グロテスクな教養(ちくま新書)/高田里惠子

グロテスクな教養 (ちくま新書(539))

高田 里惠子/筑摩書房




この本を読もうと思った動機が思い出せないのだけど、冒頭の「はじめに」を読んですぐ後悔しそうになった。タイトルの意味は「グロテスク」な分野の教養ではなく、「教養」がもつグロテスクな側面を言い表しています。

著者が1958年生まれの女性で東大博士課程出身となると、教養主義をめぐる一連の論争の流れは、より一層生臭い香りを放つ。一番下に引用した【内容紹介】の“さわやかな教養論”って、皮肉にもほどがあるのでは?? 

今の若い女子には分からないかもしれませんが、私は著者より一世代下の60年代生まれだけど、その頃の女子の旧制高校に由来する「教養」への屈折した感情はなんとなくわかる。

当時の高学歴(指向も含めて)女子は、思春期は少年に、学生時代は青年になりたいと願いつつも、「女」としては、女子専門教育を経た女学生に恋愛対象としての地位は奪われ、卒業後は進路の受難も。その後、同窓の高学歴青年の社会的、恋愛的地位が徐々に下がり、女子が強くなったと言われても、彼女たちはそれを享受する前に苦難の道を歩んだ世代なのだ。

「教養」は高学歴女子の「いかに生くべきか」には答えを持たなかった。常に「片思い」であり続けた時代に生きた著者の「教養」への思いは、今のオタク少年のアイドルへの思いと少し似ているのかも。

怨念の波間をこえて、さらりと読めば近代日本の教養の歴史としてまとまっていて、なんとなく「カノッサの屈辱」(TV番組)を思い出すような部分も。。。

「Passion For The Future」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003896.html

「放蕩娘の縞々ストッキング β」
http://houtoumusu.exblog.jp/d2005-09-19

「タカマサのきまぐれ時評」
http://tactac.blog.drecom.jp/archive/226

____________

【内容説明】「教養」は、誰の、どんな欲望によって求められて(非難されて)きたのか? 知的マゾヒズムを刺激しつつ、一風変わった教養主義の復権を目指す、ちょっと意地悪で少しさわやかな教養論論!

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by yomodalite | 2008-10-17 16:58 | 文学 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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