もうたくさん!「We've had enough」(5)

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☆もうたくさん!「We've had enough』(4)の続き


エレノア:そして、人種のことを忘れちゃいけない。白人至上主義者とキリスト教ファンダメンタリズム(原理主義)は、しばしば密接に関係し合っている。



ウィラ:残念だけど、それは事実ね。ただ、あなたは、国家あるいは、宗教や人種や民族や性的指向などをベースにして成り立っている集団が、自分たちの行為を、その行為が暴力的だったり弾圧的だったりする場合は特にだけど、正当化するために、神の概念や神の意志を都合よく利用する傾向があるという、重要なことを指摘してると思う。


それは、ジョイエと私が去年の3月の記事でとりあげた「All in Your Name」でも、マイケル・ジャクソンが取り組んだ問題だと思う。


ガーディアン紙の記事には、「ジャクソンは、未完の曲を持って、バリー・ギブのもとを訪れた・・・アメリカ合衆国がイラクに侵攻する約3ヶ月前に」とある。その歌で、彼は迫りつつある戦争だけではなく、「あなたの名のもとで」行われるすべてのことについて、疑問を呈している。


彼は、神の名の下に行われている残虐な行為に心底怒り、苦しんでいて、神の存在自体に疑問を投げかける。でも、神への強い信仰なしに生きていくこともまた、マイケルにとっては非常な苦しみ。それを彼はバリー・ギブと声を合わせて歌っているのよね。


So what is my life

If I don’t believe

There is someone to watch me?

Follow my dreams

Take all my chances

Like those who dare?

And where is the peace

We’re searching for

Under the shadows of war?

Can we hold out

And stand up

And say no?


誰かが見守ってくれていて

私の夢を気にかけてくれて

チャンスや、勇気を信じられなかったとしたら

人生にどんな意味があるのだろう

そして、私たちが求めている平和は

どこにあるのだろう?

戦争の影の下で

私たちはできるだろうか

踏みとどまり

立ち上がり、Noと言うことが


Only God knows

It’s all in your name

Follow me to the gates of paradise

They’re the same

It’s all in your name


神だけがご存知なんだ

すべてはあなたの名前でしたこと

どんな天国の門であっても

それらはすべて同じこと

すべてはあなたの名において



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神は慈悲深いと信じることは、マイケルの人生の土台のひとつといえる。教会で育ち、その宗教的な信条に導かれ、あらゆる狂乱を経験してもなお、正常な精神を保ってくれた。神への信仰なしに生きることなど、彼には想像がつかなかった。だから、彼は繰り返し歌ってる。「(誰かを=神)信じることができなければ、人生にどんな意味がある?」


でも、一方では、恐ろしい行為が、神の名のもとに行われ続けている。「私たちが求めた平和はどこにあるのか?この戦争の影の下で・・・すべてはあなたの名において」


そして、私たちは、宗教的な不寛容と聖戦を中東や、それ以外の戦闘地域にも広がっていくのをずっと目にしている。そのことも、マイケルにとって耐えがたいことだった。


エレノア:とても深いわね。ウィラ・・・「平和はどこにあるのか?」という歌詞は、数年早く書かれた「Earth Song」に似た響きがある。「平和はどうなったんだ。あなたの一人息子に誓ったはずでは?」マイケルはこの問題を本当に長い間考え、格闘してきた。


ウィラ:私もそう思う。そして、彼は分岐点で立ち止まり、何を信じるべきか、何をするべきかを、必死にわかろうとする。そして、「All in Your Name」で彼は、慈悲深い神への信仰を保ちながらも、立ち上がって、宗教戦争や、宗教による不寛容に反対する立場をとろうと決意し、葛藤を克服する。そして彼とバリー・ギブは歌う。


Can we hold out

And stand up

And say no?


私たちはできるだろうか

踏みとどまり

立ち上がり

NOと言うことが


Only God knows


神だけが知っている


◎『All In Your Name』全訳


エレノア:この歌は、マイケルが直面した深刻なジレンマを完璧に表現している、とあなたたちが議論したのをよく覚えてるわ、ウィラ。 彼がよく、L.O. V. E.と表現した力に対して、深い共感と結びつきを感じていたことを考えると、なおさらね。この歌は、彼が9月11日にどれほど苦悩し、絶望的な気持ちになったかを表している。そう、彼は、あの日ニューヨークにいて、恐怖の光景を目撃していた。


この歌、そして、ここで描かれた物語もまた、「神についての疑問」と悪(evil)の問題が、彼の頭を離れなかったことを示している。そして、彼のジレンマは、「We've Had Enough」の子供たちが直面したジレンマと同一なのよね。子供たちは心の奥で、自分や親たちを襲う悪(evil)は、愛であり善なる力である彼らの神のせいではないこと、全能であるはずの神が、こんなひどいことが起こるのを許すはずはないことを知っている。それでも、ひどいことは起きる。ならば、子供たちにどう答えれば良いのか?


マイケル・ジャクソンは、ジレンマへの解決法を、「We've Had Enough」に出てくるような、曇り無き眼を持つ子供の、無垢な知恵に見つけたんだと思う。国家の行為を裏で支え、「撃て」と命令し、どの命が重要かそうでないかを決めるような、国家に属した神ではなく、ある人たちが「内なる神」と呼ぶ、すべての人にとっての善を実現する力が存在することを、子供たちの中に見いだした。もしも、その力に気づき、私たちがその力を使えるなら、できないことはないんだと。でも、その「もしも」はとてつもなく大きい。なぜなら、私たち大人は、それを無視することもできて、ほとんどの場合、そうする方を選ぶ。


そういった私たちのような、自分の中の無垢な知恵に触れることができなくなっている大人とは違い、MJはいつもそこへ続く道を広く開け、五感を研ぎ澄まし、神経を隅々まで活発に働かせ、深い感情とパワーを作品に注ぎ込んでいた。そしてそのパワーを使い、私たちの魂の奥深くへと入りこみ、私たちの中の無垢な部分に触れることができた。


それは、人と人を結びつける、愛と共感のこと。人々を別々に分けるような恐怖や怒りではない。そして、彼は、私たちの中に無垢な力が存在することを信じ続けた。どれほど、それを否定する証拠が数多くあったにもかかわらずね。


☆(6)に続く





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by yomodalite | 2015-04-02 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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