7年経ったことと、1998年の宇多田ヒカル

昨晩は、MBSソングタウンという関西の番組でも、マイケル特集をやっていた。

出演していたのは、このブログでも何回か紹介したテンダラー浜本と、デンジャラスツアーのステージでマイケルに会っている関根麻里の夫でもあるシンガーのKと、ジャクソンズと共演もしている福原美穂。

おなじみスムクリのゼログラビティで登場したテンダラー浜本は、この格好でロケにも行っていたという赤のスリラージャケットがすごく似合っていて、相変わらずビートイットのギャングがちょけているシーンについて流暢に語り、Kはキーボードを傍において、この曲のメロディはこうなんだけど、マイケルが歌うとこうなる・・・ヒューマン・ネイチャーは息継ぎでさえ、リズムになっている、なんてことを優しく解説し、福原美穂はマライヤの「アイル・ビー・ゼア」からジャクソン5が好きになって・・・などなど、三者三様のマイケルが熱く語られ、福原とKによるブラホアもすごく素敵だった。

先日、少年隊ヒガシが出演した番組でも流された、あの二分間のことや、ムーンウォークのバリエーションについての話もあったのだけど、本当に何度聞いたかわからない話を、日をおかずにまたもや聞くことになったのに全然飽きてないし、こんなふうに大勢の人が何度も繰り返したくなるというのは、何度言葉を尽くしても、きっと説明しきれないと感じるからかな、と思う。会いたいって思う気持ちや、美しいって思う感情を説明することって出来ないから。

それと、地上波でこんなにも長くマイケルが語られるのは、TVで活躍する芸人や芸能人という人々に特別な刺さり方をしている人が多いからだと思う。マイケルはマスメディアの最大の被害者であることも確かだけど、マイケルほど、マスメディアを研究し尽くしたアーティストもめずらしく、彼らには、マイケルがマスメディアにしか出来ないと思っていたことが伝わっていて、7年経ってもまだ・・というよりは、7年経ってようやく気持ちの整理がついて、余計に語りたいということもあるのだと思う。最近ファンになった人にはわからないと思うけど、「インヴィンシブル」から「THIS IS IT」まで、本当に長い長い8年があった。


1998年の宇多田ヒカル (新潮新書)

宇野維正/新潮社



「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」等の編集部を経て、現在は「リアルサウンド映画部」で主筆を務める著者が、今年(2016年)1月に出版した本をようやく読み終えた。

著者は、「はじめに」で、この本を書きたいと思った理由を3つ挙げている。

1998年という年が、この先、未来永劫に塗り替えられることがない日本の音楽業界史上最高のCD売り上げを記録した年だということ。

2000年、2005年、2010年も、そして現在においても、グループ、バンド、ソロを問わず、性別を問わず、日本の音楽シーンにおけるトップ3の才能だと自分が考えている音楽家、宇多田ヒカル、椎名林檎、aikoという3人がすべて1998年にデビューしている。

この3人について、自分はそれを書くのにもっとも相応しい場所にいた、という自負がある。

そして、「日本でもっとも多くのCDが売れた年」と「日本で最も多くのアルバムを売った音楽家」をタイトルに並列させた本書は、結果的に長いようで短かった「CDの時代」へのレクイエムのような本になった、と。

そんなわけで、タイトルとは異なり、第1章は、家庭用CDプレイヤーが発売された1982年のことから始まり、第2章では、小室ブームや渋谷系やSMAPについても触れられ、第3章で、ようやく宇多田ヒカルらがデビューした1998年のことが語られる。

この間のことは私にとってすべてリアルタイムで、深夜に宇多田ヒカルのPVを初めてみたときのことも、すごく覚えている。

でも、、

1998年は、まだ『インヴィンシブル』が発売になっていなくて、それが「オートマティック」よりも後だったということが、自分の記憶の中でなんだか一致しない。

好きな音楽が好きなだけ聴けるということだけが「自由」だった職場では、誰もが自分のお気に入りのCDを持ってきていて、みんなプリンスが大好きだった。私も好きだったけど、インクロのリミックス版3枚を私が1日中かけ続けた日をきっかけに、マイケルも解禁になって、、私は「XTC」をかける係でもあったのだけど、みんな職場の近所にいっぱいあった流行りのクラブより、ここの方が熱気があると感じていた。

そうして、みんなが競って残業していた時代、深夜遅くに帰宅してテレビをつけると、宇多田ヒカルの「オートマティック」のPVが流れていたような気がする。深夜なのにどうしても彼に電話したくなってしまう曲だったけど、彼女の音楽をCDで聴いたのはそれからずっと後になってからだった。

私にとって、彼女の音楽は、いつもFMとかテレビから聴こえてくる音で、だから時代の記憶とマッチしているように感じるのかな・・。

『インヴィンシブル』はなかなか発売されなくて、待っている間に、私は独立し、離婚し、発売後に、再婚して、それから、MJが歌わなくて踊らなかった長い長い間に、私も引退して、そうして2009年がやって来て・・・。

それからまた何度も何度も繰り返して聴いているせいなのか、『インヴィンシブル』は「あの時代の音」とは言えなくて、全然古くもなっていない。でも、あまりにも何度も聴いているから、宇多田ヒカルのデビューよりも、ずっと前からあったようにも感じていた。

「オートマティック」を初めて聴いたときの自分に戻ることの方がずっとむずかしいのに。

「インヴィンシブル」から「THIS IS IT」までは本当に長くて、宇多田ヒカルが休業宣言したのは、私にとってはついこの間のように感じるけど、実際は2010年で、もう6年も経っていた。

そんなことを書いてアップするときに、このブログのアクセスレポートを見たら、気づかない間に、累計の訪問者数が100万を超えていた。訪問者数は、ひとりが1日に複数ページ見ても1カウントで、ここにはスマホのアクセスは含まれていないので、アクセスカウンターなら、200万以上にはなってると思う。ブログをやっていない人には結構多い数字に思われるかもしれないけど、気がついたら9年もブログを書いていたってことなんだよね。

時代が流れていくのと、自分の歩みとは、ますます乖離していくような・・・
_______

1998年の宇多田ヒカル[目次]

第1章 奇跡の1998年組
第2章 1998年に本当は何が起こっていたのか?
第3章 1998年の宇多田ヒカル
第4章 椎名林檎の逆襲
第5章 最も天才なのはaikoなのかもしれない
第6章 浜崎あゆみは負けない
第7章 2016年の宇多田ヒカル

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by yomodalite | 2016-09-09 23:04 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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