JAY-Z ー ロッカフェラ王朝を築いたヒップホップの帝王[1]

JAY‐Z―ロッカフェラ王朝を築いたヒップホップの帝王 (warp ARTIST SERIES (3))

ジェイク ブラウン/トランスワールドジャパン



JAY-Zは、MJの「This Time Around」や「Unbreakable」に参加した、Notorious B.I.G.亡き後のブルックリンで最高のラッパーになっただけでなく、レーベル経営者や、アパレルやレストラン経営などビジネスにおいても「帝王」になった男。

本書は、音楽評論家で、ベルサイユレコードの社長でもあり、50CENTや、2PACの著書もある、ジェイク・ブラウンという人が書いていて、JAY-Zに対して100%肯定的といっていい内容なのですが、

私は、モトーラ(ブルックリン出身)への人種差別批判など、マイケルのインヴィンシブル期研究のために読んだので、個人的に気になった箇所をメモしておきます。


(下記は、省略・要約して引用しています)


ドラッグ戦争

アメリカでドラッグと言えば、いつも黒人と白人になる。黒人がほとんど存在しない田舎でさえも、黒人は売る側で、白人は中毒になる側だ。コカイン原産国のほとんどは南アメリカなので、アフリカ系、ラテン系アメリカ人が責められることになる。
 
メディアは一度も、アメリカのスラム街においてドラッグ中毒になっている有色人種を取材しない。これと同じ理由で、郊外の道路は滑るほどスムーズなのに、ダウンタウンの道路の穴ぼこは補修されることはない。同じ理由で、スラム街には給料の小切手を換金する場所があり、郊外には銀行がある。また同じ理由で、スラム街のドラッグ問題は夜になれば郊外に帰る人たちには影響がないので、警察も防ごうという形だけ見せているのと、ドラッグをめぐる戦いがスラム街だけに属している限りは問題ではないので、スラム街の成長している事業はドラッグ取引のみである。郊外に住んでいる、CNNやFOXニュースを見ている人たちにとってドラッグをめぐる戦いとは、ちょっと行き過ぎた黒人をめぐる戦いにしか見えないのだ。
 
仕事が不足している黒人を抱えるスラム街の貧困と、生活状況を切り抜けるためにドラッグを使う人々と、ドラッグを売る人のつながりを、もし私たちがきちんと理解していたら。赤ちゃん用パンパースは郊外もスラム街も同じ値段で売られているのを理解していたら。酒、歯磨き粉、トイレットペーパー、洋服、電気、電話代、車のローン、車両保険も同じ値段なのを理解していたら。なぜアフリカ系アメリカ人をテーマとした映画は、スラム街の生活について、こうした家庭生活の一面を見せていないのが分かるだろうか。
 
アイス・キューブはこのテーマを映画『フライデー』や『バーバーショップ』の中で扱い、ジョン・シングルトンは映画『ベビーボーイ』の中で少し触れている。スラム街の生活について描かれた映画は、どの点から見ても、メインの黒人キャラクターが、ドラッグディーラーか売春あっせん者、ヤクザ者といった悪者が一番流行るのだ。黒人の配管工が家族を支えるために働いている映画はほとんど目にしないが、今までに白人農夫が同じように慟いている映画は何万回も見てきた。映画の中で、ドラッグを売る黒人男性のほとんどが、子どもを養うかスタジオ代を稼ぐかが主な理由であるという事実に、黒人の監督も含め映画製作者が触れることはほとんどない。
 
考えてほしいのは、クリントン大統領の生活保護改正後の時代に、アフリカ系アメリカ人の女性は次から次へと子どもを産め、そうすれば永遠に政府から補助金をもらえるという噂が、郊外に住むアメリカ人に存在することだ。給付合は5年が限度で、第3子からは厳しく制限される。では、どうやって若い両親は子どもを育てればいいのだろう。例えば、最低賃金の時給5・95セント(約680円)しかもらえないファーストフード店での仕事では、家賃さえ払えないのは誰にでも分かることだ。そこで赤ちゃんの父親はドラッグを売る。これは簡単なことなのだ。そうすると、ドラッグの売り上げのほとんどは、子どもを育てる若い黒人男性に責任があるのだろうか。そんなわけはない。これはよくある、若い黒人男性のほとんどが家庭を放棄する、という郊外アメリカ人の噂に反することになる。

アメリカの白色系人種はマウリー・ポビックの有名なトークショーで、父親のDNA鑑定を見るのが大好きだ。しかし、そのショーに出ている男性が父親だと証明されたとき、彼がどうやって子どもを養っているかの追跡調査には触れたことがない。もし、ドラッグの利益が養育費に当てられるなら、結果は方法を正当化しないだろうか。では、有名なラップアルバムや映画に出てくる典型的なドラッグディーラーとは違う、メルセデスベンツにも乗っていない、今売っている量では稼ぎもほとんどないような小規模のドラッグディーラーが、自分のデモテープをレコーディングするスタジオ代に、その金を使うのはどうだろう。

ハスラーになるか、ラップスターになるか
 
スラム街を脱出する方法としてバスケットボール選手になるのは簡単ではないし、ラップスターになるのも数少ないチャンスしかない。しかし、黒人男性はこのどちらかで頑張ろうと一生懸命である。もし、ドラッグを売るのに一生懸命なら、どちらかをこんなに頑張るだろうか? 答えは簡単。頑張らないだろう。普通の郊外に住んでいる家族は芝刈り機の音を耳にして育つが、普通のスラム街に住んでいる家族は、銃撃と警察のサイレンを聞いて育つ。「なぜ普通に仕事をしないんだろう?」的な精神構造は白人だらけの郊外にだけ浸透している。
 
ドラッグを売っているアフリカ系アメリカ人のほとんどが、スラム街から脱出するという目標のためにその道を選んだのは事実である。皮肉にも、企業的観点から見れば、彼らは理想的な従業員なのだ。自ら事業を始め、動機もじゅうぶん、利益追求型、猛烈に競争心が強く、なんでも喜んでするというのは出世に必要なのだ。しかし彼らはスーツの代わりにジャージーを着ているために、ドラッグディーラーの罪は、詐欺師まがいの証券ディーラーやエンロン社の取締役より100万倍重い。偽善はメディアがとらえる若い黒人男性がどうなるかよりも恐ろしく、それは現在白人アメリカの悪夢である。
 
ヒップホップ界において元ハスラーであったジェイ・Zが、一夜にして会社重役になった。彼の変身は売る品物が変わったという違いしかない。たとえスラム街での売り上げが、郊外のショッピングモールと同じくらいの成果を収めているナイキやティンバーランドのような企業でさえ、ハーバード大卒と同じくらいセールスマンとして才能があって賢かったとしても、元ハスラーは雇わないであろう。90年代後半のヒップホップのルネッサンス期まで好調だったレコード業界だけが、ハスラー(ドラッグディーラーのこと)たちに仕事の機会を与えるのにじゅうぶんな度胸のある業界だったのだ。
 
レコード業界が抱えたリスクは、ほとんど毎回良い結果を生んだ。この業界は、ウォール街が夢見るよりも金で動いているのだ。90年代初めのインタースコープのようなレーベルは、デス・ロウにモータウンレコードはポップ音楽用で、自分たちがヒップホップの手本なんだということを証明する機会を与えた。バッドボーイ(レーベル)を通じてPディディはそのバトンを引き継ぎ、ショーン・ジーン・クロージングでさらに新しい領域へと踏み出し、90年代後半にロッカフェラが頭角を現すころまでには、その乗っ取りは成功していた。デイモン・ダッシュとジェイ・Zは、独立し、洋服をデザインして作ろうとしていただけでなく、自分たちが使う携帯電話や飲む酒、そして履く靴を自ら作ろうとしていたのだ。

2004年のフォーブス・フォーチュン誌で、ジェイ・Zの純資産が2億8600万ドルと掲載された時、このゲームは終わった。アフリカ系アメリカ人がやっとひとかけらのパイを勝ち取ったのだ。ジェイ・Zは黒人版のジョン・D・ロックフェラーで、ジェイ・Zが現代社会において黒人富豪の祖先となったことで、彼の次世代を目指す黒人たちは、ラップでもビル・ゲイツと同じ地位まで上り詰めることができることを理解した。ロッカフェラ・レコードだけを考えると、ジェイ・Zと彼の会社は社会構造までをも彼壊したのだ。

ジェイ:「俺たちは悪者を応援する。映画『スカーフェイス』のやつらみたいな世界中の悪者をね。やつらは勝ち目のない戦いでも、何らかの成功を収めているんだ。長続きしないけど。俺たちは結末を意識せず、いいとこだけを見ている。そんな状況から這い上がってくるようなやつには、俺たちが付いている。考えてもみろよ、マーシー団地で育って会社を持てるか?団地出身なんて似たようなもんなんだ。いいことは一生起こらない」
 
それはアメリカに根付いている差別制度のせいだけで、黒人が何かを所有する、という考え方はアメリカの白人社会を恐怖に陥れる。正直、白人たちは何におびえているのだろう。

80年代のドラッグ流行

80年代前半のティーンエージャー・ハスラーとしてのジェイ・Zを振り返れば、刑務所、そして命すら落としかねない恐怖など、危険と感じるものが山ほどあった。なぜマーシー団地でドラッグ取引に参加することになったのかを、ジェイ・Zはこう語る。

「俺が売り始めたころはちょうどドラッグ流行の全盛期で、みんなにとって大変な時だった。特に家の近所辺りはね。あの辺は面倒なことになってたよ。廊下とか、どこにでもドラッグがあったから。もう匂いがするんだ。その当時はどちらかしかなかった。そう、やってるか、動かしているかだ」

「ロングアイランドに彼女がいたんだ。ロングアイランドでは家があって、木もあるんだ。彼女は恵まれていたよ。よくそこへ遊びに行って、シリアル、クッキー、ミルク、おやつを食べてから、家に帰ったんだ。金がなかったから食べ物を持って帰ってきたこともあった。彼女が袋に入れてくれて、恥ずかしかったよ。家に帰ってくると、友達が『おい、あのクッキーまだあるか?』って。俺は『ないよ』って答えたんだ。たかがクッキーで、親友にウソつくんだ。一緒に育ってきた親友に『もうあのクッキーはないよ』って言うんだぜ」

「そしたらやつは隣の家に行ったから、俺はミルクをグラスいっぱいに注いで、クッキーを取り出して、テレビの前に座った。そして顔を上げたら、窓の外で親友は首を横に振りながら俺を見てた。『このままじゃヤバイ。なんとかしなきゃな』って。それが、ハスラーと言われる職に就く理由だった。



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by yomodalite | 2015-02-27 06:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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