HIStory Teaser, Part 2「独裁者」①

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前回紹介した、HIStory Teaser, Part 1「意志の勝利」の続き、今回はチャップリンの映画『独裁者』との深い繋がりについての考察です。

私にとって、まず嬉しかったのは、以前、推測で書いていたチャップリンとMJの同じポーズの写真について、より確信がもてたことと、


「マイケルの軍隊は、チャップリンスピーチを映像化したもので、だから、最後の曲が “Smile” だった」という私の思いを、より強力に語ってくれたことと、


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以前訳した「チャップリンのスピーチ」について再び考え直すきっかけになったことです。


また、私がはじめて、エスペラントのことを知ったのは、1985年の坂本龍一の同名のアルバムがきっかけで、そのとき、その言葉は、民族感情に左右されず、特定の民族に有利になったり、不利になったりしない。そんな夢を担った国際言語であると知ったのですが、ヒトラーはそれを「ユダヤの陰謀」と断じ、そのヒトラーのファシズムを揶揄したチャップリンは、共産主義者だと批判され、マッカーシズムによって、国外追放になりましたが、「赤狩り」で悪名高いマッカーシーは、共産主義という全体主義から、アメリカの自由を守ろうとしていました。そして、戦後、アメリカでは、日本よりも遥かに激しくヒトラーを「悪魔化」しましたが、ヒトラーが信じた「ユダヤ陰謀論」や、「人種差別」の精神をもっとも引き継ぐことになっているのは、なぜなんでしょう? ちなみに、それを「秘密結社」のせいにするのも、ヒトラーと同じ考え方ですからね(笑)

でも、チャップリンや、マイケルは、常に、正義や、理想ではなく、人々を分断しようとする力に抵抗し、心から愛と平和のために尽くしたと思う。

前置きが長くなりましたが、エレノアとウィラの会話の続きです。


ウィラ:今週も、エレノア・バウマンと私で、マイケルがヒストリーアルバムのプロモーションのために作った映像作品についての議論を続けたいと思います。前回の記事で話したように、「ヒストリー・ティーザー」は初めて公開されたとき、広範囲で議論を巻き起こしましたが、それはこの映像が、ナチのプロパガンダ映画『意志の勝利』を真似ているように見えるということが大きかった。そして、そこでの会話のように、確かにふたつの映像作品には、興味深い重要な関連性がありました。

しかしながら、ここにもう一本、このふたつの作品をつなぐ役目を担ったような映画があります。チャップリンの意欲的な傑作『独裁者』です。この映画は、『意志の勝利』や、そういったプロパガンダ映画を皮肉ることによって、巧みにナチのイデオロギーに対抗し批判している。『ヒストリー・ティーザー』は、この映画から目立たない形で引用することで、作品の持つ意味をより重層的なものにしていると、私は思います。

というわけで、今回のテーマは、『意志の勝利』と『独裁者』と「ヒストリー・ティーザー」との関連性、そして、それらの影響から、「ヒストリー・ティーザー」をどう解釈するか、です。エレノア、議論の続きに参加してくれてありがとう!


エレノア:ハーイ、ウィラ。こちらこそ、誘ってくれてありがとう。私にとって、マイケル・ジャクソンについて考えたり書いたりすることほど楽しいことはないわ。もちろん彼の音楽を聴くこと別格だけどね。本当のことを言うと、私は、MJの世界史や、映画史に対する理解や知識の広さや深さについて、未だに把握できていないし(いったい彼はいつそんな勉強をするひまがあったの???)、「ヒストリー・ティーザー」にそれら歴史の知識をすべて織り込み、このすごく短い映像作品に、とてつもなく多くの意味を持たせた、信じられないほどの芸術的能力についても、わかったとは言えない。

ただ、ここまでの議論で、私は「ヒストリー・ティーザー」を、様々な映画を引用した、複雑なコラージュだと思うようになったのね。ひとつひとつに、強い思いと歴史的知識が込められていて、それらが合わさって、マイケル・ジャクソン自身の物語になった。白人が支配する社会で名声を勝ち得ていった、パワフルな黒人アーティストである彼の側から語られる物語にね。その物語は、彼の存在や経験をより広い文脈の中に置き、彼個人の経験だけでなく、一部の人間を優位に置き、他を犠牲にするようなシステムに絡め取られた人たちの経験にも、思いを巡らせたものよね。「ヒストリー・ティーザー」は本当に、歴史について、マイケル・ジャクソンについて、そして慈悲について、私たち考えさせてくれる。私はこれを圧倒的に素晴らしい作品だと思うし、他の人もそう思ってくれることを願うわ。

個人のレベルで言うと、HIStory(彼の物語)はTHEIRstory(彼らの物語)へのアンチテーゼ。彼らの物語というのは、メディアによって繰り返し語られる嘘が、そのうち大衆心理に深く根を下ろして出来るものね。それらの嘘は、ヒトラーが「大きな嘘」と読んだものの類で(*1)、あまりに「巨大」で、「事実をそれほどまでにひどくねじ曲げる人がいる」とは誰も思い至らないのね。ヒトラーがナチスドイツにおけるユダヤ人の名誉を損ねるために言ったのもそのような嘘。

『ヒストリー・ティーザー』でマイケル・ジャクソンは、自分を地獄へ陥れたシステムを強く非難することで、自分を守ろうとした。そして、目的を達成するために『独裁者』と『意志の勝利』を使ったのね。

『意志の勝利』を思い出させる映像を使うことで、彼を破壊しようとした文化をナチスドイツにたとえた。そして、『独裁者』のテーマとプロットを引用することで、『意志の勝利』が讃えてしまった悪を明らかにし、そればかりか、『独裁者』の最後の有名な演説にあるような、『意志の勝利』が提示したものに代わるような世界観を提示して見せた。


ウィラ:いい総括だわ。エレノア。ありがとう。


エレノア:どういたしまして。


ウィラ:三つの映像作品を年代順に追っていくうえで、1934年公開の『意志の勝利』と1940年の『独裁者』を比較することから始めなくてはね。まず、前者では、アドルフ・ヒトラーは超人的な人物として登場するけど、『独裁者』は風刺映画だから、チャップリンは彼を傲慢で無能な人間、おばかなアデノイド・ヒンケルとして描いている。ヒトラーを取り巻く神話的なオーラをさらに取り払うため、チャップリンはヒンケルを「Fuhrer」(フュアラ:ドイツ語で指導者)ではなく「Phooey」(フューイ:英語で「ふーん」とか「ちぇっ」といった意味)と呼ぶ。同じように、ヒトラー内閣の閣僚であるヘルマン・ゲーリングや、ヨセフ・ゲッペルスは、チャップリンの映画では、ドジなへール・ヘリングや、へール・ガービッチ(ガベッジ〈ゴミ〉と発音されている)になっている。


エレノア:そして面白いことに『独裁者』の直前、MJの好きなお笑いトリオの「三ばか大将」が出演した、ナチスドイツを皮肉ったもう一つの作品があるのよね。


ウィラ:彼らの短編映画『You Nazty Spy(ナチのスパイめ!)』のことね。ドイツでのファシズムの興隆に対して、ハリウッドが反応したことや、しなかったことを論じた本が新しく出版されて、私はまだ読んでないんだけど、記事によれば、「三ばか大将の作品は、映画館で、ナチスドイツの本質を表現した一番最初のもの」とあるわ。長編映画である『独裁者』は、同じ年なんだけど、それより後に公開されているのね。

『独裁者』という作品の雰囲気は『意志の勝利』とはかなり異なっているけど、作品の意図や視点も違っている。『意志の勝利』では、何もかもが大規模で、もの凄い数の群衆、もの凄い数の兵士、記念碑的建造物、そして、ナチスのリーダーたちは、あえて言うなら、外見的に描かれている。と言うのは、カメラのアングルによって、私たちは彼らを見上げているような格好になっている。まるで台座に載った像や、オリンポスの神々のように。彼らの頭の中にある考えや感情なんて、わからないようになっている。実際のところ、私たちは彼らの人間性なんて見なくていいのよ。だって彼らは、神話的で、神のような存在としてそこにいるんだから。


エレノア:そうね。リーフェンシュタールはあらゆる技術を駆使して、ナチスのリーダーたちをÜbermenschen, つまり「スーパーマン」として描いているのね。


ウィラ:まさしくそうね。対照的に『独裁者』では、チャップリンの映画がいつもそうであるように、全てが等身大で、日々の生活のつらさ、特に権力側に目をつけられているユダヤ人のゲットーに暮らす人たちのつらさが描かれている。それは、チャップリンが二つの役、衝動的に命令を下す独裁者ヒンケルと、独裁者の命令によって人生をまるっきり変えられてしまうユダヤ人の床屋の二人を演じることで強調される。見る側は、ヒンケルと、床屋の場面を交互に見ることで、威張ってるだけで、頭が空っぽで、情緒も鈍い独裁者のファシスト的妄信が、どれほど、床屋や、彼の友達だけでなく、そのコミュニティ全体に危険が及ぶかということが、すごくはっきりとわかる。

そして、二本の映画は似通った事柄、ファシストのイデオロギーが、国の未来やアイデンティティや、自国への意識に与える影響について扱っているけど、そこにある世界観や雰囲気、そして意味するところは、これ以上無いほどかけ離れている。


エレノア:そうね。そして、これらの映画を年代順に考えてみると、『意志の勝利』が作られた1934年から『独裁者』が作られた1940年のあいだに、とても多くのことが起こった。そして、1940年から第二次世界大戦の終わりに起こったことによって、それらの映画の意味や重要性も変わったのよね。


ウィラ:先を聞かせて、エレノア。


エレノア:たとえば、1934年には、ヒトラーやナチスは、第一次世界大戦に敗れたドイツに希望を与え、共産主義に対する防波堤になったと賞賛されていて、リーフェンシュタールの映画も拍手をもって讃えられた。ところが1940年になると、ヨーロッパで戦争が起こり、多くの人々がドイツに対して不安を抱くようになった。結果として、国際世論も変わりはじめ、同じ映画が、非常に疑わしい体制のプロパガンダとして、懐疑的に見られるようになった。

ナチの脅威にみんなの目を向けさせ、ヒトラーのパワーやカリスマ性を損なわせるべく、チャップリンは『独裁者』を作り、1940年の10月にニューヨークでプレミア上映を行った。アメリカが第二次世界大戦に参戦する1年前のことよね。リーフェンシュタールが、ヒトラーを立派に見せようとした方法を参考に、チャップリンは、ヒトラーのふんぞり返った姿を嘲笑し、彼を等身大の人間に描いた。自らの驚くべき喜劇的才能を使いつつ、チャップリンが描いたのは、喜劇とはほど遠い状況だった。

現在では、多くの人が、ナチスをおちょくって批判するなんて、好意的に見ても、適切ではないと考えるでしょう。でも、思い出して欲しいのは、1940年には、ヒトラーの狂気の全体像はまだわかっていなかったし、「最終的解決」(ユダヤ人の大量虐殺計画のこと)も徹底して実行されてはいなかった。後年になって、チャップリン自身が言ってるわ。「ナチの収容所の本当の恐怖を当時知っていたならば、あの映画を撮ることはなかっただろう」って。


ウィラ:それは重要なポイントね。ふり返って見ると、今の人たちには、『独裁者』は悲劇を矮小化していて、無神経に見えるかも知れない。でも、強制収容所のような残虐行為は1940年の時点ではまだ知られていなかったし、あなたが言ったように、実際、最悪の事態はまだ起こっていなかったのよね。それはもっと後の戦争中に起きたことだから。

海外で起こっていることに対するアメリカの態度は、この時点ではすごく複雑だった。アメリカは、1941年12月7日に日本がパールハーバーを攻撃するまでは、公式には参戦していなくて、1940年は、武器や資金援助などの支援を連合国側に供与していた。実は、この国の歴史で唯一の平時徴兵制が始まったのは、1940年の9月で、『独裁者』が公開される1ヶ月前。アメリカは戦争に備えてはいたけど、積極的に参加してはいなかった。それは、第一次世界大戦でたくさんの犠牲者が出たことから、戦争に巻き込まれることをすごく嫌っていたからなのよね。

だから、あなたの言うことはわかるわ、エレノア。『独裁者』を理解し、その価値を知るには、それが製作された頃の歴史的背景を考慮しなくてはね。この時代は、戦争がいろいろな国を巻き込んでいくのを目にしながら、アメリカが大いに迷っていた時期であり、ホロコーストの恐怖の全容がまだわかっていなかった時期なのよね。


エレノア:そうなのよ。そして、第二次世界大戦で明らかになったことは、『独裁者』に対する私たちの感じ方を変え、『意志の勝利』への見方も180度変えたということよね。『意志の勝利』は、第三帝国(*2)の栄光の象徴ではなく、強制収容所と大虐殺の象徴になってしまった。で、「ヒストリー」におけるこれらの映画の使い方についての議論を複雑にしているのは、1940年と1994年の間に再び、このふたつの作品の重要性というのが変化していることなの。それも劇的にね。

「ヒストリー」が作られた1994年には、すでに何世代もの映像作家が、ナチスの残虐行為やその横暴を描く手軽な手段として、リーフェンシュタールのような映像手法を使っていた。だから、私たちはそういった映像が「ヒストリー」に現れた時、即座に嫌悪感を感じてしまうのよね。この映像効果によって、「ヒストリー」は、我々の心の奥深くにある、意識もしていないような感情を呼び覚まし、「集団的な罪の意識」のメカニズムと結びつけ、アメリカ文化の中にある人種差別や広範囲な抑圧の悪を明らかにした。そして、1994年には、『独裁者』はナチスに対する風刺映画というよりも、その役を演じていたチャップリンの栄光が失墜していた。マイケル・ジャクソンと同じような原因でね。(②に続く・・・)

(註)______

(*1)大衆は、小さな嘘より大きな嘘にだまされやすい。なぜなら、彼らは小さな嘘は自分でもつくが、大きな嘘は怖くてつけないからだ(アドルフ・ヒトラー)

(*2)第三帝国/ナチスドイツを示す言葉として知られている。元はキリスト教神学で「来るべき理想の国家」を意味する「三時代教説」と呼ばれる概念で、まず「律法の元に俗人が生きる『父の国』時代」、そして「イエス・キリストのもとに聖職者が生きる『子の国』の時代」、そして最後の審判の後に訪れる、「自由な精神の下に修道士が生きる『聖霊の国』の時代」の三つに分けられると定義されていて、「第三の国」は、来るべき理想の国であるというニュアンスを持っていた。
その後、保守革命の思想家アルトゥール・メラー・ファン・デン・ブルックが、1923年に著した『第三帝国論』の中で、第一の国である神聖ローマ帝国と、第二の国であるドイツ帝国の正統性を受け継ぐ「第三の国(第三帝国)」の創設を唱え、ナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)統治下のドイツで、これが盛んに用いられた。(→ https://ja.wikipedia.org/wiki/第三帝国より要約)



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by yomodalite | 2015-10-23 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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