カテゴリ:マイケルの顔について( 48 )

f0134963_15131799.jpg


☆(40)まで読んでいただいた、みなさまへ。

毎日、反省の日々を送っているつもりなんですが...まだまだ反省が足らないせいなのか....またもや過ちを繰り返してしまいました....


《反省その1》
反省・まとめ・今後の課題[3]の内容と、次の(21)以降は、まったく繋がっていませんでした。

《反省その2》
(21)からは、始めたときの予定では「INVINCIBLE」発売から、2001年以降の「$ONY KILLS MUSIC」や、人種差別抗議活動(Against Racism Speech)を経て、バシール・ドキュメンタリ、60ミニッツへという流れを予定していて、そこから

◎バシール・ドキュメンタリで少年虐待疑惑を再燃させたこと
◎60ミニッツで、これまで以上に奇妙な男に見えたこと


これらが「MJの計画」で、2005年の裁判も彼自身が呼び込んだものという推論を展開するつもりでした。(これは「60ミニッツ」のMJへの照明(ライト)から展開し、多少は納得できる内容にすることが可能だと思ってました)

これは、元々「マイケル・ジャクソンの顔について」を書き始めたときからのもので(7)で匂わせたのも、そういったことで、

◎MJが(顔の造形を変えるために)何度も整形を繰り返してはいないこと
◎彼の顔の変化が、少年期のトラウマや醜形恐怖ではないこと
◎SF「You Rock My Would」の謎

などと同様以上に「マイケル・ジャクソンの顔について」を書く大きな動機のひとつで、

2005年の裁判のときも(10)の2002年の裁判で地元新聞をからかったことと同じく、MJのメディアへの挑戦行動だったことを、彼のユニークな「お笑い感覚」を交えて紹介したいと思っていました。

ただ、2002年のケースとは違い、2005年の裁判は、彼の死に繋がっていると考える人が大半の中で、それが「真実」だと思えるほど、これまでのMJのイメージを覆すことも、また、その「結論」を自分と同じように「Happy」に受けとめてもらえるかに自信がもてず途中で中断していたのですが、

やはり、医師の裁判前に言っておきたいという思いから(21)を書き始めました。

あの医者に、MJの死の責任を押し付けることに、大きな危惧を感じ(私があの医師にとても同情していたので....)、MJが一部のタブロイドだけではなく、全てのメディアに「挑戦状」を叩き付けていたことを(それも今までにないような形で....)、はっきりさせたかったので。

でも、それは、

苦手な英語を読み、些細な証拠をかき集めることが、予定より何倍も時間がかかってしまったこと、

医師に激しい怒りをぶつけている人が、偏向報道により、MJを「奇人」だと思っていた人と同様に見えてしまったこと、

そんな風に見えるのが、世界中で自分ひとりに思え、また、それを押し返すほどには信念が持てなかったこと

などの理由により、まったく「無理」なことが、再開後すぐにわかってきて....

当初「マイケル・ジャクソンの顔について」は、彼の顔に関して、大きな誤解を抱いている人すべてに見て欲しいという野望を抱き(笑)、最近、彼を知った人も含めて、幅広く受入れられることを目標にして書き始めました。自分にそんな力がないことを忘れてしまうぐらい、私は「激しい怒り」を感じていました。

その怒りを笑いに変えて、彼の「被害者」というイメージを払拭し「十字架に架けられた救世主」の厚みのある「人間像」も紹介したい.....そんな、書いていて、もう顔が真っ赤になるぐらい、自分の力を超えた「野望」を抱いていました。

でも(21)以降で書こうとした『インヴィンシブル』時代の事柄を、今までのように展開することは、やっぱり私には「無理」で、最初の予定を大幅に変更して、SF「You Rock My Would」に集中しようと思うようになりました。

無理だと感じたのは、上記以外に、あの医師が背負わされた罪の大きさに、私が「笑えなくなってしまった」からです。

それまで私には「MJはその死ですら完璧だった」という思いがあったのですが、医師が背負わされた罪は、MJの唯一の「汚点」のように思えて....(そうではないといいと思いますし、医師の罪も「妥当」であったと思えるといいんですが....ただ、歴史的偉人が周囲に与えた苦難と比較すれば、やはりMJは「大成功」であったとは思ってます)

とにかく、自分自身の「ざわざわ」する気持ちは抑えようがなく、ただでさえ、敷居の高かった「パブリック」な内容を書くことはおろか、目指す気持ちすら困難になってきて、「笑い」の要素を取入れられなかったことは、今でも残念に思っています。

ただ、SF「You Rock My Would」に集中したことで、私自身は、これまで気づかなかった点が色々見えてきて、自分の「Man in the Mirror」には繋がったと思っています。

そこで展開した内容には書いていませんが、私には「You Rock My Would」に登場するブランドとの永年の友情は知ってはいたものの、あのSFで、MJがブランドを見つめる眼には、彼への批判も若干あるのでは?という疑問があり、そこを確認したかったのですが、

そんな興味以上に、ブランドの魅力に取り憑かれ、それまで、MJが実質的な最後のSFに、ブランドを登場させたことで、きっと素晴らしい人に違いないと思っていたんですが、今では、ブランドが永年、MJを可愛がり、SFに出演したことで、MJがこれまで以上に「素晴らしい」人に見えてきています(それまでだって最上級で尊敬してたのに...もう、どんだけ「上」なの!)。

そんな興奮で「顔について」で、ブランド、チャップリンまで繋げて書こうとしてしまって、その「違和感」に、うっかり気づかなかったのですが、やっぱり、それらは、このシリーズでは「無理」なので(40)のつづきは、また別のエントリで、細々と考えていこうと思います。

また、上記の

◎バシール・ドキュメンタリで少年虐待疑惑を再燃させたこと
◎60ミニッツで、これまで以上に奇妙な男に見えたこと

は「MJの計画だった」の内容は、今それを書くモチベーションは消えてしまいました。似たようなことが『M Poetica』に、もっと適切に書かれているような気もしますし、、

☆『M Poetica』の和訳が紹介されている、とてもとても素敵なブログ記事!
◎http://meetoytoy.blog.so-net.ne.jp/2011-12-30
◎http://meetoytoy.blog.so-net.ne.jp/2012-01-01
◎http://meetoytoy.blog.so-net.ne.jp/2012-01-07-1


☆こちらは、MJFCに寄稿された著者によるサマリー(1〜13まで)
◎「マイケル・ジャクソンを読み直す(その1)MJJFanclubオフィシャルブログ

とはいえ、私は、英語の本はほとんど読めないので(インタヴュー本である『MJ Tape』を読み終わるまでにかかった時間を考えると、考察本の『M Poetica』は、もっと時間かかることが予想され、まだDLしてません)、本当にそうなのかどうかはわからないのですが.....でも、なんか「カブッてる」と思うと、なんだか力が湧いてきませんし、

これまで、自分が「本当にそう思っているなら、必ず簡単に説明できるはず」と思って、喝をいれていたんですが、これからは、MJ図書館に導かれるように、自分がわからないことを中心に、本を読んだり、映画を見たりして行きたいという気持ちの方が強くなってしまいました。

「顔について」は、最終的に、現在非公開中の(1)の内容を完成させて、終了しようと思っていたので、そこには、まだまだ未練はあるものの、やはり当分手をつけられそうにありません。

そんなわけで、「顔について」は、一旦終了というか、

「Later....」(またね)

って感じで、よろしくお願いします。(ここまで色々とありがとうございました!)


f0134963_1537568.jpg
UnmasKing of Pop
A devastating portrait (full, hi-res image after the jump) of the late Michael Jackson appears on the cover of Q Magazine (August 2009), possibly the last coverstory he posed for in advance of his This Is It comeback shows at London's O2 Arena. John Wright shot the pulls-no-punches photo, in which the performer's face appears remarkably gaunt, he has salt-and-pepper stubble on his chin, his lips are bright red, his tortured nose looks ready to be brushed away and—above a surprisingly hairy brow—the netting holding his wig in place is clearly visible under a pound of makeup.

[関連記事]「$ONY KILLS MUSIC」
◎MJ's Speech「Killer Thriller Party」
[関連記事]「Against Racism」
◎MJ's Speech「Against Racism」


[PR]
by yomodalite | 2012-01-06 16:57 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(18)
f0134963_9184931.jpg
『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



☆(39)のつづき

SF「You Rock My Would」でのブランドとMJの会話にこだわって、日本語版の和訳のニュアンスを自分なりに解釈し直したり、ほんのわずかしかない2人の会話の意味を考え続けたのは、このときのMJの、怒りと、哀しみが同居しているような「表情」の意味が、よくわからなかったからです。(→このシーンは[32]参照)

「You Rock My Would」は、冒頭はコメディタッチで、MJの表情も「コメディ」よりの感じがしました。ところが、酒場の雰囲気も登場する役者も、これまでのような「ミュージカル」よりの出演者たちとは異なり、リアルに血の匂いを感じさせ、MJは、彼らのような現実的な人物とは異なる「違和感」を発散していました。


f0134963_9195595.jpg
『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



一方、ブランドは登場シーンでは、他の出演者と同じく、リアルなギャング映画の人物像を演じていますが、MJとの対面シーンから一転して「コメディ」タッチに転調し、自らのパロディも演じているようです。

ところが、ここでも、MJはブランドの「ボケ」に応じず、それまでのコメディ寄りとは、逆の「暗い表情」でブランドを見つめている。(→[38]冒頭の写真)

「You Rock My Would」について、わたしが読んだ批評によれば、このときのMJの演技は、女(Kishaya Dudley)を本当に買ったのはブランドで、そのことと、波止場を支配する“ボス”への怒り...というようなものでしたが、

そうであるなら、ブランドのパロディ演技は何のためかわかりませんし、そういったストーリーに集約するには、このSFには、他にも様々な違和感が感じられ、何かしっくりしないというのが、わたしの永年の謎でした。


f0134963_921163.jpg
Brando&Sophia Loren『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



わたしは、その謎をきっかけに、ブランドの映画を観たり、自伝を読んだりするうちに、すっかり、ブランドに魅了され、これが、波止場を舞台にしたギャングと若者の話ではなく、MJのブランドへの特別な想いの方が、より重要な「物語の鍵」だと思うようになったのですが、

その特別な想いの中身は(30)を書いていた時点で想像していたことより、ずっと遠い地点まで広がってしまって、自分でも困惑しているんですが、さらに困ったことには、この想像が、そんなに外れていないような気がするところなんです(笑)。

あくまで、そんな気がするだけだということと.....また、これをどう説明したらいいのかに関して、もっとも困惑しているということを、あらかじめご了承くださいませ。


f0134963_9272271.jpg

さて、

(39)で「チャップリン、マーロン・ブランド、マイケル・ジャクソンという繋がりに1本の糸が見えてきた」と思ったのは、

ブランドの自伝『母が教えてくれた歌』で、チャップリンの遺作『伯爵夫人』(Countess from Hong Kong)に出演したときのエピソードを読んだことがきっかけでした。

◎『伯爵夫人』(アマゾン)


f0134963_9302919.jpg


ブランドは、チャップリンのことを、メディアが生んだもっとも偉大な天才で、彼に匹敵するような才能を持ち合わせた者など、ほかには思い当たらず、誰1人として足下にも及ばないと言うぐらい尊敬しているのですが、その尊敬するチャプリンの『伯爵夫人』はとんでもない失敗作で、

また、共演した息子(シドニー・チャップリン)に罵声をあびせつづけ、彼のシーンを何度も撮り直したことなどの行為を「無類のサディスト」と評し、常に撮影現場にいたチャップリンの妻のウーナにも、義理の息子をかばおうとしなかったことを見るに耐えなかったと書いています。

わたしは、最初これを読んだときは、ブランドの感想を文字通り信じ、彼の言うように「人間チャップリンは、長短さまざまな要素がからみ合ってできていた。その点では、私たちと何ら変わらない」といった表現から、チャップリンのことを考えていたのですが、



f0134963_9324827.jpg


しばらく経ってよくよく考えてみると、ブランドの「人間チャップリン」の評価には、「彼の眼には、そう見えた」ということがあるように思えてきました。

『伯爵夫人』への評価は一般的にも高いとは言えませんし「人間チャップリンは、長短さまざまな.....」といった表現は、どんな天才にもあてはまる表現ですが、少し異なるのではないかと思ったのは「息子への酷い仕打ち」の部分です。

ブランドの自伝を読んでいない方に少し説明すると、彼の両親は2人ともアルコール中毒で、親からの愛の欠乏に苦しみ、生涯通して悩み続けていて、ブランドの自伝は、偉大な成功を収め、長くスターの座を維持してきた俳優の自伝としては、随所に痛々しい魂を感じるものです。(そこが彼の魅力なのですが....)特に、先に母親が亡くなると、母を幸せにできなかった父親への憎しみがより一層増していたり、彼の度を超したプレイボーイぶりも、母からの愛の欠乏が原因だったように思えるのですが、

そんな分析が解決に繋がることはなく、永年のセラピーへの依存から、最後に出会ったハリングトン博士のセラピーでは、過去に触れることより、あらゆる事象について議論することに熱心になっていく。



f0134963_9351850.jpg
演技指導中のチャップリン:Sophia(左)、Sydney(右)



ブランドが、一度だけ、ハリングトンに「私が憤怒の塊なのは、父のせいだと思う」と告げると、

ハリングトン「憤怒とはどういうことだい?それが父上へのわだかまりから来ているというのかい?」
ブランド「そう」
ハリングトン「ほう、今この瞬間もわだかまりを感じているの?」
ブランド「いや、今感じているわけではないのだが」

ハリングトンは「そうか」と言い、話はそれっきりだった。しかしなぜか、この反応で彼は怒りから解放されたように感じ、

他にも、診察室に飾られた造花の花から、現実の不確かさを示し、人生のすべての事象は個人的な知覚に左右されるということや、彼から「きみの見方は必ずしも真実をとらえてはいない」ことを教えられたことや

ハリングトンにもっとも感謝しているのは「自分と他者を許す術を示唆してくれたことである」と著している。(『母が教えてくれた歌』P385)


f0134963_9473958.jpg

多くの精神医は、最終的にどうしても許せない相手が「親」であると知っている。

わたしには、両親がアルコール中毒だったという経験はないし、それ以外にも彼との共通点はまったく見当たらなけど、ブランドが父への憎しみから解放されるためには「自分と他者を許す」ことだと理解したことは、よくわかる。

親から愛されなかったという思いは、他人の賞賛では代えられないし、親への憎しみは、自分への憎しみと切り離すことができない。それでも過去は代えようがないから、今の自分が「許す」こと以外に方法はないのだけど、そんな風に何度思ったところで「許す」ことはむずかしい。それは、今の自分には出来ても、こどもだった頃に「許す」ことが出来ないからでしょう。


f0134963_9483858.jpg
『伯爵夫人』撮影オフ:Sydney、Chaplin、Sophia Loren



コメディアンも、俳優も、偉大なエンターティナーの幼少時が、幸福であることは少ないのですが、チャップリンの幼少時は、その中でも特に「不幸」な例だと思う。

チャップリンの両親はともに芸人で、彼が1歳のときに離婚。彼は5歳から舞台に立ち、7歳のときに父を亡くすが、その間も養育費はほとんど払われず、母は極貧生活で精神に異常を来たしたため、4歳から孤児院や貧民院を転々とし、10歳で地方劇団の一員となる。

母はときどき良くなる兆しを見せるものの、チャップリンがある程度稼げるようになり、極貧生活から抜出せた後も、完治することはなく、亡くなってしまう。

それでも、チャップリンの自伝には、父への憎しみはあまり書かれていない。

◎『チャップリン自伝〈上〉若き日々』(アマゾン)
◎『チャップリン自伝〈下〉栄光の日々』(アマゾン)


f0134963_957374.jpg
演技指導中のチャップリン:Brando&Sophia Loren



『チャップリン自伝』は1959〜1963年に書かれ、1964年、彼が75歳のときに出版され、4人目の妻ウーナに捧げられている。

ブランドの自伝『母が教えてくれた歌』は1994年、彼が70歳のときに出版され、2人の姉と精神科医ハリングトン、クライド・ウォリアー(インディアンの民族運動家)、ボビー・ハットン(17歳で射殺されたブラック・パンサー党員)と15人のこどもたちに捧げられている。

MJの自伝『ムーンウォーク』は1988年、彼が30歳のときに出版され、フレッド・アステアに捧げられている。偉大な人物の自伝としてはめずらしく、あまりにも若い頃に書かれているので、比較することはむつかしいのですが、


f0134963_9591556.jpg
Brando&Sophia Loren『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



ブランドの父への感情から、MJのことを思い出すひとも多いでしょう。ふたりは共に、父から、褒められなかったことや、愛されなかったことを語り、恵まれないこどもたちの支援を熱心に行っています。ただし、その後のMJは父を許し、ブランドのように長く苦しむことも、自分の子供たちとの関係に問題を抱えることもなかった。(『息子マイケル・ジャクソンへ』参照)

チャップリンとMJが、父を許すことが出来たのは、チャップリンの場合は、父と同じ職業を継ぎ、MJの場合は、父の教育によって成功に導かれて、ともにエンターティナーという職業で成功し、また、2人ともその職業についたことを「天職」だと感じていますが、ブランドはそうではなく、子供たちのいずれにも、芸能界の仕事を反対している。

わたしは、ブランドの自伝で『伯爵夫人』への記述を読んでから、その映画を観て、ブランドの「人間チャップリン」の評価は少し違うのではないかと思ったのですが、それは、チャップリンが、この映画の重要な役に息子シドニーを抜擢させているだけでなく、あとに女優として活躍することになるジェラルディンや、その他エキストラにも、ファミリーを登場させ、撮影現場に妻も招いているからです。


☆ “反省・反省・反省”につづく


[PR]
by yomodalite | 2011-09-19 10:11 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(5)
f0134963_18533759.jpg
『欲望という名の電車』A Streetcar Named Desire 1951




「顔について」を書き始めたとき、彼の顔に関して、あまりにも浅薄な見解が常識になっていたことに異論を主張したかったことは、もちろん大きな動機でしたが、

もうひとつ大きなテーマがあって、それは、彼が本当に不世出の天才だったという証明にもなるはずですが、誤解を招きやすい主張になりそうなこともあって、できる限り、慎重を心がけてきたせいか、予定外に長くなってしまい自分でも困惑しています。



f0134963_1135875.png
At UNICEF headquarters, circa 1967



まさか(39)まで続くとは思ってもみませんでしたし、(21)から再開したときも、あとほんの少しだと思ってました。

でも、そのこと以外でも、毎回結論めいたことを説明しようとすると、より深い真実に出会うことになって、本当に知れば知るほど深みにハマってしまうんですよね。ふぅーーー


f0134963_1174652.png



(6)や、補足Part 2や、Part 3でも、MJの演技力に驚愕したことを書いていますが、驚いたのは、彼の演技力がスゴいというだけではなく、裁判という状況で、演技スイッチが「ON」になっていることで、しかも、これまで見たことのない様々なキャラを見せていることです。

わたしは、そのことに心の底から驚愕し、どれほど演技派俳優と言われるようなスターであっても、同じような嫌疑がかけられ、裁判を迎えるときに、こういった態度ができる人はいないと思いました。



f0134963_1185171.jpg
『ラスト・タンゴ・イン・パリ』Last Tango in Paris 1972



それで、わたしは、これが冤罪による裁判というだけでなく「MJは、SHOWとして完璧に準備していた」と思わずにはいられないんですが、

この演技力をどう使おうと思っていたのか? ずっと「映画」を創りたいと言っていたのは、どんな映画だったんだろう?

という、そのときからずっと疑問思ってきたことに関連している気がするので、もう一度(34)で紹介した80年代前半のメモの詳細を記しておきます。




f0134963_1242683.png


Dream
Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.
夢:偉大な俳優、歌手、時代を超えたダンサー、エンターティナー

Mental program , Thought of The Subconscious To Become THE BEST
メンタル・プログラム:ベストな状態にするためには、潜在的意識をどうすべきか

Confidence, Faith, Persistence, Belief
自信、信頼、持続性、信念

Study the great of your field and become Greater
偉大な先人たちから学び、それ以上になるために

Know the secrets of your endeavor "The Method”
努力の仕方の秘訣を知ること

Mind Target : Control and Influence the subconscious
内なる目標:潜在意識をコントロールし、

Be Scientist know. The Great's Method Try out and then perfect it.
科学者のように、偉大な方法を試し、完成させ、

Move Mountains
山を動かす。

True Training : A never ending persistence to equal or exceed the performance in your minds eye
真実のトレーニングとは、心の中でも、実際の表現においても、
常に超えようとすることをあきらめず、努力し続けること。



f0134963_1311598.png


このメモは、エンシノの自宅で書かれたもので、すでに「スリラー」が大ヒットし、あの「噴水前インタビュー」で、姉のラトーヤの「あなたのように成功したいわ」に対し「僕はまだ何も成し遂げていない」と言っている頃です。





f0134963_140274.png


(21)からの、Invincible考察では、これまでに、偉大な先人たちから、フレッド・アステア、サミー・ディヴィス・Jr、マーロン・ブランド、ルドルフ・バレンティノの4人しか取りあげておらず、MJの映画オタクぶりからも、華やかな交友録からも、まったく不十分なんですが、俳優の中で、ブランドとヴァレンティノを取りあげたのは、

ブランドは、その登場から、現在に至るすべての俳優に影響を与えた偉大な俳優で、それ以前の演技をすべて古めかしいものへと変えてしまったひと。

一方、バレンティノは、サイレント映画時代の美男俳優なので、両極端を、両方とも学ぼうとしていた点がスゴいと思ってチョイスしました。



f0134963_1411160.jpg


MJのアゴを割らせた候補としても、二枚目にしてコメディセンスにも優れているケイリー・グラントや「Smooth Criminal」の撮影現場にも来ていたり(そんな風に見えた写真があった)、親しい関係で、葬儀にも出席した、グレゴリー・ペックのことも、何も書いていませんし、とにかく、MJの映画オタクぶりは、ものすごくて、とてもついて行けそうにないんですが、、

Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.

のメモをじっと見ていて、浮かび上がってくる名前は、やっぱり「チャップリン」だと思うんです。



f0134963_144214.png
BRANDO talking about his appearance on behalf of UNICEF in Paris,1967



そのチャップリンが、最後の映画『伯爵夫人』にマーロン・ブランドを選び、自分を真似たような古典的なギャグをやらせている・・・

チャップリンと、ブランドはあまりにも異なる個性のように見えますが、チャップリン ー マーロン・ブランド ー マイケル・ジャクソンという繋がりには、1本の糸が見えてきて、それは、やっぱり、SF「You Rock My Would」の顔に関係しているように思えてきたので、この3人のことを、もう少しだらだらと考えたいと思います。

それぞれの子供時代、恋愛、自らの子供への接し方.....

MJは、彼らの表現だけでなく、それらすべてに心を揺さぶられ(You Rock My Would)“Unbreakable”とは、どういうことなのかを表現したかったんじゃないかと思うので。。

☆(40)につづく


[PR]
by yomodalite | 2011-09-15 02:00 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
f0134963_22531668.jpg


☆(37)のつづき

SF『You Rock My Would』に登場しなかった「スペードのKING」の行方について。
ここまで登場した、3枚のKINGには、そのカードに固有のモデルとされる人物もいるのですが、わたしは、それぞれのマークの意味である、ダイヤ(商人)、ハート(僧職)、クラブ(一般人)と解釈していて、

これらの「カードが切られた」という意味を(36)では「KING OF POPへの決別」と表現しました。(さらなる飛躍を求めての旅立ちというか...)

では、最強のカードと言われるカードで、剣、騎士(指導者)といった意味をもつ「スペードのKING」がどこに行ったのかというと、それはこの絵の中にあるんだと思います。



f0134963_2255373.jpg

スペードの形に描かれているのがわかりますよね?スペードは、元々「剣」から図形化されているので、これは偶然ではなく、MJの依頼により、そう描かれていると思われます。一番上のSF「You Rock My Would」の顔と比較してみてください。


I am the thinker, the thinking,
私は思索者として、考える
the thought
思考とは
I am the seeker, the seeking,
私は探求者として、探求する
the sought
探求とは
I am the dewdrop, the sunshine,
私は露になり、陽の光となる
the storm
嵐とは
I am the phenomenon, the field,
私は現象となり、一面に広がる
the form
形とは
I am the desert, the ocean,
私は砂漠になり、海となる
the sky
空とは
I am the Primeval Self
原始の自己である
In you and I
あなたにとっても私にとっても

Michael Jackson

(この詩の全文はこちらを参照)




これは「The Triptych」(三連作)と名付けられた絵の中央の部分で、

f0134963_232533.jpg

聖剣(エクスカリバー)や、MJのバックに獅子の紋章があるなど、神話がモチーフになっている絵だと思うのですが、


f0134963_23588.jpg


MJの専属画家だったデイヴィッド・ノーダールによって描かれたもので、中央に自作の詩(1992年に出版された『Dancing the Dream』より)の一部を書き入れて、1993年12月完成され、食卓に飾られていたようです。


f0134963_2363162.jpg

ノーダール氏(David Nordahl)はMJの絵を何枚も書いている画家ですが、元々、ネイティブアメリカンの絵をよく描いている画家で、MJの専属画家を辞めた後は、また、そういった絵を描いておられるようです。(http://www.artnet.com/artists/david-nordahl/past-auction-results)


f0134963_2374298.jpg


MJが描かれた絵はたくさんありますが、注目すべき肖像画といえば、Ralph Cowanが描いたこちらもそうですね。


f0134963_23102811.jpg

この絵は、オプラ・ウィンフリーショー(1993年)で、MJがインタヴューされている部屋に飾られていたもの。

(Ralph Cowanはジョン F. ケネディなどの歴代大統領や、エルビス、 マリリン・モンロー、エリザベス・テイラー、英国王室からブルネイの王様に至るまでの超一流の顧客リストをもち、世界最高の肖像画家として輝かしい経歴を誇っている。彼は90年代前半にネヴァーランドを4回訪問して、作曲について質問し、曲が生まれた木を見学し、列車や遊具に乗って、それらを楽しむ子供たちと、MJが子供たちを愛する姿を見た後、1993年に完成した)

この絵にも文字が書かれていますが、向かって左側の肩上が、

I’m a multi-dimensional creature.....
わたしは、多面体の生き物....

猿の右に描かれているのが、

....going thru the Earth experience to learn in slow-motion the consequence of thought.
....地球での体験を通して、ゆっくりと「結論」に至るように学んで行く。

(MJとの会話として、猿と子供が「学んでください」って言っているのかな?)


2点とも、1995年のアルバム『HIStroy』より以前に描かれた絵ですが、Ralph Cowanの絵は『Dangerous』ぽい雰囲気で、

オプラ:あなたが34歳まで生きてきた中で“何が分ったか”を教えて。

MJ:う〜ん、何が分ったか?。。まだ自分は学んでいる途中です。人生は学ぶことばかり。。。今わかっていることは何もないです。はっきりしているのはそれぐらい。


と語っていた頃を思い出します。 (→ 顔について[3]参照)


f0134963_23215715.jpg

☆絵の中のシンボルについて(Ralph Cowanの意見)

1)描かれた文字:彼は思索することを学んでいて様々なスピリチャルな本を読んでいた。
2)甲冑:彼は良くない報道に対し敏感だった。鎧によって保護されたでしょう。
3)赤いケープ:ロイヤリティ。彼はキング・オブ・ポップですから
4)猿;これは、バブルスではありません。元は2匹の犬を描いていましたが、彼が犬が好きではなく、猿にしてほしいと言われ書き直した。
5)銀の壷:彼が獲得したすべての「賞」
6)オウム;彼の声と、大勢の模倣者
7)中国人の少女:彼はこどもが成長するまでは「天使」と考えていました。
8)スペースシャトル:彼はダンスをするとき、宇宙に行っている。 
9)ジーザス:彼は、キリストの偉大さや、行いについて話すのが好きでした。
10)白いドレスの女:彼はこの看護婦が引き起こすマジックや行動について、私に話しました。それは、彼女(デビー・ロウ)がハプニングを引き起こす予定のことだったのか、彼らはこどもの事で約束がありましたから....とにかく、わたしは天使に似た看護婦を描きました(要約終了)


◎Ralph Cowan(公式サイト)

なんとなく、Cowan氏は、オプラがネヴァーランドに来たときと同様の経験をしているというか、MJはふたりに同様のプレゼンをしたようですね。

それと気になるのは(10)の白いドレスの女(こどもを抱いているように見える看護婦)に関して、デビー・ロウと結婚したのは1996年なんですが(長男誕生は1997年)、それを1993年の時点で語っている事でしょうか。(画家のインタヴューは、MJが旅立った後のもので、彼は後から知ったデビーとの情報から推察していると思われる)

テディ・ライリーは、MJがリサと結婚したとき、相手がデビーじゃなくて驚いたというようなことを語っていたので、1994年のリサの結婚前から、デビーとの計画があったことはほぼ間違いないのですが、それにしても、それを、この段階で画家に描かせているというのは.....なんというか、驚くべき計画性(笑)だと思うんですね。。。

ちなみに、ノーダール氏に依頼したリサ・マリーとの絵にも「CAMEROT」というタイトルがついていて、こちらはアーサー王をモチーフにした絵のようです。


f0134963_23275873.jpg

(上記記事から要約)この絵(「CAMEROT」)は、1995年に依頼されたものですが、2人の愛をどう描くかに関して、MJには具体案がなく、彼が絵で見たがっているもののリストから、私がスケッチを書き、それが気に入られましたが、城(CAMEROT城)は「架空より」にするために取り除くように指示されました。ただ、残念ながら、この絵が完成するまでに2人は別れてしまいました。(要約終了)

リサとの愛よりも、デビーとのこどもの方が、MJの中では確実なヴィジョンだったってことでしょうか?

確かに、SF「You Are Not Alone」も暗示的なんですが、、、でも、リサとの関係がどうということよりも、

MJの未来予測の確かさというか、着実な計画性はあらゆる点に及んでいると思うんです。

(上記記事から要約)ナイトを授けられ、戴冠し、MJの詩を書き込んだ絵のために、3つか4つのスケッチを頼まれ三連作にすることを決定した(「The Triptych」の絵のこと)この絵に関しては締め切りが設定され、それは初めてのことだったので、この絵には、特定の目的があったのだと私は信じている。(要約終了)

この特定の目的って何でしょう?

この頃のMJの絵には、アーサー王伝説に代表されるような、甲冑、騎士のモチーフが多いのですが、元々、MJはネヴァーランドの門にも、英国王室と同じガーター騎士団の紋章を入れていたり、 (「The Official LIFETIME Collection」参照)

ダイアナ妃(プリンセス・オブ・ウエールズ)と会っているときの嬉しそうな顔といい、騎士道物語とか、アーサー王伝説が好きなんだと思うのですが、、

(2011.9.14追記)

彼がアルバム「HIStory」を制作中に“最強の王”としての自画像を制作し、自詩の「I am the thinker, ...」の部分を入れて、通常は「宗教画」を飾ることが多い食卓に飾っていた。というところまでで、一旦、肖像画「The Triptych」についての考察は中断することにします。

マーロン・ブランドに夢中になっているうちに、80年代前半のメモ

Dream → Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.

が再度気になってきたので。。。


☆(39)につづく


[PR]
by yomodalite | 2011-09-14 00:09 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
f0134963_1410427.jpg
ルドルフ・ヴァレンティノ(Rudolph Valentino)



☆(36)のつづき

「スペードのKING」の行方の前に、そう言えば、最近「顔について」なのに、全然「顔」について語ってないような気がするので、これまでに挙げた人物以外に、もうひとり、この方を追加しておきたいと思います。



f0134963_14143349.jpg


MJの顔への違和感が大きくなっていったのは、彼の不自然な「白塗りメイク」が大きいと思うのですが、よく考えてみると、彼は肌の病気によって、白人よりも、もっと白い肌になっているので、むしろ「ナチュラルに見える」ときの方が、肌色ファンデで「顔色をカモフラージュ」しているはずなんですよね。

MJのメイクが、レディーガガのように「アート」には見えなかったのは、ガガが「顔」を自由なキャンバスとして捉え直しているのとは異なり、

この頃、MJは「不自然な白い肌色」を少し工夫して、そのまま見せる方が「アート」だと思ったからだと思うんです。



f0134963_14145151.jpg



彼が、白班症について積極的に語らなかったのは、病気として「ネガティブ」に捉えるのではなく、すべて「創造」の源泉になりうるという信念からと、

また、その病気が特に女性に多く、遺伝に関わっているということも関係があるかもしれません。ジャネットは、家族にはもうひとりその病気で悩んでいる人がいると発言していますが、公表されていませんし、

彼のような有名人がもっと積極的に公表すれば、同じ病気のひとに勇気を与えたのではと思うひとも多いと思いますが、女性に多いことと、遺伝が関係していることを考えると、そのメリットは「微妙」で、

特に、黒人が「白班症」になるのは、黄色人種や白人が白班症になるよりもずっと人種的なアイデンティティの崩壊にも繋がる大問題なので「肌の色なんか関係ない」というメッセージの方が、より大事だと考えたんじゃないでしょうか。



f0134963_1419441.jpg



HIStory期以降のメイク顔は、彼の好きなピエロや仮面の影響もあったとは思いますが、不自然な「白い肌」をそのまま活かそうとする発想も根底にあったんじゃないかと思うんです。

(15)で紹介した写真を見ても、MJが伝説的美男と言われた、ルドルフ・ヴァレンティノをかなり研究していたことは間違いないと思いますが、『You Rock My Would』では、冒頭の中華屋のシーンを除くと、MJがやっていたのは「美男の演技」だと思うんです。

ヴァレンティノは、サイレント映画時代のスターで、淀川長治氏の『活動大写真』でも、

このヴァレンティノのラブシーンが物すごい。彼は激情に達するや、相手の女をぐいと抱きしめ、サッと彼女から身を離し、ついで再びグイと引きよせ、力いっぱい抱きしめる。それで女はガバと彼の腕によりそうことになる。すると彼は女の肩を両手でワシづかみにする。やがて片手で女の肩から腕へとその手をなでおろし、その腕の肉をくいこむがごとく握りしめる。と、もう一方の手は、女の首にまわる。そして女の背中を二回なでまわしてから、熱き接吻をするのであった。(引用終了)



f0134963_14231968.jpg



と表現されていて、やっぱり、多くの女性が虜になったのは「顔」だけではなくて、その「表現」だったと思うんです。

MJが初めて「赤い口紅」を見せた『Blood On The Floor』では、彼はめずらしく女性と絡んで踊っていますが、ヴァレンティノは元々タンゴダンサーで、彼の代表作には『血と砂 Blood and Sand』(マタドール役)という作品も・・・

☆『THE FOUR HORSEMEN OF THE APOCALYPSE』 (1921) という映画の有名なタンゴダンスシーン
◎Rudolph Valentino - TANGO DANCING

☆この動画で見る、撮影外のヴァレンティノは、素敵なんだけど
◎Rudolph Valentino - Caught On Film

☆代表作とも言われている『血と砂』は、スペイン人を演じるのに
眉毛を繋げたせいなのか(笑)、今見るとそんなに魅力的に見えない?(3:29)

◎Rodolfo Valentino - movie "Blood and Sand" (1922)

MJは、これまで学んできた「サイレントムービー」のスターたちのドーラン白塗り+口紅といった顔(ここで選んでいるヴァレンティノの写真はナチュラルなものが多いですが)が、自分の「白い肌」に意外と合うかも...と考えて、

SF『Blood on the Dance Floor』に取入れているのかもしれませんね。



f0134963_14241243.jpg
◎Blood on the Dance Floor

☆こちらは、わたしの大好きなリミックスVer!!!
◎Blood on the Dance Floor (alt version and remix)

ホントMJは、驚異的に負けず嫌いで、そーゆー勝負はハッキリと片をつけたがる男ですからね....

で、見てのとおり、MJの方がダンス上手いですよね。

それと、全世界の女を失神させたっていう伝説も

とっくにクリアしちゃってますよね。



f0134963_14263850.jpg


白塗りメイクで、女とタンゴを踊って、ヴァレンティノ超えもはっきりさせちゃったし、もう後は、マーロン・ブランドよりスゴい役者としても認識されて、チャップリンのように面白くて、映画史上に遺る映画を創って、モハメッド・アリのように強い男としても、キング牧師や、ネルソン・マンデラのような不屈の男とも、勝負しなきゃならないので、

\(・_\)ちょっと「美男」は置いといて (/_・)/


しばらくの間「ガールは黙って見ていろ」もしくは、

But they say the sky's the limit
And to me that's really true
And my friends you have seen nothin'
Just wait 'til I get through...


人は可能性は無限大だと言う。
僕にとっては正にその通りさ。
でも、友よ、君にはそれが見えていない。
だから僕の言うことを理解するまで待つんだ。

という心境で『You Rock My Would』を創って、その後、本当にもうめちゃめちゃ待たされたけど、MJは、まさかと思うほど「ダンディな男」として、そして誰も想像もしていなかったほど「タフな男」として、帰って来たんじゃないかと・・・



f0134963_14201841.jpg


MJより23歳年上のアラン・ドロンは『ボルサリーノ』で、ヴァレンティノ風の美男ギャングを演じていて、ドロンは、この映画の後に、アメリカ進出をするのですが、彼自身は、古式然とした美男演技の人ではなかったものの、ニューシネマ時代に突入したハリウッドでは、ドロンの美貌も、ヨーロッパ臭さも、もうあまり必要とされませんでした。

ですから、MJと同時代の俳優は、エキゾチズムで人気を得たヴァレンティノに学ぶなんてことは、ほとんどなかったと思うんですが、MJだけは「美男の演技」を、役者以上に学んでいて、アラン・ドロンまで、わずかに残っていた、陰鬱な眼と、冷たい表情でありながら情熱的な態度という「美男」の伝統に、音楽やリズムも含めた「黒人センス」を加え、

また『You Rock My Would』では、MJはめずらしくスカーフで髪をまとめていますが、これは、ヴァレンティノ風と言われる、ポマードぺったりなヘアスタイルを、MJ風にアレンジして「サイレント時代の美男」を取入れているんじゃないでしょうか。



f0134963_15294686.jpg
陰鬱な眼と冷たい表情と情熱的な態度の美男を
アートとして再構成してみた顔w
一番上と比べて見てね。



彼はより良い表現のためには、ダンスや歌の練習だけでなく「演技」の勉強がすごく重要だと考え、美しく見せるために「美男」をすごく研究して身につけていたと思うのですが、それと同時に、彼のパフォーマンスではなく、カッコ良さばかりに惹き付けられてしまう大勢のガールや、

彼と同じ顔に整形したいという希望を反対されたことで自殺してしまったファンもいたことから「顔じゃない」というメッセージも重要だと考えていて、

その両方のせめぎ合いと、ミレニアムに向けた様々な「宣戦布告」が目一杯詰まって、あの顔になっているのではないでしょうか。



f0134963_14464862.jpg
映画『アラン・ドロンのゾロ』Alain Delon “Zorro”



f0134963_14471728.jpg
『マイケル・ジャクソンのゾロ』(笑)



◎ルドルフ・ヴァレンティノ(ウィキペディア)

☆ヴァレンティノの濃厚キスシーンがいっぱいの動画
◎Rudolph Valentino - Tango Kisses
◎Rudolph Valentino - Tango Kisses Ⅱ

☆淀川長治氏がヴァレンティノの声は「聴いた時ぞーっとする程下手で、声が悪かった」って言ってるのは、これかな?
◎Rudolph Valentino Sings Two Songs (1923)


☆(38)に続く


[PR]
by yomodalite | 2011-07-26 15:32 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(1)
f0134963_175327.jpg


☆(35)のつづき

[21]からの『Invincible』期の考察で、これまでとは異なる見方をしている『Unbrakable』のSF制作が出来なかった件も、所属レコード会社によるプロモーション妨害と、MJ側の反発である「ソニーウォーズ」の件も、まだ納得された方は少ないと思います。

これは、その後の『Living with MIchael Jackson』から、二度目の幼児虐待疑惑、裁判へという、一般的には、マイケル最大の受難の時期に対して、当時はまったくそう見えなかったけど、振返って見て「本当はこうだったんじゃないか」と思うようになった、わたしの「仮説」の一部で、

確固たる証拠を挙げて説明することが困難なことと、何度か迷った部分が多いせいで、自分で読み返しても、さっぱり要領の得ない文章に呆れてはいますが、

ただただ一生懸命考えて、自分にとってできるだけ矛盾の少ない結論について考えているもので、真実を求める方は、私が匙を投げた部分なども、充分ご注意のうえ、是非また別の「解釈」を試みてくださいませ。



f0134963_1764024.jpg

では、SF『You Rock My Would』の一応の解説編なんですが、

このSFの内容に関して[31]から、色々と思いつく限りのことを探ってきましたが、残念ながら、すべてが解明できたとは言えない状況です。

ただ、このSFが、MJのこれまでの作品の集大成になっているだけでなく、マーロン・ブランドの歴史も重ね合わされているということを、少しでも感じてもらえたら、

ブランドが演じるギャングのボスの役を、当初はロバート・デ・ニーロに依頼したということが疑わしいことや、

ブランドと、MJのセリフも今後連作されていくはずだった物語がなくても、意味が通じるものであったことは、なんとなく、ご理解いただけたでしょうか。



f0134963_1772665.jpg


これまで、コンセプトやストーリーよりも、その曲のシングルヒットのポテンシャルにこだわって、アルバム収録曲を決定してきたように思えるMJですが、

アルバム『Invincible』は、最終的に収録されなかった曲と比較したとき、過去のどのアルバムより「無敵」というテーマと、ミレニアムを意識した、新たな自分の創造にこだわって選曲されていて、

わたしには、ここから、これまでのように、何曲もシングルヒットを目指すのではなく、むしろ、そういったレコード制作を一旦終了して、新たな別のスタートを切ったように思えるんです。

だから、彼はこれまで、“自分の世界を揺さぶったもの”(You Rock My Would)をシングルカットし、今までの集大成のようなSFにしたんじゃないかと思うんですね。

“You Rock My Would”の歌詞は、運命の女への愛を歌っているようなのですが、SFでは「運命の女」の意味は希薄ですし、マイケルが語っているような子供への愛とも無縁です。(「You Rock My Would」の歌詞の別の意味 →[26]参照)

SFでは、通りで見かけただけの、名前も知らない女によって、ギャングとの抗争にも巻き込まれますが、この女性はかつての『The Way You Make Me Feel』のような、女とは異なり、どこか救いを求めている不完全な大人(Dark Child)の象徴にも感じられ、



f0134963_1711410.jpg


もっと象徴的なのは、ステージと思われるような場所で、女性ダンサーの前を通り過ぎるところですね(このダンサーは、酒場に入っていくきっかけになった女性とのひとり二役)

これまで、共演者との「禁欲」姿勢を貫いてきたMJですが、この通りすぎ方には「一般的な男女の愛」と「ステージ」との、両方の意味を感じます。



f0134963_17113857.jpg


(MJは30周年記念コンサートの後「Dangerous」パフォーマンスを2回行ったのみで、その後はダンスパフォーマンスを封印した)

◎American Bandstand 50th Anniversary(Dangerous live 2002)
◎Every Vote Counts(Dangerous Live 2002)

このSFは、集大成でありながら、これまでの自分との「決別」もテーマになっていて、

これまで、街のワルたちに『Beat It』では逃げろと言い、『Bad』ではダンスで対抗し、ガンジーか、MJかというぐらい、暴力には「非暴力主義」で対抗してきたMJですが、ここでは「No FIGHTING」にグラスを投げつけ、ギャングたちと素手で戦います。



f0134963_17125043.jpg


もちろん、暴力を肯定する意味はないと思いますが、この映像の後半部は「戦う姿勢」や「男ぽさ」を、かつてないほど表現し、これまでの「ピーターパン」や「優等生」イメージとの決別を謀っているように見えます。

また、このSFには、何枚かトランプが登場しますが、トランプには、カードやマークによって、色々な意味があると言われていますよね。

◎ダイヤ:貨幣、財産(商人)
◎ハート:愛、感情(聖職者)
◎クラブ:仕事、知性(農民=一般人)
◎JOKER : 道化師、切り札



f0134963_17164663.jpg


テーブルの上にあった「ダイヤのKING」にお札を投げ、バーカウンターの壁の「クラブのKING」と「ハートのKING」にグラスを投げつけていますが、その上には「ジョーカー」があります。

「ジョーカー」には、ビル・ブレイや、姉のラトーヤが、MJのことをそう呼んでいたり、多くのファンが知っていた彼の真面目さとは、別に、親しい友人たちが証言している彼の面白さと、この後、大どんでん返しを実行した、彼のトリックスターとして「自己像」も関係しているのかもしれません。



f0134963_17173041.jpg



f0134963_17181967.jpg


3枚のKINGを切ったのは「KING OF POP」への決別(一旦休止するという意味ですが)とも思えますし、常にNo.1を目指すという彼が見つけた、新たな標的への意思表示とも思えます。

『You Rock My Would』の歌詞のように、完璧を求めて、見つけられたのは「エンターティナー」や「レコーディングアーティスト」としての自分ですが、彼が、目標としていたのは「シンガー」や「ダンサー」だけではありませんでした。だから、そこで満足したくない彼は、それを一旦捨て去る必要があったのではないでしょうか。彼は、

Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.

と書くような男ですから・・([34]参照)

「僕は、マーロン・ブランドより偉大な俳優になって、世界一のシンガーで、フレッド・アステアを越えるダンサーのうえに、お笑いも出来るようになって、そうでなければ、チャップリンを越えられないし、まだその先だって・・と、思っていたんじゃないでしょうか。



f0134963_17253897.jpg


MJが非常に優れたエンターティナーであることは、誰でもすぐに感じることですが、時代を創ったレジェンド級のダンサーやエンターティナー達にとって、真に驚異的に思えるのは、自分のスタイルを創りだしたほどのダンサーでありながら「自ら作曲もしている」という点が大きいと思います。

MJは、世界中でNo.1ヒットを記録した“Singer”として、誰も比べようがないのですが、一応、アステアも当時ヒットチャートを賑わせていますし、サミー・ディビス・Jrは、歌手としても超一流ですけど、アステアや、サミー以上に、個性的なスタイルを自らの力で創り上げられるようなエンターティナーが、作曲もこなしたというのはめったになく、それが後世に遺るようなレベルで出来たのは、MJとチャップリンだけです。

加えて、チャップリンは、映画史に遺るような映画に、主演・監督し、音楽も担当した、世界でたった1人のアーティスト。

わたしは、MJが最後まで「映画」にこだわっていたのは、それが一番の理由で、

数々の大きな目標を実現したMJにとって、新たに興味があったのは、Greatest Actorや、映画を創ることであって、『INVICIBLE』から後、新たなアルバムが創られなかった理由に、所属レコード会社との確執の影響は少ないと思っています。



f0134963_17261629.jpg


でも、MJが、マーロン・ブランドのことを偉大な俳優として尊敬しているのは、間違いないのですが、『You Rock My Would』にブランドが登場したのは、

『バンドワゴン』で、慣れないバレエ風の振付や、演技指導に不満を募らせたアステアが「ぼくはニジンスキーでもなけりゃ、マーロン・ブランドでもない」と言ったせいで、MJの「超負けず嫌い」がうづいた可能性もありますね。(←[35]参照)

『バンドワゴン』の中で(「Girl Hunt」)では、アステアは、ハンフリー・ボガートのパロディをやっていましたが、MJは『THIS IS IT』のライブ用に新たに創った「Smooth Criminal」のSFでは、ボガートも登場させています(笑)

しかも、またもや、不思議な顔で....(笑)

本当にどんだけ負けず嫌いで「お茶目」なのか。。

創る創ると言っていた『Unbrakable』のSFは「自分は何があっても負けない」という、ものすごく大真面目なメッセージで、世界中を巻き込んだゲームの始まりでもあったと思いますが、実は簡単に割れてしまうレコードのような「嘘」でもあって(←[35]参照)



f0134963_17271422.jpg



2000年以降の彼は、ときどき、なかなかの「悪党w」だったようにも感じられ、わたしには、MJが『Unbrakable』のSFを創るのに、メル・ギブソンと共演とか、絶対にジョークとしか思えないんですけど、、(←[24]参照)

そう思うのはわたしだけでしょうか?

また、ここまで、SFには3枚のKINGが登場していますが、まだ登場していない「スペードのKING」に関しては、

☆(37)につづく


[PR]
by yomodalite | 2011-07-18 18:05 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(9)
f0134963_17363353.jpg


☆(34)のつづき

注:『VISION』の日本語字幕は(英語字幕は私がつけたもの)下記です。
私の訳とは、いずれもニュアンスが違うのでご注意くださいね。

Brando : You’re pretty cute in there.(久しぶりだな)
Michael:I know who you are.(あんたか)
Brando : Bing bang(そうとも)
Brando : Later(またな)



f0134963_17421174.jpg


また、『VISION』の西寺氏の解説には ー 壁に飾られた黒人ボクサーの写真が、マイケルの父親ジョーの若い頃の写真であることを考えると、マイケルに「お前が誰か知ってるぞ」と言われた、マーロン・ブランドの若き日のボクサー時代の写真が映るのは、どのような因縁を象徴しているのだろうか? ー と書かれていいますが、それは間違いです

探索の末、http://nikkidoku.exblog.jp/16291516/ ←こちらのコメントで、「エド・ルイス」というレスラー(白人)と、ジャック・ジョンソン(黒人)だという情報をいただきました。他の写真も確認してみましたが、ほぼ確定かと。)


f0134963_14555045.jpg
(エド・ルイス)



f0134963_17424927.jpg
こちらは、おそらくジャック・ジョンソンの若い頃。
彼の名は、MJのインタヴューにも登場しています)



そろそろ解説編に進みたいところですが、ボクサー探索をしているうちに溜った「妄想」について、もう少しだけ。。。

(31)から、SF『You Rock My Would』の解剖を始めたとき、わたしは、あの特徴的なダンスや、これまでの批評などから集大成的作品ではあるものの、(33)で紹介したレヴューと同様、やはり、一番近い作品は『Smooth Criminal』という印象をもっていたのですが、何度も観ているうちに『Billie Jean』との類似性の方が気になってきました。

(26)で、“You Rock My World”は、“Billie Jean”のアンサーソングだと言いましたが(今確認したらそんな風には言ってませんでした!言ってるつもりだったんだけど...)、SFでも、この両作品は似ていると思うんですね。



f0134963_17445917.jpg


SF『You Rock My World』が、SFの実質的最終作品で集大成だとすれば『Billie Jean』は、その青写真というか、計画案だったというか.....





『Billie Jean』には、MJに常につきまとうカメラや、「アニマル柄の布」を探偵が拾う(MJが靴を磨いた布)という『バンドワゴン」(「Girl Hunt」)と同様のシーン、コイン投げ、HOTEL、探偵、ハードボイルドという『Smooth Criminal』との類似もあるのですが、白い猫がゴミ箱を通り過ぎると茶猫になったり、布から本物の虎になったり...(『Black Or White』)、

ホテルの階段のところの壁は、SFに何度も出てくる「レンガの壁」「落書き」...息を潜めて階段を昇り、ベッドを見つめているシーンでは、「彼は誰と(男?女?子供?)ベッドで寝ているのか?」という彼につきまとった疑惑さえも先取りし、、、数多くの伝説的天才が目を見張った、MJの驚くほどの「天才性」に、あらためて気づかされるような気がします。(ここでは警察に捕まるのはパパラッチですが....)

そういえば『ゴッドファーザー』のような看板も登場しますね(0:58〜)


f0134963_17482252.jpg


また、アステアのように女と一緒に踊ることはありませんが、MJが踊る場面は、2人の女の看板が出てくる路上。そこで、彼はまさに「マイケル・ジャクソン」というべきダンスを決めます。



f0134963_17524042.jpg


この2人の女の看板には「Louisa」と書かれていますが、『バンド・ワゴン』で歌われている曲にも"I Love Louisa''という曲があります。




この曲は『バンド・ワゴン』のウィキペディアによれば、「イギリス人はウィスキー、フランス人はワイン。でもドイツ人はビールが好き、そしてルイーザが好き」という歌詞で(←この記述は日本版ウィキのみ。『バンド・ワゴン』のDVDをお持ちの方で、ここの歌詞全部わかる方います?)コメディタッチの曲なんですが、“Louisa”は、登場人物の名前ではありませんし、MJが、SF『Billie Jean』で、看板に入れた意味も不明。

☆mari-koさんが日本語歌詞を教えてくださいました!(コメント欄参照)


f0134963_17533063.jpg


私がミュージカル嫌いで、他のアステア作品に詳しくないせいなのかもしれませんが、MJはアステアに関しては『バンド・ワゴン』にばかり集中してこだわっているような.....
(『バンド・ワゴン』自体が集大成的作品だからかなぁ...)

その他にも『バンド・ワゴン』には「UNBREAKABLE」と書かれたレコードも登場しますよね。(“壊れない”と書かれているにも関わらず、すぐに割れてしまう)



f0134963_17565278.jpg


「Girl Hunt」に登場するブロンドの女のドレスには(シド・チャリシーが、不吉なブルネットの女 "She came at me in sections. More curves than a scenic railway''と、脅えるブロンドの女 "scared as a turkey in November'' の二役を演じている)「Butterflies」の刺繍もあったりして.....



f0134963_17572160.jpg

とにかく、MJの『バンド・ワゴン』へのこだわりは尋常ではないというか、全面的にフレッド・アステアへ捧げられている印象の『Smooth Criminal』より以前の、MJショート・フィルムの実質的な第一作目である「Billie Jean」から、最後のスタジオアルバム『INVINCIBLE』にまで、執拗な引用がされているようにも見えるのですが、

『You Rock My Would』を何度も観て、マーロン・ブランドのことを考えているうちに、MJは『バンド・ワゴン』だけでなく、ブランドのこともずっと意識してきたような気もしてきたんですね。

それは単にわたしが、ブランドにハマっているせいかもしれませんし、ブランドの映画を観ていないひとには、わかりにくい内容とは思いますが、何かの機会にご覧になることがあれば、MJのSFとあわせて、こんな想像もありかなという感じでお願いします。



f0134963_181061.jpg


MJは『Bad』で、ブランドの初期の傑作「欲望という名の電車」と「波止場」のエリア・カザン監督の直系とも言える、マーティン・スコセッシを監督に選んでいますし、『Billie Jean』も、それが、MGM作品の全般にいえる特徴なのかもしれませんが、ストリートの雰囲気が「野郎どもと女たち (Guys and Dolls)」(MGM制作)に似ているようにも見えます。

ブランドの息子、ミコ・ブランドは、ショートフィルムの実質的な3作目にあたる『Thriller』や、映画「ムーンウォーク」内の『Speed Demon』に出演し『You Rock My Would』にも親子で出演していますが、MJのSFに最多出演しているのは...もしかして... まさか『Speed Demon』は『乱暴者 The Wild One』だったりして(病気かもw)


f0134963_1835967.jpg


他にも“HOTEL”から『欲望という名の電車』や、また「Louisa」と書かれた2人の女の看板ですが、MJは1999年のMTVのインタヴューで『Billie Jean』のSFに対し、

あの作品で僕が口を出したのは、ちょっとばかり踊れる場面が欲しい、ということだけ。ダンス場面はなし、と彼は言っていてね。僕は、ほんのちょっとでいいから、って。だから、あの長い道路の、女の子が2人写ってる看板が出てくる場面──片方がビリー・ジーンなんだけど──あそこで僕は踊ってるんだよ。僕が貢献したのはそこだけだね」(11 December 1999, MTV)(→引用元)

◎MTV complete interview 1999 1of2
◎MTV complete interview 1999 2of2(←上記のインタヴューは3:00〜)

と、謎の発言をしていて、ずっと意味がわからなかったのですが、もしかしたら、ブランドが主演・監督した『片目のジャック One-Eyed Jacks』に登場し、リオ(ブランド)の子を宿してしまう女(Louisa)が関係しているのかも。

主人公リオ(ブランド)は銀行強盗を生業にするような無宿の男で、宿場宿場に女をつくってしまうような男なのですが、Louisaは純真な女で、2人は互いに結ばれるので『Billie Jean』のように騙したわけではなく、また、子供が出来たことも、リオ(ブランド)になかなか告げることが出来ない。

だから、MJが言うように、2人の女の1人が「Billie Jean」で、そうでない1人が「Louisa」なら『バンド・ワゴン』の「I Love Louisa」より意味が通じる気もします。


f0134963_1845995.jpg



MTVのインタヴューは、テキスト起こしが見つからず、わたしにははっきりと聴き取れないのですが、こちらのとてもとても素敵なブログでは

この長いストリートと2人の女の子のビルボード、ビリージーンたちの1人と僕が踊ってる、あのセクション全体──僕が考えたのはそのパートだけだよ。

という訳になっています。どちらがより近いのか、わたしには判断できませんが、

覚えの無い子供への責任だけでなく、責任がとれない子供が生まれてしまう可能性にも『Billie Jean』当時のMJの、女にかかわっている暇はないんだと言わんばかりのストイックさを表現しているのかもしれません。

☆Meeさんが、テキスト起こしをしてくださいました!(コメント欄参照)

また、これも「こじつけ」だと思って聞いてもらいたいのですが、このときのストイックさと『You Rock My Would』で、ダンサーの前を通り過ぎるMJは、類似しているように見えますし、(→[31]参照)



f0134963_18104757.jpg


さらに妄想を膨らませれば『片目のジャック』という意味は、トランプのハートとスペードのジャックの顔が片面しか見えないように、人間には見えない裏の面があるということで、それが2つ揃って、映画のストーリーでは、更なるドラマが生まれているんですが、

MJもそれに倣って2人にこだわったような気もしますし、女の2つの顔と考えれば『Who Is It』が思い出されたり....

更なる妄想.....「片目のジャック」と言えば『ツイン・ピークス』に登場するカジノ&バー。ネヴァーランドとシカモアツリー、『マルホランド・ドライブ』と“Hollywood Tonight”の話などは.....当分しないから安心して(笑)

「Smooth Criminal」も、映画『ムーンウォーカー』の一編で、廃墟と化していた30年代のクラブが、MJが入場すると突然息を吹き返し、それまでの子供向けファンタジーの雰囲気に退廃的なムードが漂い、さらにそこから一歩外に出ると、今度はSFの世界に突入するといった、目まぐるしいものでしたが、

「Beat It」「Bad」「The Way You Make Me Feel」は共に「ウエストサイド・ストーリー」の影響が強い作品ですが、「Beat It」は、ストリートギャングの抗争が、MJの出現とダンスだけで治まったり、「Bad」は、社会派リアルドラマが、突如として「ミュージカル」になったり、

「The Way You Make Me Feel」も、最初は仲間の中で地味な存在だったのが、年老いた男の大したことのない助言だけで、急に積極的になって、無理目の女の唇を奪ったり、

同じく長編の「Thriller」「Ghosts」も、ホラー映画とダンスムービーの合体、「Black Or White」も、ファミリー向けコメディに挑発的で暴力的な影像を組み合わせるという、MJのSFには、シュールな「合体技」が多いですよね。

『Billie Jean』以降は、MJは、人がもっている見えない別の面を「奇跡」や「エンターテイメント」として見せたかったように思いますが、『Billie Jean』でのMJの表情は、1人でいるときのものというか、思索しているときの感じで、このときの表情に近い作品は『You Rock My Would』同様、他にはないような気がします。



f0134963_18143170.jpg


また(33)で、ジーン・ケリーが断ったために、ブランドが抜擢されたことや、ケリーの「フレッド・アステアがダンス界のケーリー・グラントだとしたら、私はマーロン・ブランドだ」という発言も紹介しましたが、

『バンド・ワゴン』には、慣れないバレエ風の振付や演技指導に不満を募らせた、トニー(アステア)の、「ぼくはニジンスキーでもなけりゃ、マーロン・ブランドでもない。」というセリフもあります。

(「ぼくは、ニジンスキーであり、フレッド・アステアで、マーロン・ブランドでもあり、チャップリンでもある」と、MJは言いたいんじゃないかな。)

そんなわけで(どんなわけだよ)、ボクサーの正体がわかっても、わからなくても、今度こそ、一応の解説編へ(たぶん....)


[映画情報]

これから、若い頃のブランドの映画を観てみようと思われた方には、『欲望という名の電車』をお薦めします。



f0134963_19363441.jpg


モノクロですけど、ヴィヴィアン・リーと、ブランドは共に、この作品を舞台で評判を得た後、映画に参加していて、原作で脚本も担当したテネシー・ウィリアムスは、ブランドの演技を観たときのことを、家族に手紙で遺していて、

......ブランドは、まさに神の恵みとしか言いようがない。(中略)この役を若い俳優に演じさせることに、これほど素晴らしい効果があるとは思いもしなかった。(中略)不道徳な中年男ではなく、若さゆえの獣性や非常さをもった人物が生まれるのだ。私は『欲望という名の電車』を罪悪感に焦点をあてた芝居にする気はないし、特定の人物に比を負わせたくない。(中略)彼はすでにして深みのある人物に成長しているようだ。いわば、若き復員兵にみられるたぐいの深みである。(中略)ブランドの契約が決まれば、『欲望という名の電車』には非のうちどころのない4人のスタアが顔をそろえることになる。これ以上の顔ぶれは望むべくもないし、今までの苦労が報われるというものだ。



f0134963_19373592.jpg


と書いています。脚本、俳優、監督、すべてが完璧。これが面白くなかったら(明るい結末ではないですが)、あとは観ない方がいいかも。人生には、好き嫌いもタイミングも重要ですから。。




f0134963_1938043.jpg

[PR]
by yomodalite | 2011-07-08 18:47 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(6)
f0134963_8323240.jpg
映画デビューの4年前、22歳頃のマーロン・ブランド(1946年)



☆(33)のつづき

Brando : You’re pretty cute in there.(坊主、やるじゃないか)
MichaelI know who you are.(あんたのことは知ってるよ)

この会話で、すでに「ジュン、ジュワぁーーー!!!」(by:ホリケン)という感じになってきている方は、まだ少数だと思いますが、わたしは(30)で、SF「You Rock My Would」が、ブランドに捧げられていることを意識していたときよりも、ずっと、その気持ちが増してきてしまって、、この気持ちをどう表現していいか、まだよくわからないので、とりあえず、素敵すぎる「ブランドの顔」をおすそ分けします。


f0134963_224395.jpg
stage production of “I Remember Mama”1946



MJは、MGMミュージカルが好きだと何度も言っていますが、『Band Wagon』に何度もこだわっているのは、ただ好きだからという理由ではないと思います。



f0134963_22464349.jpg
MJ wrote this in the early 80's in his home in Encino California


Mental program , Thought of The Subconscious To Become THE BEST MJ

(自筆メモのスペルは「Subcontiouse」MJは他のメモでも「tiouse」て書いてる)


Dream → Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.


上記は80年代前半のメモ。彼はローティーンの頃から俳優にも挑戦したいと言っていましたが、この時代でも叶えるべき夢として、シンガーや、ダンサー、エンターティナーよりも前に「偉大な俳優」を一番最初に記しています。(全訳はこちら)


ここから考えても、MJのブランドへの想いは並々ならぬものがあったはずです。なぜなら、マーロン・ブランドより偉大な俳優を思いつくことが出来ないからです。


☆下記のブランドの写真は年代順になっていますが、文章とは関連していません。


これまで、わたしは、ブランドの若い頃の写真を見ても、マッチョ過ぎて、まったく好みだと思いませんでしたし、当時の若者への影響というのも、よく理解できなかったのですが『欲望という名の電車』をDVDで観てみたら、一瞬で納得してしまいました。


f0134963_22474770.jpg
“The Men”1950(映画デビュー作)



しがない労働者で、女を暴力で支配し、自分の女だけでなく、その姉(主役のヴィヴィアン・リー)をも不幸にするような最低の男にも関わらず、その神々しい魅力は圧倒的で、マッチョ嫌いで、イケメン嫌いのわたしですら、心を奪われてしまいました。


f0134963_22493963.jpg
“The Men”1950



ヴィヴィアン・リーの役は『風とともに去りぬ』と正反対というよりは、裏表で対をなしているようで興味深く、そういえば、MJには『風とともに去りぬ』の作品賞のオスカー像を1億円以上で落札したという話(後から1ドルで没収される)もありました。(作品賞って通常誰が所持しているものなんでしょう?監督賞は、監督だけど...)


f0134963_22523235.jpg
“The Men”1950



とにかく、それほどまでに輝かしい肉体美をもち、白人男の美しさの極地のようなブランドなんですが、『欲望という名の電車』は2作目で、デヴュー作『The Men(男たち)』は、戦争で脊髄を痛め、下半身が不自由になった障害者役でした。(未見ですが、写真だけでうっとり♡)


f0134963_22533789.jpg
“The Men”1950



その後も、彼が選んだ作品のテーマを見て行くと、その見た目のカッコ良さ以上に、とてつもなくカッコいい「魂」をもった男だったことに気づいてしまって、今、超ド級レベルの「マイブーム」に襲われてます!!!(作品の紹介は、最後のリンク先のレヴューを参照してください)


f0134963_238144.jpg
“The Men”1950



マーロン・ブランドは、1924年4月3日、アメリカのネブラスカ州オマハに生まれる。

家庭は中流だったが、父も母も酒癖が悪く、少年時代のブランドは情緒不安定となり反抗的になっていく。幼稚園の頃から問題児で、小学校時代には黒人の生徒と仲良くしているたった一人の白人生徒で、先生たちから睨まれる存在となり、

16歳の頃に父親から強制的に陸軍アカデミーに入学させられたが、教官に口答えをするなどの反抗行為により、卒業直前に退学処分にされてしまう。



f0134963_239559.jpg
“The Men”1950(だと思う)



二人の姉の一人ジョスリンの勧めでニューヨークのドラマ・スクールで、内面的演技を重要視するスタニフラフスキー演技法を学び、1947年、エリア・カザン演出の舞台「欲望という名の電車」に起用され評価が高まる。同監督の映画「欲望という名の電車」でも、同じ当たり役を演じた。

また、これまで芝居ではタブーとされていた猫背でぼそぼそとした喋り、急に不機嫌な表情をとったり、はにかんだ笑顔を見せたりと言った芝居を始めたのはブランドで、ポール・ニューマン、ジェームズ・ディーンや、その後のアクターズ・スタジオ出身の俳優(アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロなど演技賞の常連組多数)に多大な影響を与える。


f0134963_23105934.jpg
“A Streetcar Named Desire” 1951




カザンはその後もブランドを起用し、1952年に「革命児サパタ」でカンヌ国際映画祭主演男優賞、1953年の『乱暴者』では、反抗的な若者を演じる新しいタイプのスターとして注目を浴び、革ジャンとジーンズでオートバイにまたがる写真を見た世界中の若者が、そのスタイルを真似るようになり、エルヴィス・プレスリーやビートルズにも影響を与えた。

1954年『波止場』でアカデミー賞主演男優賞を獲得。1957年の「サヨナラ」では、梅木ミヨシがアカデミー助演女優賞を日本人で初めて受賞したことでも知られる作品。(主演の高美以子 Miiko Taka は、もしかして、息子の名前に関係してる?)

『サヨナラ』では、当時、米映画に出演できる日本人が非常に少なかったことから、歌舞伎俳優をアメリカ人が演じているのですが、この演技も含めて、この映画の日本の描き方は、非常に真摯で、制作者側の志の高さが伝わりました。そして、その志には、ブランドのこの映画を「蝶々夫人」のようなストーリーにしたくないという思いが強く影響したようです。

◎[youtube]Sayonara (sung by Pat Kirby)



f0134963_23135583.jpg
“The Wild One” 1953



また『サヨナラ』の2年後、ブランドは日本人(ウチナンチュ)を演じる、沖縄を舞台にした米国産コメディ映画『八月十五夜の茶屋 The Teahouse Of The August Moon』(1956年)にも出演。(DVD未発売で、まだ観ていません)

☆0:27〜の黒髪の男が、ブランドらしい(尾藤イサオかと思った!)
[youtube]The Teahouse Of The August Moon Traler



1961年の「片目のジャック」ではブランド自身が監督を務め、主演もこなしたが、1967年にタヒチ諸島の環礁テティアロアを所有するようになり、その頃には役者稼業を島の環境維持の資金稼ぎと割り切るようになり出演が激減し、一旦「過去のひと」となる(1967年は、チャップリンの遺作『伯爵夫人 A Countess from Hong Kong』に出演)

そこから見事な復活を遂げたのが、それまでとは真逆な役柄に挑戦した1972年の『ゴッド・ファーザー』で、同年の『ラストタンゴ・イン・パリ』でもセンセーショナルな話題を浴びる。



f0134963_23161085.jpg
“Sayonara” 1957



「ゴッドファーザー」で2度目のアカデミー主演男優賞に選ばれるが、映画界のアメリカ先住民に対する取り扱いが不当だとして受賞を拒否し、授賞式にはインディアンの女性を送り込み、ブランドのメッセージを朗読させるという派手なパフォーマンスを見せた。これ以降、アメリカの映画界がステレオタイプなインディアンを映画に登場させることはほぼ無くなり、西部劇の映画製作自体が下火になった。



f0134963_23184281.jpg
“One Eyed Jacks” 1961



1978年に公開された『スーパーマン』は、愛読者であった、ブランドの子供が喜ぶであろうと自身が出演を熱望したもの。撮影による拘束期間はわずか12日間で、ブランドは冒頭約20分の出演にも関わらず、1400万ドルという天文学的なギャラ(世界一ギャラの高い俳優としてギネスブック認定)を手にするが、



f0134963_23213528.jpg
“One Eyed Jacks” 1961



健康面では、オーソン・ウェルズ、エルヴィス・プレスリーやエリザベス・テイラー同様、若い頃から強いストレスを受けると過食に走る傾向のためか、後半生に入ると、肥満体がブランドのトレードマークになり、糖尿病にも苦しめられた。



f0134963_22261440.jpg
“Mutiny on the Bounty”1962 with his future wife Tarita Teriipia




また、ブランドは、人種差別が公然と行われていた若い頃より、非白人の恋人や愛人が多かったことで知られており、最初の妻はインド系。人種差別問題と公民権問題には早くから積極的に関わり、1963年のワシントン大行進に、ハリー・ベラフォンテやチャールトン・ヘストンらと参加し、アパルトヘイトを扱った『白く乾いた季節』(1989年)にはわずか4000ドルのギャラで出演し、そのギャラも反アパルトヘイト団体へ寄付し、1992年には、マイケル・ジャクソンの「Heal the World財団」にも寄付を行っています。

しかし、そうした人道的行為よりも、肥満体と共に、話題にされたのは、彼の家庭内での問題で、息子のクリスチャン・ブランドは数々の事件を起し、49歳で悲劇的な死をとげ、また彼の異母兄弟(妹)のシャイエン・ブランドは1990年にボーイフレンドをクリスチャンに射殺され、その精神的ショックから1995年に自殺してしまう。



f0134963_2327335.jpg
“Reflections in a Golden Eye” 1967



マイケル・ジャクソンとは、長年の親友であり、Neverland Ranchへは定期的訪問をし、一度に何週間もそこに滞在することが多く、

永年、ジャクソンの護衛とアシスタントを務め、友人でもあった、息子(Miko Brando)は「私の父は、晩年は特に、Neverlandに滞在したがり、あらゆる時間をマイケル・ジャクソンと共に過ごしたがっていた。彼はNeverlandがとても好きで… 24時間のシェフ、24時間のセキュリティ、24時間のメイドサービス。すべてが気に入っていました」と述べている。



f0134963_2329314.jpg
Performing a Tahitian dance at a 1967 UNICEF gala.



ブランドは、ジャクソンの30周年記念コンサートの初日(9月7日)に、最初のスピーチを行うが(TV放送なし)興奮した聴衆からは注目を受けることはなかった。

◎Michael Jackson : 30th Anniversary Special(英語版ウィキペディア)

アッシャーやホイットニーの"Wanna Be Startin' Somethin'"の後に、彼のスピーチがあったようです。この動画は会場にいた人によるもの?最初ブランドが直接舞台に現れたのではなく、あらかじめ撮影されたビデオでの出演にも見えたのですが...会場で大写しになったスクリーンを撮影しているのであって、やはり、実際に舞台に登場したようですね...

◎Marlon Brando's 2001 appearance on 30th Anniversary Special

ブランドは晩年(2002年)米国特許・商標局から彼の名前でいくつかの特許を発行させ、2004年7月1日に80歳で亡くなりました。(肺に酸素を運ぶためのチューブを拒否した)彼の遺体は、火葬にされ、その灰は、タヒチとデスヴァレーに蒔かれた。

(以上、主にブランドのウィキペディア[日本版+英語版]からまとめました)



f0134963_2337633.jpg
“Last Tango in Paris” 1972




☆『You Rock My Would」のSF出演は、ブランドの遺作となった2001年の『The Score スコア』と同年。『The Score』では、ロバート・デニーロ、エドワード・ノートンと共演し、デ・ニーロとブランドの間の5分間ほどの会話はすべて「アドリブ」だった。


◎The Score(マーロン・ブランド遺作。アドリブ演技部分)

☆『ゴッドファーザー』で老け役を演じた後、1973年のインタヴューだと思われます。


◎Interview clips with Marlon Brando

☆1955年のアカデミー賞。50年代のTVでかなり不鮮明ですが、最初の20秒間にホストのボブ・ホープと共にブランドが映っています(なんかウケてる)。その後にハンフリー・ボガート、ビング・クロスビー、ケーリー・グラント。MJのSFと関係が深い面々が勢揃いしていたので、何となく...


「Say Say Say」(ボブ・ホープ&ビング・クロスビー)、「Smooth Criminal」THIS IS IT Ver(ハンフリー・ボガード)、ケーリー・グラントは、MJのアゴを割らせた最有力候補だと思っています。

☆ビング・クロスビーの最晩年に、アステアとデュエットした、
カーペンターズの『Sing』(1975年)




f0134963_23421170.jpg
“Apocalypse Now(地獄の黙示録)”1979

『地獄の黙示録』とMJのSFとの関連については、
「HIStoryと黙示録」記事中の
地獄の黙示録①〜⑤をご覧ください。



☆下記は、興味深いカスタマーレヴューがある作品のみ、アマゾンへのリンクがあります。商品はレヴュー数で選んであるので、購入される方はご注意ください。


1950. The Men(男たち)
1951. A Streetcar Named Desire(欲望という名の電車)
1952. Viva Zapata!(革命児サパタ)

1953. Julius Caesar 

1953. The Wild One(乱暴者 あばれもの)

1954. On the Waterfront(波止場)
1954. Désirée

1955. Guys and Dolls(野郎どもと女たち)
1956. The Teahouse of the August Moon(八月十五夜の茶屋)共演:京マチコ
1957. Sayonara(サヨナラ)
1958. The Young Lions(若き獅子たち)
1959. The Fugitive Kind(蛇皮の服を着た男)

1961. One-Eyed Jacks(片目のジャック)
1962. Mutiny on the Bounty(戦艦バウンティ)
1963. The Ugly American(侵略)共演:岡田英二

1964. Bedtime Story(寝室ものがたり)

1965. Morituri(モリツリ・南太平洋爆破作戦)

1966. The Chase(逃亡地帯)
1966. The Appaloosa(シェラマドレの決闘)
1967. A Countess from Hong Kong(伯爵夫人)
1967. Reflections in a Golden Eye(禁じられた情事の森)リズ・テイラー共演
1968. Candy(キャンディ)
1968. The Night of the Following Day(私は誘拐されたい)

1969. Burn!(ケマダの戦い)

1972. The Nightcomers(妖精たちの森)
1972. The Godfather(ゴッドファーザー)
1972. Last Tango in Paris(ラストタンゴ・イン・パリ)
1976. The Missouri Breaks

1978. Superman(スーパーマン)
1979. Apocalypse Now(地獄の黙示録)
1980. The Formula(ジェネシスを追え)未公開
1989. A Dry White Season(白く渇いた季節)アパルトヘイトを描いた作品
1990. The Freshman(ドン・サバティーニ)
1992. Christopher Columbus: The Discovery(コロンブス)

1995. Don Juan DeMarco(ドンファン)
1996. The Island of Dr. Moreau(D.N.A.)
1997. The Brave(ブレイブ)
1998. Free Money
2001. The Score(スコア)
2001. Apocalypse Now Redux(地獄の黙示録・特別完全版)


f0134963_9503771.jpg

30周年コンサートは、MJ登場まで長いし、この会場にいたら「引っ込め、ジジイ!」って、きっと思ってたなぁ。。。(懺悔)

☆マイケル・ジャクソンの顔について(35)につづく



[PR]
by yomodalite | 2011-07-01 22:59 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(13)
f0134963_6241752.jpg


☆(32)のつづき


わたしは「神は細部に宿る」という感覚が好きです。

そのせいなのか、謎が多いうえに、集大成だったりもする「You Rock My World」を徹底的に解剖したい欲求が(24)を書きはじめた時点より大きくなってしまいました。SFのどこってわけじゃないけど、関係がありそうという部分も、出来るだけまとめておきたいと思います。

引き続き、情報、ご意見、ご感想、ご指摘など、ぜひお寄せくださいませ♡





(32)で、もう少し考えてみると言っていた

Brando(大げさなアクションでサングラスを取る)
Brando : You’re pretty cute in there.(坊主、やるじゃないか)
Michael:I know who you are.(あんたのことは知ってるよ)
Brando : Bing bang (←4:20)
Brando : Later(またな)

なんですが、、色々悩んでいるうちに、こんな歌が見つかりました。

「Lazy Town」は、Nickelodeon(こどもチャンネル)の「番組」。2005年のリベラのインタヴュー(http://moonwalker.jp/ → Interviews → At Large with Geraldo Rivera 2005)で、子供に、ニコロデオンとディズニーチャンネルのどちらを見せるかなんていう話題もありましたよね。(「You Rock My Would」撮影時は、長男4歳、長女3歳ぐらい)でも、残念ながら、この番組は2004年から始まって、CDリリースは2006年なので、この可能性はなし。

この本は、The 150-plus poems and drawings collected in Douglas Florian's Bing Bang Boing speak to children's great fascinations....みたいな内容。





こちらは、イギリスのコメディアン、サシャ・バロン・コーエンによる、ボラットという架空のキャラクター(カザフスタン人のジャーナリスト)が歌った有名な曲。これが歌われたのは、英米でヒットした、Da Ali G Show で、2000年のシーズン1は英国のチャンネル4、2003年の第2、第3シーズンは米国のHBOで放映。コーエンは1998年にエミー賞にもノミネートされ、2001年にマドンナの「MUSIC」のPVにも出演してるんだけど・・・

◎BING BANG BOOM
SF発表前の1991年発売では、こんな曲もありましたが、やっぱり歌詞が理解出来ないせいか、ピンと来ません。

いずれにしても、どうして「Bing bang」なのかが納得できるほどの「決定打」は、残念ながらありませんでした。(ここでは、ピンポン!というよーな意味でいいのかなぁ)

ただ、MJとの対面場面から、突然、それまでのイメージを覆すような演技に変化していることの「ネタ」というか、意図は少しだけわかりました。

このSFを見て、ここまでのブランドの演技に『ゴッドファーザー』を感じていたひとが、ほとんどだと思うのですが、


f0134963_6382242.jpg

それは、このとき初めて見せた全身ファッションによって覆されていて、燃え上がる炎の中、登場したブランドが演じていたのは、1950年初演のブロードウェイで最も陽気なミュージカル作品『Guys and Dolls』の「スカイ・マスタースン」という役です。


f0134963_6401078.jpg


(4:03)の登場シーンと、このファッションをよく見比べて見てください。なんで、こんなネクタイしてるのかなぁとは、前々から思ってはいたものの、このネタ元に関しては、数日前まで気がつきませんでした。

(31)の動画(5:45)で、もてあそんでいた帽子も『ゴッドファーザー』だけではなくて



f0134963_6423574.jpg

こっちの意味もあったんですよね!(右側はフランク・シナトラ)


f0134963_643333.jpg


『Guys and Dolls』は、1955年にマーロン・ブランド、フランク・シナトラ共演で映画化されていて、振付けは、あの「バンド・ワゴン」と同様マイケル・キッド!しかも、この映画、最初はNYが舞台なんですが、途中からキューバ(ハバナ)に行きます。

「You Rock My Would」の舞台がキューバなのは、当時、映画と音楽の両方でヒットした『ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』の影響なのかなぁとか、ぼんやり考えていましたが、この映画が要因なのかもしれません。

こちらのとてもとても素敵なサイトによれば、ジーン・ケリーが断ったために、ブランドが抜擢されたとか。(そういえば、ジーン・ケリーには「フレッド・アステアがダンス界のケーリー・グラントだとしたら、私はマーロン・ブランドだ」という発言もありましたが、、こんな代役アリ?)

それで、まさかとは思うけど、マイケル・キッドの振付けで、ブランドが踊っているのかも?という興味から観てみたところ、ほんのちょっぴりだけ踊ってました。


f0134963_161458.jpg
リハーサル中のマイケル・キッドとブランド



わたしはMJ研究のために、泣く泣く古い映画や、ミュージカルを観たりしている方なので、この映画の面白さは、あまりわかりませんでしたが、

宝塚など、日本でも舞台で人気の『Guys and Dolls』なんですが、たぶん、舞台版にあるような、躍動感や陽気さが、映画版には少し欠けていて、当然のことかもしれませんが、ブランドが華麗なダンスで魅せるという場面がないので、ダンスシーンに、ジーン・ケリーのような「主役」がいないんですね。

ミュージカルが人気の映画形式だった時代には、主役は、歌って踊れなくても良くて、ダンスは、背景扱いであることも多く、アステアや、ジーン・ケリーのように、ダンサーが「主役」というのは、むしろ数が少ないのかもしれません。

でも、これは意外だったんですが、ブランドの歌は悪くないです。

この映画では、もちろんフランク・シナトラが歌うシーンもあるのですが、わたしには、ブランドが歌っているシーンの方が遥かに魅力的でした。シナトラのウィキペディアによれば、この頃は低迷期で、1953年に転機が訪れ、その後の奇跡的な復活のエピソードが『ゴッドファーザー』の中で語られている。)

◎Marlon Brando & Jean Simmons - Woman In Love
◎Lyrics - A Woman In Love

ブランドの歌は1:10〜。冒頭のシーンで「Billy Jean」のSFを思い出したり、共演の女優の名前が、Jean Simmonsだったりすることに「ン?」と思うのは、私だけでしょうか?

◎Frank Sinatra - Sue Me (私を訴えてください)


f0134963_70163.jpg

あの「お尻タッチ」の師匠も、ブランドだったの?!

SF「You Rock My Would」の当時の批評。

エール・デイリー・ニュースのCatherine Halabyは、曲については、肯定的なレビューを書いたが、ビデオについては「The Way You Make me Feel」の“ニュアンス”がある「Smooth Criminal」の“直系」と描写した。Halabyは、Marlon Brandoや、Michael Madsenの出演は「どうでもいいこと」であって、マイケル・ジャクソンに、私たちが衝撃を受けることはほとんどないとコメントした。(「You Rock My Would」ウィキペディア英語版より)とか、

◎Not So Smooth(「You Rock My Would」レヴュー)

(上記要点の省略引用)マイケルの最新ヴィデオに敬意を表するかどうか迷っています。彼は他の人皆がしていることをすることによって新世紀に入っているように見えます。 もちろん、他の人皆はマイケルが以前したことをしているのですが、、1988年の「Smooth Criminal」との類似は「You Rock My Would」の基本概念ですが、今回はそれが痛々しく見えます。

椅子に座るマーロン・ブランドへの“カット”は「女」が自分のものであり、手下にはマイケルを痛めつける用意ができていることを感じさせる。これまでのマイケルのヴィデオのように、有名人が出演しているものの、ブランドも、クリス・タッカーにも目新しさはなく、マイケル・マドセンも、ビリー・ドラゴも、暴漢として普通の演技をしているだけ。

また、旬を過ぎたスターのカメオ出演(the worn-out movie star cameo)よりやっかいなのは「You Rock My World」のダンスが、1995年のMTV Video Music Awardsの反復であること。6年前、それは彼のキャリアの最上級のものでしたが、彼がビデオ革新者であるだけに、ここでの焼き直しは失望です。

マイケルとタッカーは「波止場」でエンディングを迎えますが、炎も、ガラスを壊すのも、1991年の "Black or White"の後半のシーンの方がいいですし、最後のキスシーンも1988年の「The Way You Make Me Feel」と同じシルエットで、冒頭のシーンも、そのSFに類似しています。ただ、唯一ちがうのは、そこでの、マイケルも女たちも絶えず微笑んでいて、魅力的でしたが、このSFでは、、、そうではない。


f0134963_762666.jpg

これらのすべての反復にもかかわらず、プロデューサーのRodney Jerkinsは「You Rock My World」のヴィデオは、マイケルの「新生面」の扉を開けていると主張します。Jerkinsは、一体いつの時代のことを言っているんでしょうか? マイケル・ジャクソンの最も魅力的な特色の1つは、自分を笑うことができる能力です。

Thrillerもそうでしたが、ユーモアは彼の短編映画の多くに見られました。 "Jam"ではムーンウォークをマイケル・ジョーダンに教え、"Black or White"の冒頭でも、"Say Say Say"でも、ポール・マッカートニーと共に、ビング・クロスビーとボブ・ホープのトリヴュートを行いました。

Jerkinsは、"You Rock My World"が、がユーモラスであると言いますが、マイケルはシリアスに見え過ぎます。こういった過去の作品の導入は、監督のポール・ハンターの考えだったのか、私にはわかりませんが、「Blood On The Dance Floor」と1997年の「Ghosts」以来、待ち続けたファンにとっては、そこに新たな発見はありませんでした。

John Singleton, Martin Scorsese, David Lynch, David Fincher, Spike Lee, と John Landisらは、マイケルと共に新しく輝かしいイメージを作り上げましたが、この作品がそうではないことは明らかです。

それでも、マイケルが、クラブの床を歩き、そこを横切るとき、彼はいつも素晴らしい。私が「You Rock My World」のヴィデオ製作者を許すことが出来るのは、それが理由です。4年間すでに待ったのですから、私には、確実にもっと長い間だって、待つことが出来るでしょう。(引用終了)


省略したと言っても、長く引用してしまいましたが、

一般的なものから、MJを崇拝しているレヴュワーまで、古くさいミュージカルも、とっくに旬を過ぎた映画スターも、MJ自身の作品も、すべてが郷愁に満ちていて、新鮮でもなければ、面白くもないし、重要な意味があるとも思えない上に、MJの顔も妙にシリアス.....マーロン・ブランドのパロディなんて、誰も気づかないし、気づいたところで「だから、何?」って感じですよね。

いずれにしても、マーロン・ブランドの出演は効果を上げるどころか「こんな古くさいスターをどうして?」という扱いで、このSF当時、やはり彼は「ゴッドファーザー」でのみ印象づけられていたようです。


f0134963_7175073.jpg
「欲望という名の電車」A Streetcar Named Desire


たしかに、当時のブランドの弛みきった体型には好感が持てなかったし、今、これがパロディだとわかったところで笑えるほど面白くもない。むしろ彼がかつて、とてつもなく魅力的だっただけに、老いた姿が余計に哀しくも見え、そういった“老いたスター”にこだわっているMJも爛れた感じがしました。


[PR]
by yomodalite | 2011-06-27 07:51 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
f0134963_17161713.jpg


☆(31)のつづき


引き続き、いろいろ見落としている部分があると思うので、気づいた方は、ぜひ教えてくださいませ♡






上の階にいるボスに騒動を告げに行く男(Miko Brando)。

ボス(Brando)椅子に座ったまま振り返る(口笛)

「Now?」

MJが再度ステージへ向かうと、天井から(!)3人のダンサーが現れる。

こーゆー感じで、突然現れるっていうのは、『ムーンウォーカー』のロボットだけじゃなく、MJの場合よくありますよね。あの『Captain EO』でも、




4:55〜倒れたMJの肩にバナナと目玉焼きが乗ってますよね。バナナはまだしも、この「目玉焼き」はいったいどこに置いてあったんだ!みたいなね(笑)

☆類似作品:Dangerous ステージ MTV 1995(天井からロープでダンサーが現れる)


レジスターのところにいた男が煙草をもみ消し、MJダンサーに合流。

☆類似作品:煙草を足でもみ消す男は『Billie Jean』にも登場。
さっき、天井から現れたダンサーもそうですが、事前に計画があって、天井に隠れていたのではなく、MJの勇気によって、その場に仲間が出現したんですよね!(←そんな説明入らない?ww)


一緒に闘うのは、最初にいた仲間ではなく、途中で現れるというのは『Bad』などにも共通していますが、こーゆー、一見「アホか」と思うような演出を何度もやっているのは、それだけ彼に「大真面目」なメッセージがあるからで、それは、

「真に勇気をもって、一歩を踏み出せば、必ず仲間は出現する」

というメッセージだと思います(たぶん.... 因みに『波止場』という映画もそんな感じの映画です。←こんな説明でいいんだろうか?)



f0134963_17273658.jpg


Is that all you got?

That ain't nothin'! You ain't nothin....

Show me what you got(Billy Drago)

これは、SF「Bad」(1987)で、MJがウェズリー・スナイプスに言うセリフからでしょうか。ここから、ダンスが始まるという展開も「Bad」と似てますね。

「VISION」の日本語字幕では「さあ、かかってこいよ。どうした イキがってるだけか?ほら、かかってこい。本気を出して」で「You ain't nothin」は「たいしたことないな」になっていますが、「Bad」の日本語字幕は「お前こそワルじゃない」のあと「You ain't nothin」は「(お前なんか)何者でもない」。この場面は「Bad」で、MJが言ったセリフを逆に受けることで、

MJが「お前は何者なんだ?」(たいしたことないという意味での)という問いかけを受けているのだと思います。


客席の男の葉巻に火がつき、蛇口の水滴、モップの男、靴磨き、女のヒール....次々とリズムが刻まれ、MJたちのダンスが始まり、

若い頃のマーヴィン・ゲイ似の男の指パッチンで、ますます、カッコいいダンスが始まる

MJ、椅子を壁に投げつける


f0134963_1728203.jpg


「You rock my would ーーー!!! 」

ナイフで襲いかかる男の腕を取り、くわえ煙草を捨てて、手首をつかんで床に転がす。
(ステージで見てるときは、振付けにしか見えなかったけど、この影像では、ホントに強そう♡)

類似作品:「Smoose Criminal」「Dangerous」ステージ

ホントに強そうに見えるなって思ってから、何度も観てて、ふと思ったんですが、、、確か、ジャッキー・チェンの映画で、日常の何気ない動作が、身を守る防御となり、攻撃の姿勢にもなってたみたいな映画のように

「You Rock My Would」のダンスで「Dangerous」や「Smoose Criminal」にはなかった部分には、素手で戦うときの様々な動きがミックスされていて、武道系ですよね。

これは、これまでのダンスにも言えることかもしれませが、MJと、他のアーティストの振付けが違うのは、ひとつひとつの動作が、武道の「型」のように、研ぎすまされていて、力の方向に無駄がないからで、実際に本当に強いんじゃないか?って思いました。(そういえば、MJは空手名誉五段!手首返しは合気道技だけど...)



f0134963_17291983.jpg


中国でのMJ人気や、集団ダンスに「スリラー」じゃなく「デンジャラス」がすごく人気があって、どうして、小学生が毎朝ラジオ体操がわりに「Dangerous」?って不思議だったんですけど、子供たちが、集団で少林拳法の型をやっているのと、同様の感覚で、MJのダンスに対する姿勢も、東洋の宗教修行と近い感覚で捉えられているのかもしれませんね。


f0134963_1737505.jpg


MJの強烈パンチが、Billy Dragoに炸裂。倒れた衝撃でランプが壊れ、アルコールに火がつく。燃え上がる火を見て、クリスを呼ぶMJ。クリスもMJの元に駆けつける。


MJ、襲いかかる男にヒザ蹴り。


f0134963_17382353.jpg


火はカウンターを走り去るように一瞬で燃え上がる。

(壁にかかっていたボクサーの写真のクローズアップ)

女は逃げ出そうとし、入口で止められるのを振り切って、外に出る。

MJ、またもや、男に強烈パンチ



f0134963_17392437.jpg


燃え上がる炎の中、奥からブランドが登場する。MJと対面。

Brando、大げさなアクションでサングラスを取る(コント赤信号かっ!古)

Brando : You’re pretty cute in there.(坊主、やるじゃないか)

ここは『VISION』の日本語字幕では「久しぶりだな」になっていますが(英文字幕なし)知りあいののネイティブに英語を確認したところ、以前に会っているという意味は特にないので、上記の訳にしました。

別のボクサーの絵がクローズアップされる(コメント欄参照→追記:このあとの記事で判明しました)



f0134963_17405923.jpg

MJ:I know who you are.(あんたのことは知ってるよ)

Brando : Bing bang

Brando : Later(またな)

この「bing bang」、どういう意味だかわかります?
とりあえず、知りあいの知りあい...のネイティブに意見を求めたところ、

Not sure, but maybe because Michael knows who he is.
Marlon Brando is going to have to shoot (kill) him.


という解答を得ました。

でも、そーゆー意味なら「Bang bang」の方がいいと思いますし、その方がギャングぽいと思うんですよね。

◎Sammy Davis Jr - Bang Bang(←顔について27参照)

20世紀No.1俳優と称され、1分「1億円」と言われたブランドのセリフですし、時代を何度も作ってきた伝説的俳優と、MJとの「神々の会話」だと思うので、ここは、もう少し、しつこく考えてみることにします。

☆(33)につづく
___________

出演者情報/キシャヤ・ダドリー(Kishaya Dudley)は、この後、グェイン・ステファニーなどの振付で、2005年のMTV Video Music Awardsで「Best Choreography賞」を受賞しているようです。また、このSFの「ダンサ−の女」も、彼女が演じていることから、「一人二役」という意味も重要だと思います。

◎Kishaya Dudley Choreography Reel
◎2005 MTV Video Music Awards for Best Choreography

[PR]
by yomodalite | 2011-06-19 18:03 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(12)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite