マイケルとヒップホップ(5)宗教と政治とドラッグ

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(4)の続き・・・


下記は、アメリカでよく言及されるジェネレーションの区別。


・ベビーブーマー/1946~64年頃、第二次世界大戦後からケネディ時代に生まれた世代

・ジェネレーションX/1965~70年頃に生まれた世代

・ジェネレーションY/1980~95年頃で、ベビーブーマーの子供世代

・ジェネレーションZ/1995年以降の生まれ


マイケル自身はベビーブーマーですね。


2002年に書かれた本によれば、ヒップ・ホップ・ジェネレーションは、1965年から1984年の間に生まれたアフリカン・アメリカンという定義があるのですが、それは、2001年に、マイケルがオックスフォード・スピーチで語った「O世代」(「彼らは、ジェネレーションXからバトンを受け取った世代で、富も、成功も、おしゃれな洋服も、かっこいい車も、なんでも持っているけれど、内面に虚しさに、傷つき痛みを感じている」)に重なる世代でありながら、そこから取り残された、多くのアフリカ系アメリカ人でした。


・なぜ、黒人社会はいつも警察と対立しているのか?

・銃やドラッグが身近にあるなど、どうして黒人社会はギャングから抜け出せないのか?


といった疑問を持った方も少なくないのではないでしょうか?黒人社会にこれほど銃がはびこっているのに、どうして、銃規制に反対する勢力として取り上げられるのは、いつも「全米ライフル協会」という白人中心の団体なんでしょうか?


また、ヒップホップの歌詞に少し興味がある人なら、そこには、政治について語られているものが少なくなく、あまり見聞きすることがない宗教的な言葉や、陰謀論が多いことに気づかれた人も多いでしょう。


今回はそういったことに関連がありそうな、『スリラー』から『ヒストリー』までのヒップホップの宗教と政治について。引き続き『ヒップホップ・ジェネレーション』の内容を中心にまとめてみます。


◎ヒップホップの宗教と政治と・・・


1980年の大統領戦おいて圧倒的な勝利をおさめ、レーガン時代が始まった頃、戦争や核兵器の不穏な噂はあったものの、ニューヨークでは若者文化がひとつにまとまり、人種が分裂することはなかった。イギリスでは、セックス・ピストルズの仕掛け人のマルコム・マクラーレンが、バウ・ワウ・ワウをデヴューさせ、トーキング・ヘッズのサイド・プロジェクトのトム・トム・クラブは、「Genius of Love」をヒットさせた。



Bow Wow Wow - Chihuahua





Tom Tom Club - Genius of Love





白人アーティストのブラック・ミュージックへの賛美は続き、1982年のアフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」の大ヒットへと繋がっていった。ヒップホップは、都市部のマイノリティだけのものではなくなり、ダウンタウンのクラブを再統合し、社会的落伍者を洗練されたアートの世界へ押し上げていく原動力となったものの、黒人との連帯を好まない白人ロックファンも大勢いて、人種的クロスオーバーの実現には至らなかった。


そして、俗にレーガノミクスと言われる富裕層の減税と、軍事支出の増加と並行して行われた社会保障支出の縮小、そして、麻薬撲滅政策は、黒人社会に壊滅的な被害をもたらしていく。


ヘロインは、第二次大戦中から急激に輸入が減少していたが、資本主義陣営と、社会主義陣営が真っ向から対立した冷戦時代に入ると、アヘンやコカインが反革命運動のための資金調達にもってこいの商品となり、この頃設立されたCIAは、麻薬密輸組織を通じて各国の反共勢力と手を結ぶことが多々あった。


イタリアの反共組織もCIAと関係を結び、アメリカを国外追放されたマフィアの大物が糸を引いたことも相まって、ヘロインの密輸ルートは再び構築され、軍隊とゲットーで爆発的に広まっていく。


販売から得た利益は、東南アジアの反共軍事活動へと還元され、地球の裏側で起こった戦争によって、ゲットーではギャングがうろつき回り、ブロンクスはドラッグの密売人と常習者の世界へと様変わりしていった。


戦後のコカイン取引は、カストロ政権から逃れたキューバの反革命活動家たちによって始められた。1976年、ジャマイカのDJ、ディリンジャーの「Cokane In My Brain」が大ヒットし、「富とステータスの象徴」だったコカインは、一般中流家庭のアメリカ人にまで手が届くようになった。その後、供給過剰を調節し、収益を上げるために、高価なものから安価なものまで、さまざまな新種のドラッグが誕生した。



DILLINGER - COCAINE IN MY BRAIN





そして、1982年の終盤、ドラッグの顧客は富裕層から労働者へと移り変わり、大衆のために作られたドラッグは、ストリートを悲惨な状況へ変化させる。


アフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」が大ヒットを記録していた頃、戦争がもたらした新たなドラッグ、コカインの塊(ロック)でできた、後に「クラック」と呼ばれるようになる、もうひとつの「プラネット・ロック」が形成されていた。


ランDMCがオールドスクールを抹殺し、フーディニや、LLクールJらとともに、ニューヨークからツアーを始めた頃、ロスアンジェルス(西海岸)で人気のミックステープでは、フーディニの「Freaks Come Out at Night」の替え歌「The Clucks Come Out at Night」が人気になり、UTFOの「Roxanne Roxanne」は、「Rockman, Rockman(ロックマンはクラックの売人)」へと変わっていたのだ。


Whodini - Freaks Come Out at Night (1984)





ヒップホップのビートに、ストリートで叩き上げられたモンスターの物語が綴られるようになり、ヒップホップは、反抗期へと突入していく。


白人の麻薬使用者の数は、黒人を大きく上回っていたにもかかわらず、レーガン政権時代に成立した厳格な麻薬取締法では、黒人の使用が多いとされる固形コカイン「クラック」に対して、粉末コカインの100倍の懲役年数が課せられることになったのだ。


黒人の家庭では、父親や息子が逮捕され、残された家族は精神的にも経済的にも大きな被害を受けた。そして、貧困のサイクルから抜け出せないゲットーの子どもたちは、唯一の選択肢として麻薬取り引きを始めてしまう・・・。


1990年代中盤、ファイブ・パーセンター(*1)のストリート・サイファー(*2)や、アフリカ・バンバータが始めたズールー・ネイション(*3)の勉強会では、「新世界秩序」が話題にのぼるようになった。黙示のときが差し迫っているのだと。


ウータン・クラン、モア・ディープ、アウトキャストらが繰り出すサウンドは、閉塞感に満ちた時代の空気にマッチし、若者たちは、迷彩柄のジャンプスーツにコンバット・ブーツ姿で街を闊歩し、お互いをソルジャーと呼び合っていた。



ウータン・クランのドキュメンタリー (1994)




路上の書店商は、ハワード・ジンの『民衆のアメリカ史』や、ウォード・チャーチルの『The COINTELPRO Papers(コインテルプロ白書)』(*4)といった反体制的歴史書や、『The Illuminati 666(イルミナティ666)』『Secrets of Freemasonry(秘密のフリーメーソン)』『The Unseen Hand(見えない手)』といった怪しげな小雑誌を売ることで活況を呈していた。


この不穏な空気は、1990年9月11日にジョージ・H・W・ブッシュ大統領が湾岸戦争前に連邦議会で行った『新世界秩序へ向けて(Toward a New World Order)』というスピーチに端を発していた。


今日まで我々が知っていた世界とは、分断された世界―有刺鉄線とコンクリートブロック、対立と冷戦の世界でした。今、我々は新世界への到達を目にしています。まさに真の「新世界秩序」という可能性です。ウィンストン・チャーチルの言葉で言えば、"正義と公正の原理により弱者が強者から守られる世界秩序"です。国連が、冷戦という行き詰まりから解放され、その創設者の歴史観を貫徹する準備の出来た世界、自由と人権の尊重が全ての国家において見出せる世界です。


これは、ペルシャ湾でサダム・フセインに対して取ったアメリカの軍事行動を正当化するための演説の一部で、ベルリンの壁が崩壊し、共産主義の脅威も薄れてきた頃、大統領は、新たなる敵に対して軍隊を動員し、警察部隊はゲットーに標的を定めた。


ブッシュの超国家的な「法の支配」は、アトランタのヒップホップ・グループのグッディ・モブが、1991年にリリースした「Cell Therapy」のように、強い中毒性のあるドラッグ、軍で訓練を受けた暗殺者、体制に迎合して生きる人々、コンピューター・チップの埋め込み、夜間の空挺部隊員の黒いヘリコプター、低所得者住宅、刑務所と結びついた。



Goodie Mob - Cell Therapy




学校の閉鎖、高騰する大学の学費、青少年に対する夜間外出禁止令や厳しい取り締まり、都市部における情状酌量なしの厳しい対応(ゼロ・トランス運動)、政府が市民監視のために使うテクノロジー、レイシャル・プロファイリング(*5)、刑務所建設ブーム、急上昇する受刑率など、あらゆることが急激に変わったことで、この急速な変化を手っ取り早く理解するために、グッディ・モブは、ブッシュの真の敵は、自分たちであると結論づける。


ストリート・ソルジャーたちは、生存主義者の必須本と言われる、M・ウィリアム・クーパーの『Beholda Pale Horse』を携行していた。白人のラジオ・パーソナリティーで右派愛国運動の英雄だったクーパーの著書を黒人の若者が読むのは奇妙な組み合わせだが、地方の白人過激派だけでなく、ゲットーの有色人種の若者を惹きつけたのは、クーパーの世界観が、コインテルプロ時代後の陰謀と、新世界秩序のパラノイアを結びつけていたからだ。


同署には、謎に包まれた邪悪な世界政府が、大衆を奴隷化する計画が描かれ、世界最終戦争はすでに始まっていることが語られていたが、クーパーが用意した「証拠」の大半は、お決まりの『シオン賢者の議定書』であり、そこに書かれたユダヤ人という言葉は、すべて「イルミナティ(光を受けた者)」に、ゴイム(人々)」という言葉は、すべて「キャトル(畜牛)」に置き換えること。といった指示が加えられていた。


対ドラッグの法律と米連邦緊急事態管理法は、憲法を停止し、永続的な警察国家を構築するための基礎を築いている、とクーパーは論じたが、この見解は、ルイス・ファラカン師のメッセージとほぼ同じだった。ゲットーでは、警察の圧力が、ほとんど厳戒令なみになっていた。


CIAは、極秘の政治活動を展開する資金を調達するため、ゲットーにドラッグを密輸している。とクーパーは語り、メディアはそれに反対する立場をとったが、後年行われた米国議会とCIAによる捜査によって、その基本的内容は事実であると確認された。


クーパーの奇妙な世界観は、さまざまなラップ・ソングによって語られ、ウィルスのごとくメインストリームに進出し、1993年の『Xファイル』の放映が始まると、社会全体に注目を浴びることになった。『Xファイル』の強烈な悲観主義は、ゲットーのストリート・ソルジャーの心情と合致していたのだ。


◎電気通信法の採決


マイケルのアルバム『HIStory』がリリースされた翌年の1996年、米国議会は電気通信法を採決。規制緩和の象徴ともいえるこの法律は、メディア独占企業寄りのスタンスを法律化したものだった。


この法律により、ラジオ局所有権の上限が解除され、空前の合併劇が相次ぎ、ごく少数の企業が公共の電波の大半を独占するようになると、コミュニティ番組は大幅に縮小され、どの番組も画一化されたプレイリストを使うようになった。


ラジオの平均聴取時間は急落し、ラジオ局の競争はなくなり、さらに大規模な合併が続いた後、1999年、クリア・チャンネルによる最大の合併劇が起こる。クリア・チャンネル内では激しいリストラの波が押し寄せ、音楽の選曲担当や宣伝スタッフが削減され、コミュニティ関連の部署は廃止された。


そして、悲惨なゲットーの現実をそのままに、メディア独占企業はヒップホップを大々的に商業化していった・・・

_________


(*1)ファイブ・パーセンターFive Percenters)/ネイション・オブ・イスラムから派生したセクトで、後に「The Nation of Gods and Earths」という呼び名も生まれる。ハーレムにある第七寺院の主任教師を務めていたクラレンス13Xによって創始され、彼の死後もハーレムやブルックリンといった東海岸の都市部を中心に増加し、1980年代の後期から1990年代のヒップホップアーティストたちに大きな影響を与えた。

「世界の人口の5%は貧しくも高潔な教師であり、この世の貧しき者の生き血を吸10%の者たちの嘘を信じず、この世に生ける真の神はアジアの黒い男であることを知っている。そして、富を有し、貧しき者の生き血を吸い、彼らを奴隷とする10%は、嘘によって大衆を支配し、貧しくも高潔な教師たちに敵対させる。この方法により、10%は預言者を殺し、共同体を崩壊させてきた」

という、ネイション・オブ・イスラムのイライジャ・モハメッドが布教させた思想を由来とする。

他のムスリムとは違い、自分たちを神の化身であると考え、科学や数学を用いてイスラームの真理を探究し、自らのまわりにあるものに意味付けを行なうことを常としている。彼らのレトリックの中には、droppin’ scienceというものがあり、ある事柄について語るとき、その原因や背景を数学(Supreme Mathematics)やアルファベット(Supreme Alphabet)を使って証明する。これは、ギリシャなどで発展した数秘術の影響を受けたもの。


例えば、0から9の数字にはそれぞれ意味があり(1は知識、2は知恵、3は理解など)、それらの数字を通して宇宙の真理を解明しようとするもので、アルファベットにも意味が当てられている(Allahという言葉は、arm、leg、leg、arm、headの頭文字からできているなど)。


◎Supreme Mathematics

◎Supreme Alphabet


こういった考え方は、ジャネット・ジャクソンの1989年のアルバム『Rhythm Nation 1814』にも使われていて、「R」は「規則および統治者」、「N」は「現在および国家の終わり」を指し、アルファベットの順番でRが18番目、Nが14番目という意味で「1814」。1は「知識」8は「構築および破壊」、4は「文化および自由」で、これは、ジャネットがこのアルバムの中で最もコンセプチュアルに伝えたいと思っていた3曲「The Knowledge」「Rhythm Nation」、「Miss You Much」にも表れていますね。


ジャネットのコンセプトは明るく楽観的なものですが、90年代中盤になると、陰謀論や終末論によってますます独自で複雑な「宗教性」を帯びたものになっていきました。

長文ですが、素晴らしい参考記事・・

(*2)ストリート・サイファー/公園や広場など路上でラッパーが集まり、円になってフリースタイルラップすること。


(*3)ズールー・ネイション/ヒップホップという言葉の生みの親である、アフリカ・バンバータが、1970年代に地域のギャング達の生活を更生するために立ち上げた団体。音楽やグラフィティ、ダンスなどをヒップホップのカルチャーとして一体に捉え、80年代には世界各国にも支部が誕生した。KRS-One、パブリック・エナミー、ア・トライブ・コールド・クエスト、リル・ウェイン、Nasなどの多くの有名アーティストや、人気司会者のジミー・ファロンも参加している。


(*4)コインテルプロ/Counter Intelligence Programの略。FBIが反体制分子を監視するために開発したテクニック。FBIは、ブラックパンサー党など、彼らが危険とみなした黒人の好戦的なリーダーを排除し、抹殺するために、警察やスパイや代理人を使って、(1)組織・敵陣などへの潜入行動(2)外部からの心理戦(3)法的強制力によるハラスメント(4)超法規的な力・・など、あらゆる方法を用いていた。


(*5)レイシャル・プロファイリング一般的には、警察が黒人やラティーノの、特に若い男性に的を絞っておこなう人種偏見に基づいた捜査方法を指す。具体的には、街中で警官が『不審』なマイノリティ人物を呼び止めて身分証明書の提示を求めたり、身体検査をおこなうこと。ニューヨークでは、ジュリアーニ市長が就任した1994年、ニューヨーク市の治安を良く、犯罪発生率を下げるために、徹底的なレイシャル・プロファイリングが始まった。




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by yomodalite | 2017-05-15 09:33 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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