HIStory Teaser, Part 2「独裁者」③

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『独裁者』でユダヤ人の床屋の役を演じるチャップリンは、現実の状況を踏まえチャップリン自身の思いをこんな風に言っている。

今、私の声は世界中の何百万という人たちに届いている。何百万の絶望の淵にある男性や、女性、そして、幼い子供たち、罪のない人々を拷問にかけ、拘束するシステムの犠牲者に、届いている。

そして、その考え方によって、二人とも悪意ある攻撃を受けることになる。なぜなら、彼らが世界の調和を目指すこと、世界的な変化を本当にもたらしうる彼らのグローバル・コミュニケーションの力、そして彼らのスターとしてのパワーは、民主主義や国際主義よりも階層制度と国家主義を信奉している人々にとって、脅威だったから。


ウィラ:そうね。本当に同感するわ、エレノア。


エレノア:そう、マイケルの人生のあの時期につくったヒストリーで『独裁者』を、特に最後のスピーチを連想させることで、マイケル・ジャクソンは、自分がマスコミによって悪魔に仕立て上げられ、法の手によって不当かつ暴力的に扱われたことと、チャップリンの境遇とを重ね合わせている。そして、自分とチャップリンに向けられた性的異常者であるという非難は、社会が切望する変化を引き起こすような行動に火をつけるアーティストの政治的な力、つまりマイケル・ジャクソンが間違いなく持っていた力(そして今も持っている)を恐れる社会が使う道具だと言っている。

そして、重要な点として、彼らの世界平和や和解への関与は、国際言語であるエスペラント語が「ヒストリー」にも『独裁者』にも使われていることでも表現されている。「ヒストリー・ティーザー」のオープニングは、エスペラント語の音声で始まり、『独裁者』では、ユダヤ人のゲットーのシーンの看板の一部にエスペラントが書かれているのよね(*1)


ウィラ:そうね。私もそれは重要な点だと思う。エスペラント語については、2013年の記事(「¡Porque Soy Malo, Soy Malo!」)でも少し話して、簡単な歴史を説明したわよね。

エスペラント語は1800年代後半、世界の平和や理解を進める助けになるように、多くの異なる言語の要素を使って作られた。具体的に言えば、L.L.ザメンホフによって、言語や国籍や民族の区別を超えたコミュニケーションの中立的な手段として作られた。

だから、あなたが言ったように、本当にそれは「国際語」で、「世界の平和と理解」という使命を持っていたのよね。


エレノア:そうね。でも、エスペラントを前面に押し出していながら、よくわからないようになっている。多くの人はそれに気づいてないし、(『独裁者』を見る人と同じように)、エスペラント語だとわからず、意味もわからず、その重要性を完全に見逃していて、そもそもエスペラント語が出てきていることにまったく気づいていないと思うけど、

このサイトの読者でエスペラントの専門家である、Bjørn Bojesenとともに、かなりの議論をしてくれたおかげで、「Dancing with the Elephant」の読者は、それが使われていることに気づいただけでなく、その言葉の意味も知ることができた。(今、そのポストを再読してみたら、Bjørnさんは、エスペラントが『独裁者』で使われていることもコメント欄に書いていたのね)

ヒストリー・ティーザーの冒頭で語られているエスペラント語の言葉を訳すと、

「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよ!」

となる。この、エスペラント語で話されている言葉は、『独裁者』にエスペラントが使われていることを思い起こさせるだけではなく、『独裁者』のラストの演説に込められた感情をも伝えている。そして、言語と言葉の内容の両方が、マイケル・ジャクソンが、世界の調和を生み出す条件としてのグローバル・コミュニケーションの重要性を信じていたことを示している。特に彼は、世界のいろいろな国々を愛(L.O.V.E.)と平和でひとつにするための手段としての音楽の力を信じていたのよ。

調べてみたところ、国際語であるエスペラントという名前に「希望」という意味があるのは偶然ではない。そして、それが「国際主義」をも表現しているということが、「ヒストリー・ティーザー」を理解する鍵じゃないかと思うようになったのね。

エスペラント語に関する記事で、MJはなぜ、あの映像作品のオープニングで、作品のテーマを紹介するために、殆どの人が知らないような言葉を使ったのだろうという疑問が持ち上がったわよね(チャプリンが『独裁者』でエスペラント語を使ったことにも同じ問いができる)。

私が思うに、主な理由のひとつは、見ている私たちの好奇心をかき立てるためじゃないかしら。私たちに、その言語を特定して、言われている言葉の意味を見つけて欲しかったのでは。なぜならば、それらの謎を解くことで、私たちはより大きな疑問を見つけることになるから。

たとえば、エスペラント語の歴史を深くひもとくと、「ヒストリー・ティーザー」と『独裁者』にエスペラント語が使われていることは、MJとCC(Charles Chaplin)を結びつけるだけでなく、ドイツとロシアのエスペランティストたちともつながっている。彼らの平和主義者的、国際主義者的な運動は、ヒトラーやスターリンに体制の転覆をはかるものだと見なされ、暴力的に罰せられたり、時には処刑されたりしたのよね。

自身の著作『我が闘争』で、アドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人が世界を征服した時、国際的な謀略に使われうる言葉として、エスペラント語のことを言及している。ホロコーストで、エスペランティストたちは殺された。特に、(エスペラント語の創始者である)ザメンホフの家族は選び出されて殺害された。エスペラント語は1939年に禁止され・・・1937年には・・・スターリンがエスペラント語を「スパイの言語」だと非難し、エスペランティストたちを追放したり処刑したりした。エスペラント語の使用は、事実上1956年まで禁止されていた。

ウィラ:ああ、私はまったくわかっていなかったわ。じゃあ、「ヒストリー・ティーザー」にエスペラント語の言葉やシンボルがあるというのは、ものすごく強いメッセージなわけね。それは、あの映像作品の全体主義者的なイメージを根底から変えてしまうものね。どうしてあなたが、「エスペラント語・・・そしてそれが表す国際主義が、このフィルムを理解する上での鍵だ」と言ったのか、ようやくわかり始めたわ。


エレノア:よかった、わかってもらえて!とにかく、この映像のオープニングをエスペラント語の呼びかけにしたことで、マイケル・ジャクソンは、彼自身の「デンジャラスな」国際主義者的な傾向を主張し、それによって彼にもたらされる危険も明らかになった。マイケルが受けた困難の源は、彼や、彼の考えが重大な脅威だとみなされたことによるもので、彼にとっても、その文化は重大な脅威よね。 悪名高いファシストのイメージを使うことで示されたように、「ヒストリー・ティーザー」が表現した脅威は、今もそこにある。影に隠れていてもね。

“We’re talkin’ danger, we’re talkin’ danger, baby!” ー「Stranger In Moscow」
(僕たちは危険なことを話してる。危険なんだよ、ベイビー

オープニングシーンでは、真っ暗な画面にエスペラント語の言葉が流れ、並行してブーツのスタッカート・ビートが入り、そのあと地を踏むブーツと、トゥルル(*2)という、古代ハンガリーのシンボルである鷲の石像の映像が続く。(「ヒストリー・ティーザー」はブダペストで撮影された。後述)それから、アメリカのスワットチームが現れる。一見威嚇的かつ攻撃的に、彼らは、画面の下方からせり上がるように、観客に向かって行進する、映画の『パットン大戦車軍団』風にね。その後、場面は労働者が溶けた金属を流す作業をするところになるけど、これはソビエトのプロパガンダ映画で工場労働者の肉体美を描いていたのを連想させるわね。

マイケル・ジャクソンがどんな人で、何を訴えていたかを知っていると、MJの映像作品が、帝国主義者や全体主義者を思わせる映像で始まるというのは、違和感がある。見えているもの以上のものがここにはあって、何かとても興味深いことが進行しているとわかる。その何かは、「ヒストリー・ティーザー」にエスペラント語が使われていることの重要性に気づき、その言葉の意味を理解すると、より一層はっきりと見えてくる。なぜなら、エスペラント語で話されているのは、この作品の労働者が、全体主義体制のもとでの労働者を示しているのではない、と言っているわけだから。そうではなくて、彼らは、様々な国を代表して、自分の芸術を世界平和を進めるために捧げている「男の記念像」を作っていることを表しているのよ。

その像に加えて、労働者たちは、これもエスペラントの象徴である「巨大な星」も鍛造している。エスペラント語について勉強していてわかったんだけど、このエスペラントのシンボルの星は、5つの角が、ヨーロッパ・アメリカ・アジア・オセアニア・アフリカという5つの大陸を表しているのよ。この場面から1分後くらいに、エスペラントの星がMJのユニフォームもついていて、平和の星が、平和を願うスターの身を飾っているのを私たちは目にする。


ウィラ:とても興味深いわ。それで、『意志の勝利』にあるふたつの重要な場面を思い出したんだけど。映画の中心となる場面は、この映画のビジュアルの面に触れるとき、ほとんどの映画制作者が引用する、目の前に整然と列をなしている数十万の兵士たちに、ヒトラーが演説するシーン。そのシーンの始まりは、ナチス・ドイツのシンボルである、巨大な鉄の鷲を見上げる静止画像で、それからカメラがパンして、私たちは、その「鷲」が円の中に刻まれた巨大な鉤十字の上にあるのを見る。

一方、「ヒストリー・ティーザー」は、ハンガリアン・トゥルルのような鷲を見上げる静止画像から始まる。私がわかる範囲で言うと、この鷲の映像は、見る人によって違うことを意味する、もっと言えば正反対のことを意味する、複雑なシンボルなのではないかしら。でも、ウィキペディアはそこらへんについて、きちんと説明はしていない。こんな風な説明なんだけど。

トゥルルは、マジャール(ハンガリー人のこと)の創成神話において、最も重要な鳥。神の使いで、生命の木のてっぺんでさえずるとされている。まだ生まれていない子供たちが鳥の姿の精霊となって、その傍らにいる。

そのあとの場面では、労働者たちは、巨大なエスペラントの星を円の中に溶接している。つまり、これらの映像を通して、「ヒストリー・ティーザー」は、『意志の勝利』にあるファシズムと全体主義のシンボルを流用しつつも、それを破壊し、まったく新しい形に作りかえているのよ。


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『意志の勝利』にある、鉄の鷲をあおぐ画像と、
「ヒストリー・ティーザー」の鷲(トゥルル)の写真


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『意志の勝利』で円の中にある巨大な鉤十字と、
『ヒストリー・ティーザー』における円の中のエスペラントの星


鉤十字も星も、薄青の背景から差し込む光を受け、巨大なモニュメントとして浮かび上がっている。さらに気をつけてみると、労働者たちは、星のせいで小さく見える(ひとりの溶接工が星に当たる部分に座り、彼の持つトーチランプから火花が出ている)。要するに、星はとても大きく、この「星」がもつメッセージが、あの「鉤十字」にとって変わったことがわかるように、それは大きくなければならなかったのよね。


エレノア:すごいわ、ウィラ。これらの画像は、マイケル・ジャクソンが細部に注意を払っていることや、シンボルがもつ力を深く理解していることを示しているわね。エスペラントの星を、鉤十字と対比させ、さらに、ソビエトの兵器や、警察官のバッジや、アメリカの陸軍大将の制服を飾っている、より伝統的な五芒星の意味や、ポップ・スターとしてのマイケル・ジャクソンにも結びつけている。『ヒストリー』という作品は、「HIStory(彼の物語)」のメッセージと「HIStory(彼の歴史)」におけるヒーローを、伝統的な軍事的レジェンドやヒーローたちと対比させ、


マイケル・ジャクソンは、人間のエネルギーが帝国や国家の利益に供するための支配を生み出すために注がれるのではなく、新たなグローバル・コミュニティを作り出すために使われるような世界をめざそうと私たちに示している。


オープニングの後に浮かび上がるイメージは、膨大な人数の軍隊で、その軍を誰が率いているのかはわからない。でも見るものをじらすように、彼を象徴するあの膝上のブーツをはいた足のショットでヒントが示され、最後に彼の美しい顔が映され、この軍を率いているのが他でもないマイケル・ジャクソンであることが明らかになる。(④に続く)



(註)_________


(*1)『独裁者』のゲットーに見られるエスペラント語については、Part 2終了後の記事で。


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(*2)上下とも、トゥルルの写真

◎参考記事
「天までのぼる木にはトゥルルという名の霊鳥が住む」


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by yomodalite | 2015-10-26 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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