ローリング・ストーンズを経営する/プリンス・ルパート ローウェンスタイン

ローリング・ストーンズを経営する: 貴族出身・“ロック最強の儲け屋”マネージャーによる40年史

プリンス・ルパート ローウェンスタイン/河出書房新社




40年にわたってストーンズのビジネス・マネージャーだった著者の自伝。第三章から、ようやくストーンズのメンバーが登場し始めるのですが、スペイン生まれで、ドイツ・バイエルン地方の貴族だった両親や、ヨーロッパのエスタブリッシュメントの生活感や考え方が窺い知れる部分など、ストーンズに関係のない部分にも興味深い点が多い本です。

そんな本書の中から、

各章のエピグラフのメモと、マイケルに関するエピソードを記録しておきますw

第1章
子どもたちだけが、なにを探しているのか、わかっているんだね
ーーーサン・テグジュペリ

第2章
軽薄については多く語られている。
軽薄な人々とは、結局、一部の慈善家、改良派よりも世界に及ぼす害は少ない。愚かなことを少しもしない人は信頼するな。
ーーーバーナーズ卿

第3章
経験とは何か別のものを探している間に得るもの
ーーーフェデリコ・フェリー二

第4章
病的な音楽しか金にならない
ーーーフリードリッヒ・ニーチェ

第5章
わたしだとてもよく知っている。(←原文ママ)
ならず者らは、望みを糧にくらすというのを。
ーーーアイスキュロス

第6章
今過ぎゆくこの瞬間以外、人生はすべてが思い出、
あまりにすばやく過ぎ去り、とても追いつけない
ーーーテネシー・ウィリアムズ

第7章
これまで不正が義務だったことはない
ーーーアンソニー・イーデン

第8章
人はいつも時が物事を変えてくれると言うけれど、
それはあなた自身が変えなければならないものだ。
ーーーアンディ・ウォーホル

第9章
自由なライオンは自分自身の野生の法則に従うことができる
ーーーR.H.ベンソン

第10章
友を許すより敵を許す方が簡単である
ーーーウィリアム・ブレイク

第11章
わずかな真実に足をつっこめば、自由に飛べる
ーーーアンドリュー・ワイエス

第12章
自分の好きなことをやりながら生きていけたら、それは素晴らしい人生だ
ーーーアーメット・アーティガン

エピローグ
ああ、歳月の過ぎゆくことのいかに早きことか。
ーーーホラティウス


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ポール・マッカートニーとエルトン・ジョンの前例があったものの、多くの人々にとってミックが騎士の称号をもらうことは驚きだった。しかし、それほど奇妙なことでもなかった。過去には、ジョン・ギールグッドに騎士の称号を与えることに抗議する人々でセント・ジェームズ・ストリートが騒然としたことがあった。また、建築史学者ジェームズ・リース・ミルンが授与者リストに載ったと噂された時にも、これを阻止しようと似たような騒動が起きた。ミックヘの授与は、アートの世界の異性愛者たちにとって、ちょっとした勝利だった。


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私はアンディ・ウォーホルが1975年に創作したミックの肖像画と同じ路線の美術プロジェクトを立ち上げようとした。今回はマイケル・ジャクソンの肖像画を考えていた。マイケルの弁護士ジョン・ブランカにこの話を持ちかけると、マイケルが快諾したとの返事をもらったので、私はロンドンのルフェーヴル・ファイン・アート・ギャラリーのデズモンド・コーコランとマーティン・サマーズに相談した。二人の見解では、アメリカでもっとも評価の高い現役の肖像画家はアンドリュー・ワイエスだった。



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そこで私たちはメリーランド州ブランディワインにあるワイエスの自宅で打ち合わせをすることにした。その地所は私たちの知り合いの画家、陽気なウェイマウスとして知られるジョージ・ウェイマウスが所有していた。ジョン・ブランカがニューヨークからワイエスのエージェントを伴って到着した。マイケル・ジャクソンは、カリフォルニアからターバンとローブをまとったニキビ面の若手マクロビオティックのシェフ、そしておそらく子どもの頃からマイケルの面倒をみているに違いない70代のチャーミングなガードマンを同行してきた。
 
アンドリュー・ワイエスはマイケル・ジャクソンととても気が合ったようで、ランチのあいだマイケルに「肖像画のためにどんなコスチュームを着るか考えなくてはね」と語りかけていた。二人ともコスチュームオタクだった。マイケルが「僕は南北戦争の騎兵隊将校の制服が着たい」と言うと、ワイエスは「素晴らしいね。メイン州の海のそばにある私の家に来てもらって一緒に肖像画に取り組もう」と答えた。
 
それからアンドリューがマイケルに好きな画家は誰かと尋ねると、「ピエロ・デラ・フランチェスカ」と、彼は即答した。私はびっくりして、フォークを落とした。「君は印象派が好きなの?」とアンドリューが続けると、「そのとおりだよ、セザンヌは別だけどね」。このやり取りに私は呆然とした。マイケルは偉大な画家たちの作品に対して、明らかに審美眼を待っていた。二人ともよく語り、魅力的で、すべてが私の期待とは正反対だった。

同じくらい驚いたのは、イタリアのボルゴ・サンセポルクロやアレッツォの小さな教会にあるピエロ・デラ・フランチェスカの絵について、ワイエスに尋ねたところ、彼が「外国には行ったことがない」と答えたことだった。世界的に有名な画家なのにイタリアを訪れたことがなかったのだ。
 
残念なことに、このプロジェクトは日の目を見なかった。ワイエスの妻ベッツィが、彼と愛人ヘルガの不倫を知り、その仕返しとして、ワイエスがやりたがっていたマイケル・ジャクソンのプロジェクトを止めさせたのだ。ワイエスは2009年1月に亡くなったので、これが実現していたら彼の最後の大作品となったことは間違いない。マイケル・ジャクソンとはブランディワイン訪問後に、ロサンゼルスとロンドンのコンサートで数回会い、楽屋で楽しくおしゃべりをしたが、彼も6か月後に帰らぬ人となった。

(引用終了 P203〜205)


全体的に、すこし雑な翻訳なので、意味がわかりにくい部分はあるのですが、、

MJは、ピエロ・デラ・フランチェスカ好きで、印象派好きだけど、セザンヌは嫌い(私もーーー!!!)


ワイエスが有名人の肖像画を描くなんてイメージなかったんだけど、マイケルの肖像画見たかったなぁーー!

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この絵の女性との関係が、妻ベッツィを怒らせただけでなく、
マイケルとのプロジェクトを潰すことになっていたなんて。。


南北戦争の騎兵隊将校の制服。。。

スリラーで8冠受賞することになったグラミー章のときの衣装など、スリラー期のミリタリーファッションがもっとも「南北戦争の騎兵隊将校の制服」に近いように思えるのですが、、MJのミリタリー趣味は生涯続くものでした。グラミー受賞直後のオークションで『風と共に去りぬ』のオスカー像を1億円余で買ったことなど、MJは南北戦争に対してのこだわりを人生の最後まで持ち続けていたんですね。

そして、肖像画も「戦う男」として後世に残したかったんですね。

ちなみに、アンドリュー・ワイエスの息子のジェイミー・ワイエスは、ケネディや、ウォーホル、ヌレエフといった有名人の肖像画を描いています。。


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Commented by mitch_hagane at 2015-08-05 17:20
>わたしだとてもよく知っている。(←原文ママ)
>ならず者らは、望みを糧にくらすというのを。
>ーーーアイスキュロス

おおっ、これは『アガメムノン』ですな、と全然関係ない所に食いついてみる。(笑)
これは、アガメムノン王が妻クリュタイメストラに殺された後、妻の情夫アイギストスが、恐れおののく長老たちに向かって、開き直って傲然とうそぶくシーンです。

これはもうこの英訳の方が、めちゃ分かりやすいです。
『I know how men in exile feed on dreams ... and know such food is vain.』
(私には分かる、追放されたものどもが夢にすがる気持ちを。だが、それは空しき願いだ。)

そして、もちろんそれは「夢」ではなく、アガメムノンの息子オレステスは、姉エレクトラと図って、母とその情夫を斃す、血なまぐさい復讐劇が続くのです。リヒアルト・シュトラウスのオペラ「エレクトラ」も、血なまぐさくて、お薦めです。(汗)
Commented by yomodalite at 2015-08-05 19:07
>… と全然関係ない所に食いついてみる。(笑)

いつも趣旨とちがう点に食いついていただいて(笑)、ありがとうございます。というのは、本当に皮肉ではなく、ありがたく思っているのは「マジ」です!

ここをメモしておいたのは、少年のころから名門校に通い、ギリシャ語やラテン語にも興味を示し、ケンブリッジとオックスフォードの両方に通って、、というような経歴の著者が、エピグラフにあげるような古典について、知っておきたいと思ったからなんですけど、、

その原文ママの文章だけでなく、元の英文が気取った感じの、わかりにくい文章だからなのか、この本の翻訳は全体的に、大雑把な訳になっているような感じがしたので、英文についても、あとから追加できたらなぁと思っていたところだったんです。

でも、それはすごく面倒なことで、おそらく私には無理だったと思います。なので、一例だけでも、英語がわかって助かりました!
Commented by jean moulin at 2015-08-10 18:31 x
>これはもうこの英訳の方が
みっちさん!なんだかよくわからなった日本語が、よくわかりました。ありがとうございます。

>この絵の女性との関係が
ヘルガとの騒動が、こんなとこにも影響していたとは・・
残念すぎる・・ こらっベッツィ

加山又三のMJも見たかったけど、ワイエスのMJも夢のようだね。

>アンドリューがマイケルに好きな画家は
ここの会話、もう少し詳しく聞きたいな。
何か、大事なところが抜けてるような気がする。

>(私もーーー!!!)
この「私も」どこまでかかってるの?
Commented by yomodalite at 2015-08-10 22:38
想像ではあるものの、ありえなくはなかった加山又三だけど、まさか、ワイエスにここまで具体的な話があったなんてね。。

>残念すぎる・・ こらっベッツィ

MJは男なんだから、許してくれてもいいのにね。。はっきりしたことは、ベッツィはMJファンじゃなかったってことだね。。

>ここの会話、もう少し詳しく聞きたいな。

だよね。初期ルネサンスから、急に印象派には飛ばないもんね。

>この「私も」どこまでかかってるの?
ピエロ・デラ・フランチェスカ好きで、セザンヌ嫌いだよん。
Commented by jean moulin at 2015-08-11 18:30 x
>ピエロ・デラ・フランチェスカ好きで、セザンヌ嫌いだよん。
その話、詳しく聞きたいけど、今は聖誕祭で忙しいだろうから、今度またゆっくりね。
Commented by yomodalite at 2015-08-11 21:50
>今は聖誕祭で忙しいだろうから。。。

そうなんだよ。うっかり始まっちゃったんだよ。でも、このあたりの話は大好物なだけに頭から離れなくて、、ついさっきも、そういえば、moulinさんの方が先に買ってる「あの本」にもワイエスの名前があったなぁとか思い出したり、、

とりあえず、愛従姉妹 “文学編”(仮w)まで待っててね\(^▽^)/
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by yomodalite | 2015-08-05 06:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(6)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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