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映画『デトロイト』

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[追記修正あり]1967年に起きた、アメリカ史上最大とも言われる暴動<デトロイト暴動>。そこで起きた“戦慄の一夜”を、女性初のアカデミー監督賞を受賞したキャスリン・ビグローが描いた秀作。

今、この時期に50年も前に起きた暴動事件を取り上げる監督の意図は明らかでしょう。つまり、これと同じことが、未だに起きている、ということ。

そして、実話を元にしていることで、ストーリー展開が想像できたにも関わらず、142分という長さを一瞬も気を抜けないほど緊密な映像でまとめ上げたビグロー監督の手腕もスゴい。

でも・・・

冒頭で、この暴動が、黒人たちの権力や社会に対する不満が爆発したことで勃発したことが、イラストで説明されるが、黒人たちは同じ街に住む、白人、アジア人、そして同胞であるはずの黒人の店さえも無分別に襲い、あちこちで放火がおき、多くの略奪が横行し、街全体が破壊されていった。

ウィル・ポールターが見事に演じた、人種差別主義者の白人警察官のクラウスは、無法地帯に陥った街で、商品を略奪した黒人を発見し、追跡の中で射殺してしまう。略奪者を見逃せば、さらに破壊が繰り返される、という理由で。

銃をもたない人間を背後から撃ったクラウスを、上司は厳しく叱責するが、彼の自分は正しいことをしているという意識は変わることなく、黒人への制裁意識は、その後におきた狙撃事件によって、一層エスカレートしていく。

観客は、クラウスがモーテルの客の中から狙撃犯を探すための行動に、怒りを抑えられないし、狙撃とは無関係の人間を殺してしまうクラウスの中にある「黒人差別」や、「白人至上主義」を憎まずにはいられず、司法による「正義」が行われることを心の底から望むが、現実は、それとはまったく逆方向へと進んで行き、裁判では、白人警官の罪は裁かれず、黒人への人種差別の溝の深さだけが浮き彫りになる。

なぜ、同じ悲劇が繰り返されるのか?
なぜ、人種差別はなくならないのか?

アメリカが、何度も何度も繰り返し問うてきたこの問いに、ビグロー監督はこれまでと同じ答えを、これまで以上に素晴らしい映像で表現した、とは思う。

しかし、白人警官の罪が裁かれなかったのは、本当に「黒人差別」だけなのだろうか?

裁判で証言した黒人たちの “前科” は、彼らが常に警察官に疑われているという「不公平」を表しているようにしか見えないが、

暴動により、日々真面目に築き上げてきた店や、住む家が破壊され、商品や蓄えてきたお金を奪われた人々の怒りや哀しみは?

そして、現状への不満を、自分が住むコミュニティにむけ、大勢の無実の人々を恐怖に陥れ、自分本位の行動から、破壊と略奪を繰り返した黒人の罪は?

ビグロー監督は、クラウスに童顔の役者をキャスティングすることで、差別主義者が無知であることを強調し、

モーテルの一夜では、暴動行為とは無関係の善良な黒人と、彼らに行為的な白人女性を何時間も拷問したうえに、殺人まで引き起こしたことで、無実の黒人と、無知の白人至上主義者という構図を際立たせたが、この映画には、街を無法地帯に追い込んだ黒人たちの姿はまったく描かれていない。

それで、彼女は真実を描き、「声なき声」を聞いたといえるのだろうか?

ウィル・スミスが、「これから何度でも繰り返し観たい最高の映画」と評した『ジュピターズ・ムーン』とは違って、この映画では、善と悪が明確に表現されている。



アメリカン・アーティストには、「人種差別」という型通りの見方や、正義を乗り越える努力こそが必要なのでは?と、私には思えてならないけど、この道を進み続けることが、アメリカに科せられた「宿命」なのかも。

☆どの俳優の演技も忘れられないほど印象深いのは確か!
予告編を見るなら、海外版予告(日本語字幕)が一番かな。

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by yomodalite | 2018-02-09 00:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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宙に浮く少年の存在が世界を変えるというような予告編には、興味をそそられなかったのだけど、ハンガリーの映画で、この少年がシリア難民ということを知り見に行ってみたら・・・大正解でした。

『ジュピターズ・ムーン』というタイトルからは、SF的なものを想像しがちですが、この映画はSFエンターテイメントではなく、まさに今の世界を描いた映画で、その言葉の意味については冒頭でこんな説明があります。

木星には67の衛星があると言われ、ガリレオ・ガリレイによって発見されたヨーロッパの語源と同じ綴りで表される衛星「EUROPA(エウロパ)」は、地表が厚い氷に覆われ、固い表層の下には塩水が流れ、生命体が存在する可能性も示唆されており、人類や生命体の「新たな命の揺りかご」となり得るという声もある。

ハンガリーの俊英、コーネル・ムンドルッツォ監督は、難民が押し寄せるヨーロッパを、この「エウロパ」として表現し、世界の物語として観てもらうことに意義があるとして「ジュピターズ・ムーン」と名付けているんですね。

ハンガリーについては、「ヒストリーティーザー」が舞台にしていたことから興味をもつようになったのですが(ブログ内検索で「ハンガリー」を入力。もしくは、タグの「ヒストリー・ティーザー」見てみてね)

正義と苦悩、そして神や天使といった概念、カトリックからプロテスタント、帝国文化から社会主義へと、ヨーロッパの中でも繁栄と没落を経験し、繰り返し体制が変換したハンガリーを舞台にすることで、監督は正しい側にいたいと望む人々のどちら側にも立つことなく、世界の今を描いていて、この宙を舞う少年が、天使ではなく、世界を変える力もない・・・という物語にしたところが素晴らしい。

カンヌ映画祭で、ウィル・スミスが、「これから何度でも繰り返し観たい最高の映画」と絶賛したのも、正義に毒されたハリウッドの今後にほんの小さな希望の光を見た気分。

前作『ホワイトゴッド・少女と犬の狂詩曲』も見てみなきゃ。

スカパー!

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by yomodalite | 2018-02-01 11:19 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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2PACの壮絶な生きざまを描いた『オール・アイズ・オンミー』

山あり谷ありを繰り返しながらも、2時間ほどでまとめて語れるというのが、人々が求める物語だとするなら、

ブラックパンサーに所属する革命家の両親のもとに生まれ、逮捕されたときも、自らが弁護士をつとめて無罪を勝ち取るほど知的な母親から教育を受け、各地を転々とする生活の中でシェイクスピア演劇を学び、映画俳優としても、ラッパーとしても大成功を収めながら、25歳で撃たれて亡くなってしまった彼ほど映画にフィットする題材は稀だと思う。

2PACは幼い頃から、周囲から、何かになることや、変化を起こすことを期待されていた。

「俺がサグライフを選んだわけじゃない。サグライフが俺を選んだんだ」

スターになるというのは、自分を物語化することだということもわかっていた。

「ラップアルバムを作るときは、自分自身を訓練する必要がある。いつでもキャラクターになりきらなければいけないんだ」

そのやり方でどこまで上がれるのか、彼が物語の結末に恐れながらも、突き進んでしまったのは、自らに課せられた運命として、伝説になることを拒みきれなかったからのように思える。

そして、そんな伝説は実際に映画になった。

ミュージシャンの人生を題材にした映画には、顔立ちが似ている役者が選ばれている場合もあれば、実際よりも見栄えのする俳優がキャスティングされていたり、まったく似てなくても、役者の魅力やカリスマ性、歌や演奏といった能力で選ばれているものもあるけど、新人俳優であるディミートリアス・シップ・Jrは、2PACに似ていることで選ばれたタイプ。

ただそのせいで、主演級の俳優でもあった2PACと比較すると、ハンサム度においても、知性やカリスマ性においても、演技力においても、すべてが劣ってみえて、映画が始まってしばらくは、顔がアップになると気になってしかたなかったのだけど、中盤を終えたあたりから徐々にディミートリアスの肉体の中に、2PACが重なってみえてきて、特にパフォーマンス中などは、実際の映像を使っているかと思うぐらい自然に見えた。

わたしは、母アフェニ・シャクールが監修し、全編2PAC自身の言葉で綴られているドキュメンタリー『レザレクション』も見ていたし、個人的には、Digital Underground 時代や、少年時代のエピソードがもっと欲しかったのだけど、『オール・アイズ・オンミー』は2時間映画としての分かりやすさがあって、また、ビギーや、ドクター・ドレも、シュグ・ナイトもみんな似ているキャスティングがされていて、ミュージシャンの伝記映画で、こんな風に登場人物全員と実際を比較できる映画も、わたしには初めてのことだった。

自分が年をとったから・・という部分もあるけど、でも、デヴィッド・ボウイも、プリンスも、そして、MJも、人生のすべてを描いたというような映画にはなっていない。エイミーや、2PACのように、20代で亡くなるというのは物語としてだけでなく(商業的な部分においても)とにかく映画向きなのだ。

最近読んだアレサ・フランクリンの伝記で、彼女が自分を語ることにとても慎重だったことに驚いたけど、
マイケルや、ダイアナ・ロスも、エリザベス・テイラーも、とかく長く活躍した人物の物語はむつかしく、自伝もつまらなくなりがちなのだけど、マーロン・ブランドや、ハワード・ヒューズといったマイケルが尊敬した天才たちは、生前からそういった世間のストーリー化に抵抗し、

マイケル自身もそうだったことを知ってからは、長く才能を維持することで、いくつもの物語を抱え、多くの視線を長く受け止めながら(All eys on me)、世間が認識しやすいストーリー化を拒むようなアーティストにしか感動しにくくはなっているんだけど・・。


映画で、2PACが死の直前、
今この曲にハマっているといっていた曲




コメディ感覚を取り入れて成功した
Digital Underground 「The Humpty Dance」




この映画の字幕にも関わっている丸屋九兵衛氏による基礎知識。映画を観る前の情報という以前に、面白い話が満載!(前、中、後編)

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by yomodalite | 2018-01-25 17:29 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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何かとやらなきゃいけないことが迫ってきて、色々とあせってしまうことの多い年末ですが、冬空に似合う映画を見てきました。

最初、タイトルを見たときは、物心両面で支えていた弟テオとの手紙を通して、ゴッホの人生を描く、これまでにもあったような物語を想像していたのですが、全然そうではなくて・・・

ゴッホの絵に描かれていた人々が、ゴッホのタッチそのままのアニメーションになって、死の真相を探るというアートサスペンス。


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(郵便配達人ルーラン)


友人だった郵便配達人ルーランは、1年ほど前に自殺したゴッホが弟テオに宛てて書いた手紙を出し忘れていて、息子のアルマン・ルーランに手紙を届けてほしいという。


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(アルマン・ルーラン)


父の願いを聞き入れた息子アルマンは、テオの消息をつかめないまま、パリへ旅立ち、画材商のタンギー爺さんを訪ねると、兄の死にうちひしがれたテオは、半年後、後を追うように亡くなっていた。


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(タンギー爺さん)


ゴッホの最期を知るうちに、その死に疑問を抱くようになったアルマンは、精神科の主治医だったポール・ガシェや、


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(ポール・ガシェ)


その娘マルグリットに会い、一般的には銃による「自殺」とされているゴッホの死に、不可解な事実が隠されていたことを突き止め・・・。


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(マルグリット・ガシェ)


ゴーギャンとの友情が破綻し、耳切り事件を起こしたことはよく取り上げられますが、アルルの村での生活や、村人との交流、そしてあの絵のモデルたちとの関係を通して、彼の日常や、その狂気についても、これまでとは少し違う、ゴッホに出会えて、

エンデイングで、Don McLeanでおなじみの「Starry, Starry Night」のカバーが流れ、映画館を出て家に着くまでの寒空が少しだけ輝いて見えました。





この映画は画面に字幕が入らない方がキレイなので、吹替版の方がいいかも(主役のアルマンの声は山田孝之!)。また、通常のシネマサイズではなく(4:3)、油絵タッチのアニメなので、劇場ではいつもより前方の席をオススメします。

関連記事・・・


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by yomodalite | 2017-12-28 10:37 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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十代のときに『エル・トポ』を見たときは、後々、ホドロフスキーのことがこんなに好きになるなんて思ってもみなかったのだけど、

全世界驚愕!ホドロフスキー88歳にして第2黄金期へ。ひょっとしたら50本ぐらい楽勝かも知れない自伝シリーズ第2作は「最も元気な前衛映画」! 

という、菊地成孔氏のコメントに完全に同意しますw

主要スタッフや、キャストを集め、絵コンテ迄制作されながら、制作が中止された映画『DUNE』の始まりから、後世の映画界への影響についての証言といった貴重なエピソードだけでなく、ホドロフスキーのしゃべりの上手さに引き込まれる傑作ドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』のあと、すっかりその魅力にまいってしまっていた私ですが、本作は、超絶面白い自伝をすばらしく映像化した『リアリティのダンス』の待ちに待った続編で、

前作で少年時代のホドロフスキーを演じた映画初出演の美少年は今回も登場し、父親と青年期以降のホドロフスキーをふたりの息子が演じ(ホドロフスキー役の息子が、父以外でもっとも影響を受けたのは「座頭市」と「子連れ狼」!)、そして、あのオペラが上手な母親は、今回、青年期のホドロフスキーの恋人の二役を演じ分け、制作費はクラウドファンディングで調達したという、低予算映画なのですが、

何百億円もかかっているハリウッド映画よりも、ずっと芳醇な世界に浸れました。

こちらは、劇場で買った「Present」という本。


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若者の力になり、誰かの役に立つように、とホドロフスキーがTwitterに投稿した、200の言葉がまとめられています。


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他にも、

うちの猫が枯葉を追いかけている。
私は自分にある思い込みを想う。
波はひとつとして繰り返されることがない。
私だけが私を繰り返している。

とか、

いつでも自分自身であるように、
たくさん変わりなさい。

とか、もうどのページを開いても珠玉の言葉ばかり!

スカパー!

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by yomodalite | 2017-12-07 15:06 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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WOWOWで偶然見た、『キー・アンド・ピール』という冠番組をもつ黒人コメディアンコンビが主演の映画。

ロサンゼルス郊外に暮らす平凡な青年、レル(ジョーダン・ピール)は、恋人に振られ、引きこもり状態だったものの、仲良しのいとこで、妻と娘をこよなく愛する真面目な常識人クラレンス(キーガン=マイケル・キー)が訪ねてみると、レルはすでに失恋から立ち直っていて、たまたま拾った子猫に、ハワイ語で「涼風」の意味もつ「キアヌ」と名付け、そのキュートさに夢中になっていた。クラレンスの妻ハンナと娘が、友人のスペンサー一家と週末旅行に出掛けると、家族から解放されたクラレンスとレルは仲良く映画館へ。しかし、夜、レルの家へ戻ってみると、部屋は荒らされ、キアヌの姿はなかった。隣に住むドラッグの売人に、怪しい奴が来なかったかと問い詰めると、麻薬取引の縄張り争いでトラブったグループ「ブリップス」が犯人に浮上。愛するキアヌを取り戻すため、レルとクラレンスはブリップス一味のたまり場へと乗り込み、ギャング同士の抗争に巻き込まれていく・・・

といったストーリーで、子猫とブラックカルチャーが好きな人には、ちょっぴり楽しめそうな2016年の米国のコメディなんですが、

人種間の溝がいっそう深まったと言われた、ヒラリーとトランプによる熾烈な大統領選挙の最中に封切られたこの映画には、ある意味、白人至上主義に火をつけることになった、ギャングやドラッグといった都市文化をフューチャーした黒人分離主義的なラップミュージックによって蔓延した黒人のイメージを覆して、笑いにし、全体を通して、人々の間の緊張や分断を和らげるといった意図が感じられ、

ジョージ・マイケルを神と仰ぐクラレンスが、黒人がやっている音楽にしか興味のない若い世代の黒人に、ジョージの音楽を教えるなど、この映画では、ジョージの曲が重要な場面のネタになっているだけでなく、

映画のコンセプト自体が、白人アーティストとして史上初の最優秀R&B男性アーティストと、最優秀R&Bアルバムを受賞した(しかも、『BAD』のマイケルと『Don’t Be Cruel』のボビー・ブラウンという黒人のスーパースターを抑えて!)ジョージ・マイケル無しではありえなかったという内容なんですね。

マイケルが黒人音楽の垣根を壊したと言われていた時代、ジョージも白人の枠を超えて、黒人社会に愛されていたということを思い出させてくれるような映画が、2015年から制作され、2016年のジョージが亡くなる数ヶ月前に公開されていたなんて・・・

私には、子猫のキアヌの可愛さ以上に、ほんのりと心が温かくなった映画でした。





映画で使用された曲の中から、
クラレンスが怪しげな解説をしていた「Father Figure」をライブVerで。




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by yomodalite | 2017-12-04 19:32 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(3)
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あらすじーーー
スーザン(エイミー・アダムス)は夫とともに経済的には恵まれながらも心は満たされない生活を送っていた。ある週末、20年前に離婚した元夫のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から、彼が書いた小説「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」が送られてくる。彼女に捧げられたその小説は暴力的で衝撃的な内容だった。才能のなさや精神的弱さを軽蔑していたはずの元夫の送ってきた小説の中に、それまで触れたことのない非凡な才能を読み取り、再会を望むようになるスーザン。彼はなぜ小説を送ってきたのか。それはまだ残る愛なのか、それとも復讐なのか――。


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トム・フォードの監督2作目の作品。
グッチや、サンローランのデザイナー兼クリエイティブディレクターとして、ファッション業界の大スターだった、トム・フォードの映画は、第1作の『シングルマン』でも、おしゃれでスタイリッシュという評価が多かったのだけど、実は、ファッションよりも映画の方が・・と思うぐらい、素晴らしい映画監督で、

『シングルマン』では、同性愛の大学教授が、恋人を交通事故で失い、生きる価値を見失うというストーリーで、主人公のゲイへの目線には、同性愛者にしかわからない感覚に助けられていた部分もあったように感じたけど、『ノクターナル・アニマルズ』には、同性愛は登場せず、

主人公のスーザンは、アートギャラリーのオーナーで、現代アートやハイファッションが登場するシーンも多いものの、それとは真逆といえるホワイトトラッシュの世界も描かれていて、いわゆる「おしゃれ映画」ともまったく違う。

『シングルマン』のコリン・ファースもすごく魅力的だったけど、この映画でも、トム・フォードの俳優、特に男優を選ぶ目が冴えていて、全員がとても印象に残る演技をしている。

カズオ・イシグロがノーベル文学賞をとったとき、英文学を担う人がいてくれて良かった、とイギリス人に評価されたそうですが、トム・フォードには、ハリウッドからすっかり消え去ってしまったアメリカ文学の香りがする。

この作品でトム・フォードは、私が次回作にもっとも期待する映画監督になりました!


スカパー!

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by yomodalite | 2017-11-17 00:30 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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先週までをおさらいしてみるw
前日、家で『最終版』のDVDで復習した後、『ブレードランナー 2049』を見に近所の映画館へ。水曜日だったのに、私が座った席の列では、私以外はすべて男性という客層に驚いたんだけど、

人はなぜ生まれてきたのか?という問いは、男性の方がより持ちやすいのかも。

福岡伸一氏によれば、生命誕生から10億年、地上にはメスしか存在せず、「生命の基本仕様」はメスだった。しかし、地球環境の変化により、生物は多様な遺伝子を作り出そうとし、その結果、メスの遺伝子を掛け合わせる存在として「オス」が誕生したという。

聖書が男性中心なのも、新たに生まれた彼らには、マニュアルや、プロトコルが必要だったからで、その過程の中で発見された「アメリカ」は、新天地の開拓から歴史が始まっているので、他の国に比べて、より男性中心なのね・・・みたいなことをちょっぴり思いつつ、

2時間半以上の上映を堪能した3日後、日本初の「IMAX次世代レーザー」があるという大阪エキスポシティの巨大スクリーンでも、再度見た。

普段、上映前の情報はあまり必要とせず、むしろ避け気味の私なんだけど、今回の続編に関しては、公式ホームページの「予告/動画」にある、渡辺信一郎監督による、すっごくレベルの高い、前奏アニメ「ブレードランナー ブラックアウト 2022」「ブレードランナー ブラックアウト 2022」、「2036:ネクサス・ドーン」「2048:ノーウェア・トゥ・ラン」の3本を見ておく方がより楽しめるかも。



で、その次の週に見たのが『ブルーム・オブ・イエスタディ』。
ナチスやヒトラーとまったく関係のないドイツ映画なんてあったかな?と思うくらい、ユダヤ人虐殺という罪に呪縛されてきたドイツ映画だけど、2015年の『帰ってきたヒトラー』など、ようやく、新しいタイプのナチス映画というか、

『MJ Tapes』でマイケルが語っていたように、被害者以外の人間が罪を問うことで、新たな世代のドイツ人にも責任を押し付けるのはやめようといった趣旨が感じられる、よくできたドラマだと思いました。



読書では、『リトルプリンスー星の王子さまと私』の余韻で、『星の王子さま』をヴァージョン違いで2回読んだ以外、新刊本ではこれは!と思う本には出会えてなくて、我らのキングの未出映像を見るのにも忙しかったりしつつ(みんな知ってると思うのでここには貼らないw)、他に映像関係では、CSで、『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』という新海誠作品を見て、映画館で見て以来だった『君の名は。』も、2度目の方がなぜか感動したり・・。



羽生君のケガが残念だったNHK杯では、ランビエールのコーチぷりが、なぜか現役時代に負けないぐらい魅力的で、彼がリンク外で見守ってるとことか、キスクラとか、なんか別の意味で、デニス・ヴァシリエフスに注目しちゃったりしてたんだけど、それにしてもNHK、日本選手を優先するのはわかるけど、優勝したボロノフや、2位のリッポンのエキシビジョンを放送しないって酷すぎない?


ロシアのスケーターって大好きなんだけど、
EXでの音楽の趣味については、いつも残念・・・





それに比べて米国選手の「曲」にはいつも注目しちゃって、コールドプレイの「O」も、リッポンが滑ってくれたおかげで知ったイイ曲だったんだけど・・・






今回のリッポンのEXはなんと「歌」!(驚)






ジェイソンが選ぶ曲はいつも楽しみなんだけど、今回SPは「ハミルトン」から、「The Room Where It Happens」。EXも「DEAR EVAN HANSEN」で、どちらも今話題のブロードウェイミュージカルの曲なのね。






そういえば、カーニバルオンアイスの高橋大輔が素敵だったので、


Carnival on Ice 2017
高橋大輔 「Gilty Crown - Krone」





「ギルティクラウン」っていうアニメも見なくちゃいけないんだったww




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by yomodalite | 2017-11-13 17:02 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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『ギミー・デンジャー』に続いて、ジム・ジャームッシュ監督の映画。
前作の『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』は、監督の趣味と美学に付いていくのが面倒くさくなった映画だったので、今作にもまったく注目していなかったのだけど、その日ダーリンは急に飲み会だと言うし、このところ妙に雨降りばかりだけど、その日も朝からずっーと降り続いていた日の夜、ふと、この映画のポスターが目に留まって・・・。



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パターソンは、アボット&コステロのルー・コステロが今でも街一番の有名人という、ニュージャージー州にある街。そこに住む、街と同じ名前のバス運転手のパターソンは、心に芽生える詩をノートに書きためていて、部屋もファッションもすべてを白と黒に染めあげようとする、キュートなアラブ系の妻ローラと暮らしている。



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登場人物が、詩やアートを愛する人物というのは、ジャームッシュの映画にはよくありがちなことだけど、パターソンとローラには、『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』の2人のヴァンパイアのような選ばれし民感や、スノビッシュなところが全然なく、すごく普通なところに好感がもてた。


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パターソンが、仕事場の近くで出会った少女が読んだ詩に、「雨」が登場して、ああ、やっぱり今日観に行くのにぴったりな映画だったんだ、と思ったり、

最後に登場する日本の詩人が、「どこに帰るの?東京?」と聞かれて、「大阪」だと答える場面で、ジャームッシュわかってるなぁって思ったり・・・。


スカパー!

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by yomodalite | 2017-10-24 00:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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その日私は、ちょっぴり張り切って準備していたことが、急にキャンセルになるということがあって、ちょっぴり落ち込んでいた。ホントに取るに足らないことで、ショックを受けるほどでもないんだけど、それでも、こういうことを受け止めるのは、大人になったから出来ることで、子供時代にはできなかったなぁ、なんてことを思い出す。

子供には、学校と家という2つの社会しかなくて、そこから逃れる方法もないから、ささいな辛さでも受け止めるのはすごく大変なことだったけど、大人には色んな手段が使えるし、痛みも苦しみも、そのうち終わるという慣れや経験も豊富だ。

私は子供の頃、自由を感じたことなんてなかったから、子供時代に戻りたいなんて思ったことがない。

ただ、そのドタキャンの理由は、私のミスではないものの、誰が一番責任があるのか、と言われれば、やっぱり「私」しかいないみたいな状況で、誰かから謝罪を求められることも、怒られることもなく、逆に謝られたりもしたんだけど、やっぱり、自分の中ではさまざまな反省点が何度も「もやもや」と立ち上がってきて・・・

そんな時間を過ごしているうちに、ふと、録画してあった『リトルプリンスー星の王子さまと私』のことを思い出した。この映画のことは、マイケルの誕生日を祝うためのMIXのために、ネヴァーランドで流れていたクラシックや、MJと関連の深い映画音楽を聞きまくっていたことから発見したので、音楽の素晴らしさは知っていたけど、映像の方はなかなか見ることができなかったのだ。


原作以外の「星の王子さま」については、スタンリー・ドーネン監督の映画のみ、マイケル関連で見ていて、ボブ・フォッシーや、王子役の子供の可愛らしさが印象的だったものの、ミュージカル曲が苦手な私には、あのダンスにもっといい音楽が付いていたらいいのに・・(マイケルがミュージカル映画を作りたいというモチベーションもそういう理由にちがいない)と思ってみたり、




(マイケルに影響を与えたと言われるボブ・フォッシーのシーン)


また、この映画の惹句のように「ファンタジー・アドベンチャー」と言うのも、原作のダークなストーリーとは別物のように感じられ、この作品を子供も大人も楽しめるように創るなんて、そもそも無理なことだし、最近のCGアニメの絵柄にも不安を抱いていたんですが、

結果からいうと、今日のもやもやを晴らしてくれるような、素敵な作品でした。


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ストーリーは、原作の後日譚のような内容になっていて、良い学校に入るために勉強漬けの毎日を送る9歳の女の子が、名門校の学区内に引っ越してくると、隣にはオンボロの飛行機に乗ろうとする風変わりなおじいさんが住んでいて、女の子は、そのおじいさんから「星の王子さま」の話を聞くうちに・・・という設定。


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「星の王子さま」のストーリーに救われるのが「女の子」だったり、教育熱心なお母さんのことも、どこか優しい目線で描かれていて、アドベンシャーから女の子を除外しないところや、大人とこどもを敵対させない気配りとか、大人になった「王子」の描かれ方も、ドーネン作品のような無垢でかわいい子供というのより、私にはイイように感じられたし、

音楽が素晴らしいだけでなく、質感に変化のある映像も想像以上に良かった!

ただ一点だけ、これはこの映画に限らず、洋画を見ていていつも感じることなんだけど・・・

おじいさんが病院に運ばれるシーンで、女の子が救急車を追って走っているときに、自転車に乗った少年とぶつかってしまう場面があって、自転車に乗っていた少年は、ぶつかったことで、ケガをしたみたいなのに、それを見た女の子は謝りもせず、少年の自転車に乗って、救急車を追いかける。

とかく洋画の主人公は、車の持ち主にはなんの落ち度もないのに、衝突したり、窓を割ったりすることになんの抵抗もなく、さまざまな都合で、他人の迷惑を顧みず、自分の要求や行動を通そうとするよね。私は、少なくともこの場面では、ぶつかって自転車から落ちた男の子に、ひとこと「ごめんなさい」ぐらいは言って、自転車に乗って行ってもらいたかったんだけど・・・

欧米の、特に米国映画がこれほど同じようなシーンを繰り返すのは、世の中には、そんなことを無視してもやらなくてはいけないことがある、という「教育」なんだと思うけど、そういう国でセレブが銃規制について語ってもなぁ・・・(この作品はフランス映画です)。


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そして、「他人に迷惑をかけてはいけません」という教育を受けてきたのに、「戦うんだ」なんて言われても・・・



(私が観た字幕版では松任谷由実のテーマソングはかかってなかった)

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by yomodalite | 2017-10-17 12:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite