私にとってオウムとは何だったのか/早川紀代秀、川村邦光 (著)

私にとってオウムとは何だったのか

早川 紀代秀,川村 邦光/ポプラ社




川村邦光は、早川紀代秀の控訴審を担当する弁護士が知人だったことから証人尋問を依頼され、宗教研究者としてオウム論を述べた。本著は、この証人尋問の草稿を書き直し、早川への質問を付け加えたものが基本になっています。

早川は自身が著者となることによって傷つく人がいることに躊躇し、川村のオウム論を展開するための、あくまでも「素材」として欲しいという考えだったが、ポプラ社と川村の説得により共同執筆の形となっている。

「宗教的テロリズムと早川紀代秀」(川村邦光著述部分)は、日本の新宗教の流れを追った文章が長々と続きオウムへも解釈は至って凡庸で、肝心の早川の執筆部分は当事者の証言として、一応読むべき価値はあるかなという内容。

「消えない足跡ーオウムと私の軌跡」〜早川による生い立ちから、オウムでの活動のすべてを振り返る。他の信者と違い、若者ではなかった早川は、教団の戦闘的活動の中心である「武闘派」、教団No.2、元阿含宗信者、、など夥しい報道によるイメージを与えられているが、TM(超越瞑想)などの瞑想に興味をもち、ハルマゲドンや、ヨガの修行に夢中になっていくところなど、出家時に妻や、経営する会社をもっていた以外、他の若者信者と変わらないグルへの傾倒が綴られている。

また麻原への帰依が狂信的とも見えていた新実の「ポア」体験後の苦悩の様子などは意外だった。麻原の到底無理と思われるビジョンを次々と実行していった気持ちは幾分理解できたが、中小企業の経営者のようなリアルな中年男性に見えた早川が、瞑想や、麻原のシャクティパッドに魅了されていただけで、ここまで麻原に傾倒したことにはまだ疑問が残る。

麻原に能力があるのなら、なぜ信者が手を汚して「殺人」しなくてはならないのか、という疑問は、オウムへの最大の疑問だったが、早川が尊師へ疑問をもったのは、90年の選挙落選が最初だった。その後、サリンプラント建設計画にも無謀さを感じるものの、絶対的帰依にヒビが入ったのは、検事から聞いた逮捕後の麻原が出されたカレーライスを食べてしまい自己ポアできなかったというエピソードだった。

この本で描かれている、他の多くの信者同様、邪悪な麻原の野望に騙された真面目な宗教修行者としての早川も、オウム報道が洪水のように溢れていたころの「武闘派」「No.2」という称号も、早川の真実に迫ったとは思えない。

★★★☆(前半のみオウムの主要人物の記録として)
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【BOOKデータベース】本書では、教団幹部として様々な事件に関わった早川紀代秀被告が、幼い頃の生い立ちから自らを振り返り、麻原彰晃とオウム真理教との関係を、慙愧の念を持ってとらえ返している。また宗教学者・川村邦光は、日本宗教史から宗教弾圧と宗教的テロリズムを概観し、オウム真理教およびその事件を、早川被告に焦点を絞って論じている。 ポプラ社 (2005/03)

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by yomodalite | 2008-03-07 21:40 | 裁判・法律・犯罪 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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