神々の軍隊〜三島由紀夫、あるいは国際金融資本の闇/濱田政彦

日本の神々を私はよく知らない。ただ、かろうじて出逢う事ができた明治の人を思い出すとき、それが何だったのか探っている状態です。

あらためて、この本を読んで感じるのは226事件に対して見せた天皇の怒りは本物だったということ。昭和天皇は科学的知性の人でした。

青年将校たちは、天皇を勝手にイメージし「神」という名で崇拝していましたが、明治以降に急速に始まった、未熟で疑似的な一神教では、神に見捨てられることは想像できなかったのでしょう。

青年将校たちも、また知識人を含む多くの日本人も、天皇に求めていたものは、完全無欠な“父親”でした。事件直後の昭和天皇の一切迷いがない決断と、開戦時のそれを比較すると、天皇が日本の敗戦を利用した疑惑については今後も検証を要しますが、戦後に生まれた私はそれを天皇の裏切りとは思わない。

日本の王の判断として、磯辺の革命が成功していたら、日本は国際金融資本にではなく、アジアの闇に沈んだはず。科学と宗教を分けざるを得ないのも、政治に嘘が必要なのも、人間社会の限界でしょう?

三島は、仮に自衛隊での決起が成功してもいずれ散る運命であることは知っていたのではないかと思う。散ることの意味と、狂気の系譜に連なることの方を欲したのではないか。

出口ナオは、今甦ったならグーグルに八百万の神を発見しただろうか?

昭和天皇は、皇室の未来の繁栄を願っていたのだろうか。国民に自然な形で徐々に天皇を必要としない国になることに反対する意志はなかったのではないか? 皇室に男児が生まれない不思議に、生物学者でもある天皇が疑問を持たなかったとは思えません。

今上天皇は、滅びの美学や伝統への批判精神に本来は感性を合わせやすい人だと思う。しかし開かれた皇室という、かつてないストイックな皇室生活に長年耐えることで、昭和天皇の罪を償おうとされたのではないかと思う。今でも忘れられないのは、悠仁様の誕生時の笑顔。。。あの笑顔はこれまで見たことのない、天皇としての“顔”ではなかった。

かつて、この国では、磯辺の呪詛も、三島の血だらけの生首も、神にしてきた。
荒ぶる魂を奉ることは、未来にこそ必要だと思う。

★★★★☆

☆参考サイト
◎2.26事件の結末「ジャパンハンドラーズと国際金融情報」
◎シュトラウシアンの「高貴な嘘」「ジャパンハンドラーズと国際金融情報」
____________

【目次】
第1章 我モトヨリ生還ヲ期セズ…
第2章 孤高の神言
第3章 神々の第一陣
第4章 舞台演出家は黒幕
第5章 邪神舞踏会
第6章 黒子たちの地下工作
第7章 深層海流
第8章 天網恢恢粗ゆえに漏らす
第9章 目をそむけた親神
第10章 死屍拾うものなし
終章 失われし故郷への帰還

【MARCデータベース】三島は歴史上の反乱者たちが見せる「狂気」に注目した。それはすなわち、天皇を守る「神々の軍隊」の武士道的狂気であった。だが、天皇は「神」だったのか、それとも「道具」だったのか。最後の日本人を描くノンフィクション。




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by yomodalite | 2007-03-16 14:15 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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