カテゴリ:マイケルの顔について( 48 )

ここまでの展開で、少しづつ理解して頂いているように思うのですが、
MJには、理由がひとつだということは、常にないと思うんです。

私は巷の真相論者のように持論を紹介したいのではなく、また、ひとつの結論に導きたいわけでもありません。

MJは、キング・オブ・ポップと讃えられ、自らそれをさらに拡大して受容した男ですから、歌詞の解釈であろうが、何であろうが「本当に」とか「もっとも表現したかった」というような言い方は、彼の場合、特に注意深く避けるべきだと考えています。

とはいえ、今までにまったく受入れられていないような「理由」や「表現」の可能性があると思われる場合、どうしても、そこを説明しようとするあまり力が入ってしまう場合もあります。でも、それは私がもっとも主張したい点だったり「結論」として集約したいというわけではない。ということを、どうかご理解くださいませね♡

(3)で、ヒストリーツアーで、何百万人もの女を散々悩殺した後は、また別の“顔”をと、考えるのが、MJだと思うんです。

と書きましたが、その顔のひとつは「モンスター」だと思います。

彼はこの頃、整形や演技やメイクを駆使して「モンスター」を表現しているんだと思います。世界中に彼の成功を知らしめた「スリラー」でも、彼は「モンスター」を演じていましたが本当に怖がられることはなかった、というか、恐れられてはいたものの、貶めることで勢いを削ぐことができると軽んじられていたわけです。

この頃のデンジャラスのパフォーマンスや、SONYへのデモ行進などを見ると感じられるんですが、彼はより Invincble で、Unbreakable な「怪物」を演じようとしていたのではないかと思うんです。


ただ、マイケルの場合はチェンジではなくて、常に足し算なんですよね。

例えば、ピカソは生涯に渡って画風が変化していますが、青の時代は、青の時代と呼ばれるような絵を描き、キュビズムの時代は、ずっとキュビズムの絵を描いている訳ですが、MJの場合、新しいスタイルを取り入れるときも、足していく一方というか、まさに顔といっしょで、すぐにまた元に戻ったりというか自由自在な感じです。

SONYへのデモ行進は、ユリ・ゲラーだけでなく、マジシャンのデイヴィッド・ブレインを同行させているんですねwこのマジシャン同行の気分は、“Unbreakable”の歌詞、特に大西氏が苦心されて訳されたラップ部分からなんとなく感じられるのではないでしょうか?

Uh, uh, what, uh
ライムからレモン、俺のD.C.女
専用エレベーター付きの高級アパート、少なくとも仲間10人連れて、
車はみんなテレビ付き。
気をつけろ、取り巻き連中が君のものを幻に変える。
消すんなら、9mmかマシンガンにしてくれ。
殺し屋は連続犯、カパーフィールドみたいに鮮やかに。
俺の夢は強烈、実現しようと必死に努力。
どこへ行っても、そこが俺の居場所さ。
そこらのブラブラしてるヤツが俺みたいな音を出せるって?
フザケンなよ?!
カツラを後ろに引っ張り、黄色の6台のクーペを押して
肘の長さまで弾丸を装着、
デイズインを掃射、泊まったホテル全部でぶっ放す。
自慢はやめろ、飽き飽きしたぜ、ミンクのコートが床までの長さだって。
BMのワゴンにはデザートイーズ、小型機関銃。
もし俺が死んだら、地元ブルックリンの連中にカタをつけてもらうぜ。
俺のダイヤの指輪の台に書いておくか、「お前は悪魔を相手にしてる」ってな。
何か文句あるか!

(訳詞「マイケルが遺した言葉」より)

☆(補足 part 2) に続く




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by yomodalite | 2010-05-04 11:28 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(16)
《MJの整形に関しての一般的な意見に関して》

「醜形恐怖」
プライベートな撮影を気軽に応じていて、撮影前に、無精ヒゲや、髪の乱れを直すことすらしていない写真が数多く存在していることの説明が出来ない。

「幼少時のトラウマ」
これがない人は、ほとんどいないので誰にでも当てはまるのですが、数多くの大ヒット曲がありながら、少年期、青年期のヒット曲を、晩年まで歌い続け、また、当時の写真をライブで使用するなど、MJは幼少時の自分を「否定」していない。むしろ、子供時代と大人の自分をこれほど並行して見せたアーティストがいただろうか。

青年期まで、多大な影響を受けた宗教を脱会した後も、その宗教を「否定」していないなど、MJは一般的な「若気の至り」や「若き日の過ち」程度ですら、自らの過去の否定をしておらず、むしろ、少年期から晩年に至るまで、驚異的な一貫性が感じられる。彼が、過去を問題にするのは、常に、その完成度に対してのみ。

また、前述のとおり、MJの顔がもっとも変化したのは、彼の最後のオリジナルアルバム『インヴィンシブル』の時期。「幼少時のトラウマ」説を信じる人は、このアルバムを聴いていないため、彼の成熟度をまったく理解していない。


《わたしの確信》

MJには、かなりのお笑い好きで、パパラッチに対してさえ楽しんでもらえるなら誤解されてもいいという懐の大きさがあり、苦しいときほど笑顔を、という精神が随所に見られます。ただし、子供に悪影響を及ぼすような報道と、子供を間違ってスポイルするようなルール(一緒のベッドで寝てはいけないとか・・)や、偏見は許さない。


《わたしの信念》

私は環境問題もチャリティにも少し冷めた感覚をもっていますが、

オプラショーでの彼の発言、

僕の使命?そうですね...人々の心に何かの贈り物をすることー
歌やダンスや音楽を通じて・・僕は芸術の申し子だと自覚しています。どんな芸術にも究極の使命があると信じます。物質と魂の融合、人間と神との融合、そうした結びつきこそ芸術の存在理由。世界の人々の心に音楽やハーモニーを贈る「魂の楽器」となること・・世界中あらゆる世代の人々のために....それが、神が僕を選んでくれた使命です。


と、“60ミニッツ”での、

子供を傷つけるぐらいなら僕は自分の手首を切る。

は、1000%以上信じています。ですからMJがいつもインタビューで、神とか子供について言っていることに対して、胡散臭く感じて、もっと別の真実があるはずだと思われている方とは最後まで平行線になると思います。

また、今後マーレー医師の裁判が始まり、MJの最後に関しての話題が大きくなると思いますが、たとえ、それがどんな結果であっても『THIS IS IT』が、彼の意志による最後の作品で、アーティストとしての勝利を完全なものにしたことに間違いはないと思っています。


《他の「真相」論者の意見に対して》

MJの整形に関しての「巷の真相論者」はまったく調べて書いていない。

自伝『ムーンウォーク』、姉ラトーヤの『インサイド・ザ・ジャクソンファミリー』、タラボレッリの『マイケル・ジャクソンの真実』から、都合のいい部分のみを引用し、そこからヒントを得たテキトーな「物語」のみで、MJの顔の変化とその理由の符号に関して確認した形跡が見られない。

『ムーンウォーク』は1988年までの内容、『インサイド・ザ・ジャクソンファミリー』の翻訳本出版は1991年。『マイケル・ジャクソンの真実』(原題:Magic and Madness は、海外ではMJ死後まで扱った完全本が出版されていますが、翻訳本の内容は1991年まで。彼らのネタが古いものばかりで、インヴィンシブル期をまったくわかっていないのは、そのため。


《インヴィンシブルから本日の1曲》



“Break Of Dawn” 

明け方、空にはまだ陽も昇らない。

明け方、君の瞳に映る。明け方、ねえ、わかって。

これが僕の愛し方なんだ。僕が君のものだと証明させて。

明け方まで。

(訳詞「マイケルの遺した言葉」より)


この曲は、Off The Wallに収録されている「I Can't Help It」をネタにしたデ・ラ・ソウルの「Breakadawn」に対して、これが完成品というお手本を返した曲。

◎ I can't help it - Michael Jackson
◎De La Soul - Breakadawn

“I Can't Help It”
自分を抑えられない、そうしたくても
そんなことはしない、そうできたとしても。
自分を抑えられない、そうしたくても。
でもそんなことはしないよ、ノー。
(訳詞「マイケルの遺した言葉」より)

なんてことを言っていた時代から、もう、めちゃめちゃ成長してますね!




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by yomodalite | 2010-05-02 11:15 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(9)
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(4)の最後の方で書いた「何らかの事情」のひとつは病気に関することになると思いますが、

私が興味があるのは、マイケルが「どのように歴史に残るか」という点で、彼が様々に仕掛けた“イリュージョン”の方により集中して考えてみたいと思っています。

病気や体調不良に気を取られ過ぎてしまうと、この超天才を理解するうえで障害になりかねないのではないかと。

マイケル=尋常生白班は、今や国民の常識だと思いますが、でも、MJがこれを嫌々ながらも告白した後、白くなった肌を更に白くメイクするようになったことは、ファンの間でも意外と理解できていないのではないでしょうか?

また、私が、MJへの誹謗・中傷以外でもっとも問題だなと感じるのは、「彼の良いときを覚えていよう」というような意見。病気説だと、彼の後半生が、どうしてもネガティブになってしまうし、「インヴィンシブル」の素晴らしさを説明しきれないでしょう。

私が、彼の顔について、必死に考えているのは、彼の整形に関して、散々浅はかなことを言いまくった人たちへの、心からの心配(笑)もありますが、「You Rock My Would」のビデオや、サイン会の映像で「インヴィンシブル」への評価を誤った、当時の自分への怒りの方が大きいんです。

わたしたちは、人は見た目が9割。というような現実に生きていますけど、幼い頃から芸能人だったMJは、もっと、そう感じていたはずですよね。

もう一度、マイケル・ジャクソンの顔について(4)で紹介した、MJの死後名乗り出た、顔に重傷の火傷を負った少年のことを思い出してほしいんですが、MJは、この少年が大人になるまで、どんな風に励ましていたんでしょうか?

神が自分を選んでくれたことを自覚し、ハンパない使命感を終世もち続け、キングになることも受容したMJなら、個人的に、この子を可愛がるだけではなく、「世界から偏見をなくさなくては」と、一生懸命になるんじゃないでしょうか?



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“PREJUDICE IS IGNORANCE”
「偏見とは無知なり」
(Black or WhiteロングバージョンSFより)



それと、マイケル・ジャクソンの顔について(6)で、

なぜか、ライブのときは、キモくて、授賞式などは、まあまあで、MJが言いたいような内容のスピーチのときは、美しさに力が入っているように、見えるのは、わたしだけでしょうか?

と、書きましたけど、これに異論はないですか?

「アメリカンバンドスタンド」ライブの4日後、民主党の主催のチャリティーイベント「エブリ・ヴォート・カウンツ」でのライブ、6月14日にジャナー上院議員に会ったときとか、6月15日のソニーのデモもキモくて、戻ったのは、7月6日のウェブスター・ホールのファンパーティーのように見えるので、授賞式、スピーチは微妙なんだけど、ライブがキモイというのは、ハズレがないように思うんですけど。。間違ってたら、早めに教えてね♡

とにかく、、、

キモかったときのことを、あらためて見直してみて思ったのですが、

これって、「演技」じゃないかな? 

三白眼と、病気との関連は大きいとは思いますが、この表情も、浮腫顔も、この頃にはよく見られましたが、インヴィンシブル期以降は見てないと思いません?

わたしが、裁判(2005年)のときのカッコいい写真を、散々見せた後に、これを書き始めた“企み”(笑)に、気づいて欲しいんだけど、

バシールドキュメンタリも「60ミニッツ」も、この頃のキモさとは違うと思いませんか?

「60ミニッツ」で、キモイのは、メイクだけで、2005年1月の声明も、その1ヵ月後の、リベラのインタヴューとか、裁判のときもキレイだし、裁判後は、ヒゲボサは、一杯あるけど、この頃のキモさに戻ったことは、ないでしょうか?


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☆下記のリンクは記事を書いた当時とは別のものに差し替えました。

アルバム「インヴィンシブル」の1曲目が、“Unbreakable” で、最後の曲が “Threatened”。

MJがこのあとの疑惑の再燃や、逮捕までも、想定していたという思うのは、私だけでしょうか?

完璧主義者のMJが「インヴィンシブル」(無敵)を発表してから、バシールの番組をきっかけに裁判が始まったんだよね?(言ってる意味が伝わってるかな・・・)

みんなが疑問に思った変顔SF「You Rock My World」はこんな歌詞でした。

◎和訳 "You Rock My World"

歌詞と音楽をよく聞いてみてね♡


☆(7)に続く



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by yomodalite | 2010-04-23 18:12 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(4)
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2001年・30周年記念コンサート)




とうとう(5)まで来ちゃいました。

個人的に、ワールドカップまでに一旦ケリをつけなきゃと思って書き始め、MJの白塗りメイク至上、もっとも最悪だった“60ミニッツ”までを書こうと思っているのですけど、想像してたより長くなって困ってます。この時期のマイケルの顔に疑問があって早く答えを知りたい人、ごめんなさい。

でも、

私は、彼の顔について、父親の虐待を聞いただけで、幼児期のトラウマによるものとか、何度か顔が変化して見えるだけで、醜形恐怖で整形を繰り返したに違いないとか、一般心理学を超テキトーに引用しただけで、この超天才を、まるでわかったつもりになっている人たちのように恥を晒したくないので、出来るだけ慎重に考えているつもりなんです。

彼の整形に関して、上記2つの理由に関しては、自信をもって違うと確信していますが、だからと言って、これが真実だと言いきることはできないので、いくつかの仮説を、みなさんと検証していきたいと思っていますので、今後もご意見やご感想をいただけると嬉しいです。

また、彼の音楽に顔なんて関係ないと思っている人も多いでしょう。

でも、彼は天才ミュージシャンだっただけでなく、同じくらい天才パフォーマーで、ソロになった初期の段階で

世界にたった1人しかいない、完全にオリジナルな「顔」を創造したアーティストでした。

私は、彼の顔の変化には重要な意味があるような気がしてならないんです。



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だらだらと引っ張っているようですけど、ここからは、本当に慎重に行きたいんで、どうかよろしく♡ 

それと、あらためてお願いしますが、キモイとかグロいとか、便宜上使わせていただきますので、どうかご理解くださいませ♡

で、さっそくですが、

マイケルの顔のキモい時期の中でも、この30周年記念コンサート(30th Anniversary Celebration, The Solo Years 2001)ほど、造形的にヤバい時期はないと思います。特に客席に座っているときの彼の横顔は、当時キモいを通り越して、グロいとさえ言いたくなるほどの変化が感じられました。

(ここでアップしている写真が、あまりそう見えないのは、MJの奇跡と、私の愛の合体技です)

前回の最後、

この頃の「顔」は、何らかの事情によって変化していて、MJはそれを気にするどころか、むしろ「転んでもただでは起きない」精神で、楽しんでいるのかもしれない。

と書きましたが、別の可能性も捨てきれていないんです。その別の可能性とは、

「彼はあえて醜くしている」(整形かどうかは不明)

というものです。

30周年コンサート前半は、様々なアーティストがMJのヒット曲を彼の前で演じるという構成なのですが、彼らに拍手を贈っている客席のMJの姿は、もうこれ以上見たくないと思ったほど激変していて、当時の私は混乱し、その感情を抑えるために冷めた感情を抱き、スターの哀れな最後を見たような気分でした。私と同じように思った人はとても多かったはずです。

ところが、他のアーティストたちのトリヴュートが終わって、最初にジャクソンズとして登場し、そのあとソロとして登場したMJには、もう、これまでに見たことも感じたこともないほど感動し、衝撃を受けました。わたしが、彼に本当にのめり込んだのは、まさに、このコンサートをTVで見てからなんです。

特に、“The way you make me feel”は、このときが、個人的に一番好きなので、これまでの彼のパフォーマンスと比べてみましょう。(私が当時見たテレビ放送はブリトニー出演Verではない方でした)



(1988年のグラミー賞)





(1997年ヒストリーツアー)




2日間行われた30周年コンサートでは、1日目のブリトニー・スピアーズとの共演では、これまでの「Way you〜」のように、床に寝るパターンでしたが、2日目ではそれがなくなり、あっさりパターンになっています。

あくまで、個人的な感想ですが、30周年のときのMJは、純粋に芸術的存在になりきっているかのようで、これを見た後だと、もう、グラミーやヒストリーツアーのときのカッコいい顔がなんだか邪魔に思えてくるんですね(そんなことないという人が大半だとは思いますがww)。

とにかく、客席では、人間離れした姿にひどく違和感があったんですけど、ステージ上では、その人間離れした感じが、むしろ神懸かり的で、たまらないというか。。。


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一旦、そう見えてしまうと、私にはこの顔の変化が「失敗」なのかどうかわからなくなるんです。実際、私はこれまでとは違った感じでハメられましたし、このときの観客の熱狂もスゴい。。。

こういった感想は少数意見なのかもしれませんが、大多数を取り入れ、少数派も絶対納得させることで、ファンを拡大させてきたMJですし「そこまでやるか」は「THIS IS IT」まで、終世変わらない彼の姿勢だったことを考えると、ありえないとは言い切れないと思うんですね。


Well they say the sky's the limit
And to me that's really true
But my friend you have seen nothin'
Just wait 'til I get through...

人は可能性は無限大だと言う。
僕にとっては正にその通りさ。
でも、友よ、君にはそれが見えていない。
だから僕の言うことを理解するまで待つんだ。

(「BAD」訳詞:マイケルの遺した言葉より)



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一般的に流布されている、彼が「整形を繰り返した」というのは、度重なる整形の結果、もともと可愛い少年で、ハンサムな青年でもあったのに、最終的にまったく理解し難い「変な顔」になってしまったというものですが、

わたしが、彼の顔を年代別にずっと見てきて感じたのは、彼は、ときどき変な顔になるものの、またすぐ元に戻るということです。

バッド、デンジャラス期の顔が、好きな人は多いと思うんですが、その時期でさえ、完全にオリジナルな《顔》でありながら、なぜか普通の美意識をもった女子にすら、カッコいいと思わせたのは、本当に、スゴいことだと思うんですが、彼の鼻は、すでにこの頃から想像しているよりもずっと上を向いています。

その当時から、写真によっては、そんなに角度がついていないものもあったりして、不思議なんですが、とにかく、彼の鼻は、変化したと思っても、しばらくすると、また、この頃の鼻に徐々に戻っているように見えるんです。


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まずは、簡単に見つかると思いますので、30周年記念コンサートのときの写真を、各自でご用意いただけないでしょうか。(意図しない使われ方をしたくないので、ここには貼りません)

ここでの、写真は、厳選して出来るだけ美しいステージ写真を選んでいますが、ステージ上ではなくて、客席にいるときの写真で横顔だったら、更にいいと思います。

で、その写真と、以下を見比べていって欲しいんですが、




Rock & Roll Hall Of Fame(2001.3.19)
(MJ登場は2:19〜)
30周年の5ヵ月前で、
松葉杖姿が確認されたのは3月4日から





ナスダックの市場開始ベルを鳴らす
(30周年コンサートの一週間前。2001.8.30)






この後前回紹介した下記のイベント。

☆「メン・イン・ブラック2」のエージェントM役
(MJの出演が監督の口から洩れたのは、2001.10.19)

☆ヴァージンメガストアでのサイン会(2001.11.7)

ナスダック後にヘアスタイルを変えていますが、もしかしたら、ライブ用ではなく、エージェントM役のために変えたのかも。撮影後と思われる時期のあと、すぐ戻っているし。さらに「You Rock My Would」のSFで、髪にスカーフをしていたのも、もしかしたら、あのチョイ役のためだったりして。



第29回アメリカンミュージックアワード
(2002.1.9)




☆上記から3ヶ月後のアメリカン・バンド・スタンドでの「デンジャラス」のパフォーマンス(2002.4.20)。会場到着、バックステージ、ステージ、全部、顔がキモいので写真はアップしませんが、やっぱりステージはカッコいい!






☆同じ年、ドイツで偉大なアーティストに贈られる「バンビアワード」(2002.11.21)。MJ登場は3:10〜 ファースト老眼鏡は4:00〜。ちなみにこの2日前があの「幼児ぶら下げ事件」です。







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30周年コンサートがあった2001年は、3月6日にオックスフォード大学スピーチがあったり、幼年期の読書と就寝時の読み聞かせを促進する目的の「Michael Jackson International Book Club」(2001.3.25 残念ながら映像も写真もなし)など、今まであまり知られていなかった、MJの知的な面を垣間見られた時期だったと思うのですが、オックスフォードスピーチや、バンビアワードの老眼鏡など、すべて米国以外の場所なんですね。上記を順に見ていくと、

より多くの人が見る米国のテレビ報道のときは、キモい感じで、それ以外のイベントや、イギリスやドイツでは知的な面を見せているようにも見えます。

何度も紹介している「バンビアワード」ですが、スピーチ内容はこんな感じ。

(あまり良い訳ではありませんが)

親愛なるブルダ博士、親愛なるターンホッファー博士、レディース&ジェントルメン。

ドイツには素晴らしい思い出があります。 ベルリンに戻ってきて… ベルリンはエネルギーに満ちあふれていて、私にとって、それはとても特別です。私はベルリンを愛しています!

9月11日は世界を変え、ベルリンの壁は倒れました。 でも、最近新しい壁が造られました。

1989年にドイツの人々は言いました。「私たちは1つの国」だと。私たちはドイツ人であり、アルメニア人です。フランス イタリア、ロシア、アメリカ、アジア、アフリカ… 他にも多くの国があります。 私たちはクリスチャンで、ユダヤ人で、ムスリムで、ヒンズーで、 黒人であり、白人です。 私たちはとても複雑で、しかし、とてもシンプルな共同体であり、戦争など必要としていません。

そして、ドイツの子供に、これを言いたいと思います。

私たちは、あなたが必要です!世界はあなたを必要としているのです!どうか、あなたの夢に向かってください。あなたの理想が何であっても… あなたはなりたいことなら何でもなることができます。 宇宙飛行士、有名な科学者にでも、有名な博士にもなってください。 そして、もちろん芸術家になってください。…たぶん、あなたは私のようにバンビ賞を受けるでしょう。

私がドイツがとても好きで、私の心の特別な場所であるということを知って欲しいと思います。本当にあなたをとても愛しています! 命という贈り物に常に感謝して、 幸せに、そして、楽しんでください。愛しています。


MJはヒストリーツアーでも、フランス4回、イギリス4回に比べて、ドイツは10回で、最多回数のライブを行っています。かつての敵国であることや、統一後のドイツのことも気になっていたのかもしれませんが、日本で多くのツアーを行っている理由にもそれと同じ感情があったのかもしれません。


そして、MJはこの年の年末には、こんな感じになります。


Christmas Message - 2002




しかし、ほっと一安心したのもつかの間、翌年には悪夢のバシールと“60ミニッツ”が待っていました(泣)

さて、2002年の絶好調に思える“バンビアワード”ですが、実はその期間、

もっと絶好調なイベントがあって、そこでのMJは、もっと不思議系で、もしかしたら、バシールや60ミニッツへの見方が変わるかもしれないほどの“謎”が感じられるんですけど

長くなったので、次回に続きます。



《おまけ動画》

☆ほのぼの....“You are not alone”に酔いしれる2歳児
◎2 year old touched by Michael Jackson's music

☆この時期と少し後の彼の横顔がたくさん見られる動画
◎Michael Jackson Father PAI - Paris Jackson, Prince Jackson, Blanket Jackson




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by yomodalite | 2010-04-21 13:55 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(9)
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冒頭の写真は“Smile”(1997)のプロモーションから。

前回、醜形恐怖ではないことを証明するために時系列がバラバラになってしまったので少し整理します。

◎オプラショー(1993)
◎リサ・マリー・プレスリーと結婚(1994ー1996離婚)
◎アルバム「ヒストリー」(1995)
◎ヒストリーツアー(1996−1997)
◎デビー・ロウと結婚(1996ー1999離婚)
◎長男プリンス誕生(1997.2.14)
◎“20/20”バーバラ・ウォルターズのインタヴュー(1997.9.13)
◎「ヒストリー」ラストシングル「スマイル」発売キャンセル(1997.12.3)
◎長女パリス誕生(1998.4.3)



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リサ・マリ−と離婚し、デビー懐妊後が、セクシー金パンの「ヒストリーツアー」、“20/20”の頃は、プリンスは7ヵ月でした。

しかし、童貞やゲイ疑惑は、結婚、子供誕生を経ても止まらず、マスコミの執拗さも異常ですが、そこまで疑わせる、マイケルの個性も、本当に不思議です。

リサ・マリーや、デビー・ロウという相手も絶妙なチョイスというか(笑)

彼が出演するTV番組のほとんどに共通するのは、冒頭で、これまでに前例がないほどの成功と、老若男女がアーティストとしての素晴らしさを絶賛し、若者の異常なまでの熱狂を紹介した後に、なぜか、驚くほど冷静で挑戦的な態度のインタヴュアーが、ありえないレベルの失礼な質問をする・・・


超失礼なインタヴュー例。
ダイアン・ソーヤー「プライムタイム」(1995)




大衆の熱狂をここまで見せつけられて、それとまったく正反対の態度でいられるのは、マスコミの大衆操作と、あまりにも真逆な存在であるMJに対しての反発というか、怒りなのでしょう。

マスメディアの、大衆を操作しているのは自分たちだという自負心は凄まじいものです。大衆が「マスゴミ」と言い出し、斜陽産業として認識し始めていても、依然として、彼らの「大衆」に対しての傲慢さというのは全然変わってませんからね。

前回、ヒストリーツアーを終えてから、徐々に今までのような「笑顔」を見せてくれなくなった。と書きました。

「ヒストリー Disk2」の最後の曲、「スマイル」のシングル発売とショートフィルム制作もこの頃、キャンセルになっています。


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彼とマスコミとの戦いは、MJのあまりにも明確な目標や使命が、すっかり「神が死に絶えた」現実の中で、まったく真剣に受け止められることがなかったことと、彼自身もそのことを完全にわかったうえで、絶対にあきらめないという姿勢が生んだものだと思うのですが、ダイアン・ソーヤーと、バーバラ・ウォルターズのインタヴュー後、“Smile”発売をキャンセルし、その後、徐々に自然な笑顔がなくなっていったのは、自分だけでなく、妻までバカにされ、子供にまで、という彼の“怒り”スイッチに完全に火がついた、という理由もあったのではないでしょうか。

そして、この頃、彼が表現したかったことは、たくさんあると思うのですが、

▼この時期の代表的な出来事

◎30周年記念コンサート(2001)
◎ファーストシングル「You Rock My Would」のSF
◎ヴァージンメガストアでのサイン会(2001)
◎「メン・イン・ブラック2」のエージェントM役(2002年公開)

この中で、サイン会と、エージェントM、30周年コンサートでは同じ顔でも別の表現をしていると思います。

30周年コンサートは、個人的に思い入れが強いので、先にサイン会等の方を片付けちゃいますね。

まず、サイン会の動画はこちらです。


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このときのMJの顔は、今までにない違和感を感じた人が多いのではないかと思うんですが、彼はKING OF POPと言われるようになってからはやっていなかったレコードショップでのサイン会とか、人の中に入っていこうとしているようです。

このサイン会の見どころは、10代と思われるブロンドの少女を、サイン会後、お持ち帰りしようとする(実際にそうしたかは別として)MJが見られるところなんですがw、普通なら、40過ぎの男の行為として完全に非難されるべきところを、なぜかMJの場合「意外と普通じゃん」と人々を安心させてしまうという点ですね。

「メン・イン・ブラック2」が公開になったのは、翌年 (2002)。


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えっ〜っと、お笑いやるために、「整形」したと言いたいわけではないですよ(笑)
絶対ないとは言いきれませんが(笑)

このとき、この顔のMJの心情はこうだったろう、という想像なんですが、

“THIS IS IT”のスタッフのコメントでも、彼の面白さを語る人が多いですが、私たちは、それをあまり見る機会がなかったですよね。

というか、あまりにも、なんでも「整形」とか「奇人」とかと結びつけて報道されるので、彼の笑いのセンスはなかなか届きにくかったと思うんです。今までエディ・マーフォーや、クリス・タッカーなど、彼は超一流俳優だけでなく、超一流コメディアンといつも付き合っていますし、彼はかなりのお笑い好きです。

「メン・イン・ブラック2」は、1作目が大のお気に入りだったMJが、相当しつこく出たいと迫ったらしく、その熱意に監督が折れて、極わずかながら出演が決まったようなので、この頃、彼が「変な役」を演じることに熱中していたのは間違いないでしょう。

顔の輪郭とか、鼻の角度など、同様の顔は見られても、この頃の表情は、これ以降はまったく見られないのは、「演技」という可能性も捨てきれないと思います。

裁判フォトを見て、気づいた人は多いと思いますが、彼は相当色々な表情をもっていますよね。動画で、同じ日を確認すればわかるのですが、あの短い時間、そして、あの過酷な状況で、あれほどの多才な表情を撮られるというのは、本当にありえないことだと思うんです。

マイケルには毎朝、顔を洗うときですら、鏡を見ているのかどうか怪しいと思われる部分もありますが、演技の研究としては、よく鏡を見て研究をしていたと思える節があるので、それを使いこなせる監督がいなかったことはとても残念で悔やまれますね。

Smileの発売キャンセルは、お笑いに、マジ真剣になっていたMJにとって、

「今“チャップリン”って、ちゃうやろ?」という判断もあったのではと思うのは妄想でしょうか。

注:上記は妄想というか妄言でした。MJは、めちゃめちゃチャップリンを尊敬してますから、ありえないんですけど、一瞬この場で笑いが欲しかったんですw。

チャップリンに関しては、「マイケル・ジャクソンの顔について(16)」をご覧ください。

彼は好きなお笑いとして、いつも「三バカ大将」と答えていましたが、これは、若手女優が、憧れの女優として「夏目雅子」とか、アイドルが「山口百恵」とか、言うのと一緒でエディー兄さんや、クリス兄さんに気を使っているんですよ(笑)

注:これも、上記同様の理由による妄言で、MJと「三バカ大将」については、「MJとThree Stooges」をご覧下さい。

わたしが、この頃のMJから感じるのはローワン・アトキンソンですね。Mr.ビーンの。MJは、昔からチャップリンの物まねはすごく上手でしたが、わたしには、この頃、ローワン・アトキンソンを研究していたマイケルが、かなり、リアルに想像できるんですけど....どうでしょう?







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ローワン・アトキンソン&マーク・レスター



特別番組で「プライベートビデオ」を紹介するMJ





念のためもう一度言っておきますが、お笑いやるために、「整形」したと言ってるわけでは、全然ないですからね。マジでw 確かに、鼻が更に上に向いて、鼻と口の間を伸ばしたようにするというのは、その目的なら、まさに合点がいきますけどね(笑)

とにかく、どうして、この頃、こういう顔になっているのかはわかりませんが、MJはこの顔が「FUNNY」だという自覚はあるんだと思うんです。それと、この1年後がバンビアワードなので、この「顔」の時期はかなり短いんですね(2001年のみ)。

以上のことから、私が納得できるのは、

この頃の「顔」は、何らかの事情で変化しているように見えますが、MJはそれを気にするどころか、むしろ「転んでもただでは起きない」精神で楽しんでいるのかもしれないということです

彼はこの頃、お怒りモードだった。でも、あまりにも洗練されたパフォーマーである彼には、怒りをストレートに表現するなんて、出来ないんだと思います。

お笑い好きなら、笑いが「怒り」の知的で洗練された表現だということは、あたりまえのことでしょう?

と、まあ、そんなこともあるかもしれない。と心に留めて頂いて、

次こそは、「30周年コンサート」について。



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by yomodalite | 2010-04-18 14:07 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(7)
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冒頭の写真は2002年のバンビアワードのもの。


では、醜形恐怖症の件がはっきりしたところで、ここからは、「MJの整形は失敗なのか?」について、考えたいと思います。



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まずは、大きく深呼吸して、彼が助けてきた大勢の子供たちのことを想像してみましょう。

ネバーランドの映像によく映っているような子供たちではなく、本当に誰からも見捨てられた可哀想な子供たちの姿です。

例えば、

実の父親にガソリンをかけられ、顔に重傷の火傷を負った少年が、MJの死後名乗り出て、事故直後や、成長後も面倒をみてくれたことを語っている動画・・・





バッドツアーの頃も、毎晩、大勢の担架に乗せられた子供たちが、彼に会いに来ていたようですが、病気が重すぎて頭を上げることすらできないような子供を前にして、スタッフは皆見ていられないという態度をとる中、ステージの直前ですら、マイケルは担架にひざまずき、顔を子供たちの方に寄せて、その出会いをいつまでも忘れないような言葉を贈っていたようです。

当時のマネージャー、フランク・ディレオも顔を背け、涙をぽろぽろこぼしていると、マイケルは、「悲しまないで、泣かないで。僕はこうするためにいるんだから」と答えたそうです。

ヒストリーツアーでも毎晩同じようなことがあったでしょう。そして、今まで以上に、世界中の平和や子供たちの未来を訴えたツアーの後、彼はこれまでのような「笑顔」を見せてくれることが徐々に無くなっていきました。

次に、1993年の「オプラショー」のことを思い出して欲しいんですが、
すぐに思い出せない人は、こちらの動画をご覧ください。

◎マイケルジャクソンオプラウィンフリーショー3
◎マイケルジャクソンオプラウィンフリーショー4
◎マイケルジャクソンオプラウィンフリーショー5
◎マイケルジャクソンオプラウィンフリーショー6
◎マイケルジャクソンオプラウィンフリーショー7
◎マイケルジャクソンオプラウィンフリーショー8

残念ながら、日本語字幕が少し変なだけでなく、途中で終わってるようなので(泣)、思い出して欲しいところを省略して、書き出してみました。

MJ:子供時代がなかったんだ 〜 父の虐待 〜 でも今は父を許してる 〜 マスコミは嘘ばかり...

オプラ:肌を漂白しているって噂があるけど...

MJ:肌の色素が阻害される病気なんだ。遺伝で僕にはどうしようもないんだ・・・

オプラ:あなたって、童貞なの?  

MJ:どうして、そんなこと(照)・・僕はジェントルマンだよ。

ー ステージのある部屋に移る ー

MJ:イエスが子供を見習えって言ったこと、子供を愛し、
子供のみたいにピュアであれって言ったことを大事にしているんだ....


オプラ:(寝たきりの子供がステージや映画を観られる施設に驚く)

MJ:(子供への慈善活動に関して 〜 生ムーンウォーク 〜 「Who is it」のBeat Box 〜 ツアーでの大観衆の熱狂)

「人々の魂の楽器になるーそのために自分が選ばれたことに感謝しています」〜「神の存在を信じてます。心から。」

オプラ:人にはこの世に生を受けた使命があるー私は、そう信じてる。大半の人々は、その目的を探して人生を旅してますが、あなたの使命は何ですか?

MJ:僕の使命?そうですね...人々の心に何かの贈り物をすることー歌やダンスや音楽を通じて...僕は芸術の申し子だと自覚しています。どんな芸術にも究極の使命があると信じます。物質と魂の融合、人間と神との融合、そうした結びつきこそ芸術の存在理由。世界の人々の心に音楽やハーモニーを贈る「魂の楽器」となること。世界中あらゆる世代の人々のために....それが、神が僕を選んでくれた使命です。

このあと、「Give in to me」のビデオが初公開される。






オプラ:“Cause I'm on fire. quench my desire”(僕が興奮していたら、君が沈めてくれよ)って、一体どういう経緯で、この曲が生まれたの?

MJ:僕と一緒で動物好きのスラッシュに参加してもらって、ノリが良くて、ロックコンサート風のVDにしたかったんだ(←カマトトぶって答えをかわすww

オプラ:私がされたお気に入りの質問をあなたにもするわ。「あなたが34歳まで生きてきた中で“何が分ったか”を教えて。

MJ:う〜ん、何が分ったか?・・まだ自分は学んでいる途中です。人生は学ぶことばかり・・今わかっていることは何もないです。はっきりしているのはそれぐらい。

オプラ:(感謝の言葉を述べて)すっかり子供に戻った気分、観覧車に乗りたいわ!(2人で歩きながら外へ)


 
MJ出演のオプラショーと言えば「初めて白班を告白」として有名ですけど、その疑惑に関しては、あまりにもあっさりというか、かなり珍しい病気なのに「色素が破壊される病気なんだ」とだけで、病名もはっきり言ってない。普通、ここは医者に説明させて、エリザベスは出さないよね。

オプラも、新曲の「Give in to me」の刺激的な内容にも関わらず、MJに童貞なの?なんて質問をしていて、相変わらずMJがブルックシールズの名前を出したことには納得が行かないものの、肌の病気の件はすぐに納得して(?)突っ込まず。

もうすでに、Black Or White、Remember The Time、In The Closet、Jam、Heal The Worldも発売後、すっかり白くなり、整形疑惑も肌漂白も散々報道された後なのに、これじゃあファン以外には伝わらないと思うんだけど、それでもMJは言いたくないっていうか、とにかく「病気」と捉えられるのがすごく嫌で、「奇跡」「マジック」として、見てもらいたい。という思いが強く感じられます。

さらにこの後、子供への献身的な慈善活動を紹介したと思ったら、次のビデオでは、超セクシーに「Give in to me(俺にひれ伏せ!)」って(笑)

この番組で、彼が最も主張したかったのは「童貞だと?、ふざけんな!」という叫びだったのかww、と思ったのもつかの間、次は遊園地で乗り物...(笑)

でも、この後「Who is it」で、大人の愛の世界を描いたSFを作り、ヒストリーツアーでは、股間を強調した金パンで、世界中の女子を失神させたり.... やっぱり童貞疑惑は許せなかったんだと思う(笑)

しかし、そのツアーでも、やっぱりセクシーさだけじゃなくて、子供への愛と世界の平和もあれば、SM(ダンサーやギタリストの衣装)もあって、野球もある(笑)といった、なんでもありの「世界」で、それは、彼の現実認識でもあると思います。

彼のアルバムも、映画「ムーンウォーカー」も全部そうですよね。

子供たちの優しいお兄さんでありながら、妖しげな酒場に行き、犯罪に巻き込まれながら、子供を助けて、ロボットに変身(!)、なぜか、その後セクシーなロックスターへ(笑)






この最後の曲がビートルズの「Come Together」というところも、MJの「食えない」ところではないかと・・・

この曲はシュールな内容で、英語話者でも解釈が難しい詩ですが、ドラッグを思わせる隠語や、Got to be a joker・・とか、子供にドラッグ漬けにしようとする悪党と闘ったあとに、それを道徳や正義や潔癖さといったところから回避したいというか・・

(1)の冒頭で紹介したヴィクトリーツアーの顔から、Bad期になって、もっと肌がもっと白くなると、あまりにも普通に美しい白人顔になってしまうので、白人ではありえない(白人以外でもありえないけど)ピーターパン鼻にしてみるとか、

なぜか、ケツあごにした後のBad期の方が、無邪気な子供っぽい笑顔を見せるようになったりするなど、常に相反する2つ以上の面を表現せずにはいられないのがMJだと思います。

大体、この頃からピーターパンってやたら言われてたけど、ケツあごなのにピーターパンって?(笑)その後、MJが赤い口紅をつけるようになったときも、やっぱり、ケツあごのまま、ヒゲの脱毛さえしてないことを見落として「女性願望」とか。。

MJが整形の回数を語るとき、よくアゴのこと忘れるとか、マイケル・ジャクソンの外観にも書かれているけど、なぜか大勢の人も、そこんとこ忘れてますね。

人間の眼というのは、自分にとって都合が良かったり、見たいところしか、見えなかったりするもののようです。

まあ、そんなわけなので、ヒストリーツアーで、何百万人もの女を散々悩殺した後は、また別の「顔」をと、考えるのが、MJだと思うんです。

で、その次の“顔”なんですが、長くなったので、次に続きます。

☆(4)に続く



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by yomodalite | 2010-04-15 22:35 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(7)
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☆(1)の続き

冒頭の写真は、ヒストリーツアー後に行われた雑誌表紙撮影
1999年11月29日、TVガイド誌特別号。

新しいアルバム造りとミレニアムに向けて、彼がニュールックを模索していたように見えますね。



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このときのインタヴューの和訳は、こちらのとてもとても素敵なサイト → Interviews → TV GUIDE Interview 1999 をご覧ください

では、ビューティー写真で心を落ち着かせたところで、キモい時期について、みなさんいろいろと思い出される時期があるとは思いますが、やっぱり多くのファンも納得のキモイ時期は、1998年〜2003年ぐらいではないでしょうか。

(注:便宜上、今後も「キモい」「グロい」などの表現をさせていただきますが、ブログ主はMJの真のレガシーを守りたい気持だけは誰にも負けない、勝てるかどうかは別として・・という思いですので、何卒ご了承くださいませ)

中でも、ヒストリーツアーが終わって、アルバム“インヴィンシブル”を完成させ、そのプロモーションと、30周年コンサート(30th Anniversary Celebration, The Solo Years)の頃(〜2001年)のMJは、顔に表情がなく、鼻が更に細く、上を向くようになっていたと思います。これの理由も探りたいのですが、

まずは、彼が極度の醜形恐怖症という心の病を患っていたのか?
という点に関して、はっきりさせたいと思います。




1997年ヒストリーツアー終了間際の9月17日



当時のMJの顔は、ほうれい線の外側が変わりやすいようですね。体重の増減による影響や、病気による浮腫もあるのかもしれません。TV放送時は過酷なワールドツアーの最後の方で激やせしている状態ですが、この直後にツアーは終了し、その4年後に最後のオリジナルアルバム“インヴィンシブル”が発売されます。


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アルバムとしての“HIStory”(ディスク2)は、メディア批判などのストレートな怒りを伴った、悲痛な表現に溢れていると言われていますが、ツアーとしては、デンジャラスツアーより、笑顔が大幅にアップしたMJの「I LOVE YOU〜!」と、ゴールドのセクシー衣装が強く記憶に残っている方が多いと思います。

インヴィンシブルのプロモーション期間は、史上最大の世界ツアーでファンの大歓声を浴び続けた後、これまでのアルバム全てに捨て曲が1曲もないという凄まじい完成度のアルバムを作り続けてきたMJが、さらなる最高傑作を求めてスタジオに籠って集中し続けていた後だったということを、よ〜く頭に入れて見る必要があると思うんです!

“天才”について、わたしたち一般は、天然とか狂気とかをイメージしがちなんですが、MJは非常に自覚的で、狂気に溺れたことはありませんが、とにかく“極端”であるという気はします。

アーティストとしてのスイッチがOFFになることは、多分ないのだと思いますが、パフォーマーとしてのスイッチはON、OFFが本当に極端... と軽く言い訳が済んだところでw

では“20/20”インタヴューから、2年後の写真を見てみましょう。知っている方は見なくてもいいです。彼が「醜形恐怖症」ではないか、と疑っている人のみ、下記のサイトをご覧ください。写真アップしたくないし、リンク出来ないので、場所だけお教えしますね。

後日注:MJのユル〜〜い姿がたくさんアップされているアドレスのみ紹介していましたが、リンク先が消えてしまいました。ただ、他所でもそういった写真は数多く発見できると思います。とにかく、パパラッチ以外のプライヴェートでも、完璧に整えた状態でないどころか、寝起き?とか、髪ボサの状態でも、ごく気軽に撮影に応じている写真が「無数に発見」できるので...

醜形恐怖は「絶対にありえない」んですよね。。

むしろ、そういった写真が多すぎて、少しは醜形恐怖を持ってくれ!って言いたくなるというか(笑)




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(冒頭の雑誌の裏表紙)



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by yomodalite | 2010-04-13 22:56 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(16)
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▲上の写真は、ヴィクトリーツアー(1984年)のパンフのもので、この頃、すでに2回は鼻の整形が終わっていますが、まだあごは割れてません。

▼下の写真は、2004年。あの裁判が始まる前にネバーランドの敷地内でジョナサン・エクスリー(Jonathan Exley)によって撮影されたもの。2009年亡くなってから発売された「ローリングストーン」誌の表紙にもなってます。



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▼こちらは、2007年に撮影された、イタリアの超一流メンズファッション誌「ルオモ・ヴォーグ」誌での特集から。撮影は超有名フォトグラファーのブルース・ウェーバー。




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上記3枚をよく見ていただきたいのですが、肌の色と、ケツあご以外に、顔の造形として、どこか変化しているところがあるでしょうか?

目まぐるしく変化したはずのMJの顔なんですが、どういうわけだか、ほとんど変化がないように見えるのではないでしょうか。

わたしは、これをもって、MJはそんなに整形したわけではないとか、彼の変顔はすべてマスコミのせいなどと言うつもりではないんです。

残念ながら、MJには、確かに “キモい時期” があったと思います。

何故そうなったのか、本当にMJは整形を繰り返したのか?そして、それは「醜形恐怖」や「幼児期のトラウマ」によるものなのか。ということについて考えたいと思っています。

(今日初めて訪問してくれたファンの人どうか怒らないで!ここはファンブログではありませんが、ブログ主は何かにつけてMJのことばかり考えていて、これまで、MJのビューティー写真にはかなり力を入れてきました。他記事もぜひ参照くださいませ。

例えば....

◎MJトライアルファッションショー
◎Happy Birthday Michael!!! 2010
◎Happy Birthday Michael!!! 2011
◎Happy Birthday Michael!!! 2012(Part 1)

など。。)


MJの歴史は、私のブログでは以下のように分類します。

◎Off The Wall 期 (1979 - )
◎Thriller 期(1982- ) ※Victry Tour 1984 - We Are The Would 1985.3.28
◎Bad 期(1987 - )
◎Dangerous 期 (1991- ) 
◎HIStory 期 (1995 - ) ※ヒストリーツアー(1996 - 1997)
◎Invincible 期(2000 - ) ※アルバム発売は2001年。制作期も含めて
◎Trial 期(2004 - )
◎Post Trial 期 (2006 - )
◎This Is It 期 (2009 - )

マスコミ的には、1987年のTV番組「20/20」で整形中毒と言われ、MJ自身がバーバラ・ウォルターズに電話をかけたり、同年のピープル誌「この男は変人か?」、1992年「デイリーミラー」誌の一面「スカーフェイス(傷跡だらけの顔)」(1998年に綿密な調査の結果、傷だらけになっていなかったという謝罪文掲載)など、彼の整形に関しての話題は「Bad」期から激しくなっています。

とはいえ、この頃の彼の整形を “失敗” と考える人は少なく「Dangerous」期までは、多くの人はまだ彼の整形を成功例として捉えていました。

それが、陰りを見せ始めたのが「Invincible」期だと思います。

わたしは彼の死後「整形中毒」と言われていたMJが、求めていた “顔” が何だったのかを知りたくて、来る日も来る日も、彼の顔を探し続けてきたんですけど、彼のキモイ時代は、ほとんどが、この前後の時期のものだということに気づきました。

この頃の主な出来事。

◎TVガイド特別号表紙(1999)無精ヒゲのスタイル

◎オックスフォード大学スピーチ(2001)

◎幼年期の読書と就寝時の読み聞かせを促進する目的により、書籍を手渡し読み書きが出来るようになるように訴える「Michael Jackson International Book Club」設立。

◎ナスダックの市場開始ベルを鳴らす(2001)

◎30周年記念コンサート(2001)

◎「インヴィンシブル」からのファーストシングル「You Rock My Would」のSF

◎「インヴィンシブル」発売記念、ヴァージンメガストアでのサイン会(2001)

◎「メン・イン・ブラック2」のエージェントM役(2002)

◎MJFC主催のパーティー「$ONY」(2002)

◎バルコニーからの子供吊り下げ事件(2002)

◎バンビアワード「ポップアーティストオブザミレニアム」賞受賞(2002)

◎バシールのドキュメンタリー「リヴィング・ウィズ・マイケルジャクソン」(2003)

◎上記への反論「裏切られたマイケルジャクソン〜未公開テープが語る真実」(2003)

◎FOX-TV「マイケル・ジャクソン・プライヴェート・ホームムーヴィー」(2003)

◎BETアワード授賞式で、ジェームズ・ブラウンにアワードを贈る(2003)

◎サンタ・バーバラの空港で逮捕される(2003.11.20)

◎エド・ブラッドリーによる「60ミニッツ」インタヴュー放送(2003)


☆マイケル・ジャクソンの顔について(2)に続く



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by yomodalite | 2010-04-12 00:38 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(8)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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