昭和天皇 二つの「独白録」/東野真(著)、粟屋憲太郎、吉田裕(解説)

昭和天皇二つの「独白録」 (NHKスペシャルセレクション)

東野 真/日本放送出版協会



1997年6月にNHKスペシャルとしてテレビ放映された内容を単行本として出版したもの。著者の東野真氏はNHKのディレクター。

この本により、1990年12月の「文藝春秋」誌に発表された「昭和天皇独白録」が昭和天皇が東京裁判から自らの罪を免れることを目的とした文書であることが明らかにされた。(『昭和天皇独白録』寺崎英成著/文春文庫)

当時、東京裁判の対策として書かれたなら、アメリカに示したであろう英文の独白録があるはずだ、との反論がありましたが、それがNHKの取材により発見された。英語版の「独白録」を持っていたのは、元アメリカ陸軍准将ボナー・F・フェラーズ。フェラーズは、1944(昭和19)年から二年間にわたって、ダグラス・マッカーサー元帥の軍事秘書で、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)を愛読し、皇室内にも非常に信頼された日本通。

元大統領ハーバート・フーヴァーと同じくクェーカー教徒(フレンド派)でマッカーサーを大統領選挙にかつぎ出すために活動した。寺崎氏も後年クェーカーとなっている。

天皇が主張したポイントは以下の2点(p. 133)。

1.自分は立憲君主であったから政府の決定したことを無条件に裁可していた。

2.もし開戦の決定に拒否権を行使していたら、クーデターなどの内乱が勃発して日本は滅びていた。

つまり、天皇は「自分は無力であった。戦争を起こしたのは好戦的な、軍国主義者たちである。だから私は無罪である」と主張したのだ。それならば、なぜ終戦のときだけ天皇は「聖断」を下して日本軍の戦闘を止めることが出来たのかと、当然原告側からは追求されるだろう。ここが論理的に苦しい箇所であり、フェラーズらもそれを協議している。

(以下『昭和天皇独白録』より引用)
開戦の際東條内閣の決定を私が裁可したのは立憲政治下に於る立憲君主として已むを得ぬ事である。若し己が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、之は専制君主と何等異る所はない。

終戦の際は、然し乍ら、之とは事情を異にし、廟議がまとまらず、鈴木総理は議論分裂のまゝその裁断を私に求めたのである。そこで私は、国家、民族の為に私が是なりと信ずる所に依て、事を裁いたのである。

今から回顧すると、最初の私の考は正しかつた。陸海軍の兵力の極度に弱つた終戦の時に於てすら無条件降伏に対し「クーデター」様のものが起つた位だから、若し開戦の閣議決定に対し私が「ベトー」を行つたとしたならば、一体どうなつたであらうか。(『昭和天皇独白録』(文春文庫)、p. 160)

天皇は「終戦時は内閣が機能していなかったので自ら決断せざるを得なかったのだ」と少々苦しいながらも弁明することになった。

他にも、フェラーズの戦中での重要な任務である「心理作戦」には驚かされた。

《終戦の年の天皇誕生日に投下されたビラ》

「今日は天長節」
今日4月29日は御目出度い天長節であります(中略)
戦争の責任者である軍首脳者はこの陛下の御誕生の日に戦捷を御報告申し上げる事も出来ず、むしろ自身の無能の暴露を恐れているでせう。軍首脳部は果たして何時まで陛下を欺き奉る事が出来るでせうか。

終戦前から、米軍は戦争責任を負う者として、「軍首脳部」を指摘し、天皇はだまされている、という認識を示していたことは驚きだった。

《「聖断」前、8月13日午後に東京に巻かれたビラ》

日本の皆様
私共は本日皆様に爆弾を投下するために来たのではありません。お国の政府が申し込んだ降伏条件をアメリカ、イギリス、支那並にソビエット連邦を代表してアメリカ政府が送りました回答を皆様にお知らせするために、このビラを投下します。戦争を直ちにやめるか否かはかかったお国の政府にあります。皆様は次の二通の公式通告をお読みになれば、どうすれば戦争をやめる事が出来るかがお判りになります。

ビラには、これに続いて、日本政府の通告文とバーンズ回答とが印刷されている。このビラは翌日の早朝にもまかれ、その直後8月14日の午前中、天皇自らの発意で初めて御前会議が召集された。

天皇は後にフェラーズが心理作戦の担当者だったと聞いて、寺崎に託してメッセージを伝えた。フェラーズが家族にあてた手紙によると

昨日、天皇から個人的なメッセージを受け取った。その内容はこうだ。心理作戦でまかれたビラや新聞は非常に効果的だった。いや、効果的過ぎたかもしれない。予定していた重要な軍事会議は心理作戦のせいでキャンセルせざるをえなかったというのだ。そして、ビラを見た軍人たちがクーデターなどの過激な行動に出るのを恐れたため、天皇は終戦の決断を下したのだそうだ。心理作戦によって終戦が早まったのだ。
(1946年3月10日のフェラーズ文書)

予定していた重要な軍事会議とは14日午前中に予定されていた最高戦争指導会議のことである。心理作戦のビラが日本の終戦交渉を暴露したため、危機感を抱き、終戦の「聖断」を下したー天皇はそう説明しているのである。同じようなことは「独白録」にも書かれている。

日本を去るとき、フェラーズは、当時日米振興会会長を務めていた笠井重治へを通し天皇にあてて一通の書簡を送っていた。フェラーズは直接会う事を希望し、天皇もそれを希望していたが、吉田外相の判断によって会見は実現せず、代わりに書簡を渡す事になった。

フェラーズは何を伝えようとしたのか。天皇にあてた書簡の写しは残念ながらフェラーズ書簡に残されていない。しかし後に笠井の手紙からその内容を推察することができる。17年後の1963年4月29日付けのフェラーズへの手紙に次のような一節があるからだ。

今日は、天皇誕生日だ。マッカーサーと君のおかげで、天皇の座は維持された。君には本当に感謝している。君の努力は素晴らしかった。君と二人で、天皇に「遺憾の意」(Imperial repentance)を表明するようお願いしようとしたことを覚えているかね?あれが実行されていれば、天皇は日本国民のみならず、世界の人々の敬愛を集めたことだろう(フェラーズ文書)

フェラーズが天皇に伝えようとしたのは、どこかの時点で天皇自ら戦争についての意見表明を行うべきだというメッセージだったのではないだろうか。「遺憾の意」というのは、「戦争をとめられなかったことは遺憾である」といったような内容かと思われる。フェラーズがなぜこうした提言をしたのかは明らかでない。(中略)今日に至るまで、天皇の戦争責任問題が折に触れて内外から問題にされることを考えれば、この提言の持っていた意味は少なくないというべきだろう。

戦後30年1975年10月31日初のアメリカ公式訪問を終えて帰国した折に、訪米の成功を記念して記者会見が行われた。このときある記者が「いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか」と質問した。天皇はやや表情を固くして次のように答えた。

「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よくわかりませんから、そういう問題については、お答えできかねます。

天皇のパーソナリティーがよくわかる発言だと思う。天皇は科学的知性の人で、決して文学的でない。日本の軍部があまりに文学的というか、合理的精神とかけ離れていたのと対象的で、これが逆だったらと思わずにはいられない。もっとも、非科学的で、合理的精神に欠けているのは当時の軍部だけではなく、その後の政治もマスコミもまったく変わらない。

戦争責任に関してどう答えるか、この記者を含めて大勢の日本人が期待しているのは、不祥事を起こしたときに謝罪する経営者に期待しているものと同質の非常に「文学的」なものだ。世界を巻き込んだ戦争に対して、天皇と日本と自分の国籍さえ、よく理解していない幼稚な精神からの質問としか思えない。

私自身は、この本によって天皇への見方が変わったということはないですね。天皇教のようなものを作ってしまう心性が、天皇にかかわりなく現代の日本にも色濃く残っている。日本人はとにかく担ぎ上げてついていくのが今でも大好きですから。

この本は、この英語版発見は「NHK」取材班の手柄とし、天皇温存によって日本を運営する案をほとんどフェラーズ一人のパーソナリティーを主体としていて、フェラーズを送りこみ、日本を学ばせた真の支配者たちのことには触れていない。天皇の戦争責任について、最も厳しい態度をとっていたのがオーストラリアとソ連だったのは、この二国が世界支配者たちとあまり接点がないからでしょう。
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【内容「MARC」データベースより】天皇訴追に備えて用意された英語版「独白録」。東京裁判前夜、日米共同で進められた極秘工作の全貌を明らかにするとともに、「独白録」の日本語版と英語版を徹底比較する。日本放送出版協会 (1998/07)



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by yomodalite | 2008-04-02 14:10 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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