もうたくさん!「We've had enough」(2)

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☆もうたくさん!「We've had enough」(1)の続き

エレノア:でもね、興味深いことがあるのよ、ウィラ。どちらの場面でも、マイケルはわざと、非常に重要な情報を入れないでおいて、見事なやり方で、その空白を私たちに埋めるようにゆだねている。

最初の場面では、マイケルは小さな女の子の人種を特定していない。私たちにわかるのは、何らかの理由で、少女から愛が奪われたこと。この子はどんな人種でもあり得るし、誰の娘でもあり得る。そして、私たちはみな、即座に彼女をかわいそうだと思う。人種はわからない。なんの偏見もない。でも、状況が(街なかで警察官に、市民のために働き、市民を守るのが仕事であるはずの警察官に父親である男性が殺されたこと)彼女をアフリカ系アメリカ人であることを想像させる。

そして、2番目の話では、少年の住む国は特定されていない。彼はただ、遠いところにいる貧しい少年で、彼にはなにか恐ろしいことが起こっている。私たちは引き込まれ、同情心が湧き上がる。しかしここでも、状況が(戦争地域で、平和をもたらすのが使命のはずの、平和維持隊という名の軍隊や、平和維持隊のミサイルに母親である女性が殺されたこと)この少年は何人でもいいわけではないと想像させる。彼はイラク人かアフガニスタン人で、いずれにしても、アメリカ合衆国が不健全な形で関わっている国に住んでいて、おそらくはムスリムよね。

書かれていないことについては、聞き手が想像してくれるだろうとMJがわかっていたということ自体が、本当に多くのことを伝えている。それは、マイケルが人間の性質を理解し、私たちが、これらの残虐行為を実は認識していることを知っていたということ。ここに描かれたような状況は、私たちがずっと前から知っていたことで、彼はそれもよくわかっていた。

そして、マイケルはまた、少女の人種や少年の国籍を特定しないことによって、私たちが彼らに共感や同情を持ちやすくなること、けれどいったん彼らの親たちの死の状況が明らかになれば、私たちが黒人であろうと白人であろうと、その少女の人種や少年の国籍について想像でき、それが、罪なき黒人の命や、罪なきイラク人やパキスタン人の命が奪われているということに、私たちみんなが気がついているんだということの証明になる、という流れについてもわかっていた。

私たちは、どのように扱われているかによって、その人たちが誰であるかがわかるのよ!だから、わかったことに対して、自分はなんの責任もないと言うことは出来ない。罪なき命が奪われるという残酷な状況は、いつものことで、私たちには関係ないという人もたくさんいるけれど、それは、もうビジネスになってしまっているんだから。


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ウィラ:でもね、こういうこともあるわ、エレノア。私と同じ高校の男の子は、大学1年生の時に警官に殺された。彼は白人だったのよ。


エレノア:でも、あなたがそれを今でも憶えているのは、それが日常的な事ではなかったからじゃない?黒人の男性や少年が殺されたり収監されたりするのは、日常的なことなのよ。今週初めにアカデミー賞の授賞式があったでしょ。そこで興味深かったのは、コモン(Common:アメリカの、グラミー賞を受賞しているヒップ・ホップアーティストであり俳優)が、南北戦争前に奴隷として働いていた人間の数より、今日アメリカ合衆国の監獄に入っている黒人男性の数の方が多いという事実を持ち出したこと。


ウィラ:そうね。その収監率の高さは、アメリカの悲劇だわ。でも、私がブラッド(殺された白人の大学生)の死を憶えているのは、それがひどい事件だったからなの。私は彼を小学校三年の時から知っていた。彼は飛びぬけたユーモアのセンスの持ち主で、それ故にトラブルに巻き込まれることもあった。それでも先生たちが彼を好きだったのは見ていてよくわかったし、まわりの生徒たちも彼が大好きで、彼には悪意なんていうものは全然無かった。本当に面白いやつだったのよ。でも、高校で、いわゆる荒れる時期を迎えたのね。それで、ある夜友達と、盗んだ車をぶっ飛ばしてしまった。そしたら警察沙汰になって、彼は殺されてしまったの。査問委員会が開かれたんだけど、そこでも警察の行動は適正だったという決定が下された。

それから、数年前に、私と同郷の若い白人男性が、2歳の娘の父親なんだけど、その彼が、州間高速道路の休憩地帯に車を停めていて、警官に殺されたの。州警察官となにかで激しい口論になって、その時手に持っていた銃を手放すのを拒否したのね。そしたら、警官は彼を射殺してしまった。彼の銃には弾が入ってなかったことは、あとになってわかった。彼をよく知る友人と話した時、その友人は、警察が事件を「警官を使った自殺」と呼んでいると言っていた。つまり、実は、彼は警官に殺されたがっていたと言うのね。それで、私の友人は、恐ろしいことだが、そうかも知れない、と言ったわ。友人は、殺された彼を子供の頃から知っていて、その死にショックを受けていたけど、あいつは確かに近頃落ち込んでいて行動も荒れていた、だから起こったことは本当に自殺かも知れない、とね。

私が言いたいのは、事はすごく複雑だということ。警察の仕事というのはとても困難なもので、白黒と判断がつくことだけじゃない。あなたがさっき言ったように、チャールズ・ブロウの息子に引き金を引いた警察官は黒人だったし、若い白人たちも、特に貧しかったり、ホームレスだったり、虐待にあったり、何らかの問題を抱えてる場合は、警察に殺される。黒人の方が、白人よりもターゲットにされやすいのは確かで、それもはるかに高い確率よね。

でも、白人だって爆弾から逃れられる訳じゃない。北アイルランドで失われている罪なき命のことを考えてみて。だから、人種というのは、今ある構図の大きな要素には違いないけど、私たちは皆、非常に軍国主義的な時代に生きていて、誰もがターゲットにされる可能性があるということ。他と比べて、ずっとターゲットになりやすい人々は確かにいるんだけどね。


エレノア:でもね、ウィラ、それは日常茶飯事に人が殺されている問題とは違うんじゃない。私が言いたいのは、マイケルも同じことを言いたいのだと思うけど、アメリカにおいてアフリカ系アメリカ人が警察に殺されるというは、本当に日常のことになっていて、もはや誰も気に留めなくなっている、ということなのね。#BlackLivesMatterは、状況が何も変わってはいないことを示していて、最近の抗議者たちが抗議しているのはそのことに対してなのよ。

「We've Had Enough」は、国家の敵ではなく、普通のアメリカ市民であったり、公的には戦争に参加していない、他の国の市民に対して、この国がとる行動の結果としての悲劇に特に焦点を当てている。全身武装した、強大な国の権力によって、不必要に、なんの配慮もなく、貧しい人、弱い人が殺されていくという物語を語っている。これらの物語に登場する人々は、理由もなく殺されている。

少女の父は犯罪者ではなく、少年の母は敵兵ではない。もしマイケルの詞がパキスタンや、あるいはアフガニスタンのことを指しているなら、アメリカはどちらの国とも戦争状態ではなく、ただその国に敵兵が潜伏しているというだけのことなのよ。MJが言っているのは、アメリカ合衆国は、彼らが本当の脅威かどうかは関係ない、なぜなら彼らの命なんかどうでもいいから、という観点でものを見てる、ということ。そしてマイケルは、どうしてそんなことが言えるのか、と私たちに問いかける。

それぞれの国で、いろいろな人々が捨て駒にされている。それが、この歌で人種も国籍も特定しなかったもう1つの理由じゃない? どういうことかというと、アメリカ合衆国では、警察の任務の対象になるのは圧倒的に黒人であり、さらに、9.11後はムスリムが軍の標的になっている。だから、歌詞の空白部分は、あなたが誰であるか,どこに住んでいるかによって、ちがう埋められ方がされるわけね。


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ウィラ:そして、歴史のいつの時点に立ってるかによっても埋め方は違う。たとえばアメリカでも、メキシコや日本やアイルランドやイタリアや中東や朝鮮やポーランドやプエルトリコや中国などからの移民が、それぞれの時代に、差別され、おまえらの命なんかどうでもいいというように扱われてきた。そしてもちろん、アメリカン・インディアンたちも、どうでもいいように扱われてきたのよ。

だから、マイケル・ジャクソンは、いろいろな理由で見捨てられてきたすべての人々のために声を上げている、と私は思う。アメリカで警察の暴力の犠牲になるのは圧倒的に黒人であり、爆弾の犠牲になるのは圧倒的に「他者」、つまり他の人種、他の宗教、他の国籍や民族であることは確か。

実際、私はアメリカが原爆を、日本の2つの都市には落としたけれど、ヨーロッパには決して落とさなかったという事実に関して、とてもいやな議論を聞いたことがある。もしドイツかオーストリアかイタリアが1945年の8月にまだ戦争をしていたら、私たちの国はそこに原爆を投下しただろうか?それともアメリカ人はそんなこと考えもしなかったか?という議論。


エレノア:興味深いわね。私も、たとえヨーロッパにイスラム過激派が集中しているという強力な証拠があったとしても、アメリカがドローンを使って爆撃するとは想像しがたいわ。


ウィラ:そうね。アメリカの政策担当者は、自分たちに近いと見なした人間と、「他者」と見なした人間とでは、違うルールを適用するものね。

だから人種の問題は、「We've Had Enough」で表現された、2つの物語に重くのしかかっていると思うけれど、同時に、それが明確にされていないことも大事だと思う。ある意味、人種的偏見が明確にされていないことは、物語の強力な要素になっている。私たちは自分の心の中で、複雑な歴史について思いを巡らさずにはいられなくなるから。








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by yomodalite | 2015-03-27 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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