カテゴリ:エッセイ( 36 )

君がいない夜のごはん

穂村 弘/NHK出版

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君がいない夜のごはん/穂村弘

『にょにょっ記』以来、久しぶりのほむほむ。2011年の単行本出版は、今のところ、こちらと投稿短歌集の『短歌ください』の2冊。後者は未読だけど、穂村氏の短歌も納められているのかなぁ。。こちらは、一見「短歌集」のようなタイトルですが、「月刊ベターホーム」(2006年〜2008年)と『きょうの料理ビギナーズ』(2008年〜2011年)の「食」にまつわる連載をまとめたエッセイ集。

グルメでもなく、レシピ系の情報もなく、料理にチャレンジしてみる気もなく、酒に弱く、菓子パン好きで、生ハムとメロンの組合せに違和感を抱き、グレープフルーツが登場したときの衝撃が忘れられない、49歳になったほむほむの目線は、

生まれたときから、アイスクリームが「ハーゲンダッツ」の平成生まれに対しても、世のオヤジたちと、そんなに変わらないのだけど、やっぱり、どこかが全然違っていて、ファンを惹き付けて離さない。

「逆ソムリエ」

私はお酒に弱い体質で、せいぜいビールをコップに一杯くらいしか飲めない。だからワインなどを飲む機会もなく、ソムリエという職種のひとにも縁がない。ただ、なんとなく勝手なイメージだけはもっている。

私の中のソムリエは、お客さんの好みをきいて、「それでしたら88年もののマギーブイヨン(ワインの名前を知らないので仮名です)など、いかがでしょう」とお薦めの銘柄を教えたり、「森の奥で振り向いた仔鹿の瞳に映った朝靄のような香りでございます」とその魅力を表現したりするひとだ...


森の中で振り向いた仔鹿の瞳に映った朝靄のような香り....

何回でも味わえるなぁ....「仔鹿の瞳に映った朝靄のような香り」

そんな期待はしてなかったけど、「くすっ」とか「にやり」じゃなくて、ときどき噴き出しちゃうくらい笑いました。

◎『君がいない夜のごはん』(アマゾン)
◎「作家の読書道・穂村弘」
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[内容紹介]今日も真夜中のキッチンで私は電子レンジの「あたためスタート」ボタンを押す。 人気歌人・穂村弘の「食べ物」をテーマにした異色エッセイ集! 料理ができず、味音痴で、飲食店にひとりで入れない……、という著者の奮闘する姿に 思わずニヤリとさせられるものの、「自分もそうかも??」と我が身を振り返ってしま うこと必至です! NHK出版 (2011/5/25)


いつも心にクールギャグを

デーブ スペクター/幻冬舎


ダーリンが図書館で借りてきて、隣で妙に薦めてきた。あのさ、デーブのツイッター面白いって教えたの、わたしじゃん?.....すでによくご存知なんですけど、、って何度言ってもしつこい。

今、手元にある本ぜんぶ、中身も、外側も、すべて「ヘヴィー級」でそれどころじゃないのにーーーって思いつつも、もう一度あの頃への感謝のきもちが湧いてきて、少し読んでみる。

ときどき、欄外に有名人のRTも掲載されている。河野太郎「フォローしてしまった」坂本龍一「僕も」

そうそう、あの頃、みんな「まさか」と思いつつフォローせざるを得なかったのだ。

地震の被害に遭われた方に、心からお悔やみ申し上げます。いま、被災地を励まし、和ますツイートを一所懸命考えているところです。(Sat Mar 12)


大好きな日本がまた笑顔で溢れる国になるよう、ボクは出来るかぎりのことは何でもするつもり。ユーモアがあれば、辛い時でも電気を使わずに世の中を明るくすることが出来るから。(Sat Mar 12)


心配とは文字通り「心を配る」ことだと思います。辛さや悲しみを代わることは出来ませんが、心中を察することは出来ます。みんなが心穏やかになることを、毎日心から祈っています。では、おやすみなさい。(Thu Apr 21)


「浜通り」ってとても素敵な名前です。皆さんの故郷が1日も早く「いつも通り」になることを祈ってます。(Sun Apr 10)


311の少し前に、CIAに詳しい人wから、CIAはブッシュ政権から反省して、最近は日本の味方だって聞いてはいたんだけど、、まさか、ここまでとは。。そういえば、デーブは赤塚マンガで日本に魅せられたって言ってたなぁ。

◎いつも心にクールギャグを(アマゾン)
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[内容紹介]震災後の人気No.1ツイッターが、待望の書籍化!
「震災後、初めて笑えた」「癒された」「勇気が湧いた」…など、被災地に笑顔を生んだ、奇跡のオヤジギャグ&メッセージ790、一挙公開。一見、ギャグの本だが、お茶の間の視点で、震災直後からの思いや怒りを綴った、どんな震災本よりもリアルに共感できる、ドキュメンタリーでもある!!
「ユーモアがあれば、辛い時でも電気を使わずに、世の中を明るくできる」という信念のもと、震災後も日本に残り、つぶやきつづけた、デーブの命の叫び!?

◎総理の肩や腰にいますぐ貼りたい→リーダー湿布
◎いま松尾芭蕉がいたら復興した後にきっと歩くことでしょう→奥の舗装道
◎普段は悪い意味なんだけど、いまはとても大切なことわざ→冷や水を浴びせる
◎いまこそ活躍してほしい世直し時代劇キャラ→隠さん
◎そういえば計画停電より前から、首相が輪番制のような気がするのは、
僕の気のせいでしょうか?
◎すっかり切れちゃったもの→菅電池
◎こんなときにやめてほしい政治決断→内閣総自粛
◎かなり気をつけたい刑事ドラマ→「あぶない電化」
――など。印税の一部を、義援金として寄付する。 幻冬舎 (2011/6/24)



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by yomodalite | 2011-11-05 22:07 | エッセイ | Trackback | Comments(0)
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89年版『座頭市』のサントラが欲しくて仕方ないんだけど、なかなか見つからない。。

3本の映画の感想に続いて、今度は「自伝」です。

勝新のスゴさに気づいたのも、まだ、ほんの数日前ですけど、この本は、3本の映画を見終わってから、そういえば、まだ読んでいなかったということに気づき、軽い気持ちで、読み始めました。このブログで、勝新太郎が初めて登場したのは、2007年に読んだ、森繁久彌の『品格と色気と哀愁と』という本で、松岡正剛氏が言っている、

勝新太郎と森繁久弥の関係は、日本の男と男が組合わさった最高の「バサラ数寄」をしでかせる無類の組み合わせなのである。

という感じを実感したいとずっと思っているのですが、森繁久彌氏のことはまだ全然わかりません。

その次が、同じ2007年の水道橋博士の『本業』で、そこで、紹介されていた、山城新伍氏の『おこりんぼ さびしんぼ』で、勝新太郎と若山富三郎の兄弟の物語に感動し、吉田豪氏にも、間接的に影響を受け、春日太一氏の『天才 勝新太郎』と、根本敬氏の『特殊まんが家-前衛の-道』を経て、ようやく、本当に『座頭市』に出会うことができました。

だから、これらの方すべてがバトンを繋いでくれたおかげで、『座頭市』には、出会うことができたんだって感謝していて、水道橋博士が、吉田豪氏を、

吉田豪は相手の99の力を引き出し、100の力で書く、
そして読者に200以上を夢想させる。
 
だからこそ、芸能本史上、最強の聞き手として、300%推薦するしだいである


と評しているように、勝新太郎のスゴさを「本」にするには、きっと、本書きのプロの力が必要だよねって思い込んでいて、本人が書いた「自伝」のこと、すっかり忘れてたんですね。

☆この感想は、図書館で借りた、単行本によるもので、文庫本にある、吉田豪氏の解説はまだ目にしてません(現在、注文中)

ところが、読み始めたら、、、

上記の方々の本はすべて、すごく面白かったのですが、この本はそれらとは別次元。89年の『座頭市』に、どれほど感動したか、表現できないぐらいだって、言った、その感動すらも上回るかと思うぐらい感動してしまって.....

ホントに、もう、どうしたら、いいんだろう。。。(笑)

いったい、どこがって思われている方も多いと思いますけど、勝新がどれほどの「天才」だったかって考えると、比較したくなるのは、もう、あの人ぐらいで、まさか、そこまで天才だったとは====!!!!って、いう感じなんですよねぇ。。。

Usherや、NE-YOは、本当にMJのことリスペクトしてると思うし、真面目だし、ダンスもめちゃくちゃ上手いと思うんですけど、どうして、MJのように感動できないんだろうって不思議に思ったことないですか?

同じ動きの、キレの良さだけなら、Usherの方が、MJより、キレイなんじゃないかと思うこともあるんですけど、でも、どういうわけなのか、MJを観たときと同じような「感動」を得ることはできない。。。(ごめんね。アッシャー♡)

彼らだけじゃなくて、ダンスミュージックの人はみんな「振付け」をこなしているけど、MJだけが違うっていうのは、ファンならわかりますよね?

勝新が、座頭市でやろうとして、実際に完成させたことは、通常の「殺陣」とは、全然ちがっていて、「殺陣」だけじゃなく、セリフも、映像にしたかったものも、音も、とにかく、MJの感覚に限りなく近いと、映画を観終わってから思っていたんです。でも、勝新自ら書いた本から、さらに、そのことが、はっきりと伝わって来ました。

それは「音楽に思考をはさんではダメだ」とか「僕はリズムの奴隷......僕は音になる。ベースになったり、とにかく聴こえてくるいろんな音になって、それを体で表すんだ」とか「ダンスは作るんじゃなく、勝手にできあがる」というようなことが、勝新流に「書いてある」からなんじゃなくて、

この本自体から、「音」が聴こえてきて、「リズム」があって、尚かつ、勝新が綴る文章が、歌舞伎座で、中村吉右衛門を観るよりも、遥かに、うっとりできる「芝居」になっているからなんです。

この、文章から音が聴こえて来るというのは、どうやら、わたしの“電波”によるものだけではないらしく「あとがき」で、勝新自身も語っています。

活字を映像にしたことはある。
映像も活字にすることが出来るだろう。そう思って書き始めた。
勝新太郎の映像が、なかなか現れてこない。
勝新太郎って、どんな人間か、
想像したら、子供のころの俺が、逆回転のフィルムのように現れてきた。
逆回転で書いてみよう。
こんな書き方でまとまるのかな。まとまったらおかしいよ。
勝新太郎を書いて、まとまるなんておかしいよ。

祭り囃子の音が、頭の中で鳴っている。

テレツク テレツク スッテンテン

ドーン ドーン ドンカララ

ヒーリャリャ ヒーリャリャ テレツクテン

こんな音に乗って、赤ん坊の頃から書き始めた。
俺の文章を読んだ人が言った。

「うまく言えませんけど、どうも文章から、なんか音が聴こえてくるんです」

どういう意味なんだろう。
活字から、どんな音が聞こえて来たんだろう。皆さん、教えてよ。

平成4年10月22日 あとがきじゃないよ、音書きですよ。 勝 新太郎


この「あとがき」で、わたしは、もう完全にとどめを刺されたんですが、
(“だじゃれ”でも感動できることってあるんですね)

その4ページ前でも、すでに7インチほど突き刺されていました。

(以下、そのページから抜粋引用)

神が世界を不幸にしたのではない。
神が世界を幸せにするのではない。
神が人間をつくったのではない。
人間が神をつくり、平和をつくり、戦争を起こす。
日本が勝っていたら、
マイケル・ジャクソンが今頃、『佐渡おけさ』を歌わされていたかもしれない。
ぞおっとするね。


勝新、やっぱりMJを意識してた=======!!!

これが書かれた頃、MJはデンジャラス期で、89年は、エリザベス・テーラーが、彼を「The True King of Pop, Rock And Soul」と称した年なんですが、同じ頃、勝新は、プリンスからPVへの出演依頼も受けています。

たしかに、MJの「佐渡おけさ」は、ぞおっとするような気もしますが、日本が負けて、日本ではなくなって行く、そんな時代に、日本の伝統文化を背負っていた「最後のひと」が勝新で、彼は、それを背負いつつも、新たな試みを、たくさん成し遂げ、世界から絶賛された「スター」だったと思います。

この本は、最後の映画『座頭市』から1年後の、拘置所の中から書きはじめられた、
勝新太郎の『獄中記』と言えるもの。

この本の表紙写真も、数々の勝新伝説も、一旦すべて忘れて、
眼を閉じて読んでみてください。


勝新太郎の三味線を聴く
バルテュスと節子・クロソフスカ・ド・ローラ




◎[動画]バルテュス&勝新太郎 Balthus&Shintaro Katsu
◎[動画]竹中労語る 勝新太郎
◎[動画]竹中労語る 勝新太郎 / 芸人論

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[単行本・BOOKデータベース]執行猶予四年という手打ちをした俳優が、拘置所の中で、もう一人の自分を見た。真・間・魔・麻…。社外人として書いてみた。痛快・劇薬の書。廣済堂出版 (1992/11)

[文庫版・内容紹介]昭和の名優・勝新太郎の人生録。強烈な人生を駆けぬけた「かつしん」が、ハワイでの逮捕以後、自らの幼少期や役者時代を振り返り、書き下ろした1冊。解説はプロ書評家の吉田豪。

[文庫版・BOOKデータベース]稀代の名優・勝新太郎が書き下ろす破天荒で強烈な人生録。幼少期からの貴重写真も多数掲載。新装版刊行に際して、解説は吉田豪(プロ書評家&プロインタビュアー)が特別寄稿。4000字を超える情報量で、さらなる勝新の魅力に迫る。文庫、改訂版 (2008/8/25)





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by yomodalite | 2010-12-12 19:05 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

真理先生/根本敬

真理先生

根本 敬/青林工藝舎




本書は、特殊まんが家、根本敬氏が、2009年に3冊連続で刊行した、最初の1冊で、同名の武者小路実篤の小説とは大分異なります。

まんがは一切なく、文章のみの本ですが、独自な文体に特徴があり、読みやすい本ではありませんし、同年に出版された『特殊まんが家-前衛の-道』より、根本敬ビギナーには敷居が高い本です。(と、最初は思ったけど、やっぱりマンガより読みやすいし「真理」もわかるかも?)

感想も難しく、紹介もし辛いのですが『特殊まんが家-前衛の-道』の自分メモが未だに終わらないので、こちらに「そのつづき」を書きます。

この本は図書館で借りて読んだ後、購入しましたが、マーキングするだけでは、足らない気がして、仕方なく長々と書いているのですが、

前ページでも書いたように、あくまでも自分用のメモで、しかも「電波系のひとりごと」なので、くれぐれもご注意くださいませ。

本当に、ただ無駄に長いです。。。

カセットテープとかレコードは無くなってしまっているような気がするけど、LOL COXHILLと突然段ボールのCDは、まだ家にあるのだけど、相変わらず、全然聴いてなんかいなかったので、蔦木栄一氏が亡くなっていたことも知らなかったし、亡くなる前にプロデュースした、浜田俊一氏(アルバム『無芸術大王』)のことだって、全然知らないし、その浜田氏も亡くなっていたことも知らなかった。

Trafficは、スペンサー・デイヴィス・グループを抜けたスティーブ・ウィンウッドが結成したバンドだってことも知らなかったし、スティーブ・ウィンウッドのことだって、ほとんど知らないので、ジョン・バーレイコーンが浜田氏に似ているということなんて、全然わからないけど、なんとなく、マイケルの「Much Too Soon」のことを思い出さずにはいられなかった。

「Much Too Soon」は、1981年頃に創られているのだけど、70年代ぽい雰囲気があって、歌詞も、他の「スリラー」に収められている曲のシンプルさとは、全然違っていて、マイケルが、あの時代、こういう詞を書いていたことを思うと、すごく感慨深い。

内田裕也は、外道とか、フラワー・トラべリン・バンドとか、世界とリンクした日本のロックに最初期から関わり続けているのだけど、わたしには、まだ、さっぱりわからない。でも、彼のロケンロール魂は、80年代末期の「平凡パンチ」に連載された「ロックン・トーク」というインタヴュー企画で、あの、インヴィンシブル期のMJのファッションを手がけた、韓国のデザイナーで、本物の「異形の人」“アンドレ・キム”にさえ、インタヴューをしていたのだ!!!!!

「キープ・オン・ロケンロール」とは、日々ターニングポイントに立ち続けるということだと、根本氏は書いているのだけど、彼のわかりにくさは、松田優作の「撮るのなら俺の《魂》を撮ってみろ!ただし簡単には撮らせないからな」と、近いのかもしれない。

「変らない」という信念をもっている人は多いけど、変化し続けるという「信念」をもっている人は、本当に極わずかで、そのことを、音楽的作品と、アーティスト人生の両方で遺せた人は、ひとりしか居ないと思うけど、作品を創らない、内田裕也という人は、すべての時間を、そんな風に考えて過ごしているのかもしれない。

23歳ごろのMJは、ロッド・テンパートンやクインシーやポールが、みんなで「スイーツ」な歌を歌わせようとしているときに、“Billie jean”や、こんな曲を書いていたんだなぁと思うと、クインシーには、MJが、“She's Out Of My Life”で、毎回泣いていたときの気持ちなんか、全然わかんなかったんじゃないかなぁ。。

“You Rock My Would”は“Billie jean”のアンサーソングなんじゃないかって、ずっと思ってたんだけど、でも、GOLD誌のインタヴュー(←このページの一番最後の質問)で、やっぱり、かなり迷って答えてるし、彼は自分でも言ってたように、ずっと「考える人」だったから、進化し続けて「キーポン・ロケンロール」だったんだと思う。

◎Much Too Soon and Lyrics
http://www.michaeljackson.com/jp/node/1009771

She was there just sitting at the table
thinking now that things won't be the same

And would you like to go with me
and she answered "No" to me
but I guess I learned my lesson much to soon

I never thought she'd leave me here forever

But who knows just what the future brings
and would you like to go with me?
And she answered "No" to me
but I guess I learned my lesson much too soon

Take away this never ending sorrow
take this lonely feeling from my soul 

if only I knew what things bring tomorrow

She'd be sitting here beside me
and my heart would ...

I hope to make a change now for the better
never letting fate control my soul
and I'm hoping that my prayers will see
day that you'll come back to me

But I guess I learned my lesson much too soon

Ooh ooh
Yes, I guess I learned my lesson much too soon.



とにかく、インヴィンシブル期のMJを考えるうえで、アンドレ・キムのインタヴューが読みたいし、彼のことをもっと調べたいのだけど、アンドレ・キムへの興味で、韓国語を覚えるのは無理だと思う。。

そういえば「時代劇チャンネル」の『座頭市』劇場版前26作品完全放送も、ついにファイナル!「新座頭市物語」の『折れた杖』『笠間の血祭り』と、ラスト89年の『座頭市』
◎http://www.jidaigeki.com/special/1006_2/

あと、全然関係ないかもしれないけど(本当にそうなのかは、よくわからない)デヴィッド・リンチ(TIIまでは、彼が私のNo.1だった)も、音楽リリース!!!!
◎http://www.beatink.com/Labels/Sunday-Best/David-Lynch/topics/101129.html

それと、、MJは「WHY」(Stranger In Moscowも含む)から、ヨン様だったって思っているんだけど、ヨン様とチェ・ジウが出演した、アンドレ・キムのファッションショー(シドニー)は、2002年なので、MJの老眼鏡やアンドレ・キム・ファッションも、ここからだったって言えなくもないんだよね。。。
◎Winter Sonata Fashionshow in Sydney 2002

突然だけど、、、
冬のお薦め!ブラック・ミュージック(熟女向け)

☆最近発見して、全身震えるほど感動したバカラックとアイズレーブラザースのRonald Isleyのスタジオ動画。3:20頃から、音楽始まります。(もう神!としか言えない。。。)
◎Ronald Isley and Burt Bacharach "Alfie"

☆"When a Man Loves a Woman"のトリヴュート?
◎R. Kelly - When A Woman Loves

☆ロン・アイズレー&R・ケリー(ちょっぴり♡H系)
◎Contagious - Ron Isley Ft R Kelly  

☆ブラック・ミュージックじゃないし、全然関係ないと思うけど(たぶん。。)
Lady GAGAは、相変わらず“クレージー♡”だなぁ。。
◎Lady Gaga Teeth Live on The Today Show


"Alfie"はMJが大好きな曲で、あとは、Eric Benetや、El Debargeとか、Ne-yoとかって思ったんだけど、最初にRon Isleyを聴いた後に、その後聴ける新曲ってなると、やっぱりR.Kellyになっちゃった....

(まだ、つづく)

アップリンク配給のコロンビアでエメラルド王として君臨する早田英志、監督・脚本・主演の映画『エメラルド・カウボーイ』の宣伝活動の際のインタヴューは、根本氏の依頼により、内田裕也がインタビュアーを務めた。そのとき、戦闘モード一杯の内田氏に根本氏が贈ったスピーチ

「……今日のこの歴史的な良き日に立ち会えた光栄を改めて空気の中の電気菩薩と、そしてロックンロールの神に感謝し、この対談を終了させて戴きます。2004年12月吉日 司会・進行 根本敬 ー 以上、どうも有難うございます!」

そのとき根本氏が来ていたTシャツは、The WHOのピート・タウンゼントの生涯完成されることがないだろう、LIFEHOUSEプロジェクトのものだった。

◎Lifehouse (rock opera)
◎Yahoo!知恵袋
◎ライフハウス・エレメンツ

内田裕也の存在はわたしにとっての
「LIFEHOUSE プロジェクト」なのかもしれない(by:根本敬)


根本氏の現在は、わたしが、読書三昧な生活をして行って、最終的にこんな人になりたいって思っていた、山本夏彦氏が翻訳した、レオポルド・ショヴォの『年を歴た鰐の話』にどこか似ていて、

また、そのまんがは、yomodaliteパパが好きで、子供のころ聴かされたために、どこかトラウマになっている、M・デイビスの音楽について書かれた1文と近いらしい。

「この音楽には、音楽的技術ではなく、音の質感のせいでゴミのように聞こえる仕掛けがしてあるのだ。脳にわいた蛆虫を思わせる宇宙の汚水のように、または、ましな言い方をするとすれば、宇宙の瓦礫のように聞こえるということだ……。だから、こうして汚らしく散乱したものをひとつの生き方として受けとめないかぎり、この音楽を心の底から好きにはなれないのだ」 ー (グレッグ・テイトによる電化期のM・デイビスについて随筆より。BPM刊「ファンク」より孫引き)をさらに引用。

◎電化前のマイルス - 映画「死刑台のエレベーター」試写を見ながら即興で演奏したもの
◎電化後のマイルス - Miles Davis - Bitches Brew (1/3)  
◎電化後のマイルス - Miles Davis - On the Corner (1/2)

☆ちなみに、M・デイビスが晩年よく演奏していたのが、MJの“Human Nature”!!!! 
MJ好きで、M・デイビス苦手なわたしは、まだ一回もイイと思ったことないけど。
◎Miles Davis @ Montreux Jazz Festival - Human Nature  

帝王マイルスの晩年を考えている間に、ついに、新座頭市物語『折れた杖』観てしまいました!

座頭市は以前に、比較的初期のTVシリーズを見て以来、ずっと観るべき作品を絞って、出会いのタイミングを待っていて、とうとう、そのタイミングが来たって感じで、ものすごく期待して、観たんですが、、、本当に期待どおりで、クライマックスでは、もう、胸が苦しくなって、2、3度、中断して、呼吸を整えたり、落ち着いて座っていられないぐらい、胸に迫るものがあって、大変でした。

これは、1972年の作品で、劇場公開映画としては、ラストから2つ前なんですが、黒澤明の『どですかでん』(1970年)と『デルス・ウザーラ』(1975年)の間で、クロサワは『赤ひげ』以降、『夢』までは、5年に一度、映画を撮っていて、『影武者』は1980年。

今、『折れた杖』を観て、間違いないと思ったのは、『赤ひげ』以降、クロサワは、映画制作者として、一度も幸福感を感じたことはなかったと思うけど、『影武者』を降りた、勝新太郎は、完成品を観て、クロサワ超えは確信したと思う。

マイルスは、問題作『オン・ザ・コーナー』(1972年)の後、沈黙し、1980年に復帰したときは、完全に「帝王」を降り、ただのトランぺッターになったんだと思う。彼の“Human Nature”は何度聴いても、それ以外の意味を感じることは出来ないと思う。

世界中から尊敬された、誇り高い「帝王」で、饒舌なキャラだったにも関わらず、彼は、静かに、そして実にあっさりと「帝王」を降りたのだ。そのプライドを打ち砕いたのは、もちろん、あの“KING OF POP”なのだけれど、ジャンルも、ファン層も違うにも関わらず、本当に選ばれた、天才にしかわからないプライドで、ジャズ界の帝王なら、あと10年は君臨できたかもしれないのに、マイルスは、そんなジャンル別の「帝王」には、未練はなかったのだと思う。

70年代に、マイルスが追求した、強いリズムへの拘りというか「ファンク」への思いは、MJが、80年代後半から「オフ・ザ・ウォール」「スリラー」の洗練と、もうひとりの帝王、クインシーからも、逸脱して、追求して来たものだ。

「本物の男には、7人の敵がいるらしい」

“KING”には、数えきれないほどの敵がいるはずで、彼の成功への道の傍らには、大勢の人が道を誤ったり、狂ったりしていったはずだ。

山の頂上には誰もいない。それでも、その孤独を引き換えにしてもと思えるほどの「才能」に、恵まれたものだけが歩む道であっても、マイルスの『オン・ザ・コーナー』(1972年)以降と、1980年の復活は、MJの「インヴィンシブル」発表後から、2009年の「THIS IS IT」ツアー発表とは、まったく違っていた。

2009年に、MJが味わったような「勝利感」を、体験したアーティストが、今までに1人でもいただろうか。(ミケランジェロのことまでは、想像出来ないけど。。)

ジャズに未来や先進性があった時代に、マイルスは帝王として、そこにいたけど、彼は、彼のことを愛するファンのように、ジャズを愛していたわけではなかった。

マイルスの先進性のよりどころで、スライの革新性でもあり、黒人が時代を先取って来た強いリズムと「ファンク」への思いを、トップランナーとして継承し、ジャズに代わる、黒人囲い込み音楽である、ヒップホップの担い手たちにも、その可能性と限界を示唆しつつ、

自らの存在を起点とした、ダンス・ミュージックの隆盛には、時代が見捨てた、シンプルで、美しいメロディーでも、圧倒的な存在感を示したMJは、音楽の王として、それだけで、充分すぎるほどだったにも関わらず、パフォーマンスのみならず、ステージ外でも、圧倒的に、注目を集めたルックスで、

しかも、どんなに、奇矯の人という「レッテル」で埋め尽くそうとしても、最後まで、若い女子と子供の熱狂を絶やすことなく。。。また、彼の「知性」は、そこでも“帝王”を自認していたマイルスから、饒舌をも奪ったと思う。

勝新太郎は、長唄、三味線という、日本の伝統芸術の家系に生まれたことで、むしろ、その時代にしては、めずらしく、世界へのコンプレックスを抱いていない人だったように思う。また、彼は、役者としても、生き方としても「不器用」だったから、役者としても、監督としても、唯一無二のキャラクターを創ることができたのだと思う。

MJは、想像を超えるほど「器用」だったけれど、「映画を創りたい」という思いを、最後まで実現させなかったのは、様々な妨害だけでなく、彼の度を超した寄付行為と同じく、“KING”への道のりで見て来た、敗れ去った者たちへの畏れと供養であると同時に、やっぱり「マ×××・××××ン」というキャラクターへの敬意もあったんじゃないかと思う。

ちなみに、

『特殊まんが家-前衛の-道』に登場する、MJは、みうらじゅんの方で、勝新太郎と、内田裕也と同じくらい登場するのは、蛭子能収氏なんですが、わたしには、伊集院静も、西原理恵子も、遥かに超える、ギャンブラーの真髄は、まったくわからなくて、つい電波が、わたしの「LIFEHOUSE プロジェクト」である、MJに飛んでしまっているんです。

彼が、いつから“Much Too Soon”だったかは、わからないけど、わたしが、それを知ることが出来たのは2010年で、それは、彼が“Much Too Soon”だから仕方ないのだけど、

「ひょっとしたら現在が過去に影響を及ぼしているかもしれない」
(by:『映像夜間中学講義録イエスタディ・ネヴァー・ノウズ』)

イエスタディ・ネヴァー・ノウズは「温故知新」よりもちょっとオシャレな気がするので、

「僕も人の中のセレブな部分に訴えたい(笑)」(by:天久聖一)

のように、私も一応、セレブ向けwに書いているつもりなんです(当社比)

で、

『特殊まんが家-前衛の-道』では、極悪人「梅川昭美」や、川西杏氏の話題を最後に、全体の3分の2を占める、天久聖一氏との「巻末対談」が始まります。

『バカドリル』ではまだ、出会っていなかったけど、ゲッツ板谷の『超出禁上等』で、ついに発見することが出来た、天久聖一にも、強く導かれていたのだ。

対談の中で、蛭子能収のマンガは、デヴィッド・リンチっぽいと、天久氏は、語っているのですが、リンチは、蛭子氏のような、虚無の人ではないんじゃないかな。リンチがもはや、自分の作品を「映画にする」ことに興味がないことと、音楽への尽きない興味は、蛭子能収がマージャンに賭ける思いとは、やっぱり、違うように思えてならないし、リンチの音楽のような「必然性」を、蛭子氏はマンガには感じてないと思う。

それと、

『真理先生』のこと、冒頭で、読みにくいって書いちゃったけど、根本氏が「真理先生」であることさえ、信頼出来るなら、電車の中でも読めるので、一番読みやすいとも言えるし、第二章の「小説」もとても面白いです。


さて、5章もある、巻末スペシャル対談の中身をまとめると、

“作品を遺せないアーティスト”内田裕也(蠍座)や、“人生=作品”の勝新太郎(射手座)を、“感情の人”根本敬(蟹座)は、母性のような感受性で包み込んでいるのに対し、感情ではまったく理解できない“虚無の人”蛭子能収(天秤座)への、敵意にも似た「愛情」や、根本のこれまでの作品に対し、蛭子氏を上回る全方位型の“虚無の人”天久聖一(獅子座)は、根本氏の濃密な感情世界すべてを、俯瞰的に捕えていて、MC星座と言われる(?)獅子座特有の「司会芸」と、細々とした心遣いが、光る対談になっています(?)

そんなに印象に残ったわけでもないけど、、こぶ平の、ちょっとイイ話!!!

「蛭子能収が、マージャンで逮捕されたとき、TV仲間で2人だけ電話をくれたのが、松村邦洋と“こぶ平”」

こん平も、いっ平も、キライじゃないし、泰葉がホーキング青山と共演した舞台を、見に行かなかったことは少し後悔しているけど、こぶ平のことは、一生キライでいたいので、これ以上のイイ話には、注意しなくてはいけないと強く思う。

あと、「でたらめな親父と、娘の相性は、凄いイイ」とか、

「ウツボの審判の話」とか「ストーンズの楽屋の話」とか、ネパールのお金もちのダンナは子象を買う。とか「夢オチの話」などの面白い話は、本書でご確認くださいませ。『贋作王ダリ』の話は、こちらにもあります。

『真理先生』の内容に関しても、もう少し書いておきたいのですけど、、、第三章の「真理」をひとつだけ。

「その時、その瞬間、絶妙なタイミングで飛び込んで来る歌というものが誰にもかならずある。しかしそれにいちいち気づく人間などそういやしない。だがね、皆そういう歌が入り込むのを掴んで逃さぬ事を習慣づけて欲しい。何故ならそういう歌は例え欧米のロック、例えばジミ・ヘンだろうと「アキレス・ラスト・スタンド」だろうと、そいつにとっては日本人である以上、どうあれ実はその瞬間から、ソレは最高の歌謡曲なのだ。何故なら歌謡曲とは、俺たちのクニじゃあ天国と地獄を結ぶ何方道(クロスロード)に立つお地蔵さんであり音の道標なのさ」

あと、第三章には、こん平(こぶ平じゃない)も登場しています。(了。たぶん)

[目次]
第1章(さぶ・カトちゃん/ボス、シケてますよ/童貞ソー・ヤング 他)
第2章 「小説」
第3章(男と男の結婚・男、友情の旅篇/結婚式のスピーチのために記す-※挨拶と軽い自己紹介の後に、以下…/誰もが一度は考えること-ボノボ、その生態(二〇〇五年の暮れに書いた日記より) 他)

[出版社による紹介]2004年『en-taxi』に掲載された処女小説「小説」を中心に、ほぼ未発表に近い状態のエッセイ、『アックス』連載の「近況」等、選りすぐりの文章を集めさらに読みやすく加筆修正した、根本敬初の「文字だけ」の単行本、遂に発売!第11回みうらじゅん賞受賞!!


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by yomodalite | 2010-12-01 22:15 | エッセイ | Trackback | Comments(4)
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ブログに読書感想を書いている、1番の理由は、自分のための記録です。

万が一、totoで6億円当たっても、一生狭い家に住む!と決めているので、どうしても何度も読みたいとか、レファ本として、家に置いておきたいとか、本文ページに目一杯書き込みや、赤線引いて読みたいとかじゃない場合は、書物は、図書館で補完しておいてもらいたいんですよね。

2番目は、書くことで、より記憶しておきたいからだと思います。

で、3番目は、著者に少しは恩返しをしたいのと、いいなぁと思ったモノを人に薦めるが好きだからなんですけど、たま〜に「紹介により買いました!」って、言われると、すごく嬉しい反面、いつも「シマッタ!」って思うんです。

わたしが勝手にそう思ったことまで、本に書いてあるかのように、言ってしまったかも。とか、ちょっと、言い過ぎたかな?とか、で、そんな反省を出来るだけしなくても良いように、「アフィリエイト」も張ってないので、ホント期待どおりじゃなくても、どうか恨まないで欲しい。

と、ここまでが言い訳で、

ここから、タイトルの本についてなんですが、、、まず、本書は、もの凄い「傑作」ですが、著者は「特殊まんが家」という、本当に特殊な職業の方なので、お薦めしたい!って気持ちは、まったくありません。

もし、あなたが、根本敬という、名前を聞いたことさえないなら、ここから先は、どうかご遠慮くださいませ。根本敬氏との出会いが、わたしが書いた文章なんて、気が重過ぎるし、きっと良い出会いにはならないと思う。それと、たぶん、根本氏やタイトル本が出てくるのさえ、すごく時間がかかると思うし、とにかく無駄に長いと思う。

それと、ここからは、通常とは異なるチャンネルの「電波」を放出するので、
そこにも「周波数」を合わせないでほしい。


特に、わたしのブログをマイケル関係で読んでくれている方は読まないで欲しい。

ていうか、マイケル関係以外のひとも読まないで欲しい(笑)本当に死にそうなほど暇で、尚かつ、読んだ後にすっかり忘れてくれる人以外は、どうか遠慮していただきたいと思う。

本当に、本当に「ひとりごと」なので。。。(しかも、電波系の)(言い訳はここまでって言ってから、また言い訳しちゃった。。。だって、まさか、マイケルが、根本敬まで、わたしを導いてくれるなんて、、、思ってもみなかったし、この気持ちを、どうやって、記録していいのか、わかんないんだもんっ!)

とにかく、根本敬が、どうして「来た」のか、よく覚えてないけど、最近、いとうせいこう氏のことを考えていたせいかもしれない ー 最初に、氏のツイッターを見つけたときに、杉本博司の『曾根崎心中』のお知らせを発見して、すごくびっくりして、慌てふためいて、神奈川芸術劇場のメンバーになった。

舞台や芝居は苦手だし、文楽も好きでもないんだけど「杉本博司+近松」を、いとう氏で知って、腰の重いわたしでも、走らざるを得なかったのだ。来年行われる、そのチケットを入手して、あらためて、これまで、いとう氏から受けた「恩」をいっぱい思い出した。


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(右側のグルーチョに成りきっているのは大竹まことで、左側はチコ役のきたろう)



『マルクス・ラジオ』ー 今のヤング(笑)は、どうなのか知らないけど、私がヤング(笑)な頃は、ヌーベルバーグや、小津安二郎の映画と同様に『マルクス・ブラザース』の映画も、重要なサブカル教養ではあったのだけど、それでも、マルクス・ブラザーズを解散後の、グルーチョ・マルクスがやっていたラジオ番組の脚本を、番組終了後60年以上経ってから、完璧に笑える「翻訳」で、しかも、大手出版社から出版してくれるような、そんな、ステキな人が他にいるだろうか?(絶対いない!!!)

いとう氏が、浅草に住まいを移したと聞いたときは、私はまだ、全然「浅草」のことがわかっていなくて、とりあえず、その数年後に隅田川沿いに住むようになったので、少しだけ近づけた気がするけど、あと2年ぐらいしたら、あのとき「銀座」の近くを選んだのは、甘くて下衆な下心だったと完全に反省するかもしれない。それほど、かの地の男の“粋”と、この地の男(特にキモノ関係)のレベルの差は激しい。

日本のヒップホップが誕生した瞬間(いとう氏が作った)、わたしは、その場所(どこだったかは覚えていない)に居たし『ノーライフ・キング』(’88年)も『天才ビットくん』も『しりとり竜王戦』も見逃していなかったけど、もっともっと、深く出会っておけば良かったなぁと、今になって思う。。でも、重要な「出会い」は、ほんとうに、ある日、突然、まさかというタイミングで、やって来ることが多いのだ。

あの日もそうだった。

まだ、あの頃は、朝TVが流れていて、それで、あのニュースを知ったのだ。今だから、わかるけど、あのニュースには、驚くほど、多くの「電波」が、発せられていて、それは今でもずっと続いている。

CDを買う必要がないほど、街に彼が溢れていた時代以降の「INVINCIBLE」も「Blood On The Dance Floor」も持っていて「In The Closet」の3枚のリミックスCDなんかも狂ったように聴いていたはずのに、今から考えると、まったく聴いていないに等しいというか、まだ全然彼に出会ってなんかいなかった。

若い頃に出会ったアーティストや曲が今も一番という人は多いようだけど、わたしは自分の若い頃の感覚なんて、今はまったく信用できないので、あの頃もスゴいと思っていて、尚かつ、今もスゴくあり続けている人を発見すると、若い頃に感動した何倍も感動してしまう。

でも、根本敬氏は、若い頃から知ってはいたけど、本も1冊も持っていないし、1番、最近触れたものは、たぶん『神様の愛い奴』だと思うけど、『ゆきゆきて、神軍 』を観たひとは、セットで観た方がいいかもなぁと思った以上の感想はなかったし、その後の作品にはまったく触れていない。

そういえば、最近、3日連続でみうらじゅん氏の夢を見た。みうら氏は、根本氏やマイケルと同年齢で、根本氏は2008年に「みうらじゅん賞」を受賞しているのだけど、他の「みうらじゅん賞」受賞者だって、いとうせいこう氏以外は知っているとは言えないし、出会ってもいないし、そもそも、みうらじゅん氏にだって、あまり出会っていない。

だから、どうしてなのか、本当によくわからないのだけど、もしかしたら、勝新太郎なのかもしれない。

『天才 勝新太郎』 ー 著者の春日氏は、時代劇の現場を、相当取材されて、書かれているのは、間違いがないのだけど、でも、それだけでは、あれほど「勝新太郎」には出会うことは出来ない。この本に、根本氏の名前があったかどうか、覚えていないけど、春日氏は、勝新太郎自身だけでなく、根本敬の「ソウル電波」も、きっと受けたに違いないと思う。

仮に、著者に記憶がなくても、この世には、さまざまな「残留思念」というものがあるのだ。そうでなければ、今になって『影武者』を降りたときの、勝新太郎の気持ちがわかることもないし、あれが、何かを変えた瞬間で、また、何かが終わった瞬間だったことが、後になって、わかるということもないと思う。

わたしが、春日氏の驚異的な仕事により、勝新太郎に出会うことが出来たのは間違いないのだけど、でも、春日氏がどんなに良い仕事をしてくれていても、マイケルによって、わたしの「アンテナ」が開かれていなかったら、それを受け止めることは出来なかった。90年代以降のMJに周波数を合わせていたから、勝新太郎を感じることが出来たのだ。

本書を読むまで、根本氏が、これほど、勝新太郎の「ソウル電波」を受けていたことも知らなかったけど、わたしも、勝新太郎の「ソウル電波」を受けていたから、根本氏にも出会うことが出来たんじゃないかと思う。

とにかく、とうとう、根本敬が来た!という感じが突然して『特殊まんが家-前衛の-道』と『真理先生』の2冊を図書館で借りてきた。『真理先生』は決して得意とは言えない、根本氏の「まんが」なしで読むことができるので、そっちから読み始めたのだけど、なかなか読むことが出来なかった。かなり特色のある文体に、なかなか慣れることが出来なくて「根本敬が来た!」と思ったのは、勘違いだったのかと思い始めたころ、諦め半分で『特殊まんが家-前衛の-道』を読み始めた。

水木しげる氏と、根本氏の関わりというか、インドのカースト制の中には、バラモンの読書中に生涯ページを捲るだけの、只、それだけの役割のカーストがあるという話から、水木先生に、トイレがどこかを教える役割を与えられていたけど、遂にその役目から「解き放たれた」という根本氏のエピソードが語られている「はじめに」を読み終えると、目次があって、章扉には、

「真の夜の収穫者は水谷君(孝)ではなくこの僕だ」
− そういった夜に対する自負が森進一にはあった。


と書かれてあった。

水谷君とは、裸のラリーズのボーカルで、ギターの人なんだけど、わたしは、よく知らないし、森進一のことも知らない。

小見出しは「人の役に立つ」ー 根本氏が、はじめてドヤ街に足を運んだ時に、アル中のジジイから、浴びた言葉から始まってて、「ガロ」、『情熱のペンギンごはん』〜奥平イラ、ひさうちみちお、「JAM」「HEAVEN」「GOCOO」という、あの頃のサブカル必修雑誌などの名前が並んでいるのだけど、そのことが懐かしいわけではない。でも、湯村輝彦の、ある行為を「アート・ディレクション」と称した、根本氏に、はじめて「グッと」惹き込まれ、次の「没入」は、勝プロ倒産から始まっていた。

やっぱり、勝新太郎に呼ばれたんだということが、だんだん、わかって来た。

「永遠の素人」でいいと、勝新太郎は言っていた。ー 根本氏は、佐川一政の家の近所に住んでいて、深夜三時にセブンイレブンに行って、交通事故を目撃する。松田優作は「撮るのなら俺の《魂》を撮ってみろ!ただし簡単には撮らせないからな」と、写真集『スロー・ニュアンス』を出版したカメラマンの渡邊俊夫に言っていた。

舞台『不知火検校』ー 勝新太郎の車中での電話での会話。根本氏はそれを「宿題」として10年以上考え続けた。『天才 勝新太郎』ではブルース・リーとの共演話が語られていたけど、あのプリンスからも「座頭市」としてビデオ出演のオファーが来ていたのだ!!!!!

勝新太郎が語る《偶然完全》

ただ、パッと会ったときに、そっちが俺のことをよく知ってるから、俺も知ってたんだよ。そういう、この空気の中に電気菩薩みたいなのがいるんだよ。空気が俺に、そういう風にしてくれるんだよ。太陽がこうやって来て、ここへ来たら太陽もあたってる。これが雨だったときは雨がそうしてくれたと思うし。『宝島』って本がどうして俺のところへ来たのか知らないけれど、何かで、フッと俺のところへ来たんだから、俺はフッとこうなったんだよな。」

根本氏は、韓国の漢陽大学校での「講演」で、クレージーケンバンドやポンチャックの李博士(イ・パクサ)や電気グルーブや、内田裕也の政権放送を語り、勝新太郎の《偶然完全》を、J・レノン死後の「フリー・アズ・バード」レコーディングのエピソードにより説明する。

◎Traffic - John Barleycorn
トラフィックの「ジョン・バーレイコーン・マスト・ダイ」は、知らなかったけど、なんとなく聴いたことがある曲なのかと思ったら、今まで一度も聴いたことのない、まったく知らない曲だった。

◎Traffic - Dear Mr. Fantasy   
こっちの曲の方が、有名みたいだけど、やっぱり、全然知らない。

ロックに、白人の知性が感じられたのは、レッド・ツェッペリンが最後で、フレディ・マーキュリーという辺境の人をフロントに置いた、クイーンが、完全に、その幕を引いたんだと思う。

初めて見たTrafficのボーカルの人の鼻の高さがすごく気になったけど、70年代にはめずらしくなかった、こんな感じの白人は今どこに行ってしまったんだろう。白い肌に、すごく高い鼻、ストレートのロングヘア....どことなく2002年ぐらいからのマイケルに似ている気がするけど、同じ1958年生まれの、根本敬氏と、みうらじゅん氏にも似ている。

きっと、この3人は、「電気菩薩」(by 勝新太郎)で、繋がっていて、それは、70年代に関係があるんじゃないかと思う。でも、70年代は、すでに「精子」ではなかったけど、まだ、人間には、ほど遠かった、わたしにはよくわからない。

めったに役に立たないけど、10年以上、独自(=インチキ)に研究している占星術で「解った」と思った瞬間は、ほんの数回しかないのだけど、中でも、ものすごく自信をもって「解った!」のは、

山下達郎(1953年2月4日)と、フィル・コリンズ(1951年1月30日)が、ほぼ、同一人物(笑)だと言うことと、ペ・ヨンジュン(1972年8月29日)を見た瞬間に、ものすごくMJ(1958年8月29日)と近い人ということが解ったこと。ヨン様ファンと「TII」以降、増えたり、戻ったりした、MJファンの乙女心はかなり近いはずだ、ということ。

マイケルは『冬のソナタ』(2003年日本)より前から、すでにヨン様だったのだ(笑)

だから「WHY」(1996)で、共演した3Tまで、その磁場で、韓流スターっぽくなってしまったのだと思う(笑)

アメリカと、D通のおかげで、かの国のことは、いつもフィルターがかかるのだけど、四方田犬彦氏と根本氏に導かれたいと思う。

サヌリヌ(金昌完メンバー)や、申重鉉(シン・ジュンヒョン)が、わかるのは、いつになるかわからないけど。。。

また、平凡パンチ(わたしは知らない)からの、マガジンハウス系雑誌や「宝島」、前述した「ガロ」や「HEAVEN」などの伝説系の雑誌のことは、今でも、ときどき当時の話に登場するけど、この時代の『流行通信』を、柄でもない連中が、毎月購入すべき雑誌のひとつだった。というのも、むしろ、根本氏らしい証言だと思った。他とはまったく異なる紙質と、写真による、当時の『流行通信』は、確かに、そういう雑誌だった。

そして、勝新太郎に呼ばれて、韓国にまで飛びそうになった「電波」だけど、呼ばれたのは、勝氏だけではなかった。

吉田豪氏によって、引寄せられていたけど、未だ何もわからない、謎の人、内田裕也氏の「電波」も、すごく近づいて来ていたのだ。


◎『真理先生』につづく
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[内容紹介]第11回みうらじゅん賞受賞・根本敬による「特殊漫画家になるまでの道のり」を綴ったエッセイ。濃密な根本ワールドが展開。巻末には天久聖一とのロング対談も収録。東京キララ社 (2009/4/3)





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by yomodalite | 2010-11-30 20:50 | エッセイ | Trackback | Comments(0)
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立川、不良、ヤンキー、ヤクザ予備軍、NBA好きで豚の脂身好きなど、今のところ、美大予備校以外、何の共通点もない、板谷氏ですが、今回は『パチンコ必勝ガイド』という、これまた、一生読む機会のなさそうな雑誌に、連載されたエッセイを集めた本

タイトルは『板谷バカ三代』で、おなじみの、ケンちゃんによるもので、セイジ、キャームも時々登場します。

でも、一見、一生読む機会のなさそうな『パチンコ必勝ガイド』なんですが、この雑誌、“パチンコ”にも、“必勝”にも、1ミリも興味のない、わたしでも、名前だけは知っている「有名雑誌」。

この雑誌の編集長、末井昭氏の自署『素敵なダイナマイトスキャンダル』(84年の単行本化のあと、2度文庫化されてる名著。私が読んだ当時は、確か『母ちゃんはダイナマイト』??みたいな題だったと思う)は、読んだことがあるんです。

『NEW SELF』『ウイークエンドスーパー』『写真時代』と、南伸坊、赤瀬川源平など、今も活躍する、カルチャーシーンのロングサヴァイヴァー達と、その黎明期に、編集者として知りあい、特に、アラーキー(荒木経惟)に関しては、末井氏が、売り出したと言っても過言ではないほどの、伝説的編集者、末井昭氏が、先鋭的エロ雑誌『写真時代』の後、まだ、パチンコ雑誌というものがなかった時代に発刊し、今も売れ続けているのが『パチンコ必勝ガイド』なんですよね。

そんな、伝説的な編集長は、天才、ゲッツ板谷も、育てていたんですね〜(しみじみ。)

内容は「五つ星ホールを探せ!」などの、パチンコ店巡りを経て、当時の相方、銀角とコンビ解消し「ゲッツ板谷」のペンネームになった頃の思い出や、先の編集長の話、美大予備校時代で、同級生だったゲッツを、何度も出版社に売り込んだ、西原理恵子の話、地元の友人、すっかり有名になった家族、親戚など、字数も、テーマも自由で、パチンコに関係のない話ばかり。

ゲッツファンには、やっぱり期待を裏切らない、すっごく下品だけど、魂が浄化される、ステキな本です♡(文庫解説は松尾スズキ氏!)

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[出版社/著者からの内容紹介]鰻の稚魚10匹を突然飼いそして瞬く間に全滅させた親父、思ったことを全てがなり立てる叔母あぁ、何でオレの周りには核兵器級のバカばかり集まってくるの…。最強のコラムニストが放つ、爆笑エッセイ集!

[BOOKデータベース]
ウナギの稚魚10匹を唐突に飼い始め、そして瞬く間に全滅させたケンちゃん(親父)。駄菓子の酢ダコを買うか、酢イカを買うかで恋人とマジ喧嘩をするセージ(弟)。思ったことを全て口にしてがなり立てる叔母“直舌のケイコ”―あぁ、何でオレの周りには「規格外」なバカばかり集まってくるの…。ケンちゃんvsセージvsキャームの壮絶バトルロイヤルも特別収録。平成不況を愛と笑いで吹き飛ばす、最強爆笑エッセイ集。単行本 二見書房(2000年)文庫版 角川書店 (2004/07)





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by yomodalite | 2010-11-07 13:44 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

のはなしに/伊集院光

『人間コク宝』に続いて、またもや、ダーリンが笑って読んでいた図書館本。本書は、2007年出版の『のはなし』の続編なんですが、溜まりに溜っている読了本から、これを記録しておこうと思ったのは、本書が、ものすごく面白かったから、というわけではないんです。

もちろん、面白くないかというと、そんなことはなくて、アマゾン評でも、すこぶる評判がイイので、むしろ、あえて...という気がしなくもないくらい。それじゃあ、なんでか、というとやっぱり、本家『のはなし』が、素晴らしかったことを、再度記憶に留めておきたいと思ったから。

こちらの続編は、アマゾン評価や、ダーリンが笑って読んでいたことからも、楽しい本に間違いないのですが、本家『のはなし』のように、一編ごとに「膝を打つ」ようなイイ落語を聴いたときのように感心して「流石!」と言いたくなるような、そんな感じではなかった。私の体調のせいかな。。。
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[内容紹介]伊集院氏がtu-kaのメールマガジン用に書き記した、たくさんのエッセイから爆笑話を厳選ピックアップ!「アウトセーフ」の話から「んまーい!」の話まで全86話。伝説のエッセイが帰ってきた! ベストセラー『のはなし』(07年9月刊)の第2弾!(宝島社 2009/10/1)





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by yomodalite | 2010-08-17 09:37 | エッセイ | Trackback | Comments(0)
このタイトルを見て、これは、「マイケル・ジャクソンの顔」と関係があるかもと、すぐに思われた方、貴方は、わたしと似た人かもw。。

WC期間中、どうしようもない哀しみに襲われたら....そんな万が一の「不幸」に備えるため。そして『黄昏』を読んだあと、南氏の「顔」シリーズを読み直したくなったことと、未読だった『歴史上の本人』に登場する人物を確認しておきたい。そんな気持ちに駆られて、3冊まとめて記録。

南氏が、本人になることで、自然に考え方も似てきて「本人」を疑似体験できるという理論を、実践しているのが『本人』シリーズ。

『歴史上の本人』
こちらは、雑誌「旅」’95年〜’96年までに連載されたものをまとめたもの。

・二宮尊徳 ー 金次郎はなぜ偉い?
・金太郎 ー 金太郎とは何者か?
・仙台四郎 ー この人は誰だ?
・松尾芭蕉 ー 奥の細道の謎
・シーサー ー シーサーは何処から来たか?
・キジムナー ー キジムナーの思想
・徐福 ー 徐福の謎
・聖徳太子 ー 聖徳太子外人説
・大村益次郎 ー ヘンな顔の偉人
・大国主命 ー 亜細亜の白兎
・左甚五郎 ー 甚五郎ってどんな人だ?
・清水次郎長 ー 次郎長、どこが偉いか?
・樋口一葉 ー 誇り高き少女
・西郷隆盛 ー 大人物
・小野道風 ー 蛙を見た日
・天狗 ー 私は天狗だ
・織田信長 ー 人間信長
・運慶 ー 運慶は私だ

この中で、まったく知らなかった「仙台四郎」とは、安政元年生まれで、身体の発育は普通だが言語を理解しない。ただし、妓楼、料理屋、旅館など、客商売をする店舗に、四郎が来ると必ず客が多く来るようになるという評判から「福の神」であったらしい、人物。

また、「シーサーは何処から来たか?」の話題は、個人的に、映画「THIS IS IT」の“Smooth Criminal”SFでの、MJの顔に繋がっていると思っていたこともあってタイムリー。

シーサーは、スフィンクスでもあり、狛犬は、建築家の伊藤忠太氏の説によれば、ライオンであるとのこと。ライオンのいない中国になぜ「獅子」という字があるかといえば、インドから伝えられたからだし、スリランカの古名は、シンハラ(ライオン国)、シンガポールはライオン城の意味。タイのシンハービアーは、ライオンビール。。。

南氏が、シーサーになって、想像したことによると、

シーサーは、中国を経由する前に、直接インドや東南アジアから入ってきたのではないか?獅子→シーサーではなく、シンハー→シーサーという可能性。唐獅子に似たシーサーではなく、赤瓦にのっている稚拙な味わいのシーサーには、南洋の面影がある。バリ島のバロンや、南方から、中国を経て日本に伝わった舞楽面に共通する「顔」である。

こういった、経由は、更紗(インド)が、アオザイ(ベトナム)に影響を与え、日本で更紗を作る職人のことを「沙室師(しゃむろし)」(沙室はタイのこと)と呼ばれ、インド更紗の影響から、日本の友禅が生まれたという可能性と、似た「ルート」を感じました。

さらに、シーサーである南氏(笑)は、

そもそもライオンは、人間の顔に似ていたのだった。人間の顔の中の威厳のある顔に似ていた。だからライオンは「百獣の王」と表現され偉い人の顔にたとえられたのである。

とのことで、やっぱりね〜。(って、なにが?)

映画「THIS IS IT」の“Smooth Criminal”SFでの、MJの顔については、いずれまた。。

それと、下記の『本人の人々』では、女性のなりきり度が低いと書いてしまいましたが、こちらの「樋口一葉」は、すごくいいです!
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「BOOKデータベース」歴史上に類例を見ない本人による歴史ルポ!顔面の人・南伸坊が、その屁理屈を武器に、二宮尊徳、聖徳太子、織田信長、樋口一葉、西郷隆盛、清水次郎長、大村益次郎、運慶ら、歴史上の本人になり、各地を旅した奇天烈本。JTB (1996/12)、文庫版 朝日新聞社 (2000/10)
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『本人の人々』
こちらは、既読だったにもかかわらず、今回もやっぱり笑ってしまいました。2003年に出版されているので、ちょっと懐かしいような「人々」も、当然登場しているのですが、ページを開くだけで、爆笑できる確率の高さは、他の追随をまったく許さない、驚異的なレベルの高さを誇っています。

7年後の今見ても笑えるのは、養老孟司、椎名誠、日野原重明、ベッカム、田中耕一、ドン・小西、手嶋龍一、宮崎駿など「男」に関しては、ほぼ、どんな種類の男に対してもなりきり度が高く、深いところで理解されていて、それと比例し爆笑度も高いんですが、

残念ながら、中村江里子、叶美香、デヴィ夫人、引田天功、梅宮アンナ、アニータ....といった「女」となると、そのセレクト自体が、もともと「ツッコミ」どころが多い人選ということもあり、少しレベルが下がるようです。

そんな中でも、一番理解度が低いと思われる「マイケル・ジャクソン」が一番面白くないと思うのは(やってた!)、わたしがMJファンだからかもしれませんが、、

南氏がこれをやった頃(2002〜2003年)、エイブラム裁判の写真を見てたらね...ま、でも、見てたら、恐れ入って、本人になろうなんて思ってもみないとは思いますがw

そんなわけで、MJ vs.南伸坊の「顔芸」対決は、やっぱりマイケルの勝利!!

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「担当編集者からのコメント」まだノーベル賞選考委員会の方々は気づいていないようですが、「顔面学」(*1)というユニークな分野を切り拓き、画期的な「本人術的理論」(*2)を提唱・実践しているのが、本書の著者・南伸坊さんです。これを広く一般の方々に伝えていこうとするのが本書の狙いですが、決してムズカシイとかヤヤコシイということはありません。ただ、笑っていただければ理解できる仕組みになっています。生きているといろんな顔の人間に出会います。気になる顔もたくさん出現してきます。また、自分にもいろんな顔があることに気づきます。世の中には似た顔の人が3人はいるというふうな伝説まであります。……で? シンボー博士は日々、考えるのです。「オモシロイ」と。本書には、まだまだバラエティ豊かな面々が登場します。どうぞ、ゆっくりとお楽しみください。

*1=顔面と脳の緊密な関係を追究しようとする学問(人は顔を見てその人の個性を読み取るが、その表情を支配するのが脳である)。
*2=外見を似せ、本人になりすますと、自然に考え方も似てきて、「本人」を擬似体験できるという理論。マガジンハウス (2003/11)

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『顔』
こちらは「漫画サンデー」に連載された「顔面科学」を項目別に分類し、再構成したもの
'95年出版。軽いコラムのはずなのに、本の厚みそのままのたっぷり過ぎる内容。これほど顔面に関して網羅した本は他にないかも。

「顔面によるまえがき」

「顔面コラム」/時代劇顔、人面考、若人あきら事件の教訓、この人の前世、顔面回数など。。。

「美人論」/ピカソみたいな顔、美人考、ブス考、平均の顔、普通の顔。。

「ソックリ顔面」/映画より奇なり、不謹慎顔、似てると何故オカシイか?、使用前使用後、何が似せているか、ソックリなのに。。。

「顔面分類考」/オバさん度数、やせても美人、学校顔、十二支顔、顔がコワい偉人、歴史上の同一人物、西郷隆盛の謎、なぜ宇宙人は東洋系か。。

「顔面部品考」/アイメイク考、生え際の魔術、遠山の金さん現象、眉芸、ヒゲの責任論歯できまる顔、顔の形容。。。

「顔面学概論」/顔がデカイ話、万有顔面説、公私の笑い、顔を見る脳ミソ、明治生まれの新人類、快感の表情、顔面認識のカラクリ、まとまらないまままとめ。。。

「顔面によるあとがき」
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「MARCデータベース」顔面的思考とは何か。そして、顔面学とは。ナゾだらけの顔面をあえて理屈の俎にして顔面の人・南伸坊が、いま世に問う珍妙の顔面学事始め。われわれは顔からどんな情報を得ているのだろうか。筑摩書房 (1995/02)

文庫版「 BOOKデータベース」ひとの顔はその人固有のものなのだろうか。古来、自分の顔を見たことのある人はひとりもいないのであるから、顔の解釈は常に他人にゆだねられている。そこで、この本があるのだ。顔の中に別の顔をすべり込ませたり、意外な人たちの類似に深い意味を見出したり、まったく顔が変るほど面白い本。筑摩書房 (1998/01)





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by yomodalite | 2010-06-09 18:34 | エッセイ | Trackback | Comments(4)
最近、世界とか、経済とか、未来とか、過去とかの難しい本も、読んではいるのだけど、今イチ、頭に入らないし、ブログに記録するのも、なんだか、すごく疲れてしまう。

でも、そんな私の隣に置いてあった、ダーリンの図書館本数冊が、めずらしく、すべて当たり率が高そうで、つい、覗き読んでしまいました。まず、最初に手に取ったのは、本当に長年ずっとステキなお仕事をされている、ビッグネームお2人による、対談本。

面白いのは、もう当然なんですけど、その面白さが、想像以上で、涙が出るほど笑った回数すら、数えきれないほど。

本書の内容は、1日140万ヒットの超人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載されていたコンテンツに、書き下ろしを加えて書籍化されたもので、発行は東京糸井重里事務所。

読書好きとしては、グーグルのブック検索とか、iPad発売とか、プラットフォームレイヤーによる、コンテンツの搾取の問題なども、いろいろ考えるところですけど、そんなところも、いち早く成功モデルを造り上げ、尚かつ「黄昏」どきを、これほどまでに楽しむ姿勢をも見せてくれるとは、ホント素敵過ぎる!それと、嬉しいのは、やっぱり糸井氏は、全然お酒を飲んでいないらしく「もう、のびのびと飲まない。童心に戻って飲まない」という発言も力強い限り。

お二人の領域に、少しでも近づくために、今日決心したことは、やっぱり、もっと落語を聴くこと。今まで、ちょっと人気落語家に絞り過ぎていたかも。そんなチケットが取れない人だけでなく、もっともっと回数多く、どっぷり浸かっていこう。

糸井:「そりゃ、『寝床』だね」なんつって。
南:うん、うん。
糸井:つまり、落語って、オレたちにとって、ギリシャ神話みたいなもんなんだよ。
一同:(笑)

本当に、落語を「神話」のように、引用理解できる社会に、もっとなればいいなぁ。

それと、なんだか、最近めまいが酷いと思っていたんだけど、その原因も本書でわかりました。

「激しくうなづく人は、めまいになりやすい」らしいのですが、これを、自分に当てはめると、たぶん、マラカスの降り過ぎと、エアギターの弾き過ぎ、要するに、年の割には、踊り過ぎだったことが原因だったのかも(笑)

でも、楽しいダイエットと、楽しい肩こり解消になっているから、まあ、いいか。
黄昏どきには、きっと「めまい」も悪くない。。

★★★★★(満点。赤瀬川源平氏による、あとがきもあって、カラーページも多数、面白くて、ボリュームたっぷりで、たったの1470円。これを図書館で借りてしまうなんて、バチがあたりそう。なにか、お布施を考えなくては。)

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[内容紹介]南伸坊と糸井重里が、鎌倉、日光あたりを小旅行。

旅のおともは、めくるめく会話、雑談、冗談、比喩。人生の話からタコの話、嫁の話から天狗の話まで、ヒマをつぶすために交わされた巧みなことばたちは、ちょっとした芸として老若男女に歓迎されています。

ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」でじわじわ大反響を読んだ読み物が、語りおろしをたっぷり収録して書籍化されました。たっぷりの写真と、赤瀬川原平さんのあとがきを添えて発売です。

ウェブで公開された「鎌倉編」と「日光・東北編」に未公開の回を加えて完全収録されたこの本にはさらに、語りおろしとなる「東京編」を収録しています。

全400ページ、しかも二段組みというまさかの大ボリュームで愉快な雑談がいつまでも続く、厚くて軽い本です。

また、あとがきには、赤瀬川原平さんの特別エッセイ「黄昏いろいろ」を掲載。南伸坊と糸井重里がそれぞれに宛てた直筆メッセージも収録しています。
東京糸井重里事務所 (2009/10/7)




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by yomodalite | 2010-05-30 18:41 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる

ワクサカ ソウヘイ / 情報センター出版局



わたしは、周囲から「酒の楽しみ」に関して、語られることが多い。

とにかく「今日は飲む」と決めたらウーロン茶か日本茶で、しかも、温かいものしか、飲みたくないという私の周囲には、その信念を曲げようとする「大人」ばかりなので、すっかり忘れていたのだけど、中学生は「ウーロン茶」や「日本茶」を飲まないのだ。

そのことに気づいて、少しだけショックを受け、コント作家の著者による「普通の大人の友だちがほとんどいない。なぜか中学生しか友だちがいないのだ」という告白に、嫉妬を覚えるほど羨ましく思う。

どういうわけだか、酒が強かったり、毎晩、酒を飲むという、芸人を面白くないと思っている。落語家には例外が多いし、とにかく“例外”はいっぱいいるとは思うけど、でも、ネタや、コントを書く人は、やっぱり、あまり「飲まない」人が多いのではないかと思っているのは勝手な願望でしょうか。

彼ら(中学生)は、お店に入って、すぐに「とりあえず生で」とか言わないうえに、校庭に意味もなく穴を掘って、「すげぇ!なんか白い部分が見えて来た!」とか騒いでくれるし、アリの巣への無差別テロとか、公園を意味なく自転車でぐるぐる走り続けてくれたり。。なんて最高なんだろう!と思う。

そんな、ステキ過ぎる毎日が綴られた、珠玉の中学生日記。
ビールで、テンションを上げることに厭きた、大人の人に。

[BOOKデータベース]深いようで浅い、浅いようで深い14歳。若手コント作家による大爆笑必至の痛快エッセイ(情報センター出版局 2009/4/1)


[著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 1983年生まれ。脚本家・コント作家。高校3年生でコントグループ「ミラクル☆パッションズ」を旗揚げ。公演の他、金沢21世紀美術館でのワークショップ、横浜トリエンナーレやクラブでのパフォーマンスなど幅広く活動する。現代美術の祭典「GEISAI#11」でのパフォーマンス「こんな狭いところで座頭市」は最終選考にノミネートされ、ニューヨーク公演が決定。





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by yomodalite | 2010-05-23 08:20 | エッセイ | Trackback | Comments(4)

不逞老人

鶴見 俊輔,黒川 創/河出書房新社

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上坂冬子氏との対談本である『対論・異色昭和史』があまりにも面白かったので、また鶴見俊輔氏の本が読みたくなりました。

本書は2008年9月〜12月までに行われた4回のインタヴューから、NHK「ETV特集・鶴見俊輔ー戦後日本 人民の記録」では削られた部分を追加し編集されています。

これまで鶴見氏の本をあまり読んでいないので知らなかったのですが、対談者である黒川氏は幼少時からの知合いで、これまでにも何度か鶴見氏との対談をしているらしく、息のあった様子が伺えます。

ただ、結果から言えば、本書は最後まで読み通すことが出来ませんでした。現在87歳にして、親への恨みを語る鶴見氏の少年っぷりは芸の領域なので、同じ話の繰り返しも、山本夏彦氏曰く「よせては返す波の音」。つまらないとは言えないのですが、きっと私の軽い体調不良のためでしょう。他の本へ目移りしてしまって読み通すことが出来ませんでした。再度挑戦する機会もあるかと思いますが、『対論・異色昭和史』の再読の方が可能性高いかな。

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【目次】
序章 ぼんやりしたまま、消えるだろう
・自分の中に永遠がある
・人生の目的地
・他人を偉大と感じる快楽
・まだ、子どもとして生きている

1:敗戦からの未来へ
・敗戦のラジオと向き合って
・原爆を知りはじめたとき
・「もてあそばれた」場所からのまなざし
・「科学」が人間を通り越した時代に
・「くに」は日本か;取り違えられた客観性
・丸山眞男の被爆という経験
・経験と語りのあいだに

2:不良少年として立ちたかった
・悪人として生きてきた
・正義から逃げる
・父には勝てなかった
・時には、裏切ることも必要
・エロスに捕らえられて
・姉、和子と私;学問の後背地

3:民話をつらねる
・共同研究という方法
・アナキズムの国家論
・人民の記憶
・ハンセン病に向き合って
・敵に敬意をもてるか
・活動を続けさせたもの
・家族から外へと根をはるもの

おわりに:黒川創
鶴見俊輔・略年譜
人名索引

【内容紹介】
鶴見俊輔自らが、不良少年時代の生活、ハンセン病患者との関係、社会活動を支えた人々についてなど、ほとんど語ってこなかった足跡を今ふりかえる。NHK好評特集「鶴見俊輔~戦後日本人民の記憶~」を再構成。 河出書房新社 (2009/7/17)



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by yomodalite | 2009-10-04 12:43 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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