カテゴリ:マイケルの顔について( 48 )

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☆(30)のつづき


SF「You Rock My World」の内容を、過去の作品の影響とか、共通点をまとめて、私なりの「解説」を、ちょっぴりしたいと思います。

「セリフ」に、MJの曲名とか詩が多く使用されているのですが、見落としている部分に気づいた方は、ぜひ教えてくださいませ♡






MJ : The idea just kind of happened. In Cuba. Hot summer night.
A club run by these hoods.


偶然思いついたんだ。舞台は暑い夏の夜のキューバで、その手の面々が経営しているようなクラブでね....(2001年TVガイドインタビューより)

オープニング「The WATER FRONT HOTEL」の看板。

この看板は、物語が『On The Waterfront』(邦題「波止場」主演マーロン・ブランド)+『Smooth Criminal』であることを象徴していると思います。

「Smooth Criminal」のステージパフォーマンスが始まる前の“言葉”は、元々「Heartbreak Hotel」(This Place Hotel)の冒頭で使われていました。(あのシルエットにも「HOTEL」の文字がありますよね)

追記:「Smooth Criminalの直系」という巷の評判に釣られて、そう書いていまいましたが「HOTEL」は『Billie Jean』でも重要なキーワードですし『Black or White』も『Who Is It』もそうかな...

(下記は、あのパフォーマンスが始まる前の言葉。わたしの意訳なのでご注意ください)

My footsteps broke the silence of the pre-dawn hours, As I drifted down Bleaker St.
私の足音は、Bleaker通りを漂い、夜明け前の沈黙を破る。

Past shop windows, Barred against the perils of the night. Up ahead, A neon sign emerged from the fog.
ショー・ウィンドウを通り過ぎた頃、見上げると、霧の中から、真夜中の危険を警告するネオンサインが現れ、

The letters glowed red hot In that way I knew so well, Branding a message into my mind, A single word, Hotel.
赤く点滅する、ありふれた看板の、その文字に惹き付けられてしまった。 ー「HOTEL」

◎「Smooth Criminal」(“The Girl Hunt Ballet”の影響) → (27)参照
◎「On The Waterfront」 → (30)参照



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MJ & Chris Tucker、最初の顔アップ。MJは明らかに「異形の男」になっていますが、影像内では、ふたりの若い男の冴えない日常を演じている。


「女」が登場する(Kishaya Dudley)“Girl Hunt”の始まり。男たちは興奮気味ですが、彼女は、絶対に落とせない「夢の女」という雰囲気ではないように見えます。


2人の会話「Pretty Young Thing (P.Y.T.)」「The Girl Is Mine」

女の肩の後ろの“タトゥー”(不明)→「33」参照

☆類似作品:「The Way You Make Me Feel」


「The WATER FRONT HOTEL」と書かれた建物に入って行く「女」を追って、2人の男は、支払いも済まさず、中華屋を出て、後を追う。入口には「ボクサーの写真」

(追記:ボクサー探しはこのあとの記事でもずっとわからなかったのですが、http://nikkidoku.exblog.jp/16291516/ ←このコメント欄で、白人の方はエド・ルイスという「レスラー」だと判明。また黒人のボクサーは、おそらく、MJがインタヴューでも言及していたジャック・ジョンソンの若い頃の写真だと思います。どうして西寺さんは『VISION』の解説で、ブランドの若き日のなんて訳のわからないことを言っているんでしょうね?)



女は、地元の顔役といった風情の男(Michael Madsen)に呼ばれて来た様子。

入口のバウンサーの男の静止を振り切って、2人は中に潜入。


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ヤバそうな男が付いていることにビビるクリス、その静止を振り切って女の元に行くMJ。クリスのセリフは「Bad」「Beat It」「Dangerous」「シャモーン」(チョモーン)など、MJの曲にちなんだ言葉を使っている。

奥の事務所。背中越しの男(Marlon Brando)。口笛&折り鶴

強引にスクリーンを降ろし、MJが「シルエットの男」として登場。


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My life will never be the same
Cause girl you came and changed
The way I walk, the way I talk
I cannot explain......


☆類似作品:「Smooth Criminal」ステージ
『有頂天時代(Swing Time)』(“Bojangles Of Harlem”) → (27)参照


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スクリーンからMJが現れ、移動しながら、女と絡むように歌う

My life will never be the same
Cause girl you came and changed
The way I walk, the way I talk
I cannot explain
These things I feel for you
But girl you know it's true
Stay with me, fulfill my dreams
And I'll be all you need
Ooh it feels so right, girl
I've searched for the perfect love all my life
All My Life
Ooh feels like
I have finally found a perfect love this time
I have finally found, Come on girl


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画面向かって左、MJと女の様子を撮るカメラマン(パパラッチ?)

☆類似作品:カメラは『Billie Jean』『You Are Not Alone』にも登場。

MJのお約束「お尻タッチ」♡

女は、まだMJを観察している様子。
不信そうに見つめる女を置いて、MJは別のフロアへ。

クリスは隅の方で、ダンスを楽しんでいる。

女は徐々にMJに興味を持ちはじめ、挑発するようにダンスをし始める。

MJ、クリスに、Please「Leave Me Alone」

女は(もらった)金をMJに投げ、MJは、それをポーカーテーブルに捨てる。
お金が捨てられたのは「ダイヤのKING」の上

女が投げたお金の方向がわかりにくいので、同じお金ではないのかもしれません。お互いに自分を賭けあったとか、男と女が、それぞれ「カード」を切ったというぐらいの意味かもしれませんが、それでは女のお金が行方不明で、また、MJも自分で勝負しないテーブルなので...女→MJ→「捨てた」と解釈しました。みなさんはどう思いますか?


奥の部屋:ボス(ブランド)が、帽子をもてあそぶ。

MJ、女の前を通りすぎて(アステアと同様の動きで)地下へ。


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☆類似作品「Smooth Criminal」
『The Band Wagon』(“The Girl Hunt Ballet”) → (27)参照


You rocked my world, you know you did
And everything I own I give
The rarest love, who'd think I'd find
Someone like you to call mine



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この地下に行く感じは、映画「ムーンウォーカー」の「CLUB 30's」の入口〜「Come Together」が始まる前にも少し似ていますね

You rocked my world, you know you did
And everything I own I give
The rarest love, who'd think I'd find
Someone like you to call mine



暗転したステージにダンサーの女。MJはこの女性ダンサーも、奇妙なステップで通りすぎて、再び女の元へ戻る(この女性ダンサーは、Kishaya Dudleyの1人2役のようです)


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女はMJに擦り寄り、彼の姿を追うような雰囲気に....

And girl, I know that this is love
I feel the magic all in the air
And girl, I'll never get enough
That's why I always have to have you here
Hoooh!



MJ、バーカウンターの上の空のボトルを、マドセンに。

MJ、バーカウンターの上でダンス。


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MJ、グラスを投げつける。投げつけた先には「NO FIGHTING」の文字と、
「クラブとハートのKING(上部に少し見えているのはジョーカー?)」

☆類似作品「Black Or White」後半
『七人の愚連隊(Robin And The 7 Hoods)』(“Bang Bang”)→(27)参照


マドセンが空のボトルをカウンターに叩き付けると、それが合図であるかのように、屈強な男たちが現れる。

_________

出演者情報/マイケル・マドセンは、サディスト的な殺人者の役柄で、クエンティン・タランティーノの『レザボアドッグス』や『KILLBILL』でお馴染みですが、MJの「Childhood」が使用された映画『Free Willy』に家庭的な父親役としても出演していて、妹のヴァージニア・マドセンも『Liberian Girl』に出演していました。

また、これまでに何冊も詩集を出版していて、それらの集大成らしき本も。
◎The Complete Poetic Works Of Michael Madsen: 1995-2005

ケルアックに影響を受けているらしく、デニス・ホッパー(勝新の親友)の感性にも近いのかも。

◎Michael Madsen/ Thelma & Louise (1991), Reservoir Dogs (1992), Free Willy (1993) Free Willy 2 : The Adventure Home (1995), Kill Bill : Vol. 1 (2003) and Kill Bill Vol. 2 : The Love Story (2004)

☆(32)につづく


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by yomodalite | 2011-06-16 00:49 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(17)
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Marlon Brando(映画『波止場』より)



☆(29)のつづき


(27)(28)(29)は、アステアとサミー・ディヴィス・Jr などのクローズアップで、少しだけミケランジェロという内容になってしまいましたが、SF「You Rock My Would」は、マーロン・ブランドに捧げられているという説があります。

また、MJのこれまでの集大成でもあり、セルフパロディという見方をされる方もおられるようです。ここまでの、わたしが書いたことは、それとあまり関係ないかもしれませんが、とても重要ポイントだと認識していて、マーロン・ブランドについて、わたしたちのブランドに対するイメージも考え直す必要があると思います。

MJの「教養」に追いつくのも、彼のあきれるぐらいの「真剣」さに、ほんの少し近づくことも大変ですが、とりあえず「宝」のありかのヒントだけでも....と思っているんですけど・・・。


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You Rock My Wouldの「完璧な愛」とは、芸術への愛であり、この場合の「完璧」や「見つけた」は、エンターティナーとしての自分への言葉でありながらも、そこに満足感や充足を感じるのではなく、さらに「すべての、こどもを救わなくては」という決意の表れになっていて、それゆえ、エンターティナーとして完成した自分(「集大成」)に、一旦決別するという構成になっているんじゃないかと思うんです。

このSFや、30周年コンサートで、MJの魅力的だった「表情」が失われたのは、もう、それでは救えないこどもが大勢いると思ったからで、

バッド期は、ステージでは激しい表情が多かったけど、普段はやさしい「笑顔」が全開だったり、個人的な怒りをぶちまけたと言われた、アルバム「HIStory」のツアーでは、メイクはダンサーまで含めて怖いにも関わらず、ステージでは「笑顔」と「セクシー」が一杯だったりするのがMJですから、変顔MAXで、コメディ映画にも積極的に出ようとしているなんてときに、「怒り」がMAXだったとしても不思議ではないんですよね。


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で、そんなMJの怒りが、どの程度で、どれだけ真剣だったのかが少し伝わるのが、主演:マーロン・ブランド、監督:エリア・カザンの『波止場』(原題:On The Waterfront)だと思います。

わたしは、そんなに映画ファンでもないうえに、こーゆー古い映画って苦手なんですが、

ブランドが、このあと、その真逆の役柄である『ゴッド・ファーザー』で復活して、その後の『地獄の黙示録』のカーツ大佐とか、さらには、コッポラの苦悩なども想像すると、MJがついに映画を創ることができなかったことも、ほんの少しわかってきたり・・・

エリア・カザンは、「アカデミー名誉賞」を受けるほどの名監督で、しかも「アクターズ・スタジオ」を設立して、大勢の名俳優を育てるなど、素晴らし過ぎる監督なのに、若い頃に共産党員でありながら「赤狩り」で同胞を売ったと言われるような行動から「名誉賞」授与のときでさえ、激しい非難を浴びたり、

◎エリア・カザン(ウィキペディア)
◎エリア・カザンのやったこと

それが、左翼政治家である、現在の菅首相とどんな関係があって、彼を支える江田五月や仙石直人らが、どうして、あんなに凶悪な顔つきになったのかとか、小泉元首相(横須賀出身)は、“波止場”の政治家なんだなぁとか、なぜ、小沢一郎は、常に「負けない戦術」で生き延びるしかないのかとか、

MJは「We Are The Would」の作曲者で、そのメッセージの発信者なのに、その後、そのメンバーとのチャリティコンサートには参加しなかったり、「Heal The Would」などの団体の設立がうまく行かなかったなどの理由も、ぼんやりと見えて来て、やっぱり、西寺氏の「マイケル・ジャクソン=小沢一郎」は深いと、あらためて感動したり・・


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「THIS IS IT」のリハーサル開始後、同時に制作してた「クラシック・アルバム」で、MJが創ろうとしていた音楽がどんなものだったのかとか、『波止場』の作曲者であるバーンスタインまでもが、MJにメロメロだった理由とか、

十字架とか、、、

とにかく、レジェンドな天才になればなるほど、MJに魅了される理由が、だんだん、わかってきて、もう、今以上に「虜」になってしまってもいいって覚悟があって、まだ『波止場』を観てなかった人は、

絶対、観た方がいいと思う。

それと「You Rock My Would」での、ブランドの最後のセリフ

「Later....」(またな)

などから、このSFが連作だったという見方があるのだと思いますが(西寺さんの連作案を否定したいわけではないです)、



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この撮影の際のエピソードに関して第一次情報を探ったわけではなく、まったくの憶測なんですが、果たして、あの、マーロン・ブランドに対して、演技やセリフが「台本」としてあったのかという疑問があるんですね。

だって、あの「マーロン・ブランド」に、ポール・ハンターぐらいの監督が、演技だの、台詞だのと言えるがわけないと思うんです。。

また、当初、このSFには、ロバート・デニーロへのオファーがされていたけど、デニーロのスケジュールが合わず、ブランドが抜擢されたとか、制作費のほとんどはブランドのギャラだという報道もされていますが、それも「真実」かどうかは、微妙ですね。

というのも、『ゴッドファーザーⅡ』には、ブランドがギャラを高くしすぎたために脚本を大幅に変更して、彼の出演がなくなったという「伝説」があって、これは、そのときの「ブランドが蹴った作品に出演したデニーロ」への「意趣返し」という気がするんですね。

共に『ゴッドファーザー』のドン・ヴィト・コルレオーネを演じた2人に関しては「ネタ」になりやすいですし、このネタは、タブロイドではなく、MJサイドの方で積極的に流した可能性があると思います。

いずれにしろ、完成した「You Rock My Would」は、完全にブランドありきの作品だとは思います。「You Rock My Would」は、MJのセルフパロディという部分もあるけど、ブランドのセルフパロディと思える部分もあるんですね。

というか、そっちの方が「メイン」かも・・・

このセリフは、ブランドの「アドリブ」か、もしくは、ブランドはMJよりかなり年上で、20世紀No.1と言われるほどの伝説的名優だけど、ふたりは相当親しい関係なので、話し合って「台詞」を考えたかのどちらかではないかと。



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ただ、ブランドに言った

MJ:「I know who you are」(あんたのことは知ってるよ)

は、これまで、ブランドが演じた様々な役柄や、彼の人生をも知っているという意味ではないかと思います。

他にも「You Rock My Would」には、『波止場』(On The Waterfront)や、マーロン・ブランドの歴史を押さえておかないと、わからないポイントがいっぱいあると思いました。

また、わたしは、2005年の裁判時の写真を見ているうちに、「あっ」と思って、そこから溯ったのですが、、、

2000年以降の、MJの行動プランは、SF「You Rock My Would」からあったように思えてならないんですね。

「Later....」(またな)

は、ブランド自身のメッセージでもありながら、

MJにとっても、これは、今までの自分に対しての集大成でもあり、決別でもある。

最後まで、こども時代の歌を捨てなかった男の「変化」は、常に足し算で、変化し続けたように見えたMJは、結局振り返ってみると、こども時代からなにも変わっていなかった。「Invincble」だと言い切ったマイケルは、

「Later....」(また後で)

と言ったあと、ずっとある瞬間を待っていたのだと思います。

そして、それが「THIS IS IT」だったのではないかと・・・

☆(31)につづく


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by yomodalite | 2011-06-13 22:37 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
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☆(28)のつづき

「You Rock My World」のショートフィルムは、MJが、整形によって、自分で、自分の顔をめちゃめちゃにしてしまった。という印象を多くのひとに与えた作品だったと思います。それまで、メディアによる印象操作や、タブロイド情報をくだらないと思っていたファンにとってさえも。。

こちらのコメント欄での、モスクワさんの意見のように、さらに、この後、頬骨を高くして、体重が増え顔が丸くなったため、頬をこけさせ、不自然にこけた頬と盛り上がった頬骨のせいで、人相が変わってしまい、それをカバーするために、エラと顎と鼻の無限ループに陥って行った....

『THIS IS IT』後でさえ、そういった印象が拭えず、決定的な事実と感じている方は依然として多いようです。

わたしもある時期までは、そんな風に思っていました。でも、インヴィンシブル期から『THIS IS IT』までのMJを知りたくなって、年月順にしつこく見ていったところ、そうでないことはあっさりわかりました。

あっさりわかる写真に関しては、これまでも「カテゴリ」の「マイケルジャクソン裁判」(2005年)や「MJの顔について」で、豊富に「証拠」を揃えたつもりなので、ここでは、「You Rock My World」から1年後の動画を1点だけ紹介しておきます。


2002年12月1日
ディズニーランドでのプライヴェート動画 




「整形」だけではなく、MJには、こどもの頃から大人の世界にいたために、成長後、こどもの世界に逃避するようになったという、強固に信じられた「イメージ」もありました。

わたしは、インヴィンシブル期からのMJに興味をもってから、どうして、彼が、何度もミケランジェロのことを言っていたのか、少しだけわかるようになったのですが、

こどもにも、そして、こどもの感性をもった大人でも、システィナ礼拝堂の天井画を見て、感動する「心」はあるかもしれませんが、それを描く技術も、また、技術があったとしても、あの過酷な作業に耐えることはできないと思いませんか?


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天井から、滴り落ちる絵の具を顔に受け、本当に無理な姿勢による肉体的苦痛に耐え、途方もない時間をかけ、天井に絵を描くという行為は、心の底からの激しい怒りと、また、その怒りが、自分にとってだけでなく「人類にとって正当なものである」という確信がなければ、絶対に出来ないレベルのものです。

ミケランジェロは、それまでの教会に激しい怒りを抱きつつも、その教会に自ら絵を描くことで、教会を正し、本来の「神」を復興しようとした。わたしは、ルネサンスの「人間復興」を、教会の民衆への不誠実と反知性に対して起こったものと理解していますが、ミケランジェロの絵も彫刻も、どうして、あれほどまでに「筋肉」にこだわったのか、最近までよくわからなかったし、

筋肉を感じさせない、反マッチョイズムのダンサーだったMJが、どうして、ラファエロや、ボッティチェッリでなく、あんなにもミケランジェロを尊敬していたのかも、なんだか不思議だったのですが、ミレニアムからのMJのことを考えているうちに、ようやく、少しだけ腑に落ちてきました。


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MJは、こどものように、ミケランジェロの作品に感動しただけではなく、歴史をよく学んだうえで、その「怒り」を手本にし、常に、それを自分のものにしようとして、作品を創ってきたんだと思います。

アステアが、MJに電話をかけたときの言葉をもう一度、思い出してください。

「君は怒れるダンサーだ。私とおんなじだよ。」

そして、サミー・ディヴィス・ジュニアが言った、

「パンが人類の食卓に載った時以来のすごいやつになる」

MJの「怒りの激しさ」は、常にサーヴィス精神に溢れ、心優しく妖精のような身の軽さを備えた2人のレジェンドには、すぐにわかったみたいですが、ただの音楽ファンである私にはものすごく時間がかかりました。でも、次元上昇とか、宇宙エネルギーなどのスピリチュアル風味で、MJのことを「神」や「メッセンジャー」だと感じたところで、もうすでに歴史上起こったルネサンスのような「変化」でさえ訪れないと思うんです。

MJは、変革というものが、どれほど困難かを歴史を通してよく学んでいたから、何度も同じメッセージを繰り返すことを厭わず、長い間のメディアの攻撃に耐えられたのであって、それは、こどものような精神ともキレイごとばかりのボランティア精神とも異なるものだと思います。だからこそ彼は、自分のこどもに大人になるための教育も出来たのだと思います。

アーティストが、こどもの感性を大事にするのは極普通ですが、彼らとMJが決定的に異なるのは、深い叡智と、変革に対しての「本気度」の差ではないでしょうか。


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再度、下記のとてもとても素敵なサイトからの引用。
◎『STRONGER THAN PARADISE』マイケルの最強ショート・フィルム【第9位】

どんどん人種不詳化するルックス、曖昧さを増すセクシュアリティ、年齢不詳化するメンタリティ、その他、様々に報じられる奇行などによって、マイケルは我々の前で、ひとりの黒人男性から、人間離れしたミッキー・マウス(あるいはモンスター、すなわちファンタジー)へと変貌を遂げていった。

脱・人間を標榜する「Thriller」を自分の表現の頂点としてしまったことは、マイケルにとってあらゆる意味で不幸なことだったと思う。マイケルが「Thriller」を克服する唯一の方法は、人間ミッキー・マウスと化す前の普通の黒人男性に戻ることだったと思うが、それは残念ながら、肉体的にも精神的にも不可能なことだったように思える。(中略)

ほぼ無味無臭に近い、空虚とも言える平面的な男性像。だからダメだ、というわけではない。それをどう享受するかは、もちろん観る人次第なのだが、肉体のミッキー・マウス化を完遂していったその後のマイケルに関して言えば、パフォーマーとしての唯一無比の凄みに圧倒される一方、何か言いようのない寂しさと物足りなさを感じる、というのが、いちマイケル・ファンとしての私の正直なところだ。

執拗に変身を繰り返すマイケルを見ていると、彼は本気でマンガになってしまいたかったのかもしれないとも思う。

一体何がそこまでマイケルを変身に駆り立てていたのかという問題には、ここでは踏み込まない。かつてひとりの黒人青年が放っていた肉体の神々しい官能こそを私はこよなく愛する、とだけ書いて、その点は留保したいと思う(私はこの文章を飽くまでミュージカル映画ファンとして書きたい)。(引用終了)



「You Rock My Would」のSFを、初めて見たときの感情を代弁してくれた言葉だと思いましたが、それを残念だと思っていた頃は、彼が「世の中の子供を助けるため、という望みがなかったら、生きてこられなかっただろう」という気持ちも理解できなかったし、

もうすっかりこどもではなくなっていた、わたしのことを救ってくれるとは、もっと思っていませんでした。



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TVG : I found it jarring to read a recent quote in which you said that if it weren’t for your desire to help the children of the world, you would throw in the to well and kill yourself. Do you really feel that way?

あなたが「世の中の子供を助けるため、という望みがなかったら、頑張って生きてこられなかっただろう」と言ったのを読んで違和感を覚えたんですが、本当にそんな風に感じているんでしょうか?

MJ : I always have, ’cause I would feel I have nothing to live for.

いつもそんな気持ちでした。そういう望みがなかったら、何のために生きていけるだろうと言う風に感じるんです。

TVG : Not even for yourself and your own creativity?

自分自身とか、自分の創造性のためという動機ではだめなんですか?

MJ : I wouldn’t care. Everything I create is inspired by that kind of innocence. And nature, it’s everything. It has to be. I mean, that’s it.

そういうことはどうでもいいんです。僕が創り出すものは、純粋さや自然からインスピレーションを受けて生み出されるんです。それがすべて。(創造とは)そういうものから生み出されるもので、そうでなければならないし、それ以外はありえないんです。(1999年「TVガイド」インタビューより)

☆(30)につづく



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by yomodalite | 2011-06-11 00:36 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(2)
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☆(27)のつづき

MJに大きな影響を与えたとされているフレッド・アステアは、1987年に亡くなっていて、アステアの影響が強い、SF「Smooth Criminal」(映画「ムーンウォーカー」)はその翌年の1988年に公開され、同年の自伝『ムーンウォーク』もフレッド・アステアに捧げられています。

そこには、モータウン25周年記念コンサートで「Billie Jean」を歌い、初めて「ムーンウォーク」を披露したMJに、

「ホントよく動くな。昨日の晩、みんな腰抜かしとったぞ」「君は怒れるダンサーだ。私とおんなじだよ。私もステッキを使っておんなじことをやったものさ」「昨日、私はあの特番を観たんだ。録画しておいて、今朝、またもう一回観てしまったよ。君はとんでもないダンサーだな!」と、翌日電話をかけてきたアステアが言った通りの言葉が記されています。


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わたしは、過去のダンスレジェンドや、映画にも詳しくないんですが、下記のとてもとても素敵なブログから、わたしが「You Rock My World」に関連すると思った部分を引用し、動画を添えてまとめました。
尚、具体的なダンス・スタイルの類似に話を絞れば、マイケルのアステア流儀は、明らかに後続のボブ・フォッシー(アステア信奉者)を介して引き継がれている。ダンサーとしてのマイケルのキャリアに革命をもたらした「Billie Jean」のパフォーマンスも、タネを明かせば、マイケルなりのフォッシー解釈の所産と言えないこともない。『星の王子さま(The Little Prince)』の「A Snake In The Grass」を見れば、'80年代以降のマイケルのダンスがいかにフォッシー美学に多くを負っているかが分かるだろう。





「Dangerous」の雛型として特筆しておきたいのが、アステア信奉者でもあるボブ・フォッシーが振付を手掛けた『The Pajama Game』のナンバー「Steam Heat」






アステアの『Royal Wedding』の有名な “天井ダンス” も、長編ヴィデオ『Ghosts』の中でしっかり取り上げられている。

(天井ダンスは2:40ぐらい〜)





「Smooth Criminal」は、フレッド・アステア主演『The Band Wagon』の終盤に登場するプロダクション・ナンバー「The Girl Hunt Ballet」の影響を強く受けている。「Girl Hunt」の中で最もマイケル度が高い瞬間は、事件の手掛かりを求めて探偵役のアステアがナイトクラブに入店する場面だろう。「You Rock My World」で実際これと全く同じ動きを見せている。






「Smooth Criminal」では、ステージに巨大なスクリーンが掛かり、そこに巨大な踊るシルエットが投影されるという演出が見られた。これは『有頂天時代(Swing Time)』に登場するアステアのソロ・ナンバー「Bojangles Of Harlem」からの引用である。(シルエットのシーンは5:00〜)





これは上でアステアがトリビュートしている
ボージャングルと、
MJが終生好きだったシャーリー・テンプルの共演




「Dangerous」の演出は『Top Hat』におけるアステアのソロ・ナンバー「Top Hat, White Tie And Tails」を連想させる。「Dangerous」とより具体的な類似が見られるのは、ジュディ・ガーランド、ジーン・ケリー主演『Summer Stock』に登場する「Get Happy」(ジュディはライザ・ミネリのママ)





「Dangerous」という曲は、ダンスの演出とはまた違った部分でアステアから大きな影響を受けている。Aメロが始まる前にマイケルがブツブツ喋っている語り(ラップ)部分に注目。目の前に現れた眩惑的な女のことが、以下のように表現されている。元ネタはまたしても「Girl Hunt」。これはシド・チャリースに関するアステアの以下のモノローグからの引用である。
 
“She came at me in sections, more curves than a scenic railway. She was bad. She was dangerous. I wouldn't trust her any farther than I could throw her.

女が来た。悩ましい曲線美だ。危ない。近寄るな。信用できる代物じゃない。

“She was bad”以下は、「Girl Hunt」劇中で繰り返し登場する印象的なフレーズ。“She came at me in sections〜”という表現も、「Dangerous」2コーラス目の冒頭でそのまま使われている(“She came at me in sections with the eyes of desire”)。

もともと歌詞の時点で「Girl Hunt」を引用していたこの曲のステージ・パフォーマンスが「Smooth Criminal」に続いてギャングものになったのは、半ば必然と言えるかもしれない。「Girl Hunt」がなければ『DANGEROUS』というアルバムのタイトルもなかったのだろうから、その影響は莫大である。(以上『STRONGER THAN PARADISE』より)


MJは70年代後半に放映されたジャクソンズ時代のTVシリーズ番組でも、「Girl Hunt」をネタにし、「Get Happy」も歌っていました。でも、1983年のモータウン25周年記念コンサートの「Billie Jean」には、そんなにアステアの影響は感じられないと思うんですね。

MJの歴史的瞬間として、有名なシーンですが、その後のMJの「Billie Jean」を見すぎているからでしょうか。今から見ると、このときのムーンウォークは、距離も短いし、帽子もないし、MJの並々ならぬ決意というか、オーラはスゴいのですけど・・ダンス部分では、特に「アステアの後継者」という称号が相応しいかと言えば、そうでもないように、わたしには見えます。

実際、当時の記事でも、このときのMJのことを、現代のシナトラとか、エルヴィスと言った表現が多かったようですし、アステアと言えば、ハリウッド一のお洒落で粋と言われたひとで、MJも「Smooth Criminal」「The Way You Make Me Feel 」のSFでは、アステアと同じファッションをしていますが、彼はそういった賞賛とは無縁でした。


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ムーンウォークの起源も古いものですし(「ムーンウォークの起源」参照 )エレガントなダンスだけでなく、黒人系のダンスもよく研究していたアステアにとっても、決してめずらしいものではなかったはずですが、どうして彼はこのときのMJを、それほどまでに「とんでもない」と思ったんでしょうか?

また、アステアは亡くなる前「自分の後継者が誰か知らないままこの世を去りたくなかった。ありがとう、マイケル」と語っていたとも言われていますが、

アステア流のミュージカル映画が造られなくなってからも、ミュージカルや、ダンス分野で、永遠に「教科書」として遺るような、確固とした「伝説」を遺しているアステアが、後継者に託したものって、何でしょう?



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サミー・ディヴィス・Jrは、12歳のMJを見て「パンが人類の食卓に載った時以来のすごいやつになる」と賞賛したことが有名ですよね。でも、サミー・ディヴィス・Jrは、MJには経験したことがないような、過酷な人種差別があった時代に、3歳から舞台に立って、アメリカ中を巡業するような生活から、成功をつかみ、片方を失明する等の困難にもめげず、晩年に至るまで世界中で愛され尊敬された、本当にスゴいエンターティナーで、

また、一見してわかるように、アステアもサミー・ディヴィス・Jrも、190センチぐらいで普通に見えるようなアメリカ社会にあって、小柄で、痩せていて、ハンサムでもありません。彼らは、そのコンプレックスを乗りこえて、スターになったと思うんですが、MJのように、10歳でスターになり「家の前にファンの女の子がいなかった記憶はない」というような若者のことを、そこまで賞賛するのは、ちょっと不思議な気がしませんか?



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MJは、例えば、Ne-yoには、マイケル・ジャクソンぽい雰囲気があるとか、アッシャーや、ジャスティン・ティンバーレイクのことも褒めていますけど、このときのアステアに似たような感情を抱いたことはないように思うんですね。(88歳で亡くなったアステアと比較するのは無理がありますが...)

わたしは、晩年まで、世界から尊敬を失うことなく、88歳まで生きたアステアの方が、MJよりも、辿り着けなかった「夢」があったからだと思うんです。そして、その「夢」が、MJには伝わったのではないでしょうか。

わたしには、彼らが、ただ、MJのことを先輩として褒めているだけでなく、12歳のときも25歳のときのMJにも、自分たちが出来なかった「夢」を感じているような気がするんです


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SF「Smooth Criminal」を見ることなく亡くなったアステアですが、その13年後に、もう一度、アステアへの思いを込めた、SF「You Rock My World」には、彼らだけではなく、いろいろな思いや、影響を感じますし、わからないものも、たくさんあるとは思いますが、

何度か見ているうちに、わたしには、アステアとサミー・デイヴィス・Jr への思いが強く感じられるようになりました。

『クインシージョーンズ自叙伝』では、彼がMJとアルバムを創っていた頃「彼はジェイムズ・ブラウン、サミー・デイヴィス・ジュニア、フレッド・アステア、ジーン・ケリーを崇拝し、研究していた。」という記述がありますし、様々なインタヴューで、MJはその名前を出していましたが、

2003年のブレット・ラトナーのインタヴューでは、師匠として影響を受けたのは、


BR : Do you have a. mentor or someone who inspired you?

MJ : Yeah, I do: Berry Gordy, Diana Ross, Thomas Edison, Walt Disney, James Brown, Jackie Wilson.



と答えていて、アステアと、サミー・ディヴィス・Jrの名前が消えています。彼らへの想いは、すべてやり尽くしたという心境なんじゃないかと感じてしまうのは、わたしが「MJには意味のないことは1ミリもない派」だからでしょうか。



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下記のとてもとても素敵なサイトから、再度引用します。

◎『STRONGER THAN PARADISE』マイケルの最強ショート・フィルム【第9位】
http://strongerthanparadise.blog122.fc2.com/category18-1.html#no66

「Smooth Criminal」はもちろん「Girl Hunt」と多くの点で異なるが、決定的な相違点を挙げるなら、ずばり、このシド・チャリースの不在に尽きる。

そのままコンセプトを拝借していながら「Smooth Criminal」の場合、もっぱら「Girl Hunt」のシュールでマンガ的な側面が強調され、何かセクシュアリティが欠落した、去勢されたようなミュージカル場面になっているところにマイケルらしさが強く感じられる。

およそ男性的とは言えないマイケルが、アメリカ的マッチョイズムの権化のようなタフガイ像を演じることにはもともと無理があって(中略)同様の問題は、実は元ネタである「Girl Hunt」のアステアも抱えているのだが、「Girl Hunt」の場合、そうしたマッチョイズム自体をパロディ化することで、その問題点が巧みに回避されていた。アステアが演じるタフガイ像は、一種のギャグなのである。マイケルの場合、これを大真面目にやっているから、どうしても違和感や歪さが生じる。

その無性的なスター性からしても、マイケルは間違いなくアステアの正統な後継者だったと思う。しかし、アステアよりも更に無性度が高いマイケルの映像作品においては、もはや女性すら出てこない。(中略)「Smooth Criminal」で展開されるのは、まさにそうした、すべてがマンガ/アニメ化されたような世界なのである。(引用終了)


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こういった意見は、この方だけのものではなくて、MJのエンターティナーとしてのスゴさを充分に知ったうえで、徐々に歯がゆい思いをされるひとが多くなっていったのは、ミスター無重力、人間ミッキーマウスと言われた、アステアと比べても、MJの「超人間像」というか、人間離れの仕方は、大人のファンから見ると、子どもっぽく、どこか、軽んじたくなるような要素に満ちていたからだと思います。

・アステアの「Girl Hunt」が、マッチョイズムのパロディ化であること。
・無性的なスター性からしても、マイケルは間違いなくアステアの正統な後継者だった。
・「Smooth Criminal」で展開されるのは、すべてがマンガ/アニメ化されたような世界なのである。


上記の3点にほぼ同意しますが、「マイケルは大真面目にやっているから、違和感や歪さが生じる」という点に関しては、当時は、確かにそんな風に見えましたが、

今は、アステアが「パロディ」としか受取られなかったことを、大真面目にやるような「男」だったからこそ、MJは、この大いなるレジェンドの2人から、これほどまでの賞賛と羨望を持って愛され、その大真面目さは「Smooth Criminal」よりも、さらに倍増して「You Rock My World」に表現されているような気がしています。

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by yomodalite | 2011-06-09 08:33 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
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☆(26)のつづき


「顔について」なのに、なかなか、顔について書けないのは、MJのような、超絶「焦らし」テクを真似しようとしているわけではなくて、私が、あの「顔」を理解して、どーしよーもなく感動するようになってしまうまでの時間やプロセスを、これ以上どう短縮したらいいのかわからないからなんですが・・・

SF 「You Rock My World」で、あの「顔」以外で疑問だったのは、

1)なぜ、"Unbreakable" のSFを創ることができなかったのか?

2)なぜ、SF“You Rock My World”は「ギャング」だったのか?

3)なぜ、SF“You Rock My World”で見せたダンスを、30thのステージで披露しなかったのか

というものでした。


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[1]会社側が、“Unbreakable”のSFを創らせなかったので、MJはあまり望んでいなかった“You Rock My World” のSFを創ることになったのか?

[2]完璧な愛の歌のはずなのに、“You Rock My World” が「ギャング」だったのは、予定していた“Unbreakable”の影響があるから?

[3]30thコンサートは、アルバム発売直前のプロモにもなっているはずなのに、どーして、あのカッコいいダンスのステージ版を、このときもこの後も見せてくれなかったのか?


という疑問を、確認したかったからですが、

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[1]は(26)でも触れたように、1弾シングル直前のインタヴューはなく、アルバムについて一番多く語っている「Online audio chat」のインタヴューが、すでに“You Rock My World” オンエアと、30thコンサート後だったため「絶対に満足せず、常に前進し続ける」MJとしては、革新的な“Unbreakable”の一押しに繋がり、そのことが、その後もファンの間に伝播していったと、判断しました。

[2]と[3]は、あの変顔も含めて、モトーラへの気持ちの表れ....などのようなことがあるのかどうか? また、SF “You Rock My World” に関して、MJがあまり語っていなかったり、そんなに愛していないような気もしていたので、もしかしたら、“You Rock My World” の影像や、ダンスが、本当は、“Unbreakable”のために創っていたり、一部アイデアを流用した可能性があるのかどうかについて、

一瞬、その可能性を(24)に書きそうになりましたが、やっぱり、この曲のテーマは、アステアの継承者としてだけでなく、様々なエンターティナーへの思いを込めた、MJが最後のアルバムにしてもいいと思った『Invincible』の第1弾シングルのショートフィルムに最も相応しいもので、

「毎回、新アルバムが一番の傑作」とか言う、フツーのアーティストと違って、どんなに完璧な作品を創っても、その都度「システィナ礼拝堂」と比較して、自分の「クラシックス」を厳しく判定してきたMJは、革新的なことへの興味も挑戦もスゴいのですが、

遺すものは、どうしても「集大成」になってしまうという宿命があるので、やっぱり“Unbreakable”のSFは....ない。という結論に達しました。

と、ここまでが、最近のTV番組ぐらいしつこい前回までの「まとめ」で、ここからは、マイケルに大きな影響を与えたパフォーマー、サミー・デイヴィス・Jrについて。

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1967年、アムステルダムでのコンサート映像『Sammy Davis Jr. Show』。タップが披露される「Me And My Shadow」で、デイヴィスはカンカン帽を被って踊るのだが、この帽子の使い方、被り具合がまさに「Billie Jean」。(『STRONGER THAN PARADISE』より)

Billie Jeanのような、カンカン帽の「Me And My Shadow」は見つかりませんでしたが、

◎THE OFFICIAL SAMMY DAVIS JR WEBSITE

上記の「video」〜「The hoofer」「PORGY & BESS」帽子のサミーが素敵すぎます!



Fred Astaire
One for My Baby




アステアが、バー・カウンターの上で踊りながら破壊行為に及ぶ「One For My Baby」は、『Robin And The 7 Hoods』におけるサミー・デイヴィス・Jrのソロ・ナンバー「Bang! Bang!」でもパクられている。(『STRONGER THAN PARADISE』より)




「ジャクソンズバラエティーショー」で、
マイケルもバーカウンター上のダンスを見せていましたよね。


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こどもの頃から人気者で、主演映画やヒット曲、
ダンスもコメディセンスにも優れていて、
亡くなるまでずっと世界的な大スターで、
キング・オブ・エンターティナーと呼ばれた、
Sammy Davis Jr の7歳の頃の影像









MJがSammy Davis Jrの誕生パーティーで捧げた歌





「Bad」のパフォーマンスをするサミー
(亡くなる1年前。64歳没)





当時、日本の子供たちの間でも人気だったSDJのCM







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「THIS IS IT」でMJ、すごく痩せてるって思ったけど、
アステアもSDJも若いときから晩年までずっーーと、
めちゃめちゃスリムだなぁ。。








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by yomodalite | 2011-06-05 09:12 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(10)
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マイケル・ジャクソンの顔について(25)のつづき

わたし自身は、MJのことを「神」のように尊敬してますけれど、彼は神ではないし「神」や「天使」という日本語から、MJの考える「God」や「Jesus」を考えるのは、難しいんじゃないかと、よく思っていて、

だって、そもそも「God」は、十字架にはかけられないし、「天使」好きのひとは、インヴィンシブル期が好きじゃないみたいだし、、と思って「顔について」を書きはじめて、とうとう(26)。

わたしは、ネタ振り、ツッコミ、ボケを何度も繰り返すことが、思考することだと思っているのですが、(21)からは、できるだけスッキリ思考で行こうと思っていたのに(24)で、うっかり(いつものことですが....)、逡巡してしまって、一瞬「拙速案」を頭に描いてしまったんですが、、

やっぱり「“Unbreakable” の具体的なSF計画はない」でいいことにしよう。

と、まとめ直したのが(25)です。(ふぅ〜〜)

そんなわけなので(24)の“Unbreakable” のテーマは“ギャング”は、やっぱナシで♡

またまた、夜露死苦っ!!! (by : 夜喪堕璃手)


◎TV guide interview 04 Dec 1999  和訳→
◎TV guide interview 01 Nov 2001  和訳→
◎Online audio chat 26 Oct 2001  和訳→
◎Usa today interview 13 Dec 2001 和訳→
◎Gold magazine 01 Jan 2002 和訳→
◎Vibe magazine interview 01 Mar 2002 和訳→


上記は、この間の公式インタヴューの中から『Invincible』に関連していると思われるもの。

この後、トミーモトーラとの確執を電話で語ったとされる、2002年7月13日の「The Journal news」は、まだ内容を確認していません(このテキストの在処を知ってる方は、ぜひ教えてくださいませ)

◎1999年の「TV guide」は、“You Rock My World”の曲も、SFも『Invincible』も発売前。

◎2001年の「Online audio chat」は、30周年記念コンサート(9月7日と10日。翌日が9.11テロ)と、"You Rock My World" ショートフィルムの世界公開(9月17日)の約1ヵ月後で『Invincible』発売3日前。

◎2001年の「TV guide」は『Invincible』発売直後(10月29日発売)

この頃のインタヴューで、もっとも、“Unbreakable” のことを何度も、語っているのは、2001年の「Online audio chat」で、ファンからの質問に答えるという形式で『Invincible』発売直後のMJのインタヴューとして素晴らしい内容です。

『Invincible』はなかなか発売されなかったので、ファンマガジンなどには、もっと異なる情報もあったと思いますが、わたしは、これらのインタヴューなどから、ソニーウォーズの原因として、会社側が、陰謀として、“Unbreakable”のSFを創らせなかったというのは、やはり違うと思いました。

何をしつこくそんなことをと思われてるかもしれませんが、そのことが、"You Rock My World" のSFに、影響を与えているかどうかが、一番気になっていて、出来るかぎり検証しておきたかったので...



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では、ここから、

"You Rock My World" の曲について。

MJは『Invincible』で、お気に入りの曲は、 "Unbreakable", "Speechless", "Lost Children" と答えていますが、これは、それぞれ、

"Unbreakable"(絶対に屈しない精神)
"Speechless"(愛とは何か)
"Lost Children" (救わなくてはいけないもの)


だと思うんです。

ポップソングの歌詞の世界は、深遠な内容でも、通常のラブソングに擬して、表現することもありますし、MJの歌詞の場合は、特にそう感じるんですが、この歌は、 "Speechless"と、同じぐらい、深い愛の歌ですが、これまでは、MJが書いた曲には、スイートなラブソングは少なく、むしろ「それは愛じゃない」という否定から、愛を探求してきた歌が多かったように思います。

◎Billie Jean 訳詞

ビリー・ジーンは僕の恋人じゃない
彼女が、ぼくしかいないと言っているだけで
その子はぼくの息子じゃない
彼女は、ぼくひとりだと言っているけど
その子はぼくの息子じゃない


彼の代表的な曲としても、パフォーマンスとしても、“Billie Jean”は、特別な存在だと思いますが、この曲は、愛の甘さが微塵も感じられず、心理分析的には、ハンパないレベルの、女への理想の高さが感じられる曲ですよね。

『Invincible』には、これまでと違って愛にも人生にも肯定的な歌が多いと思いますが、“You Rock My Worldのように、究極の愛を見つけたという内容の曲は、他にはないんじゃないでしょうか。

◎You Rock My World 訳詞

人生のすべてをかけて求めた完全な愛を

僕が見つけられるだなんて

誰が思っただろう

こんなにも完璧に、素晴らしい愛を

君は僕の世界を変えた 君もそれをわかっているだろう

僕は君にすべてを捧げなくてはいられない

これほど稀少な愛を、見つけられるだなんて

君のような人を僕のものだと言えるなんて

誰が思っただろう



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この「稀有で、完璧な愛」ってなんでしょう。

MJは、これより数年前に離婚していて、この時代の彼のプライヴェートからは、特定の女性の姿が見えないのですが....

『Invincible』発売から1年後、2002年11月の「GOLD」のインタビュー。


Q : What do you think is the deepest form of love someone can feel? And have you felt it?

Q : あなたが考えるもっとも深い愛はなんですか?
また、それを感じたことはありますか?




MJ : Wow, I think that's really a matter of opinion. Have I felt the deepest form of love? I don't know what would be the deepest... {long pause} an interesting question... {repeats question a few times}. I love my children very, very much, and I always look in their eyes and tell them that - I think that's the most important thing.

MJ : ああ、それは、とてもいい質問ですね....何が一番深い愛なのか......(長考中)興味深い質問ですね...(さらに何度も考えて)僕は自分の子供たちを、とてもとても愛してます。彼らの眼を見ていると、いつも、そう言いたくなる。だから、自分にとっては、それが一番だと思う。

すぐにではなく、相当長く考えて「子ども」と答えたMJは、本当に真摯なアーティストだなぁと思うのですが、



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この、長考しているときに、彼が迷っているのが、“You Rock My World”で、それでも、ギリギリの選択で「子ども」と答えたときに見えた光景が、"Speechless" なんじゃないかと思うんです。

彼は、子供を深く愛していると言ったのではなくて、彼らの眼を見ていて、わき上がってくる感覚が「もっとも深い愛」ではないかと思い、それは、言葉にできないものだ("Speechless")と認識している。

これは「神の愛」で、

“You Rock My World”の「そして僕の全ては、君のものだ」は、音楽や、ダンス、それを包み込む精神....それらを一生をかけて求めてきて、今、ようやく、自分の中で熟成して完璧な状態にあるということで、

これは「自分が人々に与えられる愛」のことだと思うんです。

彼が、2度の離婚を経た後に見つけた「完璧な愛」とは、そーゆーことだと思われるのですが、冒頭に、お笑い風味のラップが入っているのは、コメディアンの涙のように、それを「見せてはいけない」と感じてしまうMJの「照れ」というか、「矜持」のようなものでしょうか。

☆(27)につづく


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by yomodalite | 2011-06-02 22:40 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(3)
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わたしは、MJが1ミリ間違っているように見えるときは、こっちは1メートルぐらい間違ってる可能性の方が高いんじゃないかと、よく思うんです。。。

(7)まで戻って見てくださっている方が多くて、申し訳なく思ったり、ここまで書いたことも、反省点ばかりが気になってきましたが、(21)から、わたしが最も言いたいのは、この時期のSONYとの確執も、彼自身の不可解さも、決して残念なことではなかったということなので、

夜露死苦っ!!! (by : 夜喪堕璃手)


下記は(21)〜(24)をまとめて、少し表現を代えて、加筆したようなものです。

Invincible期のMJの活動には、ソニーウォーズに絡んだ説明をされることが多く、2010年に発売になった、DVD『VISION』完全生産限定盤の“You Rock My World”の項で、解説の西寺郷太氏は、

この時の確執は彼の音楽人生において損失だった。と僕は思う。

と、記されていて、西寺氏のことは、MJのことを、膨大な知識としてでなく、血肉として理解されていて、とてもとても尊敬していますし、

アルバムに収録されなかった、素晴らしい曲をいっぱい知っている1ファンとしても、ここからアルバムが創られなかったことは、ずっと残念だったと思ってきたんですが、

Invincible期から『THIS IS IT』までのMJを、特に「顔」を中心に見ていくうちに、この時期から、彼はアルバムを創れなかったり、パフォーマンスが出来なかったのではなく、それをしなかったことに意味があったんじゃないかと思うようになりました。

この時期のMJが不可解に見えるのは『Invincible』の音楽の圧倒的な完成度に比べると、彼のヴィジョンの方には、少しだけ混乱があって、

その混乱を「You Rock My World のあの顔」ではなく、

ソニーウォーズの原因にもなったと言われる、"Unbreakable" のSFが創れなかったという情報から考え直しました。

一部の情報では、SF"Unbreakable"は、第3段シングルとして、その時点まで、SF化計画があったように感じられますが、

わたしは、“You Rock My World”のSF決定の段階で、それは破棄されていたと思っています。(今後の展開で、さらに説明する予定)

◎業界全体で、音楽アルバムの商品価値の下落が、一層進んだこと。
◎シングル発売〜SFでアルバムを売るというビジネスモデルが崩壊したこと。

この2つは『Invincible』制作中に、MJも感じていたことだと思いますし『Invincible』を完成後は、今後、アルバムを継続して創って行くことより、もっと違うことの方に、興味があったと思います。


Do you feel like your most creative period is yet to come?
Q : あなたの創作のピークはもう過ぎたと感じますか?


I think the best work is coming, but I'd like to go into other areas, not keep doing album after pop album.
MJ:最高の仕事は出来たと思う。アルバムを作り続けるより、もっと他の領域に足を踏み入れたい。(TV GUIDE Interview 1999より)


そのひとつは、幼いころからの「影像」への深い興味で、『Invincible』の完成度に、相応しい影像を創ることは、アーティストとして、確実に挑戦したいことだったと思うのですが、それは『Invincible』の音楽ほど、完璧には出来なかった。

なぜなら、

MJが映像化したかったのは、"Unbreakable" の音楽PVではなくて、「アンブレイカブルな男」そのものだからです。



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MJは、ずっと「映像化」を考えてきていますが、

ダンサーとしてだけでなく、様々な、エンターティナーやミュージシャン、SONYの盛田会長などのビジネスマン、キング牧師や、ネルソン・マンデラ....ミケランジェロのような歴史に遺る芸術家や、イエスすらも、目標として、人生を歩んできたMJにとって、

“Invincible”(無敵)で、“Unbreakable”(不死身)と言える「ストーリー」を、構築するのは、彼がどんなに天才であっても、というか、天才であるからこそ「不可能」というジレンマに陥るようなものだったのではないでしょうか。

西寺郷太氏の『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』の第6章《摩擦 ソニー、モトーラとの諍い》には、

創業者の盛田昭夫会長を尊敬していたMJにとって、「これは、自分が愛したソニーではない」という気持ちが強かったのかもしれません。

という記述がありますが、

MJが、これまでの天才アーティストと違うのは、多くのアーティストや、そのファンも信じてきた「一番売れるものが、一番良いわけがない」ということを覆したところです。

この時代までの、SONYとMJは、レコード会社とCDを売るだけのアーティストではなく、一番良いものが一番売れるという「思想」を共有していましたが、

これは、SONYという個別の会社や、モトーラ個人に起こったことではなく、あの頃、世界中で、モノを作って売る時代が終わり、

ビジネスの最前線にいた、モトーラのような人物はもとより、アメリカでも、日本でも、雪崩を打つように時代は変わりました。

マライアへの友人としての正義感も、様々な圧力も不満も、間違いなくあったと思いますが、この頃のMJは、その程度の幼い正義感や、我がままで、SONYに抗議したのではないと思います。

90年代のMJは、メディアだけでなく、そういった時代からこぼれ落ちた人たちからのMJ批判も始まっていて、お金持ちMJの戦いは一般の共感を得られるものではありませんでしたし、社会的な行動として評価されることもありませんでしたが。。。

MJは、一貫して政治的な発言には慎重でしたが、その理由には、幼い頃から尊敬していたミケランジェロが政治活動から身を引いて、偉大な芸術家となったことをよく学んでいたことによるもので、音楽業界の最前線で長くトップであり続けた彼に、政治的センスがなかったと言うことは、ありえないと思っています。

振り返って見ると、MJはどの時代も、本当に厳しい道を歩んできたと思いますが、あの頃、彼が、本当にここまで「タフな男」だったことに、MJ以外は、誰も気がついていなかったし、彼自身も、そのことを「映画化」することはできなかった。

完璧なアルバムを何枚も創った後に『Invincible』では、そこから、更なる円熟と、未来をも見据えるという理想を、音造りでは形にすることが出来て、本当に、自分が「無敵」だということに確信がもてたけど、

MJの、MJによる、“Invincible”(無敵)で、“Unbreakable”(不死身)な男の映画化は難しいということに、彼は『Invincible』制作中、何度も考えて、気づいたんだと思います。

数多くの撮影や、SFでも様々な顔を見せてきたにも関わらず、作品(アルバム)の顔(ジャケット)には、あまりこだわっていないのも、

ミケランジェロが自画像を1枚も遺さなかったことと同じように、MJも「自画像」には、慎重だったからではないでしょうか



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今までのマイケルのショートフィルムを少しずつ混ぜたようなストーリーや台詞、踊り、イメージが展開されてゆくこの作品を初めて見た時、謎だらけだったので、勝手に『インヴィンシブル』から今後シングルカットされるショートフィルムで、どんどんここで暗示させた物語が進行していくのかな?」と予想していたのだが・・・。(DVD『VISION』完全生産限定盤“You Rock My World”の解説より)

連作というのは、流石、西寺さん!!! このSFで、最初に疑問だったのは、曲の内容と、SFの内容があっていないことだったんですが、連作なら、ありえるかもしれません。

元々、彼は、音楽PV以上の映像作品を創りたかったのですから、そういったアイデアは、構想としてあったように思います。

でも、

完成した“You Rock My World”の構成からは、ここから連作というのは、考えにくくて、納得できるようなSFを創るための予算も時間も「1作」だと悟ったMJが、ギリギリ妥協して創った「集大成」だから、曲のテーマに合っていなくて、2作目のシングルが、“Cry”に決定したときよりずっと前に、そのアイデアは終わっている可能性の方が高いように思えるんですね。

“Cry”のあと、リリースはされなかったものの、ラジオオンエアに選ばれた“Butterflies”など、MJは、このアルバムに関して、インタヴューで語っていた、気に入っている曲と、シングルカットされた曲が、悉く違っていますが、

"Unbreakable", "Speechless", "Lost Children"

それは、彼のヒット感覚が狂っていたのではなく、逆に、市場感覚も、レコード会社の思惑も、はっきりとわかっているからなんだと思うんです。(実際売れる曲を創っているわけですから)

深読みするならば、この曲でマイケルは、これまで自分が歩んできた歴史を振り返ってゆくが、争っている間にアクシデントからそのすべてに火が放たれてしまう。彼は親友と愛する女性だけを連れて、また別のステージへと進んでゆく・・・。(DVD『VISION』完全生産限定盤“You Rock My World”の解説より)

MJは、もう「一番良いものが、一番売れる」という偉業は、何度も達成していて、モノ造りの精神を忘れてしまったレコード会社に、これ以上所属する意味もなく、冒頭に3曲、挑戦的な曲を配し、SONYにも抗議することで「次のステージ」を考えていて、

『Invincible』制作中に、今後のアルバム発売や、芸能活動への支障も、経済的不安も、確実に計算して、「別のステージ」に移ったのではないかと、

『Invincible』を、何度も聴いていると、そう思えてなりません。

『Invincible』というタイトルも、“Unbreakable”のショートフィルムを創りたいと、何度も語ったことも、彼の「メッセージ」で、

それは、その言葉の意味と、その音楽が、これまでにない曲だという、2つの意味の「メッセージ」だったんじゃないかと思うのですが、、、

☆マイケル・ジャクソンの顔について(26)につづく

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by yomodalite | 2011-05-30 22:24 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
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マイケル・ジャクソンの顔について(23)のつづき


マイケル・ジャクソンの顔について、特に謎の多い、“You Rock My World”のことを、ずっと考え続けているのですが、今回から、ようやく、ほんの少しだけ、その謎に迫るつもりです。

でも、これは、わたしが、ただただ一生懸命考えて、自分にとって、できるだけ矛盾の少ない結論に導いているものなので、「真実」を求める方は、充分ご注意のうえお読みくださいませ。


マイケル・ジャクソンの顔について(23)では、当時のMJには、“Unbreakable”のSFを制作する気はなかったかのような「結論」に導いてしまいましたが、

今回は、やっぱり、どうしても創りたいと思っていた“Unbreakable” のSFとは、どんなものだったのかについて、ちょっぴり考えたいと思います。


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◎Legend of MoonWalker

上記の「REPORT-2」〜アルバム「INVINCIBLE」〜「Unbreakable」から、当時の記事を、下記に抜粋。

【2001年】
10月26日に行なわれたチャットの中で、マイケルは自分自身に最も近い曲を訊かれ、「"Unbreakable"。 だって、僕はずっとそうだったんだ。 誰も僕を止められやしない。 僕たちは、皆が驚くするようなシングルを出すよ」また、ニューアルバムの中で気に入っている曲の1つとして "Unbreakable" を挙げた。

アメリカ版 『TV Guide』 誌('01年11月5日号)のインタビューでも、"Unbreakable" に込めたメッセージを訊かれたマイケルはこう答えた。「何に対しても屈服しやしない。 僕は、あらゆる全てを乗り越えてきたんだ。 何をもってしても僕を傷つけたり倒したりなど出来やしない。 また立ち上がるのだから。」


サードシングル "Unbreakable" のショートフィルムは既に8月から撮影を開始している。2002年初頭に公開予定。

マイケルは、このフィルムで世界中にショックを与えたいと考えているそう。ジョージ・ルーカスの 『インダストリアル・ライト&マジック・スタジオ』が撮影場所に使われている。

3月19日時点で、 "Unbreakable" のショートフィルム撮影は4月に開始されると見込まれる。デヴィッド・メイヤーズ監督によるそれまでの概念をマイケルが破棄。新たに『ラッシュアワー』 のブレット・ラトナー監督を迎え、クリス・タッカーを含めた新しいプロジェクトは、マイケルによって構築されていく予定。


3月23日 Lounch.comが、 "Unbreakable" のショートフィルム撮影は4月下旬に開始されると報じる。


3月26日 今週マイケルは、クリス・タッカーとメル・ギブソンを迎える "Unbreakable" ショートフィルム撮影のための準備を開始。 撮影はまもなくスタートの予定。

3月いっぱいでソニーミュージックは、唐突に 『INVINCIBLE』 に係るプロモーションの一切を中止。

のちに伝わった話によると、マイケルはこの "Unbreakable" を、20分間のショートフィルムとともに1stシングルに据えたい意向だったとのこと。



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これを読むと、“You Rock My World”のSFが披露されてから、大分経った後にも、 "Unbreakable" のSF計画が続いていたようなのですが、わたしは、その部分は、事実として少し疑問を感じているので、下記は、これらの情報を、軽視した考察になっています。

当時の音楽市場は「スリラー」の頃とは違い、シングルはすでに「商品」ではなく、オンエア用のプロモにしかなっていない時代です。長期間の制作期間で使った費用に加え、ここでも莫大な予算が“You Rock My World”のSFに投入されていますが、当時の評価は、その作品の完成度にも、予算にも見合うものでなく、2作目のSF、“Cry”には、MJ出演もなく、あまり手をかけた様子もありません。

1作目の成果から考えて、3作目のSF制作が、相当困難であることは、1作目に“You Rock My World”が選ばれた時点で、想像できたことですし、

『INVINCIBLE』で、彼が納得できるような予算によるSFは“You Rock My World”しか創れないということも、これを1作目に選んだ時点で、やはり想像できたことのように思えるんですね。



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『INVINCIBLE』は、業界的にも、MJの復活が注目されていましたし、彼にとって、"Unbreakable" こそ、もっとも強く主張したい「テーマ」だったでしょう。

MJの全SF中、まさにショートフィルムと言える、ストーリー性が感じられる作品として、下記が挙げられると思います。(洩れてる作品が会ったら、ご指摘くださいね♡)

◎Billie Jean
◎Beat It
◎Thriller(Long)
◎Bad(Long)
◎The Way You Make Me Feel(Long)
◎Smooth Criminal(Long)
◎Remember the Time
◎Black Or White(Long)
◎Who Is It
◎Scream
◎You Are Not Alone
◎Ghosts(Long)
◎You Rock My World(Long)
◎Say Say Say


☆MJショートフィルム全動画



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Billie Jean ー 絶対に女に騙されることなく道を貫くこと
Beat It ー 強さとは腕力だけではないこと
Thriller ー モンスター級の存在感
Bad ー ダンサーが軟弱ではなく、本当は強い男であること
The Way You Make Me Feel ー ダンサーが軟弱ではなく、モテる男であること
Smooth Criminal ー 賢い男がセクシーであること
Black Or White ー どんな枠組みにも納まらず、何も怖れることなどないという宣言
Ghosts ー 自分に嫉妬を抱く男たちへの更なる挑戦....

その中でも、ダンスに力を入れたSFは、すべて「一番強い男とは何か」がテーマになっていないでしょうか。

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MJは、SFだけでなく、ステージや、ダンスでも、作品によって、本当に様々な面を見せてくれていますが「役柄」としてみると、

「Thriller」「Ghosts」の、モンスター役、「Smooth Criminal」「You Rock My World」のギャング役は、それぞれ2回挑戦していて、

SFではありませんが、“Dagerous”のダンス・パフォーマンスも「ギャング」を思わせるものですし「THIS IS IT」のショーでは、新たに創られた「Smooth Criminal」のSF、「Thriller」にも「Ghosts」のイメージを付け加えたような演出がなされ「モンスター」と「ギャング」は、彼の最後まで重要な「テーマ」だったと思われます。

“Unbreakable” のSFについては情報が少ないのですが、歌詞の内容からも、やっぱり「ギャング」がテーマだった可能性が高いんじゃないでしょうか。

☆マイケル・ジャクソンの顔について(25)につづく


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by yomodalite | 2011-05-28 15:05 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(6)
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わたしは「真相」というのは、週刊誌が扱える「ストーリー」で、よく出来た本というのは、いくつかの「真実」が含まれる「ストーリー」だと思っています。(それが、どんなに身近に寄り添っていた人物が書いていたとしても・・・)

ミケランジェロや、彼が目指していた永遠の命をもった芸術は、何度も人を探求させるような「謎」に満ちていますが、その「謎」を埋め込んだアーティストが、本当に何をしたかについては特にそうだと思います。

でも、その秘密の「壁」を少しでも削りたい欲望から逃れることができない。

だって、、「愛する」って、どーすればいいのかわからないからww

では、

彼が必要とした「ストーリー」を、自ら仕掛けた件について。

通称「ソニーウォーズ」と言われる、MJのSONYへの抗議。

◎ソニーウォーズ(ウィキペディア)

わたしは「ソニーウォーズ」について、当時は、あまり共感できませんでしたし、それ以降、さまざまな「陰謀」にまつわる情報を得てきている今でも、やっぱりよくわかりません。

ちなみに、同じくSONYのビッグアーティストだったジョージ・マイケルも、1993年頃にSONYを契約無効を訴えています。

◎ジョージ・マイケル(ウィキペディア)

こちらは大体理解できます。ジョージ・マイケルに限らず、多くのアーティストは、自分で創ったレコードを、自分で売らなくてはならず、レコード会社は何もしないで搾取しているだけ。と感じるようなんですね。

ただ、マイケルの場合は、不満も圧力もあったとは思いますが、他と比較すれば、相当特別待遇というか、会社がこれまでしてきたMJへの巨額な投資の方が「異常」に思えました。


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◎[参考記事](当時のわたしの感覚に近いもの)

ソニー内の政治抗争の詳細はわかりませんが、納得できるのは、

95年まで、マイケルに投資していたのは、全米ソニーの代表者で、世界のソニーグループの売り上げ(年間8兆円)の半分に責任を持つ人物だった。

マイケルへの投資が、思うように成果をあげなくても小さい話であり、むしろアイコンとしてマイケルに接していた。ところが、96年以降は、マイケルは、あくまでもソニーの音楽部門のトップと話しをすることになった。

だから、トミー・モトーラは予算を出し渋り、マイケルが持っている音楽資産を取ろうとし、よほど成功確率がないと、ミュージックビデオにしても、巨額の投資はできなかった。

という部分です。それでも、やっぱり、ウィキペディアにもある、

会社を抗議したMJが、社長を辞任に追いやり、主張が全面的に認められ、合意に至った。

という理由はよくわかりません。

上記のサイトにもあるように、当時、一応大人だったファンは、MJのこの行動には、そんなに共感できませんでした。

わたしも、当時は理解できなかったんですが、でも今は、はっきりと「匂う」んですね。

MJの方が....


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モトーラへの激しい個人攻撃など、政治抗争部分はわかりませんが、このときの「人種差別」攻撃は、MJが「They Don't Care About Us」のときに受けたものにちょっぴり近い「手口」というか...また合意に至った「詳細」もわからないんですが、


(注:MJの抗議が、ADLに近い手口というのは、明らかに言い過ぎで、誤解を招く言い方だと思いますが、ここでは、MJらしくないなぁぐらいの意味でご理解ください。また、このあとのSONYへの抗議内容も、ハーレムでのスピーチにも、すぐ触れる予定だったので、あえて、このような書き方をしましたが、予想外に長くなってしまって、弁解が遅くなっている段階である。ということも、重ねてご理解くださいませ)


ざっくり考えて、MJとSONYが、お互い持っているものを突き合わせて「帳尻」があったということでしょう?

これは、SONY側がこれ以上損失は出せないという判断であっても、これまでのアーティストと会社との力関係からすれば、充分「勝利」ではないでしょうか。

『HIStory』で、巨額のSFを制作し、期待どおりの売上げを上げられなかったと言われ、5年もの歳月をかけて制作された『Invincible』でも、30億円という巨額の費用をかけ、またしても、長尺ビデオを制作したにも関わらず......

果たして、これで本当に、MJが「陰謀」にあったと言えるんでしょうか?

確かに、合意は握手ではなく「匕首」を突きつけ合っているのかもしれませんが、でも、結局モトーラは辞任しました。

この後、MJはアルバムも出せず、様々な形で活動を邪魔されたとも言われていますが、

わたしには、

MJはその後、結局、破産もしなかったし、ツアーにも行かなくて済んだだけでなく、ファンには、アルバムを創らないことを、SONYのせいにすることが出来た。

というように見えるだけでなく、

今後の「ゲーム」のために、様々な「布石」を打った形跡が感じられるんです。

あの頃は、すでに、CDが売れるような時代ではなく『Invincible』が、前作を下回る売上げであることも、これまでのようなSFを、何本も制作することが無理であることは、MJにも想像できたはずですし、また、これまでの「スタジオアルバム」に満足してなかったら、SONYへの抗議はできなかったと思います。

MJが、スティービー・ワンダーぐらいの天才だったら『Invincible』と『THIS IS IT』までに、少なくとも2枚はアルバムを出せたはずですが、

業界トップの契約金で知られ、時代から逆行する巨額なプロモ費用を必要とし、売れなかったら、社長に抗議までするアーティストに「移籍」は無理でしょう。

『Invincible』以降、彼が表現したかったことは、もうSFでは出来なかった。

彼はもうエンターティナーとしての賞賛には飽きていたんじゃないでしょうか









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by yomodalite | 2011-05-26 11:49 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(4)
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☆(21)のつづき

『Invincible』発売当時、わたしは、このアルバムがそんなに好きではありませんでしたし、大勢のひとがこのアルバムに抱いた第一印象も、今までより少し「取っつきにくい」というものではなかったでしょうか。

・Unbreakable

この冒頭の変態リズム3連発といい、シングル曲がようやく6曲目に登場するという、MJのこれまでのアルバムでも、他のヒット・セオリーからも逸脱したような構成がその主な原因だったと思えるのですが、

その理由は、これらの歌のメッセージにあるのではないでしょうか。


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君は信じられないし、

納得できないだろうけど

僕に手出しはできないよ

僕は君には手の届かない相手だからね

君が僕を嫌っているのは知ってるけど

君にはなにもできない

僕を壊すことなんか絶対に

だって、僕は不死身だから

(「Unbreakable」より)

アルバムのタイトルが「Invincible」(無敵)で、1曲目でさらに“Unbreakable”(不死身)とか、今までだって「BAD」(ワル!)とか、「Dangerous」(ヤバい!)とか、意外と「ヤンキー」との親和性が高かったマイケルですがw、でも、ヤンキーが「唯我独尊」を勘違いしているのとは逆に、マイケルはもっと高次元なレベルで、そう言っているんですよね。

彼女の策に嵌められるなんて思いもしなかった
今でも彼女は僕が気づいたことを知らないだろう
彼女は、僕が別れを切り出すまでこのゲームを楽しむつもり
それでも、最後に彼女が気づくことを祈るよ
僕も、彼女と同じゲームをしていたことをね
(「Heartbreaker」より)

「Heartbreaker」は、手に負えない彼女のことを歌っていますが、結局は...というパターンですね。

君には、僕がしたいことはすべて話しただろう
でも、どうやったところで君には通じないし
君は僕が言ってることを調べてみようともしない
僕を知れば、僕が君が今まで思い描いた以上だってわかるのに
他の誰にも僕のように愛することなんてできない
彼が君にごちそうするって言ったって
僕のようにはできない
彼がダイヤモンドや真珠を買ってくれたって
僕みたいにはできない
彼が世界のどこにでも君を連れて行ったところで
僕のような芸当はできない

(「Invincible」より)


この曲も、なかなか自分になびかない女をテーマにしながらも、そういう女の魅力を語っているわけではなくて、自らの強さの方に力点があると思います。

これらの歌詞の世界は、彼の代表的なパフォーマンスである「Billie Jean」と「Dangerous」でも同様なんですが「危険な女」を歌っているようで、その女に絶対に騙されない、本当に「ヤバい男」を表現しているようです。

これまでも、何度も繰り返してきた、これらのテーマを『Invincible』では、今までのような「ヒット曲」とは異なり、なにか「得体の知れない」感じを残して、3曲連続で、冒頭に叩き込んだのは、彼の中で「ワル!」や「ヤバい男」以上に、このテーマへの思いが強くなっているからだと思うんです。


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MJは、特に聴いて欲しい曲として、何度も「Unbreakable」を挙げていて、この曲をシングルにしたかったことが伝わっていましたが、率直に言って、「Unbreakable」が、「You Rock My Would」より、売れるとは思えませんし、この曲はラジオ局でヘビロテされるタイプの曲ではないと思うんですよね。

MJは、終世No.1セールスにこだわったアーティストだと思うんですが、どうして、それほど売れそうにない「Unbreakable」を、シングルカットしたかったんでしょうか?

ストーリーを話して聞かせることができる人間になりたいと、僕はずっと思ってきました.....そうしたことのできる人間になりたいと、ずっと思っていたんです。ーー自著『ムーンウォーク』冒頭より

彼が、今までの「天才」とは比較にならないほど、多くの才能に恵まれていることは、大勢の人に理解されていることですが、そうであるにもかかわらず、彼の世間的なイメージは、これまでの天才のイメージに沿った、必ずしも「オリジナル」なものではなかったと思います。

チャイルドスター、父親の虐待、家族との確執、子供時代への固着と幼児性愛や同性愛、特異な趣味による膨大なコレクション、奇矯な行動.....

それらは、これまでの天才にもありがちな「イメージ」であって、何人もの天才を世に送り出したモータウン創始者ベリー・ゴーディーにして、1時代に1人に現われる程度のスターではなく、この世に1人しか存在し得ない唯一のアーティストと言わしめた、マイケル・ジャクソンという天才固有の「ストーリー」ではありませんでした。

わたしは、彼が旅立ってから、彼の人生のすべてを知りたくなって、毎日探求の日々を送り、ようやく、生前彼が纏っていたイメージとは異なる、本当に独自な「マイケル・ジャクソン・ストーリー」が見えて来たんですが、

彼は、自分の「ストーリー」を、ずっと、慎重に考えて続けてきたと思うんですね。

『ムーン・ウォーカー』のように、子供たちの優しいお兄さんでありながら、妖しげな酒場に行き、犯罪に巻き込まれ、子供を助けて、ロボットに変身(!)しつつも、なぜか、その後セクシーなロックスターになってしまうような、文学的深みに乏しく、荒唐無稽な「超人」ストーリーの、どこが「慎重」なの?と思うかもしれませんが、、、

彼が、『ムーン・ウォーカー』のあと、結局「映画」を創れなかったのは、そのときの興行的失敗や、その後の逆風ではなく、やっぱり「マイケル・ジャクソン・ストーリー」に慎重だったからだと、わたしは、考えるようになっているんですが、

『Invincible』で、ついに、その「ストーリー」を、彼は、発見したんだと思います。

自分の「ストーリー」として相応しいのは、“Unbreakable”で、“Invincible”だと、確信したんじゃないかと。。。

“Unbreakable”には、ショートフィルム制作も予定されていたと言われています。

では、結局、創られることのなかった“Unbreakable”の、ショートフィルムとは、どんなものだったんでしょうか?

わたしは、“Unbreakable” のSFが、どんなものであったのかについて、監督として名前が挙がっていたデヴィッド・メイヤーズや、ブレット・ラトナーが語っているのを聞いたことがないのですが、(ご存知の方は、ぜひ教えてくださいませ♡)

このSFが創られなかったことと、このアルバムのプロモをSONYが充分に行わなかったことが、MJのSONYへの抗議の始まりだったと言われていますが、その件については次回。

☆(23)につづく

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by yomodalite | 2011-05-24 23:01 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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