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ゴルゴ13はいつ終わるのか? 竹熊漫談

竹熊 健太郎/イースト・プレス



ゴルゴ13がいつ終わるのか、興味がある人もない人も興味深く読める本です。

また、この本を読んで、なぜ竹熊氏が、「サルまん」以降も、作品制作に積極的でないのかがわかったような気がしました。

※以下、ネタバレメモ。

【結末はこうなる/ガラスの仮面】
北島マヤは、「紅天女」本番直前に死ぬ。死の直前に「紅天女」は完成され、暗示されるが、 それは、姫川亜弓のみが目のあたりにし、その演技に敗北を宣言する。マヤの死により、急遽亜弓が「紅天女」を演じることになり、敗北感と、死のショックに見舞われている亜弓に、マヤの「魂の声」に突き動かされ、観客は、舞台上の亜弓の背後にマヤの姿を見る。

【結末はこうなる/美味しんぼ】
母親の死にまつわる誤解が解け、山岡と海原が和解。和解に至るまでの盛り上がりとして、「共通の敵」が現れる。徹底的な反伝統主義者、反エコロジスト、化学調味料や合成着色料や農薬にどっぷり浸かって育ち、自然食品を食ったらジンマシンが出るような人間に「究極のメニュー」を食わせ、「美味しい」と涙を流させる。

【出生の秘密/ゴルゴ13】
「日本人・東研作」14巻、「芹沢家殺人事件」27巻、「おろしや間諜伝説」36巻、「毛沢東の遺言」51巻、「河豚の季節」57巻。。。これらのエピソードは、関係者の誤認や証拠のないものばかり、「当たらずとも遠からず」がみそ。

【結末はこうなる/ゴルゴ13】
『市民ケーン』パターン。物語は「ゴルゴの死」からはじまる。ゴルゴがミスにより死ぬ。1人のジャーナリストが登場し、取材の過程でゴルゴの最後の標的と遭遇、その男はゴルゴの弟だった。男とゴルゴは共に満州で生まれ、旧日本軍の情報将校を父にもつ。男の母は旧ソ連の女スパイ、ゴルゴの母はユダヤ人、敗戦後、父はその旧悪から中国人の手で処刑され、男は実母を頼ってソ連に渡り、ゴルゴは建国まもないイスラエルに渡って、それぞれ優秀な軍人となる。男は旧ソ連の体制に絶望し、ゴルゴも民主主義の悲惨を目の当たりにし、アナーキストと化す。男はゴルゴが最後につぶやいた意味不明の言葉を伝える。それは、ポリネシア系の言語で、オセアニアの海に浮かぶ無人島の名前だった。そこは近代的な生活設備が完備しており、様々な民俗の孤児たちが平等に暮らす地上の楽園だった。
※もうひとつの予想は、「最終回」はない。さいとう氏が最終回を書いても、スタッフが総入替えになっても、永遠に物語は続いていく。

【火の鳥の最終回はこうなった】
『火の鳥』が『鉄腕アトム』と融合して大団円を迎える、という噂について。『火の鳥』は、過去と未来のエピソードを交互に挟み込む構成。最後が「現在」でおわる終ることは、手塚の口からも公言されていた。アトムが誕生した年が2003年、この年手塚は74歳。「ちょうどいい時期」ではないか。
手塚のチーフアシスタントを20年以上つとめた福元一義氏のインタヴューにて、
「確かに完結編は『鉄腕アトム』になったはずです・・・・・ただしアトムの主要人物が全員登場するとまでは聞いていますが、どういうストーリーであるかは、天国の先生にしかわかりません」

【目 次】
1/最終回のハナシ
   『ガラスの仮面』(美内すずえ)
   『美味しんぼ』(雁屋哲・花咲アキラ)
   『ゴルゴ13』(さいとう・たかを))
2/マンガのハナシ(『火の鳥』の最終回はこうなった
    ドストエフスキーと手塚治虫
    吉田戦車氏へ…一〇年目の詫び状)
3/自分のハナシ(一九六七年・はじめてのメディア体験
    1976年・ミニコミと少女マンガの日々
    1977年・オタクと青春
    1978年・ミニコミとアニメブームと)
4/オタクのハナシ(アニメーション編
    マンガ編
    エヴァ編
    私とエヴァンゲリオン)
☆特別付録 幻の竹熊健太郎マンガ・デビュー作
『ゲッペル先生のなぜなに教室どうしてくん』
______________

【出版社/著者からの内容紹介】 これを言ったら殺される!? 竹熊健太郎が業界震撼のタブー破りをまたやります! 『ゴルゴ13』『美味しんぼ』『ガラスの仮面』の最終回を徹底予想!
「いまだ完結を見ぬ代表的な「大河マンガ」をセレクトして、 その結末がどうなるのかを大胆にも予想してみようと思う。 もちろん、外れる可能性は大いにあるが、 ノストラダムスの大予言程度には当るのではないかと 内心自負しておる次第—?(本文より)」 そして続々と明かされる驚愕の事実……

・漫画家たちが脅える『ガラスの仮面』の「怖さ」とは?
・『美味しんぼ』に仕掛けられた巧妙なトリックとは?
・『火の鳥』最終回が『アトム』につながる!?
・『伝染るんです。』の名づけ親は竹熊だった!?

巻末には【特別付録】として、竹熊健太郎が、あの伝説のロリコン雑誌「漫画ブリッコ」に連載した幻のマンガ・デビュー作「どうしてくん」も収録!  イースト・プレス (2005/3/18)

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by yomodalite | 2007-07-30 12:56 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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デヴィッド・リンチ5年ぶりの新作映画公開。

21日初日、15時開演に間に合うように13時半に行きましたが、すでに完売。19時開演はオーストラリア戦のため断念し、翌々日の23日15時ようやく観ることが叶いました。意外だったのは、平日昼間にもかかわらず男性客が目立っていたこと。7:3、8:2ぐらい?。20〜30代の比較的オシャレな男性客が多い。


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19時開演時には、女性客が増えてきたようですが。改めて見回すと、映画館に限らずどこの会場にも多い30代中盤以上の女性が非常に少ないですね。なんとなく客層を見て、最近「マルホランド・ドライブ」の人気が高い理由が分かったような気がしました。リアルタイムであれが初めてっていう客が多いんですね。


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観賞後の印象をひとことで言えば、これは「ジジイ映画」ですね。

「ジジイ映画」の定義を詳しく書く気はありませんが、巨匠が晩年にとるタイプの映画ということ。といっても、これは、完全自主制作ビデオ作品であり、実際は「映画」ではありません。篠田正浩ですら、晩年映画が撮れたのに、アメリカ人のお金持ちは「ケチ」ですね。現代美術は金融ユダヤ人が創ったものですが、リンチの遅すぎるシュールレアリスムが気に入らないのか、反グローバリズムが気に入らないのか。。

映画が作品として語られる時代など、とっくに過ぎ去った中で、唯一観たい監督であったリンチも映画を撮れなくなった。この映画?を色々と必死で読み解いている人もいるけど、「最高傑作」だの考えられない持ち上げ方をしている人は、関係者か「おこちゃま」かどっちかでしょう。滝本翁だって辛そうに書いているのに。

リンチファンならこの映画を褒めるより、リンチにちゃんとした映画を創らせろ!ていう声を上げるべきじゃないかな。

「マルホ」も元々TVプログラムとして構想されていたのが上手くいかず、なんとか最終的に「映画」の形に仕上げたものだったけど、成功と思われた「マルホ」以降も、映画もTV製作にもまったくスポンサーがつかない状態になって、なんとか撮らせたい周囲(といってもローラ・ダーンぐらい?)が動いて、ようやくカメラを持たせたけど、リンチもダーンには、もう興味ないし。。

ノーアイデアで始めたので編集といってもね・・みたいなことがあの長さで、最終的にダーンも思惑とは異なる出来にもうガックシ!今までリンチ映画を支えてきたメンバーも居なくなって・・・寂しいなぁという感想以外は今は受け付けられないかも。。

アートフィルムだったら「SHORT FILM of DAVID LYNCH」内の作品の方がレベル高いです。とにかく『インランド』をを持ち上げることは、これから見る若い観客がリンチを誤解してしまいそうなので絶対反対。

今ある映画はお金のかかった米プロパガンダ映画と後進国ビンボー映画と宮崎アニメのみで、リンチのジジイぶりを、実験映像とかCMアーティストとしてしか楽しめなくなるのかと思うと本当に寂しいのですが。

ちなみに滝本翁は、著書でリンチは若い女にはビンビンって言ってたけど、滝本翁と比較すればだよね。「インランド〜」は、若い女に対しても冷めてたよ(ビックリ!)。だからこその裕木奈江でしょ?

☆リンチのジジイっぷりを楽しもう!!
牛と一緒に「インランド・エンパイア」の自主宣伝するリンチ
◎Nate & Matt meet David Lynch (and a cow)
__________________

☆私的リンチBEST! ※( )内は日本公開年ではないかも。

1. イレイザーヘッド (97)
2. ツイン・ピークス [TV1-29話](90-91) ※パイロット版◎
3. ツイン・ピークス [ローラ・パーマー最期の7日間](92)
4. ロスト・ハイウェイ  (97)
5. ホテル・ルーム [TV1-3話] (92)  ※3話の「Black Out」◎
6. ワイルド・アット・ハート (90)
8. マルホランド・ドライブ (01) 
7. ブルーベルベット (86)   
9. オン・ジ・エアー ” [TV1-7話]  (90-91)
10. エレファントマン (80)
11. デューン/砂の惑星 (84)
12. ストレイト・ストーリー (99)

☆インランド・エンパイアは、評価外。

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by yomodalite | 2007-07-26 13:24 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(2)
f0134963_12472259.jpg前回著作から、約一年ぶり、しかも今回は、デイヴィッド特集!!!!

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2007-06-26 12:47 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
読書限定と思って始めたブログですが、例外的に(たまに?)映画の感想も書くことにしました。

松本人志初監督作品『大日本人』の初日から10日以上経っての反響はそれほど芳しいものではないようですが、本日観賞後、それらの雑音は無理もないと思いました。なぜなら、この作品は、笑いも、涙も、癒しもなく、勇気も与えられないから。(笑いがない、とは「お笑い」ではないという意味)

平日昼間、3割ほどの客席は、思いのほか静かでした。何度もクスっとさせられましたが、声が漏れるほどの笑いではなかった。でも、面白いか、面白くないかと言われれば、確実に面白かった。

もちろん迷っての判断ではありません。

TV番組で、かつてのような「天才松本」を感じることが少なくなりましたが、この映画で、やはりこの人は、超一流のクリエーターだと改めて感動しました。カンヌの賞などもらえなくても、この映画を『大佐藤』でなく、『大日本人』としたセンスには「大拍手」を送ります。

どこかのブログに、松本は、映画の神に愛されなかったと書いてあった。

アホか。北野の映画が人気があるのは、それが遅れてきたヨーロッパで、これまでの映画の良き生徒であるからでしょう。

松本人志は、日本が最も刺激的なカルチャーを生み出してきた時代の「若者の神」に君臨してきたひと。年老いた「神」との比較などできない。松本の映画のような「映画」を創れる国は日本しかない。

松本人志が書いた映画評は、なんだかツマラナイと感じていたんですが、(この映画のメッセージで)人とカブらないために映画観ていたと語れるクリエーターが、現在世界で何人いるだろう。(これが、彼の教養のなさからくるものではないことも、今回はっきりした)

この映画が、世界発信されることを、同世代の日本人としてとても誇らしく思う。

松本人志の次回作まで、もう映画館に行く必要はないでしょう(嘘。『インランド・エンパイア』も観ます!)

《最後に不満を少しだけ》

カンヌでの先行上映という戦略から考えると、スーパージャスティス一家はきっちり「アメリカ人」にしたほうが、カンヌで受けたと思うけど、そこが、真性「ハニカミ王子」である松本の弱点でしょうか。

☆☆☆☆(次回作にもおおいに期待)





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by yomodalite | 2007-06-13 20:38 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

アトムの命題―手塚治虫と戦後まんがの主題 (アニメージュ叢書)

大塚 英志/徳間書店

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アトムの命題 手塚治虫と戦後まんがの主題 (角川文庫)

大塚 英志/KADOKAWA

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タイトルに惹かれて久しぶりに大塚氏の著作を読みましたが、期待した内容には届かなかったという感じ。

序章で提示された「命題」ですが、その後は手塚マンガの手法としてのデフォルメについて、最終章まで延々と作品検証が続くのみ。ただ戦後史を「アトムの命題」と名付けたセンスは素敵です。

【序章】
その日、世界は「戦時下」にあった。
手塚治虫、あるいは『鉄腕アトム』について語ることは、この国がいかに「戦後」を受容してきたかについて語ることに等しい。それは断言できる

〜昭和54年の手塚インタヴュー
手塚●「民主主義っていうのはね、僕はどういうことなのかよくわからんのですよ〜あの頃に受け取った民主主義というのは、決して楽天的なものではなかったね。全体主義よりつらい、というかんじ。

ーーーーただ、『紙の砦』なんか読むと、さあ、これから思いっきりまんがが描けるぞ、というシーンがあって、
手塚●あれは別に、民主主義と関係ないですよ。あれは反戦主義というか、平和主義であってね。まんがが描ける時代がきた、と〜思想的な統制もあったけど、まず、紙がなかったんだよ。機械的なことだね。描く人もあまりいなかったし。僕のまんがから戦後民主主義というものを感じる人がいるとしたらね、さっき言った職人的打算ということでね。意識的に正義の味方みたいなものを他の人をまねて描き出したのがもとじゃないかと思う。

昭和54年時に、手塚が戦後民主主義への違和が、この時点で知識人の間で既に戦後民主主義の「欺瞞」の追求がありふれた言説であったことに由来するであろうことは注釈が必要だ。そのような言説が大衆化しつつもあり、手塚はそのような大衆の変化の潮目には敏感な人であったと僕は感じる。それは時として変節にさえ映るが、このような時代の潮目への感受性は漫画家にとって重要な才能だ(p9)

例えばロボットとしての「息子」の「父」への造反という主題は「青騎士の巻」からほぼ10年後、梶原一騎によって反復される〜父親によって「ロボット」として作られ、成長しない(その体型が小柄である、というのが梶原が飛雄馬に与えた宿命だった)主人公が自身の意志で造反する〜無自覚であってもそれは『アトム』の変奏としてある。それは戦後まんが史に記憶された主題ーぼくはこれを「アトムの命題」と呼ぶ〜(p13)
__________

【MARCデータベース】なぜ手塚治虫はアトムを成長させなかったのか。戦時下、占領下を「群衆の一人」として生きた手塚の内側で、まんが表現と歴史がいかに出会い、そして、戦後まんが史を産み落とすに至ったのか。気鋭の評論家がその実態に迫る。

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by yomodalite | 2007-04-23 10:23 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

美女と殺しとデイヴィッド―タキヤンの書き捨て映画コラム100連発+α (映画秘宝コレクション)

滝本 誠/洋泉社

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内容(「MARC」データベースより) レザボア・ドッグス、蜘蛛女、シンドラーのリスト、マーズ・アタック、レオン…あふれる情報や鋭い分析を殆んど駆使する事無く書きとばしながらも犯罪的面白さの天然レビュー113本を収録。1998.10.27



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by yomodalite | 2007-03-27 19:03 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

渋く、薄汚れ。―ノワール・ジャンルの快楽

滝本 誠/フィルムアート社

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デヴィッド・リンチに関しては「マルホランドドライブ」に関して一章あるのみ(淋)。今までの著作に比べて、取り上げられている作品が古く馴染みがないのが淋しいけれど、リンチ同様、タキヤン中毒者には一息つける内容です。

◎参考記事「究極映像研究所」
◎『渋く、薄汚れ。』(アマゾンリンク)

まえがき
第I章/どんな末路が待とうが、犯罪の弾ける楽しさ、悲しさこそが
・ S・キューブリック、F・シナトラから映画化権強奪 —『現金に体を張れ』
・ ウィージー印死体効果 — 『パブリック・アイ』&『罠』
・ マイケル・ルーカーは「現場の顔」だ — 『ブラウンズ・レクイエム』
・ 白世界へのハリー・べラフォンテ、黒の挑戦 — 『拳銃の報酬』
・ 原作者を馬鹿にし、監督には無視され、シナリオ・ライターの歪んだ立ち位置
  — 『孤独な場所で』
・ 伝説のLAギャング、ミッキー・コーエンとジェイムズ・エルロイ同好の士
  — 『ハリウッド・ノクターン』を読む
・ 娼婦による変ヤ暴きのクール! — 『裸のキッス』
・ この女、危険につき — フィルム・ノワールの女たち

第II章 /ノスタルジーがすべてを、押しながしていく
・ エドワード・ホッパーを足がかりにノワールに踏み込む — ノワールとの相互影響
・ ある日、小さな町のダイナーに黒いスーツの男が姿を現わす
  — 『殺人者』、Out of the Past、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』
・ スモール・タウンの悪夢 — 『疑惑の影』
・ WASPの「郊外」に毒蛇を放て — 『恐怖の岬』
・ 湖水を透かしての美しき死体! — 『狩人の夜』
・ 麗しきかな、ネクロフィリア — 『ローラ殺人事件』
・ どうしてもリメイクはオリジナルに勝てない — 『マダムと泥棒』『レディキラーズ』
・ 死の国にて(ファントム・エンパイア) — 『マルホランド・ドライブ』
・ チャールズ・ウィルフォード本の解説がプチ自伝になってしまった

第III章/地べたを這う目線こそが、ノワールの世界を準備した
・ 加賀まりこの上唇のめくれ、あるいはプチ自伝II —『乾いた花』ほか
・ キューバン・ノワール、アメリカ逆進攻 —『追放者』を読む
・ ネオ・ノワールアート派の凱歌 —『バーバー』
・ On・the・Q.T —クエンティン・タランティーノに関する
___________

[BOOKデータベース]アートの背後に蠢く闘争、スキャンダル、猟奇殺人まで…ワイルドサイドを歩け。

[MARCデータベース] 読みだしたら、止らない! アートの背後に蠢く闘争、スキャンダル、猟奇殺人まで…。映画、小説、絵画、事件、ゴシップなど「ノワール・ジャンル」をテーマに書かれた文庫解説、映画パンフレットを中心とした文章を収録。フィルムアート社 (2006/05)


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by yomodalite | 2007-03-27 18:40 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

きれいな猟奇―映画のアウトサイド

滝本 誠/平凡社

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英語タイトル『THIS SWEET SICKNESS 〜 From Lynch To Thompson』

THIS SWEET SICKNESSは、著者と誕生日が同じパトリシア・ハイスミスからいただいたとのこと

第一章/ツイン・ピークス再訪
・Introduction/Wrapped in Plastic
・死の岸辺へ/少女死体考
・そして、窓/メタファーとしての性器
・Into The Night/『ツインピークス』の心理地形
・マルセル・デュシャンとエド・ゲイン/「開かずの間」の猟奇
・10イヤーズ・アフター・ツイン・ピークス/『ザ・セル』の水死体
・Wrapped In Overcoat/ジェイムズ・エルロイ Silent Terror

第二章/クラリスの乳首
・Introduction/作家の顔
・ジョディの“あご”/壊れゆくWASPの世界
・グレン・グールドの冷たく濡れた手/フィリップ・K・ディックからトマス・ハリスへ
・バルティスの死に寄せて/ミーシャの封印?
・クラリスの乳首/物語への「作者」(トマス・ハリス)の介入

第三章/廃墟回廊にて
・Introduction/J=ポール・ゲティ美術館の血の記憶
・At Paranoia's Poison Door/ゴシックの扉をあけて
・幼児系インダストリアル・ゴシック/ディヴィッド・リンチの写真&絵画
・ログ・レディ、奉仕の美徳/『イレイザ−ヘッド』トリプティックNo.1
・ベイビィ・イズ・“リトル・ヘンリー”/『イレイザ−ヘッド』トリプティックNo.2
・ニュクリアー・ゴシック/『イレイザ−ヘッド』トリプティックNo.3
・女殺しキャメラ地獄/マイケル・パウエル『ピーピング・トム』の快楽
・アリスのかたちの空虚/『フェリシアの旅』&The End Of Alice
・のっぺらぼうとヤッピー・ザ・リッパー/マーク・コスタとブレット・イーストン・エリスのバブルダンス
・廃墟の余白にわずかの涙を

第四章/セブン、8mm、ナイン・インチ・ネイルズ
・Introduction/fresh blood through tired skin --- Nine Inch Nails Last
・死体満足/ジョン・ドゥ氏の殺人芸術 『セブン』
・アート・スタジオの死体処理/ヘルマン・ニッチ、ディヴィッド・ボウイ、チャップマン兄弟
・メアリー・アン、メアリー・アン、と白兎。わたしはアリスなのに/『8mm』から『ロスト・ハイウェイ』へ

第五章/映画のアートサイド
・Introduction/Art into Film
・ハイドのおいしい肉塊パーティー/フランシス・ベイコン
・ドラキュラの城/フランティシュク・クプカ
・聖セバスティアヌスの耳?/『レザボア・ドッグス』
・異次元の色彩/ホワイト&ブラックとカラー
・アンディ・ウォーホルのきれいな空虚/『ビューティ#2』
・Pissのつれあい/ウォーホルとバスキアの道行き

第六章/フェミニズムのエッジ
・Introduction/女たちの諸相
・Drowning in Limbo/黄泉の女
・殴る女、殴られる女/キスして、殺して
・安息か恐怖か/子宮映画論

第七章/ノワールの不条理の彼方へ
・Introduction/ダーク・ノスタルジア
・In a Queer Way/ヒッチのビッチ殺し
・異境のハイスミス、そしてジャンルの異境/『変身の恐怖』を読む
・Krekk Krekk Krekk/アメリカン・コミックス『ハードボイルド』
・オフ・ビート、オフ・オフ・ミステリー/チャールズ・ウィルフォード
・ジム・トンプソンの黒い哄笑/『残酷な夜』

あとがき
______________

[MARCデータベース]リンチからトンプスンへ、暗闇のサイコ・ドライヴ。20世紀末、死の娯楽化の流れをさまざまなジャンルをクロスさせて解説。1990年代から現在にかけて発表したものに書き下ろしを加えた、第3評論集。 2001.9.25
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by yomodalite | 2007-03-27 18:29 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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滝本誠、記念すべき処女評論集!!!

『映画の乳首、絵画の腓』書評:荒俣宏

第1章 倒錯夢遊(白のビケット・フェンス、黒い染み―デイヴィッド・リンチ Blue Velvet )

第2章 ツィンズ、ファナティック!(ブラザーズ・クエイのパペット・ア二メ、ピーター・グリーナウェイ A Zed & Two Noughts、デイヴィッド・クローネンバーグ Deed Ringers )

第3章 ウィーン世紀末・愛の行方(ニコラス・ローグ Bad Timing、エゴン・シーレの少女 妹姦願望、オスカー・ココシュカのスキャンダル)

第4章 リリスの末裔(ナスターシャ・キンスキーと蛇、ケン・ラッセル Salome's Last Dance 、リドリー・スコット Legend、デイヴィッド・クローネンバーグ The Brood )

第5章 ロンドン世紀末とヴァンピリズム(D.G.ロセッティからB.フェリーへ、ミセス・パットからセダ・バラへ)

第6章 ハードボイルドの夜の夜(リドリー・スコット Someone to Watch Over Me、リドリー・スコット Blade Runner、アラン・ルドルフ Trouble in Mind、ラース・フォン・トリアー The Element of Crime、ジョン・ブアマン Point Blank )

第7章 アート・イントゥ・フィルムズ(ロバート・ロンゴ メン・イン・ザ・シティーズ、アラン・ルドルフ The Moderns、デイヴィッド・ホックニー Nude 17th June 1984、ニコラス・ローグ、ドナルド・キャメル Performance、アンドレイ・タルコフスキー Nostalghia ) 
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【表紙より】映画と絵画、それに小説、音楽を相姦させて自分だけの快楽の園を創りだしたい。批評したいとは思わない。ただあられもない夢を見たいだけだ。

【内容】 エピキュリアン滝本誠が映画、書物、絵画、音楽を快楽しつくす待望の処女評論集。画期的「ブルー・ベルベット」論を筆頭に、スコット、ローグ、タルコフスキーからシーレ、ロンゴ、ホックニーへ、映画の乳首を優しく愛撫し、絵画の腓にそっと手を這わせる、愛の法悦、批評の極致。 (ダゲレオ出版/1990年初版)
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by yomodalite | 2007-03-25 19:07 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite