創造の狂気 ウォルト・ディズニー/ニール・ガブラー

創造の狂気 ウォルト・ディズニー

ニール・ガブラー/ダイヤモンド社



『ウォルトディズニー』 、『闇の王子ディズニー』など、興味を持ちつつ未読。もしかして、これが決定版という期待と、あとがきのホイチョイプロダクションに釣られてこちらを読了しましたが、やっぱり前記2作を読んだ方が良かったかな。

といっても厚さにめげず最後まで読まされる偉人伝にはまちがいありません。

文中、ウォルトのスタジオ内での評判の良さを描いた場面の数ページ後に、スタッフの裏切りや、ストライキ勃発など不可解な印象があり、ディズニー社や、親族取材の弊害かと思われたのですが、あとがきでのホイチョイ馬場氏の中に、その答えの一端がありました。

下記は、本書『創造の狂気』ではなく、ボブ・トマス著『ウォルト・ディズニー』と、マーク・エリオット著『闇の王子ディズニー』の参考記事。

「副島隆彦の学問道場」
http://www.snsi-j.jp/boyaki/diary.cgi?no=1&past=92

(前文略)〜「プロパガンダ」と聞いて私が思い浮かんだのは、世耕弘成(せこうひろしげ)議員でも、ナチス宣伝相ゲッベルスでもない。ウォルト・ディズニーである。そう、あのディズニーアニメーションの製作者、ディズニーランドの創設者である、ウォルト・ディズニーである。ウォルト・ディズニーといえば、大抵のひとは平和な子供の夢の世界しか思い浮かばないだろう。企業経営者などの現実的な方々であれば、大企業ディズニー社を創始した経営者という捉え方をするかもしれない。

しかし、実際のディズニー氏はそれよりもっと「政治的」なのである。具体的には、政府の意を汲んで戦時プロパガンダに進んで参画し、労働組合運動を弾圧しようとした反共主義者であり、ハリウッドの赤狩りに協力し、FBI長官フーヴァーのもとでスパイとして働いたという経歴をもっている人物である。

そして、だからこそ今日のディズニー社のような巨大メディア帝国を築き上げることが出来たのである。ただ子供のような夢を追い続けているだけでは社会的に成功できるはずはないのだ。この事実は、ディズニーの評価を上げることはあっても下げることはないだろう。

ディズニーの伝記
ウォルト・ディズニーの伝記で代表的なものはボブ・トマス著『ウォルト・ディズニー』である。原題は『WALT DISNEY: An American Original』であり、1976年に刊行された。講談社より1995年に翻訳が出ている。

この伝記は非常に「正統的」な伝記である。貧しい生まれのディズニーが苦労して映画会社を立ち上げ、せっかくの成功も詐欺にあって苦労が続き、そして最後には成功するという、いかにも典型的なサクセスストーリーに包まれた伝記である。子供の夢の世界の製作者としてディズニーを見るひとならば(それが世間一般の大多数なのだが)、この伝記は十分にその需要に答えてくれるだろう。そのためか、翻訳版には「日本図書館協会選定図書」の指定がある。
一方で、その裏版ともいうべき、ディズニーの負の側面を暴いた伝記も存在する。マーク・エリオット著『闇の王子ディズニー』である。原題は『WALT DISNEY Hollywood's Dark Prince』であり、1993年に刊行された。草思社より1994年に翻訳が上下巻構成で出ている。

この『闇の王子』、ダーク・プリンスというタイトルの伝記は、著者まえがきにあるように、正伝であるボブ・トマス『ウォルト・ディズニー』に挑戦することを意図して書かれている。正伝の『ウォルト』が取りあげなかった箇所を中心にして書かれた伝記である。20世紀映画史の裏面史としても資料的価値のある文献である。

以上の2冊を読み比べてみて、はじめてウォルト・ディズニーという人物の本当の姿が浮かびあがってくるのである。以下で引用する際には正伝ボブ・トマス著『ウォルト・ディズニー』を『ウォルト』、異伝マーク・エリオット著『闇の王子ディズニー』を『闇の王子』と省略して記載する。

ストライキと南米旅行
ディズニーの「裏側」ともいえる活動を、政府側で手引きをした人物こそがFBI長官のエドガー・フーヴァーである。さらに、フーヴァーの背後にいる人物こそ、ネルソン・ロックフェラーなのである。

このことが露見するのは、ディズニー社がとりあえず軌道に乗ったあとの、従業員のストライキ騒動の場面からである。『ウォルト・デイズニー』より引用する。

(引用開始)
1941年のストライキは、ウォルトに大きな影響を与えた。それは、政治とか従業員に対する彼の姿勢に影を落とすことになり、ウォルトをますます保守、反共へと追いやった。また、ディズニー・スタジオを従業員の楽園にしようという計画にも彼は幻滅を感じた。従業員は出勤時と退社時にタイムカードを押さなければならなくなり、昔、スタジオの初期に制作スタッフが経験したような、自由で親密なウォルトとの交流は、もう永久に戻ってこなかった。(p. 192)
(引用終了)

トマスの『ウォルト・ディズニー』に記載されているこのような文章を読むと、なぜウォルトに対して従業員が歯向かったのか理解できない。正伝ではつねにウォルトは善玉だからだ。しかし、従業員がやむに已まれずストライキに突入したのはよほどの理由があるだろう。

単純に考えれば、ディズニー社での労働環境が悪かったのだろう。今でも変わらないらしいが、アニメーターという職業は「労働集約的」な職業である。絵を書くというのは機械化、自動化しずらい作業であり、手作業である。そのため、人海戦術が必要となる。利益を上げるためには、人件費を抑えなければならない。

しかし、ここで述べたいのは労働環境のことではない。悪化するストライキの状況から逃れるため、ウォルトは「親善と映画制作を兼ねた」南米旅行に出かけるのである。『ウォルト・デイズニー』より引用する。

(引用開始)
ところで、南米旅行の話をもってきたのは、国務省米州局の調整役ネルソン・ロックフェラーの下で働く映画部の部長ジョン・ホイットニーであった。彼は、ディズニーがスタッフとともに南米を訪れ、アメリカ文化の芸術的側面を紹介してくれれば、中南米諸国に対する政府の善隣政策が功を奏すると説明した。そしてそれは緊急を要する、とホイットニーは言った。南米にはドイツ系やイタリア系の移民が多く、枢軸国に同調する空気がかなり濃厚であった。1941年半ばの時点においてアメリカ合衆国はまだ参戦こそしていなかったが、連合国を支持しており、ナチやファシズムの影響が西欧諸国に広がることを恐れていた。(p. 193)
(引用終了)

ここで、ネルソン・ロックフェラーが登場する。そして、政治的理由によりウォルトにミッションが課されたことが読み取れる。善隣政策とは、今でいえば宣伝を多用したいわゆる軍事力(ハード・パワー)に対抗する意味での「ソフト・パワー」による外交であろう。第一次大戦と第二次対戦の戦間期に、南米においてこのような植民地の駆け引きがあったことはあまり知られていない。『闇の王子(下)』にはさらに詳述されている。

ネルソン・ロックフェラーは戦時中、ローズヴェルト大統領のアシスタントを務めた
1935年から1972年までの長きにわたりFBI長官として君臨したエドガー・フーバー

(引用開始)
南アメリカへの「親善」旅行を考えついたのは、一般には国務省米州調整局の映画部長ジョン・ジェイ・ホイットニーだということになっているが、じつはロイ(引用者注:ウォルトの兄、ディズニー社の財務担当)の発案によるもので、彼がJ・エドガー・フーヴァーに、その実現に手を貸してくれるよう頼んだのである。

ローズヴェルト大統領は南アメリカでのナチス・ドイツの影響力増大に対する懸念から、国務省に新設された米州調整局のポストにネルソン・ロックフェラーを任命した。ロックフェラーは以前、ダリル・F・ザナックとオーソン・ウェルズの映画プロジェクトのスポンサーとなったこともあり、ロイの要請を受けたフーヴァーはローズヴェルトに、ディズニーもプログラムに参加させるべきだと提案した。ローズヴェルトはこの提案をロックフェラーに伝え、彼がディズニーに南米へ旅行に行かないかともちかけた。(p. 32)
(引用終了)

この南米への「プロパガンダ旅行」は、ロックフェラーの、そしてフーヴァーFBI長官によるウォルトへの指図であった。ウォルトとフーヴァーはこの時点ですでに顔見知りであったのである。では、このまったく生まれも業界も異なるふたりはどのように知り合っていたのだろうか。

ディズニーとフーヴァー
伝記作者マーク・エリオットは以下のように述べている。ディズニーがFBIのスパイであったというのは今でもスキャンダルであろう。『闇の王子(上)』より引用する。

(引用開始)
あまり知られていないことだが、ウォルト・ディズニーは1940年、39歳のときに、アメリカ政府の国内諜報部員になったのである。彼の任務は、FBI(米連邦捜査局)から政治的破壊活動をもくろんでいると疑いをもたれたハリウッドの俳優、作家、プロデューサー、監督、技術者、労組活動家の動向について報告することだった。ディズニーはFBIエージェントという自分の任務を、愛国的義務であるばかりか、気高い道徳的務めと見なしていた。彼はスパイ活動にも、かつての映画づくりと同じように、異常なまでに真剣に打ち込んだ。(p. 15)
(引用終了)

ウォルトとフーヴァーの関係は、互いに利用しあう関係である。フーヴァーはウォルトが第一次大戦でフランスへ従軍した際に、徴兵書類を偽造したのを知っていた。ウォルトは、自分の両親は実は本当の両親ではないのではないかと疑っており、その調査をフーヴァーに依頼していた。『闇の王子(上)』より引用する。

(引用開始)
フーヴァーは、彼に対して無条件に忠誠心を表す兵士として、一番小さくて力も弱かった独立系スタジオの盟主、ウォルト・ディズニーをあえて選んだ。それも当然と言えば当然だった。フーヴァーは、まだFBIの下っ端だった1918年に、第一次大戦の徴兵忌避者の追及作業に加わっている。同じころ、17歳のウォルト・ディズニーは、初めてFBIの目にとまっている。徴兵を逃れようとしたからではない。ディズニーがまだ未成年であるにもかかわらず陸軍に入ろうとして、両親の同意を得たかのように書類に署名を偽造し、見破られたためである。(p. 18)

フーヴァーはディズニーに、アメリカの将来を安泰にするのに手を貸してくれれば、FBIはその見返りに、彼の過去をいくらでも追跡調査しようともちかけたのだ。それはディズニーにとって断りきれない申し出だった。(p. 19) (引用終了)

こうしてディズニーはフーヴァーと関係するのである。また、このときのストライキに対処するため、ディズニーはマフィアとも手を組んでいた。マーロン・ブランド主演の名画「波止場」(ウォーターフロント Waterfront)は組合運動を描いた映画である。当時の政府は反共防止活動として、労働者のストライキを弾圧した。その尖兵となったのがマフィアである。つまり政府とマフィアは癒着していたのだ。

戦争プロパガンダ映画
第二次大戦に向けてアメリカの参戦が決定的となると、国家は戦争一色となる。ディズニー社も例外ではなかった。『ウォルト』より引用する。

(引用開始)
アメリカが参戦に踏みきると、連邦政府からも映画制作の注文がどっと流れ込んだ。海軍からは『航空母艦の着艦信号』を、農務省からは『食糧が戦争を勝利に導く』を、そして陸軍からは航空機識別官を対象とする教材映画を依頼された。さらにディズニー・スタジオは、ナチスに動員される若者を描いた『死への教育』、免疫注射を呼びかける『侵略に備える防衛対策』なども制作した。(p. 196)
(引用終了)

これだけならば、戦時下の映画会社としては致しかたないのだろう。事実、他の映画会社もまた同じような戦時協力映画を制作している。しかし、ディズニー映画がプロパガンダたるゆえんは次の箇所である。ここでは『闇の王子』よりも正伝である『ウォルト』の方がかえって率直に描いてしまっている。

(引用開始)
1942年12月、ウォルトのもとに、財務省の役人であるジョン・サリバンから電話があった。財務長官のヘンリー・モーゲンソーが緊急の特別プロジェクトの件で相談があるという。(中略)この仕事は戦時公債の販売キャンペーンだろうと、ウォルトは予想をたてていた。が、モーゲンソーのオフィスに着いてみると、その予想は見事にはずれた。

「実は、所得税の納税義務を国民に売り込む仕事に、君の力を貸してほしいのだ」
モーゲンソーは、こうきりだしたのである。ウォルトは当惑した。

「ちょっと待ってくださいよ。こちらは財務省でしょう。合衆国の政府でしょう。国民に納税義務を売りこむですって?税を払わなければ、監獄にでもぶち込むまでのことじゃありませんか」
そばにいた国税庁長官のガイ・ヘルバリングが口を開いた。

「そこが私の困っている点なんですよ。新しい税法でいくと、来年は1500万人の新規納税者が出てくる。だが彼らが納税義務を怠ったからといって、1500万人を起訴するなんて、とてもじゃないができるわけがない。そこでだ。税とは何であるか、戦争に勝つために税金がどんな役割を果たすのか、彼らにわからせなくちゃならないんですよ」(中略)

「国民の気持ちとして、公債を買えば、それが戦争の資金になると考える。ところが、公債はどうやって返済するのか ― 税金によってじゃないですか。税金不払いの国民を起訴するというのが我々の目的ではない。納税が愛国的な行為だということをわかってもらって、国民に積極的になってもらいたいんですよ」(p. 199)
(引用終了)

財務省の要請を受けて、ディズニーは自社の人気キャラクターであるドナルドダックを使って、分かりやすくて面白い納税を説明する『新しい精神』(The Spirit of 43 )という映画を作った。その結果は大成功であった。(実際の映画は、 こちら から観ることが出来る)この映画では、「Taxes to bury the Axis(税金(タックシズ)を払って枢軸国(アクイシズ)のやつらをを葬り去る)」というスローガンを掲げた。さらに、『闇の王子』から引用する。

(引用開始)
財務省の統計によれば、この映画は結局、6000万人の国民の目に触れ、一方、ギャラップ世論調査は、納税対象者のうちの実に37パーセントが、『新しい精神』を見て税を納める決心をしたと発表した。(p. 201)
(引用終了)

このように、ディズニーは政府の納税プロパガンダに全面的に協力して成果を収めた。さらに、戦後はハリウッドの「赤狩り」に対して協力をしている。晩年のディズニーの成功は、戦時および戦後の政府への協力が陰に陽に作用していると推測することはあながち間違いではないだろう。

メディアとプロパガンダ
ディズニーはこのあと、テレビに大々的に進出して大成功を収めることになる。晩年には遊園地、「ディズニーランド」の建設が行なわれ、ディズニー社の重要な収入源となった。

ディズニーの死後、一族による内紛があった後に、モルガンやラザール・フレールなどの投資会社、あのウォーレン・バフェットなどの投資家が現われて、経営を一族から取り上げたあとに、投資家の利益を代弁する経営者が現われる。それがパラマウントから招かれた当時30代のマイケル・アイズナー(Michael Eisner)であり、20年以上に渡ってディズニー社を支配した(2005年に辞任、現在のCEOであるのは、ネットワークテレビ局のABCとディズニーの合併を実現させた、ABC出身のボブ・アイガーという人物)。ディズニー死後のディズニー社の遍歴については、早稲田大学教授の有馬哲夫の『ディズニー千年王国の始まり』(NTT出版)が詳しい。

ディズニーの元CEO、マイケル・アイズナー
ディズニーはメディアにおいて常に新しい可能性を引き出し、それを娯楽として利益を上げる一方で、政府機関に仕えてきた。メディアというのは手段あるいは道具であるから、娯楽として使用できるとともに、プロパガンダとしても使用できてしまうということが、ディズニーの生涯を見ると分かるのである。

とくにキャラクターを使用したプロパガンダについては、アニメが全盛の現在の日本においては他人事ではないだろう。娯楽として楽しんでいるアニメがいつのまにか政府機関のプロパガンダになっているかもしれないのだ。すべてのメディアには気をつけないといけない。

以上
吉田(Y2J)筆
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【作品紹介】 【ロサンゼルス・タイムズ出版賞・伝記部門大賞(2006年度)】創造の天才か、闇の王子か−。ディズニー社の全面協力を得ながら、同社の検閲を受けずに出版されたウォルト・ディズニー伝の決定版。過度に美化や否定をせず、ディズニーの業績の偉大さと人間としての弱さを冷静に描く。


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by yomodalite | 2007-09-19 20:07 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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