AY対談w「マイケルとメディア」

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akimさんとのおしゃべりの続き・・・


引き続き、写真は「Searching For Neverland」からです。


A:akimさん Y:yomodalite


A:マイケルとメディアの問題も、ファミリーのことも、マイケルが自分の神秘性を守るという行動が、ファン以外から見ると、やりすぎたっていう部分はあったんじゃないかな。


Y:うん、、ファミリーがマイケルに関わりたかったのに、マイケルが拒絶した理由は、薬物の問題とか、自分の健康状態について指図をうけたくなかったってことと、一緒に仕事をしたくなかったからだと思うんだけど、それは、家族が嫌いだっていうのとは少し違ってて、


前回も言ったけど、ファミリーや、側近、マイケルとビジネスを話し合った大勢の人たちが、彼のために「やるべきだ」と思ったことを、マイケルが「やらなかった」のは、彼にしかわからない特別な戦略ゆえのことで、


実際、マイケルの後半生で、問題ばかりが大きくなった理由は、マイケルがエンターテイメントの仕事をまったくしなかったことも大きな要因なんだよね。


昔から、芸能ニュースっていうのは、ないこと、ないこと組み合わせて、自由に作っていいってことになってるんだけど、コンサートの情報とか、レコード・リリースとか、ときどきホントの情報もあるから、アーティスト側にとっても、持ちつ持たれつの関係なんだけど・・


マイケルの場合「Bad」以降、『Dangerous』から国内ツアーを一切やらなかったからね。


A:そうだよね。


Y:’93年の疑惑も、デンジャラスツアーの最中で、アメリカを離れていたときだったけど、国内のツアーをやっていたら、事前に抑えられていたり、発覚後のメディアの盛り上げ方も少しは違ってたと思うんだよね。国内のプロモーターがいれば、ツアーの宣伝のためにポジティブな情報をメディアに供給できるし、チケットだけでなく、訪れる街も潤うから、あちこち色んなコントロールが効くんだけど、それがなくなっちゃったから・・。


少年に対する性的虐待っていうのは、現代アメリカでは、殺人よりも「悪魔化」されてるから、いったん疑われたら、無実を完璧に証明するのはすごく困難で、メディアはいくらでも「ニュース」に出来ちゃう。


A:『HIStory』から、アメリカ公演がないのはまだわかるけど、『Dangerous』から国内ツアーがなかったっていうのはホント信じられない。北米だけでも回ってればよかったのにね。なんでデンジャラスツアーをやらなかったのかが、ホントわからない。


’91年の11月に『Dangerous』が発売されて、’92年の6月から「デンジャラス・ツアー」が始まって、93年の2月がオプラの番組で、その年の8月に性的虐待疑惑が持ち上がって、11月のメキシコシティでツアーは打ち切りになっちゃうんだけど、もっと前に米国で出来たはずだし、一回でもやっていればね・・。


Y:マイケルの人気は「Bad」から陰りを帯びてきた、なんて書かれてることがあって、びっくりすることもよくあるんだけど・・


A:あれね、なんか陰りの基準が違うよね。


Y:マイケルの曲の中でももっとも言及が多いと言われる「Black Or White」も、皮膚病のことや、ネバーランドがマイケル個人の遊園地というだけでなく、病気の子供たちのための場所だったことが紹介され、歴代最高視聴率だった「オプラショー」も、「Heal The World」の合唱が感動的で、試合よりも高視聴率だった「スーパーボウル」も、クリントン大統領の就任記念パーティーで、大統領にも影響を与えるぐらいだった、それこそ全盛期だったと言ってもいいぐらいの『Dangerous』期が、このあと踏みにじられることになったのは、


わかりやすい理由としては、「’93年の疑惑」だと思うけど、その疑惑を大きくしたのは、『Dangerous』というアルバムにも原因があったと思うのね。


「人種問題」(Black Or White)は、はアメリカの統治や、分断政治に欠かせないし、人々に勝手に結集(Jam)されたら困るし、戦争嫌悪や世界平和(Heal The World)は、アメリカという国にとって、本当に危険(デンジャラス)だったんじゃない? 


なんせ、アメリカは、それから10年後の2001年の同時多発テロ事件(通称911)でも、「イマジン」を放送禁止にしちゃう国で、実際に、ジョン・レノンもマイケルもFBIから監視されてたけど、『Dangerous』が発売された’91年は、イラクを空爆して湾岸戦争が始まった年だったんだよね。


「’93年の疑惑」なんて、ちょっと調べれば、簡単にマイケルの無実が証明された案件なのに、デンジャラスツアーを国内でやらなかったこともあって、マイケルのスタッフは、当時、米国メディアに影響力をもたない人たちになっていたし、


2004年に再度蒸し返されたときは、人気のないブッシュ大統領の再選がスムーズに進むように、マスメディアとしては、大統領選挙以上の話題として、ちょうど良かったというか、今流行りの「忖度」?(笑)



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それと、マイケルはメディア嫌いにもかかわらず、ミュージックビデオという流通商品を創って、テレビの音楽放送も、ラジオの音楽番組も席巻してたでしょう。それで、自分たちが「発信者」だって思ってるマスメディアに嫌われたってところもあると思うのね。そういう意味でも「’93年の疑惑」は、メディア全体が「マイケル・バッシング」へのハンドルを切るのに都合のいい材料になったというか・・有名番組のホストって、この人が登場したら、必ず眉をひそめるような表情をするとか、態度ひとつとっても、みんな決められてる感じがするしね。


A:わかる~、プライムタイムのダイアン・ソーヤとかねー。私が印象に残ってるのは、2006年にマイケルがMTVアワードで来日したとき、どこかの放送局が密着取材してて、MTVだったかな。マイケルがビックカメラかなんかで買い物したときに、周辺の人だかりにインタヴューしてたんだけど、そのとき8割ぐらいが「マイケル迷惑ですよね」みたいな否定的な言葉ばっかりひろっててね。「お騒がせマイケル・ジャクソン」みたいなイメージばっかりなんだよね。でも、そういった否定的な言葉をマイクに向かって言ってた人たちだって、ひとまとめにして、マイケルの前に出したら、「うわぁーーー!マイコー!」っていう歓声になるんだよね。人のムードのようなものって、一瞬にして変わるし、マイケルは常にそういう人たちに晒されてきたんだよね。


Y:路上を騒がすようなことは、マイケルに限らず、誰であっても絶対に「良くないこと」こととして報道するっていうのはメディアの絶対ルールだからね。路上インタヴューでは、忌憚のない意見を求めてるなんてことはなくて、計画的に「街の声」を拾う。東京ではほとんど「銀座」か「新橋」でインタビューするけど、大阪では、絶対に「天神橋商店街」とか「京橋」で、面白そうなことを言いそうな人に声をかけるw。東京が銀座や新橋だったら、大阪でも中之島や北新地でサラリーマンに聞けばいいのにって、いつも思うんだけど、大阪のテレビ局では、スーツ着てる人には「絶対に声をかけるな」っていう鉄のルールがあるよね(笑)。


とにかく、どちらにしろ最初から狙い通りの人にマイクを向けて、プラン通りの「言葉」を取るからね。





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by yomodalite | 2017-06-19 07:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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