東京と違う大阪のデフォルトとは?

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現代ビジネスの記事なんですが、

あまりにも共感したので、まるごと「転載」します。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43528

「文明探偵」を産んだ街─大阪(文・神里達博)

◎関東人は、大阪を知らないことを、知らない

早いもので、大阪に住んでもう3年になる。

私は7歳から、ずっと関東に暮らしてきた。親戚もほとんどが首都圏在住で、関西にはまるで縁がなかった。そんな私が40を過ぎて大阪に赴任することになり、当初はかなり戸惑った。

そもそも純粋な関東の人間は、関西のことをよく知らない。いや、知らないことを、知らない。特に「大阪」は穴場だと思う。

東京の人間は、種々の「謀略」により、「京都を消費したい」という欲望にしばしば突き動かされる。しかし大阪への関心は、京都に比べるとかなり薄いと思う。そういうこともあり、関西に縁がない人間の「大阪のイメージ」は、一般に乏しい。

私の場合は特に酷く、「通天閣」「道頓堀のグリコ」そして「吉本」で終わっていた。実のところ今だって、大阪について知っていることは非常に少ないと思う。たぶん、旅行者に毛が生えた程度だろう。

しかしそれでも、私にとっての大阪は、想定外に刺激的だった。少し、エピソードを述べたい。

まず、大阪に来て最初に驚いたのは、「看板」であった。東京の街で見かける看板は、「横文字」と「若い女性」が多い。しかし大阪の看板は「日本語」と「オッサンの絵」が多い。いや、実数はそれほど多くないのかも知れないが、パンチの効いたオッサン(社長?)の漫画で自社を直接アピールするような、そういう類の看板を結構見かける。

オッサンと言えば、あるタクシー運転手の話。彼は交通警察に捕まっていた(「捕まっていたこと」は確かである、「交通切符」らしいものが見えたから)。しかし警察官は苦虫をかみつぶしたような顔で、黙って腕を組んで突っ立っている。対する運転手は、猛然と喋る。いや、警官に激しく「説教」をしているようだ。身振り手振りで熱弁を振るい、最後に彼はこう言い放った。

「しゃあないわ、もうラチあかんわ、今日のところはこの辺で勘弁したるっ!」

◎禁止されない限り、何をやっても良い街

要するに大阪は自由な「リパブリック」であり、伝統的に「市民社会」なのだ。だから、この「不幸な警察官」の例からも分かるように、大阪で「行政」に携わるのは大変なことだろうと推察する。

実際、リベラルな雰囲気はそこかしこに埋め込まれている。例えば、妙に禁止の張り紙が多い。最初は意外と自由ではないのかな、と思ったのだが、ほどなく自分の誤解に気づいた。

東京は「許可されていないことは、やってはいけない街」である。だが大阪は逆で、「禁止されない限り、何をやっても良い街」なのだ。デフォルトが違う。その意味では大阪は米国に似ているかもしれない。そう、アメリカに行くと大阪弁がよく耳にとまるのは気のせいか。

地下鉄の中で起きた小さな喧嘩を、すぐに仲裁するオッサンが現れた時も驚いた。

「社長、分かるでぇ。疲れ切って帰ってきてやで、肘が当たればアタマにも来ますわ、ほんま」「せやけどな、車内で喧嘩ができるんも幸せなことやでぇ。自分、東京で働いてましたが、地下鉄混みすぎですわ、いつ痴漢にされるか分かりまへん。小心者やさかい地下鉄乗ったら、いっつも万歳ですわ!」と両手を挙げる。車内の誰もが笑う。いつもこう上手く行くわけではないだろう。しかし少なくとも、東京よりはずっと市民社会的だと思う。

この他、道ばたでよく見かける「飛び出すな!坊や」の看板のこととか、「ちちんぷいぷい」のこととか、なぜか関西には「アレ」が全く無いこととか、「宮本むなし」と「がんこ」のこととか、まだまだ言いたいことは沢山あるが、また別の機会に譲ろう。

ともかく私は大阪に住んで、とても心が軽くなった。そして、大阪がある限り、この国も捨てたもんじゃない、と思える(などと大阪人に言うと例外なく、自虐的なツッコミで応えてくれるが)。こんな明るい気持ちになれたのは何年ぶりだろう。

そうやって、前向きなマインドで読書人の雑誌「本」に連載をさせていただき、このたび『文明探偵の冒険―今は時代の節目なのか』(講談社現代新書)にまとめることができた。本書の中身は大阪と直接の関係はないが、「文明探偵」が誕生したのは、間違いなく、自由な大阪の空気の御陰である。

(かみさと・たつひろ 大阪大学特任准教授、科学史)
読書人の雑誌「本」2015年6月号より


ここで紹介されているタクシーの運転手さんのエピソードなどは、東京にいるとき、テレビで、大阪のオモロイ人々としてよく聞く種類のものだったけど、実際のこの街に来てみて、こういった杓子定規でない人々に出会うと、そのときは面白いと思っただけだったことが、地下鉄の中の仲裁おじさんにみられるように「大人の知恵」だったのだということにも気づいた。

それと最近、大阪を魅力的にしているのは、京都や、神戸といった街から、常に「悪口」を言われているからではないかと思う。京都や、神戸だけでなく、市内では「キタ」と「ミナミ」で、とにかく日常的にディスるという文化もあって、それが個性や文化を鍛えているように思う。

ソ連が崩壊して、世界覇権がはっきりしてから、アメリカが力を落としたように、東京には、身近に歯向かってくる相手がいなくて、それで、隣国が挑みかかってきたときにも、馴れていないわ、言葉も通じないわ、ってことになるのかもね。


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by yomodalite | 2015-06-07 23:19 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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