この国が忘れていた正義/中嶋博行

この国が忘れていた正義 (文春新書)

中嶋 博行/文藝春秋



「NBOnline 日刊新書レヴュー」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070830/133599/

(前文略)
中嶋のアイデアはふたつ。冷戦崩壊後、税金を無駄に使うだけの無用の役所と成りはてた公安調査庁を、加害者から賠償金を取り立てる「公設取立人」へと改組すること。それから、こちらがメインだが、刑務所を民営化すること。

本書が提言する、刑務所の民営化は、犯罪者を立ち直らせるといった「神の仕事」から完全に手を引き、「人(として当然)の仕事」を始めることである。刑務作業に資本主義的原理を導入して、その利益を被害者にまわすのだ。

刑務所のグローバル化というか、新自由主義的刑務所の確立というか。刑務作業は犯罪者の更生が目的であるため、精神修養を眼目とする伝統工芸的手作業などに偏りがちで生産性がいちじるしく低い。それを民間に委託し、まともな現代的工場へと生まれ変わらせ、中国や東南アジアに対抗しうる生産の基盤として市場に組み込んでしまおうというプランである。給料から天引きしてきっちり賠償させようというわけだ。

■タテマエを捨てれば見えてくる可能性

おそらく、旧人権派の目には許しがたい「人権侵害」にうつるはずだ。(中略)しかし、刑務所労働はもともと「懲役刑」の一環なのである。(中略)みずからが踏みにじった被害者の生命や財産を償うために週六十時間働かせることに過剰反応するのは、旧人権派がいかに犯罪被害者の救済に冷淡かをあらわしている。

本書の提言部分にかんしては、犯罪者の更生という夢(というかタテマエ)さえ放棄すればこんなやり方もありうるんだぜ、と可能性を示したものと読まれるべきだろう(民営刑務所は今年、第1号が登場したが、やはり更生支援を目的としており、中嶋の考えるものとは違っている)。そのうえで、疑問に感じたところを最後に。

刑務所民営化もアメリカに範が取られているのだが、失敗だったことを中嶋は認めている。囚人への虐待や脱走などが次々発覚し窮地に立たされているというのだ。わが国でも同様の問題が発生してくることが予想されるが、それに対し、中嶋は回避案を示していない。いくら加害者は二の次だといっても、虐待や脱獄はさすがにまずいだろう。

それから、過剰収容の傾向があるとはいえ、服役者は高齢者やハンディキャッパーなど社会的弱者ばかりでまともな労働力としてカウントするのはむずかしいと訴えたリポートもある(浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』光文社新書)。こうした現状をふまえたうえでのアイデアなのかどうか、そのへんもちょっと気になった。 (文/栗原裕一郎)
__________

【MARCデータベース】日本は加害者に甘すぎるー。犯罪者「福祉」予算2200億円! 凶悪犯の人権、いじめっ子の教育権が優遇される「犯罪者福祉型社会」を排し、日本が正義を取り戻すための「ウルトラ処罰社会モデル」の導入を提唱する。 文芸春秋 (2007/07)

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by yomodalite | 2007-09-20 10:07 | 裁判・法律・犯罪 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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