Boy, is that Girl with You?(3)『Black Or White』アウトテイク

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☆Boy, is that Girl with You?(2)の続き。。


ウィラ:興味深いわ、ジョー。これまで話してくれたような背景は重要よ。なぜならあなたは、『ブラック・オア・ホワイト』を、よく言われるような人種主義への批判としてだけでなく、ジェンダーへの批判としても見ているものね。男であるとはどういうことか、とりわけ黒人の男であるとはどういうことかを表す、文化が生み出した抑圧的な物語に挑戦し、黒人の男性への見方を変えようとした作品としてね。


アメリカのメディアにおける黒人男性の描かれ方に、ある「パターン」が存在することにジャクソンは気づいていた。映画において、ジャクソンが言うところの「パターン」を最初に広めたのは、もちろん『國民の創世』だった。


形は違うけど同じように抑圧的な「パターン」を引き継ぎ普及させたのが、ブライの『男性運動』であり、ヒップホップであり、ヘヴィメタルだとあなたは言うのね。そして、『ブラック・オア・ホワイト』は、それらのパターンに真正面から挑戦し、人種やジェンダーについて、新しい見方を、あなたの言葉で言えば「見直し方」を提起しているということね。


ジョー:そうだね。裁判の頃のあるインタビュー(*5)で、マイケル・ジャクソンはボクサーのジャック・ジョンソンの話をしている(*6)。ジョンソンはアメリカ社会にある黒人男性への恐れ、特に、『國民の創世』の中心にある恐れでもある、黒人男性の秘めた力が、白人女性の純潔を冒涜するという、その性的能力への恐れを鋭く見抜いていたけど、監督のグリフィスはこれになんの疑いも持たなかった。あなたがさっき言ったように、彼は異人種間結婚への「嫌悪」を引き出したいと語っている。この恐怖は、奴隷制度の時代にさかのぼるものであり、エメット・ティル(*7)やユシフ・ホーキンス(*8)の死といった悲劇の中にも引き続き見られるものだ。(憶えておいて欲しいのは、1958年に白人と黒人の結婚を認めるアメリカ人は、たった4パーセントだった。1991年までにその数字は48パーセントにまで上がったが、それでも半分以下)


そして、マイケルジャクソンが『ブラック・オア・ホワイト』の歌詞の中で、この神話と対決している。「Boy, is that girl with you?(坊や、彼女はお前の連れなのか?)/ Yes, we're one and the same(そう、僕たちは一緒、同じ仲間さ)」から始まり、マイケルが燃えさかる十字架の中を歩きながら「シーツなんか恐くない!」とシャウトするシーン、人種の純粋性という観念を否定してみせるモーフィングシーン、そしてパンサー・シーンに至る流れでね。パンサー・シーンは、僕の意見では、ミュージック・ビデオの歴史の中ではもちろんのこと、映画史上でも最も大胆で、挑戦的な瞬間だ。



ウィラ:私もそう思うわ。



ジョー:このシーンについて僕が本当にすごいと思うのは、マイケルが象徴的な意味で監督の役を引き受けているということ。白人の監督(ジョン・ランディス)は監督の座を奪われているよね。これは、映画の歴史を、映画がどれだけ圧倒的に白人に支配されて来たかということを考えるともの凄いことだよ。何が起こったかというと、ジョン・ランディスはマイケルがパンサー・シーンでやろうとしたことにはすごく反対した。ソニーの重役たちも反対したんだ。最近、YouTubeに未公開シーンがアップされたんだけど、そこにこの時の様子が少し映ってるね。






(記事中にはありませんが、動画スクリプトを参考まで)


(共同で振り付けをしていたと思われるパターソンが、こんな風に、と動きながらマイケルに話している)


Patterson : “No, not wild―wild is great. I’m just saying, sometimes you get real funky or sometimes you get…. tight. [Video glitch―unintelligible.] Sharp body lines, Loosen your body, you know what I mean? Funk out. Funk out.

パターソン:いや、ワイルド、っていうんじゃなくて・・・ワイルドもいいんだけど。僕が言いたいのは、時にすごくファンキーになったり、時にスキッとした感じになったり(ビデオ画面乱れる)切れのある感じを出したり、力を抜いたり・・・わかるよね。ファンクな感じを出すんだ。


MJ : Be more wormy.

マイケル:もっと、芋虫みたいに、ってことかな。


Landis : You want more wormy. More wormy. Grab your nuts some more?

ランディス:もっと芋虫みたい? 芋虫って・・・もっとあそこを掴むとか?


MJ : See, he’s thinking dirty. I don’t do dirty things.

マイケル:ほらね、彼は下品なこと考えてるよ。僕は下品なことなんかしないよ。


Patterson : You know what I mean.

パターソン:僕の言ってる意味わかるよね。


Landis : You mean...“wormy,” right? He doesn’t mean “wormy.”

ランディス:だって、「芋虫っぽく」なんだろ? 彼(パターソン)は「芋虫みたいに」って言ってるのじゃないの?


MJ : No. It’s an expression. I know exactly what it expresses.

マイケル:うーん。そういう言い方なんだってば。僕にはどういう意味かわかるよ。


Landis : I know. (to Patterson): He knows what you mean.

ランディス:あ、そう。(パターソンに)マイケルは君の言ってることわかるって。


MJ: (smiling, to Landis): You’re so dirty.

マイケル:(ランディスに笑いながら)もう、下品なんだから。


Landis : Excuse me, was I doing…..

ランディス:ちょっと待ってよ、僕はそんな・・・。


Karen Faye : It’s all in the mind.

カレン・フェイ:心の中で、ってことでしょ。


MJ : Yes.

マイケル:そうそう。


Landis : (to camera) Was I imagining he was grabbing his nuts?

ランディス:君があそこつかんでるところを、想像しただって?


画像乱れの後、移っていないところで「カメラ回して」の声。マイケルが自動車の屋根で踊り、ボンネットに降りて踊り続け、さらに歩道に降りてフレームから消えるところまで撮影。マイケルが「もう一回」と叫ぶ。それからクルーが自動車の屋根で、次の撮影用にマイケルの身支度をととのえている。画面の外から:はーい、みんなスタンバイして!


Landis (to camera) : I didn’t choreograph this. I’m just shooting.

ランディス:(カメラに向かって)振り付けは僕じゃないからね。僕は撮ってるだけなんだから。


MJ : You are too religious

マイケル:君は信仰心が強すぎるんだよ。


Landis : Too religious...

ランディス:信仰心ねぇ・・・。


* * *


ウィラ:本当にね。それと、メーキングの映像のことを教えてくれてありがとう!見たことがなかったけど、とてもたくさんのことがわかる映像よね。これを見ると、ジョン・ランディスが、マイケルのやろうとしていたことや、それが重要なのかどうかを、本当の意味では理解していなかったとわかるわね。そしてあなたと同じく、私も、ジョン・ランディスの象徴的な意味での役割はモーフィング・シーンまでで終わっていて、その後のシーン、つまりパンサー・シーンは、すべてマイケルだけの作品だ、というところが重要だと思う。


そういえば、『リベリアン・ガール』でも、ビデオは、宣教師がすっかり布教を終えたあとのようなハリウッド的なアフリカの植民地の描写から始まるんだけど、突然すべてが変わるのよね。マルコム・ジャマール・ワーナー(黒人俳優)が「ここにあるどのドアを開けるのも恐いなぁ」と言うんだけど、面白いコメントよね。そして、ウーピー・ゴールドバーグ(黒人女優)が「だれがこれを監督してるの?」と尋ねる。カメラはスティーブン・スピルバーグ(白人監督)が監督用の椅子に座っているところを映すんだけど、監督してるのは彼じゃない。彼はただ退屈そうに待ってるだけ。


そしてロザンナ・アークエット(白人女優)がジャスミン・ガイ(黒人女優)に尋ねる。「私たちなにをすればいいの?」ジャスミン・ガイは「わかってるのは、マイケルに呼ばれたってことだけ。彼がここに来れば、なにをすればいいか教えてくれると思うわ」と言って、マイケル・ジャクソンこそがこの場を取り仕切っている人間だとほのめかす。答えは最後の最後に明らかになって、私たちはついにマイケルを見る。そして驚いたことに、彼はカメラマン用の椅子に座っているのよね。だから、彼がカメラをコントロールし、すべてを支配していた訳ね。監督用の椅子に座って、時計をちらちら見ながら、どうすればいいか指示してもらうのを待っていた白人男性ではなくて。だから、導入部分で期待させたのとは異なり、リベリアンガールは、よくある、白人の目でアフリカの植民地を描いたものではなかった、というわけ。まったく違ったものだったの。これは、世界中の何百万という家庭で見られる作品について全権を握っている、ひとりの才能ある若き黒人男性の話だったのよ。それが、とても楽しく、気楽な雰囲気で、賢いやり方で表現されているから、誰も彼がやっていることに気が付かない。





《註》_________


(*5)2005年のジェシー・ジャクソンによるインタビュー。


下記は該当箇所の抜粋


Jessy Jackson:君はこれがパターンのようなものだと思うんだね。でも、どうやってこれに対応している?すごく高いところに持ち上げられてから一転して、今は、君の人格も、潔白について攻撃されている。こういったことにどうやって対応するんだい?


Michael : そういったことを経験した過去の人物たちを参考にしている。マンデラの物語や、彼の経験は僕に大きな強さを与えてくれるし、それと、ジャック・ジョンソンの物語をPBS(米国の公共放送)で見たんだけど、これは今『Unforgivable Blackness』というDVDにもなっている。


1910年からのこの人物についての驚くべき物語で、彼は黒人初の世界ヘヴィ級チャンピオンとして、突如として登場したんだけど、社会は彼の地位やライフスタイルも受け入れたくなかった。それで、社会がやったことと言えば、ジョンソンを投獄するためにいかに法律を変えるかということ。彼は、ある種の勢力によって不当に投獄されたんだよ。そして、モハメド・アリや、ジェシー・オーエンス(ヒトラーとナチス党が白人種の優越性を証明することを望んだ1936年のベルリンオリンピック大会で、4冠を達成した黒人の陸上選手)の物語もね。


僕は、すべての物語を歴史をさかのぼって考えることができるし、それらを読むことで強さを得ることが出来るんだよ。ジェシー、あなたの話も僕に強さを与えてくれる。あなたの経験もね。僕は公民権運動の終わりの方しか知らなくて、本当には経験してないからね。70年代は子供だったんだ。でも、終わりの方の公民権運動には参加したし、目にすることも出来たんだよね。


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(*6)ジャック・ジョンソン(ボクサー)/黒人として初めての世界ヘビー級王者(1908年-1915年)となり、それは当時非常に大きな論争の的となった。その生涯をたどったドキュメンタリーにおいて、ケン・バーンズは「13年以上にわたり、ジャック・ジョンソンは地球上で最も有名であると同時に、最も悪名高い黒人であった」と評した。SF「You Rock My World」の黒人ボクサーの写真もおそらくこの人だと思われる。(VISIONのN寺解説は間違いが多すぎて、むしろ謎w)


→ http://ja.wikipedia.org/wiki/ジャック・ジョンソン_(ボクサー)


(*7)エメット・ティル(Emmett Louis “Bobo” Till 1941年7月25日– 1955年8月28日)は、アフリカ系アメリカ人の少年。14歳の時、イリノイ州シカゴの実家からミシシッピ州デルタ地区の親類を尋ねていた折、食品雑貨店店主、ロイ・ブライアントの妻キャロライン・ブライアント(21才)に口笛を吹いたと因縁をつけられ、後日、納屋に連れ込まれて凄惨なリンチ(目玉をえぐられ、頭を銃で撃たれ、有刺鉄線に縛りつけ、首に32 kgの重りをつけられた後、死体は川に捨てられた)をうけ殺害された。ティルの死体は3日後に川から発見され、引き上げられた。

→ http://ja.wikipedia.org/wiki/エメット・ティル


(*8)ユシフ・ホーキンス(Yusef Hawkins 1973年3月19日~1989年8月23日)は、ニューヨーク市、ブルックリンで、イタリア系アメリカ人に射殺された16歳のアフリカ系アメリカ人。 ホーキンズと3人の友人は10~30人の白人の若者の群衆に攻撃され、そのうちの7人が野球用バットを振るい、ピストルで武装していた者は2度も胸を撃ち、ホーキンズは亡くなった。

Death of Yusef Hawkins

http://en.wikipedia.org/wiki/Death_of_Yusef_Hawkins



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by yomodalite | 2015-05-12 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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