JAY-Z ー ロッカフェラ王朝を築いたヒップホップの帝王[3]

JAY‐Z―ロッカフェラ王朝を築いたヒップホップの帝王 (warp ARTIST SERIES (3))

ジェイク ブラウン/トランスワールドジャパン



☆[2]の続き

第8章「ハードノック・ライフ」

ジェイのアルバムシングル以外で、一番成功したコラボレーションは、マライア・キャリーとデュエットした「ハートブレイカー」ではないだろうか。郊外に住むアメリカ人のアイドルであったマライア・キャリーとのコラボは、ファンの年齢層をすべてカバーし、永遠にヒップホップのアイコンとなるよう、彼のステータスを変えた。一般へのアピールにもかかわらず、彼は何もせずに失う金額に静かに腹を立てていた。ニューヨークの非合法の海賊盤売買で多額の金を失っていたのだ。90年代末のナップスター(音楽交換ソフトの先駆け的存在)による新しいファイルシェアのブームに便乗したものではないとしながらも、多様なジャンルにおいてアーティストの可能性と印税からの利益は奪われていた。

傷害事件の真相
 
発売予定の4枚目のアルバムプロモーンョンをイベントで行った後、クラブに現れたジェイは、パーティーの出席者に、ライバルであるランス・アン・リベラが来ていることを伝えられた。競争相手であるジェイを不法な手段で妨害するためにジェイのレコードを大々的に違法コピーした黒幕だと噂されるリベラ(本人はその訴えを否定している)にジェイは静かに近づき、リポーターによると、まるで挨拶をしようとするかのように近付き、リベラの腹部にナイフをつきたて、耳元で「俺のハートを踏みにじったな」とささやいたと。
 
音楽業界の取締役ランス・リベラは夜中0時前に、腹部を1カ所、肩を1カ所刺され、ニューヨークのセントビンセント病院に運ばれ、木曜午後、医師の監視の下、落ち着いた状態で退院した。ジェイ・Zは木曜の夕方、マンハッタン・ミッドタウン南署に出頭。デフ・ジャムは『ジェイ・Zはこの事件への関与を否定している』と発表。

ジェイ:「争いが行き過ぎた。違法コピーとは関係ないよ。間違った噂はされてるけど、一つ一つを直していくわけにはいかないからね。俺とアンはうまくいってなかった。でも怒ってたわけじゃない。ナイフのことについては話したくないね。相手が俺にクールなら、普通に話して、俺も犬丈夫なんだ。でも相手が俺を脅したり、攻撃してきたら、俺もやり返すしかなくなってしまう。俺が育ったところでは、間違った人々をたくさん見てきたよ。どんだけ真実を信じていても、それが気にかかるから、俺は罪を認めたんだ。アンにしたことは今までで1番ばかげたことだった。何年間も一生懸命働いてきて、すべては一晩でなくなるんだ。俺は自分のことを誰も近付けない存在だと思ってたけど、この事件は俺のすべてが簡単になくなってしまうことを気付かせてくれた。だからもっと慎重になるようになったよ」
 
AP通信によれば、ジェイは50万ドルから100万ドルでりベラと示談したという。2001年10月17日、マンハッタンのニューヨーク州最高裁でジェイは、ランス・リベラを剰したことを認め、第3級暴行罪(軽犯罪)で3年の保護観察処分となった。

第10章「ザ・ブループリント」
拳銃不法所持の容疑で逮捕
 
ニューヨーク市警はヒップホップの世界で「暴力的な文化」と言われているものに基づき、警察のギャング対策部隊は、有名ミュージシャンがよく立ち寄るナイトクラブなどの見回りを始めた。「いつも暴力事件が起こる場所は音楽業界である。真実を無視するのは無知だ」と市警の報道担当、ブライアン・パーク巡査部長は語った。
 
警察のこの動きは、音楽業界に関連する暴力事件事件を防止すると同時に、ラッパーたちを犯罪の犠牲になることから守るためのものだとしている。「クラブや夜の繁華街などで暴力事件になりうる行動を防ぐために監視し、業界関係者が標的や犠牲者にならないようにしている」とパークは語る。「これはヒップホップだけでなく、音楽業界全体に対してだ」
 
ジェイ・Z、DMXを代弁する弁護士のマレー・リッチマンは「これは考えられるすべての、憲法で定められている人権を侵している」とコメントした。ラン・DMCなどの弁護人、ピーター・フランケルは警察の態勢を「信じられない。いったい、いつからラッパーたちが犯罪組織になったんだ? 彼らの言ってることは、そこに何千もの違うアーティストがいたとしても、ラップという音楽をしているすべてを一緒と考えて、みんな一緒だとしている。彼らが本当に考えているのはすべてのラッパーはチンピラで、犯罪者で、だからみんなのプロファイルを集めようとしているんだ」と憤慨した。

悲しいことにジェイ・Zは、ニューヨーク市警の監視プログラムに隠された論理の犠牲者となる。拳銃も持っていないのに拳銃所持で逮捕されたのだ。ジェイ・Zがレコード会社取締役を刺した罪のため法廷入りする3日前、警察はジェイのボディーガードが拳銃を所持していたと主張し、ジェイ・Zと、彼のボディーーガードだったとされる男が逮捕された。ジェイ・Zの弁護士ロバート・カリナは逮捕後に声明を出した。「私たちは、この事件の証拠はジェイ・Zの無罪を証明すると信じている。早い解決を願っている。そしてほかの数多くの有名人は武器を持ったボディーガードを使っていることを強調したい」。ニューヨーク州法では、もし警察が車内で拳銃を発見した場合、同乗者全員が拳銃所持で告訴される。
 
罪状認否で、ジェイ・Zは「100パーセント無罪」と宣言した。法廷の外に集まったファンはジェイを激励し「無罪!無罪!」と叫び、ジェイ・Zは待たせていたメルセデスベンツに急いで乗り込んだ。その場を去る前に「あれは俺の母親だよ」と群衆の中の1人を指差し「彼女はどこでも行きたいとこに行って、みんなに顔向けできるんだ。だって息子は100パーセント無罪なんだから」と答えたのだ。

事件の結末
 
ジェイ・Zの銃器不法所持(第3級)の罪状認否後、ロウラ・ワード判事は検察官が求めていたよりも3万ドル少ない1万ドルで彼を保釈した。この判事は明らかにヒップホップのファンではない。ジェイ・Zの弁護士ステイシー・リッチマンが彼の保釈金を下げてほしいと頼んでいた。ジェイを「音楽の天才」と呼んだ時、判事は当惑していた。そしてリッチマンが、彼の本名はショーン・カーターでジェイ・Zとして知られていると説明した。「それでも誰だか分からない」とワード判事は答えたという。リッチマンは論議を続け、このラッパーにする拳銃所持は「とても怪しい」とした。
 
ジェイ・Zが逮捕される直前、彼は車内の間仕切りの後ろにおり、ボディーガードが拳銃を所持していたのに気が付いていなかったとリッチマンは主張し、ボディーガードのハムザ・ヒューイットは罪状認否し釈放され、同乗していたほかの2名、レコード会社取締役のタイラン・スミスとリムジン会社オーナーのロメオ・チャンバーズも釈放された。ヒューイットの弁護士でジェイ・Zの弁護人でもあるロバート・カリナは、ヒューイットはジョージア州で銃器所持の許可書を持っていると言った。しかし、判事はそれでもヒューイットがニューヨークで拳銃を持つことは非合法であるとした。

拳銃所持の裁判は2001年10月16日まで延期され、結局すべて不起訴になった。いまだにこの事件を振り返り、ジェイ・Zはヒップホップ界に対するニューヨーク市警の先入観が、逮捕の元凶であるとした。「俺はほとんどボディーガードとI緒にいないんだ。俺は自分の行きたいところに行くからね。いつも一人でスポーツゲームを見に行くよ。でも、もしパーティー的な雰囲気の、入が犬勢いるところだったら? それは、もちろんマイケル・ジャクソンやブリトニー・スピアーズと同じだよ」

「俺は拳銃を持ってなかった。俺はリムジンに乗っていたんだぜ。間仕切りのあるやつさ。前座席で何か起こってるかなんて、分からないよ。あの時はそうだな、俺はやつがちゃんとしなきや、って考えていたよ。警官と冗談を言ってたんだ。俺は笑ってたよ。そしたら警官が『後ろを向いて、手を後ろに回せ』ってさ。もう笑ってなかったね。その警官は俺の車だから、俺を逮捕するって言った。俺の指紋と写真を撮って。後で分かったよ。ただメディア向けのためだったんだ。すべてはイメージだったんだ」
 
* * *

カニエ・ウェスト(『ザ・ブループリント』のベスト曲「テイクオーヴァー」などをプロデュース):「このレコードを手がけたということは、俺も歴史の一部になったということさ。
 
ジェイ・Zは拳銃所持と暴行容疑という、二つの犯罪裁判を持ち、彼はヒップホップの中で一番攻撃されているアーティストとなる。ジェイは『リーズナブル・ダウト』で描いたゴッドファーザーではもうじゅうぶんでなくなり、自分自身が神でなければならなくなった。自分をエホバになぞらえてホヴァ(H・O・V・A)と呼び、どこでも彼は「神のMC」「世界の8番目の不思議」とされたのだ。
 
アルバムはアメリカの近代史の中で一番悩まされた9月11日に発売され、ジェイの6枚目のアルバムは、彼の過去6年のバイブルとなり、第1週目で42万6000枚を販売した。

ジェイ:「9月11日にアルバムが発売されて500万枚くらい売れて、俺は『わお、すげIな』って感じだった。でも、すべてのことに矛盾してて、911で亡くなった人に対しては非常に残念に思うよ。そして同時に、この時に言えば、それを忘れる人は誰もいないからね」
 
ジェイの成功は、彼の犯罪を過去に置いていくことになる。2年前にランス・アン・リベラを剌した罪を認め、3年間の保護観察処分を受けた。そして法廷から求められたのではなく、各種の911チャリティーヘの募金のためのコンサートに参加し、ロッカフェラ・レコードを通じて、出身地の200年ほどの歴史の中で、最悪な悲劇の犠牲者のために経済的な貢献をした。ジェイが去年の夏のホット97サマージャムの最中に、初めて名指ししたNasとの抗争が激しくなり『ザ・ブループリント』の曲中の「テイクオーヴァー」は、Nasがジェイの仲間ビーニー・シーゲルを攻撃した答えであった。「俺はおまえのアルバム全部の売り上げを、初めの1週間で売ったぜ。この業界に10年いるって? 俺は5年だ。賢くなれよ、10年でアルバム4つだけ。ニガ、割り算できないみたいだな。10年に1枚はホットなアルバムができる計算かよ。それじゃあ遅いんだよ。もっといい流れにしろよ、ニガ、おまえのはゴミなんだ」
 
この争いへの理論的根拠をジェイが解き明かす。「俺にとってこれはスポーツなんだ。〈テイクオーヴァー〉でのビーフ(罵倒)はスポーツみたいなものさ。俺はリリック的にはやつを尊敬してるよ。俺はゲームの頂点にいると思っているからね。彼のキャリアと俺のキャリアを比べることはできないけど、それは俺の意見であって。これはみんなの技を磨くためなんだ。それがラップというものなんだよ。ラップは競争の激しいスポーツなんだ。そうやって成り立っている。これに金が絡んでくると、いろいろなフィーリングが出てくる。トップにいたみんなが経験していることさ。

第11章「ザ・ブループリント2 2002年」
ヒップホップの帝王とR&Bの帝王
 
ジェイ:「ベスト・オブ・ボス・ワールズ・ツアーはすぐ近くの劇場に来る。R・ケリーは人々が彼を愛する歌をやるし、俺は自分のアルバムからも歌う。そして俺たちはアルバム『ベスト・オブ・ボス・ワールズ』からの歌をやるんだ」残念なことに、このツアーが始まる前、そして3月のアルバム発売の少し前、R・ケリーが幼児ポルノの容疑で起訴されたのだ。
 
違法コピーの海賊たちはまたジェイを襲った。R・ケリーとのタッグ『ベスト・オブ・ボス・ワールズ』は3月まで発売にならないが、このバージョンのLPはすでにリークされている」過去にジェイとロッカフェラ・レコードは海賊盤の妨害に長い時間を費やし、アルバムがブラックマーケットに流れるのを発見すると、最後の段階で曲を足したり、減らしたりして『ザ・ブループリント』の発売を2週間早めるなどしていた。しかし、海賊盤の競争相手の1つがケリーのビデオテープ(14歳少女との性行為などが映っているもの)であった時、二人ともトラブルが起こり始めていることを知った。このセックステープは新たに発見、発売され、2002年夏のR・ケリー逮捕の最後の理由となった。この逮捕劇によるメディアの雰囲気は、皮肉にもこのセックステープと海賊盤『ベスト・オブ・ボス・ワールズ』の売り上げの両方を煽り立て、ジェイ・ZとR・ケリーの場合、これまでに発売されたほとんどの作品で待望の第1位の座を否定されたことはない。だが、この作品は、みんなをがっかりさせる第1週で23万枚という、中途半端な数字に終わった。
 
ビルボード誌のホットR&B・ヒップホップチャートでは第1位を獲得し、結局はプラチナにも認定されたが、さえない売り上げは、ジェイがAクラスの売り上げを誇っていた成績に、大きな黒丸をつけたと考えられる。もっと最悪なのは、デフ・ジャムはこのアルバムのすべてのツアー、まだ作っていなかったビデオ、印刷プロモーションのすべてをキャンセルし、ケリーのスキャンダルがゴシップに飢えている国民に捕まり始めるのに伴い、ジェイは素早くマイナスイメージの可能性のある露出を避けるように努めた。
 
ケリーはこのテープは陰謀だと訴え、初めにこのテープはニセモノだと主張した。「俺はその関係のプロじゃないけど、これだけは分かっている。これは俺じゃない。世界は俺が歌うのを見るために準備万端なんだ。これは嘘だよ、それが俺たちの対処の仕方だ」ケリーの弁護士、ジョン・M・トウイーはこのポイントを繰り返し、明白に「メディアが待っているすべてのテープはニセモノ」と述べたが、悲しいことに、そのテープはケリーにこの罪での裁判を言い渡すくらい、判事を説き伏せるのにじゅうぶん本物だった。(yomodalite註:ケリーと被害者とされる少女が否定、裁判の結果ビデオに出演していたのはケリーではないとされ無罪判決が出された。Wikipediaより)

デフ・ジャム
 
アイランド・デフ・ジャムがジェイを12月の引退の後に、高い地位の取締役として同社に引き抜きをかけているという噂が8月終わりから流れ始めた。ジェイはただこう述べるだけだった。「まだ何も決まっていないよ。ほかの企業と同じようにデフ・ジャムからもオファーが来てる。この機会については本当にうれしいし、光栄だけど、まだ何も決まってないから、これからどうするかは分からない。でも、キャリアの次の段階として、取締役の地位には就いてみたいね。殿堂入りするくらいのスポーツ選手がいたら、普通は素晴らしいコーチになるよね。だって選手はコーチ自身がやってたのも知ってるし、痛い目にも遭ってるし、機転が利くのを知ってるから、尊敬されるだろ。俺が思うにはアーティストも同じようにすべきだと思うんだ。ラップはマーケティングの視点からみると巨大になりすぎて、みんなビジネスとしての音楽じゃなくて、音楽としてのビジネスだってことを忘れているんじゃないかと思うんだ」

「音楽が最優先されるべき。上からのプレッシャーが強くて、今のアーティストはヒット曲を作るようになってしまっているんだ。すべてはヒット曲を作るためにね。俺たちはアーティストを作るのに一生懸命じゃなくなっている。フランキー・ライマンを何度も見てきたよ。とても成功しているレコーディングで、それが終わると彼ら以外の人たちがマスターテープを持って、大金持ちになって、いなくなっていくのを見てきた。俺が取締役になっても、俺はアーティストだから、俺のチームから出てきたすべてのアーティストはきちんと扱われる」

* * *

ジェイ・Z、デイム、そしてビッグスは、ロッカフェラレコードの50%の株式を、3000万ドルで、デフ・ジャムに売却した。この売却後、ジェイ・Zは、デフ・ジャムレコードの社長になった。

(引用終了)

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by yomodalite | 2015-03-02 00:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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