カテゴリ:戦争・軍隊( 13 )

新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論/小林よしのり

新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論

小林 よしのり/小学館




『戦争論』以上とも言える力作。ネットでは反米、嫌韓、反中国というラベルに沿った一言批評が跋扈し、小林氏の労苦が報われるような賛同も批判もあまり見られませんが、この本が「沖縄」に果たした役割はきっと大きいと思う。

この本の記述がデタラメであると考える人々の、「反論するのもバカバカしい」などと言う手法はお仲間以外には通用しない。小林氏の個性は、『戦争論』で発揮されるより、沖縄問題にマッチしていると思う。

東京裁判でのパール発言や、慰安婦・南京虐殺の否定にこだわり過ぎるよしりんには、危惧を抱くが、真のインテリを見抜くリトマス試験紙としての「よしりん」の存在は貴重。

『サピオ』六月十二日号のチャルマーズ・ジョンソン氏による沖縄論

■チャルマーズ・ジョンソン氏の日本論の核心


 アメリカは戦後約六十年、第二次世界大戦の勝利の遺産をタテに日本に軍事基地を置き、アメリカの好みにあった諸政策を日本に高圧的に押しつけてきた。今の日本はそのアメリカの軍事的、経済的ヘゲモニーの下で機能しているのにすぎない。つまり日本はアメリカによって割り当てられた範囲の中で外交政策を立案、実施しており、その政策のほとんどが国際社会におけるアメリカの目標を達成させるための補完的な役割を果たしているにすぎないのだ。その意味では悲しいことだが、日本政府は先進民主主義国の中でも最も破滅的に不能な政府の一つだと言っていいだろう。 

 以上が、チャルマーズ・ジョンソン氏の日本論の核心である。それにしても、これまでの日本がアメリカの軍事的、経済的ヘゲモニーの下で機能していたにすぎないと言い切るのは、何とも見事という他はない。
 私自身、遅々とした足取りながら、日本の「失われた十年」を研究しているが、戦後の日米関係にその謎を解く鍵があると考えているところである。

■チャルマーズ・ジョンソン氏の自民党・小泉論

 一九四九年以降、政権の座についてきた自民党は腐敗し、無能化しているだけではない。遺物化しているのだ。かつて反共の橋頭堡としての役割も、官僚制支配の「公の表紙」としての役割も今や無用の長物になってしまった。
 確かに二〇〇一年四月、自民党の一般党員たちが大ボスや幹部たちが推す総裁候補を蹴って、変人だがカリスマ性のある小泉純一郎氏を選んだときには、陳腐で古めかしい自民党に新しい息吹がでたのではないかと思わせた。だが、その小泉首相が実質よりスタイル、真の改革よりも口先だけの変革に終始し始めるやいなや国民はその見せ掛けのリーダーシップに再び失望してしまったというのが現状ではなかろうか。

 こうしたことを言いながら、チャルマーズ・ジョンソン氏は、今日本が必要としているのは、アジアにおけるアメリカン・ヘゲモニーに終止符を打つ、本物の政治指導者が実権を握れるような政治システムを作り出し、再び産業政策を打ち出せる人物の登場を切望している。もちろん、チャルマーズ・ジョンソン氏は民主党とは明言していないが。
 しかし、これは叶わぬ夢でしかない。この窮状を打開できるのは、私たち労働者の他にはいないのである。

■チャルマーズ・ジョソン氏の沖縄論

 なぜアメリカは沖縄に地上軍を駐留させておきたいのであろう。
 その第一の理由はカネだ。日本政府は沖縄や田の日本国内に米海兵隊や他の部隊を駐留させているのに必要な経費を二十億ドルも支払っている。これは他の「同盟国」に比べたら非常に気前のいい話だ。
 沖縄は一九世紀に日本に力ずくで併合された日本の本州とは異質の文化を持つ国家だった。その意味ではアメリカがプエルトリコやハワイを併合したのによく似ている。そうしたこともあって日本人は沖縄県民に対して、かつて植民地化した朝鮮や中国、台湾の人々に対して抱いているのと同じような根強い優越感を持っている。事実、アメリカはこうした点を踏まえて日本全土土地面積の一・六%しか満たない沖縄に七五%の米軍基地を置くという差別的な政策をとってきた。
 今ひとつ、米軍が沖縄を手放さない理由は、沖縄が好きだからだ。生活環境は米本土よりずっといい。すべての施設は米軍経営で、地元沖縄当局の管轄権は一切及ばない。これこそ米軍が沖縄から出てゆきたがらない大きなインセンティブになっている。
 また米軍の沖縄駐留は米兵による地元婦女子に対する暴行、傷害事件を生み、殺人事件まで起こしている。飲酒運転していた米兵たちのひき逃げ事件、環境汚染、住民たちの市民生活を絶え間なく妨害する戦闘機やヘリコプターの騒音などそのどれ一つとってみても、アメリカ市民だったら絶対に許されない行為である。

 チャルマーズ・ジョンソン氏の沖縄論は、ここで読むことができるように極めて的確なものだといえる。ここには、一部の日本人の意識における沖縄に対する差別意識を明確に指摘している。沖縄の闘いが、なぜ全国化しないかは、私たち自身に突きつけられた問題でもある。

■チャルマーズ・ジョンソン氏の「沖縄はアジアの『ベルリンの壁』論」

 沖縄はかつてのベルリンの壁によく似ている。それは日本および他の東アジア地域全体をアメリカが占領しているというシンボルである。もし沖縄が反植民地的反乱を起こしたら東アジアのアメリカン・パワーの牙城は音を立てて崩れ落ちるだろう。
 ペンタゴンとその追従者である日本政府は間断なき圧力で沖縄県民の抵抗をくじいてきた。沖縄県民は日本の国会には何らの影響力もない。外務省はアメリカというパトロンのために沖縄県民を食い物にし続けてきた。
 そうした中で沖縄県民はもはや圧制者への直接的な抵抗は諦め、日本政府から出来るだけカネを引き出そうという戦術に切り換えたかに見える。沖縄県民は県知事や重要な市の市長に親自民の人間を選んでいるし、国内最悪の失業率にあえぐ若者たちは本土政府からの助成金増額のみを望んでいるというのが現状なのだ。
 そうした中で、沖縄問題を平和裡に解決する方法は、日本政府がアメリカに対し沖縄からの米軍撤退を「懇願」せざるを得ないような、大規模な大衆蜂起を誘発させる「事件」でも起こることだ。

■チャルマーズ・ジョンソン氏の結論

 日本政府のそうしたスタンスは中国や他のアジア諸国から賞賛されるだろうし、それこそ日本がついに成熟した独立民主主義国家となったことを示すシグナルにもなるだろう。


山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20080318/1205801359

[引用開始]
〜曽野綾子や小林よしのりが大見得を切って断言する「確実な証拠が出たら……」という時の「確実な証拠」とは、驚くべきことだが、いわゆる「軍命令書」のことであり、要するに軍が正式に文書化した「公式文書」のことなのである。むろん、そんな軍命令を記録した公式文書が発見される確立は極めて低いことは誰にだってわかっているわけで、そのことを知っているが故に、つまり「軍命令はあった……」論が成立するはずがないとタカをくくっているが故に、小林よしのりも曽野綾子も大見得を切っているわけなのだ。
[中略]
〜だから、僕は、以前から、「軍名命令はあった……」論にも「軍命令はなかった……」論にも、むろん「軍命令はあったか、なかったか」論にも、興味はないと言って来たのである。
[中略]
〜「軍命令はあったか、なかったか」という二者択一的な前提論が、集団自決をめぐる議論や論争の共通の前提的了解事項として常に成り立つというわけはないし、成り立たなければならないというわけもないのだ。その種の前提的了解が確認され議論や論争が成り立ったところで、それはその時のその場の論争や議論に参加している当事者達の中での了解事項に過ぎない。議論の前提そのものを認めないという人が、これからも続々と出てくるだろう。それでは、この論争や議論に終わりも決着もないではないか、と言う人もいるかもしれないが、しかし、論争や議論と言うものは、元々そういうものなのだ。
[引用終了]

山崎氏のブログの冒頭には
「文藝や哲学を知らずして政治や経済を語るなかれ!!!」とあるが、日本の政治学が「文学」でしか語られてこなかったことに今の日本の幼稚な政治があると思う。文学者である山崎氏には仕方のないことだが、政治的判断という身も蓋もない現実の冷徹さを描くにはむしろマンガは文学より向いている。山崎氏はマンガ的レトリックという表現で、マンガで政治を語る事を貶めているようだが、政治を文学で語ってきた日本の政治評論界にレトリック以外の何があったのか。それゆえ「レトリック」の幼稚さばかりが気になるのだろう。文学は政治で救われない「魂」のためにあるのではないのか。山崎氏は沖縄の集団自決の犠牲者に、自分の言葉が届くと思っているのだろうか。。。「論争や議論と言うものは、元々そういうものなのだ。」とタカをくくって文学者が政治を商売のネタにできる時代がもう永くないことを望む。マンガで政治を語る「マンガ保守の時代」は終わったと、山崎氏は再三言いたいようだが、文学で政治をで語ることも、もういい加減終了して欲しい(小声のみ可)。「マンガ保守」の反対だからと言って、「文学革新」とか、「文学左翼」とは言い換えできないなぁ。だって「革新」でも「左翼」でもなく、「恨」の感情があるだけじゃん。よしりんに大人の対応ができないでどうして「知識人」と言えるのか。
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【出版社/著者からの内容紹介】戦後60年の節目に怒濤の400枚で問う
『戦争論』『台湾論』から5年。構想、執筆1年。戦後60年の節目に、大幅書き下ろし、怒濤の400枚で問う問題作。これはゴーマニストから日本人への新しい挑戦状だ! 第1部…沖縄を考える(米軍ヘリ墜落と基地問題)、第2部…琉球王朝とは何か?(海の王国の物語)、第3部…沖縄戦後史(これが封印された祖国復帰の歴史だ)、最終章(歴史とクニガラ)。真夏の紫外線の中、恐る恐る沖縄に降り立ったゴーマニストは、沖縄の基地、現状を目の当たりにし、やがてその深層に潜む沖縄のアイデンティティと歴史へ足を踏み入れていく。沖縄の戦後史を救ったある政治家の一生、最後に降り立った「神の島」で捧げた祈り…これまでの対立軸に凝り固まったイデオロギーではとうてい立ち向かうことのできない思想的挑戦! しょくん!受けて立てるか!? 小学館 (2005/06)

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by yomodalite | 2007-04-03 18:45 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(0)

誇りを持って戦争から逃げろ! /中山治

誇りを持って戦争から逃げろ! (ちくま新書)

中山 治/筑摩書房

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「自衛権」には「逃走権」が含まれるという主張。著者は熱血教師ぽく、別に教師じゃないけど生涯青春!という感じの人におすすめの内容。

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[BOOKデータベース]憲法九条を改正して、日本を「普通の国」にしよう、という意見が最近勢力を強めている。しかし、それは日本が「軍部の論理」の中に巻き込まれてしまう、きわめて危険な決断だということに多くの日本人は気づいていない。本来であれば、選択すべきは「武装中立」なのだが…。だが、たとえ戦争に巻き込まれそうになった場合でも、庶民には最後の切札がある。それはすなわち「逃げること」。逃げて、逃げて、逃げまくれ!その他、「戦争愛国心」と「応援愛国心」の区別から、脱政治イデオロギーのススメまで、「庶民派マキアヴェリスト」が説く庶民のための戦略思考本、ここに登場。

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by yomodalite | 2007-03-26 12:44 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(0)

ある異常体験者の偏見/山本七平

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)

山本 七平/文藝春秋



名著。戦争の資料にあたるときに、必ず読んでおくべき本。

■ある異常体験者の偏見
文芸春秋での新井宝雄氏の文章から、その発想と思考図式と、一方的断定ともいえる「軍人的断言法」の紹介

■軍隊語で語る平和論
将校が「皇軍」を連発し、兵隊が「ハッ」などと返事をする映画や小説をこっけいと感じる。軍隊内では皇軍とはいわなかった〜軍隊語は戦争語であった〜

■中国兵は強かった
「強大な武器をもった日本」などなかった。ユーザーは皆知っている。ユーザー以外に良心的技術者も知っていた。百人切りはありえない。

■アントニーの詐術
「アントニーの原則」の「三つの詐術」/(1)編集の詐術(2)問いかけの詐術(3)一体感の詐術

■悪魔の論理
商業左翼、商業軍国主義者〜「毛沢東の言葉を権威として引用して、他を律しながら」「毛沢東主義をもって自らを律しない」タイプの人は非常にこまる。

■聖トマスの不信
イエス復活を事実とするムードが盛り上がったとき、弟子のトマスは「イエスの手に釘後を見、自分の指をその穴に差し入れ、自分の手をそのわきに差し入れてみなければ、絶対に信じない」聖書は、このトマスの態度を少しも非難しなかっった。

■アパリの地獄船
「職業意識とは、非常識の別名である」〜「飢えの力」

■鉄梯子と自動小銃
「日本語では戦争はできない」

■マッカーサーの戦争観
「マックの戦争観」と「平和憲法」は絶対に相容れない。朝日ジャーナルは、「全国津々浦々に“東條”が存在した」というが、実際は「無数のマックさん」が健在で、この矛盾にふれると激怒する。

■洗脳された日本原住民
帝国軍人には「可能・不可能」を考える能力がなかった。占領下の言論統制やプレスコードの実態は不思議なほど一般に知られていない。マスコミ関係はこの問題をとりあげると必ず例外的な犠牲者を表面にたて、陰にかくれて、自分達は被害者であったという顔をする。

■横井さんと戦後神話
グアム島での新たな日本兵が現れたというニュースに「兵隊はみな天皇の声を知っているから、天皇の声を録音して放送したら出てくるであろう」という意味の横田さんの談話は、嘘である。兵隊は天皇の声など知らない。「戦後神話」は、戦後創作されたこ神話にすぎないことを最も知っているはずの人がなぜか「事実」と証言する〜「戦前の人間の生き方そのもの」

■一億人の偏見
 食料・石油を封鎖されれば、アパリの地獄船を再現、「是非」以前に「可能・不可能」を考えなければならない、こんなことを一生懸命言わなければならなかったことが、まことに不思議。戦争中に同じようなことを言っていたのに、終戦になると、ケロッと、「そんなことははじめからわかっていた」
その一つの原因は、ヴェトナム戦争における報道の歪みであろう。

●付1/森氏の批判に答える/新井宝雄(毎日新聞編集委員)
●付2/決定的な要素は人間である/新井宝雄
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【内容「BOOK」データベースより】「強大な武器を持っていた日本がなぜ中国に敗れたのか。それは偶然に負けたのではなく、負けるべくして負けたのである…」この発言にショックを覚えた著者が展開する一大論争。みずからの異常体験をもとに論理術のかぎりを尽して、日本人を条理に合う人間と合わない人間に峻別すべきことを緻密に証明してみせてくれる。文芸春秋読者賞受賞。

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by yomodalite | 2007-03-20 22:22 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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