生涯助ッ人回想録/川内康範

生涯助ッ人 回想録

川内 康範/集英社



集英社長澤潔インタビューによる回顧録。

山本夏彦翁によると、正義と良心を売るのは最も恥ずべきことだと聖書にあるそうです。川内氏は、作詞家や脚本家などで、お金を稼いで自ら信じる「正義」を熱く生きた。

正義の道は泥の道。。。。国士が本当に国のためになったかどうかは、その後も歴史検証が必要なので、亡くなった後にしかわかりませんが、亡くなった後にだって、なかなかわからない。

社会奉仕の精神は、まず、それを糧としないことを、テレビ局、中田英寿、サニーサイドアップ、ボランティアや、NPOに関わろうという人はわかりたくないようで、イイことをして、お金をもらって、Win Winだと思っているひとは、次々と「商品」ばかりを思いつくようです。○○バンドとか、エコバッグとか。。。

「たけくまメモ」
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福田赳夫による『吾等原爆に降伏せず』ノーベル書房 1995年刊の序文全文

「康範よ、強情に国士として生きよ」

私はこれまで川内君を作家として交際するというよりも、国士として遇してきた。
30数年にも及ぶ同君との交際をふりかえってみて、 康範は日本の運命を考えてきた人物として、私の知るかぎりの知己の中では、もっとも異才であり、常に日本の政治の停滞を憂えることにおいては正気の人であった。

その康範が今度、終戦50周年を記念して、テレビドラマ『吾等原爆に降伏せず』を書き、出版のためその序文を私に求めてきた。
 
これは、日米戦の不幸な戦争の中において示されたふたつの重大な問題への率直な提起したものだ。
 
ひとつは、広島、長崎に投下したゲンバクであり、ひとつは天皇陛下の御聖断についてである。
 
アメリカは、原爆降伏説をもし肯定すれば、それはゲンバクへの肯定であり、核の有効性を認めた事になる。康範は、その根底の部分を明らかにすることが、わが国の非核三原則、戦争否定の姿勢を示す基本であると主張している。
 
私もまた同感であり、本書に込められた日本の作家としての川内康範の反骨ぶりの健在をよろこぶものである。
 
不思議なもので、康範は『月光仮面』で正義の助っ人たらんとし、『誰よりも君を愛す』で真の男女の愛とは情死であると説いてきた。日本の文壇では不遇であったが、彼の生きざまは、詩集『憤思経』に見られるように、時には時流に反逆し、しかも王道を貫いてきたことはひとつの希有でさえある。
 
このシナリオは、時を得て必ずや映像化される時の来ることを私は信ずる。さいわいにして中庸の人である、竹下登氏がこの作品を支援しているのはむべなるかなの感がある。

 「康範よ、強情に国士として生きよ」

五月、OBサミットを前にしてこれを刻す。
福田赳夫(平成七年四月二十八日)

◎目次

序詞/この世に生まれて

第1章/おいたち
函館の貧しい寺に生まれ、小学校卒業で実業に。炭坑での悲惨な経験から共産主義の
影響を受ける

第2章/作家の夢、茨の道
上野のドヤ街に寝泊まりし、月島の埋立工事へ。本のために血を売ることを覚える。朝日新聞の勧誘員から東宝の演劇部へ

第3章/悲憤の海兵
横須賀海兵団に入るものの、気管支炎により兵役免除。

第4章/敗戦よ、天皇陛下よ
東京大空襲下、3度焼け出される。玉音放送を、新宿「第一劇場」で聴く。天皇が責任を明確に出来ないことへの疑問が湧きあがる。

第5章/自由と表現の狭間で
「特攻隊は犬死にあらず」という視点からGHQの通達に背いて『遺書』を上演。この時の取り調べにあたったキース中尉から有楽町に限って上演を認められ、その後も頻繁に雑談する仲となる。

第6章/見棄てられし者たちに手を
シベリア抑留者、南方のB級戦犯の返還運動から、その後遺骨収集運動を始める。政治家の知り合いが増えるが、国はストレートには動けず、自力での活動は続く。書き過ぎと言われるぐらい連載、台本を書きまくる。

第7章/なぜ、月光仮面か
爆発的ヒット『月光仮面』は仏典にある「月光菩薩」から。子供たちから絶大な人気を得るものの、一部マスコミや教育者からの批判が噴出し、人気絶頂でありながら自ら放映中止に。

第8章/沖縄に投げかけた正論
沖縄の人々への深い情愛から「独立論」を発表するも、一握りの沖縄人に理解されただけで、大勢の抗議に合う。

第9章/自民党との愛憎の旅
遺骨収集運動を通じて自民党との縁が出来るが、自由主義者の立場から、自民党への内部批判を続ける。「共産党アレルギーを克服し、下野せよ」

第10章/歴代宰相の素顔
歴代総理の私的政策顧問の日々。政界との関わりは、佐藤栄作に依頼され東南アジア諸国への援助の実態調査から始まるが、何れも顧問料はもらっていない。
佐藤〜人事の佐藤と呼ばれるぐらい人を使うのは上手いが国際的な問題になると情緒が先立つ。
東京都知事選挙では美濃部の対立候補として秦野章をかつぐ。

福田赳夫〜OBサミットを最大評価、高度経済成長に反対し、狂乱物価を静めた。
鈴木善幸〜行政改革での「聖域は認めない」発言。行政改革に体を張り、辞任も見事だった。
宮沢喜一〜官僚として非常に優れているが毛ずねを見せない男。芯は強く嘘は就かない。
竹下登〜非常に親しい関係。気配りの人だが叩かれ強い。経済に強く、消費税を断行した。褒めめ殺し事件の時は、川内が右翼と渡り合った。

第11章/田中角栄はなぜ国賊とされたか
田中角栄〜男っぽく、気があった。(ゴルフ時)7ホールぐらいまでは慎重だが、ひとつコケ出すとどうしようもなくなる。政治家としても同じ所があった。田中内閣が成立すると、痛烈な田中批判を展開するが、ロッキード事件は、最初からアメリカの陰謀とする説で一貫している。田中逮捕の直後に米「ワシントンポスト」に意見広告を試みるが叶わなかった。「田中は民族主義者」だった」

第12章/絶望と愛と
政治に疲れ、結婚にも何度も破れ、海外へと旅立つ。この時期(1975年開始)に始まった「まんが日本昔はなし」は唯一の救いとなる。ハワイに渡り、『レインボーマン』のバカ受けを知るが、マーチャンダイジングは一切入っていなかった。そのことを報せてくれたシカゴからバケーションで来ていたクリスティーナと結婚する。彼女は犯罪専門の弁護士上がりで、NYに家を持ち、母はロシアとドイツ系のアメリカ人で、日本の男性との間に生まれた女性だった。

第13章/かい人21面相よ、殺すなかれ
1980年半ばに起きた「グリコ・森永事件」の際、無印の毒入りお菓子をばらまくと言い始めたのをきっかけに「週刊読売」紙上で、犯人への呼びかけを始める。
★川内〜「卑怯な脅迫はやめにして、悪党の義侠らしい所業を示してほしい」
Xデーが回避された後、
★川内〜「君たちはまぼろしのスターだ。その幻のまま、永久の謎とし、このまま歴史の中に封じ込まれてくれまいか。その代償として、1億2千万をプレゼントする」
2千万を自家から、あとは借金で実際に金を用意し、受け渡し方法まで考えた。

★「かい人21面相からの手紙」〜

川内はん え
わしらも 月光仮面 見たで
おもしろかった
あのころの テレビは あんしんして みれた
いまの テレビ めちゃくちゃや
世の中 くるっとる
 
あんた 金 プレゼントする ゆうたけど わしら いらん
わしら こじきや ない
金の ない もんから 金 とる気 ない

金は じぶんの ちからで かせぐ もんや
せっかくの へんじ あいそなし やったな
からだに 気つけや

わしらの人生 くらかった
くやしさばかり おおかった
わしらがわるく なったのも
みんな世の中 わるいんや
こんなわしらに だれがした
あすはわしらの 天下やで


★川内〜「悪い世の中なら、すこしでもよくするようにしようではないか。せっかくの義侠、出し惜しみせずにサンタクロースになると約束してくれ。私とこれからは心を通いあわせて欲しい」

このような一連の行動は「売名行為」との有名週刊誌による批判も受け、また犯人たちの攻撃もエスカレートしていった。川内の呼びかけは、この後も続き、益々熱を帯びたものとなっている(必読!)

第14章/私はなに故にものを書いたか
1941年に初めて小説を発表してから、文学を目指す歩みは続いていた。中川与一、富沢有為男、鈴木善太郎、林房雄との縁。1951年春、未完の作品を含めて焼き捨て、大衆紙を中心とした仕事が始まる。

シナリオ:『月光仮面』
小説:『骨まで愛して』「恍惚』『君こそわが命』
歌謡曲作詞:『骨まで愛して』『君こそわが命』『誰よりも君を愛す』『恍惚のブルース』『伊勢佐木町ブルース』『おふくろさん』『花と蝶』『およしなさいよ(座頭一)』

第15章/世界の民のためにできること
通称「川内機関」と呼ばれた、ホテルニュージャパンの事務所には様々な人種、多様な国籍の人々が来ていた。アジア、中国にとどまらず、1979年のニカラグア革命や、ネルソン・マンデラの件にも関わった。
国際貢献を考え直せ、必要以上の援助はその国の勤労意欲をスポイルさせる。デメリットを計算せよ。

第16章/歌は国の鑑なり
不遇の立場の歌手ばかりが川内の元に連れてこられ、そこから大勢のスターが生まれ、どん底から復活した元スターもいた。松尾和子、青江三奈、水原弘、森進一、三橋美智也。。。平尾昌晃、曽根幸明、美空ひばりの弟に作曲を薦め、勝新太郎に歌を歌わせた。小林旭、渡哲也、杉良太郎を俳優として預かる。川内の歌を最初に歌ったのは森繁だった。

第17章/生き方はただひとつ
安保運動の中、日比谷公会堂で、
大江健三郎の「反安保は日本の主体性を米国から奪回することだ」と言ったのに対して、「そりゃ、安保を反米にすりかえることだ」と言残し退場する。全学連の暴走に歯止めをかけようとしていた機動隊は、マスコミから権力の象徴として批判されると、機動隊員に社会の秩序を守るものとしての誇りを持って欲しいと、『この道』、『この世を花にするために』のレコードを製作し、「自衛隊友の会」の初代会長をあえて引受ける。一部マスコミの三島の死が犬死であるとの記事への憤怒から、「三島由紀夫氏追悼の夕べ」の発起人となるも、三島崇拝者とは意見が合わず、距離をおくことになる。

特別寄稿/今こそ憲法を越える不戦の決意を持て 
常に高い志には共感し、最大限の応援をするものの、それが単眼的になると、必ず距離をおく。人生すべてを通し、このように複眼的な視点で、一貫した姿勢を貫いた人は本当に希有であると思う。最後の章は、日本の永久的な不戦の決意を説いた文章だが、現在の「9条の会」に、このような覚悟をもった人間がどれほどいるだろうか。
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【BOOKデータベース】 日本最後の無頼、疾風の人生絵巻!永遠のヒーロー『月光仮面』を生み、愛と別離の運命を描いた『誰よりも君を愛す』で日本レコード大賞をとり、『花と蝶』『君こそわが命』『おふくろさん』など大ヒットをとばした男、川内康範。歴代宰相の懐刀として、政界水面下で躍動!「生涯助ッ人」を信条に、危険をかえりみず、あらゆる権威に立ち向かう。「巷の雑犬」、「文化やくざ」と自から称する男、七十七年の無頼人生は、さながら火を吹く事件簿だ。

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by yomodalite | 2007-09-05 14:08 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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