毒を食らわば皿まで・・・?

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BSプレミアムの「PRINCE~創造にみちた天才の軌跡~」良かったなぁ・・・

海外の番組を元にしているせいか、日本では『ビートで抱かれて』という邦題で紹介されることの多い『When Doves Cry』も、原題のまま放送してくれたし、評判の悪い映画『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』も、なんか綺麗な映画かも・・みたいな感じでサラッと紹介してくれて、プリンスの一種独特な「宗教性」がバレないように気を遣ってくれたしw 

とにかく、よくは知らない人にとっても、ものすごい有名人ではあったマイケルの旅立ち後の報道の狂乱と比べて、「天才性」という点に焦点をあてれば、プリンスほどハマる素材はいない・・というメディア的な判断が功を奏していた感じ。



番組から、プリンスのライブ映画
『サイン・オブ・ザ・タイムス』からの映像。





『サイン・オブ・ザ・タイムス』を、割と長めに放送してくれてすごく嬉しかったんだけど、この映像に限らず、プリンスは日本での観客動員数では、マイケルとは比較にならないものの、日本の音楽関係者に与えた影響はプリンスの方が絶大だったという気がいつもしてしまう。ただ、本当に不思議で仕方ないんだけど、あの「お約束」を繰り返すマイケルのライプ映像のような中毒性はないんだなぁ・・(ホント不思議)・・

それと影響を受けたという点では、マイケル本人が一番影響を受けているということも、いつも感じてしまう。どっちが先ということに関して、厳密に調べたことはなく、いつかきちんと調べてみようと思っては、いつも面倒くさくなって、他のことに手をつけてしまうんだけど(SONY関連のことも仄かに含む)。

とにかく、色んな部分ですごく似ているふたりが、それゆえに分かれていく天才のあり方について見ているのは興味深くて、飽きないんだけど、ここ数ヶ月で読んだ本はそれなりに興味深いテーマだったものの、踏み込みが浅かったり、資料がイマイチだったり、自分が一番頭がいい競争のために批判しているだけとか、この面白さについてまったく説明できる気がしないとか、だけでなく、

マイケルやプリンスのように、自分自身でひとつの物語を背負った天才を見ていると、作家が紡ぐ「物語」に興奮しきれなくなっていたりもする。

子供の頃から「夭折の天才」が嫌いで、長い間、作品を創り続けた人にしかその称号を認めたくない。純粋無垢の輝くような光に包まれているような青少年期の才能なんて、勘違いの賜物のような気がして、あらゆる苦難に直面し、天国と地獄の両方を渡り歩いて、出し尽くしたと思ったところから、さらに絞った搾りかすや、湧きでる灰汁のようなものにさえ、なにか滋養が感じられるような・・というか、むしろ「毒」であったとしても・・・

マイケルの影響から、素晴らしい行動をしている人には申し訳ないけど、私は果たしていい影響を受けているのかどうか、わからないことがよくある。「眼福」なのか「目に毒」なのかわからないだけでなく、

最近、大阪・堀江(東京でいえば代官山)の雑貨屋で涼んでいたときも、こんなものから「マイケル」を感じてしまうし・・・


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http://www.asoko-jpn.com



そういえば、「毒を食らわば皿まで」という言葉の出典はなんだったのか、とネットで見てみたけど、「一度罪悪を犯したからには,徹底的に罪悪を重ねる」という意味しか見つからなかった。徹底的に悪に徹すると、何がいいのかな?

ネットでの浅い調べによれば『八犬伝』では、「毒を食はば皿舐(ねぶ)れ、人を殺さば血を見るべし」とあって、殺すときは血を見ることが大事だとか。本音を言うことで、人気を集める政治家が人気を集めているのは、血を見ることない人殺しが横行していることの裏返しかもしれないと思ったり、正義に幼稚さを感じて、「悪」の方が魅力的という感覚は巷に溢れているような気もする。。

踏み込みが浅かったり、資料がイマイチ・・と思った本の一冊、『宗教消滅』には、かつて隆盛を誇った新興宗教だけでなく、世界中の宗教が消滅の危機にあるという内容なんだけど、教会に行ったり、リアルな勧誘行動のようなものが減っているだけで、ネット上には様々な宗教が溢れていると思う。

『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』や、『グラフィティ・ブリッジ』、『サイン・オブ・ザ・タイム』にも劣らないプリンスのライブの魅力が詰まった『レイヴ・アン・2・ザ・イヤー 2000』には、日本人にはあまり受け入れられない、米国の自己啓発好きな国民性とも繋がるプリンスの信仰感覚が溢れていて、マイケルの信仰心と紙一重のところもあるんだけど、KINGはそういった布教はしなかった。

プリンスの映画の中では『パープルレイン』の自伝的内容に、マイケルはもっとも嫉妬したと思う。それが彼をより「マイケル・ジャクソン」や、「KING OF POP」にしていったのではないか。新アルバムのリリースを止めたのも、あれだけ創りたいと思っていた映画を作れなかったことも、「正解」だったと思うけど、プリンスは創ることが「正解」だったと思う。


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マイケルが旅立ったとき、プリンスはこれからどうするんだろう。と思ったけど、2005年以降、マイケルがもっとも苦しんだのは、裁判や疑惑のことではなく、プリンスの才能だったんじゃないかと思うことがある。ふたりとも「黒人」としてのアイデンティティに苦労したけど、プリンスは生まれ故郷を離れることなく、マイケルは世界中を旅したがった。

そんな天才のことばかり考えていて、私にとってどうなんだろう。と思いだすと、「毒も薬の内」ということわざを思い浮かべたりするんだけど、そんなことわざはなくて、「毒にも薬にもならない」が正解みたい。

でも、「毒も薬の内・・・」というような話は、例えば、親鸞なんかの思想にはあるんじゃないかな?(それは、仏教というよりは、どちらかと言えばキリスト教の影響として・・・)というのも勝手な想像なんだけどw



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by yomodalite | 2016-05-10 12:31 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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