カテゴリ:映画・マンガ・TV( 123 )

f0134963_23173950.jpg



ツイン・ピークス The Return 見たさに、久しぶりにWOWOWと契約。
字幕版で見ているので、吹替え版よりも5日遅れになってしまうことが不満大なんだけど、リンチに激ヨワな私には、やっぱり毎週楽しみで仕方ないし、なんだかんだ、それ以外の放送も見ちゃうし、本作に登場したCHROMATICSや、これまでのリンチワールドに欠かせない音楽も振り返って聴いてしまうとか、読書よりも、音楽や映像鑑賞の方がずっと長くなっている毎日。





ツイン・ピークス The Return2話に登場した
Chromatics




旧作の最終話で「Sycamore Trees」を歌った
Jimmy Scott の「Nothing Compares 2 U」
プリンスともシニード・オコナーとも全然違うよね!



あと、全然期待してなかったけど、WOWOWで放送されてたので観てみたら意外と良かった、最近の映画は『偉大なるマルグリット』。


絶望的な音痴を本人だけが知らない・・・そんなオペラ好きの男爵夫人の話なんだけど、同じようなストーリーで、メリル・ストリープが主演の映画があったのでは?と調べてみたら、その映画は『マダム・フローレンス!夢見るふたり』でした。

ヨーロッパでヒットした映画を、ハリウッドがリメイクすることはよくありますが、どちらも実在したニューヨーク社交界の音痴歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンスをモデルにしていて、先に上映されたのは、『偉大なるマルグリット』のようですが、ストーリー的には、ニューヨークの話を、フランスに置き換えていて、事実に沿っているのは、『マダム・フローレンス』の方らしい(見てないけど)。


ただ、メリルが受け付けられなくなった私は(あのスピーチからね)、『マダム・フローレンス』はまったく興味が持てなくて、『偉大なるマルグリット』も、ルイ・マグリットの伝記映画と勘違いして録画してしまったので、冒頭ちょっとだけ見て消そうと思っていたら、1920年代のパリの様子や、貴族の館から醸し出される雰囲気や調度品、細かいところまで素敵な衣装とか、素晴らしいクラシックカーとか、もう次々に美しいものが登場して、うっかり最後まで見てしまいました。


f0134963_23281464.jpg


f0134963_23282965.jpg

マルグリットを演じていたカトリーヌ・フロは、裕福な男爵夫人なのに、どこか庶民的で、最初はそんなに魅力を感じなかったものの、少女らしさが失われていない純真な演技に徐々に惹きこまれ、どんどん可愛らしく見えてきて、なんとなく伊丹十三監督の作品における宮本信子のことを思い出したり、監督のグザヴィエ・ジャノリの他の作品も見てみたくなったり・・。

参考記事・・・

実際のフローレンスの歌声も
癖になって何曲も聴いちゃいました
デヴィッド・ボウイが
ベスト25アルバムに選んだ理由もわかるかもw


[PR]
by yomodalite | 2017-08-08 00:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
f0134963_23105069.jpg



同じ世界観の中で複数の作品を展開させて、本来作品の異なるキャラクターが共演したり、ストーリーがリンクし合ったりする映画企画を「ユニバース」と言って、米映画で大流行していますが、

ユニバーサル・スタジオがスタートさせた、往年のクラシック・モンスターホラー映画を現代版にリブートするという「ダーク・ユニバース(Dark Universe)」の第1作目が『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(原題The Mummy)。

エジプト、ファラオ、十字軍、死者の書、宝剣・・など、マイケルが好きそうな要素がいっぱい詰まっているうえに、「Hollywood Tonight」のMVにも登場した超魅力的なダンサー、ソフィア・ブテラも出演!


プテラが演じているのは、ファラオの息子に女王の座を奪われた謎の王女で、生きたままミイラにされた彼女が蘇って・・・というのも、なんだかマイケルのツタンカーメン好きに通じてそう。

聖書の民は、ミトコンドリア・イブが黒人だという説が有力であっても、世界文明の源流であるエジプト人が、アフリカ系だとは絶対に認めたがらないのですが、マイケルがツタンカーメンにすごく興味があったのも、聖書以前の歴史に興味があったからで・・・

と、まあ、そんなことばっかり想像して、大量のネズミが登場するシーンでも、映画『BEN』を思い出すというMJ中毒症状を抱えながら鑑賞していたんですが、映画の展開がさっぱり「母」に行かなくて・・・「The Mummy」ってタイトルは何だったんだろうと帰ってきてから調べてみたら、

マミー(Mummy)って、ミイラのことなんですね。

米国でミイラとママが同じ呼び方をされている(スペルも同じ)理由については、色々調べてみても、納得がいかなかったのですが、映画自体は普通にスリラーとして楽しめるというか、トム・クルーズと、ラッセル・クロウがつまらない脚本の映画に出演するわけがない。という保険がギリギリ効いていたという感じw

でも、せっかくユニバースなのに、この脚本だとソフィア・ブテラは今作限りっぽくて残念!


f0134963_23135773.jpg



f0134963_23143459.jpg



f0134963_23150348.jpg




[PR]
by yomodalite | 2017-08-03 00:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)
f0134963_22470074.jpg


セルゲイ・ポルーニンのドキュメンタリー。
予告を見たときから待ち遠しくて、上映日まですごく長く待たされた気がしたけど、ようやく観ることができた映画は期待以上!素晴らしいダンスシーンの数々は、あと2、3時間見ていたいと思うぐらいで、彼の内面に迫った部分もとても興味深いものでした。

8歳の少年の頃からの映像が使われていて、ウクライナの貧しい地区に生まれたポルーニンの家族の物語が語られていきます。それは、これほどの成功を納めた後に見ても切ないもので、ダンスの才能に期待した家族は、彼の授業料を捻出するために総出で働き、海外に出稼ぎに行くことを余儀なくされたことで、全員が離れ離れになってしまう。

ただダンスが好きだった少年は、次第に家族のため、というプレッシャーに縛られながらも、より高い目標に向かって、人並み以上の努力を重ね、英国ロイヤルバレエに入団後史上最年少の19歳でプリンシパルになり、ヌレエフの再来と呼ばれるようになる。


f0134963_22460884.jpg


まだ20代前半のポルーニンが踊る前に、鎮痛剤や、心臓の薬など、数多くの薬を飲んでいるシーンがあって、血のにじむような努力をしたあとの、痛みの激しさが伝わる場面に、ついマイケルのことを思い出してしまう。

彼の隣りに並ぶことができる人を僕は知らない。
マイケル・ジャクソンの真似をするなんて不可能だ

バリシニコフはそう言っていた。

ルドルフ・ヌレエフとミハイル・バリシニコフは、共に、ロシアが生んだ20世紀を代表するダンサーだけど、10歳ほど年下のバリシニコフが、ヌレエフ以上にマイケルを絶賛していたのは、ポルーニンも束縛されていると感じた、バレエダンサーがもっていない自由を、マイケルがもっているように感じたからなのかも。

バリシニコフは、マイケルの痛みも、それに耐えた精神力についても、よくわかっていたのだとは思うけど・・・。

◎参考記事「ヌレエフとバリシニコフ」

引退作品として、「Take Me to Church」の映像を発表したポルーニンは、その後もまだ、ダンサーであり続けているのだけど、彼の苦悩や痛みを感じることのなく、この才能を享受できるなんて、観客はなんて幸せなんだろう。

映画で使われる音楽にも興味しんしんだったけど、最初にかかったのは、なんとブラックサバス!でも、たしかに、ポルーニンのタトゥーってそっち系が多いかも。



[PR]
by yomodalite | 2017-07-20 00:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(2)
f0134963_09233859.jpg


カンヌで「観客と批評家にとってのパルムドール」と言われ、各国の有力誌もこぞって2016年のベスト1に選び、ジャック・ニコルソンによる、ハリウッド・リメイクも決定したという作品。

ヒトラーが絡んでなくて、コメディとか、ヒューマンドラマという、ドイツ映画なんてめずらしいなぁと思って観に行きました。

主人公は、出っ歯の入れ歯や、変なメイク、妙なズラとか、子供みたいなイタズラが大好きな「父親」なんですが(トニ・エルドマンのことですw)、

とにかく、この「父親」、開始1分を待たずに、もうウザくて、

面倒くさいタイプだと聞いてはいたものの、ここまでとは・・というレベル。

オヤジギャグ連発・・なんていう話も、イメージしていたのとは、ちょっと違ってて・・・

もう「娘」だったら絶対に耐えられない、本当に困るタイプ!

全体を通して「腹がよじれるほど面白く、驚きの連続。正真正銘、観客を楽しませる」(ロサンゼルス・タイムズ評)とは言いがたく、私を含め、客席から「くすくす笑い」が起きる頻度はかなり少なかったのですが、この父親と娘の違いを笑い、この映画を評価しなくてはならない、と思うヨーロッパの事情のようなものは伝わってきて、笑うしかない、という感じでしょうか。

2016年の映画なので、さぞかし、多様性あふれるドイツの姿が見られるのかと思いきや、黒人もヒジャブをかぶった女性も難民もいなくて、私たちがイメージするドイツ人が登場し、娘(イネス)が仕事で来ているルーマニア(ブカレスト)がシーンの大半を占めています。

コンサルティング会社のエリートである「娘」は、石油会社の合理化を図るために、石油採掘場所である、ブカレストに来ているのですが、娘を含めたドイツから来たビジネスマンたちと、ルーマニアの人々との格差がエゲツなくて・・ルーマニア人を同じ人間と感じているのは、ウザい父親だけ。

それで父は、ますます娘の生活を心配するようになっていく・・

娘が、父のムチャぶりで、急遽ホイットニー・ヒューストンの『Greatest Love Of All』を歌わせられるシーンがあって、字幕に歌詞が出たことで、はじめて歌の内容を意識したんですが、元々モハメド・アリの伝記映画のために作られた曲だったんですね。



まずは自分を愛せるようになること
それが何よりも最高の愛だから・・・

ドイツの繁栄の陰には、ルーマニアを始め、搾取される一方の東欧の貧しい国があり、父のウザい行動の数々には、不感症になっていく娘への思いが・・・

たっぷり162分の上映時間をまとめてしまうと、そんな感じなのですが、ジャック・ニコルソンによるハリウッド版は、きっとドイツとルーマニアじゃないよね、どうするのかなぁ。。

終盤で「母親」の葬儀があって、生前、彼女から葬儀のときかけてほしいと言われていたのは「ハリー・ベラフォンテ」。ここにも娘へのメッセージが込められているのだと思いますが、トニ・エルドマンも「あの黒人の・・」と言い添えていて、母も娘も、重要な局面で、黒人の歌を、ということみたいです。

とにかく、ハリウッド映画のようにわかりやすい作品ではなく、エンディングまで、微妙なポイントに目が離せない映画でした。


[PR]
by yomodalite | 2017-06-29 09:46 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
f0134963_11122245.jpg


三島由紀夫の『美しい星』が原作と知って、観に行かねばと思った映画。

吉田大八監督は、この作品だけは自分が映画化すると、原作に大変な思い入れがあったとは聞いていたものの、最初、物語の中心となる一家の父親が、地球温暖化に危機感を抱くテレビ番組の気象予報士だということに、小説との違いを感じて、ちょっぴり不安を感じつつ観ていましたが、徐々に1967年に発表された小説の斬新さを、現代に甦らせようとする熱意が伝わってきて、原作を読んでいる人にも楽しめる映画だと思いました。

『美しい星』は、UFOや宇宙人が登場することで、三島作品の中でも異色だと紹介されることが多い作品ですが、実は、これこそ三島由紀夫!と言いたくなる、三島にしか書けないような作品で、

この小説はきわめて耽美的、芸術至上主義的であり、もっとも社会的でありながら、もっとも反現実的である。明治以来の日本の近代文学にかつてなかった型破りの小説・・・
人類の運命に関する論争の場面は、手に汗を握るような迫力・・・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」の章を思い浮かべた・・・
作者は核兵器という人類を滅亡させる最終兵器を自らの手でつくりだした現代という状況をふまえて、人類の存在の根源を問おうとしているのだ。(新潮文庫、奥野健男氏の解説より)

というような小説なんですよね。

映画では、リリー・フランキーが演じている一家の父親がコミカルで、宇宙人だと意識している家族と、政治家との関係なども、かなり単純化されていて、耽美的とか、芸術至上主義的な印象もないと思いますが、知性も感情も劣化した現代では、三島が描こうとしたレベルを想像することさえ難しくなっていますし・・。

没後何年も経ってから、作品に出会った者には信じられないことですが、文学者だけでなく、あらゆる分野の中でも、日本最高の知性を持ち、死の瞬間まで「流行作家」だっただけでなく、小学生でも知っているほどの「有名人」でもあった三島は、きっと、この映画を楽しんで観たでしょう。

遠い未来を見通すほどの鋭い知性と、完璧な美を追求する繊細な感覚。この両方を兼ね備えた、数百年にひとり現れるかどうかというような稀有な天才が生み出した作品を、いつか、私たちが理解できるときまで、今後も三島作品がたくさん映画化されますように。

小説は、見てから、読んでも、また違った感じですごく深いです!



[PR]
by yomodalite | 2017-06-01 09:52 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
f0134963_11243858.jpg


前日まで、観たい映画がなかったのですが、毎週1本映画を見るノルマを果たさなくては・・・という気持ちから、上映作をサーチしていったところ、こちらのイタリア映画がひっかかってきました。

現代のイタリア映画ってほとんど観られないし、2015年にイタリアでヒットした、ヒーロー物がどんな感じなのかなんて想像もできないし、永井豪原作の日本のアニメが関わっていたり、タイトルもなんか変だし・・

主人公が不死身で、一風変わったヒーローものというと、最近のラインナップである『無限の住人』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー・リミックス』という、日米伊の比較にもなって面白いかも。そんな感じで観に行ったのですが、

ちなみに、ヨーロッパで、永井氏がとても尊敬されていることは聞いていましたが、私自身は『デビルマン』をコミックで読んだだけで、『鋼鉄ジーグ』のこともまるで知らなかったのですが、映画を楽しむ上では問題なく、

一応の予備知識としては、

主人公が、司馬 宙(しば ひろし)という名で、優秀な科学者でもある父によって、サイボーグにされていることや、「鋼鉄ジーグ」の熱狂的なファンである、アレッシアがいうヒミカとは、永い眠りから覚めた後、3人の幹部を従え、地上征服に乗り出し、鋼鉄ジーグと激しい戦いを繰り広げる、邪魔大王国の女王なんですが、彼女は自分の父親を、その幹部のひとりだと思っていることぐらいでしょうか。

冒頭からしばらくの間、リアルな裏社会の描写や、テロ事件への抗議行動など、『ガーディアンズ』とは違う生々しい現実感があって、しかも、主人公はキムタクとは正反対のリアル親父系だし・・・またもや残酷描写に弱い私には、観られない場面が続いたあと、主人公が自分の驚異的な力に気づいてやったことといったら、

脳みそまですべて筋肉っ!というような馬鹿力を使ったドロボーなうえに、奪ったお金で買ったものも「バカ」がガチ過ぎてドン引きするレベル。しかも、トラウマから精神に異常をきたしている若い女の子アレッシアが、王女のドレスを試着しているときにやったことといったら、もう本当に哀しくなって・・とにかく、ヒーローの資質など、微塵も感じられない男なんですが、

物語は徐々に、『ダークナイト』を思わせる展開(?)になっていきつつも、米国のヒーローもののように、市民や警察官が巻き添えになったり、無関係なところで、簡単に破壊が行われたり、ということがなく、意外にも後味は悪くありません。

『ガーディアンズ』を観たあとなので、エンディングがたった1曲で終わってしまうなんて、短いような気がしてしまいますがw、歌っているのは、主役のエンツォを演じたクラウディオ・サンタマリアで、『鋼鉄ジーグ』のテーマソングらしいのですが、すっごく渋くて、「2」が出来そうな匂いもちらほら・・

で、そのときはまた見に行くかもしれないな、と思いました。



[PR]
by yomodalite | 2017-05-25 11:28 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
f0134963_21521888.jpg


前作の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』から、もう3年も経ってたなんて、なんだか信じられないんだけど、続編である「リミックス」を観てまいりました。

今回は、クイル、ガモーラ、ドラッグス、ロケットと、前回の最後でベイビーに生まれかわったグルートの5人が、徐々に家族のような絆を深め、

アメリカのヒーローものには欠かせない「父と子」の物語が主軸にあって、ラベンジャーズのリーダーで、クイルの育ての親でもあるヨンドゥ、そして、ガモーラの妹ネピュラ・・といったいくつかの「家族」の物語のおかげで、人物描写も増していて、おバカなノリで「銀河を守る」というよりは、「家族を守る」という感じなんですが、

頭を空っぽにして、映画の世界に入り込めるすばらしい映像と、深くはないけど浅くない物語が、ちょうどいい漬かり具合で楽しめます。

アメリカ、ミズーリ州1980・・・というテロップで始まるんだけど、音楽は、前作よりも70年代の感じで、

(この年代の曲は、以前、学習wしたときも思ったんだけど、みんなヒゲだし、モミアゲだし、胸毛だし、とにかく毛量多い感じの曲が多くてw、お肌ツルツルな感じの曲は、ジャクソン5ぐらいなんだよね)

そして、そんな毛量の多いイケメンが、ピーター・クイルの「パパ」として登場するんだけど、『ナイトライダー』のことはギリギリわかったものの、デビッド・ハッセルホフの名前にピンと来なくて、ネタ的に「?」な部分もいくつかあったので、帰宅後、デビッド・ハッセルホフで検索してみると、お肌ツルツル&タトゥーブームから、そろそろ胸毛回帰へと移行しそうなことがわかりました(嘘)

ジャスティンが関わってるんだから間違いないw





最高ミックステープにマイケルがいない寂しさはなかなか拭いきれないけど、デヴュー当時のジョージ・マイケルの「ヘアスタイル」や、『Dirty MInd』の頃のプリンスの「胸毛」を思い出したりしつつ(調べていたら両方とも『ナイトライダー』放映前だった)、


f0134963_10034340.jpg


「スリラー」以前の世界である70年代の「イイ曲」を新たに発見するいい機会にはなったかな。


E.L.O初期のヒット曲





これぞ70年代SFの音楽みたいな曲だけど、
feat. ハッセルホフで、
サントラ唯一の「新曲」!





全曲「予習」しておきたい方はこちらで視聴可能
正式な予告編じゃなくて
超絶かわゆくなったグルートがいっぱい登場する方




[PR]
by yomodalite | 2017-05-18 10:41 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)

映画『無限の住人』

f0134963_01073631.jpg


キムタクと刀の組合せはサイコーなので、早く観たくてしかたなかった映画だったんですが、なんだかんだ色々と時間がとれなくて、昨日ようやく劇場へ。

いつも、水曜日のお昼過ぎぐらいに観ている印象で比較すると、「キムタクの映画」の観客は、女性率がかなり高かった。

それと、その時間帯も、私が観に行く映画のタイプも、ひとり客が多いのだけど、「キムタクの映画」では、女性のふたり客が多くて、男性の年代層も20代〜70代と幅広かったけど、そのほとんどが、彼女や奥さんと一緒のカップル客で、映画が始まる前も後も会話の声が賑やかだった。

映画が始まると、キムタクはすぐに斬りまくる。とにかく最後まで斬って斬って斬りまくる映画なので、殺人シーンに弱い私は、目をつぶってしまうシーンもいっぱいあったけど、やっぱりキムタクは魅力的で、主役を務めることの多い他の共演者たちの中でも、その「主役感」は圧倒的!ということを2時間通して確認できる、そんな映画。

ただ、監督は撮る前から、キムタクが不死身の肉体をもつ「万次」を演じる。というだけで、もうその出来栄えに満足してしまっていて、工夫のない脚本のせいで、せっかくキャスティングしても見せどころのない共演者がたくさんいたり、キムタクが極限まで肉体を駆使して出来上がった「絵」を繋ぎ合わせただけ。というもったいない映画でもあって、「キムタクの無駄遣い」について色々と考えてしまう・・

昔のヤクザ映画では、鶴田浩二や、高倉健に喝采をあげる男たちがいて、彼らが斬りまくることで、観客にもカタルシスがあったのに、今の日本では、とてつもない覚悟で「主役」を背負って、刀を振り下ろすキムタクを見守っているのは、女性たちだけで、「万次」が自分の命を使うのも、少女「凛」のため・・・。

その命、誰のために使うー

というのは、映画のコピーだけど、

こんな時代に「主役」でいつづける覚悟をもっているキムタクには、「万次」の孤独に重ね合わせられるような「孤独」がある。

そして、孤独から生まれる優しさが「色気」なのだと教えてくれるような役者も、やっぱりキムタクしかいない。

エンディングのMIYAVIの曲「存在証明」も、
キムタク自身に捧げられてる、と思えるようなそんな映画でした。





[PR]
by yomodalite | 2017-05-11 08:44 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
f0134963_17100365.jpg


サービスデーの水曜日に『ゴンドラ』という映画を観た。
ちなみに、先週の水曜日には『T2 トレインスポッティング』も観たのだけど、そちらは、下記のリンク先に書いてある感想とほとんど一緒だったので、ここには書かなかった。


2週間前からひいている風邪がなかなか治らなくて、この日も咳と鼻水に苦しめられていた上に、雨まで降っていて、出かけるまではかなり迷ったのだけど、今日出かけなかったら、もう観られないかもしれないという思いと、未だに旅行気分が抜けない大阪でまだ行ったことがなかった「九条」という街にも行ってみたくて、ギリギリの時間になって、ようやく重い腰をあげて、家を出た。

『ゴンドラ』は1988年の作品で、今回はリヴァイバル上映。伊藤智生監督には、AV監督としてTOHJIROという名前もあって、私がこの作品を観たかったのも、そのAV作品に衝撃を受け、森下くるみさんのような人が長くAVの世界で活躍されたのも、この監督の磁力によるものなんじゃないかと思っていたから。


映画は、新宿高層ビルの映像から始まる。そのビルの上空から下を見下ろしている窓清掃の青年と、小学校の水泳の授業中、プールサイドで生理が始まってしまう少女との出会いは、少女が飼っていた文鳥のケガから。

大方の想像とは違い、この映画の「少女」はまったく性的には描かれておらず、監督は、少女を「自分」と同じように捉えているようで、青年と少女の関係には、性差や年の差さえも感じられない。

決して特別な女の子ではない主人公の少女が、周囲と迎合できずにいるのは「孤独を知って」しまったから。そして、田舎から上京した普通の青年と共通しているのは、「起きているときも夢を見られる」ということ。少女は、音叉を魔法の杖のように使い、青年は窓を拭いているとき下の世界に海を見ると言う。

そして、自立した女であろうとする母から愛情を感じられない少女は、家を出て、青年と旅に出ることに・・・

映画には、都会の上空や夕暮れ、青年の故郷の青く澄み切った空も、それぞれに美しい「空」が幾度か登場したのだけど、エンディングは、その中でも一番美しい「空」だった。


f0134963_17253022.jpg



f0134963_17151199.jpg

シネ・ヌーヴォの写真は、スマホの消音機能付きのカメラで撮ったせいか、酷いピンボケ・・


f0134963_17282559.jpg

サントラ(1500円)にも惹かれたけど、今回はめったに買わないパンフ(読みどころが多くて丁寧な作りで500円)を購入。谷川俊太郎や切通理作氏の感想にうなづいたり、TOHJIRO監督が、かつて、私が東京で一番好きだった場所、あの六本木WAVEのオープニングビデオを監督されていたことを知る。


f0134963_17314565.jpg



迷ったけどやっぱり来て良かった。


f0134963_17384204.jpg


劇場を出ると、雨も上がっていた。
こういう映画を上映してくれるミニシアターがある場所には、独特の雰囲気を漂わせている街が多い。大阪のミニシアターは、十三(じゅうそう)の第七藝術劇場にしか行ったことがなかったので、シアターだけでなく、九条という街にも興味しんしんだったのだけど、上映中必死でガマンしていたこともあって、早く家に帰って目一杯うがいしたり、ティッシュを抱え込んでベッドでしばらく休みたいという気持ちが先立ち、あまり九条を楽しめなかった。

ただ、映画を見て私も旅をした気分になったせいなのか、なんだか、九条は大阪ではないみたいだった。ミニシアター系で働いている人は、どの街でもその街を代表する感じではないということもあるけど、劇場に行くまでに通ったナインモール九条、大阪には多いアーケード付きの商店街なんだけど、標語が標準語で書かれていて・・・

f0134963_17402428.jpg

「待った!スピードの出し過ぎ」は、大阪では「スピードを出し過ぎたら、アカン!」と書くのが “普通” なんだよねw

とにかく、、、

『T2 トレインスポッティング』は、前作を見た人しか見なくて良くて、前作を見た人も別に見なくてもいいけど、TOHJIRO監督のAVにお世話になったことがある人は、絶対にこの映画も観るべき!

でもって、別にお世話になってないというこのブログを見てくれている大半の女子は、公式サイトなどの情報を読んでじっくりと判断してねw

リヴァイバル上映に対する監督の思い・・
東京では4月28日まで 5月1日の夜にスペシャル最終上映があるようです。
他の地域の上映は、今後拡大中


[PR]
by yomodalite | 2017-04-27 18:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
f0134963_11103051.jpg



キャストは全員黒人で、主人公はゲイらしい・・そんな前情報から、黒人+LGBTというマイノリティを掛け合わせた、ポリコレ色の強い映画?という危惧もあったのだけど、全然そうじゃなかった。

ドラッグ・ディーラー、シングルマザー、治安の悪い地域・・・永年、黒人アーティストを通じて語られてきた世界が、初めてリアルに、しかも「社会的」という目線ではなく描かれた傑作。

最初から最後まで目が離せないほど美しい光と色、そして音楽。

映画が終わって、スクリーンから出ると、漂ってくるキャラメルポップコーンの香りが、いつも以上に甘くて香ばしくて、切なかった。

派手な映像はないけど、この「光」は、劇場で浴びた方がいい
私はこの一作で、映像作家バリー・ジェンキンスの大ファンになりました。
この予告編では、映画の素晴らしさが全然伝えきれてないと思う。

[PR]
by yomodalite | 2017-04-07 06:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback(1) | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite