ソニーウォーズの意味について[5]

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SONY is phony like bologna は、ソーセージの肉のようにインチキという意味


引き続き、マイケルが自分の愛したSONYではないと感じた理由を、モトーラと絡めつつ、色々探っていきたいと思います。

モトーラがソニーミュージックの社長となった1990年代は、グローバリゼーションが地球規模化し、多国籍企業が世界経済を支配していくことになった時代でした。

MJのレーベルであるエピックレコードは1953年に設立され、コロムビアとエピックの2つのレーベルを柱としていたCBSレコードは、1988年にソニーに買収され、1991年にソニー・ミュージックエンタテインメントと改名する。

マイケルがATV版権を買ったのは1985年。1988年に自分のレーベル「MJJ Music」を創った頃、彼には、自分がレコード会社を所有して、アーティストを育てるということも考えていたようです。

MJの30周年記念コンサートには、彼に影響を受けた若いアーティストが大勢出演し、アッシャーや、ビヨンセ(ディスティニー・チャイルド)、ジャスティン・ティンバーレイク(インシンク)は、MJの大ファンを公言しているだけでなく、ブリトニー・スピアーズや、インシンクは、MJの教え子であるウェイド・ロブソンが振り付けを担当していました。

2015年に、ウェイドのことを考えるのは気が重いですが、オーストラリア出身であるウェイドを、アメリカに連れてきたのはMJで、振付師としてだけでなく「MJJ Music」で、アーティスト契約もし、Quoという名前でデビューしました。






ブリトニー・スピアーズやインシンクがやっていること、そのスタイルはすべて僕から来ている。僕がウェイドを教えたんだから。彼は僕のレコード会社「MJJ Music」に所属していて、ラップもできるし、何でもできるんだ。(『MJ Tapes』)


MJにとって、教え子のウェイド・ロブソンは、自分のあとを追う、ティンバーレイクや、ブリトニーを生み出しましたが、自分のレーベルでデビューさせた “Quo” は、ティンバーレイクや、ブリトニーのようには売れなかった。そして、ディスティニー・チャイルド(コロムビア)、インシンク(RCA)、アッシャー(Arista)といったMJチルドレンは、レーベルはちがっても、合併により、すべてソニーミュージックのアーティストになっていました。

ニルヴァーナの登場によって、「マイケル的な美学」が完全に過去のものとなっていく様を体感し続けた。「90年代」に生きる多くのミュージシャン、音楽ファンにとって「マイケル」こそは唾棄すべき商業的な音楽の象徴であり、「ニルヴァーナ/カート・コバーン」こそは救世主であった。(西寺郷太『マイケル・ジャクソン』)


というグランジロック全盛期のあと、怒濤のように現れた「MJチルドレン」は、マイケルへのリスペクトを取り戻す起爆剤にはなりましたが、『インヴィンシブル』は、彼らとヒットチャートを争わなくてはならなかった。


一方、モトーラは、ホール&オーツ、ビリー・ジョエルなど、永年に渡って、様々なアーティストを手がけてきたヒットメイカーですが、ソニー/コロンビア時代に彼が手がけたのは、マライアだけでなく、


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Jennifer Lopez




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SHAKIRA




タリアはマライアの後、モトーラと結婚したアーティスト。

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Thalia





上記の動画や写真は、2000〜2002年でセレクトしていて、彼女たちは皆、ブロンドヘアで、露出の多いファッションなど、マライアの成功パターンを繰り返したようにも見えますが、マライアのデビュー当時の写真を見ると、


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マライアが、今のような巨乳とエロティックな路線になったのは離婚直後から。


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離婚して、SONYを離れる直前1999年頃



ただ、SONYの女性アーティストが、モトーラの趣味により、みんなソフトウェービーのブロンドヘアで、ヌーディーなファッションになったようにも見えるので、コントロール・フリークだと言われても納得できるものはあります。

また、セリーヌ・ディオン、グロリア・エステファン、マライア・キャリー、ジェニファー・ロペス、シャキーラ、そして、マライアと離婚後、再婚したタリアなど、女性アーティストが多いだけでなく、マーク・アンソニー、リッキー・マーティンなど男性アーティストも含めて、

彼はイタリア系の自分と同じ「ラテン系」のアーティストを多く売り出したようです。

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Britney Spears





彼女たち以上に人気を得たブリトニーも、外見上の「戦略」は同じで、ブロンドでグラマーな美女が好まれるというのは、MJが好きな「黄金律」よりも、現世的に確実な「ゴールデンルール」なので、モトーラの個人的趣味ではなく、他のレコード会社でも似たような状況だったかもしれませんが、

この時代は、MJチルドレンが席巻しただけでなく、ポップチャートに登場するアーティストのほとんどに、ダンスの要素と、過激な肉体露出が求められるようになっていました。

最初に、MJが目を付けたATV版権の半分を所有し、巨大企業となったソニーミュージックは、所属アーティストを大勢抱えることによって、その権利ビジネスも巨大になり、SONYだけでなく、80年代から上昇傾向にあったグローバル企業の役員報酬額の伸びは90年を越えて、ますます、急激に上昇していきました。

アーティストが才能と肉体を駆使して、生み出した作品を利用して、アーティストよりも、派手な生活を楽におくっている・・・当時の音楽業界の幹部たちの姿を見て、

アーティストたちに、実際にその代価が支払われていないのは本当に悲しいことです。彼らは、世界中の人々と会社のために大きな喜びを生み出したのに、レコード会社のような組織を始めとして、完全に彼らを利用している。(2002年ハーレムでのスピーチ)


と感じたアーティストは多かったと思いますが、それを公言し、会社に潰されることがない立場だったのは、世界中でMJただひとりだったと思います。



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Commented by lolalola1129 at 2016-05-25 01:02 x
はじめまして。いつも興味深く拝読させていただいております。
ところで・・・タリアは2008年までEMIレコード所属なので、トミー・モトーラがプロデュースしていないです。
タリアがソニーレコードに移籍したのは2009年です。
エミリオ・エステファンがタリアを95年からプロデュースしていて、
エミリオの妻のグロリア・エステファンやエミリオとトミーが90年代初頭から仕事をしていたんです。
職場の上下関係とは無関係の純粋な恋愛結婚なのです。上司と寝てスターにしてもらうとかそういう無粋な動機ではありません。
出会ったのはマライアとの離婚直後の98年とトミーが言っています。出会った瞬間お互いに一目ぼれ~・・・だそうです。
個人的に2人が出会ったのは95~96年だと疑っていますけど。マライアと結婚して、たったの2年後じゃいろいろまずいですね。
トミーと離婚直後にマライアが交際したルイス・ミゲルはタリアの幼なじみみたいなもんです。鈴木福と芦田愛菜みたいな?
トミーが売り出したラテンアーティスト軍団も・・・全員タリアのお友達&幼なじみです。

Commented by yomodalite at 2016-05-25 19:31
lolalolaさん、はじめまして!
貴重な情報をありがとうございます! 

タリアのことは、アーティストとしてまったく知らなかったのですが、あらゆる意味で、モトーラ好みと言えるのですね。

現在、この続きを書く時間も気力もなくなっていたのですが、おかげで、書き始めたときの思いだけは、少しだけ復活できたような気がします。感謝!
Commented by lolalola1129 at 2016-05-26 00:00 x
トミーの好みはブロンドではなく栗色のロングヘアーだと思いますがー(笑)
マライアと恋人&別居(97年)前が栗色ロングウェービー。トミーと別居後ブロンドに。
タリアもずーーーーっと栗色のロングヘア。ブロンドにしたのは3年くらい前からです。
トミーはコントロールフリーク・・・というよりはー。職場結婚して家でも職場でもずっと一緒で、
仲良くうまく関係が続いたらそれは奇跡です。
嫌になって発狂寸前にまで追い込まれるのが自然であり当然。
「農家の嫁」みたいなもんですね。「女王様」になれると思ったら現実は「農家の嫁」だった。
自社商品と関係を持ったことが間違いだった。不適切な行動だったみたいなことをトミーは言っていましたね。

で、マイケルがトミーに猛烈に腹を立てている背景には・・・マイケルとトミーが仲良かったころ、マイケルの大ファンはトミーに群がって来たのです。
才能ある歌手志望の若者が所属レコード会社をそれほど吟味することなくトミーに直行(笑)トミーは世界一のプロデューサーになって億万長者。
嫁その2(マライア)も嫁その3(タリア)も両方ともマイケルの大ファン。
タリアは94年のマイケルコンサートのラッキーガールです。
Commented by yomodalite at 2016-05-26 21:56
>トミーの好みはブロンドではなく栗色のロングヘアーだと思いますがー(笑)

モトーラの女性の趣味まで把握されているなんて(驚)

>自社商品と関係を持った・・・トミーは言っていましたね。

このソースはどちらでしょうか? うろ覚えなんですが、、TV番組のインタヴューでそんなことを言っていたんでしたっけ?

>マイケルがトミーに猛烈に腹を立てている背景には・・・マイケルとトミーが仲良かったころ、マイケルの大ファン・・・タリアは94年のマイケルコンサートのラッキーガールです。

タリアがラッキーガール!(驚)へぇーーということばかりなんですが、MJが腹を立てたという理由については、イマイチわかりません。マイケルファンのアーティストが、SONYを選ぶことが、トミーを世界一のプロデューサーにしたのに、トミーは彼らのことも、MJのことも自分の力だと勘違いしている。みたいなことでしょうか?

こちらもソースを知りたいですが、ちなみに、lolalola1129さんは、『Hitmaker: The Man and His Music』はお読みになりました?
Commented by lolalola1129 at 2016-05-27 09:02 x
『Hitmaker: The Man and His Music』を読んではいないのですが、その中でマライアに謝罪を初めてしたとネットのニュースで読みました。
商品と関係を持った・・・ではなく「関係を結んではいけない相手」みたいなニュアンスでしたね。
コントロールフリークについては「成功して欲しかったから」と普通の弁解でした。

マイケルファンのアーティストが、SONYを選ぶことが、トミーを世界一のプロデューサーにしたのに、トミーは彼らのことも、MJのことも自分の力だと勘違いしている。みたいなこともまずは理由としてありますが。

93年の児童への性的虐待冤罪事件で、マイケルは最後まで闘いたいという希望が当初あったけど。
レコード会社(トミー)やスポンサー企業の勧めで多額の賠償金で和解してます。
イメージ回復後にスポンサー契約を元に戻すという口約束が当初あったと思われます。
トミーはヒストリーの後、マイケルのイメージ回復を諦めてしまい、スポンサーが納得する別のスターを提供する必要に迫られます。
オリンピックとかワールドカップの準備は7年前に始まりますから92年のスーパーボウルの時には98年のワールドカップでペプシが公式ソング出してお祭りすることは決定していたはずなのです。
トミーが選んだのはタリアの幼なじみ、リッキー・マーティン。当時は自分で曲も書けないイケメンの白人です。(現在は自作。白人から混血にプロフィールも変化)
その後2000年の大統領選挙でリッキーのひと押し程度の僅差でブッシュが勝って、その後911が起きて
マイケルがチャリティーソング収録するために、マイケルの大ファンであるリッキーとタリアとマライアを全員集合させ・・・
・・・直後にリッキーが精神的な理由で働けなくなり仕事を全部キャンセルして休業(ソニー大損害)(2002年終盤には出てきましたけど)

マイケルVSトミーが大戦争状態になりました。
Commented by yomodalite at 2016-05-27 23:40
>その中でマライアに謝罪を初めてしたとネットのニュースで読みました。

私もそれは見ました。トミーは歴代の社長と違って、社交的な、元アーティストで、人好きがする感じ。その後の結婚生活が順調なところから考えても、マライアのために・・というのは考えにくいと思ってます。

・トミーは、マイケルのイメージ回復を諦め、98年のワールドカップのペプシ公式ソングをリッキー・マーティン(タリアの幼なじみ)に決めた。

・2000年の大統領選挙時、リッキーはブッシュの勝利に一役買っていた

・リッキーは、What More Can I Give ?に参加を表明しながら、途中でキャンセル・・・

MJは政党支持や、応援行動もほとんどしないアーティストですが、このときは、知人であるクリントンのために民主党のイベントに出演してますし、なんだか、リッキーはことごとくMJの邪魔をしてる感じですねw

それと、911のチャリティイベントなのに、アーティストがラテン系に偏っているのは不自然で、MJが「人種差別」だと批判する素地は、このあたりにもあったのかもしれませんね。

とにかく、これだけでも、トミーの言うことを聞いていたら、碌なことがなかった。とMJが思ったとしても不思議ではない。という感じはしますが、

この後の「大戦争」についても何かご存知でしょうか?
Commented by lolalola1129 at 2016-05-28 07:41 x
トミーがタリアと恋に落ちたのが95年~96年だとすると、
トミーはマライア側から慰謝料なしで離婚を申し込んでくれるように、
マライア側からトミーから離れるように誘導したことになります。
盗聴とか、尾行とか気が付いてもらえるようにしたのでしょうかね?「ストーカーだぞー。逃げてくれー」
グロリア・エステファンは大学時代の専攻が心理学でリッキーは心理学の大学教授の息子です。心理戦は得意でしょう。
リッキーにワールドカップオファーが来たのは公式には大会ギリギリの日程ってことになってますが、
自伝に95年~96年くらいのタイミングで恋人に「誰にも見つからない場所に僕を連れて逃げて欲しい」と言ったら
「君はスターになるべきだ」と言われてフラれたと書かれているのでそのころ内定したと思われます。

What More Can I Give ?の収録にはリッキーはいます。スペイン語版の方が出番が多いけど。
その後のコンサートにはいないですね。精神的な理由で休業中です。
What More Can I Giveはトミー・モトーラのプロデュースが多いのです。セリーヌ・ディオンとかビヨンセ(デスチャ)もトミー組。

元々エホバの証人で政治活動禁止されているので当初は政治支持がなかったマイケルですが、(87年で脱退)
マイケルは2000年にはアル・ゴアを支持していましたよ。2004年の大統領選挙では資金集めもしていました。

リッキーは2002年終盤に復活して人身売買撲滅活動に身を投じ、ブッシュ大統領に協力を要請し、ユニセフ親善大使に就任します。
ほぼ同時にトミー組のSHAKIRAもユニセフ親善大使入り。
リッキーは2004年大統領選挙では「自分で考えて必ず選挙に行くように。」と中立。
リッキーのスルーパスを受けたヒスパニック住人はもちろん「自分で考えて」ブッシュに多く票を入れました。
リッキーは2007年から民主党支持に変更しました。

大戦争ですが、What More Can I Giveがリリースされないように妨害したのと、invincibleの販売妨害ですね。
ウィキにのっていることくらいしか知らないです。
Commented by yomodalite at 2016-05-29 21:07
>トミーはマライア側から慰謝料なしで・・・

スゴい推察ですね!その可能性はあるかも。それにしてもどうして、そんなにタリアにくわしいんですか?

>マイケルは2000年にはアル・ゴアを支持・・2004年の大統領選挙では資金集め・・

このソースはどちらでしょう?

MJの選挙支援について知っているのは、1998年に、Don Bardenというベガスの事業家のキャンペーンで、これはMJランドの建設といったビジネス絡み。( https://www.youtube.com/watch?v=YpyUYK-vsek )2002年の民主党のEvery Vote Countsの出演は、クリントンとの関係や、反ブッシュがあったと思います。

あの裁判時の2004年に資金集めって、どんな理由で、どなたのですか?

>リッキー、SHAKIRAのユニセフ親善大使・・

当時、トミーの地元ニューヨークでは、ヒップホップが隆盛を誇り、それまでの、ビー・ジーズや、ホール&オーツの時代とは違い、黒人とヒスパニックが聞く音楽が人種によって分離された時代だったと思うんですね。

ヒップホップは苛烈な東西抗争だけでなく、ラテン系アーティストと、黒人アーティストとをもはっきりと分離させたと思います。トミーは、ますますラテン系アーティストと距離が近くなり、彼らの代表となることで、黒人アーティストとの距離は広がる一方だったでしょう。トミー個人だけでなく、レコード会社内でも、はっきりとグループが出来上がり、そういった中で、マイケルが言うような「黒人差別」があったのではないかと・・・
Commented by lolalola1129 at 2016-05-29 23:41 x
>>スゴい推察ですね!その可能性はあるかも。それにしてもどうして、そんなにタリアにくわしいんですか?

もともと私はリッキーのファンなのですが(2003年から)洋楽の新規開拓にあたって、
CD店などで試聴したりが面倒くさくなり(ユーチューブが当時なかった)
「チャリティ活動に熱心な歌手」をテーマに買い集めるようになりました。
リッキーは経営するNPO法人で募金を集めてて、私の「買ったCDの価値分・・・と思って500ドル(5万3千円)寄付したとか、歌詞の意味が知りたくて独学でスペイン語を勉強」とか美談系をリッキー本人に教えた人がいるのか?
リッキーは私の書き込みを探して読むようになり。ずっと彼はロムしていたようで。
その後、マイケルはキャサリンママに殺されたんだって内容のブログに私が反論するようになり、
いやマイケルはたしかに業務上過失致死ではない。しかし殺害以外にも可能性はあり。
殺害か?自殺のごまかしか?拉致監禁で生存か?自発的な死んだフリで生存の4択。犯行が可能なのはリッキーしか思いつかない。
にリッキーが本人の公式ツイッターで返事をしてきました。(2014年夏)
そこから私のブログに対してリッキーが公式ツイッターに感想文を書く日々が、彼に素敵な恋人ができるまで(笑)続くことに。(今年初めくらいまで)
曲も作って貰ったり。
ブログのネタを探すのに必死になるしかない日々だったのであります。わかりやすいの上に貼りました。コメント欄です。
同じの本人の方式ツイッターにあります。

2000年のアル・ゴア支持って昔ネットで読んだんだけど、今ソース見つからないです。アル・ゴアの環境対策に賛同しているみたいなの読んだんだけど。
資金集めは確かに2002年ですね。アポロシアターのイベント。
2004年の大統領選挙の最中は・・・検索したらこんなの出ました。http://www.akashic-record.com/y2003/mj.html
Commented by lolalola1129 at 2016-05-29 23:56 x
分けました。
ヒップホップは・・・興味がないので詳しくないのですが。
黒人とヒスパニックが聴く音楽は人種によって分断されていますし、元々白人と黒人も分断されてて。
マイケルは白人社会に初めて受け入れられた黒人音楽・・・みたいな感じで、
リッキーが白人社会に初めて受け入れられたラテン音楽・・・みたいな感じなのでしょうかね。
どっちにせよ音楽にお金を払えるのって白人(金持ち)がメインですし。
貧乏人はテレビしか見れない。
黒人アーティストは他のレーベルにも大量にいますから、経営戦略的にラテン系を多く集めて、
ラテンブームを自ら作り出した。流行は作り出すものですし。
その過程で予算を削られたり冷遇される黒人アーティストもソニーにはたくさんいたのかな。
Commented by yomodalite at 2016-05-30 22:24
>もともと私はリッキーのファンなのですが・・

ああ、そうだったんですね。

>アル・ゴアの環境対策に賛同・・・

地球環境を心配していたのは間違いのないことですが、支持の表明も、支援に関しても、他のアーティストのような積極性がいつもなかったと思うんですよね。

>2004年の大統領選挙・・・

これは、MJがしたことではなく、メディアが利用したという例ですね。このときの米国もそうでしたが、戦争への分岐点のような、重要な時期に、芸能ニュースが溢れるという状況は、現在の日本の状況によく似てますね。

たくさん質問してすみません。
色々と教えていただいてありがとうございました!
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by yomodalite | 2015-01-31 00:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(11)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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