裏切られた三人の天皇 — 明治維新の謎/鹿島昇

裏切られた三人の天皇―明治維新の謎

鹿島 ノボル/新国民社



根拠には乏しいものの、トンデモ説とはいえないと思う。

下記は、
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/09/post_5c5b.html から。

ーーー鹿島 によれば、吉田松蔭は偽朝である北朝の天皇を倒し、正統である南朝の天皇を立てることによる南朝革命論を打ち立てており、南朝方の菊地家の末裔である西郷隆盛がその考えを聞き、薩長連合が誕生したというのです。そして岩倉具視と伊藤博文の策略によって北朝の孝明天皇と睦仁親王が殺され、長州に匿われていた南朝の末裔である大室寅之祐が睦仁親王とすり替えられ、京都に行き明治天皇として即位したというのです。

その証拠として、親王時代には病弱なイメージであったのに明治天皇になってからは馬術にも長けたたくましい姿に変わっていること、北朝の天皇である明治天皇が南朝正統論を発表したこと等を上げています。
 
あまりにも荒唐無稽な説であるので到底信じられない話ですが、鹿島の本の中には、社会党の前国会議員であった山田恥目が、国会で某自民党の議員から「大室近祐と南朝天皇家のことを調べ直して、日本の歴史を明らかにしよう。」いう議員提案が提出されようとしたが、それを見た岸信介と佐藤栄作がその書類を握り潰して提案を揉み消した現場を見たとか、以前大室家にある宮様が来て大室近祐に「近祐の孫を天皇家の養子にもらえないか、昭和天皇にも了解を得ている。」と言ったが、その話を断った等具体的な話が書いてあります。
 
明治天皇すり替え説の詳細については、鹿島の本や鹿島の研究の後継者ともいうべき松重楊江の本を読んでもらえればと思います。また、Google等で「大室天皇」と検索すれば、鹿島や松重の本にも書かれていないより荒唐無稽なことが書かれているサイトが見れます。いずれにせよ明治天皇すり替え説は、具体的な証拠となるものがなく、基本的には大室近祐の話などが元になっているだけで根拠が乏しいと言えます。

「明治天皇はすり替えられた?」
http://3297.jugem.jp/?eid=154

【目 次】
第1章/孝明天皇は暗殺された—毒殺説を検証する
第2章/孝明天皇暗殺始末—犯人は岩倉、伊藤と長州忍者
第3章/田中光顕、明治天皇すりかえを告白—南朝の末裔、大室寅之祐を天皇にした
第4章/自らの出自を否定した明治天皇の「南朝正統論」—なぜ天皇すりかえは可能だったか
第5章/岩倉欧米使節団の帝国主義参入—西郷隆盛はなぜ殺されたか
______________

【内 容】本書のなかで著者が展開する史観は三人の天皇、すなわち孝明天皇、その子睦仁、及び実は大室寅之祐の明治天皇は、或いは明治維新を推進した岩倉具視や木戸、伊藤、山縣、大久保たちに暗殺され、或は裏切られた悲しい存在であったという事実である。
まず孝明天皇は長州藩の忍者部隊によって暗殺され、その子睦仁も即位後直ちに毒殺された。 そして、睦仁の身代わりになった明治天皇は実は南朝の末孫という長州力士隊の大室寅之祐であり、孝明天皇の子ではなかったというのである。 (新国民社・1999)


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by yomodalite | 2007-04-10 21:33 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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