カテゴリ:マイケルの顔について( 48 )

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☆ [2012.4.12追記]こちらの補足を記事を書きました

(反省・まとめ・今後の課題 ②)のつづき

謎の多いInvincible期ですが、「ソニー・ウォーズは本当は何だったのか」という点について、少し考えてみたいと思っていることと、(6)で結論づけたかったことについて、もう一度チャレンジしてみたいと思います。

まずは、アルバムのカバーフォトから。

◎Nancy Donald(art direction)
◎Steven Hankinson(cover design)

アルバム発売は2001年。アートディレクションをしている、Nancy Donaldは、1970年ごろから、様々なアーティストを手がけ、Boz Scaggs、Barbra Streisand、Celine Dion、Journey、Air Supply、REO Speedwagon、Toto、Bob Dylan、Herbie Hancock、Earth, Wind & Fire、Dolly Parton.....など、ジャンルの壁を越えたメガヒットアルバム請負人。MJのアルバムも“Off the Wall”からすべて、彼女によるもので、デザイナーの、Steven Hankinson(Arnell Group)も、“Invincible”、“Off the Wall”、“Blood on the Dance Floor”の3作に参加。

Nancy Donaldのことはまったく知りませんが、これらのヒットアルバムのカバーをざっと見る限りでは、ジャケ買い心を刺激しない作家性の無さが出来るだけ多くの人々に売りたいレコード会社に支持されている「作風」のように見えます。

MJは、その生涯に多くの「フォトセッション」を楽しんでいますし、画家に自分を描かせることも好きでしたが、不思議と、魂のすべてを注ぎ込んだアルバムの「表紙」にはあまりこだわっていないようで、特に『THRILLER』や『BAD』のカバーは、影像で見る、彼のカリスマ性と比べるとあまりにも平凡なものでした。

『Dangerous』や、『HIStory』になると、『THRILLER』や『BAD』のような味気なさはなくなり、コンセプトをはっきりと打ち出した、マイケルらしいものになりましたが、それまでの集大成とも言える『HIStory』から6年、今までで一番永く待たされたアルバム『Invincible』のジャケット一杯にアップになっている顔に、

「誰?」って言いたくなったのは、わたしだけではないでしょう?


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カバー写真は中面のこの写真と同じく、Albert Watson(ウェブサイト)。Albert Watsonは、多くのアーティストと仕事をしている一流写真家で、彼の写真を表紙にするなら、このカバーのような感じじゃなくて、


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▲Keith Richards(photo : Albert Watson)



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▲David Bowie (photo : Albert Watson)


こんな感じで、MJのアルバム写真が欲しかったところなんですが、


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『インヴィンシブル』ジャケットの「加工」前の写真はこれ。この写真が「オリジナル」だとすれば、顔の輪郭、背景をフラットにしているなどの撮り方を見る限り、アートディレクターからの強い指示で撮影されているように見えます。この写真はジャケット用に撮影されたものであることは明らかなので、ディレクション段階で、写真に詳しいMJなら、出来上がりも容易に想像できるので、MJも納得していたのだと思います。

顔アップのデザイン・コンセプトはよくあるものですが、写真を加工した「意図」には、MJのイメージに対して、リアルな人間性や年齢を感じさせたくなく、彼のイメージを固定化したいという販売サイドの意向が反映されているのではないでしょうか。(Nancy Donaldの談話は見つからず、これは元同業者である、わたしの憶測です)

年齢を感じさせたくなく、イメージを一定に保ちたいというのはアーティスト本人の願望であることが多いですが、MJには「年をとりたくない」という願望はあったと思いますが、彼は年齢の積み重ねや、ファッションの変化以上に、毎回驚くべき変化を遂げて来ていましたし、『Invincible』の中面での写真や、同時期のArno Baniのフォトセッションでも、これまでにないイメージを創ろうとしていました。


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▲photo : Albert Watson


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▲photo : Arno Bani



『Invincible』を聴き込んだ現在では、こういった写真がこのアルバムの音に相応しいことがわかるのですが、当時、印象に残ったのは、サイン会や、You Rock My Wouldの映像だったので、

アルバムの表紙の方の顔は、その頃のMJの人間離れした容貌を、必死にカモフラージュしているようにしか見えませんでした。

下記は、今見ると『Invincible』の内容に対して、ものすごく違和感を感じる、当時の日本での広告



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by yomodalite | 2011-05-22 23:48 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(6)
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マイケル・ジャクソンの顔について(20)のつづき

「マイケル・ジャクソンの顔について」を(20)まで読んでいただいた、みなさまへ。

MJの整形に関して間違った見解をしている「知能にも性格にも問題ない人に優しく説明してあげよう!」という「目標」ですが、

こちらでもでも、繰り返し書いたように、醜形恐怖、幼少時のトラウマ、整形マニアに関しての結論は変わっていませんし、この3点に関して、新たに言葉で説明できることはないと思います。

(1)の、最初の写真のように、最終的にあの程度の変化なら、彼が何回、形成外科に通ったとしても、それは「通常メンテ」であって、

このページの「Compare Michael's face」に並べられている横顔写真でも、やっぱりデザインは変わっていないので、彼が「整形中毒」というような状態でなかったことは間違いないと言えるはずです。

でも、この3点に納得しても、やっぱり彼の「鼻」が気に入らないひとは大勢いますよね。

わたしの印象では、特に男性に多いような・・残念なことですが、いろいろ面倒なので、ひとまずなにか別の話で盛上がっておきましょう。男の嫉妬ほど手に負えないものはないですしw、MJの鼻がわからないひとは、ピカソの絵だってわからないし、ミケランジェロにも興味がない「アート音痴」に決まってます。

でも、所詮「顔のこと」とか思われるのもやっぱムカつくので(笑)、

今後は、平凡な男にもわかる「KING OF POPへの道」を、こっそり副題にするという、新たな「野望」を追加して、MJの整形が果たした「大きな意味」も考えて行きたいと思います。

また、インヴィンシブル期の短期間の造形的変化についてですが、

◎病気によるもの
◎あえて醜く整形している
◎事故やケガによる

以外に、実は、これが一番有力な「理由」だと思っているのですが、、

「手術の経年劣化」を追加したいと思います。

あのとき(サイン会とか30th)劇的な変化に見えた、彼の顔も、やっぱり、今くらべてみると不思議と造形的変化ではなく、表情の変化だったように見えるのは、不思議なんですが、


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▲Virgin Megastore Signing, 2001


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▲gala dinner in a Dubai hotel on November 14, 2005


でも、やっぱり、あのときは、それまでより、鼻が上向きだったとは思うんです。

その理由を、最終的なデザイン変化がないことと、短期間で徐々に戻ったことを、合理的に判断すれば、新たな手術で変化させるのは、往復作業になるので「劣化」という可能性の方が高いように思うんですね。

「劣化」というのが、どーゆー意味かについては、このあたりのページ(http://www.veriteclinic.jp/takumi/trouble.html)を軽〜く参照してください。(鼻の下が伸びてみえるのも、鼻が上向きに力がかかるせいだと思います)

今でも「L」は10年程度と言われていることから考えると、時期的にも合致しますし、彼が実行した時期を考えると、当時の最高技術の素晴らしさと同時に、彼の場合はもともと鼻梁の幅が太く、組織除去も、移植も大きかったはずなので、その分、経年後の「修正」もかなり困難だったのではないかと思われます。

また、同時期に実行した姉は、MJほど「高さ」の要求がないので「上向き」になってないんだと思われるのですが、執刀医の「呼吸」のために、再手術したというコメントも、横に長い黒人の楕円形の鼻の穴が、横幅を削ったことで小さくなってしまうなど、呼吸への歌手の繊細な感受性として、気になったことが、見た目だけでなく、デザイン上にも影響しているかもしれません。(←言ってる意味伝わってるかなぁ)

わたしは、当初、MJの鼻のデザインへのこだわりは「美的」なものだと思っていて、細さと、上へのカーブが年々増して行った真意がわからなかったのですが、

もしかしたら、MJは、そこはそんなにこだわったわけではなくて、単に「たこちゅう♡」のやりすぎで、さらに「劣化」を招いたのかもしれません。

(その反省からか、この頃から、“たこちゅう♡”止めてるよねww)

とにかく、理由に関しては、今回挙げた「劣化原因説」を、今のところ、わたしは一番支持していますが、MJのような超天才を普通に考えては、いけない気もしますし、

また、その理由なら、新アルバムのプロモ時期を避けることも出来たはずなので、積極的に映画に出ようとしたことなども含めて、むしろ「そのまま」にした心情や、表情の変化が意味するところの方が疑問なんですよね。

というような「野望」と「疑問」をかかえつつ、

再度「Invincible」期を見て行きたいと思います!!!

ラブリーな“たこちゅう♡”追加しとくね


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すごくラブリーなんだけど、彼の鼻にとっては、負荷のかけ過ぎだったかも。。。

☆マイケル・ジャクソンの顔について(21)につづく




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by yomodalite | 2011-05-19 21:19 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(4)
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「マイケル・ジャクソンの鼻が低いままだったら、歴史は変わらなかっただろう」

そんな言葉が歴史の名言として遺ることも、もう間近に感じられる今日この頃、

毎回、緊張で震えつつも「顔について」も、とうとう20回記念!

ついに『HIStory』ショートフィルムに行きます!!!!

と、勢い込んでみましたけど、内容はたいしたことないので、ここでしっかりハードルを下げていただいて、続きをお読みくださいませ。m(_ _)m

『HIStory』のショートフィルム(以下SFと表記)は、下記の6つ。

注:「History」はティーザーで、リミックスのMJは当時のものではないので除外。「Come Together」も映画『Moon Walker』の映像がありますが、これも撮影時がHistory期ではないので除外しました。( )内の数字はシングル発売された年。



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Scream (1995.5)



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Childhood (1995.5)



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You Are Not Alone (1995.8)



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Earth Song (1995.12)



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They Don't Care About Us (1996.4)



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Stranger In Moscow (1996.11 米国では1997.8)



HIStory期のSFで印象に残るのは、彼の“眼”ではないでしょうか。この頃のMJの“眼”は、Dangerous期には見られなかった特徴が感じられます。

『HIStory』のSFは『Dangerous』の頃よりも、さらに、一作ごとに、念入りな「キャラ設定」と「顔造り」がされていると思いますが、一般的な印象として、この頃から、MJの「眼」が変わったと思われた方も多いと思いますし、タブロイド紙では「眼も整形した」などと言われていました。

確かに、この頃のMJは、これまでより眼が大きくなったように感じられ、また「三白眼」が目立っているように見えました。

その原因のひとつとしては、こちらのとてもとても素敵なブログでも、言われているように、MJの体調によるものということも充分に考えられると思います。

また、MJの薬物依存についても、まったく想像もつかない方もおられると思うので、麻酔を使いたいと思うほどの「睡眠障害」について、わたしの経験から少し説明したいと思うことも、たくさんあるのですが、

MJの「三白眼」は、この時期のSFの写真以外には、その特徴があまり見られないことと、また、このブログでは、MJの顔を「彼の表現として見る」ことを中心にしているので、病気以外の原因を考えてみたいと思います。

注:同時期のMJ写真としては、顔について(14)のインタヴュー時や、顔について(17)のマルソーとの写真や、MTVのリハーサル時などを参照してください。

まず、これらの「三白眼」は、メイクが原因ということについて。

多くの女子が知っていると思いますが、眼を大きく見せる「技」として、白目の下の際の部分に、白いラインを入れるというメイク法がありますよね。


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元々MJは、つけまつげなどのアイメイクには力を入れていましたが、この頃、特に「眼」が大きくなったように見えるのは、この白いラインが、彼の場合「ナチュラル」にそうなったからだと思います。

彼の肌は「白班症」により、この頃は「雪のように白い肌」になり、また、それをメイクでも、そのまま隠さず、強調するようになっています。

それで、肌と白目の色がほぼ同じ色になり、白目部分が拡大されたように見えるんだと思います。

◎画家ノーダール氏の証言(MJの自画像を描いていた画家による証言)

☆こちらのとてもとても素敵なブログに和訳があります(感謝!)すべて貴重な内容ですが「白班症」については(4)になります。

◎デビッド・ノーダール、20年にわたるMJとの友情を語る(1)
◎デビッド・ノーダール、20年にわたるMJとの友情を語る(2)
◎デビッド・ノーダール、20年にわたるMJとの友情を語る(3)
◎デビッド・ノーダール、20年にわたるMJとの友情を語る(4)

(引用開始)彼の皮膚は白かったのですが、白人の白さではなかったからです。冷凍庫のような、雪の白さだったのです。初めのうちは、白斑をカバーするために暗いメークをしていました。しかし広がるにつれて、白い部分を残りの部分と同じにするのが難しくなっていきました。だからだんだん明るくするメークを使わなければならなかったのです。(引用終了)

☆yomodaliteのひとりごと:わたしは、MJが画家に自分の自画像を描かせているところも、当時は、成金趣味とナルシズムを感じて、あまり好ましく思っていませんでしたが、今は眠れない夜につきあってくれる相手として画家が果たしてくれた役割は大きかったと思ってます。どんなに人生に前向きであっても、厳しい不眠が続くと、強靭な精神力をもてしても衝動的ということがありますし。。。

前述したように「三白眼」は、SFのセット写真以外ではそんなに目立っていないので「表現」や「演技」の要素が大きいと思うんです。

上記のSFの中で「They Don't Care About Us」だけは、歌詞にも「妻や子供」が登場するなど、実人生に沿ったキャラになっていて、特に映像では「三白眼」は感じられませんが、他の作品は、中性的で、年齢不詳な感じで、できるだけ「男性」も「父親」も封印しているように見えませんか?


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これは、MJとThree Stooges(3)でも引用した、2001年の「USA Today」のインタヴューで語っていたように、わたしには、

父親になって、子供達の世話や面倒を見て、正しいマナーを教え、でも、それを自分の音楽やダンスやパフォーマンスの妨げにはさせず、二つの異なる役割を演じた「結果」のように思えます。

また、この時期のSFの写真には「上目遣い」のものが多くないでしょうか?


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たぶん、MJが、これらのSFを創るときに、

メイクミラーの前で思い描いていた「顔のひとつ」は、

彼が大勢見てきた、下から大人を見上げる

“こどもの眼”だったんじゃないでしょうか。



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▲MJ自身が描いた、こどもの絵

☆「History」期は、とりあえずこれで終了。
「顔について」は、今後もう一度「Invincible」期を追求する予定。


♡おまけ♡

MJで「世界はひとつ」な動画

アラブ世界のMJ好き(MJがイスラム教に改宗してくれたらなぁ〜っていうのが多い)や、全世界で終わりそうにないMJ人気が感じられる動画を少しだけ。。。

☆一瞬MJが歌っているように聴こえる?ジャーメインがイスラム教に改宗したこともあり、熱狂的人気だったMJも期待されてたんだと思います♡
◎Give Thanks to Allah - Michael Jackson(←じゃないけど)

◎KABAH - Michael Jackson(←じゃないけど)

☆この“Irfan Makki”って人が、上のMJ似の美声の持主みたい。
なんか、もうファンになってしまいそうなんですけど♡

◎Who are you? Irfan Makki @ MuslimFest - Mississauga Summer Festival

☆これはデュエット!
◎I think of you ( Mesut Kurtis & Irfan Makki )

☆「MICHAEL 2」は彼にお願いしない?(爆)
◎irfan makki-nasheed  

☆Irfan MakkiのFace Book
http://www.facebook.com/IrfanMakki

☆踊るアラブの青年!
◎Arabic Micheal Jackson

☆サウジの警察官も!
◎Saudi cop dancing like Michael Jackson  

☆結婚パーティーでも!
◎michael jackson afghani dancing in afghan wedding cermony in saudi arabia jeddah

☆とにかく踊る!
◎michael jackson dangerous arabic style

☆トルコの“Got Talent”で、かなりイケテル「デンジャラス」を踊る少年。
◎Michael jackson turkish boy imitator

☆インドの“Got Talent”で、かなりイケテル「デンジャラス」を踊る少年。
◎Tribute to Junior Michael Jackson 2010 - Awesome lil kid performing Dangerous  

☆MJを尊敬してるに違いない、この少年にはアッシャーもびっくり!?
◎INDIA GOT TALENT - Michael Jackson Tribute

☆中国の人もがまん出来ない!
◎中国のマイケル・ジャクソン

☆(反省・まとめ・今後の課題②)につづく


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by yomodalite | 2011-02-23 23:05 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(19)
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☆(18)のつづき

HIStory期と言えば、やっぱり念願のこども誕生ですよね!
そんなわけで、MJと子供の写真を集めてみました。

ちなみに、月組のトップスターになった日(嘘)の2日前が、プリンス誕生日の1997年2月14日。

[1997.02.14]長男プリンス誕生
[1997.02.16]エリザベス誕生日パーティー

冒頭の写真は、MJの子供が初めて独占掲載された、1997年の「OK!」誌4月号に掲載された写真で、『マイケル・ジャクソン全記録』には3月25日に記録があります。



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表紙では、すごく鼻が細くなったように見えるのですが・・・


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こちらも「OK!」誌4月号。


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同じくこれも。

この下の写真は、同じ1997年の「LIFE」誌8月号


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同じ角度での比較は比較はできませんが、OK紙4月号の表紙のように「鼻が細く」見えるものはないですよね?


[1997.09.13]“20/20”Barbara Walters Interview
[1997.10.15]ヒストリーツアー終了(南アフリカ)


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こちらは1988年。日付けが特定できませんが、パリスちゃんが生まれる少し前で、もう全然鼻が細くないんですよね。



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こちらは、パリスちゃん誕生[1998.04.03] から間もない頃



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ツアーは終わったけど、子育て真っ最中の上にヒール・ザ・ワールド基金とか、ヒズ・フレンズ・コンサートの計画も始まり、忙し過ぎるせいか激ヤセ中ですが、、



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[1999.06.25]マイケル・ジャクソン・ヒズ・フレンズ・コンサート(初回・韓国)
[1999.06.27]マイケル・ジャクソン・ヒズ・フレンズ・コンサート(2回目・ドイツ)
[1999.08.13]Childrens Hospital Visit ← (17)参照
[1999.10.08] デビー・ロウと離婚
[1999.11.29] TVガイド誌特別号・表紙 →(3)参照



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これは1999年、デビーと離婚後か、その前後。。



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男の子の方に、MJカラーの「赤」を着せたいのかな。。



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オマー君は、ホントの兄弟のように一緒にいます。彼もいつも赤か黒。

それと、(17)の最後、ダメ押しで紹介した最後の写真は、1997年8月13日なんですが、“20/20”のバーバラ・ウォルターズのインタビューから、長女パリス誕生ぐらいまでの写真が少ないなぁと思ったので、1997年4月20日、パリのグレヴィン博物館で行われた自身の蝋人形除幕式に出席したときの写真を追加しました。サングラスはしていますが、興味がある人は鼻に注目して見てください。

「ケガ」ってこともあるし、念のため(笑)、

しつこく(笑)チェックしてみたんですけど、、

結局ほとんど変わってませんね。

HIStory期は、ショートフィルムも一作ごとに、すごく顔を創り込んでて、様々な曲の世界を表現しようとしているせいなのか、もしくは、こどもが生まれてからのMJは、これまで以上に仕事とプライベートを分けたいということもあって、メイクはそのスイッチという部分も大きかったり、あまりにもお父さんぽいイメージだけというのも、イヤだったのかもしれませんね。


I'm steady laughin', while surfacing
僕は平気で笑いながら、浮かび上がって来るよ。
(「Unbreakable」より)


おまけ。

成長した、こどもたちの話題

最近、ママ、パパ、ジャッキー、こどもたちと、やたらと出演している「オプラ・ウィンフリー・ショー」ですが、こどもたちが出演時に、聞きづてならないことを。。

◎Michael Jackson's Children Share Their Favorite Memories

この動画なんですが、聡明な美少女になったパリスちゃんが、パパはよく料理もしてくれて、、とか言ってます。え〜〜!!! マジで?と思って、スクリプトを探してみたところ、、ありました↓

「パパが作るフレンチトーストは世界一で、世界一美味しい朝食を作ってくれた」

他にも、MJがお菓子に厳しかった話もしてますが、それなのに「フレンチトースト」って、あのバターたっぷりで、シュガーや、シロップたっぷりな?って疑問もありつつ、どんなレシピだったのかなぁって思っていたら、この本を思い出しました。


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マイケルが序文を書いている料理本♡


トムとジェリーや、バックスバニー、ロードランナーとコヨーテなどの超有名キャラを多数生み出した、アニメーター、Chuck Jonesの楽しいキャラクターのイラストが表紙にも、中にも使われているんですが、レシピに関しては、写真もイラストもまったくない料理本なんですね。
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MJは、こどもが出来るずっと前から、育児書もすごく読んでたって言ってましたが、この本が出版されたのも、1993年で長男誕生の4年前です

☆序章の内容は、こちらのとてもとても素敵なサイト♡に翻訳があります。(上から2番目の記事)

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Chuck Jones氏が描いたマイケルの絵


で、そういえば、この本で、紹介されてる「フレンチトースト」ってどんなレシピになっていたかな?って、今回初めて、調べてみたんです。だって、MJ本として買ってはみたものの、アメリカ料理って興味ないじゃん(爆)絶対太るし。。

ピーナッツバター&ジェリーサンドウィッチとかレシピ必要かな?ていうのも載ってるんだよね


第一章 Cold Pizza for Breakfast?
第二章 Let's Do Lunch
第三章 Everyone's Entitled to Grazing Rights
第四章 Everybody, Sit Down for Dinner
第五章 Who's for Dessert?
第六章 Where Have All the Picnic Gone?
第七章 Home Is Where the Holidays Are
第八章 Roll Over and Play Sick



内容は、こんな感じで、絵本ぽいというか、物語風の章立てになっていて、
で、「フレンチトースト」載ってました。朝食じゃなくて、第二章の昼食の章に。

“FRENCH TOAST SANDWICHES”

Who ever met a child who didn't like French toast?
They like this even better!
フレンチトーストが嫌いなこどもなんている?彼らは何よりもこれが好きです!!

◎4 slice canadian bacon
◎4 slice Monterey Jack cheese
◎8 thick slices French or sourdough bread
◎1/2 cup eggnog
◎Powdered suger, optional Strawberry preserves or maple syrup (optional)

For each sandwich, stack 1 slice of Canadian-style bacon and 1 slice of cheeze between 2 slices of French bread. (As necessary, halve bacon and cheese slices and overlap to fit on the bread.)
パンとパンの間に、ベーコンとチーズを挟んで積み重ねる

Dip sandwiches into eggnog,thouroughy coating both sides. Spray a large skillet with nonstick coking spray and place over medium heat until hot.
“eggnog”っていう、牛乳+卵+砂糖がまざってるのが市販されてるんだけど、、
挟んでから浸すんだ。。

Add sandwiches. Cook 2+1/2 minutes or until golden
で、サンドウィッチ状態にしてから、焼く。

Flip sandwiches and cook until golden.
裏返しても焼く。。

Sift powdered suger over each sandwich.
ベーコンもチーズも挟んであるけど、パウダーシュガーもしっかり降って、

Serve with strawberry preserves.
いちごジャムまで、添えろって。。。 どんだけ、クドいのよ!!!


MJは、ベーコンは挟まないよね?
でも、こういう手作りの場合は、砂糖もジャムもOKだったのかな。。

インタヴューでも、スニッカーズやコーラも、時々は許してくれたって言ってるしね。

ハァ…食べてみたいっ♡

☆(20)につづく



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by yomodalite | 2010-11-10 11:41 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(11)
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ここまでの補足です。

冒頭の写真は、当時アディダスの株価を爆下げしたMJの私服写真(嘘かどうか不明w)


ここ数日、「リサ・マリー オプラ」で検索して来てくれる人が多いのですが、

リサ・マリーとは、離婚後も、ラブラブで会っていたり、デビーとも仲睦まじかったり(←このあたりの写真は、このブログのポリシーにより無視)

とか、

それと、気づいている人もいるかもしれないけど、このブログでは“女”の話題は、慎重に避けているので、そこんとこは、よろしくね♡

とか、このポリシー(* ̄∇ ̄*)については、なんとな〜くわかってくれたらいいなぁと思っていたんだけど、やっぱり少し説明しとこうかなぁと。

まず、

MJの女の話題に関して避けている理由のひとつは、他の方の素敵な研究と「かぶる」からです。

私は普段の生活では、どうしても人と一緒の意見を言うのがイヤだということはないんですが、ブログでは、他とかぶりそうな場合は書かないと決めてます。

MJの女性関係に興味がないわけではなく、その部分に関しても、苦手な英語力に泣きながらも、それなりにがんばってはいるんです(興味はあるw)

◎Love Survives

ただ、MJはあんまり女性に影響を受けてないんじゃないかと思うんですね。

もちろん、それが正しいかどうかはわかりません。そうでなくても、MJについては、今までの天才とは違う点がいくつもあって、私にはわからないことだらけなんですけど、特に、女性とか恋愛に関してのことだと、つい、自分目線で考えそうになってしまうので、必死で自制しているというか・・

「顔について」を書き始める前から、不思議だったのは、リサともデビーとも離婚の際にほとんどもめていないし、離婚後ふたりとも、MJを責める発言をしていないどころか、リスペクトも失っていない。異なるタイプに見える2人の妻だけでなく、実際につきあったと思われる女性はみんな、金目当てで訴えたり、もめたりしていない。MJはつきあう女性の選び方においても、掌握力においてもハンパないんじゃないかと。

それは、幼い頃からアイドルだったアーティストとしては、すごくめずらしいことだと思うんですね。

やっぱり、アイドルスターから、大人のアーティストとして飛躍しようとした、最初の大きなステップで、彼の最も有名なパフォーマンスでもある「Billie jean」は、MJを考えるうえで、本当に興味深いなぁとしみじみ思ったり・・・

それと、MJのことは作品を聴いたり、見たりすることのみが重要っていう「お叱り」も、ときどき、感じるんですけど、私は音楽に関して語ることなんて出来ないし、MJの顔について書き始めたのは、彼のことを全然知らない人は、音楽に触れる以前の障害になっていたり、整形のことばっかりだったし、ファンの中でもスルーだったり、言いにくかったり、誤解している部分があるような気がしたのがきっかけだったんです。

MJが整形によって頻繁に顔を変えていたってことに関しては、もう、ここまでで「そうではない」という結論が出せたように思いますし、インヴィンシブル期の極わずかな期間を除いては、ずっと「男前」だったってことも、断定ダイアナ(マイケルだじゃれ by 和田唱)でイイんじゃないかと思うんですが、

それでも、まだ、私が「顔」にこだわって行きたいと思っているのは、ヒストリー期から後は、フォトセッションも、ショートフィルムも、これまでより、ずっと「顔」を創り込んでいると思うからなんですね。

そういった「顔」の意図を、彼の普段の顔との差から探ったり、

また、彼の最後のときにも関係がありそうな、ドラッグや、お金の問題も、「顔」から読み取れることが、すっごくあるんじゃないかと思っています。

そんなわけで、つい、わたしも自分のうっとりタイムのために、うっかり、男前写真ばっかり集めてしまったりしてしまうことが押さえきれない部分はあるんですが、もう、MJのイケメンぶりには飽きた!(爆)っていう人の気持ちもわかるんです。

だって、MJ以外のエントリを見てくれている人は、知ってるかもしれないけど、中村俊輔とか、ゲッツ板谷とか、立川談春とか、ブログ主は、基本的に「イケメン好き」じゃないどころか、どっちかつーと、ブサイク好きなんですよね!(ごめんね♡俊輔)

なので、別にMJが「男前」じゃなくても全然かまわないし、むしろ、MJがこんなにイケメンじゃなかったら、もっと早くファンになっていたかも。と思えるぐらいなんですよね。(と言っても、変顔になったからMJ好きになったわけじゃないですが。笑)

でも、例えば、

リサ・マリーが語っている内容の時期に、MJが、プライベートで、どんな表情をしていて、雑誌では、こんな「顔」を創っていて、SFでは、こういう「顔」だったんだ。って感じで、彼の「顔」を見てもらえたら、逆に、彼のアーティストとしての凄さが、わかるんじゃないかとか。。。

少なくとも、わたしは、彼の顔にこだわればこだわるほど、彼の作品の凄さというか、ありえないレベルの天才に圧倒される日々が、まだまだ続いてしまいそう。。。

と、まぁ、どーでもいい、言い訳ばっかり、長々を書いてしまいましたが、これからも、よろしくお願いします。m(_ _)m

(あと、女に関しては、書かないといいつつ、ラ・トーヤについて、少しこだわっているのは、彼女が、MJの作品にもっとも多く登場しているからです。念のため♡)



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by yomodalite | 2010-10-24 22:03 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(10)
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☆(17)のつづき

冒頭の写真は「HBOスペシャル・ワンナイト・オンリー」のリハーサルで倒れ、入院していた病院から退院するところ。

当初は、HIStory期の雑誌や、ショートフィルムなどを振返る予定だったのですが、あの、どうしても記憶に残ってしまった、デビーとの2ショット



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これは、1996年9月から始まったヒストリーツアー中に結婚した、1996年11月頃の写真だと思うのですが、これと前後する頃をツアーやパフォーマンス以外のインタヴュー動画や、写真で振返ってみたいと思います。

前回(17)の最後でも、1996年と1997年のプライベートビューティー写真を少しアップしましたが、HIStory期と言えば、メイク変顔の宝庫という認識で始めてみたものの、、なんか納得が行かないんですけど、探しても探しても、もう飽きてしまうくらい「男前」写真ばっかり見つかってしまうんですけど・・・何でかな?(笑)

では、

まずは、顔について(14)の「Prime Time Live」から、1ヵ月余後のインタヴューから

[1995.7.26]“MJ CHANGES HISTORY”Bill Bellamy Interview
☆インタヴューが始まるのは、8:15〜
◎MJ CHANGES HISTORY Interview Part 1



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[1995.8.17]Simulchat (Manhattan, USA)
☆アメリカの主要オンライン・ネットワークを使った、チャットによるMJインタヴュー
(スクリプト)http://www.allmichaeljackson.com/
(和訳)http://moonwalker.jp/ → INTERVIEWS → MJ simulchat 1995

[1995.9.07]MTVアワード →顔について(17)参照
[1995.9.23]BET15周年記念ショー“You Are Not Alone” →(17)参照
[1995.12.6]HBO スペシャル・ワンナイト・オンリーのリハで倒れる →(17)参照
[1995.12.12]入院していた、ベス・イスラエル病院(NY)から退院 →冒頭の写真
[1996.1.19]リサ・マリーと離婚



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[1996.2.16~18]ブリットアワードのため、ロンドン到着
これは、つけまつげじゃないよね?まつ毛長っ!!!(写真クリックすると拡大します)


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赤のスタジャン+赤シャツ+黒マスクというハンデがありながら“男前”が隠しきれない!
赤ジャンはスペインの「TORPEDOES SOCCER CLUB」のもの(だと思う)。

ビッグじゃないサッカークラブのユニを着ているのは「依頼」かなぁ。
でも胸の「Doo Doo」はMJオリジナル刺繍だよね??

[1996.2.19]Brit Awards “Earth Song” →顔について(17)参照



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[1996.3.19]“キングダム・エンターテイメント”設立記者会見(パリ)


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顔について(17)で、ミーティング写真をアップした、サウジ王子と、文字通り「王国の会社」を立ち上げる。とにかく、もうKING街道まっしぐら!


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[1996.5.08] Would Music Award(モナコ)いっぱいトロフィーもらったよ♡

☆下記のとてもとても素敵なブログに、WMAのときの超GOODな記事があります!
◎1996年ワールド・ミュージック・アワード。トロフィー大漁!Part.1
◎1996年ワールド・ミュージック・アワード。トロフィー大漁!Part.2

[1996.7.16] ロイヤル・ブルネイ・コンサート(ブルネイ共和国)



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[1996.7.18] マンデラ誕生パーティー出席(南ア)上のデビーとの写真の3ヵ月前



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[1996.7.19] ヨハネスブルグ・サン・シティー訪問(南アフリカ)


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この右側の子は、おバカメディアで“隠し子”と騒がれていた、オマー君かな?
◎Omer Bhatti in Italy (Bravo Bravissimo)


[1996.9.07] ヒストリー・ツアー開始(チェコ・プラハ)

[1996.7 or 9] Middle-Eastern children(カサブランカ or チュニジア)
☆アラブの7〜12歳の子供たちによるインタヴュー。Soooo Beautiful!!!!
◎Michael Interview with Middle-Eastern children
◎(テキスト)http://maljas.republika.pl/wywiady/arab.htm

[1996.11.10] VH1 インタヴュー(HIStory Tour in Thailand?)
☆ファンの質問に答えるという主旨なので、しぶしぶ応じたという感じ。
◎VH-1“HIStory Michael Jackson Interview”
◎(テキスト)http://www.allmichaeljackson.com/interviews/vh1interview.html

[1996.11.15] デビー・ロウと結婚(マイケル38歳、デビー37歳)

[1996.11.19] Molly Meldrum インタヴュー
☆ヒストリーツアーで訪れたオーストラリア。ステージ前のため、フルメイクでのインタヴュー。このカウボーイなインタヴュアーは、スティーブン・キングの熱狂的なファンで、インタヴュー後半は、ゴーストで共作したキングのことばかり、熱心に聞いたり、キングの本にMJのサインをもらうなどの、はしゃぎっぷり。でも、この直後に、MJの結婚が発覚して、特ダネを取り損なったことを、後悔したらしい。。
◎Molly Meldrum Interview



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この後、オーストラリアでは、MJは動物好きキャラを買われ「ワニと添い寝して来い!」のロケに行かされる!(嘘)

◎Michael Jackson Feeds Crocodile

このときのツライ体験が“Earth Song”の叫びとなる(嘘)
(ただし、“Earth Song”がオーストラリアのホテルで書かれたのは本当)

◎(テキスト)Michael Talks About Some Of His Songs

“Earth Song”(テキトー訳)
オーストラリアのホテルで書いたのを覚えています。わたしは、とても多くの地球の痛みと、苦しみを感じました。わたしは、自然が、人々の不始末を一生懸命補おうとしていると思うんです。生態の不均衡。。多くの環境問題、人々に、この惑星のそうした声を聞かせるために。。それが“Earth Song”です。オーストラリアをツアー中に、突然、それは、やって来たんです。

[1996.12]NTV Japan インタビュー
☆日テレによる来日時のインタヴュー。日本の印象を聞かれ、赤ちゃんがカワイイ。技術力がスゴいとかの後、なぜか笑いが止まらなくなる。
◎NTV Japan (中文字幕)

[1997.2.14]長男プリンス誕生

[1997.9.13]“20/20”Barbara Walters Interview
☆ツアーの最中にして、結婚、長男誕生、ダイアナ死亡のショックにより、コンサートキャンセルなど、超多忙だったためか、MJかなり痩せてます。
◎ABC“20/20” (Part 1)

[1998.4.03] 長女パリス誕生

[1998.12.12]Michael Jackson in Bahamas
☆久しぶりにリラックスした表情。花火とともに写っている建物はアトランティス・パラダイス・アイランドというバハマ最大のリゾートホテル。ロイヤルタワーにはMJ専用のスイートルームもあったみたい。
◎Michael Jackson Bahamas 1998

☆このときの歌は予定外。MJの「聞いてないよぉ〜」の場面が入っています。
◎michael jackson bahamas

☆バハマでのパーティーに居合わせたファンのリポート
http://legend-of-mwfc.la.coocan.jp/ → REPORT-1 → MJ in バハマ '98

[1999.6.25]マイケル・ジャクソン・ヒズ・フレンズ・コンサート(初回・韓国)
[1999.6.27]マイケル・ジャクソン・ヒズ・フレンズ・コンサート(2回目・ドイツ)
[1999.10.08] デビー・ロウと離婚
[1999.11.29] TVガイド誌特別号・表紙 →顔について(3)参照


リサとの離婚から、すぐのデビーとの結婚で、女のストライクゾーンの広さでも、KINGの器のデカさを見せつけたMJでしたが、元々、リサとの結婚を偽装と信じて疑わないアホメディアは、またもや、デビーとの結婚も出産も、良いネタの燃料投下とばかりに、勢いは増すばかり。。。

アルバム「ヒストリー」から、益々、世界中で売れるようになっていたものの、この頃から、世界との乖離が、さらに激しくなった、アメリカでのみ、メディアの狂乱、幼児虐待疑惑により、売行きが落込むという現象が。。。

でも、この頃のMJは、特に、海外に行くと、すごく自然なイイ表情をしていたり、残念ながら(苦笑)、リサ・マリーとは、離婚後も、ラブラブで会っていたり、デビーとも仲睦まじかったり、(←このあたりの写真は、このブログのポリシーにより無視♡)、ついに念願の子供も誕生しちゃったりで、プライベートも、すごく充実している感じが、間違いなく「顔」に表れてるみたい。

なんとなく、ヒストリーツアー終盤から、鼻がすごく細くなったように感じた人も多かったと思うんだけど、Would Music Awardのときの「細い鼻」は、マンデラを会ってるときは「ぽってり」、デビーと結婚したときはまたもや「細い鼻」... 2ヶ月ほどで「行ったり来たり」... やっぱり、あれもメイクだったと考える方が妥当ではないでしょうか。。

この後の[19]でも確認してみてください。

☆おまけ


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[1997 Breman, Germany Visit]
これに限らず、ヒストリー期のMJのミリタリーファッションは、すごく進化してたってことに、あらためて気づきました(愛の戦士による、世界の構築というコンセプトどおり)どれもこれも、すごく凝ってるしカッコいい!!!(でも、あの頃は、またこれだよ。とか思ってた...ぐっすん)今頃になって、ブランドも注目しだしたけど、ホントそうだよねって感じ。。


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これは、どことか、いつとか、わからないけど、ヒストリー期のもの。マスクも今見ると超カッコいいんですけど(笑)

マイケル・ジャクソンの顔について(19)につづく





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by yomodalite | 2010-10-22 16:43 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(21)
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☆(16)のつづき

冒頭の写真は1995年、パントマイムの神様マルセル・マルソー氏と。

このときのマイケルは、本当に尊敬している人との良い緊張感も伝わって来て素敵なんですが、ただ、その緊張感が災いしたのか、この後、MJは倒れて深刻な状態となり、予定されていたイベント「HBOスペシャル・ワンナイト・オンリー」は中止になってしまいました。






このときのMJは動きが固いですが、TIIのジュディスとのデュエットのときのポーズなど、ショーが幻に終わったあとも、色々研究してたような気がします。

マルソーとのイベントでは、「Childhood」を歌う予定だったとか。。。


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MJは、マルソーの名前をあげることはあまりなかったと思いますが、でも、彼の代名詞のような「Billie Jean」のパフォーマンスも、「Dangerous」のパフォーマンスも、彼の幼い頃からのアイドル、アステアや、サミー・デイビスJrの影響にパントマイムの要素を取入れていったものではないでしょうか。

「Billie Jean」は、世間知らずの若い男に巧妙に近づき、罠にハメようとする女と、それを否定する「自分」を歌った内容ですが、

◎訳詞(Billie Jean Performance 1983 - 2001)

パフォーマンスは、マルソーなどパントマイムやピエロ、大道芸人など、パフォーマーの総体というべき「魂」が宿っているように感じます。

あの「トランク」はヒストリーツアーから登場していますよね。


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私は「Billie Jean」のパフォーマンスを見ると、彼の女性に対しての並々ならぬストイックさに加え、彼のアーティストとしての決意というか、「魂」を感じてしかたがないのですが、「Billie Jean」も「Dangerous」のパフォーマンスも、最初より徐々にパントマイムの要素が多くなっていったように思います。

まずは、「Dangerous」パフォーマンスの写真から見ていきたいと思います。

(14)から違和感があった「メイク顔」ということで考察を始め・・・確かに、あの頃、急激にメイクが濃くなったMJに当時はすごく違和感を感じたんですが、振り返ってみると、HIStory期のショートパーマヘアのMJが今はすごく美しく見えてしまって、というか、個人的にはすっごく好きで困ってしまったというか、、

いや、別に困ることないか(笑)

でも、自分でメイク変顔とか言いだしたくせに、もしかしたら「変顔」ファンの方には、期待に添えない結果になるかも、、、

では、

1993年、第20回アメリカン・ミュージック・アワード(AMA)のオープニング。
これが「Dangerous」のファーストTVパフォーマンスです。





HIStory期のパフォーマンスは、1995年のMTVビデオ・ミュージック・アワードが最初だと思いますが、たぶん、多くの人が違和感を感じたのは、、、


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MTV Video Music Awards(1995.9.7)の、この顔ですよね?

これは「Billie Jean」のときの衣装で、


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「Dangerous」はこれですね!

MJにしては長めのMCつき。パントマイムぽい動きが多くなってますよね。






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MCは、こんな感じ。。。

“Some of us like to play it safe and take each day as it comes; some of us like to take that crazy walk on the wild side. So for those of us who like living dangerously, this one's for you. ...

自分も、もっと、ワイルド・サイドを行くという宣言かな...


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これは、あんまりメイクしてない、リハーサル時



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どっちも素敵。。。♡♡♡

下記は、HIStory期のTVパフォーマンス

◎THE SOUL TRAIN 25TH ANNIVERSARY HALL OF FAME SPECIAL
◎’95 MTV Video Music Awards  9.7
◎’95 BET Awards “You Are Not Alone” 9.23
◎’95「Wetten Dass..?」 11.4
◎’95 HBO Special One Night Only(急病のため中止)12.6
◎’96 Brit Awards “Earth Song” 2.19
◎’96 Would Music Awards “Earth Song” 5.8
◎’97 Elizabeth Birth Day 2.17



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それと1995年は、MJが「月組」に、入団した年ですね(嘘)


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本当は、ドイツの人気TV番組『ウェッテン・ダス』出演時
パントマイムに更に研きがかかってます!!!






こちらは、ブリットアワーズの授賞時


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動画は、ブリットアワードでの「Earth Song」。4:40ぐらいからステージに左方から現れて、5:00ぐらいにアップで写っているのが、パルプのジャービス・コッカー。この神々しさでは、恐れや嫉妬を受けてもしかたがないかも。。。


そして1997年、入団から2年という過去最短で月組トップスターに!!!(嘘)



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初のトップ公演「ベルサイユのバラ」初日に、OGのエリザベスもお祝いに駆けつける!!! ふたりの、ただならぬ仲の良さにレズ疑惑も・・(嘘)

本当は、エリザベスの65歳の誕生日に、歌のパフォーマンスをした。

◎[動画]MICHAEL JACKSON ELIZABETH I LOVE YOU

このあと、

1997年11月8日『Wetten Dass..?』 で「Smile」を歌う予定をキャンセル。12月1日に予定されていたイギリスでのTV出演もキャンセルになり「Smile」発売もキャンセルになりました。

1999年は、落下事故もあった、Michael Jackson His Friendsコンサートを経て、INVINCIBLE期に突入しますが、やっぱり、今から振返ると、HIStory期のMJの顔はステージに関しては、すべて納得というか、しいて言えば、エリザベス誕生日に「女装か!」と言いたくなるぐらいで、むしろ、なんで変だと思ったのか、今では不思議になるぐらい(←私だけじゃないよね?)

そんなわけなので、今回はお口直しではなく「ダメ押し」として、1996年と1997年のプライベート「ビューティー写真」を。


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Meeting with Saudi Prince,1996


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Australia Visit,1996


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New Zealand Visit,1996


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Grevin Museum Visit, April 20,1997


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Childrens Hospital Visit, August 13, 1997


☆(18)につづく




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by yomodalite | 2010-09-20 15:02 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(23)
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☆(15)の続き

(14)で、MJのメイク顔を探ると言っておきながら、(15)でアップしたMJの顔は、Bad、Thriller、Dangerous、Blood on the dance floor・・・「HIStory」どこいってん?と思われている方も多いと思うんですけど・・とりあえず、そのメイク顔の「元」を探っているところなので、どうか寛大なお心でおつきあいくださいませ。

では、

冒頭の写真は、若い頃のチャップリン。結構スイートなイケメンです。



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それが、徐々に、こうなって、おなじみの「チャップリン」になったんですが、


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このメイクアップの時に、眉を墨のようなもので描いているところなど、私はプリンセス・テンコー氏の「マイケルはサインペンでアイメイクしてました!」という証言を思い出しました。

西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』では、90年代に吹き荒れた逆風の原因を、ブラック・ミュージック界の若きスターが「挑戦者」としてポップチャートに攻め込んだ存在だったMJが、スリラーでチャンピオンとなり、防衛戦を強いられる立場になったことが大きいとし、「ニルヴァーナの衝撃」(P198)では、ニルヴァーナ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ベックなど、グランジ、オルタナティブと呼ばれた当時を代表するアーティストが挙げられていました。

予算に際限のないプロモーションによるお金持ちなイメージへの反感や、私服センスなども、等身大のスターが求められた90年代に、あまりにも時代とかけ離れたセンスを感じましたし、

HIStoryティーザーでは、彼の飛び抜けたスター性を自らパロディ化したところがカッコいいと感じましたが、当時のMJに対して揶揄する雰囲気には共感できるものもありました。

◎ブリット・アウォーズでの騒動

下記に、当時のグランジ、オルタナティブ系のバンドを少しまとめてみました。(私は、Weezerや、Beck、Saint Etienneなどのオルタナ系をよく聴いていました)


☆グランジ系

ニルバーナ
2002年までに欧州で最も流されたPVと言われている
Smells Like Teen Spirit('91)




“Eat It”でおなじみの
アル・ヤンコビックのパロディ





パールジャム
Even Flow





アリス・イン・チェイン
Love, Hate, Love




☆オルタナティブ系

ウィーザー
Buddy Holly




ちなみに、
ウィーザーの2008年の曲の歌詞にはMJが登場します
Heart songs




ベック
E-Pro




MJのパフォーマンス中に乱入した
パルプ
Common People




ザ・ヴァーブ
Bitter Sweet Symphony





アメリカでは売上げを比較すれば、圧倒的にグランジが主流で、グランジ系のパールジャムは、当時のジェネレーションX(年には異なる見解もありますが、1960年から1974年までに生まれた世代。日本では“新人類”という言葉があった)たちの苦悩の代弁者と言われ、同じく、その先頭に立っていたニルバーナのカート・コバーンは本来の自分と熱狂するファンのイメージのギャップに苦しみ、27歳で自殺(1994年)してしまいました。

この時代、MJが彼らの苦悩がわからなかったわけではないと思うんです。彼は外国の子供たちをお金だけで支援して来たわけではなく、国内のさまざまな不幸な子供たちを若い頃から見てきていますから。

日本の「新人類」は総中流の時代に生まれ、そうでなくても裕福になれる希望があった世代ですが、貧困や崩壊家庭をバックボーンにするグランジ系からは、未来への希望がなくなった超格差時代の到来が強く感じられます。

グランジ世代たちが触れたことのない、豊潤な文化に幼い頃から培われて来たMJにはむしろ、この世代への自分の役割がはっきりわかっていたんではないでしょうか。

そして、今改めてMJが時代からかけ離れたように見えたことを考えてみると、そのひとつには「チャップリン」の影響が大きいのではないか、と思い始めました。

以前(5)で、「ヒストリー」から最後にシングルリリースされる予定だった「スマイル」が、発売中止になったのはお笑いマニアのMJが「今、チャップリンちゃうやろ?」と思ったから。などという妄言を書いてしまって、ずっと反省していたのですが、

本当は、「今、チャップリンやらんで、どうするねん!」が正しいんです!

酷い貧乏や、母親の精神異常など過酷な少年時代を経て、世界中を笑わせ、楽しませるようなスターになったチャップリンこそ、今の若者や子供たちに伝えるべき人物で、「Smille」こそが、彼らへのメッセージだと彼は考えたのではないでしょうか。


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この写真は、3枚とも1979年に撮影されたもの。


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オフ・ザ・ウォールの頃ですね。


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『HIStory』発売の2年前、93年のGrammy living legend awardで、司会者から、「彼は、いったいいつからこんなに面白くなったのか」とか言われてましたが、メディアは、子供のころと、顔が違うことはやたらとしつこく繰り返しますが、彼がまだ10代の頃、ラスベガスでのショーや、そのショーを元に制作されたTV番組「ジャクソンズ・ショー」で、お笑いも完璧にやっていたことは忘れてしまったんでしょうか?

ちなみに、ジャネットがThe Jacksons Variety Showで、何度もモノマネをしているのは、ダリも絵に描いているメイ・ウエスト

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☆生涯を通して、ネタになり続けた、スゴい女優です。
◎Timothy Dalton and Mae West in "Sextette"

☆ジャネットのメイ・ウエスト
◎The Jacksons Variety Show Episode3 Part2


ジャクソンズ・バラエティーショーは、自伝『ムーンウォーク』の中で、TVのシリーズ番組は最低の仕事で、レコーディングアーティストとしてのキャリアを駄目にする(P133)と語り、「僕はコメディアンではありません」「僕はミュージシャンです」とあるのですが、

その数ページ前(P122)では、番組の元になったラスベガスのショーで寸劇を演じるのはとても楽しく、そのショーを見て、CBSテレビの人間がバラエティ番組のアプローチをしてきたことには興味を持ち、単なるモータウンの黒人グループ以上の評価を得ていることを喜んだ。とあります。

この番組からは、彼が、演技もコントもすごく好きなことがよく伝わるんですが、まだ自らの作曲による作品を発表できず、将来的に高い音楽的評価が得られるアーティストを目指していたMJは、茶の間に人気者として埋もれていくことへの不安から番組を視聴率が高いまま、終了させてしまいます。レコードの売上げが落ちたと『ムーンウォーク』には書かれています。

幼い頃に、あれだけの芸達者ぶりを見せたMJが、「オフ・ザ・ウォール」「スリラー」の頃、極端にシャイになったのは、レコーディングアーティストとしての自分を守りたい、チャイルドスターとしてのイメージを一旦白紙にしたいという強い気持ちからだったんではないでしょうか。

実際、スリラー期になると、メディアはMJと言えば「シャイ」で、子供のように無邪気でみたいな記事ばかり・・・幼い頃から、芸能人で大人っぽい歌を歌える抜群な表現力があったのに?

ジャクソンズ・バラエティーショーの6年前、
Diana Ross TV Show Special 1971 
It Was A Very Good Year





そのときどきで、彼が見せる「顔」が、完璧すぎるからなんでしょうか。

そんなわけで、以前、エディ兄さん、クリス兄さんなどと言ってしまいましたが、エディは、MJより、2つ年下で16歳でコメディアンになっているので、

やっぱり「よしもと」に入ったのもMJの方が「兄さん」でした(笑)



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これはヒストリー期に撮影されたもの。



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『キッド』ですね。


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「モダンタイムス」


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ただ、ヒストリー期のMJのチャップリンは
それまでのものより笑ってませんね


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監督、脚本、プロデュース、主演、音楽までこなした天才であり、悲惨な幼児体験(7歳で父親をアルコール依存症で亡くし、母は極貧生活の中で精神に異常を来たし、施設に収容され、10歳でコメディアンになった)をもつチャップリンは、MJにとって、エンターティナーとしても映画制作者としても、また、貧しく同じように悲惨な幼児体験をもつ子供に勇気を与える存在としても興味がつきない人だったと思います。

当時は、時代に逆行しているようにしか見えませんでしたが、

90年代以降、世界が「笑えない」方向に進もうとしていたことを、もっとも敏感に察知していたのはマイケルだったんではないでしょうか。

チャップリンも第二次世界大戦前から、幼児性欲者、容共主義など、様々なパッシングを受けるようになり、ノーベル平和賞のノミネートを受けながらも、アメリカからは国外追放命令を受けました。

バッシングを受けるようになったタイミングも理由もマイケルに似てますね。

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by yomodalite | 2010-09-10 00:38 | マイケルの顔について | Trackback(1) | Comments(43)
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☆(14)のつづき

MJの普段ファッションを、大雑把に年代順に区別してみました。

◎ビル・ブレイ期(注1)
◎ジェームス・ブラウン
期(注2)
◎アンドレ・キム期(注3)
◎プレタポルテ期(注4)


(注1)量販店で売っているようなシャツ+パンツといったスタイル。『マイケル・ジャクソンの思い出』 で、ロスのアパート時代は、ビル・ブレイが私服を買いに行っていたという事実から命名しましたが、あのセンスをすべてビルのせいにしてはいけないと思います(笑)。この時期は、JB期と重なっている部分もあり、期間としては曖昧ですが、04年の裁判前ぐらいからあまり見かけなくなりました。

(注2)制服や軍服のエッセンスが効いたジャケットスタイル。後年はオリジナリティ溢れるスタイルになりましたが、初期の頃のスタイルは、それまでの黒人アーティストにもよく見られたファッションなので、彼のアイドルにちなんでこう名付けました。また、たぶんMJもやっていたのでは?と思われる「ウィーブ」と呼ばれるストレートヘアのエクステの元祖もJBらしく、MJとも関係の深いアル・シャープトン師も、JBに奨められて始めたようです(人気コメディアン、クリス・ロックのドキュメント映画『GOOD HAIR』より)。

『GOOD HAIR』:クリス・ロックが、娘から「何で黒人の髪はチリチリなの?」という子どもならではの素朴な疑問をきっかけとして、アフロアメリカンのルーツを迫ったドキュメント映画(シャープトン師は1:30ぐらいに登場)






(注3)ユニフォーム好きは、終世変らないものの、それまで普段着によく見られた腕章シャツも、2000年前後の韓国のデザイナーアンドレ・キム氏の登場により登場回数が減少。キム氏のファッションは、映画『THIS IS IT』のリハーサル時も着ていますが、特に、そればかりが目立っていたのは、2001〜2003年頃でしょうか。このページの、2000年、2001年、2004年、2008年が、キム氏によるものですが、Exeter City Football Club でスピーチしたときや、オックスフォード・スピーチのときの服が印象的で、このブログでは、これらを「おばちゃんの一張羅」と言っていました(謝)


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Exeter City Football Club Speech



(注4)時期は曖昧ですが、1番早く見積もって2003年?目立ってきたのは、2007年頃からでしょうか。それまで、どこにでも売ってるようなシャツか、もしくは特注という、極端だったMJの普段着が急激にオシャレに。自らショップに行くなど、エド・ハーディ、ディオール・オム、バルマン、ジバンシーなどのデザイナーズが加わる。


MJの普段着やヘアスタイルに関しては、そんなところで....


アルバム「ヒストリー」は、Disk 1 “BEGINS”というベスト版と、Disk 2 “Continues”の新曲による、2枚組ですが、過去の作品を大事にしながらも、また新たなスタートといった、Disk 2 のリストから、MJのメイクは、どんどん濃くなっていくのですが、MJは、ここから更なるアーティストとしてパワーアップを目指していたと思います。

子供時代に世界的な大スターになって、そこから、さらに一段と輝きを増して時代を築いた、ほとんど唯一の存在であるMJには「変化」を恐れないだけでなく、変化は必然で、常に「進化」し続けるという意識があるんだと思うんです。

影響を受けたものを取入れて、時間をかけて自分のものにして行く...

下記は、彼がこれまでに受けてきた影響に関して、少しだけ写真でまとめてみました。


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右側の写真は、エドワード・スタイケンが撮影した、女優グロリア・スワンソン(GLORIA SWANSON)の写真。

左側は、元々の“BAD”のカバー写真の予定だったけど、レコード会社側の反対で却下されたもの。どうして、この写真にしたかったのかは、わかりませんが、MJ以前の黒人アーティストには、両性具有的なイメージや、ゲイカルチャーに影響を与えるような、アイコンはいなかったことから、かなりのチャレンジ精神を感じます。


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右側は、伝説の美男俳優ルドルフ・ヴァレンティノ。
Rudoph Valentino “A Sainted Devil” (1924)


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この右側の人も、ヴァレンティノ。
Rudoph Valentino“The Son of The Sheik” (1926)

MJはバッドツアーのリハーサル中。煙草を吸うマネはときどきしていましたが、煙草を吸わないMJが、煙草を手にしているのは「モノマネ」のためと思われます。


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これは、絶対ロミオとは言い切れないけど「リベリアン・ガール」には、ジュリエット(オリビア・ハッセー)が出ていましたね。


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これは、ナポレオンで、いいよね。


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「Smoose criminal」の衣装だけでなく、「Way You Make Me Feel」の青シャツ+ヒモベルトもフレッド・アステアのファッションから。



あと、意外と日本の映画にも影響を受けていますね。




例えば、、、




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大阪、ミナミ、宗右衛門町のクラブ「簾(すだれ)」で、豪遊するMJ。

「おなごを抱く時は、命懸けで抱かんかい、ボケがあッ! 」

きゃぃ〜〜ん♡♡


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「逃げたらえぇ。… ただワシは、 アンタがどこにおっても必ず追い詰めまっせ… 」

もう、地獄の果てまで、取り立てに来てっ!!!♡



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「法律ちゅうもんは、弱いもんの味方するんやのうて、知っとるもんだけに味方するもんや」

裁判は、絶対負けないぞーーーーー!!! 


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す、すいませんーーーーーー もう、このぐらいにしておきます!!!(謝)

嘘です。「KING OF MINAMI」は「KING OF POP」とは、なんの関係もありません!!!


軌道修正します!!!


(10)で、紹介したエイブラム裁判時の、このポーズ。


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もしかしたら、これに影響されたのかも。。。


世界的に有名な写真家、リチャード・アベドンの「チャップリン」の写真。



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MJは、チャップリンのモノマネは、何度もやっていますよね。
チャップリンに関しては、マイケル・ジャクソンの顔について(16)で。



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by yomodalite | 2010-09-10 00:00 | マイケルの顔について | Comments(58)
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「Happy Birthday Michael 2010」で、2000〜2009年までのMJの顔が、全然変ってないどころか、むしろ2005年の裁判以降は、体型の変化も、顔のむくみもなくなり、永年の懸案だったステージ以外のファッションまで超オシャレになってしまうという事実を、うっかりw見せてしまいましたが、

それが、どんなに動かしようのない「事実」であっても、マイケルが行く先には、必ず「変顔」がある!w

全国、極少数のマイケルの変顔ファンのみなさま、ここからは、なんだかよくわからなかった彼の「メイク顔」を振り返ってみたいと思います。

最初に、MJのメイクが目立ってきたのは、アルバムでも、ステージでも「HIStory」からだと思いますが、ツアー時以外のショートフィルム(以下SF)、TV出演、雑誌撮影に集中して見て行きたいと思います。

◎Bad (1987 - )
◎Dangerous (1991- ) 
◎HIStory (1995 - )*ヒストリーツアー(1996 - 1997)
◎Invincible (1998 - )*アルバム発売は2001年。制作期も含めて。
◎Trial (2004 - )
◎Post Trial (2006 - )
◎This Is It (2009 - )

白くなり始めたBAD期でも、ステージ上のMJはまるで人間を超越したかのように、美しい獣のような魅力を発していましたが、DANGEROUS期になると、そういったワイルドさは、一転して洗練されていき、次の「HIStory」のSFでは、映画『ムーンウォーカー』に収録されている「Come Together」のみBAD期の雰囲気がありますが、

それ以外の「Scream」、「They Don't Care About Us」、「Stranger In Moscow」、「Earth Song」、「You Are Not Alone」、「Childhood」は、いずれもこれまでより数段、濃厚なメイクが見られました。

下記は、この時代の、主なできごと。

《1993年》
ジョーディー・チャンドラーからの児童虐待の申し立てにより、正式に犯罪捜査を開始
(ネヴァーランド家宅捜査)
《1994年》
5月26日、リサ・マリーと結婚。
9月12日、第11回MTVビデオ・ミュージック・アワードにおいて、
公衆の面前でリサとキス(←bebeさんサンキュ!)
12月、“You Are Not Alone”を、R・ケリーとともに制作。
《1995年》
5月19日、“Scream”をシングルリリース。
6月15日、アルバム“HIStory”発売。


アルバム「HIStory」は、93年の児童虐待疑惑から、最初の結婚を経た1年後に発売されていて、その発売日に放映されたのがダイアン・ソーヤーの「プライム・タイム」インタビュー。


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◎「オプラ・ウィンフリーショー」(1993.2.10)
◎「プライムタイム」ダイアン・ソーヤー(1995.6.15)
◎「マイケル・ジャクソン・チェンジズ・ヒストリー」(1995.7.26)
◎「20/20」バーバラ・ウォルターズ(1997.9.13)
◎「60ミニッツ」エド・ブラッドリー(2003.12.28)
◎「FOXニュース」ジェラルド・リベラ(2005.2.6)

MJのTVインタビューは上記の6つで、これはオプラの次なんですが、最も疑問の多い「60ミニッツ」の前に、まだ余裕をもって見られるこの番組を軽く復習してみます。もうすっかりMJの変顔に慣れてきているみなさんには、これの、どこが変顔?メイクも普通だし、全然キュートじゃん!って思う人も多いかもしれません。


95年の5月は、こんなんだったり、


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で、6月はこれだし、、


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8月は、これ。


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もうBAD期の面影は全然ないし、Dangerous期の感じもなくなって、髪もすぐ伸びるし、それが何か?って、私も思いますけど、でもそういったこととは別に、なんか違和感があったんですよね・・で、その違和感を、ほんの少しだけ掘り下げてもうちょっと味わってみたい。

そんなわけで、これを「メイク顔」のスタートにしてみました

もっと早く言っておくべきだったけど、ここから先はそんなブログ主を許してくださる方のみ、おつきあいくださいね(ホント、長い割には大した内容じゃないです)

そして、本日、初めてご訪問くださった方、このインタヴューを以前に見たことのない方、もしくは、このインタビュアーの酷さにしか興味がない方は、内容に誤解を生じる危険性が高いので、ご注意くださいね。

では、

この番組当時、同性愛や、幼児性愛の疑いを強くもたれてきた、MJの、突然の結婚は「カモフラージュ」にしか見えないと思う視聴者も多く、インタビュアーも、リサ・マリーとの結婚が普通であるはずがないというと思うあまり、信じられないほど、失礼な内容のインタビューになっているのですが、そういった、メディアでの扱いに、火を注ぐようなMJのファッション・・・


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そこから、さらに番組では、一体いつの時代のアイドルだよ?みたいな、ふんわりパーマや、ステージじゃないのに、何故その甲冑パンツ?とか、一般の人がリサとのことで興味津々な番組で、なんでこれなの??と不思議だったんですが・・

番組動画
20:58〜ティーザーの話題


◎インタビューのスクリプト


長いので、苦手な英語力を駆使して要約すると、

リサとどう出会って、どんな風に求婚したのか?などの質問のあとに、子供と性的接触をもったのか?とか、じゃあ、どうして和解金を払ったのか?とか、うんざりするほど、少年への虐待疑惑についての質問が続き、以前行ったエリザベス・テイラーへのインタビューなども。。(内容は、マイケルが鎮痛剤中毒により治療を行った際のことなど)

更にその後も、やっぱりリサとの関係に納得がいかないようで、本当に一緒に住んでいるのか?などの質問の後に、ようやく、「Scream」のVDが放映されるのだけど、ダイアンが興味がないため、あっさりスルー。

その後も、ふたりの結婚式のビデオや、リサの宗教(サイエントロジー)への質問が続き、ついに、リサもキレそうになり「わたしが愛以外で結婚するわけないじゃん!」と、すっかり呆れ気味。それでも、ダイアンの「この男と結婚するなんて信じられない」といった感情丸出しの「MJのどこに惹かれたか?」などの質問に、なんとか答えていく。

そして、本当はダイアンが一番聞きたかったけど「あなたたちのファンがもっとも尋ねたかった....」とか言って聞こうとすると、

「わたしたちがセックスしているか?」って聞きたいんでしょ?と、リサが先回りしてしまう。ダイアンがもごもごしていると、MJは「彼女、聞かなかったよ」(笑)



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でも、ダイアンがもごもごしたのは、一般の人にその質問を言わせたクリップを用意していたから。で、その質問クリップは、

その1:「・・・してるの?」
その2:「あなたは、リサとセックスしてますか?
その3:本当に愛しているのか?それとも、メディアを喜ばすためなのか?」
その4:ふたりは本当に親密なのか?

と、案の定、すべてがそんな内容。。

MJ:「信じられない!!!」リサ:「Wooww !!!」


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ダイアン:「あなたたちは、一緒に買物に行きますか?」

リサ:「行くに決まってるし、食事もするし、会話もするわよ。」

ダイアン:「養子をとる計画を聞いたのですが。。」

MJ:「ああ、それはそうしたいです。アラブの子供、ユダヤの子供、黒人の子供、
どんな人種の子供でもかまいません。

ダイアン:「リサの子供も?」

MJ:「リサの子供は愛してます」

ダイアン:「しかし、それは、、、むずかしくないですか」

MJ:「僕は、彼女の子供を愛しています。彼らはとても可愛いです」

ダイアン:「何の問題もない?」

リサ:「でも、彼らには生物的な父親がいて、彼は、、、彼らも、、」

MJ:「僕は、彼らが僕のことをとても愛していると思います。 僕も、彼らを愛してます」

リサ:「子供たちもそうよ。でも、個人的に、養子の話を具体的にしたことは一度もないわ」


CMブレイク後、ようやく「HIStory Teaser」の話題へ。


ダイアン:あなたが創ったショート・フィルムについて、完全にリーフェンシュタールの映画「Triumph of The Will」をモデルにしている、ナチスが創った、ナチスの映画と同じ意味であるという人がいます。

MJ:それは事実じゃないよ。まったく違う。そういった考えは本当のことではありません。

ダイアン:あのティーザーを作る前に、その映画を見たことはないんですか?

MJ:僕は、たいていの映画は見ているからね。映画が大好きだから。ドキュメンタリーも大好きだし、でも、それと僕が映画でしたこととは何の関係もないよ。

ダイアン:ですが、そのように言い続ける人たちはいます、、彼らはその映画を見てそうだと。

MJ:これは、政治や共産主義やファシズムとは全く無関係の映像なんです。

ダイアン:批評家たちは、「かつてないほど厚顔無恥に、空虚な栄光と自己神格化を大真面目にやった例」だと言っていますが、

MJ:いいね!それを待ってたんだ。

ダイアン:議論が起こることを?

MJ:そういうこと!

ダイアン:それでは、みんなが、、

MJ:みんな僕の罠にはまった、というわけです。

ダイアン:しかし、人々は、、、

MJ:僕はまず、みんなに関心を持ってもらいたかったんだ。

ダイアン:しかし、あのシンボルは問題だと言う人も、、、

MJ:いや、あのシンボルはちがうよ。

ダイアン:悩むことはなかった、、

MJ:なかったね。あのシンボルはそれ(ナチ)とは無関係なんだ。政治的なものじゃないし、ファシストでもない。そういったドグマとは関係なくて、イデオロギーとか、そういったものでもないんだ。それは、純粋で、愛そのものなんだ。 戦車なんて見なかったでしょう?キャノン砲もね。愛についての映像なんです。人々がともに明日を歩いていくという映像なんです。

ダイアン:愛についてですか?もう少し映像を見てみましょう。

MJ:そう、あれはアートですから。アートなんですよ!

ダイアン:わかりました(しぶしぶ)。

(インタヴューはこれで終了)


MJは、インタビューで「Triumph of The Will」(邦題:『意志の勝利』)をモデルにしているんじゃないか?という質問に、強く「違う」と答えていますが、これは、上の解答にもあるように「共産主義やファシズム」とは、一切関係ないこと、また「Triumph of The Will」の天才監督、レニ・リーフェンシュタールの芸術性の高さなどには、まったく興味がなく、とにかく「ナチス=悪」と決めつけたがるメディア向けの発言で、

実際、このティーザーは、あきらかに「Triumph of The Will」を意識したもので「ヒストリー・ティーザー」は、リーフェンシュタールの傑作を、ぐっと凝縮し、ナチスのためではなく、MJが考える「愛の世界」のために、リメイクしたものです。


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レニ・リーフェンシュタール(Wikpedia)ご存知の方も多いと思いますが、その他にも彼女はベルリンオリンピックを描いた『民族の祭典』や、


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写真集『ヌバ』(これも何年経っても色褪せない超傑作写真集!!!)なども遺した、MJも間違いなくリスペクトしているであろう超天才アーティスト!

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わたしは、当時このティーザーを見て「“意志の勝利”のパロディじゃん!超カッコいい!」と思って、過去最速で“HIStory”買ったんですね(Disk1イラネーとか思いつつ)

ですが、このインタビューは当時は見ていなかったし、幼児虐待、リサとの偽装結婚疑惑に続いて、この“ティーザーの話題のあと、またもや皮膚脱色の話になったりして、ちょうど、この上の引用和訳部分は、まったく記憶に残りませんでした。

それで、このときのMJの「顔」に対して、たぶん、なんか、“愛の戦士”ってイメージ?とか、漠然としか、わからなかったんですけど、

よく考えてみたら、この番組は、“HIStory”の発売日に行われたもので、視聴者は、このアルバムのCMである“HIStory Teaser”は、TVで見ているんですよね。

MJも、リサと一緒に出演しているわけだし、どんな内容を中心に聞かれるかも、十分にわかってはいるんだけど、ただ、そこは彼としては、もう、どうでもいい(笑)

ただ、ファシズムとか、コミュニズムとか「自己神格化」は、全然関係ないよ。それは、罠で、「議論を巻き起こすのをねらっていた」と。。

そっか、そこがあの、なんか“フラワー”な感じの「顔」のポイントだったのかぁ・・

MJは「議論を巻き起こす」のが大好きで、信念に関しては、もう面倒くさいほど、
絶対に「空気を読まない」男なんだなぁ・・


(注:ちょっと説明不足かと思いますが、コメント欄 2010-09-02 14:32 もご参照くださいませ)

ちなみに、この一週間後のVH-1アワードは、ほぼ、このときと同じ「顔」でした!!
雰囲気は、なんかちがうんだけどね。。。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!みなさんの気になる「メイク顔」も、ぜひコメント欄でお知らせくださいませ。

尚、このブログでは「女」の話題は、慎重に避けているのでよろしくね!



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by yomodalite | 2010-09-01 12:51 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(20)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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