HIStoryと黙示録:『ターミネーター2』

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『HIStoryと黙示録:レッドオクトーバー』の続き


黙示録や、キリスト教や、ヨーロッパの歴史について、いろいろと面倒くさい説明をしていますが、自分の「信仰」や「主義」や「感覚」を説明するために、文字数を使っているわけではなくて・・・あふれるほどの知識や知性がありながら、それだけで、結論を出すことを良しとせず、あらゆる人々の考えに、すべて耳を傾けているマイケル・ジャクソンを言葉にするのは、本当に困難で、ウィラやエレノアと同じく、彼がやっていることは複雑で、ものすごい量の情報を詰め込んであるこのショートフィルムを語るのは難しいと思うのですが、他にいい方法も思いつかないので・・・続けます(泣)


* * *


『ターミネーター2』は、ソヴィエト連邦が崩壊した1991年の映画。引用された映画の中では、この作品をご覧になった方が一番多いと思いますし、会話でも紹介されているので、映画のあらすじを紹介することは省きますが、この映画の副題は「Judgement Day(審判の日)」ということもあり、HIStoryに引用された映画の中では、もっとも聖書の物語や、伝統的な「ヨハネの黙示録」の解釈に忠実で、また、ウィラとエレノアの会話で「新たなヒーロー像」だと評された中でも、『ターミネーター2』は、ミカエルを描くことがストーリーの主軸になっています。



◎『ターミネーター2』とヨハネの黙示録
「廃墟と化した2029年ロスアンジェルス、30億の人命が核戦争で失われた1997年8月29日、生存者はこの日の事を “審判の日” と呼んだ。彼らの悪夢はさらに続いた。機械との戦争である。ーー 敵の頭脳、コンピューターの“スカイネット”は、二体の殺人機(ターミネーター)を派遣。
殺害の目標は、人類の“抵抗軍のリーダー” 私の息子ジョンである。最初のターミネーターは、ジョンが生まれる前、1984年の私の命を狙い失敗した。第2のターミネーターの目標は少年に成長したジョン。抵抗軍はそれに対し、またも1人の戦士を送り出した。こうしてジョンをめぐる死闘が始まった。」(日本語字幕より)


ロスアンジェルスは、スペイン語で「天使の街」の意味をもち、このナレーションをしている、ジョンの母親の名前は、サラ。サラは、唯一神であるヤハウェ(=エホバ)が、人類救済のために最初に選んだ預言者で、イエスの先祖であるアブラハムの妻の名前で、高貴な母を示す名前としてよく使用されています。


そして、その息子のジョンというのは、「ヨハネ」の英語読みです。


聖書には、洗礼者(パブテスマの)ヨハネと、使徒ヨハネという二人の有名人がいるのですが、洗礼者ヨハネは、イエスの少し前に誕生し、イエスに洗礼を授けた預言者で、キリスト教では、伝統的にイエスの先駆者として位置づけられ、絵画や物語おいて、しばしば、イエスと同じような存在として描かれ、ちなみに、


「30億の人命が核戦争で失われた」という8月29日は、マイケル・ジャクソン聖誕の日ですが、洗礼者ヨハネが斬首された日としてもよく知られている日です。


で、もうひとりの使徒ヨハネが、ヨハネの福音書とヨハネの黙示録を書いた、ヨハネだと伝統的に考えられてきたのですが、最近の解釈では、それぞれ別人が書いたという解釈が優勢になっているようです。


また、『ターミネーター2』には、関係ないのですが、①から続く「鷲のシンボル」について、付け加えておくと、ヨハネはしばしば「鷲」のシンボルであらわされています。


これは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという、4人の福音書の著者が、それぞれの福音書で、マタイは獅子(王)、マルコは犠牲者(獣・牛)、ルカは罪なき人(天使)、ヨハネは神の子(鷲)として、イエスを描いている、と言われていることから来ていて、そこから、鷲と剣(武具)が「神の軍隊」としてのマークになっているんですね。



◎『ターミネーター2』と大天使ミカエル


オープニング、タイトルロールで映しだされる、廃墟と化したロスアンジェルスは、ブランコや乗り物といった子供の遊園地が燃え上がるような風景がメインに映し出され、その火の中から、不動明王のようなターミネーターの顔の骨格が浮かび上がるのですが、未来の救世主を守る最強の戦士ターミネーターが、「ミカエル」役を担っていることは明らかです。



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上で、洗礼者のヨハネも、イエスと同じような描かれ方をしていると書きましたが、黙示録を基にした物語の中では、ミカエルとイエスのイメージも混在していて、


人類のために、地球に「人間の姿」で送りこまれたというのは、イエスと同じ「受肉」を思わせますし、また、ターミネーターが裸で登場して、店の客から、ブーツや、革ジャン、オートバイや、ライフルを奪うというのは、『レッドオクトーバーを追え』で、KGBが読み上げた部分(字幕では省略されているので、新共同訳を記しますが)、


見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて、恥をかかないように、目を覚まし・・・


という部分ですね(笑)。


彼の「アイル・ビー・バック」と言う言葉は、「復活」をイメージさせるものですし、また、人間以上の力をもった最強の敵と戦って、勝利したあと、未来のために、溶鉱炉に消えていく姿は、イエスが十字架にかけられたことで、人類の罪を償ったということによく似ています。


ラストで、ターミネーターとジョンは抱き合い、「人間が泣く気持ちが分かった、俺は泣く事はできないけど」と言うシーンは、ターミネーターのような、ロボットの話ではありがちな展開ですが、人間が「人間のようなもの」を創るという物語は、ユダヤ教の「ゴーレム」から存在していて、天地創造において、神がアダムを創ったことを再現したいという、人間の欲望から来ているのだと思います。


聖書の世界では、神が、塵から人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれたことで、生きものになった。という創造神話があるのですが、このとき、人間を「神のロボット」として造らなかったのは、神が人に「自由意志」を与えたからだ。と考えます。それで、人が創るロボットに「自由意志」を与えたり、「自由意志」を徐々にもつだろう。という話が多いんですね。そして、人々が、最強の戦士を「天使」に求めた最大の理由は、


人間が、人間の死に堪えられないからではないでしょうか。人々が「復活」を求めてきた気持ちもまさにそうだと思います。


現実の戦争は、それぞれの人々にとってかけがえのない命を、無残で軽々しく奪っていきますが、どんなに、かけがえのない命であっても、人には必要な戦いや、死もあるのではないか、という思いから逃れることも、国の運命から逃れることも容易ではありません。


ギリシア彫刻のような肉体美を誇るボディ・ビルダーの最高峰「ミスター・オリンピア」(『意志の勝利』の監督リーフェンシュタールのもうひとつの傑作は、ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』)で無敗の記録をもつほど成功し、世界中でボディビル人気に火をつけた。そんな経歴をもつシュワルツェネッガーが、機械で出来ていて、何度でも再生できる最強戦士だというところが、この映画の最大の魅力だと思いますが、


そのターミネーターを演じたアーノルド・シュワルツェネッガーの父親は、オーストリア=ハンガリー帝国に生まれたナチス党員で、父の除隊後に生まれたシュワルツェネッガー、オーストリアの徴兵で、史上最年少記録の18歳で戦車兵として任務に就き、その後、本格的なボディビルをするために、21歳で、アメリカに移住したそうです。シュワルツェネッガー自身も新天地アメリカで「復活」のチャンスを与えられ、その後、政治家に転身するなど、多くのチャンスを与えられていたんですね。


ウィラとエレノアの会話では、


『ターミネーター2』とマイケル・ジャクソンと彼の物語には、他にもすごく興味深い関連がある。(…)「かつて彼は未来を破壊するようにプログラムされていた。しかし今、彼の使命は未来を守ること。彼の忠誠はひとりの子供に…」そしてターミネーターを演じるアーノルドは言う。「おれを信じろ(Trust me)」(…)ターミネーターは脅威のように見えて実は「未来と子供を守っている」それは、マイケル・ジャクソンがこの映画を引用した大きな意味よね。


とありましたが、確かに、子供を守るというミッションにおいては、ターミネーターと、マイケルには共通点がありますし、マイケルも「I’ll be Back!」や「Trust me」と言いたかったでしょう。でも、ターミネーターや、ジョンの母親であるサラが、誰かの命を奪ってもいいと信じ、非情な行動を起こすのは、人類の未来がかかっている、という「終末」への危機感からです。


私は、ロボットや、科学技術が好きで、意外ではあっても、マイケルとの関連性がわかりやすいこの映画の引用が、一番わかりにくくなっているのは、そこに原因があると思います。


なぜなら、マイケルは、「僕たちが犯した傷を直すために、変わろう」


と言っていたのであって、どこかに存在する、地球を滅ぼすかもしれない「敵」の脅威について、語ったことはないはずです。


彼が、変えよう、変わろうそして、始めよう、と言っていたのは、常に「自分自身」、「あなた自身」のことで、自分の主義や、有利な条件や、権利や、名誉を求めて、政府や法律といった社会を変えることだったでしょうか?


歴史について、深く学んでいたマイケルは、社会改革における「危機感」や、終末思想の「恐怖」が、さらなる悲劇を生むことについても、本当によく考えていたと思います。上記で、


洗礼者のヨハネや、ミカエルが、イエスと同じように描かれてきた、と書きましたが、マイケルはどう思っていたのでしょうか?


これについては、「HIStoryと黙示録」の一番最後に書く予定ですが、次の『地獄の黙示録』では、「王」についての話が中心になる予定なので、もう少しだけ、ヨハネについて続けると、、


聖書には、黙示録のような夢で見た話(預言)や、手紙なども収められているのですが、よく知られているのは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4種類の福音書ですよね。福音書というのは、すべてイエスとは面識のない後世の信者が書いたものなんですが、イエスの誕生から、イエスの発言や布教活動、最後の晩餐、裁判、そして、十字架刑のあと復活したことで、イエスが神の子であり、真の救世主だったことが証明された。このことを「福音(良い知らせ)」だとするための書です。


この中で、マタイ、マルコ、ルカの3つの福音書は「共観福音書」と呼ばれ、共通する記述や同じような表現があって、互いに内容の真実性について補完し合っていると言われているのですが、


「初めに言葉(Logos)があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」


から始まることで有名なヨハネの福音書は、それらとはかなり異なっていて、福音書を書いた人たちは誰もイエスに会ったことがない人たちなのですが、中でも、ヨハネのものは一番後に書かれたにも関わらず、イエスの言葉が最も多く書かれていてw、イエスをより「神の子」として強調してあるんですね。


また、福音書を書いたヨハネは、「悔い改めよ、神の国が近づいた」という、イエスの先駆者だと言われる洗礼者ヨハネの「終末思想」に深く影響を受けていると言われ、そもそも、記述者が、自分をヨハネだと名乗ったのも、洗礼者ヨハネの言葉として聞いてほしいという思いからだった、という解釈や、また、ヨハネの福音書には「イエスの愛しておられた弟子」という表現があって、それがヨハネであるとする説などもあり、


黙示録に限らず、「救世主イエス・キリスト」を創り上げるうえで、ヨハネ(洗礼者ヨハネ+福音書を書いたヨハネ)という人物の影響力は大きいものがあるようです。


しかし、イエスが、自分に洗礼を授けたヨハネを尊敬していたことは確かであっても、イエスが、ヨハネの信者に留まっていたなら、キリスト教にはならなかったわけですし、キリスト教ヨハネ派の誰かによって書かれた「ヨハネの福音書」が、一番愛した弟子をヨハネだとしただけとも言えるでしょう。


当時流行していた「千年王国(神の国)」や、「終末思想」について、最近の研究によって、福音書の中で最古のものとされる、マルコの福音書では、終末に熱狂する人々に対して、冷静さを保つことを呼びかける、こんな言葉もあります。


ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ひそかに尋ねた。「おっしゃってください。そのこと(終末のこと)はいつ起こるのですか。また、そのこと(神の国のこと)がすべて実現するときには、どんな徴(しるし)があるのですか?」イエスは話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、「わたしがそれだ」と言って、多くの人を惑わすだろう。戦争の騒ぎや戦争の噂を聞いても、慌ててはいけない。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる、これらは産みの苦しみの始まりである。あなたがたは自分のことに気をつけていなさい」(マルコの福音書13章より。マタイ24章、ルカ21章にも同様の記述があります)

自分が住んでいる地域の牧師の話や、テレビ伝道師の説教を信じることが、神を信じることだと思う人がいる一方で、


キリスト教には、福音書の記述者だけを比較しても、それぞれの解釈の違いがあり、異文化や異なる言語の大きな違いを乗り越えて、この書物から何かを得ようとしてきた長い歴史から、様々なことを感じ、現代の常識から考えれば、荒唐無稽な記述があっても、依然として、地球も、人類や他の動植物も、被造物には違いないという思いから、神への畏敬の念を失わず、学び続けるマイケルのような人まで千差万別なんですよね。


ヨハネについて長くなりましたが、


次は最も難題な『地獄の黙示録』へと続きます。






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Commented by ざん at 2016-03-04 00:12 x
つべの動画からだね。
Commented by ちきん at 2016-03-04 00:27 x
『MJアカデミア』って、ツベの動画からネタ拾ってるだけじゃない。自分が発見したみたいに言って。
Commented by yomodalite at 2016-03-04 13:20
ざんさん、ちきんさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

まんさんというお名前で、②のレッドオクトーバーの方へも同じく「つべの動画からだね」というコメントを頂いておりますが、返信をひとつにまとめたいので、こちらの方だけコメント承認させていただきます。

まず、この記事の元ネタだと思われる動画というのは、どれのことでしょうか?たくさんあるのかもしれませんが、例としてひとつだけでもお教えいただけませんか?


>自分が発見したみたいに言って。

「MJアカデミア」は、MJに関して、大学で研究対象となっているような話題について、紹介していこうという趣旨なのですが、そのほとんどは、私の外部リンクにもあり、MJJFANCLUB JAPANでも、何度も紹介されている「Dancing With The Elephant」というサイトの翻訳記事です。これは、記事上でもリンク先を明記していますし、また、「Dancing〜」の管理者にも連絡しています。

ただ、それらの英語話者による対話は、どんなに苦労して翻訳しても、日本人にない前提知識や、考え方の違いというものもあり、彼女たちのHIStoryティーザーに関する会話が理解しにくいという感想は、このブログを見てくれている、日本の大学関係者からも耳にすることになりました。私が書いた記事が多くなってしまった理由は、そこを補いたいという気持ちからなのですが、誰かに説明しようと思うことで、自分もより深く学ぶ機会にしたいという目的もあります。

アカデミアは、学校というような意味なので、このネーミングには、自分の新たな発見を披露するのではなく、先人たちの知恵を「知る」という意味があるのですが、このカテゴリに限らず、私はネット上のどの方よりも、情報や参考元を明記してきたつもりです。そうすることで、文章が読みにくくなるとか、色々と面倒なことがあるのですが、それでも律儀にやってきたと思っているので、これ以上は無理だと思います。
Commented by yomodalite at 2016-03-04 13:20
以上、「きれいごと」を書き連ねましたが、

ご指摘のように、私にも「自分が発見したみたいに」というような感情はあります。

私が書いたことを発端にして書かれているもので、引用の明記があるのは、反論や異論ばかりで(泣)、明記がないものは、私が書いた内容から、伝わりやすい部分だけを小綺麗にまとめて、自分の方がもっとよくわかっていると言いたいものばかり・・・(泣)で、そんなとき、私は投稿年月をチェックし「私の方が先じゃん」と、ひとり小さくガッツポースをしたことも何度もありますし、逆に、私がどう書こうかと長い間暖めていた内容を、先に出されてしまって、「あーあ」と思ったこともあります。

ただ、この「私の方が先」という自己満足は、情報発信においては結果が出ますが、それ以外には、何の意味もありません。なぜなら、科学技術の進歩というものはあっても、人間の進歩というのはほとんどなく、この世界で、自分が発見したなどと思えるのは「無知である」と完全に証明するようなものだからです。

動画には、引用を明記するような文化がないですし、私への疑惑に限らず、動画製作者が「オリジナルのネタ元」であるというのは、めったにないことだと思いますが、

いずれにしても、是非、参考にしたいので、その動画を教えてくださいませ。
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by yomodalite | 2016-01-13 16:33 | MJアカデミア | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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