「慰安婦」問題とは何だったのかーメディア・NGO・政府の功罪/大沼保昭

「アジア女性基金」の理事であった著者による「慰安婦問題」の総括本。
NGOや、メディアは、国家補償だけが唯一無二の被害者の意志であり、それなくして、「慰安婦問題」の解決はありえないとし、韓国の被害者支援団体は、被害者が基金の補償金を受け取ることを拒否するよう指導し、解決を遅らせた。

「慰安婦問題」は、元慰安婦への補償問題ではなくなり、高度な政治問題となる。

アジア女性基金の失敗を論じたメディアは多かったが、理事であった著者の苦闘の歴史は現実的で、いわゆる「左派」とは異なり、批判されることに慣れず、独善的になりやすいNGOの弱点をよく理解している。

◎下記は、呉 智英氏による「日刊新書レヴュー」より

慰安婦についての議論は、いくつもの論点といくつもの立場が錯綜している。

論点は、まず第一に、慰安婦の実態はどのようなものであったかであり、第二に、その慰安婦であった女性を我々はどう扱うかであり、最後に、海外からの慰安婦関連の日本批判にどう対応するかである。そして、論点ごとに論者の立場がちがっており、意見がちがっている。

本書は、元慰安婦への“償い金”であるアジア女性基金の理事を務めた政治学者による、その苦闘の記録である。当然、第2の論点が中心になり、立場としては元慰安婦救済ということになる。私とは考えが近いものもあり、ちがうものもあるが、報道などではわかりにくいこの種の活動、任務の困難さが細部にわたって記録され、非常に興味深い一冊となった。

私自身は慰安婦について、次のように考えている。
特別な存在ではない。しかし、救済するのは当然だ

慰安婦は基本的に娼婦である。本質において、現在のいわゆるフーゾク嬢などと変わらない。交戦国、敵国であった支那(「支那」は世界共通語であって差別語ではない。日本人に限って「支那」を禁ずることこそが差別である)やオランダ他の女性は別として、選挙権・被選挙権も順次認められていった同じ大日本帝国臣民たる朝鮮人の女性を性奴隷として強制連行するなどということは考えにくい。事実、そのような証拠は何一つない。

とはいうものの、現代とは圧倒的にちがう貧困と不十分な教育、そして同一国内における格差(内地と朝鮮地域)の上に、甘言や瞞着を以って娼婦を集めたのだから、昨今のコギャルや出会い系の援助交際とは同一視できない。

現在、健康上も経済的にも困っている元慰安婦が多いからには、これに救済の手を差し伸べるべきだろう。ただし、これを“償い”とするのには異論がないわけではないが。

ともあれ、現実的に困っている人がいれば、元娼婦であろうと病人であろうと失業者であろうと、救済に尽力して悪いはずがない。
最近、アメリカを含む外国からの理不尽な日本批判が出ている。マイク・ホンダ下院議員らが中心になって、日本に謝罪要求する決議が可決された。事実認識が誤っているだけでなく、背後に謀略的な動きもあるようだ。こういうものに対しては、元慰安婦救済とは別に、断固として反論すべきである。

こう考える私は、結果的に著者の行動に共感するところが多い。

著者は、本書でくり返し述べている。元慰安婦は高齢になり、病院にも満足に通えず、支えてくれる家族もなく、経済的にも困窮している。政治的イデオロギー論争は措いておいて、まず実際に、とりわけ金銭的に、彼女たちを救わなければならない、と。

原理主義者 対 現実主義者
ところが、民間からの醵金(きょきん)で始められたアジア女性基金は、日本の保守勢力よりも、イデオロギストの活動家たちに翻弄される。韓国内では、公式の国家賠償でなければ金を受け取るべきではないとする人たちが現に困窮している元慰安婦に圧力をかけ、日本国内でも、同様の人たちや一部のフェミニストたちが基金を欺瞞だと批判した。

こうした非現実的な批判を反批判しつつ、著者は多忙な本務の時間を割いて元慰安婦救済に奔走する。いわば、究極の理念のみを判断の基準にする原理主義者と対決しつつ、実(じつ)のある運動を進めようとする現実主義者が著者なのである。

NGO、NPOというと善玉と受け取ってしまう人たちや、単純な図式で一見わかりやすい世論を作りたがるマスコミへの批判も随所に見られる。これもまた実践を踏まえた見識である。 (文/呉 智英、企画・編集/須藤輝&連結社)

[目次]
第1章 「慰安婦」問題の衝撃
Ⅰ. メディア、NGO、日本政府
Ⅱ. 村山内閣とアジア女性基金の設立
第2章 アジア女性基金とメディア、NGOの反応
Ⅰ.  アジア女性基金の発足
Ⅱ. 5つの国・地域での償い
第3章 被害者の視点、被害者の利益
Ⅰ.  「慰安婦」問題の評価
Ⅱ.  被害者の願いとそれへの対応
第4章 アジア女性基金と日本政府の問題性
Ⅰ.  アジア女性基金の失敗
Ⅱ.  日本政府の対応と政策
第5章 償いとは何か―「失敗」を糧として
Ⅰ.  何が「失敗」をもたらしたのか 
Ⅱ.  法的責任論の誤謬
Ⅲ. 道義的責任のはたし方
Ⅳ. 総理のお詫びの手紙
Ⅴ.新しい公共性の担い手とは
終章 二一世紀の日本社会のあり方
Ⅰ.  中国、韓国とのつきあい方
Ⅱ. 日本社会の可能性
あとがき
「慰安婦」問題関連年表

《参考サイト》
◎「愛・読書博」
_________________________

[BOOKデータベースより]一九九〇年代以降「慰安婦」問題は、「歴史認識」の最大の争点となっている。政府は軍の関与を認め謝罪。市民と政府により被害者への償いを行う「アジア女性基金」がつくられた。だが、国家関与を否定する右派、国家賠償を要求する左派、メディアによる問題の政治化で償いは難航した。本書は、この問題に深く関わった当事者による「失敗」と「達成」の記録であり、その過程から考える新たな歴史構築の試みである。 中公新書 (2007/06)





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by yomodalite | 2007-08-26 22:07 | 政治・外交 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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