HIStory Teaser, Part 2「独裁者」②

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ウィラ:そこはとても重要なポイントよね。マイケル・ジャクソンは、何十年もチャールズ・チャップリンの映画や人生についてを研究し、スイスにある彼の家族も訪ねているぐらい、チャップリンについてよく知っているわけだから、『独裁者』がチャップリンへの世論を変えるのにどれだけ影響があったか、確実にわかっていたはずよね。


エレノア:そうね、それは十分考えられる。『独裁者』はいくつかの理由で、チャップリンをとても難しい状況に追い込んだ。まず、1940年の時点では、アメリカにはヒトラーの支持者が大勢いて、彼らは『独裁者』の反ファシストというメッセージを受け入れることが出来なかった。そのあと、共産主義が毛嫌いされるようになると、反ファシストであることは、共産主義に賛成と見なされた。チャップリンが一生懸命「共産主義者であることを否定し、自分を『平和主義者』だと名乗った」にも関わらず、彼の評判は深刻なダメージを受けたのよ。

でも、私はチャップリンの本当の「罪」は、彼のインターナショナリズム(国際主義)や、世界調和のビジョンであり、一般的なナショナリズムへの批判だったと思う。彼は『独裁者』でもそれを表現していたのよね。


ウィラ:それはもう一つの重要な点ね、エレノア。そして、マイケル・ジャクソンとチャップリンのもうひとつの繋がりでもある。『マイケル・ジャクソン・テープス』で、マイケルがラビに言ってるわよね。
僕は自分を世界の一員だと感じている。だから、どちらか一方につくのはいやだ。「僕はアメリカ人です」と言うのが嫌いなのは、そういう理由なんだ。

エレノア:興味深いわね、ウィラ。マイケルの世界的な影響力は、実際に、世界中の人々が彼に反応したという事実によって証明され、彼は「私たちの内のひとり」だという反応は今も続いている。でも、残念なことに、こういったインターナショナリズムや、反ナショナリズムは、「非アメリカ人」として責められる結果にもなった。そういったことが、チャップリンにも起こったのよね。


ウィラ:そうね。そして、マッカーシズム(*)の狂乱の中で、チャップリンは本当に厳しく糾弾されてしまった。


エレノア:『独裁者』の、特にその最後、チャップリン自身の声で、彼の見解をスピーチすることによって、チャップリンは非難にさらされることになり、1947年には、彼を国外追放にしようとする動きにまでなってしまった。1947年の6月、ミシシッピ選出の下院議員、ジョン・F・ランキンは議会でこう述べている。
彼がハリウッドにいることそのものが、アメリカの道徳観念の構築に有害なのであります。・・・(もし彼が国外退去となれば)、彼の忌まわしい映画がアメリカの若者の目に触れることを防げるのです。彼は追放されなければならないし、すぐに追い払わなければなりません。
チャップリンの悪魔化は、タブロイドの記事だけでなく、彼の評判や信用を破壊した性的異常性の法的告発が致命的となり、彼が1956年にアメリカからヨーロッパへ向かったとき、アメリカは彼の再入国を拒否し、ビザも取り消された。


ウィラ:チャップリンがどれほど映画や文化に貢献したかを考えると、信じられないことよね。そして、「悪魔化」というのはまさにそのとおりで、チャップリン自身もそれをよく承知していた。「Michael Jackson Academic Studies」というサイトの創設者のひとりであるケイリン・マークスが、最近私に面白い話をしてくれたわ。チャップリンはアメリカを離れる直前、写真家のリチャード・アヴェドンに写真を撮ってもらったんだけど、撮影の最後に、チャップリンはもう一枚撮ってくれと頼んで、指を頭から悪魔の角のように突き出すポーズで、カメラに向かったそうよ。これが、ケイリンが教えてくれたドキュメンタリー番組で、リチャード・アヴェドンはその時のことについてしゃべっている(39分20秒~)



(興味深いことに、チャップリンの話をする前、アヴェドンは、私たちが前回の記事で触れたウインザー公夫妻、ヒトラーの熱心な支持者だった夫妻の写真を撮った時のことを話している。アヴェドンは夫妻がニースでギャンブルをしているのをよく見かけたと話していて、「二人は、ユダヤ人よりもはるかに犬たちのほうを愛していた」という見解を述べている)

50年後、マイケル・ジャクソンは、チャップリンと非常に似た方法で悪魔に仕立て上げられることになる。彼は、BBCニュースで取り上げられたように、サンタ・マリアの裁判所で、チャップリンがやったのとまったく同じポーズをカメラマンたちにとってみせたのよ。ここにあるのが、二人の「悪魔ポーズ」の写真。


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この写真について以前書いた記事
http://nikkidoku.exblog.jp/13746654/



エレノア:すごい。これを見ると、MJがチャップリンと自分は同じだと思っていたのが歴然ね。一致する点があまりにもたくさんある。どこかで聞いたんだけど、マイケル・ジャクソンは、あまりにもチャップリンを身近に感じていたので、一度など「僕自身がチャップリンだと感じることがある」とも言ったって。


ウィラ:そう、彼はドキュメンタリー番組「マイケル・ジャクソンのプライベート・ホームムービー」のインタビューの部分でもそう言っているし、ホームムービーには、よくチャップリンがやっていたように、「The Little Tramp(愛らしい浮浪者)」の服装をして、口ひげを左右に動かすマイケルの素敵な映像もあるわよね。これはファンが作った「スマイル」っていうビデオなんだけど、ここにはチャップリン風のマイケルの写真や、「プライベート・ホームムービー」からとったその他の場面も入っている。






これらの写真は違う機会に撮影されたもので、初めのは彼がソロになったばかりの頃で、もうひとつはあとのもの。だから、彼が長年チャップリンを敬愛していたのがわかる。基本的にはキャリアのスタートから終わりまでね。そして、あなたが言ったように自分とチャップリンを同じと見ていた。


エレノア:そうね。それと、子供の頃にMJがチャップリンのスケッチをしていたところを見ても、彼が幼い頃からチャップリンに興味をもっていたのがわかる。それはたぶん、チャップリンがサイレント映画のスターとして、言葉に頼らず身体を使って表現することに並外れた能力を持っていたからだと思う。MJもまさにそうだった。


◎Antiques Road Showに取り上げられたMJが描いたチャップリンのスケッチ
◎チャップリンを含め、MJが描いたいろいろな絵を載せているPinterest


でもそれだけじゃなくて、小さい頃からこの世界で目にする理不尽さに深く心を寄せていたマイケル・ジャクソンの、並外れた感受性と共感力が、チャップリンの持つ平和と調和を目指す姿勢に引き寄せられたのだと思いたいわね。MJの物語を語るために『独裁者』を引用することで、「ヒストリー」はMJの人生とチャップリンのそれとの、驚くほどの一致に気づかせてくれる。

チャップリンとマイケル・ジャクソンはともに世界の調和を思い描いていた。二人とも、そのために世界が変わることが必要で、世界が変わるには、世界が繋がらなければならないと理解していた。そして、二人とも世界中を繋ぐということにかけて優れた仕事をした。チャップリンは、サイレント映画のスターとして大成功することになったボディランゲージによって、ジャクソンは、音楽とダンスという言語を通して。そして、二人は、偉大なアーティストとしても、スーパースターとしても、人々の気持ちや考え方に触れ、世界中に影響を与えた。(③に続く)

(註)__________

(*)マッカーシズム/1950年代にアメリカ合衆国で発生した反共産主義に基づく社会運動、政治的運動。アメリカ合衆国上院議員のジョセフ・レイモンド・マッカーシーの告発をきっかけとして、共産主義者であるとの批判を受けた政府職員、マスメディアの関係者などが攻撃された。これは赤狩りというよりも、リベラル狩りという側面もあった。

1947年、非米活動委員会でハリウッドにおけるアメリカ共産党の活動が調べられ、チャーリー・チャップリン、ジョン・ヒューストン、ウィリアム・ワイラーなども対象となり、委員会への召喚や証言を拒否した10人の映画産業関係者(ハリウッド・テン)は議会侮辱罪で訴追され有罪判決を受け、業界から追放された。グレゴリー・ペック、ジュディ・ガーランド、ヘンリー・フォンダ、ハンフリー・ボガート、ダニー・ケイ、カーク・ダグラス、バート・ランカスター、ベニー・グッドマン、キャサリン・ヘプバーン、フランク・シナトラなどが反対運動を行う一方で、エリア・カザンや、ウォルト・ディズニー、ゲーリー・クーパー、ロバート・テイラー、そして1981年に共和党から大統領に就任することになるロナルド・レーガンなどは告発者として協力した。

1950年2月、共和党上院議員であったマッカーシーが、「国務省に所属し、今もなお勤務し政策を形成している250人の共産党党員のリストを持っている」と発言したことは、メディアの関心を集め、これをきっかけに、アメリカ国内の様々な組織において共産主義者の摘発が行われた。この中心となったのが1938年に設立された非米活動委員会である。

マッカーシズムは共和党だけでなく、民主党の一部の議員からも支持を集め、あらゆるマスコミが赤狩りの標的になることを恐れて批判を控えていた中で、1954年3月に放映された番組「See it Now」は、強引かつ違法な手法で自らがターゲットとした個人や組織への攻撃を行うマッカーシーのやり方を鋭く批判した。この一連の放送は、陸軍との対立により強まってきていた大衆によるマッカーシーに対する不信を後押し、反マッカーシー派を勇気づける結果となり、(この経緯は『グッドナイト&グッドラック』として映画化されている)1954年12月、上院は賛成67、反対22でマッカーシーが「上院に不名誉と不評判をもたらすよう行動した」として譴責決議を可決した。

しかし、その後、1995年、ベノナ(ソ連暗号解読プロジェクト)が機密扱いを外され、ソ連の暗号通信の内容が明らかになった結果、ソ連のスパイ行為はマッカーシーの見積もりよりも、さらに大規模なものだったことが判明し、マッカーシーに調査された人物の中に実際にソ連のスパイがいたことも明らかになった。

たとえば、メリー・ジェイン・キーニーはマッカーシーにより単に「共産主義者」とされているが、実際には彼女も、その夫もソ連のスパイだった。マッカーシーにより名指しを受けたロークリン・カーリーは、ルーズベルト大統領の特別顧問だったが、ベノナによりソ連のスパイであることが確かめられた。(マッカーシズムと、ジョセフ・マッカーシーのWikipediaより要約。参考書籍『共産中国はアメリカがつくった』



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by yomodalite | 2015-10-25 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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