映画『崖の上のポニョ』監督:宮崎駿

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宮崎駿作品が、それほど好きではないので、今まで映画館で観たことはなかったのですが、

・最後の作品
・主題歌を先に作り、それにあわせてとにかく子供向けに創った。
・初めての「水」の表現。
・全部手描き。。。

などが気になり、今回はスクリーンで観ることにしました。



結果からいうと大正解!是非もう一回観たい。(因みにわたくし、今まで二回以上観に行ったのはディヴィッド・リンチ作品のみです)

作品は、下記の宮崎氏のあいさつ文どおり。

高校生レベルに堕落していた日本のアニメ界へ、堂々としたこどもアニメの勝利です。
押井守と、庵野秀明は、このアニメを最低10回は観て今後の身の振り方をよく考えて欲しい。(←よけいなお世話です。失礼しました)

海辺の小さな町
海に棲むさかなの子ポニョが、人間の宗介と一緒に生きたいと我儘をつらぬき通す物語。
同時に、5歳の宗介が約束を守りぬく物語でもある。
アンデルセンの「人魚姫」を今日の日本に舞台を移し、
キリスト教色を払拭して、幼い子供達の愛と冒険を描く。
海辺の小さな町と崖の上の一軒家。
少ない登場人物。
いきもののような海。
魔法が平然と姿を現す世界。
誰もが意識下深くに持つ内なる海と、波立つ外なる海洋が通じあう。
そのために、空間をデフォルメし、絵柄を大胆にデフォルメして、
海を背景ではなく主要な登場人物としてアニメートする。
少年と少女、愛と責任、海と生命、これ等初源に属するものをためらわずに描いて、
神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである。
宮崎 駿


↑というわけなので、
宗介が、ぽにょの入ったバケツに水道の水をじゃぶじゃぶ入れても、
りさ(宗介の母)が幼稚園に行くだけで崖の急カーブを猛スピードで運転するのも、
5歳の宗介が、母のことを「りさ」と呼ぶのも、
人間を辞めて(?)海で暮らすフジモトも、
フジモトの娘(?)がブリュンヒルデ(長姉だから?)なのも、
ポニョが宗介に逢いに来たために、ものすごく海が荒れて大災害が起こったのも、
りさが通行禁止を告げられても、無理矢理崖の上の家に帰宅したにもかかわらず、
カップラーメンを食べただけで、こども2人を置いて再び老後施設に戻るのも、
金魚(人面魚?)だったポニョが少女になって戻ってきたことを宗介だけでなく、
りさまでもが、あっさり納得なのも、、、、

全然問題ないのだ!

今までの宮崎作品で嫌いだった現代社会への警鐘や、人類の希望を一身で担っているような美少女キャラも出ておらず、宗介のふつうの男の子ぶりが、とても好ましい。

「りさ」の親としての態度に批判があるようですが、

今、夜店で金魚釣りしても、金魚を持って帰らせない親がほとんどらしいです。飼えないという理由だそうで、、生きものを祖末に扱ってはいけないってことなんでしょうけど、今責任ある大人の態度、親の態度というのは、こどもを育てる「力」も、人生を生き抜く「力」を失わせつつありますね。

何を観ても「勇気」をもらわないとやっていけないようで、宮崎駿は、そういった批判を「確信犯」としてやっているのでしょう。 

『ポニョ』の後では、もう『ファンタジア』(古!)じゃ感動できないなぁ〜

「宗介のところに会いに来たぁ〜〜!」

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恋に大災害はつきもの。そして健全なるワガママの奨め
★★★★☆(ぽにょぽにょぽにょ魚の子♪ 




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by yomodalite | 2008-08-13 20:42 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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