マイケルとバーンスタイン、混沌とする世界におけるアーティストの役割

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20世紀のクラシック音楽界をリードした作曲家で、指揮者としても有名なレナード・バーンスタインと、マイケルの共通点とは・・・

大統領選の混乱後、しばらくしてから投稿されたDancing with the Elephantの記事を翻訳して紹介します。


source : https://dancingwiththeelephant.wordpress.com/


リーシャ:こんにちは、ウィラ。この前の会話から大分経ったわよね。


ウィラ:そうね。あれからすごくいろんなことがあったものね。


リーシャ:ホントにね。アメリカでは、日々のニュースに追われないでいることがむずかしいほど政治の混乱が続いてる。でも最近すごく心に響くことがあってね。

1970年の7月5日のボストン・グローブ紙に載った、指揮者であり作曲家であるレナード・バーンスタインの言葉。彼がタングルウッド音楽祭で行った、「混乱する世界におけるアーティストの役割」っていうスピーチで言ったことみたい。


「アーティストこそが、いまのこの世界で、最終的に我々を救うのです。感じる人、考える人たちです。そういう人たちが、大きな夢を言葉にし、人々に知らせ、挑戦し、主張し、歌い、叫ぶのです。アーティストだけが、“未知”を現実にできるのです。」


ウィラ:教えてくれてありがとう!なにもかもが素敵な言葉ね。特に最初の、「アーティストこそが・・・」と言い切っているところ。


世界を取り巻く不正義や暴力とか、アメリカで増大している不寛容な空気について読んだり、気候変動がすごいスピードで進んでいくことや、最近の政治的な変化に私たちがついて行けないばかりか、もしかしたら間違った方向に後退しているんじゃないか、なんてことを考えていると、人類はこの先生き延びていけるのか、不安になるわよね。


リーシャ:たしかに危うい時代よね。


ウィラ:ほんとにそう。崖っぷちに立たされている感じ。でも望みがないわけじゃない。それはアーティストなのよ。


リーシャ:そう!アーティストは、私たちが今どこにいるのか、どこへ向かうべきなのか、を示す重要な役割を負っている。私たちの、想像したり、ものを生み出し、実現していく力の最先端を彼らは見せてくれる。


ウィラ:まったくその通りだわ、リーシャ。バーススタインが言っているように、「アーティストだけが “未知” を現実にできる」のよ。本当にそう思う。そして、「その変化を起こす」ためには、もう一人の、あの予見力をそなえたアーティストが言ってるように、まずはその変化をはっきりと思い描くことが必要。そして、みんなにそれを気付かせることが必要なのよ。

新しい人のあり方を想像する、それを実現するために人々に「気づき」を促す。これらふたつは、社会変革をもたらす上でもっとも重要且つ困難なステップ。それができるのはアーティストだけだと思う。“未知” を可視化して、人々に注意を向けさせる能力を持っているのはね。


リーシャ:そこよね。その具体的な例としてあげられるのが、レナード・バーンスタインとマイケル・ジャクソンの仕事のしかただと思う。

バーンスタインは、アメリカの音楽を広い視野から見て、すべてのアメリカ人が共鳴できるような「アメリカ的」音楽の要素とはなんなのかを理解しようとしたパイオニアの1人。彼は早くからアメリカの音楽における高級と低級の区別に疑問を呈し、その区別の背後にある人種的な政治についても考え、その立場から終生逃げなかった。


ウィラ:マイケル・ジャクソンがいかに高級芸術と大衆芸術の垣根を曖昧にしたか、については、すでに何回か話し合ったわよね。アンディ・ウォーホールや、フレッド・アスティアや、サルバドール・ダリ、ジャン・コクトー、ウォルト・ディズニーまで引き合いに出してね。あなたの言うとおり、バーンスタインも両者の架け橋になるような仕事をしたのよね。


リーシャ:そう。バーンスタインは、交響曲を作っているのと変わらず楽しみながら、ミュージカルや映画の音楽も書いたし、ナイトクラブでさえも演奏した!作曲家として、指揮者として、「真面目な音楽」と「人気音楽」を分けているものは何なのかを問い続け、音楽の形式によって差別することを拒み、音楽を市民の社会参加の形として使った。彼はパフォーマーとしても規模の大きな人だった。だから、彼がマイケル・ジャクソンの大ファンだったことは、驚くにはあたらない。

作家のジョナサン・コットは、バーンスタインの自宅に招かれてディナーをとりながら、実質的に最後になったインタビューをしてるんだけど、バーンスタインのマイケル・ジャクソンに対する称賛をこんなふうに書いている。


注目すべきは、人生や仕事のすべてにおいて、バーンスタインは分野を限定せず「熱狂する人(enthusiast)」であったということだ。ディナーでの会話の中で彼は、「熱狂(enthusiasm)」という言葉はギリシャ語の形容詞で神を内包する」という意味のentheosから派生したものであり、entheosはオリンポスの丘に住む神々がそうであったように「老いることなく生きる」という意味も含んでいるんだ、と教えてくれた。バーンスタインの熱狂する気質をよく表す逸話として私が好きなのは、1986年にロサンゼルスのロイスホールで彼がニューヨーク・フィルを率いてコンサートをした際、当時28歳だったマイケル・ジャクソンをそこに招いたときのこと。時代を超えた音楽の「申し子」の一人として、バーンスタインは熱狂的にマイケル支持していた。マイケルはバーンスタインの超激しいパフォーマンスに圧倒されて、休憩時間に楽屋に行き、この同時代の音楽界の巨人に、尊敬と称賛の言葉を贈った。大喜びしたバーンスタインは、両腕でマイケルを抱えて持ち上げ、唇にキスした。地面に降ろされたとき、びっくりしたマイケルからやっと出た言葉は、「いつも同じ指揮棒を使うんですか?」だった。


(1986年のロイス・ホールで2人が会ったとき?)


ウィラ:すごくいい話ね!バーンスタインがマイケル・ジャクソンを思いっきり抱き上げている絵柄って、素敵!才能と創造性に富んだ人たちが、どれだけマイケルのことを同族として認めているか、びっくりするほどよね。バリシニコフもマイケルのダンスのことをそんなふうに話していたわよね。(*2)

でも、マイケル・ジャクソンがスターにボーッとしているところを想像すると笑っちゃう。彼が自分の尊敬する人に会って舞い上がってしまったっていう話は、バーンスタイン以外にも読んだことがあるから、実際ときどきはあったんでしょうけど。


リーシャ:そうよね、マイケル・ジャクソンのほうが明らかに大スターなんだから、おかしいわよね。おまけにバーンスタインの熱狂的な挨拶への対応が、指揮棒についての質問だなんて!


ウィラ:ほんとにね。デイヴィッド・マイケル・フランクがジョー・ヴォーゲルに言ってたことを思い出したわ。フランクは、2009年の春にマイケル・ジャクソンとクラシックのアルバムの製作をしていて、それは、生前最後の数ヶ月間、『THIS IS IT』のリハーサルとともにマイケルが何よりも熱を入れてやっていた仕事なのよね。


フランクはジョー・ヴォーゲルに、バーンスタインの指揮棒についてこう語っている。


「いつかマイケルの家族が、彼への捧げ物としてこの音楽をレコーディングして、彼の芸術の深さを世界に示してくれることを願ってる。マイケルに言ったんだ。レコーディングの際には、私がオークションで買ったバーンスタインの指揮棒を使うつもりだって。そうすれば彼のやる気が倍増するってわかってたから。」


リーシャ:そうなんだ!素敵じゃない?


ウィラ:実現してれば素晴らしかったわよね。フランクがバーンスタインの指揮棒を振って、マイケル・ジャクソンが作ったクラシック音楽を指揮しているところ、見てみたかったなぁ。


リーシャ:いつか生で演奏されるかもしれないわよ!


ウィラ:絶対その場にいたいわよね!バーンスタインとマイケル・ジャクソンが会えるようにアレンジしたディヴィッド・パックが書いているところによると、二人はお互いに大ファンだったみたい。バーンスタインは自分の誕生日の数日前にロサンゼルスにいたんだけど、パックが、誕生日のお祝いは何がいい?って尋ねたたら、「間髪おかずにレナードが言ったんだ。『マイケル・ジャクソンに会いたい』ってね」パックはそう書いてる。元の記事はもう削除されちゃったんだけど、Reflections on the Danceっていうサイトに、再掲載されていて、その時のことがわかるわ。(*3)


リーシャ:夢中で読んじゃう記事よね。その夜レナード・バーンスタインとマイケル・ジャクソンが何を話し合ったか知りたいなぁ。


ウィラ:私も!


リーシャ:私が思うに、この記事にあるディナーパーティーは、マイケル・ジャクソンがニューヨーク・フィルのコンサートをロサンゼルスで聞いたのと同じ日じゃない?。マイケルの着ている服がどの写真でも一緒だもの。上の写真ではバーンスタインはタキシードを着てて、ディナーでは普段着になってる。指揮者はたいていコンサートのすぐあとに着替えるし、ホールの外ではタキシードを着たりしないでしょ。だから、ディナーパーティーはコンサートの直後だと思う。


ウィラ:あなたの推測通りだと思うわ。楽屋で会ったあと、マイケル・ジャクソンがクインシー・ジョーンズを伴って、バーンスタインとのディナーに行ったと考えるのが自然よね。


リーシャ:ええ。そしてたぶんバーンスタインは、その時の会見がマイケルと一緒に作品を作ることに繋がれば、と思っていたんじゃない?。パックによると、「レナードはマイケルにクラシック音楽のことを教えたかったし、たぶんクラシックとポップスのコラボをしようと誘ってたかもしれない」マイケル・ジャクソンに、クラシックを教える必要なんかないってことを彼らは知らなかったのかもね。ジャーメイン・ジャクソンが「ユー・アー・ノット・アローン」で書いているように:


マイケルは音楽を感情面からだけなく「科学的に」とらえていた。バウモントドライブに引っ越した時(1972年)から、彼は作曲を勉強し始め、科学者が人のDNAの構造を理解しようとするのと同じ方法で、他の人がどうやって曲を作っているのか理解しようとしていた。2人でラジオのクラシックを流す局にチューニングして、流れてくる曲の構造を聞き取ろうとしたよ。どんな構造がどんな色やムードや感情を生み出すのか「探る」んだ。彼には大好きなクラシック曲がたくさんあった。弦楽器でゆっくり始まって、ダイナミックに展開したり、スピードが速くなったりして、それからまた静かな曲調になるようなのが好きで、この、A-B-A的な構造を僕たちはいつも研究してた。クラシックから学んだことは、彼の音楽の多くに生かされている。 (p. 129)


実際、マイケル・ジャクソン自身も言っているように、アルバム「スリラー」(マイケルがバーンスタインと出会う4年前に発表された)は、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を手本にしていて、ただ直感で作ったわけではないのよね。


ウィラ:それについてはスーザン・ファストが数年前の記事で語ってくれてる。すごく意外だと思ったけど、スーザンが説明してくれて納得したわ。(*4)


リーシャ:そうね。彼女はいつも複雑なことをすごく明快に説明してくれる。もうひとつ興味深いことがあって、ビート・イットのショートフィルムをけっこう見てる人ならほとんどが、マイケル・ジャクソンの作品にバーンスタインのウェストサイドストーリーの影響があるのを見て取ることができるわよね。


ウィラ:そうね。監督のボブ・ジラルディは関係ないと言ってるけど(*5)、マイケル・ジャクソンのショートフィルムの監督って、往々にして彼の作品について浅薄な理解をしていたりするじゃない。だからジラルディが意識していようといまいと、ビートイットにウェストサイドストーリーからのインスピレーションがないとは考えにくいんじゃないかな。実際、多くのつながりがあるものね。


リーシャ:そうね。ジラルディが語る製作過程はその通りだと思うけど、ウェストサイドストーリーの影響は否定できないと思う。


ウィラ:それで正しいと思うわ、リーシャ。


リーシャ:マイケル・ジャクソンは、ポピュラー音楽や演劇や映画の歴史に精通し、知り尽くしてた。多くの人が、ウエストサイドストーリーはミュージカル映画の最高峰だと思っているし、彼もそれを知らないわけない。ビート・イットとウエストサイドストーリーにはあまりに類似点が多いから、偶然で片付けるのは無理があるのよね。


ウィラ:私もそう思う。たとえば、ウエストサイドストーリーで、ギャング団が衝突するときには、繰り返し「ビート・イット(逃げろ)」という言葉が聞こえる。ウエストサイドストーリーでギャング達が動きをそろえて歩くのも、歩きながら指パッチンするのも、ビート・イットのショートフィルムに同じ場面があるでしょ。それに、ギャングが暴力を乗り越えるのを描くミュージカルのコンセプトっていうのが、ふたつの作品の核になってるわけよね。だから、ビート・イットを作っているときに、マイケル・ジャクソンの頭の中には、ウエストサイドストーリーのことがある程度あったと考えた方が自然よね。


リーシャ:あなたが『M Poetica』に書いたビート・イットについての分析を読んでない人は、本当に損してる。あなたは、ビート・イットと、ウエストサイドストーリーと、シェイクスピアのロミオとジュリエットの結びつきを考察することで、アーティストが過去の作品とどのように交流するか、すごく説得力ある方法で示してくれた。マイケル・ジャクソンは、それまでの作品のような民族や血の繋がりではなく、それとは別の集団の存在を目に見える形にしたことによって、物語のあり方に新しい魂を吹き込んだのよ。


曲の中頃にバーンと入ってくるエディ・ヴァン・ヘイレンのギターソロが、そのことを音で表現している。普通なら黒人音楽として区分けされる音楽の中に、白人の要素が強く組み込まれるわけだから。そして、ショート・フィルムのラストでは、カメラが引きになると、見ている側と演じている側にあった第四の壁も取り払われる。みんなの注目が集まったところで、この作品は現実の世界はこうなんだって単純に表してるんじゃなくて、こういう世界も実現可能なんだってことを見せている、ときっぱり宣言してるのよ。


ウィラ:それはすごく重要な指摘ね。ビート・イットを「お花畑」だなんて言う批評家は、そこがぜんぜんわかってない。


リーシャ:より平和で人種偏見のない社会を、ステージ上やスクリーンの中で表現するというのは、バーンスタインもやってるわよね。バーンスタインのブロードウェイでの第一作、『オン・ザ・タウン(踊る大紐育)』は第二次世界大戦真っ最中の1944年に書かれたもので、3人のユダヤ系アーティストとの競作だった。マイケルの作品にもその振り付けが見えるジェローム・ロビンス、ベティ・コムデン、そしてマイケルに大きな影響を与えているふたつの作品『バンドワゴン』と『雨に歌えば』の脚本家であるアドルフ・グリーン。


ウィラ:バーンスタインとマイケル・ジャクソンには、私が知ってた以上のつながりがあるわけね。


リーシャ:そういうこと。すごく興味をひかれる話よね。特に、『オン・ザ・タウン』ていうショーが当時としては革新的なものだったかを考えるとね。それは、クラシックの作曲家によって書かれた初めてのブロードウェイ作品で、人種の壁をこえたキャスティングをした最初の作品でもあった。典型的なニューヨーカーや、水兵や、歩行者役を、アフリカ系アメリカ人の役者が、白人と同じように演じるのは、それまでにないことだった。異人種どうしでコーラスしたり、手をつないで踊るシーンがあったり。オーケストラの指揮はエヴェット・リーで、彼はブロードウェイ初の黒人の音楽ディレクターになった。

でも、おそらくもっとも革新的なキャスティングは、主演女優だった。日系アメリカ人の、ソノ・オサトが、究極の全米一の究極の美女、アイビー・スミスを演じたのよ。それは当時としては、人種に関わる大事件だった。オサトの父親は、戦争中に収容所に入れられていた12万人の日系アメリカ人のうちの1人だったんだから。



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写真は『オン・ザ・タウン』でのソノ・オサトとジョン・バトルズ。


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1944年のブロードウェイのオリジナルキャストによる『オン・ザ・タウン』


ウィラ:『オン・ザ・タウン』についての考察をありがとう。これは、ほんとに、マイケル・ジャクソンの作品みたいな感じね。つまり、彼も『バンド・ワゴン』に出てくる白人だけのナイトクラブを、『スムース・クリミナル』や『ユー・ロック・マイ・ワールド』では、いろんな人種の客がいる場所にしたでしょ。


リーシャ:そう、この作品はマイケル・ジャクソンの製作理念と似通ったものを持ってるの。『ユー・ロック・マイ・ワールド』のことを出してくれてうれしいわ。そこにもレナード・バーンスタインとのつながりが見られるものね。バーンスタインは、マーロン・ブランド主演の映画『波止場』の音楽を書いているんだけど、この映画は『ユー・ロック・マイ・ワールド』のいろんなところに影響を与えてる。ブランドがカメオ出演していることも含めてね。




ウィラ:確かに!それって、本当に重要なつながりよね。すごく興味深いつながり。気付かせてくれてありがとう。それと、『オン・ザ・タウン』についてあなたが言ったことはすごく気になるわね。その作品は、私たちがマイケル・ジャクソンの作品に見る、境界を乗り越える感性の先駆けとなったものじゃないかしら。


リーシャ:そうね。そしてこれが第二次大戦中の作品だということも忘れちゃいけないと思う。当時のアメリカは、国外では人権と自由のために戦うと言いながら、国内ではそういうものをおろそかにしていたから。


ウィラ:たしかに。「よそ者」、とくに日系アメリカ人に対する恐怖がピークに達していたときよね。あなたがさっき言ってたように、主演をつとめる女優の父親は、戦争中に自宅から連行されて、収容所に住まわされた、何千もの日本人の一人だった。それにはとても衝撃を受けたわ。


リーシャ:私たちの国の現状にも関係しているから、私もそれを落ち着いて考えられるようになるまでしばらくかかった。1944年、日系アメリカ人は強制連行され、捕虜収容所に入れられた。若いユダヤ人アーティストたちはそれに対抗して、新しい美のアイコンを、日系アメリカ人のソノ・オサト演じる清潔感溢れる表情の、アメリカを代表する親しみやすい女の子という形で生み出したのよね。


ウィラ:そうね。クリエイティブな形で、権力に対して自分たちの本当の気持ちを表現したのね。


リーシャ:きっとそうだと思う。2017年の今、『オン・ザ・タウン』のオリジナルキャストの写真を見てみると、このミュージカルの時代的な背景を聞かされなければ、人種偏見とはまったく関係のないキャスティングに見えるわよね。21世紀の人の目には不自然なところがなにもないキャスティング。でも1944年においては、観客の予想を遥かに裏切っていたものだった。

このミュージカルがいかに人種の問題を考えたものだったかが明らかになるのは、舞台から五年後にMGMがこの作品を映画にしたとき。そこでは、すごくいやなやり方で、人種の問題がきれいさっぱり取り除かれた。バーンスタインの音楽も、歌3曲とバレエ部分以外は、ほとんど排除されていた。プロデューサー達はバーンスタインの音楽がクラシック過ぎると考え、観客は気に入らないだろう、あるいは理解しないだろうと考えたのね。


ウィラ:バーンスタインは、20世紀の偉大な作曲家であり指揮者の一人だと見られていたのに?言いたくないけど、こういう話ってほんとに頭に来るわ。『ブラック・オア・ホワイト』のパンサーパートに起こったことを思い出すわね。バーンスタインやマイケル・ジャクソンぐらいの地位のあるアーティストが革新的な新作を発表すれば、彼らのやったことに対する一定の支持はあるし、それをいきなり非難するなんてためらわれることだ、と普通思うはずでしょう?でも実際はそうじゃなかった。


リーシャ:信じられないけど、そうなのよ。今度MGM版の『オン・ザ・タウン』(邦題『踊る大紐育』)見てみて。新しく入れられた音楽がどんなにくだらないか、人種差別的なナイトクラブのシーンがどれだけひどいか、自分の目で見てみて。なんで?って思うわよ。どうして高いお金をかけて、オリジナルをひどいクオリティのものに作りかえたんだろう?って。


ウィラ:本当に皮肉な話よね。


リーシャ:でも、おそらくアーティストが文化的な意味で時代を何歩も先取りしてしまうと、こういうことが起こる。理解できない人が出てくるのよ。マイケル・ジャクソンはそれに気付いていた。だから、パンサーパートについて、一歩下がって謝罪声明を出したのよ。あまり性急に、強硬に物事を運ぼうとするとメッセージが伝わらない、ということを彼はわかってた。


そこが、バーンスタインとオリジナルのオン・ザ・タウンについても一番注目すべきところ。政治的なメッセージがすぐにバーンと伝わる必要はない、このミュージカルはこうだったらいいなという世界を見せているだけなんだ、芸術の本分はいつでもそこにある、という姿勢ね。

音楽学者のキャロル・オジェは「バーンスタインのミュージカル:時代の反映」というエッセイの中でバーンスタインのことをこう述べてる。


その音楽には、政治的な信条のようなものが一本通っており、それは信じるに足るものだ。しかし、バーンスタインのミュージカルにある政治的なメッセージは論争や説教とは無縁で、ショー全体をつらぬく精神に、政治が垣間見えるような感じ・・・。


これはマイケル・ジャクソンが歌やショート・フィルムを作るときにとった手法じゃないかと、はっとしたのね。


ウィラ:そうね。彼の多くのショート・フィルムがそう。「ガール・イズ・マイン」みたいにさりげないのもあるけど。そこには、人種について触れた部分なんか一言もない。でもポール・マッカートニーの声とマイケル・ジャクソンの声を聴けば、1983年にみんながやったように、黒人の男性と白人の男性が同じ1人の女の子とデートしていて、彼女がどっちが好きか言い合ってるんだって、わかる。それが1983年という時代の人種の状況だった。


リーシャ:そうね。受け入れるのを戸惑いながらも、それができる状況が1983年にはあったということね。でも、あの歌は対立という形をとらずに人種のことを扱っていて、多くの人はそこにある政治的な含みに気がつかないまま、楽しく一緒に歌いながら、十分にメッセージを受け取っていたんだと思う。


ウィラ:そうかもしれないわね、リーシャ。特に若い聴衆は。あなたは説教したり対立を強調したりしない芸術のあり方という大事な点を指摘してるのね。


私は、この数ヶ月の社会の変化について、それがどのように起こったかについてずっと考えてた。人種差別をはじめとする不寛容を乗り越えることはマイケル・ジャクソンにとってとても重要なことだった。その証拠はいくつもあるわよね。そして彼はいつもより公平な社会を提唱していた。でも同時に、彼は、人種差別主義の人を、決してバカだとか無知だとか邪悪だとか言わなかった。おまえは無知だ、ということで誰かの心を変えることなんかできないじゃない?実際は逆効果で、相手が自分の主義主張にますますしがみつくようになるだけ。

効き目があるのは、なんと言っても芸術の力よ。オン・ザ・タウンについてあなたが言った、「人種の壁をこえたキャスティングをした最初の作品でもあった」ということ。マイケル・ジャクソンもそれを繰り返しやったし、「自分はスタッフを才能でえらぶ、肌の色では選ばない」と何度も言ってる。


リーシャ:マイケル・ジャクソンはいつも人種の協調を頭に置いていた。1984年のローリングストーン誌のインタビューではこう言ってる。


僕は人種なんか気にしないんだ。肌の色で人を雇うんじゃない。能力を見て雇うんだ。人種にこだわるのは僕の主義じゃない。いつか、すべての人種がひとつの家族のように愛し合うようになればいい、って強く願っているんだ。


ウィラ:まったくそうね。その時代の、特に人種に関わる社会常識に従うことを拒否する、それがバーンスタインとマイケル・ジャクソンに共通する革新的なスタンスだった。結局、多くのラジオ局は、それが異人種の男女交際をほのめかしているという理由で「ガール・イズ・マイン」を流さなかった。ましてや、黒人の男が白人の男に(それもビートルズのメンバーに!)、彼女は僕のほうが好きなんだ、って言ってるところなんかもってのほかだった。


でも、1983年にこの設定がラディカルだったからこそ、マイケルは軽いタッチでそれを歌った。こういう社会で許容される概念の境界線にさりげなく揺さぶりをかける芸術が、人種や人種間の関係についての世論を変えていくのに主導的な役割を果たしていけるんだと思う。


社会的道徳観がどれだけ変化してきたかは、新しいディズニー映画『美女と野獣』に対する観客の反応を、あるいは無反応を見ればわかる。この映画は、『オン・ザ・タウン』と同じように、さりげなく人種の壁をこえたキャスティングをしている。悪い魔法によって、家の中にある物に変えられてしまったキャラクターがいくつか登場するんだけど、彼らは、ピアノとかドレッサーとかろうそく立てとか、無生物的な形の中に閉じ込められているから、愛する人の顔を触りたくてもそれができない。最後に、魔法が解けて、見ている私たちが感情移入していたそれらのキャラクターは人間の姿に変わっていくんだけど、その中に2組の異人種カップルがいるの。そして、『美女と野獣』はディズニー映画史上初めて、異人種カップルのキスシーンを出した。でも、それについては、賛成意見も反対意見もほとんど何も話題にならなかった。


異人種恋愛はもう普通のことになったから、ディズニー映画でさえもそれを描くようになった。そしてそれが特に気にされることもなく通るようになった。そういう変化が起こりえたのは、バーンスタインやマイケル・ジャクソンのような、先見的なビジョンを持つアーティストに負うところがすごく大きいと思う。


リーシャ:賛成だわ、ウィラ。レナード・バーンスタインや、ジェローム・ロビンスが、手を取り合うダンスやコーラスによって、人々に人種の平等ってどういうことなのかを見せたってことはすごく大事なことだった。マイケル・ジャクソンが巨大な橋をステージの上に作って、気候変動は、どこのグループに所属してるかに関係なく、みんなの参加が必要な問題なんだ、ひとつの国やひとつのグループで解決できる問題じゃないんだ、ってことを考えさせてくれたことも、すごく大きなこと。ひどい結末を回避するたったひとつの希望があるとすれば、それは私たちがひとつになろうとする意志。今行動を起こさないのは、どんな悲惨な結末になり得るかを見通す想像力が私たちに欠如してるってことね。


ウィラ:その通りだと思うわ、リーシャ。この記事の冒頭であなたが引用してくれた発言の中で、バーンスタインが言っているように、道を示すのはアーティストよ。


リーシャ:記事をしめる前に、その引用の後半をここにあげておきたい。“未知” を “現実” にしていくことについて、彼はこう言ってる。


どうやればいいか?自分が上手くやれること、すごく上手くやれることを見つけることです。そして全力でそれをやるのです。クールに「自分のやりたいようにやれ」というのとは違います。それでは消極的だし、勝負から下りてる。なんにもできない。私が言いたいのは、それが小さな街であろうと、世界であろうと、自分の住む場所、自分の仲間のためになることをやれ、ということ。


ウィラ:すごく励まされる言葉ね、リーシャ。


リーシャ:私もそう思う。何時にも増して今の時代こそ、私たちはバーンスタインやマイケル・ジャクソンを必要としているんじゃないかな。


(この記事は、childspilitsさんが翻訳してくださいました。感謝!)


_______________________


(*1)ジョナサン・コットインタビューは、Rolling Stone誌に連載されたもので、本にもなっている。

Dinner with Lenny: The Last Long Interview with Leonard Bernstein

https://www.amazon.co.jp/dp/B00AFVDV6O/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1


参考文献

ハンフリー・バートン著『バーンスタインの生涯』下巻・376-377ページ(棚橋志行訳、福武書店刊/翻訳書は上下巻セット。原著 LEONARD BERNSTEIN» written by Humphrey Burton, Doubleday, 1994 484-485ページ)


(*2)バリシニコフもマイケルのダンスのことを・・・

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/06/26/AR2009062604257.html

マイケルはエリザベステイラーに連れられて、初めてバリシニコフのパフォーマンスを見たようです。バリシニコフはバレエダンサーだけでなく、映画俳優としても活躍し、現在も魅力的な姿を見せてくれています。




(2015年にリル・バックと共にrag & boneのCMに出演)




(*3)Reflections on the Danceの記事

http://www.reflectionsonthedance.com/DavidPack-on-Michael.html


(*4)Dangerous Talk with Susan Fast

https://dancingwiththeelephant.wordpress.com/2014/09/04/dangerous-talk-with-susan-fast/


(*5)ボブ・ジラルディが「Beat It」について語ったこと

http://www.truemichaeljackson.com/true-stories/bob-giraldi-on-directing-beat-it


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by yomodalite | 2017-09-05 00:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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