食べる私/平松洋子

食べる私

平松 洋子/文藝春秋




雑誌「オール讀物」で3年間連載されていた「この人のいまの味」を単行本化。マイケルと同じ年に生まれた、ドゥマゴ文学賞を受賞したエッセイスト平松洋子氏による、各界の著名人の食についての対話が収められています。

著名人29人のラインナップは・・・

第1章
デーブ・スペクター(62)
林家正蔵(54)
ハルノ宵子(59)
黒田征太郎(77)
ヤン・ヨンヒ(52)
伊藤比呂美(61)

第2章
ギャル曽根(31)
美木良介(59)
土井善晴(59)
辻芳樹(52)
松井今朝子(63)

第3章
安藤優子(58)
ジェーン・スー(43)
渡部建(44)
光浦靖子(45)
堀江貴文(44)
大宮エリー(41)

第4章
高橋尚子(44)
吉田秀彦(47)
髙橋大輔(探検家・50)
田部井淳子(77)
山崎直子(46)
畑正憲(81)

第5章
小泉武夫(73)
服部文祥(47)
宇能鴻一郎(82)
篠田桃紅(103)
金子兜太(97)
樹木希林(73)

(カッコ内の数字はWikipediaで調べた生年を2016年から引いた数字)

食べ物との関係に濃厚な気配が感じられるひと。というのが人選の理由で、各省の括りの説明はなかったのだけど、あらためてラインナップを見てみると、

食べものへの関心のなさが際立つディブ・スペクター氏から始まる第1章は、グルメにも、手の込んだ家庭料理とも関係が薄そうな方々が多く、第2章は、食や料理を仕事にしている方々、第3章は、今のメディアで活躍している人々、第4章は、アスリートや探検家といった特殊な仕事につく人々の食、第5章は、登山家の服部文祥氏を除けば、高齢者の方ばかり。

あとがきに、「語り手の輪郭が立ち上がってくることに主眼を置いた」と書かれているように、対談という感じではなく、著者はそれぞれの人に語らせるという役を担っていて、「食べる私」の「私」は、平松洋子さんではなく、それぞれの人であり、読む人に、自分の中の「食べる私」のことも思い起こさせる。

語ってくれている人の中には、名前すら知らない人も多かったのだけど、なんとなく名前は知っていたけど、どんな人なのかはまったく知らなかった宇能鴻一郎氏の回は冒頭から色々と驚かされた。

(下記は省略・要約して引用)

油照りの昼下がりだった。横浜の、とある屋敷町の坂道をのぼっていくと蝉の亡骸がころんといくつも転がっている。夏も終わりだなと思いながら勾配をのぼりつめると、行き止まりに一軒の洋館があらわれた。宇能鴻一郎宅である。・・・

宇能鴻一郎の編み出した官能小説の文体は唯一無二。誰が読んでもすぐそれとわかるところに凄みがある。

「あたし、濡れるんです」

無防備で稚拙にみせながら、核心にずばりと踏み込む。

「課長さんたら、ひどいんです」

思わず膝を乗り出させ、しかし文体は硬質で無駄がない。だから読む者に隙を与えず、おのおのの想像力にすべてがゆだねられ、読む者はけっきょく自分で自分の官能を開かせられることになる。・・・宇能鴻一郎はそもそも日本古代史研究の徒だった。東大文化二類入学、文学修士、『鯨神』で芥川賞受賞・・・しかし、後年の「あたし、濡れるんです」とのギャップが作家としての像をしごく曖昧にした。・・・山本夏彦でさえ、こう書いている「宇能鴻一郎は名のみ高く、その姿を見た者がない唯一の文士である」

そして、日刊ゲンダイでの連載小説の最終回(2006年)から宇野氏は出版界からも消えていた

・・・邸の扉が開くと、そこは日常からみごとに切り離された異空間だった。静まり返ったエントランスホール正面に置かれたコンソールテーブルに、シルクハットとステッキ。左の空間に視線を移すと、外光が降り注ぐ小部屋の中心に燭台を配したおおきなテーブルがあり、フルセットの食器とカトラリーが数人分揃っているのが見てとれる。右に視線を運ぶと、虎がかっと口を開けて牙をむいた頭部つきの毛皮が床に敷き詰めてあり・・・

半世紀も秘書を務めているという老婦人にうながされて靴のまま廊下を進み、部屋の入り口に立つなり、息を飲んだ。そこは巨大なボールルーム・・・敷地600坪の邸宅とは聞いていたが、これほどまでに現実離れしているとは。しかし「序の口」という言葉の意味を思い知るのはこれからだった・・・

(引用終了)

このあと、燕尾服に身をかためた白髪長身の宇能氏があらわれて、ますます驚きの展開が続くと、、他の食に関する話などすべて忘れて、「今どき、殺人事件の推理なんかやってないで、宇能鴻一郎をモデルにドラマを創って・・織田君!」と思ってしまう私なのでしたw。



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Commented by mo8_a29 at 2016-10-24 18:42
こんばんは~
宇能鴻一郎という作家は 新聞の雑誌広告のところで 何やら官能小説ということでよく載ってましたよ~
ちょっと 読むことはできなかったけれど…いつもお決まりの言葉は有名でした。しかし私はてっきり文士という着流しの日本風家屋に住むという感じを想像していたけれど…
邸宅…しかもボールルームのある?(ダンスするんでしょうか?)燕尾服…白髪の長身の人だったとは、ちょっとびっくりしました~
Commented by yomodalite at 2016-10-25 10:07
>しかもボールルームのある?(ダンスするんでしょうか?)

そうそう、当時77歳の燕尾服で白髪長身の紳士は、ゆっくりと歩み寄り、ぴんと背筋を伸ばして「こんな格好ですみません。このあと社交ダンスのパーティーを催すものですから」って言うの。

宇野氏は日本一高い原稿料作家で、しかも月産千百枚を書きこなしていたんだって。作品もポルノだけでなく、嵯峨島昭の名前でミステリー作品を書き、本格的な料理やグルメ本も多くて、自分でも料理するんだけど、そういうときはシェフ帽とコックコートで「正装」するみたい。

もう絶対ドラマ化してもらいたいんですけどw
Commented by mo8_a29 at 2016-10-25 12:19
ドラマ化してほしいですね~
随分個性的だけど パワーのある人だわ・・・
おもしろいですね。
Commented by kuma at 2016-10-29 16:06 x
宇能センセ(ここはやはりカタカナで…)のお名前を懐かしく拝見しました。頻繁にその文章を読んだことがあるからからなんですけど。
会社員になりたてのころ、通勤電車で運良く座れたりしてふと目を上げると、前に立っているサラリーマンが広げているのが、かなりな頻度で夕刊タブロイド紙とかスポーツ新聞でした。で、なぜか宇能センセの連載小説の面がこちらに向けられているんです。一応若い女性でしたから、「朝から『課長さんたらエッチなんです』とか言われてもなー」と困惑したんですけど、その文体が個性的でついつい読んでしまいました。時には結構身を乗り出していたかも…(笑)
で会社にいくと、すぐ側に座っているきっちり七三分けの課長を見ながら、「この課長さんもエッチなことあんのかなー」なんて考えたりして。
ロクでもない社員をおいてくれてた会社に改めて感謝すると共に、文末ですぐ作者がわかるってほどの文体を確立してるって、すごいなーって思いました。
で、私がその文章を目にしていた時期の前も後も、宇能鴻一郎さんはずっとすごい人だったんだな、って今回の記事を拝読して思いました。
この方のペンネームが「宇能」(ご本名も同じ音で漢字が違うんですね)なのはそれが「官能」と似てるからかな…。
Commented by yomodalite at 2016-10-29 16:50
kumaさんまで思い出があるとは・・(笑)

>宇能が官能から来ているというのはそうかもしれませんね。この時代は「右脳」との関係は薄そうだし・・ミステリを書くときの嵯峨島 昭(さがしま あきら)というのも(さがしましょう)ですし。

芥川賞を受賞した『鯨神』の映画(未見)には、勝新が主演してるとか、官能小説への転向は三島事件の影響だったとか、まさか今頃になってドキドキしてしまうなんて思ってもみなかったんだけど、とりあえず、2014年の純文学復活作「夢十夜」を読んでみなくちゃ・・と思ってるとこですw。
Commented by jean moulin at 2017-03-09 18:19 x
この記事を読んで、ちょっと読んでみたいなあ、でも買うほどじゃないか、と思ったこの本。
図書館で借りようとしたところ、何十人待ちの人気で、やっと、先日手にする事ができました。
ぱらぱらと読めばいいかなと思ってたんだけど、この対話なかなか興味深く、後書きにあるとおり、語り手が食の話を通じて、魅力的に立体的に浮かび上がってきて、それぞれの人が気になってきます。
そして、それを引き出す平松洋子さんの人間性も伝わってきます。
で、結局4章あたりで、いろいろ調べながらゆっくり読みたいし、やっぱりこの本買お、という事になりました。
なので、まだ宇能センセのところは、読んでないんだけど、自分の本でじっくり読むね!
Commented by yomodalite at 2017-03-09 21:13
>やっぱりこの本買お、という事になりました。

買ったのぉ(嬉)

>この対話なかなか興味深く・・・

そうなんだよねぇ。私はタイトルから、平松洋子さんが、美味しいものを食べながら、対談者とおしゃべりしたものをまとめた本なのかなって思っていたんだけど、平松さんは一歩も二歩も引いて、それぞれの人の個性を押し出していて、登場する人によって、同じ本を読んでるとは思えないぐらい内容が変わるし、「食の会話」とは思えないような話も多くて、いい意味で想像を裏切られる内容だよね。

>宇能センセのところは、読んでないんだけど・・・

宇能センセは、字面でしか知らなかった方が、思わぬ姿で急に登場して・・その衝撃が大きかったので、ピックアップしちゃったんだけど、印象に残る話は多すぎるし、何度も楽しめそうな本だから、やっぱ「買う」のが正解かもね!
Commented by jean moulin at 2017-03-10 17:53 x
うん、また全部読んだら、どこかで感想書くね。
いつも素敵な本の紹介ありがとう!
Commented by yomodalite at 2017-03-10 22:12
感想楽しみーー🎶
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by yomodalite | 2016-10-24 12:00 | エッセイ | Trackback | Comments(9)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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