HIStoryと黙示録:『意志の勝利』

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新年早々ですが、去年に引き続いて、「HIStory」について考えたいと思います。


ウィラとエレノアの会話をPart 3まで紹介してきましたが、引用された映画で納得できたのは『独裁者』だけで、『意志の勝利』『レッド・オクトーバーを追え』『ターミネーター2』『地獄の黙示録』といった映画とマイケルの『HIStory』との繋がりや、「ハンガリー」という場所の意味について、すんなりわかった。という人は少ないのではないでしょうか。


その理由のひとつは、私たち日本人には、世界の歴史が、宗教と政治によって絡まっていることを、なかなか理解しにくいという点があるように思います。


会話には直接登場しませんでしたが、この4本の映画は、すべて「ヨハネの黙示録」で繋がっています。これは、会話に登場した「マイケル(=ミカエル)が軍を率いているシーンの重要性」にも関係があります。ミカエルは「黙示録」で活躍する天使ですからね。


このフィルムにこれほど多くの引用を詰め込んで、「歴史」を表現した理由、そして、マイケルの「大天使ミカエル」の解釈や、彼が「KING(王)」にこだわった理由について、それぞれの映画に潜むヨハネの黙示録の「糸」をほぐしていくことで、あと一歩「HIStory」が示した歴史に触れたいと思います。


マイケルのティーザーで、MJが率いた軍隊は人々にナチスを思い出させ、HIStoryツアーオープニングのジェットコースター映像で、一際ゆっくりと映し出されたのは、ミケランジェロによるシスティナ礼拝堂の天井画でした。


①では、『意志の勝利』の背景から、ヒトラーとシスティナ礼拝堂、そして、ティーザーのロケ地であるハンガリーとマイケルを繋ぐ「糸」についても言及したいと思います。



◎「ヨハネの黙示録」の基本情報


黙示というのは、「隠されていた物事が、神によって明らかにされる」という意味で、預言者が幻の中で神の啓示を見聞きしたという体裁で書かれていて、主に「終末」のことが語られています。旧約聖書には複数ありますが、新約聖書では「ヨハネの黙示録」だけです。


「ヨハネは神の啓示を受け、アジアの7つの教会に決起をうながす手紙を送る。彼は、天でキリストが、7つの巻物を受け取るのを見た。封印が解かれるたびに、様々な事態が起こり、第7の封印を解くと、7人の天使が現れ、その天使たちがラッパを吹くと、また様々なことが起こり、第7のラッパが吹かれると、子を産もうとする女、その女を食おうとする竜、その竜と戦うミカエル、獣、7つの災いをもたらす天使などが現れた。竜と、獣と、偽善者たちの口から出た3つの穢れた霊は全世界の王を、“ハルマゲドン(アルマゲドン)”の地に集合させ、大淫婦は獣に食われ、獣と、地上の王、偽預言者は火の池に投げ込まれ、竜は底なしの深淵に投げ込まれるが、キリストを信じる者は復活し、キリストによる千年間の統治が始まる。それから、千年後にサタンが解き放たれ、ゴグとマゴクを招集するが、天からの火で焼き尽くされ、獣や偽預言者と同じく燃える池へと投げ込まれる。死人たちは、神の前で裁かれ、“生命の書” に名が書かれていない者も火の池に投げ込まれる。新たな地エルサレムが、天から与えられ、神と玉座に座る小羊によって永遠に統治される。ヨハネが見た幻はそのようなもので、天使から、これらが実現するのは間近であると告げられた」


上記は、よく見かける説明をまとめてみたものなんですが、ここには、当時流行していた「千年王国」の思想が強く打ち出されています。その思想では、「世界の終末」は2度訪れることになっていて、最初の終末時に世界が滅び、救世主が統治する千年王国が樹立される。そこから千年の後、サタンは復活するが、最後の決戦によって完全に滅び、最終的な終末が訪れる。この「最終決戦」で、勝利したのが、大天使ミカエルで、このあと、最後の審判が行われ、新天地が出現して、永遠の世界が続くことになる」というのがその思想です。


でも、実際の聖書の記述を読むと、こんな風に読める人は少ないと思えるほど難解で(上記の説明でさえよくわからないと思いますがw)、天使たちがラッパを吹くと、海の三分の一が血になって、生物の三分の一が死に、四人の天使は、人間の三分の一を殺した。という記述もあり、天使たちは残忍で、善や正義を表しているようには思えません。また、生き残った人間たちに対しても、「相変わらず悪霊や、金や、偶像を拝んだ」とか、とにかく偶像を崇拝するものを地獄に落とす気がハンパないので、天使の絵が好きな人は相当ヤバいですしw、上記でキリストとされている部分は、プロテスタントとカトリックの神学者が共同で翻訳した、日本でもっとも普及している新約聖書・新共同訳では「小羊」なんですが、その描写は、「屠られているような小羊で、7つの角と7つの目を持っていた」とか、まるで、マッドサイエンティストが造った「モンスター」が、「ゾンビ」になって現れたとしか思えないような姿なんですね(笑)。


ヨハネが、7つのアジアの教会に「決起せよ」といった内容の手紙を送っていることから考えても、「竜」は「敵国」ぐらいの意味で、崩壊したと書かれている「バビロン」は、ローマ帝国のことではないかとか、近代聖書学では、さまざまな解釈があり、聖書の正典への受け入れをめぐっても多くの論議があったようですが、世界の終末に起こる戦いにおいて、キリスト教を信じるものが最終的に勝利し、キリストを信じるものは、天国に行くことができ、彼らに「理想の国家」の建設という目的を与えました。


二千年以上前に書かれていることなので、「まだなの?」と思う人も、「すでに起こったこと」だと考える人もいますが、


終末の日が近づき、神が直接地上を支配する千年王国(至福千年期)の到来が間近になった。しかし、そのためには「悔い改め」が必要であり、サタンとの最終戦争のあとには、最後の審判が待っている。といったことを、これから間もなく起こることだと喧伝し、「救済」のために、信仰を先鋭化させる宗教集団が現れたり、世界を巻き込む壮大な戦いを描いた物語の原型として、多くの絵画やストーリーに影響を与えただけでなく、現実の戦争に多大な影響を及ぼしました。


海に囲まれたおかげで、侵略の恐怖に直面することなく、信仰を内面の問題と捉える傾向がある日本人と違い、キリスト教は、隣国との戦いに明け暮れた時代に必要とされた「帝国主義の道具」という側面が強く、宗教的リーダーである「教皇」が、軍隊のリーダーでもある。というのは、最初のキリスト教徒皇帝として有名な、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世から始まっていて、コンスタンティヌス1世が、神の予兆によって、それまで迫害されていたキリスト教に改宗し、彼が率いるローマ帝国が世界覇権国になったことで、キリスト教は世界を席巻しました。


会話に登場したハンガリーの千年記念碑にみられたように、君主であるイシュトヴァーン1世が、神のメッセンジャーである天使(ガブリエル)によって、「王」として認められ、キリスト教の布教に努めるというのは、当時のキリスト教(カトリック)の国々の建国神話の「典型的なパターン」で、そこから千年経ったことを記念するというのは、ヨハネの黙示録にもある「千年王国」と同じ思想によるものです。


しかし、これは、結局のところ、神ではなく、ローマ教会が任命しているわけです。キリスト教をつくったパウロは、ユダヤ教の律法によって差別され、救われない人々を救済しようとしたイエスに学び、ユダヤ教会が権威と法律によって、人々を縛っていることを批判して、キリスト教を作ったはずなんですが、その旗印を挙げ、神の勝利によってできたはずのローマ帝国は、その繁栄と同時に、当初批判したユダヤ教以上に人々を権威で縛り、腐敗していました。



◎宗教革命(カトリックとプロテスタントの分離)


教会は人々に神の教えを説くために、芸術家を使っていましたが、ミケランジェロ(1475 - 1564)らによる「ルネサンス」は、それ以前の文明であるギリシャから哲学や神話といった古典を学び直し、神が人を創ったという「受肉」を科学的な解剖によって探求することで、イエスや、モーセを「生きた人間」として描き出し、教会が批判してきたユダヤ人たちを、イエスと同じくアブラハムを祖先とする人々として、システィナ礼拝堂(ローマ教会)の天井画に描きました。


聖書が読めない時代、人々は「美術」に神を感じていました。


その後、聖書が、ドイツ語や、その他のヨーロッパ語に翻訳することができるようになり、大勢の人が聖書を読めるようになると、教会が言っていることと、聖書の矛盾がはっきりと露呈することになり、マルティン・ルターによる宗教改革(1517~ 後にプロテスタントと呼ばれる)に繋がりました。


プロテスタントが重要視したのは、「言葉」でした。


しかし、戒律宗教であるユダヤ教とちがい、イエスという人の姿をもった救世主を信仰に取り入れ、神を、心や内面の感覚と繋がっていると考えるキリスト教では、聖書が読めるようになったことで、むしろ、神に対して、言葉にできない感覚に対しての欲求が強くなり、


人々は「音楽」に神を感じるようになりました。


キリスト教聖書の矛盾は、論理の解明を求める人を増やす一方で、庶民文化の発展にも繋がり、それは「ロマン主義」と呼ばれ大きく発展していきました。隣国との戦争により、ヨーロッパ諸国の発展と衰退が繰り返された時代は、さまざまな文化が華開いた時代でもあり、1517年から始まった宗教改革の168年後に、音楽の父と言われるバッハ(1685 - 1750)が生まれ、その後、モーツァルト(1756 - 1791)とベートーヴェン(1770 - 1827)、また、文豪ゲーテ(1749 - 1832)も、同時期に登場し、彼らはすべて、ドイツ、オーストリアに生まれているのですが、この時代、それらの国は「神聖ローマ帝国」と呼ばれていました。



◎「神聖ローマ帝国」


ここで、ヒトラーがなぜ「第三帝国」を標榜したかを説明するために、「神聖ローマ帝国」について説明します。この国は、ローマ帝国といっても、現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心とした国で、その中でも、いくつかの時代に分かれていて、


・「ローマ帝国」期(800 - 911 カール大帝の皇帝戴冠から東フランクにおけるカロリング朝断絶まで)

・「帝国」期(962 -1254 オットー大帝の戴冠からシュタウフェン朝の断絶まで)

・「神聖ローマ帝国」期(1254 -1512)

・「ドイツ国民の神聖ローマ帝国期(1512 - 1806)


最後に「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」という国があるので、ややこしいのですが、オットー大帝が戴冠した962年から、すべてドイツ(ゲルマン)系が支配していた国なんですね。


「神聖(Sacrum)」の形容詞は、1157年にフリードリヒ1世がドイツの諸侯に発布した召喚状に初めて現れ、彼らは古代ローマ帝国やカール大帝のフランク王国(5世紀から9世紀にかけて西ヨーロッパを支配したゲルマン系の王国)の継承国を自称した。フランク王国は西ローマ帝国の継承国を自認しており、「神聖ローマ帝国」の名は、西ローマ帝国からフランク王国へと受け継がれた帝権を継承した帝国であるということを標榜していた。帝位にふさわしいと評価された者がローマ教皇によりローマで戴冠し、ローマ皇帝に即位した。しかし、「神聖」の定義や根拠が曖昧で、現在のドイツからイタリアまでを領土とし、「ローマ帝国」と言っても、ローマは含まれていなかった。また、古代ローマ帝国の正統な継承国としては、15世紀中期まで東ローマ帝国が存続していた。当然のことながら、東ローマ帝国側は神聖ローマ帝国が「ローマ帝国」であることを認めず、その君主がローマ皇帝であることも承認しなかった。一方、神聖ローマ帝国側でも、東ローマ皇帝のことをローマ帝国であると認めず、「コンスタンティノープルの皇帝」「ギリシア人の王」などと呼ぶようになっていた。(Wikipedia「神聖ローマ帝国」より要約)


ルターが、神と人間のあいだに教会はいらない。と説いたことで、キリスト教は「内面的」な信仰を重視することになり、プロテスタント教会には、絵や像がなくなり、教会の外で、文化が華開くきっかけになったのですが、その一方で、神の声を人が直接聞くことで「王」になれる「王権神授」にも繋がり、ヨーロッパ諸国は、カトリックとプロテスタントに分裂し、血で血を洗う激しい宗教戦争時代へと突入していきます。


ハプスブルク家が帝位をほぼ独占するようになったドイツ国民の神聖ローマ帝国時代、帝国はヨーロッパ諸国の連合体となり、16世紀から始まった宗教改革によって帝国はカトリックとプロテスタントに分裂し、諸国の独立性が更に強化されることになる。ハプスブルク家は帝国内に官僚として君臨し、神聖ローマ皇帝(レオポルト1世)の意見よりオーストリア王朝の利益を優先するようになるが、帝国の集団防衛という神聖ローマ帝国独特の制度が確立した。しかし、その後スペイン継承戦争をきっかけに、諸侯のバランスは崩壊し、帝国は機能不全に陥り、分裂する。


・ドイツ国民の神聖ローマ帝国(1512 - 1806)

・オーストリア帝国(1804 - 1867)

・オーストリア=ハンガリー帝国(1867 - 1918)

・ドイツ帝国(1871 - 1918)


そして、ドイツ国民の神聖ローマ帝国が崩壊したあとの、オーストリア=ハンガリー帝国に生まれた、ワーグナー(1813 - 1883)は、作曲と歌劇の台本の両方を創作し、音楽界だけでなく19世紀後半のヨーロッパの中心的文化人となります。


モーツァルトとベートーベンの時代は「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」、ワーグナーが生まれたときは「オーストリア=ハンガリー帝国」だったハプスブルグ家の帝国は、そのあと、さらに戦争によって翻弄され、19世紀初頭、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの侵攻を受け、帝国内の全諸侯が帝国からの脱退を宣言すると、オーストリア皇帝で、神聖ローマ皇帝だったフランツ2世は退位し、ワーグナーが亡くなった数年後に生まれたヒトラーが29歳の頃、ヨーロッパの中心に君臨したドイツ系名門貴族ハプスブルク家の帝国は終焉を迎える。


ワーグナーと同じく、オーストリア=ハンガリー帝国に、税関管理の子供として生まれ、画家や建築家を夢見たヒトラーは、第一次大戦(1914 - 1918)でのドイツ帝国の敗戦を目の当たりにし、失われたゲルマン民族の栄光を取り戻すために、武力による政府転覆計画を起こし、投獄されます。


そして、自分の誇りを、民族の誇りに求め、民族の誇りを、過去の歴史に求め、自分の行いによって、世界の運命も変わると信じたヒトラーは、獄中で『わが闘争』を執筆する。


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◎『意志の勝利』とヨハネの黙示録


上記の神聖ローマ帝国の存亡が、下記の『意志の勝利』の冒頭の年号より前のドイツの歴史なんですが、

1934年9月5日

第一次世界大戦の勃発から20年(1914年)

ドイツの苦難の始まりから16年(1918年)

ドイツの再生の始まりから19年(1915年)

アドルフ・ヒトラーは再びニュルンベルグに降り立ち軍事パレードを行った。

(Part 1「意志の勝利」③)


繁栄を誇った帝国が、第一次大戦の敗戦によって借金に苦しみ、誰もが絶望の淵にいるとき、ヒトラーは「再生」を掲げて人々を鼓舞しました。彼にもっとも惹きつけられたのは、若者だったそうです。


1933年にナチスが政権を握り、自らを「第三帝国」と呼んだのは、上記の「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」と、1871年からの「ドイツ帝国」に次ぐ第三のドイツ人帝国という意味で、「意志の勝利」というのは、「(神の)意志」であり、「神の意志による王国の最終的な勝利」を宣言しているんですね。


「君たちこそ我らの肉の肉、我らの血の血なのだ。君たちの頭の中には、我々が従っているものと同じ精神が燃えさかっている」


肉の肉とか、私たちには、ピンと来ないどころか、キモって感じすらするわけですが、これは、「神は、イエス・キリストを受肉して・・」という聖書の言葉から来ています。「神の子を、人間として地上に降誕させた」という意味なんですが、これにならって、ヒトラーが、我らの精神が、君たち少年の「血と肉」になっている。というのは、彼がこのとき神の代理人である「王」になったからです。


『意志の勝利』で、ヒトラーは、ひとつの民族、ひとりの総統、ひとつの帝国を掲げ、「千年王国」が樹立した。と宣言します。


人が常に「終末」に惹きつけられてきたのは、人の生命に限りがあるからだと言われています。自分の命運と、世界の命運が同じに見え、世界の神は、我らの神に結びつく。どの民族も、すべて神が創造したものに違いないのに・・


しかし、古代ローマ帝国の復活を目指したのは、ヒトラーだけではなく、第一次大戦の戦勝国でありながら、領土拡大に至らなかったイタリアでも、ムッソリーニがファシスト党による一党独裁を強いていて、イギリス・ファシスト連盟のオズワルド・モーズリーも大英帝国の復活を目指し、フランスでは、火の十字団(クロア・ド・フー)が支持を集めました。世界中でファシズムが燃え上がり、民族の誇りを口にしましたが、彼らの背後には、勢いを増すユダヤ系財閥と利権を争い、共産主義が邪魔だった大資本家の支援がありました。


これらの民族主義は、いわゆる「ナショナリズム」とは少し異なっています。


ヨーロッパ全土にひろがる宗教改革を起こし、交響楽を生み、発展させ、文豪も生み出した「神聖ローマ帝国」がゲルマン系の人々によるものならば、ヒトラーはゲルマン民族の優秀性や、大ドイツ主義を標榜すればいいはずなのですが、彼は『我が闘争』から、「アーリア民族の人種的優越」を主張し始める。どうして、ゲルマン民族が、インドやイランにルーツをもつアーリア人種になるのか、その理屈を説明することは私にはできませんが、当時のヒトラーはアーリア人種=白人と信じていたようです。


キリスト教の元であるユダヤ教には、ユダヤ民族が神に選ばれたという選民思想があり、ヨーロッパの王たちがユダヤの宗教に惹かれ、キリスト教を国教としたのも、唯一の神から選ばれ、最終的に勝利する民という立場を自分たちのものにし、聖地エルサレムの周辺である、中東やアジアにまで勢力を伸ばしたい、そのために、ヨーロッパの白人同盟を基本にしたんですね。


これは、同じく古代ローマ帝国の復活を目指したムッソリーニや、フランスが十字軍を持ち出したことと同様で、


キリスト教が、神から選ばれたという立場と、その証である聖書をユダヤ人から奪って(これが本当の原罪w)、ヨーロッパ人全体に拡大解釈し、世界覇権をめざすという歴史の繰り返しです。


ただ、残念ながら、これは一神教に限ったことではなく、平和な時代に仏教徒のようなふりをしていた私たちの国が、道義的に天下を一つの家のようにするという「八紘一宇」の精神を古代中国から盗んで、民族主義の隠れ蓑にしたのも、ここから大いに参考にしたことですし、日本、ドイツ、イタリアの3国はそれぞれの民族主義を拡大解釈し、地域覇者となるべく、三国同盟を結ぶ。


しかし、「宗教革命」がおこったドイツの精神主義によって、ヨーロッパが統一されそうになると、「産業革命」によって、ローマ帝国以上に植民地をもった、かつての大英帝国イギリスは、ナチスによってヨーロッパからはじき出されたユダヤ系や、共産主義国家と手を組み、アメリカ、ソビエト連邦、中華民国と同盟を結んで勝利することになる。


戦後、ヒトラーの狂気やファシズム政権の恐ろしさが知られるようになると、ヒトラーにすべて責任を押し付け、彼がやったことはすべて否定されるようになりましたが、マイケルは、若者がヒトラーに惹きつけられた理由について、よく研究したようです。


さて、「オーストリア=ハンガリー帝国」と、マイケルを繋ぎ、「HIStoryに込められた歴史」を補足するために、再びヒトラー以前のドイツの話に戻りますが、


ルターは、聖職者に導かれるのではなく、個人の信仰によってのみ救われるとし、神と個人の一対一の関係を重視しました。その革命によって、神と人々の間にいた天使たちは、徐々に整理され、非科学的な処女マリアへの受胎告知や、王の任命の伝達を担っていた大天使ガブリエルも、「王権神授」によって、その存在意義が薄くなり、新約聖書の「ヨハネの黙示録」には、キャスティングされなくなりました。


ルネサンスがギリシャ文化を復活させ、宗教革命が、神と人との間の教会の権威を失くしたことで、カトリックが、人々にイメージさせていたガブリエルのような「天使」から、古代の神話にあるように「鳥」が神のメッセンジャーとして復活し、ヒトラーのナチスのマークや、様々な紋章に鷲(鳥)が再び登場することになりました。


最終的に勝利を勝ち取ってくれるミカエルだけが重要になったわけです。


元々の聖書が書かれていたヘブライ語から、ヨーロッパ語への翻訳は困難で、誤訳も多く、難解な聖書の内容を読んでも、まず、どう解釈するかが重要になり、神と聖書を信仰のよりどころにしたことで、プロテスタントは現在に至るまで、聖書の解釈をめぐって、数え切れないほどの宗派を生みだしただけでなく、神とは何か?という問いは、無神論や、フリーメーソンや、世俗主義、共産主義といったキリスト教の枠をもこえて革命を起こしました。


音楽の世界では、モーツァルトがフリーメーソンに大きな影響を受け、ベートーヴェンがシラーの詩に音楽をつけた「第9」も、自由主義(フリーメーソン)に影響をうけたものですが、これらは、神を説くものが利用する「権威」から、人間中心主義を標榜しているんですね。


ベートーヴェンの「第九」にも登場する智天使ケルビムは、旧約聖書では、


それぞれ四つの顔を持ち、四つの翼をおび… その顔は人間の顔のようであり、右に獅子の顔、左に牛の顔、後ろに鷲の顔… かたわらには車輪があって、それは車輪の中にもうひとつの車輪があるかのようで… ケルビムの全身、すなわち背中、両手、翼と車輪には、一面に目がつけられていた… 


とか、またもや、マッドサイエンティストが造った「モンスター」としか言いようのない記述だったのですが、ルネサンス期には、天使から階級をなくし、「翼をもった裸の幼児」として描かれるようになりました(puttoと言う)。これは、マイケルが信じていたことと同じで、イエスが、「子供を見習い、子供のようにならなくてはならない」と言ったことから、賢い天使とは、子供のようなものだという理解が、ルネサンスの芸術家たちに広まったからで、第九の合唱曲として有名な「歓喜の歌」の精神は、マイケルの詩集に納められた「ecstasy」に近いものです。


◎「歓喜の歌」歌詞

◎ Dancing The Dream「ecstasy」


宗教改革から200年前後に、バッハや、モーツァルトやベートーヴェンが生まれたように、ドイツと同じプロテスタンティズムの精神を強く受け継いだアメリカ合衆国は建国から182年後に、マイケル・ジャクソンを生み出します。『HIStory』でエジソンの録音技術と、それを発展させたベリー・ゴーディをマイケルが取り上げたのは、活版印刷による聖書の普及が、ルターらによる宗教改革につながり、翻訳によって世界中に拡がったことを意識したものでしょう。


マイケルが米国から離れて、大規模な世界ツアーを行ったデンジャラス・ツアーで使用された、カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」(初演1937)も、運命とか、女神といった言葉から誤解している人が多いのですが、「永遠の救いよりも官能だ」というカトリックの教義に反しているだけでなく、生命の書に名前が書いていない者は、天国に行けないとか、プロテスタントの「予定説」にある、神の救済にあずかる者と、滅びに至る者が予め決められているとする教義に反旗を翻した歌なんですね。


マイケルの「Brace Yourself(覚悟せよ)」とは、自分の運命を神に委ねるな、運命は自分自身が切り拓くもの、それを覚悟せよ。ということです。






マイケルの「KING(王)」や、「天使」については後述ということで、


次は『レッド・オクトーバーを追え』と、黙示録の関係に移ります。






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by yomodalite | 2016-01-06 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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