カテゴリ:宗教・哲学・思想( 43 )

人生問題集

春日 武彦,穂村 弘/角川グループパブリッシング

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仲が良いおふたりによる対談集。共通点はどちらも一人っ子で、子どもがいないこと。

「友情」「怒り」「救い」など14の問題が語られ、巻末にはおふたりの煩悩108コンテンツリストがあります。

春日氏はいつもよりちょっとぶっきらぼうで男っぽく、穂村氏はいつもよりしっかり者で常識人な感じ・・それぞれのファンの人なら、少し普段とは違うおふたりの姿が興味深く楽しめます。
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【BOOKデータベース】屈託と疎外感をチャーミングの域に押し上げ、全国の女子に絶大な支持を得てしまった歌人、自慢じゃないが私も充分おかしいと胸を張る辣腕(本当)精神科医。異色のコンビが真っ向から挑むのは、白樺派的理想の世界はたして現代日本に“新しき村”は生まれるのか!?愛、孤独、友情、家族…ぬきさしならない人生問題の数々を、現役“文学青年”たちがとことん考えすぎてみた、ただならない2人のままならない人生論。 角川グループパブリッシング (2009/3/27)



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by yomodalite | 2009-08-22 22:33 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

33個めの石 傷ついた現代のための哲学

森岡 正博/春秋社



こちらは、ダーリンが図書館で借りてきたもの。

私は、本に限らず、お代を払っていないものにあれこれ言うのはマナーに反することだと思っています。文句を言うのはお金を払ってから。図書館で借りた本というのは、間接的に税金を払っているかもしれませんが、お代を払ったとは言えませんし、しかも、この本は自分で選んでもいないのですが・・・

最初のお題は「赦すということ」。

著者は、死刑制度に反対で、日本では終身刑の制度がないので、終身刑の新設と引き替えに、死刑を廃止するのがいちばんよいという考えを述べています。

実は、死刑に関しては私も似たような考えをもっています。

7、8年前にあるきっかけから、死刑について色々考えたことがありました。ある死刑囚に興味を持ち、その支援者の人や、死刑囚自身と文面を通じて交流したり、死刑廃止議連や、アムネスティ等の関係者など、死刑囚支援の実態を、ほんの少しだけですが垣間見たという経験をしました。

私はその経験を通じて、死刑は廃止した方が良いという結論には達しましたが、多くの「死刑廃止論者」との間には、通じ合えない大きな溝を感じました。(「死刑存続論者」とも通じ合えない溝を感じましたが...)

森岡氏の文章に最初に感じたのは、それと同様の「匂い」でしょうか。

「赦すということ」は、4章あります。

この本は下記の写真のように、見開き2ページで1章になっていて、文字数にして大体800字未満。400字詰め原稿用紙2枚でしょうか。

以下、青文字は内容の要約。


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「1」 死刑制度に反対であることを述べ、犯罪者であろうとこの世にうけた命だけはまっとうしてほしい。死刑反対論は人間の感情をまったく理解しない頭でっかちの冷血人間ではないということを知って欲しい。

「2」 米ペンシルベニア州で、銃をもった男が小学校に侵入し女子児童を10人殺傷してみずからも自殺するという事件が起きた。被害者のアーミッシュは、後日、その犯罪者と家族とを「赦す」と宣言した。

「3」 英国BBCテレビの特別番組。犯罪者とその被害者家族をスタジオに呼んで対話してもらう番組。被害者家族が犯罪者を赦すことはできなかったように思われた。そこには容易には越えることのできない溝が厳然と存在していたのである。

「4」 犯罪者と被害者を対面させて、なぜそのような犯罪が起きたのかを話し合い、これからどうしていけばいいのかを集団で探っていくという試みが世界中で始まっている。これは「修復的司法」と呼ばれる。このような試みは、大切なものであるから、これからもっと進めていかなくてはならない。残された家族が殺人犯を赦すという可能性は、原理的には開かれている。そしてその場面こそが、宗教というものが発生する現場であるように私には思えてならない。日本に住む我々の多くは無信仰である。既成宗教の枠に入り得ない人々が、このような赦しを行なうことがほんとうにできるのか。その可能性をたんねんに探っていくことこそが、現代の哲学に問われている最大の課題のひとつであるように思われるのである。



私は、ここまで読む間に、奥付の著者紹介を何度も見直しました。

ここまでの問いかけに疑問があるのではなく、この問いに対しての著者の態度が「哲学」を学ばれた方には到底思えなかったので。

◎1958年生まれ(私よりだいぶ年上!!!)
◎哲学者???
◎大阪府立大学人間社会学部教授!!!
◎研究テーマは、生命学・哲学・科学論・従来の客観的な学問の枠組を超えて、自らを棚上げすることなく果敢かつオリジナルな思索を展開、人間学の領域を大きく押し広げる。

オリジナルな思索? 人間学の領域? 哲学を学んでいないという意味では???

「赦すということ」の次は「自殺について」。

これも1〜4章あって、現代の哲学者の恐るべき実体に更なる「衝撃」を受けたのですが、

「1」 学生の自殺。君たちには自殺して欲しくない。なぜなら私が悲しむから。

「2」 夜の住宅街で頭を抱えてうつむいていたスーツ姿の中年男性に何もできなかった。何かをするべきではなかったのか。。。。

「3」 若いときに一度だけ自殺をしたいと思った。それはどこか甘美な気分でもあった。死がそのように心地よいものであれば、死を選んだ人たちもそれほど苦しまなかったのかもしれない、と思おうとしている自分がいる。

「4」2006年に靖国神社に行った。日本の戦争責任に関心ある者としては、ぜひ一度は行っておかなくてはならない場所だと思ったからである。当時の郵便電信局に勤める17歳の女性の写真が飾ってあった。終戦直後に青酸カリを飲んで服毒自殺したのだ。彼女たちがみずから進んで服毒自殺するような状況を作り出したというまさにこの一点にこそ、戦争の悪のすべてが凝縮されているように、私には感じられたのである。


本書を書店で1ページでも立読みしていたら、私は絶対に買うことはないし、借りて読むことも絶対になかったでしょう。大阪府立大学の人間社会学部に学ぶような子供がいなくて運が良かったとすら思いました。

若いときにたった一度しか自殺を考えたことがなく、哲学の道へ?!日本の戦争責任に関心があるというのに、48歳になるまで靖国神社に行ったこともないという、驚くべき51歳で、哲学者と名乗る著者のこの軽さ、浅さは、一体何なんでしょうか...

読者を恐ろしく低レベルに設定して、自分だけは「良心」や「正義」があると無条件に信用しているところが、なんか「新聞ぽい」と思ったら、

1996-1998年まで『朝日新聞』書評委員で、2008年からは、朝日新聞「悩みのレッスン」の回答者なんですねww

☆(判定不能)
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【BOOKデータベース】自殺、死刑制度、脳科学、環境問題、宗教の功罪、ジェンダー。現代の「痛みと希望」について思索した、魂のしずくのようなエッセイ。春秋社 (2009/2/17)

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by yomodalite | 2009-05-21 14:13 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

仏教・神道・儒教集中講座

井沢 元彦/徳間書店




下町に越してしばらく経ちますが、近所の鉄砲州神社も、月島の住吉神社も、深川の富岡八幡宮も、いずれも住人に厚く信仰されていて、祭りの賑わいも驚くほどです。

江戸の長屋では、トイレや井戸など共同施設が多いのですが、それでも4畳半一間のような狭い部屋でも神棚は必ずあったようで、台所と居間にそれぞれ神棚がまつってあるのが通常。一体これほどまでに信仰されていた「神道」とはいかなるものかと思い、最初に読んでみたのは、鎌田東二氏の『神道とは何か』だったのですが、鎌田氏はその中で、神道とは宗教としてはよくわからないということを、親切に潔く説明してくれ、神と仏の違いに関しては、下記のような記述がありました。

1. 神は在るもの、仏は成るもの。
2. 神は来るもの、仏は往くもの。
3. 神は立つもの、仏は座るもの。

その後、仏教に関して納得のいく解答を与えてくれた本は、小室直樹氏の『日本人のための宗教原論』 でした。(仏教だけではなく、キリスト教、イスラム教、日本人がいかに宗教音痴であることなど、一冊で日本人の「宗教」への興味や疑問に答えてくれるとてつもない名著)また昨年は副島隆彦氏の『時代を見通す力』に、仏教と神道の関係、神道の原型は中国伝来の道教であるなど、目からウロコの内容に感動しました。

でも「神道」に関して、最初に驚くような回答に出会ったのは、本書の著者による『逆説の日本史』でした。

仏教と神道と儒教が厚さ1センチほどの厚みの文庫本1冊にまとめられていて、めちゃめちゃお買徳じゃん!と思われた方もそうでない方にも。同著者による『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座』 もぜひ読んでみたい。
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[出版社/著者からの内容紹介]世界の宗教では、神に帰依するのが当たり前にもかかわらず、日本は日本人に都合が良いように神を作り変えてきた。宗教比較により、そんな日本人の特殊性の原因、日本が中国・韓国に嫌われる理由を明らかにする、大人気宗教講座の第二弾! 徳間書店 (2007/03 単行本2005/6/30)

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by yomodalite | 2009-05-17 22:30 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)

内田 樹/文藝春秋




私家版とした理由を、内田氏は、

・・・私のユダヤ人問題に対する立場は中立的なものではない(私の学問上の師はユダヤ人であり、私はその師から「ものを考える仕方」を教わった)。ユダヤ人問題についても十分に深い知識を有しているわけではない(私以上にこの問題に詳しい人は日本にもいくらもいる)。

けれども、人間の邪悪さ、愚鈍さはどのような様態をとるかについてなら私はたいへんに詳しい。私自身がその無尽蔵なデータベースだからである。本書を『私家版』と名付けたのはそのためである。


と「はじめに」で説明されている。しかし、本書には非ユダヤ人がユダヤ人問題を語ることがいかにむずかしいか、という理由が様々な角度から論じられていて、著者があとがきで書いている、

私のユダヤ文化論の基本的立場は「ユダヤ人問題について正しく語れるような言語を非ユダヤ人は持っていない」というものである」

という結論に読者を導いていく。学習濃度の高い本です。

非ユダヤ人の中でも、聖書や「神」をまったく理解しない日本人が、ユダヤを語ることや「知性」を身につけることが、いかに困難かということも。「ユダヤ人」のことだけではなく、日本人が「他者」を理解するための必読書。
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【BOOKデータベース】ノーベル賞受賞者を多数輩出するように、ユダヤ人はどうして知性的なのか。そして「なぜ、ユダヤ人は迫害されるのか」。サルトル、レヴィナスらの思想を検討しながら人類史上の難問に挑む。 文藝春秋 (2006/07)



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by yomodalite | 2009-03-13 12:09 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)

島田 裕巳/幻冬舎




著者による同じような内容の著書を読んだ気はしたものの、機会があったので、さらりと通読。宗教のもつ本質的な狂気を感じさせないことで、初心者にも優しく、また、色々知っている上級者にとっても、参考になるカタログだと思いました。


とりあげられている宗教の要約を下記にメモ。


天理教/金光教、黒住教と同じく幕末維新期に誕生。教祖=中山みき。

大本/金光教に影響を受けた出口ナオが開祖。その後義理の息子である出口王仁三郎を得て活況を呈した。丑の金神=国常立命(くにとこたちのみこと)。国常立命は、天理教など神道系宗教に共通した「神」。戦前は「皇道大本」、戦後の一時期は「愛善苑」を名乗る。高橋和己『邪宗門』のモデル。他にカルト的人気小説で王仁三郎の孫である出口和明(やすあき)が書いた『大地の母』は、古武術家甲本善紀も絶賛の壮大な内容。

生長の家/創立者谷口雅春は元大本の信者。天皇信仰。宗教活動は雑誌の出版を主体とする。海外(特にブラジル)の信者数の多さが特徴。

天照皇大神宮教/教祖=北村サヨによるナニワ節を思わせる歌による説法。サヨは戦前は生長の家の信者。「踊る宗教」として話題になる。山口県田布施が本部(上之郷利昭『教祖誕生』で岸信介とのかかわりが描かれている)。天照皇大神宮=天照大神(伊勢神宮の内宮は皇大神宮と呼ばれている)。『邪宗門』にも好意的に扱われている。

璽宇(じう)/長岡良子(ながこ)=璽光尊。北村サヨが「第二の璽光尊」と呼ばれた時期もある。有力信者に囲碁の名人 呉清源(ごせいげん)、双葉山、平凡社創業者など。国粋主義傾向。マッカーサー訪問が話題となり復員軍人らに支持されるが、取り締まりが厳しくなり、各地を転々とする。大本系と、真言密教系霊能者の長岡良子の2つのグループがある。天照皇大神宮教と同様に、神道と仏教の混交した宗教。

立正佼成会/東京都杉並区和田が本拠地。霊友会から分派。霊友会、創価学会と同様、日蓮・法華系の教団。創立者=庭野日敬(にわのにっきょう)、長沼妙佼(ながぬまみょうこう)。妙佼は以前は天理教信者。

霊友会/久保角太郎とその兄嫁である小谷喜美により発足。男女ペアである点は立正佼成会と同様。元を作ったのは西田無学。「総戒名」「霊鑑」「青教巻」などは、立正佼成会や、霊友会の分派にまで受け継がれている。1949〜53まで次々と分派が生まれた。1971年に喜美が亡くなると久保の息子の久保継成が会長に就任。東大印度哲学科博士課程修了の継成は、「インナートリップ路線」を掲げ若年層に支持を拡大した。

創価学会/創立者=牧口常三郎は小学校の校長を歴任した教育者。創立当初は「創価教育学会」。日蓮正宗を信仰し現世利益を特徴とする。二代目=戸田城聖は、小学校の代用教員から「時修学館」という学習塾で成功を治め、受験参考書もベストセラーになっている。出版、食品など実業家としての才能に加えひとの心をつかむ能力に長けていた。名称を「創価学会」に改め、信者は飛躍的に拡大した。三台目=池田大作は、敗戦直後に入信し、戸田の作った出版社や、小口金融で頭角をあらわし、戸田が亡くなった後、32歳で会長に就任。「仏法は勝負」など勝ち負けを強調する。会長をはじめ会員は、『三国志』『水滸伝』を好む。

世界救世教/開祖=岡田茂吉は元大本の信者。浅草の露天商の生まれ。「手かざし」は大本に遡るものだが、世界救世教が、手法をシステム化し分派にまで広がっている。箱根美術館やMOA美術館などの美術への関心は王仁三郎の影響がみられる。自然農法・有機農法の運動の先駆。ヤマギシ会も一部で世界救世教から土地を借りていた。1955年に岡田が亡くなると、数々の分派ができる。

神慈秀明会/「あなたの健康と幸せを祈らせてください」の3分間の手かざしが有名。
創立者=小山美秀子は、東京自由学園で学び、やがて岡田茂吉の直接の弟子となる。二代目=小山荘吉は、美秀子の長男で海外での信者獲得にも貢献した。三代目=小山弘子は荘吉の妹で、街頭の手かざしなどさらに教団の勢力拡大したが、若者の学業や、仕事放棄などにより社会的批判を受けた。

真光系教団/世界真光文明教団や崇教真光。創立者=岡田光玉は元世界救世教の有力信者で布教師。陸軍少将の7人姉弟のただ一人の男子として東京に生まれる。陸軍士官学校に入学、陸軍中佐時代に胸椎カリエスと腎臓結石を患い予備役に編入。その後実業界に転じるが空襲により事業は灰塵に帰した。生長の家、大本、世界救世教と関わりをもった。1953年に多田建設に取締役顧問ちして入社。実業家としての活動を続けながら宗教活動を展開する。1963年に世界真光文明教団に名称を改める。浄霊を「真光の業」と呼ぶ。1974年に光玉が73歳で亡くなると内紛が起こり、光玉の養女であった岡田恵珠が「崇教真光」を名乗るようになった。今日のスピリチャルブームの先駆けとなったともいえるが、簡単に関われ、抜けるのも簡単であるため、組織の永続性を保つのが難しい。

PL教団/正式名称パーフェクト・リバティー教団。毎年8月1日に行われる花火が有名。打ち上げられる花火の数は、隅田川花火の6倍。ラストは8千発を一挙に連続して打ち上げられる。PLの花火を経験するとほかの花火での感動が難しくなるほど。創立は戦前に遡る。開祖=御木徳一は松山の商人の家の生まれだったが、父親が商売に失敗し、寺の養子となり修行のため諸国を遍歴した後、安城寺の住職となるが貧乏のため、僧籍を離れ大阪で商売をするようになるう。徳光教の信者となり、1931年扶桑教ひとのみち教団を立ち上げる。ひとのみち教団は大きく発展し中国や韓国にも進出し各地に拠点が作られた。しかし百万人を超える信者を獲得するようになると、国家はその動向を危険視するようになり教団は解散させられた。当初よりひとのみち教団は大成に順応する姿勢を示していたので弾圧は言いがかりにちかいものだった。徳一は厳しい取調べ後の保釈中に死亡し息子の徳近が懲役4年の有罪、敗戦によって不敬罪が消滅するまで、囚われの身となっていたが、1945年に徳近が出所すると、パーマネント・リバティー教団に改称され、その後すぐにパーフェクト・リバティー教団に改められた。

真如苑/1980年代半ばに、沢口靖子、高橋恵子、鈴木蘭々、松本伊代、大場久美子などが入信していると伝えられ話題となる。「接心」と呼ばれる修行は霊的な開発を目的としたもので、教団独自の秘技として注目された。創価学会、立正佼成会に次ぐ第三位の規模を誇る教団とみられる。真言密教系で現世利益の実現を求める。京都の真言宗醍醐寺派の総本山、醍醐寺と密接な関係を持つ。「接心」はシャーマニズムというよりカウンセリングに近いもので、受付の雰囲気など日常的な感覚で、創価学会のような積極性はみられない。
_______________

【内容説明】新宗教とはいかなる存在なのか。創価学会に次ぐ教団とは? 新宗教は高校野球をどう利用してきたか等の疑問に答えつつ、代表的教団の誕生と分裂、社会問題化した事件などをひもとき、日本人の精神と宗教観を浮かび上がらせる。
幻冬舎 (2007/11)

【目 次】
はじめに
1.天理教
2.大本
3.生長の家
4.天照皇大神宮教と璽宇
5.立正佼成会と霊友会
6.創価学会、
7.世界救世教、神慈秀明会と真光系教団
8.PL教団
9.真如苑
10.GLA(ジー・エル・エー総合本部)
おわりに〜言及できなかった新宗教:金光教、善隣教、阿含宗


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by yomodalite | 2008-08-25 20:04 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

危険な思想家/呉智英

危険な思想家 (双葉文庫)

呉 智英/双葉社




橋本治氏の著作をひさしぶりに読んだら、呉智英氏の本も久しぶりに読んでみたくなりました。

2人とも思春期のわたしにとって、強く心に響いた方々で、呉智英氏は民主主義が絶対でないことをはじめて気づかせてくれた先生でした。(『封建主義 その論理と情熱 さらば、さらば民主主義よ!』改題『封建主義者かく語りき』)

書評など、雑誌などでは読んでいましたが、まとまった著書を読むのは、もしかしたら30年ぶりぐらいかもしれません。

でも10年前の著作にもかかわらず、内容はまったく古くなっていませんし、残念ですが、アエラはまだ発刊されていて、あの恥ずかしい一行コピーもまだ健在のようです。

本書で、恥ずかしい人々として登場するのは(数字は2008年4月の検索ヒット数)、住井すえ(2,410)、中野孝次(50,500)、野間宏(41,200)、津村喬(12,800)、最首悟(5,600)、芹沢俊介(47,300)、上野俊哉(21,000)、大江健三郎(665,000)、大江光(19,100)、佐高信(178,000)で、想像どおり、大江健三郎が筆頭で、佐高信も意外としぶといですが、他はすでに影響力はなく、

ちなみに呉智英氏は(235,000)なので、

切通理作(40,100)、佐伯啓思(60,800) 、浅羽通明(71,000)、西部邁(142,000)、本多勝一(160,000)、ベンジャミン・フルフォード(164,000)、大月隆寛(173,000)、福田和也(184,000)、西尾幹二(195,000)、副島隆彦(227,000)より影響力大で、

橋本治(316,000)、吉本隆明(321,000)、宮崎哲弥(378,000)大塚英志(465,000)、 勝谷誠彦(405,000)、小林よしのり(648,000) 、宮台真司(684,000)、筒井康隆(838,00)より影響力が低いと思われる。(あれだけTVに出ている宮崎哲弥氏のヒット数の低さに驚いた)

それにしても、ご・ちえいが、くれ・ともふさであるのは、よく知られていることですが、本名が新崎 智(しんざき さとし)だったのいうのは、今日初めて知りました。

【目次】
第1章 オウムの托卵
・オウムと惰眠知識人たち
・異物と孤独
第2章 人権真理教の思考支配に抗して
・人権真理教と差別
・聖なる白痴の零落
・民主主義の顕教密教と人権朱子学の崩壊
第3章 眠れない世のために
・歴史がわかると現代がわかる
・左翼全滅の時代の「左畜」
・痴漢より恥ずかしい「アエラ」の広告
・あいまいな日本語の新聞
・「噂の真相」さん江
・大学を目指す青年に
・闘う書評
あとがきに代えて〜東京クーデター計画
____________

【メタローグ】何が正しく、何を信じればいいのかが見えてこない社会情況の中、すっぱりものを言い切ってくれる論者の本は確実な読者層をつかむ。この呉智英もその一人。人権思想や民主主義を疑え、という立場から社会を斬るこの本は、言い切ることの爽快さと強さに満ちている。だが何より特筆すべきはその滑稽味だろう。この世で最も人権を主張出来るのは、現生人類が滅亡させたネアンデルタール人だとか、著者が東京都知事選に出て、「差別もある明るい社会」「東京を民主主義の治外法権に」のポスターを貼りたいとか……。民主主義の替わりに何を持ってくるか、が最後まで触れられじまいなのもご愛敬か。(守屋淳)『ことし読む本いち押しガイド1999』

【内容「BOOK」データベースより】
狂なるは進取(『論語』小路篇)。「狂」にこそ進取の気風が満ちている。進歩も革新も淀んだ安全な思想に堕した今、進取の「狂」が、危険な思想が求められているのだ。「人権いい子」たちが操る人権真理教のマインドコントロールから目覚めよと説く、危険な魅力満載、著者渾身の最新評論。メディアワークス (1998/03)

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by yomodalite | 2008-04-11 20:39 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

これがニーチェだ (講談社現代新書)

永井 均/講談社



「これがニーチェだ」というタイトルで著作もろくに読まないで、ニーチェのことがおおざっぱにわかったような気にさせてくれる本かも、という私と同じような期待をもって読むとがっかりします。

『ツァラストラ』を思春期にカッコつけてチラッと読んだことがあるという私と同じようなタイプの人には、ガッテンしにくい内容です。ニーチェを論じた本の中では良い本らしい雰囲気が、著者の気合いと共に伝わってくるのですが、、、いつか機会があれば、、出直したいと思います。

__________

【内容紹介】哲学は主張ではない。問の空間の設定である。ニーチェが提起した三つの空間を読み解く、画期的考察——。
この本はどこが新しいか——私は、これまでニーチェについて書かれた多くの書物に不満がある。それはたいてい、ニーチェという人物とその思想を、何らかの意味で世の中にとって意味のあるものとして、世の中に役に立つものとして、描き出している。私には、そのことがニーチェの真価を骨抜きにしているように思える。ニーチェは世の中の、とりわけそれをよくするための、役に立たない。どんな意味でも役に立たない。だから、そこにはいかなる世の中的な価値もない。そのことが彼を、稀に見るほど偉大な哲学者にしている、と私は思う。哲学を何らかの意味で世の中にとって有益な仕事とみなそうとする傾向は根強い。哲学ということの意味がどれほど一般に理解されないかが、そのことのうちに示されていると私は思う。ニーチェの中には、およそ人間社会の構成原理そのものと両立しがたいような面さえある。彼は文字通りの意味で反社会的な思想家なのである。それにもかかわらず、いやそれだからこそ、ニーチェはすばらしい。——本書より  講談社 (1998/05)

【目 次】
第一章/道徳批判—諸空間への序章
なぜ人を殺してはいけないのか。。。
第二章/ニーチェの誕生と、「悲劇の誕生」のソクラテス像
生い立ち、『悲劇の誕生』の空間。。。
第三章/第1空間—ニヒリズムとその系譜学
神の死とニヒリズム、道徳の系譜学。。。
第四章/第2空間—力への意志とパースペクティヴ主義
真理と力、力への意志とパースペクティブ主義。。。
第五章/「反キリスト」のイエス像と、ニーチェの終焉
二つの体験ー永遠回帰とルー・ザロメ。。。
第六章/第3空間—永遠回帰=遊ぶ子供の聖なる肯定
永遠回帰の襲来、意志の否定。。。



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by yomodalite | 2008-04-09 17:25 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

私の「戦争論」 (ちくま文庫)

吉本 隆明,田近 伸和/筑摩書房

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全くタイムリーではありませんが、『よせやぃ。』があまり面白くなかったので、「思想界の巨人」が墜ちたのはいつだったのか知りたくなり読んでみました。

小林よしのり氏への批判は、戦争を直に知っている者として至極普通のものですが、小林氏の作品が、マンガ作品として第一級であるのに比べ、吉本氏の「戦争論」は思想書としてどうなんでしょうか? 氏には国際政治を語るような知識があるのでしょうか? ビルダーバーグ会議が何かすら知らない気がするのですが・・

いち早く進歩的左派から抜け出たことが「思想界の巨人」という称号の由来だったと思うのですが、それ以降は何があったのでしょう? 私には、未だに氏の偉大さがよくわかりません。論争というケンカが強かっただけで、本物のインテリではなかったのではという疑問すら。。。

糸井重里や副島隆彦氏が、現在でも吉本氏へ高い評価を送っていることを考えると、またチャレンジしなくてはと思いますが、とりあえずしばらくはいいかな〜。

☆その後に読んだ本で考えがかわりました....
◎日本語のゆくえ/吉本隆明
_____________

【MARCデータベース】小林よしのりの「戦争論」をはじめとして最近新たに再燃してきた「戦争」にまつわる論議を契機に、「戦後思想界の巨人」が遂に日本人と国家、個と公を解き明かす。間違いだらけの「戦争論議」を批判し、再び「戦争」を語る。

【BOOKデータベース】戦争とは何なのだろう?国家と個人とはどちらが重い?「思想界の巨人」が素朴な疑問の一つ一つに、ていねいに答えるように解り易い言葉で語った「戦争論」の決定版!自己の戦争体験を冷静に語り、今日もなお繰り返される旧来の保守派と進歩派の不毛な論議を根本からくつがえす。「戦争自体がダメだ」「エゴイズムは肯定されるべき」等々、ラジカルかつ、明解な論理が展開される。 筑摩書房 (2002/07)

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by yomodalite | 2007-11-05 23:33 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

よせやぃ。/吉本隆明

よせやぃ。

吉本 隆明/ウェイツ

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吉本氏が、未だ元気であることがわかった以外に特に記憶にとどめたいような点はありません。

☆その後に読んだ本の感想....

【出版社/著者からの内容紹介】 吉本隆明との1年にわたる「雑談会」の記録。本書では、素朴な質問を愚直にし、それに対して吉本隆明は雑談のように、しかし明らかに"思想"を語っている。そこに、これまでの吉本隆明の著作とは違う意味での"わかりやすさ"とともに、逆に底知れない"深さ"があらわれている。

"深さ"のあらわれている発言の一部をここで紹介しよう。

「拉致問題の解決には公式に北朝鮮と日本が条約を結べばいい」「瀬戸内寂聴さんが死は怖くないと言ってるけど、それは嘘ですよ」
「西洋には模倣するに足りる社会思想も生活思想も文化思想もないということです」
「学校で教わったことなんて社会で発揮できないという要素のほうが多いから、親からいい先生といわれるような先生にならないほうがいい」
「ホスピスなんていうのは、悪口を言いますと、ナチスのガス室とどこが違うんだということになるんです。生きてる限りは生きるという方向に矢印を向けていかなきゃだめだ」

テーマは「1 教育について」「2 人間力について」「3 自意識について」「4 歴史を流れるようにするとは」「5 時代の自意識について」で、いまの時代や社会のことに少しでも関心のあるすべての人にとって、とても意味深く、かつ示唆に富んだ内容になっているのはもちろん、ではどのような精神的・思想的な心構えや方法論を持つべきかが明らかになっている。  ウェイツ (2007/09)


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by yomodalite | 2007-10-27 19:48 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

革命的な、あまりに革命的な―「1968年の革命」史論

スガ 秀実/作品社

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この時代を歴史として把握したいと思って挑みましたが、驚くほど読めない。時代を知るもの以外を拒む気配は感じていたものの、想像以上に歯が立ちませんでした。

本読みとしての実力の無さに自覚はありますが、著者もあまりにも大局的な歴史センスに欠けているのでは。03年の著作で、68年革命の再評価でこれですか。次世代の人間には理解されたくないんでしょうか。

ひとつ気が付いたのは、この本の感じは現在の「オタク」にそっくりだということ。当時は政治を語ることが若者文化の一つでしたが、著者は2003年においても、政治や革命を特殊な「文化」圏内で語ることが楽しくてしょうがないようです。

日本は、永遠に「サブカルチャーの国」(by 斎川真)だとあらためて解りました...と書いた後、再度読み直してみました(苦笑)。

「サブカルチャーの国」なんだから、オタク本にこそ価値があるはず(# ゚Д゚)ムキー !
・・・・・・ ( ゚Д゚) う〜ん (判定不能)

【目 次】
第1部 ニューレフトの誕生
「歴史の必然」からの自由がもたらされた時、文化的ヘゲモニー闘争の「勝利」とアポリア 「実存的ロマンティシズム」とニューレフトの創生 ほか
第2部 カウンターカルチャーと理論的実践
詩的言語の革命と反革命、アンダーグラウンド演劇のアポリア、小説から映画へのエコロジー的転回 ほか
第3部 生成変化する「マルチチュード」
世界資本主義論から第三世界論へ、戦争機械/陣地戦/コミューン、ゾンビをめぐるリンチ殺人から内ゲバという生政治へ ほか

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【内 容】パリの「五月革命」や日本の「全共闘」として知られる「一九六八年」は、世界システム論で知られるエマニュエル・ウォーラーステインの表現を用いれば、「二〇世紀唯一の世界革命」であり、政治・経済レベルのみならず、芸術・思想の領域においても決定的な切断をもたらしたことは、今や世界的に認知されている。本書は、この一九六八年を、日本の状況に即して、文学・演劇・映画から哲学・思想の領域で、いかなる意味を持っていたかについて論じたものである。
六〇年代に生じていた文学・哲学・芸術領域のパラダイム・シフトを個々具体的に論じ、併せてそれが現代の問題にどのように関わっているかを明らかにする。
一九六〇年代を論じた書物は日本においてもいくつか存在するが、多くは一面的な回顧録あるいは情緒的な記述にとどまっており、本書のごとく広範な領域を冷静かつ客観的に論述したものは皆無といってよい。また、日本の現代思想・文学史は今日においてもおおむね「戦後」(一九四五年)を基点として書かれてきたが、本書は「一九六八年」を中心とすることで、まったく新しいパースペクティブをひらく。(2003年 作品社)

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by yomodalite | 2007-10-17 10:15 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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