刑法三九条は削除せよ!是か非か/ (洋泉社新書)呉 智英 , 佐藤幹夫 (共編著)

刑法三九条は削除せよ!是か非か (新書y)

呉 智英,佐藤 幹夫/洋泉社



タイトルと、呉智英氏の組み合わせには「刑法三九条」削除すべしの結論へ導く書という印象を受けますが、両論のバランスとしては、むしろ削除すべきでない論の方が多い。

呉智英(評論家)は、刑法上で責任能力を判断することをやめるべきという主張ですが、呉氏にしては、及腰というか、かつての復讐論とは異なり意外にも折衷案に落ち着いている。

小谷野敦(比較文化)は、精神分析や心理療法がジャンクサイエンスであるとし、福島章や人権派、団藤重光の死刑廃止論を批判していますが、その論拠は、概ね日垣隆の「そして殺人者は野に放たれる」を資料としている。

橋爪大三郎(社会学)は、39条の削除にはまったく賛成できないとしながら、その理由として刑法とはなにかという原理論を述べるのみで、39条自体への意見は避けている。

浜田寿美男(子供学・発達心理学・法心理学)は、犯罪時の精神状態は認定できるか、という精神鑑定医たちがかならずつきあたる原理的な問題を、鑑定医自身も立ち入らないまま、司法の要求に従って何らかの結論を出している現状をより問題視している。

副島洋明(弁護士)は、知的障害者や、発達障害をかかえる人の弁護を行ってきた経験から、責任能力ではなく、受刑能力のあるなしを鑑定すべきという主張。知的障害者にも、少年審判のような仕組みを適用すべきとしながら、「心神喪失」や「心身耗弱」には否定的意見。

林幸司(精神科医)は、39条の最大の問題は「罰しない」の後に続く文言がないことという主張。殺人、傷害、暴行、脅迫、放火、強盗など犯罪としかいいようがものを精神障害者の「問題行動」として治療にあたらなくてはいけない現場の限界を、医療の立場から述べられている。刑務官による処遇と、医師による治療が英語では同じ[treatment]である。ある西欧の司法精神医学の専門家に「日本では統合失調者の重大犯罪では責任能力の争いとなることが必須だが、貴国ではどうか」との問いに、「責任能力の有無なんて問題じゃない。病院で扱えないような危険な者は刑事施設でみるのが当たり前だ」と即答したという経験を紹介。(←常識論なら、なぜ、ある西欧ではなく、具体的な国名、人名をあげられないのか?)

滝川一廣(医学部卒〜精神病院勤務を経て児童福祉センター〜大正大学人間学部教授)は39条の問題を、

(甲)私たちの日常生活の安全や社会の治安がまもられるためにはなにがたいせつか
(乙)私たちが精神障害者となったとき、じゅうぶんなケアと回復や社会復帰の道が、つまり生活がまもられるためにはなにがたいせつか
という2つの問題に冒頭で集約していて、非常に驚かされる。

(甲)は問題ないとしても、なぜ39条の問題が、(乙)につながるのか、精神障害者で犯罪を犯した者を罰することが、精神障害者すべての人権を阻害するものだと考えようとする典型的なおバカな意見である。池田小事件の宅間守が「自分は精神障害者だから罪に問われない」とうそぶいていた、といい、そのような通念が間違っているとして、『分裂病犯罪の精神鑑定』という1978年に出版されたというおそろしく古い資料を引用している。

佐藤幹夫(フリージャーナリスト)は、犯罪被害者遺族の苦しみ、報復感情を理解しつつ「心神喪失」「心神耗弱」への誤解と混乱、「精神障害・知的障害=精神鑑定=無罪」という誤解を解く。責任能力は司法判断であり、精神鑑定=無罪ではない。しかし、精神障害を疑われている犯罪者の中で毎年約90%が不起訴処分となっている。不起訴率90%の数字の背景には刑事事件における有罪率99.9%という数字が控えていて、検察官の点数主義が見えかくれする。被疑者のための判断というよりは、検察にとって公判維持できるかどうか、有罪判決を勝ち取れるかどうかが優先されているという疑念を消す事ができない。責任能力の疑わしきは起訴せずの一方、起訴されたからには何が何でも有罪という危惧。もし39条を削除し、すべての事案を公判に持ち込むなら、99.9%の有罪率の刑事裁判のあり方に再考を促さなくてはならない。

・新受刑者総数30277人中、知的障害は284人。知能検査結果IQ49以下1158名、測定不能1830名(平成13年矯正年報)
・39条をもつのは先進国で日本だけ
・逮捕・勾留から起訴まで22日間という長期拘束を認めているのも先進国では日本のみ
・被疑者の自白供述にもっとも重きをおいた取調べがなされるのも先進国では日本だけ


第1章 「刑法」は限界なのか
・責任という難問/呉智英
・三九条はきれいさっぱり削除されるべきだ/佐藤直樹
・新論・復讐と刑罰/小谷野敦
第2章 「刑法」とは何か
・「刑法三九条」を削除する理由はどこにもない/橋爪大三郎
第3章 司法と医療の現場から
・刑法三九条論議の一歩手前で/浜田寿美男
・求められているのはむしろ新しい「責任能力論」である
—処遇論と訴訟能力論の重要性を中心に/副島洋明
・寡黙な条文を補完するもの/林幸司
・生活や社会をどうまもるのか/滝川一廣
第4章 三九条、そのさまざまな問題
・刑法三九条何が問題なのか/佐藤幹夫
____________

【内容「BOOK」データベースより】 「心神喪失・心身耗弱」、そして凶悪殺人犯が野に放たれる?精神鑑定はうそ臭い!刑法はもはや時代遅れだ!こんな三九条があるから被害者は救われないのだ!よろしい、まちがいなく議論はタブーなしで、徹底的にやるべきだ。さてしかし、責任能力とはなにか、なぜ精神鑑定が「うそ臭い」のか。ほんとうに「精神病者=犯罪者=責任能力なし」なのか。いや、そもそも刑法とはなにか。なぜ三九条の条文があるのか。本書は、この厄介きわまりない主題に迫り、冷静に、多角的に、腰を据え、そして時代に先駆けてなされる問題提起の一書である。 洋泉社 (2004/10)

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by yomodalite | 2008-04-16 15:00 | 裁判・法律・犯罪 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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