カテゴリ:映画・マンガ・TV( 135 )

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町山智浩氏が本年度の町山大賞に認定するなど、前評判は上々で、公開日も異例の超満員・・というニュースを聞いていたので、座席予約が可能な3日前にチケット予約して見に行きました。

少し早めに劇場に着いたので、本を読みながら待っていたのだけど、開場時間になってあらためて周りを見渡すと、アニメ映画なのにびっくりするほど高齢者の観客が多い。

例のごとく映画の内容をまったく知らなかった私は、『あまちゃん』ファン?(主役の声を演じているのは能年玲奈改め、のんさん)とか、呆けた理由しか思いつかなかったんだけど、

映画が始まると、最近のアニメ作品とはちがう『まんが日本むかし話』を思い出すようなのどかさで、主人公は、私が子供の頃の少女マンガよりももっと昔風の(あとで思い出したけど、チッチとサリーの「小さな恋のものがたり」!)、ちっちゃい眼をしたドジな女の子「すず」。

でも、のどかな・・と思えた物語が描こうとしているのは、昭和10年以降の広島の話で・・すずは、昭和19年(1944)に、広島市江波から、軍港のある呉に嫁いでいく。

戦火が徐々に激しくなっていく時代を、日々の暮らしを通して描いた女性目線の映画は目新しくはないのだけど、今とは違う結婚観や、幼なじみとの淡い恋心も・・これまで見た映画よりもずっと新鮮で、

何もかもがイマドキでない物語の主役を演じている能年玲奈は声優という枠をはるかに超えた存在感で(天才としか言いようがない)、実写映画のリアルさとはまた別の、絵でなければ描けないディティールで、世界の「片隅」が描かれていく。

使用された音楽はすべて「コトリンゴ」で、一番最初に流れるのがこの曲。





調べてみたら、片渕須直監督(大阪府枚方市)も、コトリンゴ(大阪生まれ)も、のんさん(兵庫県)も、全員関西出身で、そんなところも納得してしまう「中央」とはちがう感覚の映画でした。

『君の名は。』のとき、普段アニメ映画を見ない人にも!と思ったけど、
この映画は、一度もアニメ映画を観たことがない人にもオススメ!



映画の内容や見どころなどを
きちんとチェックしてから見たい人へ




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by yomodalite | 2016-11-17 07:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(2)
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昨日は朝からCNNに釘付けの1日だった。できるだけ日本のニュースを避けている私も、このところCSで海外ニュースだけは結構見ていたんだけど、CNNをこんなに長い時間見たのは久しぶり。

そこでは毎日、トランプだけでなく、その支持者に対しても、本当に耳を塞ぎたくなるぐらい酷い差別的な会話がなされていて、そんな人々が、トランプ氏を超差別主義者だと言っていることに、ショックを通り越して怖くなり、CNNほどヒステリックでないBBCを見るようにして、トランプ支持者の情報はSNSで探すようにしていた。

でも、その日、事前予想とまったく異なる結果が次々に開票されていくCNNを見ているのは面白かった。きっと最終的にトランプに投票した人も、彼を支持しているというよりは、同じような気分の人が多かったと思う。トランプを嘘つきだという彼らの言葉にも嘘が多すぎたから。

情勢が判明する昼頃までって思ってたけど、トランプ当確が決まったら、今度は勝利宣言までどうしても見たくなって、午後の予定をキャンセルしてまでテレビを見ていた。

次期副大統領のペンス氏の奥さんの顔とか、午前3時頃に必死に眠気を抑えている、孫にしか見えないトランプ氏の息子の姿とか、全部ダーリンにも見せたかったので同時録画しながら、夜に観に行きたい映画があったので、早めに夕食の準備をした。

大阪の映画館では週末前に終わってしまうこの映画を、慌てて見に行ったのは、信頼するヴィヴィアン佐藤氏が絶賛している映画評を見たから。


最近の日本映画のような華やかな映像は全然なくて、平凡な家庭と、どこにでもあるような風景しか映らなくて、妻と子供がクリスチャンだということだけが少し違う・・

そんな風に思って地味な映像を見ていると、まったく予想の出来ない展開がエンディングまでずっと続く。でも、そのすべてが映画のストーリーのためではない、そんな映画。

今、もっとも見なければならないとは思わなかったし、見てよかったとも言えないけど、本当にオススメしたくない映画だとは思った。

こんな映画は今のアメリカにはないなぁとも思った。アメリカ映画で、田舎で暮らす普通の労働者を人間ドラマとして描かなくなったのはいつ頃からだろう。

トランプ勝利によって、反対派のデモが全国で拡大しているというニュースが大々的に報道されるのは、それが都会で行われているから。ここまでトランプの集会に大勢集まっていた人を無視していたのに、都会で行われていることはすぐに「全米」になる。

マイケルが子供に、誰も信じるな。良い考えだと思っても、自分で良く調べろ。というのを、私も一生懸命守ろうとしているんだけど、真実も、事実も、調べるのは本当に大変だと思う毎日・・・

アーティストが、自分と同じ言葉を政治家に求めることの愚かさよりは、相手によって言うことを変えられる人の方が、政治家として、大勢の人のためになるというか、公平感があるかもね。



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by yomodalite | 2016-11-10 14:45 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)
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もう日本の映画しか観ないかも・・と思ったのも束の間、先週3本目の作品は、カナダ&ドイツ映画の『手紙は憶えている』(原題:Remember)。

90歳の老人ゼヴは、目覚めるとすぐに妻のルースを呼ぶが、彼女はすでに亡くなっている。認知症のゼブは、もうそんなことさえ憶えていることができない。

妻の葬儀のあと、同じ施設で暮らす友人から手紙を託され、ゼブは家族にも内緒で施設を出る。ふたりは共にアウシュヴィッツ収容所の生存者で、家族を殺したナチスへの復讐を誓い、車椅子の友人は、ゼブが忘れても大丈夫なように全ての計画を手紙に書いていた。身分を偽り、今も生きているという兵士の名は、“ルディ・コランダー”。容疑者は4名まで絞り込まれていた。

驚愕のラスト5分、あなたは見抜けるか?

というキャッチフレーズから、どうしてもその真実を想像しながら見てしまうことになるのですが、『シックス・センス』の魅力が、8歳の少年を演じたハーレイ・ジョエル・オスメントだったように、この映画では、90歳の認知症の老人を演じている、87歳のクリストファー・プラマーから目が離せなくなる。

ゼブは子供を可愛がり、子供からも優しくされるようなキャラクターで、それがこの物語を見る私たちの視点を混乱させ、『シックス・センス』のような巧妙な叙述トリックはないものの、エンディングの哀しさには繋がっている。

音響的に抑制されたこの映画の中で静かに心に響くシーンが、ゼブがピアノを弾く二度の場面。

最初はメンデルスゾーン、そしてラストはワーグナー。

サスペンスというよりは、認知症でありながら、このふたりの美しい音楽を奏でるゼブという老人の映画だと思いました。タイトルは、『手紙は・・』ではなく、原題どおり『リメンバー』の方がより深く余韻を楽しめたかな。

下記は、ヒトラーがワグネリアンだということは知っていたけど、メンデルスゾーンがユダヤ人だったことは意識していなかった。という人への参考記事。




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by yomodalite | 2016-10-31 10:27 | 映画・マンガ・TV | Trackback(2) | Comments(0)
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映画館で邦画ってこれまではあまり観ていなかったけど、ブログには書いてないものの、『シンゴジラ』や『怒り』も映画館で観たし、今後ますますその傾向は強くなりそう・・

というわけで、今週観た映画の2本目は、西川美和監督の『永い言い訳』。

* * *

テレビにも頻繁に出演する作家の主人公には、美容師の妻がいる。

売れないころからの習慣なのか、妻は夫の髪を切っている。

「衣笠幸夫」という本名へのコンプレックスは、男を作家らしくねじれさせ、女はそれをスパスパと切っていく役割のよう。

男は当然のように妻に不満を抱き、妻が女友達と旅行に出ると、家で別の女を抱いていた。

そんなとき、乗っていたバスが事故に遭い、妻は友人と一緒に亡くなってしまう。

そこからの夫の行動が「永い言い訳」として描かれている。

友人にはふたりの幼い子供がいて、夫は作家とは正反対ともいえる長距離トラックの運転手。まったく共通点がなさそうなふたりは、子供を通して急接近することになって・・・

映画のキャッチコピーは、

妻が死んだ。これっぽっちも泣けなかった。そこから愛しはじめた。

でも、愛しはじめたものが何だったのかは、観る人によるのかも。

同監督の『ゆれる』と同じように、この映画も個性の異なるふたりの男性の話で、こういった心理をよく描いてくれたと感じるのは男性の方が多そう。

一方で、これまでも、女性は物語の外に置かれていることが多く、男性への目線の中に、父親コンプレックスを感じないのも、女性クリエイターとしてめずらしい個性のような・・

私は西川美和氏の小説も読んでみたくなりました。

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by yomodalite | 2016-10-29 07:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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今週のレディースデーは邦画で2作品を鑑賞。

まずは最初に見た『SCOOP!』から。

『山田孝之の東京都北区赤羽』でお顔を拝見してから、なんとなく次作は見てみなきゃ、と思っていた大根仁監督の作品。

昨今の「文春砲」などと言われるスクープに対して、まったく好ましい感情を抱いていないし、MJファンとして、週刊誌やパパラッチをヒーロー視するなんてありえない。そんなネガティブ感情を覆すような展開なんて絶対に無理なんじゃないかと思っていたのですが、

冒頭から下品極まりない始まり方で、タバコを吸いまくる福山雅治は清潔感のカケラもなく、口から出る言葉の90%以上が、最近ではほとんど耳にすることもなかったような下衆いセリフばかりで、そして、そんな彼や、彼の主戦場である雑誌がスクープするのもぜんぜん巨悪というわけでもない。

それなのに・・・

不思議と楽しめたんですよね。

現実のスクープは、芸能人の不倫ごとき内容に、社会正義を振りかざし、まるで絶対悪であるかのように関係者以外の人間に謝罪させるとか・・・そんなことを言っていたら、人類最古の小説ともいわれる「源氏物語」は?、古典小説の多くが絶版になったりしたら・・女子高生に恋愛について聞いてどーするの?とか、

とにかく、もうどーでもいいことで「謝罪」ばっかりさせて・・というところが嫌でしかたなかったんですが、この映画では、下衆が下衆を追うという姿勢が貫かれているところが爽快なのかも。

トップが腐敗していると、トリクルダウンするのは「偽善」ばっかり・・

それで、気概というものが「下衆な場所」の中にしかないように思える現代にぴったりな娯楽作品!

と、そんな風に思ってしまったのは、おそらくアメリカ大統領選挙のせいですがw

今年の助演男優賞なら、リリー・フランキーでキマリだと思う。


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by yomodalite | 2016-10-28 07:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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今住んでいる大阪の家は、これまで以上に映画館が近いせいもあって、この機会にできる限り映画は劇場で、という気持ちが強くて、ミュージシャンを主役にした映画の場合は特にそう思う。映画を観に行くというより、ライブよりも良い席でステージが見られるような気がするし、映画としてハズレだったこともないから。

『ミスター・ダイナマイト』も、『AMY エイミー』も、映画で初めて彼らに会えたような気がしたけど、ジャニス・ジョプリンのことも、それまでCDを聞いていたわけでも、親しみを持っていたわけではなく、これが初めての出会いだった。

平凡な家庭に生まれた3人兄弟の長女であるジャニスは、家族の中でも学校でも、妹や弟より浮いた存在。それでもその歌声は人々を一瞬で魅了し、天才シンガーとして一気に階段を駆け上がっていく彼女は、モントレー・ポップ・フェスティバル(1967)や、ウッドストック(1969)といった60年代の歴史的な音楽祭で大成功を収めていく。

驚いたというか、ある意味、当時からそうだったんだと思ったのは、ジャニスがウーマン・リブの団体から非難されたというエピソード。ジャニスは自分ほど女性の自由な表現を追求して成功したアーティストはいないと思っている。当然そうだと思う。彼女に勇気をもらった人は数知れないだろう。それでも、女性運動家たちはジャニスのバンドは男性ばかりだと非難した。

生前最後のテレビ放送では、酷いいじめに遭っていた高校時代の同窓会に出席すると語っていた。実際に出席した同窓会はテレビカメラに収められることになり、そこには、スターとして故郷に帰った彼女を冷たく迎える同級生たちの様子が映し出された。

ジャニスが27歳という若さで亡くなったのは、それからわずか数ヶ月後のこと。

これまで彼女の歌を意識して聞いたことはなかったのだけど、映画の中で流れる曲はどれも聞いたことがあって、冒頭から息をのむぐらい惹きこまれてしまうものばかりだった。でも、映画のタイトルにもなっている「リトル・ガール・ブルー」は、ジャニスが創った曲ではない。

それは古いブルースのようで、私はニーナ・シモンの曲としてこの曲を知っていたけど、映画の一番最後に流れた曲がそれと同じ曲だということに最初は気づかなかった。

少女の絶望を歌った『Little Girl Blue』は、ニーナのデビューアルバム(1958)のタイトル曲で、ジャニスの曲は3枚目で、生前に発売された最後のアルバム『I Got Dem Ol' Kozmic Blues Again Mama!』(1969)に入っている。

本当に差別が激しかった時代に黒人として生まれ、正統的なクラシックピアノの教育をうけたニーナには絶望した少女を過去のものにするような黒人のプライドと未来がある。

ジャニスの「リトル・ガール・ブルー」は、彼女の傷口から絞り出したかのような他の曲と比べると、どこか明るさが感じられるけど、絶望はより深く、ジャニスの人生と死がそのまま歌われているように感じる。

亡くなったとき、「27クラブ」に入会してしまったと言われたエイミーには他にも選択肢があったのかもしれない。それでも彼女は、迷いながらもジャズを選んだ。でも「27クラブ」を創設してしまったひとりであるジャニスには、本当にそれ以外になかったように思えた。

大声で差別を訴えることができて、居場所も与えられている「マイノリティ」と違って、本当に誰にもわかってもらえない少女の絶望をわかってくれたのは、彼女だけだ。
誰もジャニスにはなれないけど、なりたいとも言えないだろう。
たったひとりっきりの孤独に耐えられる人なんて、どこにもいないから。


Nina Simone - Little girl blue





Janis Joplin - Little Girl Blue




Sit there, hmm, count your fingers.
What else, what else is there to do ?
Oh and I know how you feel,
I know you feel that you're through.
Oh wah wah ah sit there, hmm, count,
Ah, count your little fingers,
My unhappy oh little girl, little girl blue, yeah.

座って、指を折りながら数えてみる
自分にいったい何ができるの?
感じるのは、ただ年を重ねてしまったということ
座って数えてみる
小さな指を折って
不幸で、哀しい私の少女時代

Oh sit there, oh count those raindrops
Oh, feel 'em falling down, oh honey all around you.
Honey don't you know it's time,
I feel it's time,
Somebody told you 'cause you got to know
That all you ever gonna have to count on
Or gonna wanna lean on
It's gonna feel just like those raindrops do
When they're falling down, honey, all around you.
Oh, I know you're unhappy.

座って、雨粒を数える
ただ落ちてくる雨粒を数えるぐらいしかなくて
誰もがそう言う
何をしても無駄なんだと
できることといえば、雨の雫を数えるぐらいなんだと・・





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by yomodalite | 2016-10-21 06:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

映画『君の名は。』

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現在、興行収入130億円突破という大ヒット中の映画。

実際、公開からすでに1ヶ月以上経っているのに、一番大きな会場が、平日昼間に満席になるほどの人気ぶり。

私の人生の中で、そういった映画にハマったことはほとんどなく、また、公開に合わせて新海監督の過去作品を特集したテレビも見たんだけど、光や影が美しく表現された映像には惹かれたものの、女の子のキャラが・・・

アニメ作家になるような人に、女性がリアルじゃないなんて言いたくはないし、理想の異性を作ろうとするのは表現者の本能だと思うけど、これが理想だとしたら、あまりにも・・と言いたくなってしまうほど、宮崎駿がいう「声優さんの女の子の声は媚びた声が気持ち悪い、売春婦みたい」という見本のような声としぐさに、冒頭で根を上げてしまった。

そんなわけなので、期待していたというよりは、若い子に人気だという作品を勉強のために見てみましょう、みたいな気分だったのだけど、色んな意味で予想外に素敵な作品でした。

『シン・ゴジラ』は、日本人が日本人をリアルに描くということに初めて成功した、日本人にしか意味のない傑作だったけど、『君の名は。』は、世界中で失われてしまった恋愛映画を、アニメによって奇跡的に復活させたことで、世界中でウケるような気がする。

キムタク主演の恋愛ドラマがアジア中で長く愛されたように、冬のソナタが韓流に興味のないオジさんにさえ届いたように、そして、村上春樹の作品を待つファンが世界中にいるように、世界で評価されるというよりは、世界で愛されるような、そんな映画のように感じられました。

普段アニメ映画を見ない人にもオススメ!


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by yomodalite | 2016-10-06 06:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

映画『ソウルパワー』

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1974年、“キンシャサの奇跡”と言われたモハメド・アリ対ジョージ・フォアマンの対戦の前には、アフリカ系ミュージシャンたちの “ブラック・ウッドストック” とも言える『ザイール'74』と題された音楽祭が行われていた。

差別を乗り越え、成功をおさめた米国のアフリカ系ミュージシャンと、解放運動を戦ったアフリカン・ミュージシャンが共に同じステージに立った歴史的なコンサートのことは、JBに興味をもったときから、いつか見てみたいと思っていたのですが、ドキュメント映画公開や、モハメド・アリへの追悼企画も重なって、今回ようやく見ることができました。

この映画は、『モハメド・アリかけがえのない日々』(1997年アカデミー賞ドキュメンタリ部門受賞作)の編集をしていたジェフリー・レヴィ=ヒントが、1974年のコンサートフィルムが撮影されていたことを知って、2009年に編集し直したもので、最初からドキュメント映画として撮影されたものではない。

最初、私はこの映画を1974年という時代に巻き起こった「ブラックパワー」の一端をとらえた映画だと思っていたのだけど、残されたフィルムを2009年に編集した監督の意図はそうではないようで・・・

映画が始まるとすぐ、少し前に見た『ミスター・ダイナマイト』のときよりも、だいぶグッチ裕三っぽくなったJBが現れるのだけど、股割ステップを含む短いステージシーンが終わってしまうと、しばらくJBの姿は見られなくなり、キンシャサの街や、コンサート会場が建設されていく様子、米国の黒人ミュージシャンたちが、自らのルーツだと感じているアフリカでコンサートを行うことを、故郷への帰還だと感じて高揚しているところや、対戦前のアリのアジテーションなどが淡々と移し出されていく。

時折現れるほんの小さな瞬間から、1974年当時、JBがモハメド・アリと同様か、それ以上に人々から尊敬され、愛され、ソウル界や、黒人だけでなく、白人からも「ゴッドファーザー」のように慕われていたことが伝わるシーンがあり、また、彼が想像していたよりもずっと小柄な人だったことにも気づいた。

ようやくコンサートが始まると、期待以上に音が良く、今実際にフェスに行って聞くよりもずっと「生の音」のように感じられ、これまで名前ぐらいしかわからなかった70年代のアーティストや、まったく知らなかったアフリカンミュージシャンたちが身近に感じられる。

B・Bキングが、ギターを弾く人だってことさえ知らなかったけど、彼の指から奏でられる音にグッと来たり、ダニー“ビッグ・ブラック”レイのコンガや、ミリアム・マケバの「クリック・ソング」に魅了され、楽屋でアフリカの女性アーティストたちと仲良くじゃれあっている往年の女性ディスコグループというイメージしかなかったシスター・スレッジがまだすごく幼くて、こんなムサい男たちの中で大丈夫なの?と心配になったり・・

そんな感じで、すっかりどこかの夏フェスに行ったような気分で見ていた画面に、ついにJBが登場すると、私だけでなく、会場の雰囲気が一気にヒートアップする。みんな素晴らしかったのに、やっぱりパワーが全然ちがうのだ。

ようやく登場したJBのステージシーンもあまり長くはないけど、曲が終わると、JBはその曲と同じぐらいシビれることを言って、エンディング・ロールが始まる。バックステージの彼の姿が映し出され、彼はもうこれで本当に最後という感じで、頭を下げたりするけど、エンドロールがすべて終わった後、再度JBからグッとくるメッセージがあるので、最後まで見逃さないようにね。

これは、彼のメッセージで始まり、彼のメッセージで終わる映画なのだ。

『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』でも、『ミスター・ダイナマイト』でも、JBがメンバーにずいぶんと厳しかったことが描かれていたけど、この映画では、何気ないシーンに、彼の優しさや繊細さが伝わってきて、もっと好きになった。

今まで、プリンスのパフォーマンスがJB直系だとは思っていたけど、プリンスの小柄で中性的な容姿は、ソウル界のゴッドファーザーとはだいぶ異なると思っていた。でも、JBもまた小柄な人で、「パープルレイン』以前のプリンスは、ファッションも音楽も想像以上にJBの姿を追っていたように感じられた。

また、JBとは正反対ともいえる声のマイケルが、色々と苦心して、キャリアの最後まで、JBの音楽に近づく努力をしていたんじゃないかと思ってしまったのは、私が、MJの「アンブレイカブル」へのこだわりについてばかり、考えているせいかな。

でも、ショウビズ界一と言われた自分以上によく働いたふたりのことを、JBはすごく可愛く思っていたと思う。彼がメンバーに厳しかったのは、自分より全然働いていないと感じていたからだと思うから。

通常の劇場公開は終了していますが・・


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by yomodalite | 2016-08-03 06:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン [DVD]



ブログアップするのが遅くなっちゃいましたが、『AMY エイミー』 を観た日に、こちらも観に行ったんです。1日で2本の映画を観るなんて、めったにしないことなんですが、『エイミー』同様、こちらも大勢の証言者が登場するドキュメンタリでありながら、どちらも製作者も上から目線の物語を避け、アーティストへのリスペクトが伝わる作品になっていて、行った甲斐がありました。

ちょうど1年前に公開された『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』は、JBの人生を圧縮して、2時間の物語にしたもので、チャドウィック・ボーズマンの熱演によって、若くてカッコイイJBを見事に現代に蘇らせた素晴らしい音楽映画でした。

それで、実を言うと、カラーの2時間映画で、JBの音楽を堪能するには、チャドウィックの方がイケメンだから良いかなぁなんて思っちゃってたんですけど、浅はかでした。やっぱ、本物のJBの方が、めちゃくちゃカッコいいっ!ダイナマイト感ハンパない!

両作とも、ミック・ジャガーのプロデュースで、こちらはドキュメンタリなので、『最高の魂を持つ男』よりも音楽を楽しめるシーンが少ないのではないかと思っていたんですが、この映画でも、JBの音楽や、素晴らしいショーを捉えたシーンがたくさんあって、当時の観客が熱狂する場面で、白人のティーエイジャーの女の子がたくさん映っていたり、あの伝説になっている、ステージに観客が押し寄せたときに、JBが警察の力を借りずに、みんなを制する場面とか、モハメド・アリと同様に、JBが音楽界だけでなく、時代のリーダーだったことがよくわかります。

『最高の魂を持つ男』では、バンドメンバーで親友のボビーバードとの物語が中心でしたが、『ミスターダイナマイト』では、ボビーバードや、後にプリンスと共演することになるメイシオ・パーカーなど脱退メンバーが実際に語っていて、その後の新生バンドの中心メンバーであるブーツィー・コリンズの証言も面白い。

MJのハーレムスピーチや追悼式、オバマ大統領の誕生にも大きな影響を与えたアル・シャープトン師によって語られる、60年代、70年代の政治の季節、ブラックパワーを牽引するアクターでもあったJB自身の「パワー」との違い。

そして、あのMJとプリンスが飛び入り参加するシーンも映し出されるのですが、あのときプリンスが、MJよりも緊張していたのは、プリンスの方が、大方の人々に実際の後継者と目されていたことが大きかったのではないかと改めて思ったり・・・

これから、どちらかの映画を見てみようという方には、『ミスターダイナマイト』の方がオススメかな。


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大阪・テアトル梅田に設置されていた、JB神社



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二礼はなんか違うような気がしたので
「大阪締め」でお参りしておきました!




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by yomodalite | 2016-07-28 11:47 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(2)

映画『AMY エイミー』

AMY エイミー [DVD]

エイミー・ワインハウス,ミッチ・ワインハウス,マーク・ロンソン,トニー・ベネット




エイミー・ワインハウスのドキュメンタリー映画。
映画は、十代の頃に友人たちと過ごすエイミーのプライヴェート映像で始まる。
友人たちとのパーティーで、ほんの少しだけ聴ける歌声は、やっぱり当時から光っていて、そこからラストシーンまで、エイミーはほとんどの画面に映っている。

授賞式や、レコーディング、インタヴュー、コンサート風景など彼女のアーティストとしての歴史の一場面以上に、プライヴェート映像が豊富で、幼なじみや、デビュー当時からのマネージャー、ミュージック・ビデオの撮影アシスタントで薬物依存症の夫ブレイク、父親・・・彼女を知る人物も大勢登場するけど、コメントは断片的で、監督は、エイミーの若すぎる死について、彼らに語らせることを避けている。

ブレイクを見ていると、なぜこんな男と、彼にさえ会わなければ・・と思ってしまうのだけど、

デュエットもしたトニー・ベネットが、彼女のことを、エラ・フィッツジェラルドや、ビリー・ホリディに匹敵するようなシンガーだったと褒めていたり、クエストラブが、音楽オタクである自分に、彼女が次々にジャズアルバムを送ってくることを語っている場面をみているうちに、ブレイクのことも、彼女がジャズシンガーとして選んだ相手だったのだと、納得してしまった。

ジャズもブルースも、それは音楽ジャンルの名前なんかじゃない。
それは、魂のあり方や、生き方のことで、ブレイクは避けられない運命の相手だったのだと思う。

デビュー後、彼女は、「私を知れば世間はわかるはずよ。私には音楽しかないって」と言っていた。でも、映画の冒頭では、歌は趣味であって、仕事になるとは思っていなかったという彼女の声も収録されている。彼女が有名になることに強い不安を感じていたことも、よく描かれているのだけど、それは、ただ純粋に歌が好きだった女の子が、世間に翻弄されてしまった、ということではなく、エイミー自身がこの結末に対して、正確に予想できたからだと私には思えた。

私が最初に彼女を知ったとき、すでに彼女は、大きなビーハイブヘアで、チープなコミック・テイストのタトゥーと、細すぎる足のハイヒールが痛々しい、あの姿だったのだけど、

その後、デビューして間もない頃の映像を見たことがあって、まだビーハイブヘアじゃない彼女は、大学でジャーナリズムを学んでいるような明るく聡明な雰囲気で、あまりのギャップに驚いたことがあった。そこにはドラッグの影響しか考えられず、なぜ、すでに多くのアーティストが失敗してきた道に今更・・・という思いがあったのだけど、今はもうそうは思わない。

健康な肉体より、魂が腐っているという状態はわかりにくい・・

エイミー・ワインハウスが好きな人も嫌いな人もどちらでもない人にもオススメ!




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by yomodalite | 2016-07-21 10:41 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(7)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite