現代思想・臨時増刊号「プリンス」より

f0134963_19312357.jpg


色々と出版されたプリンス追悼本ですが、KAWADE夢ムック『プリンス 紫の王国』は、根本敬氏が、勝新とプリンスのエピソードについて過去記事よりもよくまとめられていて一瞬それだけで買ってもいいと思ったものの、マイケルを強く意識していた勝新にプリンスからオファーが・・というのは、3人とも大好きな私にとっては大好物なエピソードではあるものの、やっぱりその話の主役は勝新ですし、他の方々も日頃からプリンスについて何も考えず、聴いてもいないような寄稿者が多すぎて・・結局私が買ったのは、この「現代思想」一冊のみ。


マイケルの『現代思想』2009年8月臨時増刊号は、頭が悪い人が気取って書いたような文章が大半で、良記事と言えるのが極わずかだったせいか、


◎極わずかの良記事の例

http://nikkidoku.blogspot.jp/2014/08/blog-post_6.html

http://nikkidoku.blogspot.jp/2014/08/blog-post.html


今回もまったく期待していなかったのですが、プリンスの号は読み応えのある記事が多かったです。(MJを言葉で語ることの難しさと比較しなくても、Pは文学と相性がいいからかな・・)


1996年地元の記者ジム・ウォルシュによるインタヴュー「TAFKAPかく語りき」や、湯浅学「音楽への無条件の信頼」(Sacrifice of Victorを訳してるときだったから余計に)とか、大和田俊之「聖なるセックス」、森幻斎「特異性の論争」、小谷真理「マルチ・プレックス・ポエトリー」、村上春樹の「1973年のピンボール」の引用から始まる、中野利樹「紫のソリテアー」などネットでは読めないような濃い内容が多く、書籍としてお値段以上の価値を感じました。


そんな本書から、今後のプリンス和訳や、「マイケルと神について・プリンス編」のために、


北丸雄二氏の記事から省略してメモしておきます。


物見の塔の王子が見たもの ー プリンスと「エホヴァの証人」考


プリンスがエホヴァの証人に改宗したという報が一般に広まったのは2001年5月27日付のAP電による。プリンスが次のように語ったとする記事だった「汚い言葉を使うとその言葉が過去に起こしたすべての怒りやネガティブな経験を呼び起こすことになる。それは自分自身に向けられる。そんなことはイヤだろう?」「暴力を目にすると親は一体どこにいるんだと思う。彼らの人生で神はどこにいるんだと思う。子供っていうのはどんなプログラムでも取り入れてしまうコンピュータみたいなもんで、おかしなことが起きるんだよ。子供なのにタバコを吸ったり、セックスしたり」見出しは「G-rated Prince?」。「X-rated」の作品を作ってきたプリンスなのに信じられないというニュアンスだった。


死の直後に「ボルボード」誌が伝えたのは、ウエンディとリサのエピソード。二人が2000年にレヴォリューションのツアーをやろうとプリンスに持ちかけたとき、「彼はやらないといった。私が同性愛者で、半分ユダヤ人の血が入っているからだと」しかし、実際はその6年後、3人はロンドンの同じステージに立つことになる。バンドの最初期には二人が同性愛者だと知った上で受け入れ、次にそれを理由に手ひどく拒絶し、次にはまた何もなかったかのように受け入れる。40年近くの彼の音楽人生で、享楽的な性の追求と敬虔な信仰をめぐるこの謎だらけの矛盾がプリンスを貫いている。言い方を変えれば性と快楽を歌うのと同じ分だけ、神と天罰の恐怖が彼の人生と音楽に漂っていたのかもしれない。


・・・80年代にあって、「黒人」であって「ゲイ的」であるというのは(たとえその意匠を纒うだけであっても)大変な”矛盾”だった。マッチョな黒人コミュニティにあって、精神的にも肉体的にも繊細に育ちあがった青年がその繊細さを逆手に取って露悪的な戦略を取ったのだとしても、次には白人社会からの好奇の目が襲ったろうことも想像に難くない。セクシュアリティはしばしば人種という権力構造に絡みついている。

 

友人でかつ音楽上の協力者だったシーラ・Eが「ビルボード」誌で回想しているのは、神を信じていた最初期のプリンスと、その後に「何も信じていないようになった」中期のプリンスと、そして「エホヴァの証人」になってからのブリンスの三人だ。「彼のためには、何かを信じることは何も信じないよりはいいことだと思った」と彼女は言う。彼にはそんなにも屈強な何かが必要だったのだろうか。・・・


プリンスの両親は「セブンスデイ・アドヴェンティスト」の信者であり、「エホヴァの証人」になる以前から、「セブンスデイ」の終末の日のイメージは色濃く彼の歌に影を落とした。そしてまたシーラ・Eが証言したように、再び「何も信じていないようになった」プリンスは、その後に「ニッキーという女の子を知っていた。セックスの鬼だったね」で始まる、歌詞通りのセックス狂いの歌「Darling Nikki」(1984)を歌う支離滅裂さだった。・・・


「エホヴァの証人」の有名人であるマイケル・ジャクソンやテニスのウィリアムス姉妹、ノトーリアスB.I.G らが信者の家で育ったのに対し、プリンスは「セブンスディ」から改宗した「証人」だ。母親からの強い勧めがあったともされるが、広く知られるように直接彼に二年がかりの入信勧誘を行ったのはスライ&ザ・ファミリーストーンのベーシスト、ラリー・グラハムだ。


ワシントンボスト紙との2008年のインタビューでプリンスはそれを「改宗というよりはもっと、realization(気づいた、わかった、という感覚)だった」と話している。そしてグラハムとの関係を「(映画『マトリックス』の中の)モーフィアスとネオのようだった」と答えている。それはキリスト教で広く言われる「ボーン・アゲイン・クリスチャン」、つまり新たに生まれ変わったようにクリスチャンとして霊的に覚醒するパタンと同じだ。先に触れたボブ・ディランもそうだし、急に宗数的保守右翼に変身したテッド・ニュージェントやリトル・リチャード、クリフ・リチャードらもそうだ。政治家たちも、ジョージ・W・ブッシュを筆頭に、過去の不始末を一掃するかように突然「ボーン・アゲイン・クリスチャン」を名乗ることも少なくない。・・・


「改宗」が伝えられた2001年の11月、プリンスは9年ぶりに「プリンス」に戻って初の、24番目のアルバム『The Rainbow Children』をリリースした。コンセプトは、やはり信仰とセクシュリアリティ、そして愛とレイシズム。マーティン・ルーサー・キング牧師に着想したような(実際、師の演説音源も使われている)架空のユートピアへと向かう社会運動の物語。


「USAトゥディ」紙はこのアルバムを「これまで最も果敢で魅惑的な作品の一つ。たとえこれを神への謎めいた求愛と受け取ろうとも」と評した。「ボストン・グローブ」紙も「傑作」とは言わないまでも1987年の『Sign 'O' The Times』以来の、最も一貫して満足できるアルバム」と称した。しかし、「ローリング・ストーン」紙はやや違った。「神聖なる正義のシンセサイザーを振る説教壇の奇人(Freak in the Pulpit)」とはもちろんプリンスのことである。・・・リベラルな若者文化を先導する「ローリング・ストーン」誌が、プリンスの「信仰」を快く思わなかったのはそこからも明らかだ。・・・前出のクレア・ホフマンが行ったあるインタヴューでは、プリンスは同性婚に反対してソドムとゴモラを連想させるような次の発言をしている。「神が地上に降り立って人間があちこちでくだらないことをやったりしているのを見て、それでみんな全部いっぺんにきれいに片付けたんだ。『もう十分だ』って具合に」。・・・


トム・クルーズやジョン・トラボルタなどの有名人を広告塔のように利用する「サイエントロジー」とは違って、「エホヴァの証人」の本部組織である「ものみの塔(聖書冊子)協会」は建前上は有名人を特別扱いしない。プリンスの死後に掲載された英「デイリー・メール」紙の記事には、昨年夏の「エホヴァの証人」地区大会にラリー・グラハムと並んで座っているプリンスの姿が写真に収められている。・・・死の1ヶ月足らず前の3月23日のキリストの死の記念日にも、彼は普通に地元の集会に姿を見せていた。・・・


(引用終了)


f0134963_19362920.jpg
(この写真は上記記事にあるデイリーメールに掲載されたものですが、
プリンスが旅立つ1ヶ月前ではなくもっと何年も前のものです)


◎デイリーメール記事(北丸氏が書かれたこととほぼ同じ内容と、グラハム、シーラE、ジュディス・ヒル等が出席した追悼式の写真・動画)


◎信仰のために、手術を受けることができなかったのでは?というCNNの取材に、協会では反医療ではなく手術に反対したこともない。プリンスは他のブラザーと変わらなかった、というようなことを語っている動画


というわけなので、


西寺郷太氏が『アート・オフィシャル・エイジ』の解説と『プリンス論』の二ヶ所で唱えられた、プリンスがエホバから脱会したというのは間違いだと思います。


氏は「水の中には絶対にもう戻らない(Never going back underwater, no)」という歌詞の「水の中」という表現は、多少でもキリスト教を学んだことがあれば(脱会を意味することだと)ピンと来る言い方で、これは、エホバでの洗礼にあたる浸礼(水の中に一度沈めて引き上げる)という儀式のことだと言っておられるのですが、儀式は一回だけで、洗礼でも浸礼でもそのまま水の中にいるわけじゃないですしw、信者としての生活は水から上がってから始まるわけです。


多くの洗礼にある洗い清めるという意味だけでなく、エホバの場合は、過去の人生を捨てるという意味もあったはずなので、Never going back underwater, no が、脱会を意味するとは言えないんじゃないかと『プリンス論』を読んだときから疑っていたのですが、そうでないことはすぐに判明しました。


ついでなので、、w


西寺氏は、VISIONの「You Rock My World」の解説でも、「壁に飾られた黒人ボクサーの写真が、マイケルの父親ジョーの若い頃の写真であることを考えると、マイケルに「お前が誰か知っているぞ」と言われた、マーロン・ブランドの若き日のボクサー時代の写真が映るのは、どのような因縁を象徴しているのだろうか?」という信じられないような間違いを書いておられました。


このフィルムにはふたりのボクサーらしき男の写真が映りますが、マイケルの父親でも、マーロン・ブランドでもありません。マイケルの父がボクサーだったのは確かですが、ブランドはボクサー役を演じただけ。そもそも、写真と彼らの顔はまったく似ていないのに、どうしてそんな間違いをされるのでしょう?(みなさんにご協力いただいて判明したことですが、白人ボクサーはエド・ルイスという「レスラー」で、黒人ボクサーは、おそらくジャック・ジョンソンだと思われます。参考記事→


西寺氏のことは尊敬も感謝もしており、今後の音楽活動にも執筆にも期待しておりますが、集大成的な作品解説での二度の大きなミスに「イエローカード」を出さずにはいられませんでした。


北丸氏の記事に戻りますが、


氏は、記事の最後に、ボブ・ディランが、聖書の「イザヤ書」にあるバビロンの崩壊を知る物見の塔からの眺めをテーマに作った「All Along the Wachtower(見張り塔からずっと)」の歌詞を紹介されていて、ディランが見たものと、プリンスが見たものは同じなのか、違うものだろうか、と結ばれていました。


◎[Amazon]現代思想 2016年8月臨時増刊号 総特集◎プリンス1958-2016


[PR]
トラックバックURL : http://nikkidoku.exblog.jp/tb/25990601
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by komeko at 2016-10-14 15:57 x
3月23日は平日でした。上記の写真は2003年ぐらいの古い写真です。プリンスのここ数年のインタビューではExpandedしたと言ってました。
Commented by yomodalite at 2016-10-14 17:49
komekoさん、ナイスなコメントありがとうございます!

>上記の写真は2003年ぐらいの・・

確かに!ラリーとの写真は1ヶ月前のヘアスタイルではなく、3月23日は水曜ですね。その写真は通常の礼拝ではなく、なにか大きな大会のときの写真のようですね。

>プリンスのここ数年のインタビューではExpandedした・・

そのインタヴューぜひ読みたいです。どこを探せばいいですか?

ただ、日付は不正確なものの、CNNがプリンスが通っていた教会を取材したとき、1ヶ月前(3月)に教会を訪れたのが最後だったという証言や、https://www.youtube.com/watch?v=aNJ1s_5PB0U&feature=youtu.be お葬式も教会で行われているので、脱会していないことも確かかと。

MJのときの経験や、昨今の大統領選挙を見ても、CNNだから信頼できるだなどとはまったく思っていないんですがw
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by yomodalite | 2016-09-21 09:11 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite