

[参考]若い頃のWayne Newton...やっぱり「白人」かなぁ

7位:"Let's Stay Together" - Al Green
8位:"The First Time Ever I Saw You Face" - Roberta Flack
10位:"Lean On Me" - Bill Withers


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☆写真はまたもや登場“Tony Orlando & Dawn”「幸せの黄色いリボン」



◎The Top 10 Singles of 1973

☆71年も登場し、ここまで2曲ランクイン!
1位:"Tie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree" - Tony Orlando & Dawn

3位:"Crocodile Rock" - Elton John
4位:"My Love" - Paul McCartney & Wings

☆ヘレン・レディは、70年代を代表するシンガーで、
当時日本のFMでもよく流れていました。
[参考]ヘレン・レディ(あのひと検索)
7位:"Delta Dawn" - Helen Reddy

[非白人]

2位:"Bad, Bad Leroy Brown" - Jim Croce
6位:"Touch Me In The Morning" - Diana Ross
5位:"Let's Get It On" - Marvin Gaye
8位:"Playground In My Mind" - Clint Holmes
9位:"Killing Me Softly With His Song" - Roberta Flack

[参考]1974年?のジャクソン5の"Killing Me Softly"
声変わり後、今後の音楽性についても色々悩んでいたような気がする歌いっぷり

◎Jackson5 - Killing me softly

10位:"Me And Mrs. Jones" - Billy Paul

☆マイケルと70年代(70's Hit Tune 1974 - 1976) につづく 



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by yomodalite | 2011-11-07 21:32 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)
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Austin Brown



昨日は、なんだかすごく癒されたくなって、しかも、どーゆーわけだか、ジャクソンファミリーによってじゃなきゃ「ヤダ!」って感じがしたので、「Jackson Source」を訪問してみたら、

ちなみに、このサイト、数秒ごとにファミリーの顔が変わる創りになってるんだけど、最初に訪問したときに「パパ」が出てくると、今日1日「当たり」って勝手に思ってます。(だって、MJだとなんかフツーでしょw)

ジャー兄の新曲がYou tubeにアップされてて、すっごくイイ曲だった!

Jermaine Jackson - The First Time You Love(2012 New Song)





動画のコメントにオリジナルよりイイってあるけど、それもわかんないし、作曲者のDennis Ross,Ⅲは、ヴァネッサ・ウィリアムズの曲をプロデュースしてるってことしかわかんなかったけど、とにかくすっごく癒されたぁーーー。


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Austin Brown : Rebbie Jackson's son


で、タイトルとか、数日前からの繋がりみたいなんですが、そんなことは全然考えてなくて、ただ、なんとなく、TUKIを眺めていたら、こっちの「ファミリー」のことを思い出して、彼のことをアップしたくなる誘惑にかられたのは確かなんだけど、、、

いや、別にイケメンとか、そーゆーのじゃなくて...w


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Austin Brown : Born November 22, 1985


でも、レビーの息子っていうだけで、期待しそうになるのに、その期待より遥か上って、どーゆーことよ?? 

いや、「声」のことね....ww


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☆もしかして、『Michael』のバックボーカルに参加してない?
◎Austin Brown - All I Need

☆ていうか、『Michael 2』のバックボーカルに参加してくれないかな??
◎Austin Brown - Target Practice

☆こんなイイ声なのに、まさか踊れるとは...マジで「Incredible!!!」
◎Video Incredible Talent Austin Brown


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《TV・インタヴュー系》

☆TV番組で"All I Need"歌ってます!
◎Austin Brown Shoutout to MJJCN.com

☆上質なうえに、なんて「上品」なの!
◎Austin Brown Interview - Lopez Tonight

☆ロドニーと一緒にMTV-Newsに出演(なんか、ロドニー少し痩せた?)
◎Austin Brown - MTV News


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☆こちらも、ロドニー登場!
◎Austin Brown Is Following in Jackson's Footsteps

☆このときは、完璧な「チビ」だったのにぃーーー
◎Little Auggie(Austin Brown) _MJ's Private Home Movies


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《LIVE》

☆アンプラグドでも魅せちゃいます!
◎Austin Brown Plays "Slow Down" Live on Global Soul TV


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☆こーなったら、従兄弟のタリルの曲も!(ついでかーー!ごめんね。タリル♡)
◎Taryll Jackson - One last time
◎Taryll Jackson - Right On Time
◎Taryll Jackson - Proud



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by yomodalite | 2011-09-29 08:51 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)

Roots of Michael Jackson

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☆サミュエル・ジャクソンと思われる写真(MJの祖父)

ちょっと大袈裟なタイトルなんですが、SF「You Rock My Would」に登場する、ふたりのボクサーの素性探しで、相当遠くまで網を張ったことから、うっかり捕獲してしまったプチ情報です。

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2011-07-15 21:28 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)
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The Day I Sang for Michael Jackson(1)のつづき

I decided that I wouldn’t waste this moment with mindless chatter. So I thought of something he might be interested in that I felt passionate about, and I dove right in.

私は、この瞬間を愚かなおしゃべりで、無駄にしてはいけないと心に決めました。私は、彼が何に興味を持つかを考えて、そして、情熱的に、そこに飛び込みました。

“I have always been madly in love with melodies”, I told him. “The whole idea of a beautiful melody blows me away. How can a certain arrangement of notes have so much power over me?”

「私には、猛烈に惹かれるメロディーがあるんです!」私は彼に言いました。「美しく完成された曲のすべてに、魂が奪われてしまう。そのように、注目すべきメロディーは、どうして、私に力を与えるんでしょうか。

“There are certain melodies that I cannot imagine living without”, I continued.

「その曲が存在することが想像できないぐらい惹き付けられてしまう曲があるんです」私は続けました。

“They’re like a part of me. I surrender to them.”

それらは、まるで自分の一部かと思うぐらい、わたしを捕えて離しません。

By now I was kvelling and I couldn’t control myself—but I meant every word. At that moment, Michael, in his sweet, hummingbird voice, looked at me and said, “Sing me your favorite melody, David.”

今、思い出してみると、なんだかにやけてしまうんですが、とにかく、私はあらゆる言葉を言っていました。マイケルは、そのとき私を見て、あのハミングバードのような声で、

「デヴィッド、あなたの好きなメロディーを私に歌ってください」と言いました。


And I did. It was an ancient Sephardic melody that Moroccan Jews sing only on Yom Kippur. It is my all-time favorite melody. Growing up, I would often cry when I would hear it. It’s the melody that has done the most to keep my emotional connection to my faith and my people. Today, I “cheat” and sing it before doing the Hamotzeh on Shabbat.

私は歌いました。それは、モロッコのユダヤ人が贖罪の日にだけ歌う、古いユダヤ的メロディーで、私の特に好きなメロディーです。私は、成長するまで、何度もそれを聴くとよく泣きました。その曲は、私と私の同胞が、感情的にひとつになるために、最も適したメロディーで、わたしは、本日の安息日(Hamotzehは不明)も、それを適当な感じで歌っています。

He had caught me off-guard. It was the only thing I could thing of singing. In the song, the lyrics describe Abraham’s apparent sacrifice of his son Isaac. At one point, the son asks innocently where his father is taking him, oblivious to the biblical drama that is about to unfold.

わたしは、歌うこと以外は考えられませんでしたが、彼(マイケル)は、私が油断している隙を捕えました。それは、歌の歌詞が、息子イサクに関して、父アブラハムが示した犠牲についてのもので、息子は、父親が、どこに彼を連れて行こうとしているのかを無邪気に訊ね、父親がそれに答えようとしている、聖書にある物語であるということに気がつかなかったことです。

I sang for no more than a minute.
I don’t remember what Michael said after I finished.

私は1分間ほど歌いました。わたしは、歌い終わった後に、マイケルが言ったことは覚えていません。

All I remember is that while I was singing, his eyes were closed and he was smiling.

私が覚えているのは、私が歌っていた間、彼の目が閉じられて、彼が微笑んでいたということです。

◎引用元 : http://www.jewishjournal.com/bloggish/item/the_day_i_sang_for_michael_jackson_20090625/

わたしが内容をよく理解していなかったり、日本語部分がイマイチというか、イマサンではありますが、なんとなく、David Suissaの、ユダヤ教業界の権力者であるシュムリーへの感情が透けて見えたり、それとは異なるMJへの想いが感じられて、Goodな記事だと思いました。

この頃のMJは、宗教関係者だけでなく、さまざまな運動の指導者との関係なども、興味が尽きないのですが、

とてもとても素敵なサイト「Legend Of Moon Walker」に掲載されている「僕の少年時代・僕の安息日・僕の自由」(http://legend-of-mwfc.la.coocan.jp/ < MJ WRITES <「My Childhood, My Sabbath, My Freedom」)が、発表された「beliefnet」という宗教関連の統合サイトをのぞいていたら、

MJのスピリチュアルな歌詞を使用したクイズがありました!

◎Michael Jackson's Spiritual Lyrics

あなたの歌詞の内容の理解度が試されるクイズなので、チャレンジしてみて♡

あと、ここ → http://www.beliefnet.com/Entertainment/Quizzes/index.aspx

☆basics に、ヒンズー教、イスラム教、ユダヤ教から、カバラーなどの、基本的なことがクイズになっていて、ざっくり見ただけで、基本的と言っても難しいんですけど、ちょっぴり面白いと思いました。


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2001年6月1日、ユダヤ系アメリカ人のユリ・ゲラー、ラビ・シュムリーと、当時のイスラエル首相、ARIEL SHARONに会った日のもの(フランク・カシオも同席)。松葉杖だったオックスフォードスピーチは同年3月ですが、6月もまだ杖を使ってますね。

ちなみに、SF「You Rock My Would」は、この後、約2ヵ月後の7月31日に制作発表。撮影終了は8月21日でした。

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by yomodalite | 2011-06-24 06:26 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)
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2009年6月25日「Jewish Journal」に掲載された、David Suissaの記事を紹介します。


わたしは、☆日にはあまり興味がなくて、MJに関しては、誕生日のことしか意識してません(復活祭ならいいのに・・)。彼は『ムーンウォーク』執筆時の29歳のときですら、自分を80歳のように感じ、2001年のオックスフォード大学でのスピーチでもそう言っていましたから、わたしが、自分の誕生日ごとに、少しづつ、彼の年齢に近づいたとしても、追い越すことはないと思うんです。

毎日、MJのことを考える時間が必ずあるので、たまに、彼のことを「家族」のように感じることもあるんですが、でも、調べれば調べるほど、自分とはかけ離れた存在だということも実感していて、まるで、彼のことを「神さま」のように、考えているんじゃないかと思うことがあります。最初に『ムーンウォーク』を読んだときは、まったくそんな風には思いませんでしたが、今、読むと、不思議と「聖書」のように感じることもあります。

わたしは、ユダヤ教も、他の宗教の信者でもなく、詳しくもないんですが、MJが感じていた「神」には興味があって、インヴィンシブル期は、彼が様々な宗教を学んで、彼が思想家(I am Thinker...)として、完成に向かっていた時期だと思っています。

それで、この頃、よく行動を共にしていたユダヤ教のラビ、シュムリー(Rabbi Shmuley Boteach)と、MJがどんな会話をしていたのかに興味があって、たまたま、この記事を発見しました。

David Suissaは、雑誌「OLAM」の編集者で、Olamをどう訳せばいいのか、よくわからないんですが「オックスフォードスピーチ(http://slowly.org.uk/mj/index.html)で

「ラビ・シュムリーから、HealとWorldという単語は旧約聖書の預言の基盤になっていると聞きました」と言っているのは「Tikkun Olam」という言葉じゃないかと。。

これは、英語にすると「Repairing The World」という意味らしいんです。

下記の記事には、David Suissaが、MJに初めて会った日のことが語られています。

彼は、雑誌「OLAM」への原稿依頼のため、ネヴァーランドを訪問し、MJは「Memories of my Childhood」という文章を書きました。(これは、オックスフォードスピーチで語られた、父親とのエピソード部分の元になっていて、ポニーや、ドーナッツのエピソードなどが同様の内容)

◎Memories of my Childhood

宗教的な知識が乏しいので、記事の内容に、よく理解できない部分もあるのですが、どこか「グッとくる」記事だったので、いつものように、苦手な英語力を駆使して訳してみました。(日本語部分は充分ご注意ください)


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The Day I Sang for Michael Jackson
June 25, 2009 | 8:28 pm Posted by David Suissa

“私がマイケル・ジャクソンのために歌った日”


“Sing me your favorite melody, David”, Michael Jackson said to me.

「デヴィッド、あなたの好きなメロディーを私に歌ってください」と、マイケル・ジャクソンは私に言いました。

I was sitting alone with Michael in one of the many living rooms at his Neverland ranch in the summer of 2000, and we were talking about melodies.

2000年の夏、わたしは、ネヴァーランド牧場にある多くの居間のひとつで、マイケルと一緒に、メロディーに関して話していました。

I had come up to see him because we were planning to discuss him writing an article for our “Parents” issue of OLAM magazine.

わたしたちは、雑誌「OLAM」で、“両親”をテーマにした特集記事のために、彼との議論を計画し、会いに行きました。

I spent a lot of time that summer hanging out with Rabbi Shmuley Boteach (going with him to the Sydney Olympics, among other things) who everyone knew was close to Michael.

私は、マイケルの近くにいることがよく知られている、Rabbi Shmuley Boteachと、シドニー・オリンピックに一緒に行ったりなど、多くの夏を過ごしたことがありました。

Shmuley, the great schmoozer that he is, told me that Michael “really loved” OLAM magazine, and that he might be interested in writing an original piece for the “Parents” issue.

卓越したおしゃべりである、シュムリーは、マイケルが「雑誌OLAM」を本当に愛していて「両親」というテーマで、ちょっとした文章を書きたがっているかもしれないと、わたしに言ったんです。

So off we went to Neverland, with, of course, my two young daughters, Tova and Shanni.

それで、わたしたちは、オフの日にネヴァーランドに行きました。Tova と Shanniというわたしの2人の娘も、もちろん連れて行きました。

On the way up, I played some old Michael videos (“Thriller”) to give my daughters a little education on someone who a decade earlier had been the most famous person on the planet.

そこに行くまでに、わたしは娘たちに、数十年に渡って、この惑星で最も有名人だった、マイケルの「スリラー」のビデオを見せたり、ちょっとした教育もしました。

When we got to the ranch, we had to sign special papers at the main gate, and agree to take no pictures.

牧場に着いたとき、私たちは、正門で特別な書類にサインして、写真を撮らないことに同意しなければなりませんでした。

That’s too bad, because I could have taken some great shots at the moment Michael met my daughters. Shanni’s first question for him—before even how are you? or nice to meet you—was: “Is it true that you have rollercoasters?”

すごく良いショットが取れたかもしれないので、それはとても残念でした。マイケルが、わたしの娘に会ったとき、Shanniは、彼に「お元気ですか?、お目にかかれて光栄です」と挨拶する前に「ジェットコースターを持ってるって本当?」って聞いたんですよ。

One of Michael’s handlers took my daughters to see the rides and the elephants, while the grown-ups sat down to talk.

マイケルの従業員のひとりが、娘たちを乗り物や象を見せに連れて行ってくれて、大人たちは、ミーティングのための席に着きました。

Shimon Peres’s granddaughter, Mika Walden, who would soon be working at my ad agency, came along for support. We talked about OLAM magazine and the special issue on “Parents”, as well as other projects that Rabbi Shmuley was working on with Michael.

シモン・ペレスの孫娘である、ミカ・ウォルデン(もうすぐ、私の広告代理店で働く予定ですが)が、サポートのためにやってきて、私たちは「雑誌OLAM」と、特集記事の「両親」というテーマに関して、ラビ・シュムリーが、マイケルとともに行っていたプロジェクトと、同じくらいよく話しました。

The issue for me was, how candid would Michael be if he wrote an OLAM article about his childhood? The last thing I wanted (OK, not the last thing) was a puff piece with just a famous name attached.

その特集記事に関しての、わたしの心配は、彼が自分の幼年期に関することを、どれくらい率直に語ってくれるか?ということで、私が一番したくなかったのは、有名人の名前が入っただけのヨイショ記事でした。

Thanks in large part to Shmuley’s help, Michael came through with an honest piece. He fessed up to the lack of love he felt growing up, especially from his hard-driving father. But in the sweet, enchanted tone that he was known for, he also wrote lovingly of the little moments—his father putting him up on a little pony or getting him his favorite glazed donuts—that marked him growing up.

シュムリーの力添えもあり、マイケルの率直で正直な内容の原稿が届きました。彼は、成長時に感じた、猛烈な父親からの愛情不足を告白し、また、あのよく知られた甘い魅力的な調子で、彼が記憶している父親とのちょっとしたエピソード(ポニーに乗ったときのことや、甘いドーナツを届ける父親)が、愛情を込めて書かれていました。

The day the issue broke, we started getting calls from People magazine and TV news shows who wanted to know how we got Michael to write for OLAM. We had our fifteen minutes of fame, but we didn’t divulge anything that was not in the magazine. That was our deal with Michael.

その話題が沸騰した日「雑誌 People」からの電話を手始めに、TVニュース番組や、ありとあらゆる人が、マイケルが「OLAM」の記事をどんな風に書いたのかを知りたがり、私たちは15分ほどの名声を得ましたが、私たちは、雑誌に書かれた以上のものは、何も明かしませんでした。それは、私たちとマイケルとの取引でしたから。

Beyond the article he wrote, what I will remember most is the moment we spent alone in his living room. By then Shmuley had gone to another part of the house for a meeting with Michael’s manager, and there I was, completely alone with the King of Pop.

彼が書いた記事以外で、私が最も記憶しておきたいことは、わたしたちが、二人きりで、彼のリヴィングルームで過ごした時間です。シュムリーは、マイケルのマネージャーとの打合せで、別の部屋に行きました。そして、私は、キング・オブ・ポップと、完全に、二人きりになったんです。




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by yomodalite | 2011-06-24 06:06 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(2)
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ラトーヤの、本日のTweet (2011.2.6)より

ファミリーのことは、全員好きだけど、やっぱり、彼女が一番好き。。。

ラトーヤの写真は、こちらの記事から

日本語は、英語が苦手なyomodaliteのテキトー訳なので、充分にご注意くださいませ。Been in very productive meetings all day! I'm very excited about my new ventures, can't wait to announce them to the world!

一日中すごく生産的なミーティングをしてました。わたしは、わたし自身の新しいベンチャーにすごく興奮していて、それを世界に発表するのが待ちきれない!

I'm finally doing all the things I've wanted to do since I was a teenage. I'm soooo happy!

最終的に、私は10代の頃にしたいと思ったすべてのことをしていて、すごく幸せです!!!

Back at home with my Prince, he's so cute, he just sits at the door and waits for me whenever I'm gone. He deserves a treat!

我が家では、プリンス(ラトーヤのわんこ)が、私がいないとき、いつも、ドアのところで、すごく可愛く、わたしを待っていてくれてる。彼にご馳走をあげなきゃ。
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I got him a new yam wrapped with chicken treat that he loves!

私は彼が大好きな山芋とチキンのご馳走をあげました!

(もしかしたら、ラトーヤが料理したものかもしれないけど、こんな感じのドッグフードかも。。)
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Please remember, whatever cards life has dealt you and no matter how bad you may feel your situation is, it's NEVER 2 late 2 "Start Over."

どうか忘れないで。あなたが酷い状況に巻き込まれていて、最悪な状態であっても「やり直す」には、決して遅くないということ。

☆2002年に創った、彼女の最新アルバム“Startin Over” から
◎Free The World - La Toya Jackson 
◎Just Wanna Dance - LaToya Jackson
◎Home - La Toya Jackson(Michael Tribute 2009)
◎“Startin Over” Teaser

Don't take life for granted, live every moment as if it's your first and last. Appreciation of Gods creation is key!

人生に当然なんてことない。すべての瞬間が、あなたにとって最初で最後かもしれない。神に感謝することは重要よ。

Appreciate the people you love and tell them how much you love them whenever you can because they're not always going to be around.

愛している人々に感謝して、そして、彼らがいつも周囲にいてくれるわけではないから、あなたが愛してるって言えるときは、いつでも、彼らにどれくらい愛しているか言って欲しい。

As I sit here and stare at photos of Michael and I, I just cry but I think God 4 the 50 years he gave me with the most AMAZING human being!

こうして座って、わたしとマイケルの写真を見ていると、ただただ泣いてしまう。。でも神様から、この50年間に、マイケルがわたしに与えてくれた信じられないほど素晴らしい人間性を、わたしは考えるの。

For the MJ fans, those of you who miss him as much as I do, do what I do to keep a smile on your face.

わたしと同じように、彼がいないことを寂しく思っているMJファンのために、わたしは、みんなが笑顔でいられることをします。

Michael and I would always watch Fred Astaire & Ginger Rogers movies and he would just smile and get so happy.

マイケルと私は、いつもフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの映画を見て、彼は、ただ微笑んで、とても幸福になっていた。

So what I do when I get sad is put those movies in and watch them and it makes me so happy. Not to mention the Three Stooges.

だから、わたしは悲しくなるとき、それらの映画から感じたり見たりして、幸福になる。スリー・ストゥージズのことも、言うまでもないよね。

He would always watch those classic movies with me when I was sick or feeling down. I love you all! Until tomorrow, good nite!

彼は、わたしと一緒に、気分が落込んだり、体調がわるかったりしたときは、いつも、そういった古典的な映画を観ていました。
みんな、愛してます!また、あしたね。GOOD NIGHT♡


☆たまには、ジャーメイン兄がメインの曲♡
◎Jackson 5 - I am LOVE

☆昨日発見したホッとするニュース
◎R.ケリー、次作は再び「エロ路線」に回帰!





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by yomodalite | 2011-02-06 19:46 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(4)
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MJのクラシック・アルバム(うっとり!!)というだけでなく「THIS IS IT」リハーサルの間、ダンサーや、ツアーメンバー以外にも、彼がすごく元気で、創造的であったということを証言した内容になっています。

http://www.baltimoresun.com/bs-mtblog-2009-07-more_details_on_instrumental_a-story.html

☆JULY 10, 2009

More details on instrumental album Michael Jackson started before his death, and his love of classical music
マイケル・ジャクソンが旅立つ前に始まっていたインストゥルメンタル・アルバムと、彼のクラシック音楽に対する愛

TV and film composer and conductor David Michael Frank may have been one of the last persons to collaborate with Michael Jackson on an artistic project.

テレビや映画の作曲家で指揮者でもある、David Michael Frankは、マイケル・ジャクソンと芸術的なプロジェクトに関わった、最後のひとりであったかもしれません。

The pop singer’s untimely death left that project in an uncertain state. Initial reports suggested that Jackson planned to do an album of “classical music” he had written; the pieces were to be orchestrated by Frank.

ポップシンガーの突然の死により、そのプロジェクトは不確実な状態にあります。初期のレポートでは、ジャクソンは、彼が作曲した「クラシック音楽」のアルバムを計画していたとされていて、それらの曲は、フランク氏によって調整されていました。

Actually, Frank says, the pieces were closer to film music and would have gone into an all-instrumental album had Jackson lived. The Baltimore-born Frank, interviewed by phone in California, gives an account here of his experience with the King of Pop:

フランク氏は言います。それらの曲は、彼が生きていたら、映画音楽か、インストゥルメント・アルバムになっていたでしょう。ボルチモア生まれのフランク氏は、カリフォルニアでの電話インタヴューで、キング・オブ・ポップとの経験を説明します。

Four or five months ago, I received a call from Michael Jackson’s longtime personal recording engineer, Michael Prince, who told me Michael was looking for someone to arrange some music for orchestra.

4、5ヵ月前に、マイケル・ジャクソンの長年の個人的な録音技術者であるマイケル・プリンスから、オーケストラのために音楽を編曲する人間を探していると言って、私は呼び出しを受けました。

I thought it was going to be for the tour he was going to do. For the next month or two, he would call, saying, ‘Michael Jackson says he’s going to call you.’

私は、彼が予定していたツアーのためであると思いました。 1、2ヵ月後に、彼は電話で「マイケル・ジャクソンが、あなたに電話をするでしょう」と言ってきました。

At the end of April, another Michael, Michael Jackson’s personal assistant, called me and asked me to come the next day at 10 a.m. and asked me the make and model of my car. I drove to the Holmby Hills home. I drove up to the front door, and was met by an assistant who told me to go inside.

4月の終わりに、別のマイケル(マイケル・ジャクソンの個人秘書)から、私は車のメーカーとモデルを聞かれ、翌日の午前10時に来るように言われ、“Holmby Hills”の家の正面玄関まで運転して行って、秘書から中に入るように言われました。


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これが“Holmby Hills”!!!......だと思ったんだけど、、


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こんな写真もあって


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こっちかな??


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エントランス?


I was met there by a woman dressed like a housekeeper, but with a white turban on her head. She said, ‘Michael Jackson will be with you shortly.’ About two minutes later, he came down the stairs.

私はそこで、家政婦のような服を着て、白いターバンを巻いた女性に「マイケル・ジャクソンにすぐ会えますよ」と言われました。およそ2分後に、彼は階段を降りて来ました。


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きっと、この階段から、MJが降りてきたぁーーー!


I was reluctant to shake his hand because I had heard that he was concerned about germs, but he immediately stuck his hand out and gave me a very firm handshake. He was very skinny, but not the least bit frail. He was wearing a suit and a hat. He was going to rehearsal later for the tour.

わたしは、彼が細菌に関して心配していたと聞いていたので、握手するのは気が重かったのですが、彼はすぐに手を出して、とても堅い握手をしてくれました。彼は非常に痩せていましたが、決して脆い感じではなく、スーツを着て帽子をかぶっていて、この後ツアーのリハーサルに行く予定でした。

He said, ‘You look familiar.’ I told him a long time ago I worked on a TV tribute to Sammy Davis, Jr. at Shrine Auditorium [that he had participated in]. I told him I had met him briefly there.’ He said, ‘I never forget a face.’

彼は「あなたのことを知ってるような気がする」と言いました。昔、シュライン・オーディトリアムでの、サミー・デイヴィスJrのトリヴュート番組で働いていたことを告げ(彼は参加していましたから)、そこで少しだけ彼に会ったことがあると言うと、彼は「僕は人の顔は決して忘れないんだ」と言いました。

He told me, ‘I have three projects going on simultaneously.’ One was the tour that the whole world knew about. The other two I believe no one knew about. One was to be an album of pop songs. Then he said, ‘The other one is that I want to record an album of classical music’ — what he called classical music.

彼は「私に、同時進行中のつのプロジェクトがある」と言いました。1つは全世界に知られていたツアー、あとの2つは誰も知らなかったと私は思いますが、ひとつはポップアルバム。そしてもうひとつは「クラシック・アルバム」。彼がクラシック・ミュージックと呼ぶものとは.....

He said he listened to ...
classical music all the time; it was his absolute favorite.

彼は常にクラシック・ミュージックを聴いていて、長年それが大好きでした。

I was impressed with the pieces he mentioned: Aaron Copland's Rodeo, Fanfare for the Common Man and Lincoln Portrait; Leonard Bernstein’s West Side Story.

私は彼が言及した曲に感動しました。アーロン・コープランドの『ロデオ』、『市民のためのファンファーレ』、『リンカーンの肖像』 、そしてレナード・バーンスタインの『ウエスト・サイド物語』。

◎Aaron Copland - Hoedown From“Rodeo”

◎Aaron Copland - "Fanfare for the Common Man"

◎Aaron Copland - “Lincoln Portrait”

I mentioned Bernstein's On the Waterfront. Then Michael mentioned that he loved Elmer Bernstein's film music, too, and he specifically mentioned To Kill a Mockingbird.

私はレナード・バーンスタインの「波止場」(On The Waterfront)について話し、それから、マイケルは、エルマー・バーンスタインの映画音楽も好きだったと言い、特に「アラバマ物語 」(To Kill a Mockingbird)について語りました。

☆MJと縁が深いマーロン・ブランドの主演映画「波止場」
◎Symphonic Suite "On The Waterfront"/ Leonard Bernstein(Soundtrack)

☆こちらもMJと縁が深いグレゴリー・ペックの主演映画「アラバマ物語 」
◎Elmer Bernstein - Theme from "To Kill a Mockingbird"

I realized that almost all the classical pieces he mentioned are childlike, very simple and pretty, like Prokofiev’s Peter and the Wolf and Tchaikovsky’s Nutcracker Suite. He also mentioned Debussy several times, specifically Arabesque

プロコフィエフの「ピーターと狼」やチャイコフスキーの「くるみ割り人形」や、ドヴュッシーのアラベスクのことも何度か言及し、わたしは、それらすべてが、シンプルで、子供っぽく、また古典的な美しい音楽であることに気づきました。

☆これは、デヴィッド・ボウイのナレーション入り。有名な主題は2:00ぐらいから
◎Peter & the Wolf 1 - Narrated by David Bowie

☆MJは『くるみ割り人形』の組曲すべてが完璧で、自分のアルバムの完成度のお手本のように思ってたんだよね!
◎The Nutcracker - Waltz of the Flowers

◎The Nutcracker - Snowflakes  

◎The Nutcracker - Dance of the Mirlitons

[No. 1] and Clair de lune. He was very soft-spoken when were talking about music, but when he got animated about something, he was very changed.

ドヴュッシーの「月の光」。彼は非常にソフトな口調でしたが、その音楽について語るとき何かに突き動かされているように活気づいていました。

☆関連記事。クラシックが好き発言は何度もしてますが「くるみ割人形」と「月の光」(牧神の午後やアラベスクも)は毎回挙げていますね。
◎マイケルの好きだった音楽(1)

When he mentioned how he loved Elmer Bernstein, and I said I liked the Magnificent Seven score, Michael started singing the theme very loudly, almost screaming it.

彼が、エルマー・バーンスタインをどれほど愛しているかを語っていたとき、私が『荒野の七人』が好きだと言ったので、マイケルは、まるで叫んでいるかと思うぐらい大声でそのテーマを歌い始めました。

☆この曲をボイパで歌うMJ....(もう心臓止まりそう!!!)
◎Elmer Bernstein - The Magnificent Seven

He said, ‘I’m making a CD.’ Then his son, Prince Michael, came in, and Michael asked him to find a CD player. Paris found one and brought it in with Prince. Michael played the CD.

「私はCDを作っています」と彼は言いました。それから、彼の息子(プリンス)が来て、マイケルは彼にCDプレーヤを見つけて来るように頼みました。 パリスがそれを見つけて、プリンスと一緒に持って来て、マイケルはCDを再生しました。

It was very pretty music. He said, ‘But a section is missing.’ He played a second piece. And he said, ‘But a section is missing, too.

それは、とても美しい音楽でした。でも、彼は「足らないところがある」と言いました。彼は2番目の作品も再生しました。そして、これも「足らない部分がある」と言いました。

But I can hum it to you.’ I asked if there was a piano in the house, and he said there was one in the pool house.

でも、それをハミングで私に伝えたので、私は家にピアノがあるか尋ねました。彼はプールハウスにあると言いました。


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これがプールハウス?
でも最初の家の前にもプールあったよね?
プール2つ?(バスルームか!)


We headed out there, but Michael stopped when he saw the dog was outside, soaking wet from being in the pool.

私たちがそこに向かおうとしたとき、彼はストップをかけました。プールの中にずぶ濡れの犬が居たんです。

He didn't want us to get splattered. It was kind of funny. Michael got another assistant to hold the dog while we went to his pool house.

彼は、わたしたちに水がはね散って欲しくなかったんでしょう。それはちょっと面白かったですね。私たちはプールハウスに行きましたけど、マイケルは、アシスタントに犬を捕獲させてました。

I sat at the piano and Michael hummed the missing part of one of the pieces. I had taken a little digital recorder with me and asked if I could record him.

わたしはピアノの前に座って、マイケルは足りない部分をハミングし、小さなデジタル・レコーダに記録してもいいかどうか尋ねました。

He was in perfect pitch. I tried to figure out chords to go with it as he hummed. He said, ‘Your instincts are totally right about the chords.’

彼には絶対音感がありました。わたしが、彼のハミングをコードにすると、彼は「まさにそのコードだよ」と言いました。

We talked about classical music some more. I played some Debussy pieces. Michael seemed very happy and I think he felt very comfortable with me.

わたしたちは、クラシック音楽に関してさらに話しあい、私はいくつかのドビュッシー作品を演奏しました。 マイケルは非常に幸せそうで、私と居ることが快適だと感じてくれたと思いました。

He mentioned Leonard Bernstein again, and I played some of West Side Story.

彼は再びレナード・バーンスタインについて語りました。そして、私は『ウエスト・サイド物語』のいくつかを演奏しました。

He told me he had met Bernstein once and that Bernstein had said he was a big fan of Michael’s.

彼はバーンスタインに前に一度会ったことがあって、バーンスタインが、マイケルの大ファンだと言ったことを私に話しました。

こちらのとてもとても素敵なブログに、レナード・バーンスタインと、MJが会ったときのエピソードがあります。


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Back in the house, whenever he’d go from room to room, you’d hear, ‘I love you, Daddy.’ ‘I love you, Paris.’ They all seemed pretty normal and happy.

母家に戻って、彼が部屋から部屋まで行くとき、あなたは聞くでしょう。「パパ、愛してる」「愛してるよ、パリス」彼らはすごく普通で、幸せそうに見えました。


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色々な部屋....


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Michael was very anxious to get the pieces orchestrated and record the music with a big orchestra. I suggested we record it at the Fox, Sony or Warner Brothers lot.

マイケルは曲を調整して、大きなオーケストラと共に音楽を録音することを切望していました。 私は、FOXか、ソニーまたはワーナーブラザースでそれを記録することを提案しました。

I asked if he could have someone call me to discuss the budget and he said he would take care of it. When I left there were several fans outside the gate.

私は、彼が予算について議論するために、私に電話をすることができるかどうか尋ねました。彼はそうするよと答え、 私がそこを去るとき、門の外には数人のファンがいました。

[Later] I talked to Michael on the phone. He asked me how the project was going and I said I was waiting to hear from someone so we could set the deal.

その後、私は電話でマイケルと話しました。 彼はどのようにプロジェクトが行なわれていて、私たちが仕事ができるように、誰から連絡がをもらえるのかを私に尋ねました。

I suggested we could record the music in London while he was doing the show there. He liked the idea. He again brought up Arabesque.

私は、彼がロンドンでショーをする間、そこで音楽を録音することを提案しました。 彼はそのアイデアが気に入り、彼は再び「アラベスク」を持って来ました。

I laid the music all out on my computer and started on the orchestrations. Finally, a week before Michael died, his manager, Frank Dileo, called and asked me for an email with the budget and an electronic mock-up of the music, the costs of orchestration.

私は、コンピュータで音楽を全面的に、オーケストラ編成にすることを始めました。最終的にマイケルが亡くなる1週間前に、彼のマネージャー(Frank Dileo)は、オーケストラ編成の予算と、デジタル・データを私にメールで求めました。

Now I have no idea what’s going to happen with this. I’m hoping the family will do something to get this done. I will not bring it up [with them] until after what I think is an appropriate time.
My guess is that each piece would be seven to ten minutes long.

今、わたしには良い案がなく、何がこれで起こるかが分かりません。彼の家族が、これを完了させるために何かしてくれることを願っています。適切な時期になるまで、私はそれを持ち出すつもりはありません。推測では、それぞれの曲は、7〜10分であるだろうということです。

[Each one] is more substantial than a song. It’s very pretty music. One piece had an Irish quality about it. I suggested that we could use a Celtic harp. The pieces sound like pretty film score music, with very traditional harmony, and definitely very strong melodies.

それぞれが「歌」よりも、実質的でとても美しい音楽です。ある曲には、アイルランドの雰囲気がありました。 私はケルト族のハープを使用することを提案しました。それらの曲は、美しい映画音楽のように、非常に伝統的に調和がとれていて、また、とても力強いメロディーに聞こえます。

One of them was a little John Barry-ish, like in Out of Africa -- that kind of John Barry score. I could hear [in my head] sweeping strings and French horns in unison.

それらの1つは、ちょっと、ジョン・バリー(「007」シリーズで有名な作曲家)ぽくて『愛と哀しみの果て』(Out of Africa)のような感じで、私は、ストリングスとフレンチホルンを頭の中で聴くことができました。

◎John Barry - “Out of Africa” Soundtrack

I told Michael I was going to use one of Leonard Bernstein’s batons I had bought at auction when we did the recording. I knew he would have gotten a big kick out of that. I guess I still will use that baton if I ever get to conduct the music.

私は、私たちが録音するとき、私がオークションで買ったレナード・バーンスタインの指揮棒を使用するつもりであるとマイケルに言いました。

☆最後はドヴュッシーで、興奮を鎮めてね♡
◎Debussy - Clair de Lune
◎Debussy - Arabesque #1


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by yomodalite | 2010-11-25 23:51 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(17)
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「あなたが100年後に遺したいMJショートフィルム」の投票結果、公開しました!
こちらでは、集計結果を発表します!


1位は3票、2位は2票、3位は1票として計算し、好きなSFも1票ですが、こちらのみ、1人の方が、どうしても1つに決められなくて2つ選んであるものも、それぞれ1票として計算しました。(選んでない人もいるので)その結果、

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第1位は、
Smoose Criminal 35票
第2位は、
Ghost 30票
第3位は、
Black or White 20票 
でした〜〜〜!!!


以下、
4位:
Earth Song(18票)
5位:
Bad(17票)
6位:
Another Part Of Me(8票)
7位:
They Don't Care About Us (B)(7票)
8位:
They Don't Care About Us (P)
(6票)






好きなSFでは、さまざまな意見があり、

第1位は、In The ClosetGhost、Say Say Say がそれぞれ4票で同率。

第2位は、Smoose Criminal、Remember The Time が各3票。

第3位は、Blood On The Dance Floor、You Rock My Would、The Way You Make Me Feel が各2票だったんですが、どういうわけだか、MJアンケートなのに、ランディに1票入れた不届き者が!!

しょうがないな〜。ちなみに1票入ってるのは、これね♡

◎RANDY JACKSON & THE GYSPYS - PERPETRATOR

でもって、これは、まさかの兄貴超え??(ランディ作詞作曲の名曲。オリジナルはジャクソンズだけど、ちょっぴりMJソロを彷彿させるジャネット版で。ちなみにMJの“One More〜”は、R・ケリー作詞作曲)

え〜っと、横道に反れましたが、得票数の多い作品を、アルバムごとに見てみると、

“Bad”(9作品)に66票(+好き票3票)
“Dangerous”(9作品)に39票(+好き票10票)
“HIStory”(9作品)に35票(+好き票は2票)
“Blood On The Dance Floor”(3作品)に27票(+好き票は8票)
“THRILLER”(3作品)に13票(+好き票2票)

最終的なセットリストはわからなかったものの、“THIS IS IT”でも、“BAD”の曲が多かったり、MJの死後、もっとも売れた曲が“Man In The Mirror”だったり、楽曲への評価も発売時よりも高くなりつつある“BAD”ですが、ショートフィルムにおいても、評価が高いことがわかりました。それと、“キャプテンEO”効果もあってか、ベスト3を「BAD」で固めて来た人もちらほら。

また、映画ムーンウォーカー内のみで、単独SFとしては、ほとんどTV放送されていない“Speed Demon”に、ベストSFとして3票入ったのも、ちょっと意外でした。あのときの笑顔とか、下唇ンーっとかやるのとか、たまんないってことかな?(笑)しかし、それとは逆に(?)“You Rock My Would”に好き票が2票入ったのも、意外でした(笑)

アンケート結果に関しては、ベスト3は、わたしも、これと同じか、もう一案として、ジャクソンズ時代も加えたいという想いから“Can You Feel It”と(“Blame It On〜”も大好きなんだけど、やっぱりジャクソンズが持っていた人種を超えた感じが、“Can You〜”のPVには、よく出ていているから。。)

民衆の為政者に対する怒りと差別をストレートに表現した、They Don't Care About Us[Prison]も外せないかな〜。([Brazil]も素晴らしいんだけど、やっぱり、あの曲のリズムは、太鼓ではなくて、机を叩く方が相応しいと思うので)

また、1位は、ブラックでもホワイトでもない、という、彼の存在そのものと、肌の色や人種差別が、実は創られたものであるという示唆や、ポップミュージックのダンスを超えた肉体表現、それらすべてを、ポップな映像と、相反する性と暴力を思わせる映像により、凝縮されている、完璧なSFということで、わたしのベスト3の、第二案は、

第1位:
Black or White(Long)
第2位:
They Don't Care About Us(Prison)
第3位:
Can You Feel It にします。(投票結果にはいずれも反映していませんが)

それと、ベストSF、好きなSF、共に“0票”だったのは、以下の12作品。

Can You Feel It
2300Jackson Street
She's Out My Life
Liberian Girl
Leave Me Alone
Gone Too Soon
You Are Not Alone
Stranger In Moscow
Childfood
History(Remix)
Cry
Why


なんとなく、理由を考えてみると、ジャクソンズ作品は、“Blame It〜”が人気で、

“She's Out〜”は、顔が恐い(笑)

“Liberian〜”と“Gone Too〜”と“Cry”は、MJがほとんど出てないし、

“HIStory(Remix)は、過去映像集大成なら“One More Chance”の方がとか、“Stranger In Moscow”と“Why”は、ヘアスタイルが重過ぎるから(笑)という感じで、大体わかるんですけど、“You Are Not Alone”の0票は意外でした。

それで、この“You Are Not Alone”についてというか、ちょっと趣旨とは違う軽〜い話題をだらだらと続けちゃってもいいでしょうか。






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by yomodalite | 2010-07-19 02:36 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(16)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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