マイケルとポーに関してのぐだぐだな話w

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3ヶ月ぐらい前のこと。気鋭の翻訳家・鴻巣友季子氏の編集で、桜庭一樹氏による翻案2作も収録したポーの最新作品集、『ポケットマスターピース:E・A・ポー』を書店に見に行ったら、鴻巣氏の新訳を期待していた「大鴉」は、日夏耿之介訳(→日夏訳はここで少しだけ紹介)の再収録でガックシ。

このまったく理解できない日本語訳を今また?・・と驚いたのだけど、結局、誰も手を出せないんだよね。というのも、ポーは詩作について、どんな作家も、自分の作品が完成するまでに辿った過程を逐一詳述する気になれば興味深い論文になるはずだと主張して、『構成と原理』という詩論の中で『大鴉』について詳細な分析を試みていているんだけど、その理論に沿うように日本語にするなんて不可能としか思えないから。

以前、ポーの詩を読んでいたら、マイケルの「スムース・クリミナル」という曲が、フレッド・アステアだけでなく、ポー(とその分身でもある推理小説の元祖的存在である探偵オーギュスト・デュパン)にも捧げられているということだけはわかってきたので、とりあえず詩訳を試みてみたんだけど、ポーの詩の散文的理解とMJの世界との類似というのとは少し異なる話で、


その説明の糸口ともなりうる詩論の翻訳である『構成と原理』について、もっと理解したいとずっと思ってはいたのだけど、日本語で翻訳されたその理論を理解するのも難しいのだ(涙)


英詩は日本の詩よりも、もっと音韻が重要視され、声に出して読むことを重視してるよね。イスラム教の経典であるコーランも翻訳禁止で、書かれた言葉のままの音で読むことが大事だと言う。詩もそれと同じように「音」であり、詩は「音楽」と一体となり、それは舞踏となって、肉体とも一体となる。

最近読んだ “The Lost Children” を論じている「Dancing With The Elephant」の記事「No One Can Find Me」にも、ポーの『構成と原理』が登場していて(後半。2013年の記事へのリンクもある)、こういったMJの詩の特徴について、プリンスの詩と比較して書けたらなぁとずっと思ってはいるものの、そのハードルの高さは英語の壁だけじゃなさそう。

2ヶ月ほど前に見た、AXミステリ(CS)「偉大なるミステリー作家たち・エドガー・アラン・ポー」も面白かった。元は、ポーの生誕200年である2009年にNHK BS-hiで放送されたもので、江戸川乱歩が、自分が産み出した探偵明智小五郎に、ポーの人生を取材させるというドキュメント風味のドラマなんだけど、

2時間ほどの番組の中では、ポーの悪評の原因は、死後に発表された『回想録(メモワール)』を偽造して出版したグリズウォールドによるもので、ポーに自著を批判されて以来恨みを抱いていた彼が、ポーはアルコールと麻薬に溺れた下劣な人間だと嘘を描いていたことが紹介されていて嬉しかったのだけど(→これについては、ウィキペディアにも記述があります)

私が一番驚いたのは、
ウィリアム・ガワァンズという書籍商の証言。

(下記は番組からの引用)

ポー氏とのご関係は?

ウィリアム・ガワァンズ:彼の一家がニューヨークに住んでいた頃、空き部屋に下宿していました。彼の義理の母が家計を助けるためにやっていた賄い付の下宿です。

あなたが見たポー氏はどんな男でしたか?

ウィリアム・ガワァンズ:実際、じかにこの眼で見聞きしたことです。これは重要な法的証拠として記憶されるべきです。8ヶ月以上私たちは同じ家に住み、同じ食卓を囲みました。その間ポー氏の姿をよく見かけまし、何度も話をする機会がありました。アルコールの誘惑に負けるポー氏を一度も見ていないし、いかなる悪癖にふけることもありませんでした。私が世界中を旅して出会った人々の中で、最も礼儀正しく紳士的な、知的な友人の一人でありました。格別立派な人物であるばかりか、申し分のない夫でもありました。彼の妻は比類なき美しさと愛らしさを備えていました。ポー氏は非常に好感を与える魅力的な容貌の持ち主でした。ご婦人方は彼の顔をハンサムと呼ぶでしょう。

あなたのポー氏の間に、なにか利害関係は?

ウィリアム・ガワァンズ:仕事に困っているようでしたので、知り合いの作家や編集者を紹介しましたが、収入にはならなかったようです。結局仕事が見つからず、ポー氏の一家は、フィラデルフィアに引っ越したと記憶しています。

(引用終了)

えっーーーー!!!、
ポーって、女性が好むような好青年のイケメンだったのぉーーー?!

これまでも、ポーの肖像画には、人々が望むようなイメージが付加されていそうとは思っていたものの、「非常に好感を与える魅力的な容貌の持ち主」とまでは思っていませんでした。どうりで、ヴァージニアが亡くなった後も周囲に女性の影が絶えないはずだよ・・そんなところも、グリズウォールドみたいな男に強く嫉妬される要因だったりして・・・

マイケルが、ポーを演じる予定だった映画『The Nightmare Of Edgar Allan Poe』についてはよく知られていると思うけど、MJは、ポーが27歳のときに当時14歳だった父方の叔母の娘ヴァージニアと結婚したことで、ロリコンだの、性的異常者だと誤解されたことなども含めて、色々な部分で自分との共通点を感じていたんでしょうね。



冒頭の写真は、ジョン・キューザックがポーを演じた『推理作家ポー最期の5日間』。全体的に面白いとは言えず、無駄にグロい描写もああり、史実に忠実とも言えず、キューザックもポーらしくなく、他にこれといって良いところもない映画なんだけど、ポーの似ていない肖像画に飽きたので使ってみましたw


上記の内容とはまったく関係ありませんが、


私は事前にヒラリー支持を明確にしていたCNNのライブ放送でこの討論を見ましたが、ヒラリーが圧勝したようには見えず、とにかくヒラリーの政策が現在自民党が進めている政策と類似していることはよくわかったという感じでした。




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Commented by kuma at 2016-10-02 01:21 x
 30年くらい前になるでしょうか。外国で読んだ新聞にシルベスター・スタローンの記事が載っていて、彼の願いはエドガー・アラン・ポーの映画を自分の主演で作ることだって書いてあったんです。彼がロッキーシリーズでスターになり、ランボーでも成功を収めた頃だったので、あまりの意外さに笑ってしまいました。
 こちらの記事を拝見して、スタローンの夢のことを思い出しました。そしたら、2013年の映画評論のサイトに、「39歳で死んでしまうポーを自分が演じるのはもう無理でも、いつか映画は実現するつもり。脚本に手を入れ続けている」て感じの彼の発言が載っていました。(2005年に一度製作開始の話が出ていたようです。ポオ役にはロバート・ダウニー・Jrを考えていたみたい)
 少なくとも3年前まではあきらめてなかったわけで、「あの時笑ってごめん!」って思いました。
 エドガー・アラン・ポーという人は、創作する側としても創作される側としても魅力的、でもビジネスという点ではハードル高い、ということなのかな。
Commented by yomodalite at 2016-10-02 20:19
えっーー、スタローンがそんなにも長い間ポーに興味をもってたなんて!意外ぃーー。確かにそんなことが書いてあるサイトがあるね。レオナルド・ダヴィンチがずっとアイドルだったとか、これまた意外なことが書いてあるけど、

https://oneroomwithaview.com/2013/03/28/best-films-never-made-1-sylvester-stallones-poe/

ポーに魅了されるのは、彼が因習を打破し、暗号研究者だったことだなんて言ってて、知的な人だってことは知ってたものの、やっぱりすごく意外だわ、ポーがイケメンだったってことと同じぐらいびっくり!
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by yomodalite | 2016-10-01 08:35 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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