もうたくさん!「We've had enough」(1)

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☆この記事の「まえがき」はこちら


下記は「Dancing With The Elephant」の記事より和訳。


ウィラ:白人の警官が武器を持たない黒人男性を殺す事件が最近目立っている。いままでもさんざんあったことだけど、一番最近の犠牲者は、ミズーリ州ファーガソンにおけるマイケル・ブラウンとニューヨーク市のエリック・ガーナー。


これらの事件に対して、#BlackLivesMatter(blacklivesmatter.com/)の抗議者たちはデモを組織し、マサチューセッツとカリフォルニア、イリノイとジョージアの間にある都市や街の道路を封鎖したりして、国中で抗議運動をしている。そして、D.B.アンダーソンが「ボルティモア・サン」で指摘したように、抗議者たちの多くはマイケル・ジャクソンの、声なき者を代弁する歌「They Don't Care about Us」を歌っている。



They Don't Care About Us

発売当時この動画は公開禁止になり、別の動画が公開されたが、

今度は歌詞に差別用語があるという理由で曲もオンエア禁止になった。





原文:Messenger King

和訳:マイケル・ジャクソンは発言することを恐れなかった。


しかし、私たちの友人エレノア・バウマンは、最近のメールで「They Don't~」ほど有名ではないが、もう一曲、権力の濫用に対して、真っ向から力強く立ち向かっている歌があると指摘した。それは「We've Had Enouth」という歌。



We've Had Enouth

こちらは当時ボックスセットにのみ収録された曲で

動画はファンメイドのもの。





心を捉えて放さないその歌の歌詞は、制服を着た男たちに殺される、罪もない人々のことを表現している。たとえば、最初に歌われているのは以下のような光景。


She innocently questioned why

Why her father had to die

She asked the men in blue

“How is it that you get to choose

Who will live and who will die?

Did God say that you could decide?

You saw he didn’t run

And that my daddy had no gun”


彼女は無邪気に尋ねる

どうしてお父さんは死んだの

彼女は青い制服の男に尋ねる


「誰が生きるか、誰が死ぬか、

どうしてあなたが決めるの?

神様がいいっていったの?

お父さんは逃げたりしなかったのに。

銃も持っていなかったのに」


ウィラ:エレノア、あなたの言うとおり。この歌は、いま書かれたといってもおかしくない。この歌詞と、いま起こっていることは、ぞっとするくらいシンクロしてる。でも、こういった話はずっと前からあるもの。論理学の教授、グレッグ・ケアリーが「ハフィントン・ポスト」で書いているようにね。


エレノア:こんにちは、ウィラ。「We've Had Enough」について語ることに誘ってくれてありがとう。この歌はマイケル・ジャクソンの作品の中でも、最も強力なプロテストソングのひとつよね。


ウィラ:こちらこそ、ありがとう。


エレノア:それから、D.B.アンダーソンの「They Don't Care about Us」についての素晴らしいコラムについても触れてくれたこともうれしい。2つの曲はとても密接につながっているから、抗議者たちがマイケルの曲を歌っていることを、D.B.アンダーソンが伝えてくれてよかったと思う。他のニュースメディアではどこにもマイケルの名前も「They Don't Care about Us」と抗議活動の関係も語られていなかったから。


ウィラ:実際には、私はそのことに言及している報道をいくつか見たんだけど、レポーターたちは抗議者がマイケルの歌を歌っていることに驚いているみたいだった。でも、D.B.アンダーソンはそうじゃなかった。実際、彼の歩いた道のりや、彼が検察からいかに標的にされたかを知っていれば、つまり、非常に不確かな証拠で起訴され、警察やメディアから有罪だと決めつけられ、屈辱的な身体検査を行われ、裁判は公の目にさらされ、最終的には自分の家を出ることを余儀なくされた、ということを知っていれば、抗議者たちがマイケルの歌を、特に「They Don't Care about Us」を歌うのは、まったく当然なことだと思えるはず。



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エレノア:あの歌における「They = 彼ら」は「We've Had Enough」の「彼ら」(彼らはあなたから、私から、私たちから、きちんと話を聞くべきだ)と同じ。ちょうど「They Don't Care about Us」の「Us = 私たち」が「Earth Song」の「私たちはどうなんだ」の「私たち」と同じであるように。そして、もしかしたら、「We've Had Enough」の「We = 私たち」は「They Don't Care about Us」の They と Us をひとつにしたものかも知れない。ちょっとそんな感じがする。とにかく、どう見ようと、マイケル・ジャクソンがこれらの代名詞にいろんな意味を込めていることは確かよね。


ウィラ:そうね。


エレノア:「We've Had Enough」には、最初から心をわしづかみにされる。哀しみと怒りに満ちた彼の美しい声が、あの素晴らしい歌詞を歌い始めるんだもの。


Love was taken

From a young life

And no one told her why


愛が奪われた

子供の人生から

そして誰も彼女にその訳を言わない


ウィラ:そう。そして、私たちはやがてこの小さな女の子から「奪われた愛」が、彼女を愛し、守っていた父親のことで、彼は「またもやの暴力犯罪」によって殺されたことを知る。つまり、本来その父親を守るべき「青い制服の男たち」が、彼を殺した張本人たちということ。



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エレノア:そうね。そして、この暴力犯罪から、微かな光として得られる教訓は、良いか悪いかはわからないけど、女の子の人生の行方を指し示すものになる。最近の事件を考えると「We've Had Enough」は、時が変わっても起こることは同じだと、私たちに苦く思い出させる歌よね。事実、つい最近だけど、私はこれに近い、心の痛む事件をニュースを知った。命は無事だったんだけど、あるおじいさんが、孫を可愛がったり、面倒みたりできなくなってしまったのね。


他にも、ニューヨーク・タイムズのコラムニストのチャールズ・ブロウの息子が、イェール大学の図書館から出てきた時に、警察官に銃を向けられ、職務質問を受けたという事件もあった。この場合は、息子も警察官も黒人で、重要な点は警察官の方は制服を着ていて、職務執行中であったということ。


あなたが言ってた、ケアリーの記事の中ではこう書かれてる。


我々の社会における、人種の力関係は変化した。でも、基本的なパターン、つまり武器を持たない黒人男性(あるいは少年)がいて、警察官と遭遇する、なにか問題が起こり、警察官が発砲する、というパターンは変わらない。とんでもなく憂鬱で、そして本当に不公平な事態。(私たちはようやくこの暴挙を意識しはじめているのか?)


でも、「We've Had Enough」の第一節だけでは、物事の全体、少なくともマイケル・ジャクソンが伝えたかった事の全体はわからない。だから、マイケルは第二節を書いて、そこではもう一人の子供、たぶん、イラクかアフガニスタンの子供が親を失う。でも、今回登場する制服は、警官服ではなく、軍服。そしてこの光景も、いやになるほどおなじみの光景。


In the middle of a village

Way in a distant land

Lies a poor boy with his broken toy

Too young to understand

He’s awakened, ground is shaking

His father grabs his hand

Screaming, crying, his wife’s dying

Now he’s left to explain


遠く離れた国のある村の真ん中

壊れたおもちゃを手に貧しい少年が眠っていた

世の中のことはなにもわからず

地響きがして、少年は目を覚ます

父は彼の手を掴み、泣き、叫ぶ

母が死にゆき、残された父は

子供に話してやらねばならない


He innocently questioned why

Why his mother had to die

What did these soldiers come here for?

If they’re for peace, why is there war?

Did God say that they could decide

Who will live and who will die?

All my mama ever did

Was try to take care of her kids


少年は素直に尋ねる

どうしてお母さんは死んだの

あの兵士たちは何をしに来たの

平和のためだと言うなら、どうして戦争をしているの

神様は、誰が生きて、誰が死ぬのか

彼らが決めてもいいって言ったの?

お母さんは、僕たちの世話をしていただけなのに


「We've Had Enough」で、マイケル・ジャクソンは、ふたつの悲劇的でありながら、あまりに見慣れた状況を表現した。警察に殺される罪なき男と爆弾、あるいはミサイルに殺される罪なき女性。両者とも、顔のない、国家による行為の犠牲者。


ウィラ:そう。そこがすごく重要なところね、エレノア。それらふたつの場面をあのように並べることで、マイケル・ジャクソンは両者の関連性を描き出した。そして、聴く者にその関連性を見せようとした。こうやって並べられると、私たちは、警察官に街で父親を殺された少女と、兵士に母親を殺された少年の共通性に目を向けずにはいられない。


エレノア:そのとおりね。それらの共通性を明らかにする中で、マイケルは、私たちに2つの状況が孤立した出来事ではなく、大きくとらえれば1つの文化パターンの一部だということを見せている。国家権力が、一見過失のように見せかけながら、罪なき人の命を奪い、それに対して誰も何もしない、という行動パターンのね。


☆(2)に続く



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by yomodalite | 2015-03-26 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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