「少年A」14歳の肖像(新潮文庫)高山文彦

1997年の神戸連続児童殺傷事件については、つい最近まであまり興味を抱いておらず、様々な事件について、加害者が書いたものも、被害者遺族が書いたものも、それなりに読んできてはいるものの、残忍な犯行をおこしたのが少年だというこの事件に関しては、書ける人がいないのではないか、という疑問があって、それで読書をためらっていました。

当時もっとも売れるミステリ作家だった宮部みゆき氏は、

一読して頭を抱えたことや、この事件が連日報道されていた当時、ひどく気落ちし、自分にはもう「現代」はわからない。という深刻な壁に突き当たり、。。人間のなかの未知の恐ろしい部分について、知ったかぶりをするのはもうやめよう。恐れ憚ることを思い出そう。それこそが今いちばん欠けている処方箋なのかもしれない。。

と、文庫版のあとがきに書いていて、それは、私がこの事件に関して読書をしてなかった理由とも似ているのだけど、今年、事件を起こした少年自らが書いた本を読んだことから、ここまで、優れたノンフィクションライターが、この事件をどう描いてきたのかについて知りたくなり、『少年A矯正2500日全記録』に続いて、こちらも読んでみました。

行間から溢れ出る高山さんの真摯な情熱に襟を正しながら… と宮部氏が、書いているように、残忍で悲劇的な事件を追いながらも、本書のどこかに救いがあるのは、少年に対してだけでなく、著者の人間全般へのやさしさが見え隠れするところでしょうか。それは、凡庸なノンフィクションライターが書いたものからは感じられないもので、先に読んだ草薙厚子氏の本よりもずっと「文学的」な魅力がありました。ただ、Aの母親に対しては、『少年A矯正2500日全記録』よりも、厳しく責任を負わせる書き方で、少年犯罪が大きく報道されるようになったことと、少子化には大きな関連があると思わざるをえませんでした。

元少年Aの出版へのヒステリックな批判が、私にはよくわからなかったのですが、本書の終盤で、

Aの場合、被害にあったふたりの子供の親が詳細な手記を単行本として出版した。それでずいぶん救われたそうだ。私の著作を読ませようというのは、こんどは客観的な立場で書かれたものをAに読ませ、自分が犯した事件の全体像と社会的評価について理解させようという意図であるらしい。Aがどのように私の2冊を読むのか興味のわくところだが、いずれ私は彼に会いに行こうと思う。きっと私は彼に本を書かせようと仕向けるだろう。悔恨や反省ばかりを並べ立てる手記のたぐいではない。なにもかもあの事件のころにたちかえり、自己の欲念や殺人衝動、そしてなぜ殺害の対象が淳君でなければならなかったのか、学校や家族の真実の物語をふくめて一点の嘘いつわりも許さない極私的ドキュメントである。怪物の文学である。

という文章があって、元少年は、これに応えたのだと思いました。

高山氏が書いたもう一冊『地獄の季節』も読まなくてはと思いました。




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by yomodalite | 2015-07-16 16:38 | 裁判・法律・犯罪 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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