マイケルとヒップホップ(1)

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マイケルのアルバムに “ラップ” が登場したのは、1991年のアルバム『Dangerous』から。

前作『Bad』発売1年前の1986年は、ロックとラップを融合したRun-D.M.Cの「Walk This Way」や、白人ヒップホップの草分けであるビースティ・ボーイズ「Licensed to Ill」がヒットし、スパイク・リー監督のデビュー作『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』が低予算映画でありながら700万ドルを超える興行成績を残した年。


RUN-DMC - Walk This Way




Beastie Boys - Fight For Your Right




1985年から始まったNBAの大スター、マイケル・ジョーダンを使ったナイキのCMは、それまで業界第2位だったナイキを一躍トップメーカーへと押し上げることになったのですが、リーはデビュー映画の成功をきっかけに、このCM撮影をまかされ、ジョーダンとの共演CMも評判を呼びました(1987)。





ちなみに、マイケルがペプシのCMに登場し、コカコーラとの「コーラ戦争に勝った」と言われたシリーズCMが始まったのは1984年のこと。80年代は、エンターテイメント界と、スポーツ界の2人の若き黒人スター(奇しくも二人ともMJ)が、マーケティング史上にのこる快挙を成し遂げた時代だったわけですが、ペプシと異なり、若者に高価なスニーカーへの欲望を掻き立てたCMは、「エア・ジョーダン狩り」と呼ばれる暴力事件を誘発したという批判も受けました。

『Bad』のプロデューサーだったクインシー・ジョーンズや、マイケルも勢いを増すヒップホップの流れを感じていて、『Bad』がロック寄りになったのも、そういった流れに沿ったものとも言えるわけですが、マイケルがヒップホップのアーティストと会ったのは、クインシー・ジョーンズがセッテイングしたRun-D.M.Cとの出会いが最初だと言われています。

クインシー・ジョーンズは、彼らとマイケルの共作を考えていて、「Crack Kills」という曲を録音したものの、結局「Crack(亀裂)」や、「Crack(ドラッグの一種)」をテーマにしたこの曲は『Bad』には収録されることはありませんでした。

『Bad』で実現しなかった共演では、Run-D.M.Cよりも、シングル曲でのプリンスとの計画の方がよく知られていますが、プリンスは自らこの共演を断り、マイケルがその後、ヒップホップとの距離を縮めていくのとは逆に、ヒップホップ界の汚い言葉や、男性優位で、女性蔑視的な言葉遣いや世界観を嫌って、ラップミュージックに反対の立場をとるようになります。

これは、マイケルファンにとっては意外というか、むしろ、マイケルがしそうなことだと感じる人が多いのではないかと思いますが、これまでマイケルよりもずっと過激な表現をしてきたプリンスは、1985年のアルバム『Around the World in a Day』以降、徐々に宗教色を強めていき、その後、マイケルが『Bad』期に離れた教団に、プリンスは改宗することに(2001)。

ふたりは音楽や仕事に対しても、神に対しても、非常に似通ったところがありつつ、マイケルは時代に支持されていることに、常に真っ向から立ち向かおうとし、プリンスは独自な道を歩もうとする。というのはこの後も続いたふたりの個性のように思われるのですが、プリンスがより宗教的になっていったのは、ヒップホップ世代の社会変化が大きかったからのようにも思えます。

音楽やダンスの修養や、練習する楽器を手に入れなくとも、ラップを書くことで成功できるかもしれないというラップミュージックは、かつて英国のパンクムーブメント以上に、黒人社会を変え、ヒップホップに黒人社会の未来を感じた評論家や、アーティストによる過激な言葉は、音楽や文化だけでなく、政治やビジネスにも大きな影響を与えていく。

『Bad』と同じ1987年には、おそらくヒップホップに関する文章で、最も多く引用されているグループだと思われるパブリック・エネミーのデビューアルバム『Yo! Bum Rush the Show』も発売され、彼らはセカンドアルバム『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』から、より政治色が強くなり、

スパイク・リーの1989年の映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』のテーマにも使用された「Fight The Power」を含む、彼らのアルバムの中で最も売れた1990年の3rdアルバム『Fear of a Black Planet』は、ブラックパワーや、ネイション・イスラムとの連携を深め、黒人至上主義的なメッセージによって、ポリティカル・ヒップホップの土台を作ることになりました。


Public Enemy - Fight The Power





この作品は、アメリカ国会図書館の重要保存録音物として永久保存もされているのですが、映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』で描かれたように、かつて隣人だったユダヤ人はハーレムを離れ、新しくハーレムで店を始めた韓国人社会とは軋轢を生み、黒人社会の底辺には「反ユダヤ主義」や「新世界秩序」といった陰謀論が蔓延し、ドラッグビジネスや、銃による抗争や自己防衛は、地元警察との関係をますます悪化させていきました。

マイケルの『Bad』(1987)から、『Dangerous』(1991)までの間、プリンスは『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』(1986)に続いて、『Sign "☮" the Times』(1987)や、『Graffiti Bridge』で、音楽だけでなく、映画を通して、神や愛というメッセージを表現しようとするのですが、音楽的な完成度はさておき、プリンスと消費者でもある一般の若者との距離は遠くなっていきました。


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by yomodalite | 2017-04-24 16:15 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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