HIStoryと黙示録:『地獄の黙示録』①

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HIStoryと黙示録:『ターミネーター2』の続き


さて、いよいよ、HIStoryティーザーに引用された最後の映画である『地獄の黙示録』について考えたいと思います。


1979年の作品ですが、今見てもまったく古さを感じない名画で、AFIが選んだ『アメリカ映画ベスト100』で、実際の戦争を描いてベスト30に選ばれた映画は、すべて他国の話か、アメリカが勝利した戦争の映画なのですが、


『地獄の黙示録』は、唯一アメリカが勝てなかった戦争をテーマにしてランクインしています。


また、ヨーロッパが起こした戦争に参加したといえた第二次大戦までの戦争とは違い、資本主義陣営の盟主となったアメリカと、共産主義陣営の盟主であるソ連、この二大国の代理戦争ともいえるベトナム戦争を舞台にしながら、これまでのヨーロッパの戦争の歴史そのものを問い、戦禍の中での「愛と友情」を描いたり、戦争の悲惨さや無意味さから「反戦」をテーマにした多くの戦争映画とも異なり、


『地獄の黙示録(原題:Apocalypse Now)』は、ヨハネの黙示録(The Apocalypse of John)の「最終戦争」や「千年王国」、「善と悪との戦い」といったプロットを採用して、未来を描いた『レッド・オクトーバーを追え』や、『ターミネーター2』のような映画とも違っていて、「今の黙示録(Apocalypse Now)」を描いているんですね。


マイケルは、『HIStory : Past, Present and Future, Book I』において、ヨハネの黙示録(別名:The Book of Revelation)や、聖書(通称:The Book)への間違った解釈に基づいた「HIStory(歴史)」を「Past(過去)」のものとし、「Present(現在)」と、「Future(未来)」を「Book I(新たな本の第1巻)」とするために、この映画を最後に引用したと思われるので、まずは、『地獄の黙示録』の解説から始めてみたいと思います。



◎ヨハネの黙示録と『地獄の黙示録』の違い


ヨハネの黙示録の最初の方には、わたしはアルファであり、オメガである」とあり、また、終わりの方で、わたしはアルファであり、オメガである。最初の者であり、最後のものである。初めであり、終わりである」とあります。これは、ギリシャ文字の最初のΑ(アルファ)と、最後の文字Ω(オメガ)が、最初と最後、すなわち、「全て」と「永遠」という意味を持つと考えられ、伝統的な聖書の解釈では、この人物をイエスだとしてきたのですが、


『地獄の黙示録』は、ドアーズの「The End」で始まり、また、「The End」で終わる映画なんですね。



◎なにもかもが「矛盾」したストーリー


ウィラとエレノアの会話では、ヒストリー・ティーザーは「情景と音」が逆になっている、と表現されていましたが、地獄の黙示録では、常に「理性と感情」や、「感情と行動」が逆になっていて、・・・


オープニング、ジャングルが燃える風景をバックに「The End」が流れる。


これで終わりだ 美しい友よ これで終わりだ ただ一人の友よ 築きあげた理想はもろくも崩れ 立っていたものはすべて倒れた 安らぎは失われ 驚きは去って もう二度と君の瞳を見ることはないだろう 心に描けるだろうか 限りなく自由なものを あえぎながら見知らぬ人の助けを求め 絶望の大地をさまよう・・・果てしない苦悩の荒野に進むべき道を失い すべての子供たちは狂気に走る すべての子供たちは狂気に走る・・・  夏の雨を待ちわびて(字幕訳)






ジャングルに主人公の男(ウィラード)の顔がオーバーラップする。ウィラードは、厳しい戦場を離れ、愛しい故郷へ戻ったとたん、戦場が恋しくなり、妻と離婚し、軍に戻っていた。戦地とは離れた安全な部屋の中で、司令を待っているうちに、恐怖を感じ、鏡に映る自分を殴って、手に怪我を負う。翌朝、泥酔して目覚めたウィラードは、司令を届けにきた二人の男に抱えられて身支度され、司令部へと送られる。


ウィラードに与えられた任務は、人間として優れ、優しく、ユーモアを解し、非のうちどころのないエリート軍人だったカーツの殺害。


司令部の人間はいう。「彼は、特殊部隊に入って、考え方や作戦手段が変わった。カンボジアに入り、彼を神と崇め、絶対服従を誓う人々を意のままに動かしている。カーツ大佐には、殺人罪で、逮捕命令が出ている。彼は数名のベトナム人スパイを二重スパイだと決めつけ、独断で処刑した。


この戦争ではいろいろな混乱が生じている。権力と理想、古い道徳観と現実の作戦行動、現地人の間に入り、自ら神となるのは、大きな誘惑に違いない。人間の心には戦いがある。合理と不合理、善と悪、善が勝つとは限らぬ。時には、悪が勝って、リンカーンの言う “心の天使” を打ち負かす。誰にも理性の限界がある。君にも、私にも。カーツは限界に達し、完全にイカレてしまった。彼の行動は良識による抑制を失い、人間の行ないとしていささかの容赦の余地もない。その彼が軍の指揮を取っている」


ウィラードの心は揺れる。戦場の英雄に与えられた罪は「殺人罪」。レース場でスピード違反を取りしまるか? 彼は大きな疑問を抱きながらも、その任務を引き受け、船に乗り込む。


「行き先が地獄だってことを、おれは知らなかった。彼の物語は、俺の物語、彼の物語が懺悔録なら、俺のも同じだ」(事を成し遂げた後のウィラードの回想)


最初に降りた島では、米軍による空爆が行われた直後で、夥しい死体が転がっている。生き残った人はトラックに誘導され、「我々は暖かい庇護の手を差し伸べる」とアナウンスが響いている。将軍(キルゴア)は、大怪我をしているベトナム人に、自分の水筒から水をやろうとするが、ウィラードが乗りこんだ船に、有名サーファーがいることを知ると、貴重な水をあげずに捨て、その場から去っていく。死体の処理に追われる兵士、ヘリコプターで救助される牛・・・


牧師が祈る声が響く「栄光は天なる父のものなり、我々を救いたもう主に祈りを捧げよう。天にまします、我らの父よ、御名を崇めさせたまえ、御国を来たれせたまえ、御心の天になるごとく・・」


翌朝、ラッパが吹かれ、ヘリコプターは離陸する。現代の騎兵隊たちは、サーフィンの高波を目指し、ベトコンの拠点へと向かう。キルゴアは島の人々に脅威を与えようと、ヘリコプターから、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を大音量で鳴らし、ミサイルが打たれる。


学校が爆撃を受け、子供たちが犠牲になり、アメリカ軍兵士も大勢犠牲になる。攻撃は、さらなる攻撃を生みだし、その惨劇の中、キルゴアは、サーフィンのために、波の高さを確認し、ナパーム弾を搭載した爆撃機に、ヤシ畑への破壊司令を出す。燃え上がるヤシ林。「朝のナパームは格別だ」そう言い放つ彼は、「この戦争もいつかは終わる」と仲間を励ます。


キルゴアが許されて、なぜカーツが・・ ウィラードの自問自答は続くが、船は進んでいく。船の乗組員たちは、誰も目的地を知らず、目指してもいないが、誰もが船を降りられない。カーツ殺しを請け負ったウィラードは、カーツを知れば知るほど、尊敬すべき男に思えてくる。カーツは将官になれたのに、その道を捨て、前線を志願していた。カーツは何を目指しているのか?


船が進んで行くたびに、戦場は混乱を極め、乗組員の命はひとり、またひとりと奪われていく。そして、ウィラードは、ついに、これまでに目にした戦場以上に混乱した、カーツが支配する島(王国)へとたどり着く。


ここに住む米国人カメラマンは、ウィラードたちを出迎えて言う。俺たちは皆、彼(カーツ大佐)の子供だ、と。ウィラードが彼と話したいというと、「話を聞くんだ、心を拡げて、彼は軍人であり、同時に詩人だ」と言う。数え切れないほどの処刑された死体と生首があふれているその島の人々は、ウィラードをカーツの元へと運んでいった。


捕らえられたウィラードに、カーツは尋ねる。「君は考えるか? “真の自由”とは何か 他人の意見にとらわれぬ自由、自分からも解きはなれた自由、彼らは理由を言ったか?ウィラード なぜ私を殺して、私の指揮を断ち切るかを」


ウィラード「私の任務は軍の機密です」

カーツ「今更、機密ではなかろう 彼らはなんと?」

ウィラード「彼らはこう言いました。あなたは完全におかしくなり、作戦手段が不健全だと」

カーツ「私の作戦が不健全だと?」

ウィラード「私の目には作戦手段など・・どこにも・・」

カーツ「君のような人間が来ると思っていた。君は何を期待してた?

ウィラード「・・・」

カーツ「君は殺し屋か」

ウィラード「私は軍人です」

カーツ「どっちでもない 使い走りの小僧だ 店の主人に言われて、勘定を取りに来た」


この後、牢に入れられたウィラードに、カメラマンが言う。「なぜだ?、なぜ君のようないい奴が天才を殺す・・・知ってるか? あの人は君のことを好いてる。君を気に入って、処置を考えてる。知りたいだろ? 俺は知りたいね、どうする気か・・君は知らないだろうから、教えてやる。彼の頭は正常だ。彼の魂がイカれてる。わかるか? 彼はじき死ぬ。このすべてを憎んでる。時々・・彼は詩を朗読する。生き延びた君を彼は評価し、処置を考えてる。俺は君を助けない、君が彼を助ける 彼が死んだらどうなる? 彼が死ねばすべてが死ぬ 人々は彼について何と言う? 優しい男だった、賢い男だった、理想を持っていた。たわ言だ!俺が真実を証言するのか? ご免こうむる!それは、君の役目だ」


夜になり、ウィラードが意識を取り戻すと、目の前には、顔をカモフラージュにメイクしたカーツが立っていて、船に残してきた仲間の「首」を置いていく。激しい恐怖に意識を失ったウィラードは牢から出され、身を清められ、食事を与えられて、再び、カーツがいる場所へと連れて行かれる。カーツは詩を読んでいた。


空ろな人間たち 

互いにもたれ合ってるわら人形

頭の中にはわらが詰まってる・・(字幕訳)


カメラマンはウィラードに言う。「何を言ってるかわかるか ごく基本的な弁証法だよ・・弁証法理論には、 “愛” か “憎しみ” しかない。


(ウィラードの独白)「彼に会えば、すぐに任務を果たせると思っていた。」


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(カーツの軍服の「鷲のマーク」がクローズアップされる)



彼は俺の心を見通していた。将軍たちが俺の見たものを見たら、彼を殺すだろうか。もちろん殺すだろう。彼の家族が今の彼を見たら、どうするだろう。彼は家族を捨て、自分をも捨てた。彼ほど苦悩に引き裂かれた男を俺は知らない。



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(カーツのデスクには、聖書とゲーテの本、フレイザーの『金枝篇』、ウェストンの『祭祀からロマンスへ』が置かれていた)



「私は地獄を見た。君が見た地獄を。だが私を殺人者と呼ぶ権利はない。私を殺す権利はあるが、私を裁く権利はない。言葉では言えない。地獄を知らぬ者に、何が必要かを、言葉で説いて分からせることは不可能だ。恐怖だ。地獄の恐怖には顔がある。それを友とせねばならぬ。恐怖とそれに怯える心、両者を友とせねば一転して恐るべき敵となる。真に恐るべき敵だ・・・持つべき兵は、道義に聡く、だが同時に何の感情も感情も興奮もなく、原始的な殺人本能で人を殺せる男たちだ。理性的な判断を持たずに、理性的な判断が敗北を招く・・・


私は気がかりだ。息子が私の行動を理解できるかどうか。もし私が殺される運命にあるのなら、誰かをやって息子にすべてを伝えてほしいのだ。私が行い、君が見たすべてを。何よりも嫌悪すべきは「偽り」が放つ悪臭だ。君が私を理解するなら、君がやってくれ。


(画面が変わって)村人が、神への生贄として、牛を殺そうとしている


牛を生贄に捧げる祭りの夜、ウィラードは、カーツ殺しに向かう。再びドアーズの「THE END」が流れ始め、ウィラードは、村人が牛を殺すのと同じタイミングで、カーツに鎌を振り下ろす。


倒れたカーツの最後の言葉は、「地獄だ、地獄の恐怖だ(Horror Horror)」。


カーツが最後まで書いていた分厚い原稿・・(原作の『闇の奥』では、国際蛮習防止協会から、野蛮な行動を防止するための報告書を求められていた)しかし、理想を書き連ねてあるはずの、その原稿の中には、大きく赤い文字で、「爆弾を投下してすべてを殲滅せよ」の文字が。


(ウィラードの独白)これで俺は少佐に昇進。だが軍隊などどうでもいい。皆が殺る時を待っていた。特に彼が・・俺が苦痛を取り除くのを彼は待っていた。軍人として死ぬことを願っていた。みじめな脱走将校としてではなく・・ジャングルも彼の死を求めてた。彼の城であったジャングルも。


カーツが殺されたことが村人にも知れ渡り、全員がウィラードに向かって、頭を下げる。王を殺した者は、新たな王だと見なされる。しかし、ウィラードは村人の間を割って進んで行き、ランスと共に船に乗り込む。ウィラードは村を爆破することなく、島を立ち去った。(続く)


____________


[補足情報]ご覧になったことがない方に参考までに付け加えると、この映画には、現在「劇場公開版」(1979年版)と「特別完全版」(2000年版)と呼ばれている2種類のヴァージョンがあるのですが、コッポラ自身が制作費をまかなっていることもあって、1979年版から「ディレクターズ・カット」であり、特別完全版(原題:Redux)は、迷いに迷って振るい落とした場面を「復活」させたもので、いわゆる「最終版」とは違うんですね。


そんなわけで、「劇場公開版」では、まるごと削られたエピソードなども、「特別完全版」にはあるのですが、最初に「劇場公開版」で、作品全体を味わい、次に「特別完全版」を観ることを、私はオススメします。これは、マイケルの再発アルバムと同様で、追加された曲は、どれもとても魅力的だけど、最初のカットの重要性は変わらないといった感じでしょうか。


また、特別完全版は、HIStoryティーザーよりも後に公開されたものなので、この考察では、オリジナル版のエピソードを基本にします。





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by yomodalite | 2016-01-20 12:11 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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