カテゴリ:天皇・皇室( 27 )

天皇がわかれば日本がわかる (ちくま新書)

斎川眞/筑摩書房



名著。

以下内容メモ 。

中国の皇帝と日本の天皇は同格と日本人は思っているが、中国人は外国に皇帝が任命した王がいるが、天皇が任命した王はいない。

天皇とは、北極星を意味する言葉である。

日本を理解するキーワードは「律令国家」。もともと部族制国家であった「倭国」が、唐から輸入アレンジした「律令」によって律令国家を目指し、中華帝国の冊封体制を脱して「日本」となり、明治維新後「イギリス・プロシア型政体」がミックスして、「大日本帝国」となった。

さらに戦後「アメリカ型政体」までも加わって、現在の「日本国」となった。

「日本はサブカルチャーの国である」

【目 次】
●第1部 天皇という称号(「天皇」とは、そもそも法律用語である。
「天皇」とは、「北極星」のことである
君主の称号とは、臣下が献上するものである
日本の天皇号は、臣下が献上した
天皇は、「倭の五王」の子孫である
天皇の統治は、高天原の神の委任である
天皇の「姓」は、宮号である)
●第2部 中国と日本(「冊封体制」とは何か
冊封体制とは、中華帝国の世界秩序のことである
天命思想とは、王朝交替の思想である
日本は、中華帝国に朝貢して、世界史に登場した
遣隋使・遣唐使は、中華帝国の官職・爵号はいらないと伝えた
日本という国名は、律令体制に伴ってあらわれる)
第3部 日本律令国家(日本は、中華帝国のような国家になりたかった
日本は、律令を作るために、中国から律令の写本を運んできた
日本の血統原理の正当性は王朝交替思想を排除して成立した
律令国家は、行政指導・官僚統制型の国家である
結論 そして、国家の枠だけが残った)

___________

【本の内容】天皇の称号はいつ成立したのか。
天皇はなぜ続いてきたのか。
この疑問にただちに答えられる人は多くはないだろう。
天皇を長とする古代律令国家は、経済変動のために崩壊し、公家政治から武家政治へと時代は移ったが、それにもかかわらず、天皇と律令システムの正統性は失われなかった。
明治の日本は律令国家の直系の子孫であり、じつは今の日本もれっきとしたその跡継ぎなのだ。ウルトラ混合政体にいたる日本国家の本質とその由来の謎をはじめてわかりやすく解き明かす新・日本学入門。筑摩書房 (1999/10)

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by yomodalite | 2007-07-22 10:55 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

天皇のロザリオ 上巻 日本キリスト教国化の策謀

鬼塚 英昭/成甲書房

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天皇のロザリオ 下巻 皇室に封印された聖書

鬼塚 英昭/成甲書房

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職業作家ではない著者の人生全てをかけて書き上げられたと言っても過言ではないほどの熱がこもった刺激的な書。著者は中央大学法学部で学びながら学費未納で中退後、家業の竹細工職人となった方。

上巻には[日本キリスト教国化の策謀]、下巻には[皇室に封印された聖書]というサブタイトル。帯推薦文が太田龍氏だけなら読まなかったのですが、ジャパンハンドラーズの中田安彦氏の推薦文に惹かれて購入。

占領期の昭和天皇とマッカーサーのかけひき、欧米勢力の侵略の為の尖兵役としてのキリスト教イエズス会、占領期の日本国キリスト教化大プロジェクトが語られています。

著者の資料への解釈や、天皇に対する感情の激しさには、ときに違和感を感じますが、鬼塚氏のような年代で真摯な生き方をした著者の本を今のうちに読んでおかねばと思う今日このごろ。

▼ジャパンハンドラーズ
http://amesei.exblog.jp/3061952

▼鬼塚氏に逢ったときの印象
http://amesei.exblog.jp/m2006-06-01/#3269311
__________

【MARCデータベース】「陛下が危ない!」市長は叫んだ。九州巡幸・別府小百合愛児園の礼拝堂、昭和天皇にそのとき何が起こったのか? マッカーサーとカトリックが仕組んだ「日本改造計画」の秘密を暴く。膨大な資料を駆使して窮明する昭和の闇。


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by yomodalite | 2007-07-17 14:49 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(2)

裏切られた三人の天皇―明治維新の謎

鹿島 ノボル/新国民社



根拠には乏しいものの、トンデモ説とはいえないと思う。

下記は、
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/09/post_5c5b.html から。

ーーー鹿島 によれば、吉田松蔭は偽朝である北朝の天皇を倒し、正統である南朝の天皇を立てることによる南朝革命論を打ち立てており、南朝方の菊地家の末裔である西郷隆盛がその考えを聞き、薩長連合が誕生したというのです。そして岩倉具視と伊藤博文の策略によって北朝の孝明天皇と睦仁親王が殺され、長州に匿われていた南朝の末裔である大室寅之祐が睦仁親王とすり替えられ、京都に行き明治天皇として即位したというのです。

その証拠として、親王時代には病弱なイメージであったのに明治天皇になってからは馬術にも長けたたくましい姿に変わっていること、北朝の天皇である明治天皇が南朝正統論を発表したこと等を上げています。
 
あまりにも荒唐無稽な説であるので到底信じられない話ですが、鹿島の本の中には、社会党の前国会議員であった山田恥目が、国会で某自民党の議員から「大室近祐と南朝天皇家のことを調べ直して、日本の歴史を明らかにしよう。」いう議員提案が提出されようとしたが、それを見た岸信介と佐藤栄作がその書類を握り潰して提案を揉み消した現場を見たとか、以前大室家にある宮様が来て大室近祐に「近祐の孫を天皇家の養子にもらえないか、昭和天皇にも了解を得ている。」と言ったが、その話を断った等具体的な話が書いてあります。
 
明治天皇すり替え説の詳細については、鹿島の本や鹿島の研究の後継者ともいうべき松重楊江の本を読んでもらえればと思います。また、Google等で「大室天皇」と検索すれば、鹿島や松重の本にも書かれていないより荒唐無稽なことが書かれているサイトが見れます。いずれにせよ明治天皇すり替え説は、具体的な証拠となるものがなく、基本的には大室近祐の話などが元になっているだけで根拠が乏しいと言えます。

「明治天皇はすり替えられた?」
http://3297.jugem.jp/?eid=154

【目 次】
第1章/孝明天皇は暗殺された—毒殺説を検証する
第2章/孝明天皇暗殺始末—犯人は岩倉、伊藤と長州忍者
第3章/田中光顕、明治天皇すりかえを告白—南朝の末裔、大室寅之祐を天皇にした
第4章/自らの出自を否定した明治天皇の「南朝正統論」—なぜ天皇すりかえは可能だったか
第5章/岩倉欧米使節団の帝国主義参入—西郷隆盛はなぜ殺されたか
______________

【内 容】本書のなかで著者が展開する史観は三人の天皇、すなわち孝明天皇、その子睦仁、及び実は大室寅之祐の明治天皇は、或いは明治維新を推進した岩倉具視や木戸、伊藤、山縣、大久保たちに暗殺され、或は裏切られた悲しい存在であったという事実である。
まず孝明天皇は長州藩の忍者部隊によって暗殺され、その子睦仁も即位後直ちに毒殺された。 そして、睦仁の身代わりになった明治天皇は実は南朝の末孫という長州力士隊の大室寅之祐であり、孝明天皇の子ではなかったというのである。 (新国民社・1999)


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by yomodalite | 2007-04-10 21:33 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

ヤマト王朝―天皇家の隠れた歴史

スターリング シーグレーヴ,ペギー シーグレーヴ/展望社

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皇室関係はタブーが多いとされるが、タブーがない海外に日本以上の資料があるわけではない。

著者は一切日本語の原典を資料としていないので、単純な事実誤認や、状況において、勝手な決めつけが多く、少し嫌気がさす「センセーショナルな物語」という印象。ただし、これは欧米で広く流通されているストーリーなんでしょう。

◎[参考記事]ジャパンハンドラーズと国際金融情報
http://amesei.exblog.jp/

■M資金は本当にあったのか(1)
戦前・戦後の皇室の英米系資本との関係が述べられている〜ノンフィクションとしてどうか〜皇室の構成員が黄金隠匿に直接関与したという説は根拠が少ない〜姉妹本『黄金の戦士』〜「山下ゴールド」〜証言は、ヴェトナム農民ベン・ヴァルレモスにほとんど依拠している〜

■M資金は本当にあったのか(2)
シーグレイブが、いわゆる「M資金詐欺」の詐話師である、ベン・ヴァルレモスに担がれている事は明白であると思われる〜旧日本軍が黄金や金塊を略奪しなかったという結論には結びつかない〜<脚注文献>大森実『戦後秘史』に児玉誉志夫氏のロングインタヴューの存在〜

■M資金は本当にあったのか(3)終
14章、15章、エピローグが重要。典拠になった情報が公開されている。新聞、雑誌、議会議事録・・・。
日本軍が戦時中に隠したとシーグレイブが主張する黄金は大きく分けて3種類〜

■『副島隆彦の学問道場』会員専用掲示板 中田安彦氏投稿文より
シーグレイブの「ヤマト王朝」では、明治維新の裏の秘密までは扱わないものの、天皇と皇族が三井、三菱のような財閥に操られており、このインナー・サークルが、海外の富豪、財閥ネットワークと上で結びついていたという視点に立ちます。実は、これは欧米の左翼系のジャーナリスト達の間でかなりの間、共通認識になっていることを最近気が付きました。世界レベルでの日本の皇室に対する理解はそのようなものです(〜後略)
____________

【本の内容】天皇を支配する者が日本を動かす。「美しい国」最大のタブーに挑んだ“問題の書”。1999年のTHE YAMATO DYNASTYの原註・索引を除いて全訳したもの。

【スターリング・シーグレーヴ、ペギー・シーグレーヴ】/中国とミャンマーの国境地帯で育つ。2百年前から代々アジアで宣教師を努めて来た家系の5代目。米国で建築学を学び、ワシントンとボルチモアで新聞記者として働いた後、28歳のときにアジアに戻る。その後長年、アジアで調査報道記者として活動しながら、『黄色い雨ーある日、あなたを襲う化学戦の恐怖』『権力を支配した一族の物語』『マルコス王朝ーフィリピンに君臨した独裁者の内幕』『ドラゴンレディー西太后の生涯と伝説』『華僑王国ー環太平洋の主役たち」など。ペギー・シーグレーヴは彼の妻で、協力者。ふたりは現在ヨーロッパに居住。


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by yomodalite | 2007-04-04 14:42 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

古代天皇家と日本正史―現人神と万世一系の超秘密

中丸 薫/徳間書店



【目 次】
聖徳太子は仏教ではなく「ペルシャ・ゾロアスター教」の人
万世一系の歴史—それは洪水神話の地タリムより始まる!
シュメールから騎馬遊牧民「スキタイ」に引き継がれた万世一系
日本を成立させたのは伽耶の王族である
縄文・弥生の常識は完全にくつがえされている
ついに倭国の謎を解明する時が来た!
「伽耶・新羅・高句麗」の政治・文化事情
ペルシャかつシュメールの精神「十七条憲法」
闇の権力者の「紀記」による壮大な国仕掛け
正史をくつがえす「大化改新」の真相
闇の権力者は誰だったのか—『日本書紀』の「永遠の謎」が解かれる
日本とは何か、天皇家とは何か—それはペルシャ・シュメールへの回帰なのか


中丸氏の本には必ずパクり元があるはず。と検索したところ、小林恵子氏のパクリと評判らしいです。小林氏の本のボリュームに圧倒されて、こちらを読んでみようかという不純な動機により通読したものの、中丸氏の不純な動機とバッティングした模様。やっぱりダメです。以下のサイトが参考になりました。

☆(判定不能)

↓「探求三昧」http://d.hatena.ne.jp/nmomose/20060129

本の帯には「他の歴史書では決して読めない目からウロコの衝撃事実と情報満載!!」とある。 この本を読むと、古代の日本では、百済や高句麗の権力者たちが入れ替わり立ち代りして渡来して 王朝を乗っ取り、天皇となったと主張しています。

たしかに「目からウロコ」でしょう。 もし、その内容が真実であったとしたら、です。 この著者といえば、闇の権力といった内容の本を多く出していますね。 そういえば、以前の本には「明治天皇の孫」ということを大々的に売り物にしていたようだけど、この本にはそのフレーズが見えないのはどういうわけだろう? そうではないことがわかってしまったのか…。 この本を読んで、「この著者にはタネ本があるに違いない」と思いました。 それで、ちょっと ネットで調べてみたところ、やっぱりありました。 小林惠子さんです。

小林惠子(こばやしやすこ)ーこの女流古代史研究家は、「聖徳太子は西突厥の王(可汗)だった」という説でよく知られています。 それで、さっそくこの人の『興亡古代史』(小林惠子(こばやしやすこ)著、(文藝春秋)という本を取り寄せて読んでみました。 今までは、上記の聖徳太子に関する本(『聖徳太子の正体―英雄は海を渡ってやってきた』)だけは読んでいました。 その本を、ちょうど昨日読み終わりました。 これがまた、トンデモナクとんでもない本なんですね。

『興亡古代史―東アジアの覇権争奪1000年』/小林惠子(文藝春秋1998/10)

突厥というのはTurukの漢訳語で、要するに トルコ系の遊牧民族です。 その西突厥の達頭可汗(タルドゥ・カガン)が日本に渡ってきて聖徳太子となったというのです。 聖徳太子が本当にそのタルドゥ(Tardu)だったかどうかはともかくとして、たしかに トルコとかペルシャとか西域的な要素が太子の行動や逸話に見られるんですね。 それから、この本によると、卑弥呼は江南のシャーマン許氏だったとか。 応神天皇は五胡十六国の秦の一族である苻洛(ふらく)だったとか。 仁徳天皇は高句麗の英主、広開土王(こうかいどおう)だったとか。 そして、古代の日本では伽耶、百済、高句麗、新羅、中国などから続々と国の指導者クラスの人々が渡ってきて、天皇になった。 つまり何度も 王朝交代があったというのです。 この本に書かれたスッ飛んだ内容は、容易にすべてを受け入れられるものではないでしょう。 たしかにこの人は学者でないのが信じられないくらいに博識であり、幅広い知識を駆使してこそ初めて書けただろうという本です。

ただし、論旨に強引なところが多々見られ、「なんでそうなるの?」と、ついていけなくなるところも度々あります。 しかし、そのような度重なる王朝交代があったとしても、不思議はないだろうとは思います。 この本の内容を鵜呑みにするのではなく、ここを出発点として、自分なりに検証をしていきたいものです。 つまり、それだけ捨て置けない部分があるということです。 そして、「もしこれが本当だったら大変なことになる」という内容が。 この『興亡古代史』は、 小林惠子さんがそれまでに書いた10冊ばかりの本をまとめて、日本とその周辺の国々の1000年の興亡の様を綴った大作です。

この本を通勤電車の中で読み始めて、読み終えるのに1週間ぐらいかかってしまいました。 (中略)それにしても、『古代天皇家と日本正史-現人神と万世一系の超秘密』の著者はひどいもんです。 何がひどいかというと、あれだけ 小林惠子さんの主張を取り入れておきながら、あたかも自分の発見であるかのように書いていることが、です。

巻末に参考文献リストもないという、ひどいものです。 (中略)しかし、その本の内容はというと、必ずしもすべてが小林惠子さんの本のパクリであるとはいえず、それ以外にもいろいろと書かれています。 (中略)

【王朝交代】
少なくともいえることは、古代の日本では、いろんなところからやってきた人々が戦いの果てに王朝を乗っ取り、何度も王朝交代があったのだろうということです。 それを取り繕って、日本は「萬世一系の天皇家」のもとに形作られていったという偽装をしているのが『日本書紀』ですから、その内容はハチャメチャで矛盾だらけであっても不思議ではない。

日本の歴史学者などは、『古事記』とか『日本書紀』の内容は鵜呑みにしてはならないと言いながら、やはりあてにならないことを信用してしまっている部分が少なくないと思うんですね。 「萬世一系」の幻想から離れられないというか。
そして、自分たちの考えていることに矛盾することが書かれた昔の本はみんな「偽書」と決め付けてしまっている。 もちろん、世の中には内容が明らかに怪しい偽書もあるんですが、それとこれとをゴッチャにしてはいけないところがあって、そこでこそ「見識」が問われる部分でしょう。
__________

【BOOKデータベース】国際陰謀と血みどろの王権争奪。
真実を踏みにじった古代皇室と日本歴史にまつわる闇のすべてをここに吹き払う…他の歴史書では決して読めない目からウロコの衝撃事実と情報満載。

【MARCデータベース】朝鮮半島の王族が天皇として即位していた! 半島との連結の歴史は抹殺された! 半島と列島の支配者のルーツは共に騎馬民族スキタイだった! 真実を踏みにじった古代皇室と日本歴史にまつわる闇のすべてを吹き払う。(徳間書店2004.10)

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by yomodalite | 2007-03-28 11:42 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(3)

裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)

山本 七平/祥伝社




天皇に関する著書の多い著者ですが、その中でも本著は決定版という印象。含まれていないのは、皇室の財産に関する話題のみ。


■第一章/天皇の自己規定〜あくまでも憲法絶対の立憲君主

■第二章/天皇の教師たち(1)〜杉浦重剛(倫理〜英で化学を学んだ経歴)、服部広太郎(博物)※天皇は強い親英米仏感をもち、独伊を信頼していなかった。  

■第三章/「三種の神器」ー道徳を絶対視しつつ、科学を重んじる杉浦の教育方針

■第四章/天皇の教師たち(2)ー歴史担当・白鳥博士の「神代史」観とその影響(神話や皇国史観をどう考えられたか〜日本に「歴史学」は存在しなかった〜博士は「神代史」をどう解釈したか〜「神代史」研究に国学者が果たした役割〜明治における「神代史」研究の状況〜博士は、信念のままに御進講出来たか〜天皇はその講義にどう反応されたか〜敗戦国に待ちうける皇室の運命

■第五章/「捕虜の長」としての天皇〜敗戦、そのときの未の処し方と退位問題

■第六章/三代目ー「守成の明君」の養成〜マッカーサー会談に見せた「勇気」はどこから来たか(重剛、天皇にロシア革命の真因を説く〜三代目・家光にみる「守成の勇気」〜かたくななまでに憲法を遵守する姿勢のルーツ〜天皇を「ロボット」と看做した人々〜帝国陸軍ー天皇に対し最も「不忠」な集団

■第七章/「錦旗革命・昭和維新」の欺瞞〜なぜ、日本がファシズムに憧れるようになったのか(ファシズムの台頭と、青年将校たちの憧れ〜「今の陛下は凡庸で困る」〜戦争制御における内閣の権限と、近衛の言い訳〜革命の狂気と総括〜相沢中佐の異常心理と「昭和維新」〜永田軍務局長惨殺が、「大御心」か〜憲法と歴史的実体との大きな乖離〜「青年将校」という新タイプの登場

■第八章/天皇への呪詛〜2・26事件の首謀者・磯辺浅一が、後世に残した重い遺産(決起将校の読み違いを招来した一事件〜事件勃発、天皇の決然たる対応〜真綿にて、朕が首を締むるに等しき〜天皇と磯辺との「心理戦争」〜「自殺するならば、勝手に為すべく」〜天皇を叱咤、怨嗟する磯辺の叫び〜真崎大将、陸軍首脳の腰抜けぶり〜2・26事件、最大の失敗〜磯辺が残した「重い遺産」

■第九章/盲信の悲劇〜北一輝は、なぜ処刑されねばならなかったか(北一輝の処刑は明らかに不当〜北一輝には「天皇尊崇の念」など全くなかった〜北が唱えた天皇の位置づけとは〜天皇自らが「天皇期間説」の信奉者〜機関説排撃がもたらした思わぬ影響〜「盲信の構造」なぜ、北が神格されたのか〜社会民主主義に共感を抱いたのは、“時代”だった〜「御公家かついで壇ノ浦」〜天皇機関説のどこが問題視されたのか

■第十章/「憲政の神様」の不敬罪〜東条英機は、なぜ尾崎行雄を起訴したのか(尾崎演説の何が東条首相を怒らせたのか〜「天皇と同意見だと不敬罪」の不思議〜近衛・東条の翼賛体制への痛烈な批判〜不刑罪ー刑にあらざる罪〜(中略)〜天皇ではなく、国民全体が“三代目”

■第十一章/三代目・天皇と、三代目・国民〜尾崎行雄が記した国民意識の移り変わりと天皇の立場(対中国土下座状態の一代目〜二代目ー卑屈から一転して増長慢〜浮誇驕慢で大国難を招く三代目〜システムと実体との乖離がもたらした悲劇
第十二章/立憲君主の“命令”〜国難近し、天皇に与えられた意思表示の手段とは(白川大将に示した、天皇の精一杯の“褒賞”〜木戸と近衛に対する天皇の差別〜5・15事件後の首相選定で示された強い「御希望」〜無視された天皇の「提案」と「御希望」〜陸相人事に見せた、天皇の警告的御希望〜高松宮・海軍中佐の「内奏」を無視〜「聖断」を未遂に終わらせた“もう一つの事件”〜(後略)

■第十三章/「人間」・「象徴」としての天皇〜古来日本史において果たしてきた天皇家の位置と役割(「文化的問題」としての天皇〜「記紀」入門のための、絶好のテキスト←※津田博士の公判記録は、『古事記』『日本書紀』について知りたい人の入門書として絶好のテキストである〜(中略)〜そもそも日本は平和国家であった〜(中略)〜天皇が中国型皇帝とならなかった5つの理由〜(後略)

■第十四章/天皇の功罪〜そして「戦争責任」をどう考えるか(歴史的功罪を論ずることのむずかしさ〜(中略)〜天皇の口を封じた近衛と軍部の策謀〜(中略)〜津田博士が指摘する「自然のなりゆき」〜「戦争責任」=「敗戦責任」としての考察〜(後略)

■終章/「平成」の遺訓(帝国憲法の改正に反対した美濃部博士)
_________

[MARCデータベースより]昭和天皇は、天皇であることをどう考え、どう「自己規定」していたのか。そのことが、昭和史における天皇の行動にどう影響したのか。立憲君主の苦悩をとおして昭和史の謎に挑む。平成元年に出版。1995年に文庫化(「昭和天皇の研究−その実像を探る」)、2004年に「裕仁天皇の昭和史ー平成への遺訓 そのとき、なぜそう動いたのか」と改題してソフトカバーの単行本として再出版。

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by yomodalite | 2007-03-24 20:30 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)
日本の神々を私はよく知らない。ただ、かろうじて出逢う事ができた明治の人を思い出すとき、それが何だったのか探っている状態です。

あらためて、この本を読んで感じるのは226事件に対して見せた天皇の怒りは本物だったということ。昭和天皇は科学的知性の人でした。

青年将校たちは、天皇を勝手にイメージし「神」という名で崇拝していましたが、明治以降に急速に始まった、未熟で疑似的な一神教では、神に見捨てられることは想像できなかったのでしょう。

青年将校たちも、また知識人を含む多くの日本人も、天皇に求めていたものは、完全無欠な“父親”でした。事件直後の昭和天皇の一切迷いがない決断と、開戦時のそれを比較すると、天皇が日本の敗戦を利用した疑惑については今後も検証を要しますが、戦後に生まれた私はそれを天皇の裏切りとは思わない。

日本の王の判断として、磯辺の革命が成功していたら、日本は国際金融資本にではなく、アジアの闇に沈んだはず。科学と宗教を分けざるを得ないのも、政治に嘘が必要なのも、人間社会の限界でしょう?

三島は、仮に自衛隊での決起が成功してもいずれ散る運命であることは知っていたのではないかと思う。散ることの意味と、狂気の系譜に連なることの方を欲したのではないか。

出口ナオは、今甦ったならグーグルに八百万の神を発見しただろうか?

昭和天皇は、皇室の未来の繁栄を願っていたのだろうか。国民に自然な形で徐々に天皇を必要としない国になることに反対する意志はなかったのではないか? 皇室に男児が生まれない不思議に、生物学者でもある天皇が疑問を持たなかったとは思えません。

今上天皇は、滅びの美学や伝統への批判精神に本来は感性を合わせやすい人だと思う。しかし開かれた皇室という、かつてないストイックな皇室生活に長年耐えることで、昭和天皇の罪を償おうとされたのではないかと思う。今でも忘れられないのは、悠仁様の誕生時の笑顔。。。あの笑顔はこれまで見たことのない、天皇としての“顔”ではなかった。

かつて、この国では、磯辺の呪詛も、三島の血だらけの生首も、神にしてきた。
荒ぶる魂を奉ることは、未来にこそ必要だと思う。

★★★★☆

☆参考サイト
◎2.26事件の結末「ジャパンハンドラーズと国際金融情報」
◎シュトラウシアンの「高貴な嘘」「ジャパンハンドラーズと国際金融情報」
____________

【目次】
第1章 我モトヨリ生還ヲ期セズ…
第2章 孤高の神言
第3章 神々の第一陣
第4章 舞台演出家は黒幕
第5章 邪神舞踏会
第6章 黒子たちの地下工作
第7章 深層海流
第8章 天網恢恢粗ゆえに漏らす
第9章 目をそむけた親神
第10章 死屍拾うものなし
終章 失われし故郷への帰還

【MARCデータベース】三島は歴史上の反乱者たちが見せる「狂気」に注目した。それはすなわち、天皇を守る「神々の軍隊」の武士道的狂気であった。だが、天皇は「神」だったのか、それとも「道具」だったのか。最後の日本人を描くノンフィクション。




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by yomodalite | 2007-03-16 14:15 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite