映画『無限の住人』

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キムタクと刀の組合せはサイコーなので、早く観たくてしかたなかった映画だったんですが、なんだかんだ色々と時間がとれなくて、昨日ようやく劇場へ。

いつも、水曜日のお昼過ぎぐらいに観ている印象で比較すると、「キムタクの映画」の観客は、女性率がかなり高かった。

それと、その時間帯も、私が観に行く映画のタイプも、ひとり客が多いのだけど、「キムタクの映画」では、女性のふたり客が多くて、男性の年代層も20代〜70代と幅広かったけど、そのほとんどが、彼女や奥さんと一緒のカップル客で、映画が始まる前も後も会話の声が賑やかだった。

映画が始まると、キムタクはすぐに斬りまくる。とにかく最後まで斬って斬って斬りまくる映画なので、殺人シーンに弱い私は、目をつぶってしまうシーンもいっぱいあったけど、やっぱりキムタクは魅力的で、主役を務めることの多い他の共演者たちの中でも、その「主役感」は圧倒的!ということを2時間通して確認できる、そんな映画。

ただ、監督は撮る前から、キムタクが不死身の肉体をもつ「万次」を演じる。というだけで、もうその出来栄えに満足してしまっていて、工夫のない脚本のせいで、せっかくキャスティングしても見せどころのない共演者がたくさんいたり、キムタクが極限まで肉体を駆使して出来上がった「絵」を繋ぎ合わせただけ。というもったいない映画でもあって、「キムタクの無駄遣い」について色々と考えてしまう・・

昔のヤクザ映画では、鶴田浩二や、高倉健に喝采をあげる男たちがいて、彼らが斬りまくることで、観客にもカタルシスがあったのに、今の日本では、とてつもない覚悟で「主役」を背負って、刀を振り下ろすキムタクを見守っているのは、女性たちだけで、「万次」が自分の命を使うのも、少女「凛」のため・・・。

その命、誰のために使うー

というのは、映画のコピーだけど、

こんな時代に「主役」でいつづける覚悟をもっているキムタクには、「万次」の孤独に重ね合わせられるような「孤独」がある。

そして、孤独から生まれる優しさが「色気」なのだと教えてくれるような役者も、やっぱりキムタクしかいない。

エンディングのMIYAVIの曲「存在証明」も、
キムタク自身に捧げられてる、と思えるようなそんな映画でした。





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by yomodalite | 2017-05-11 08:44 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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