マイケルは、なぜ、あのアルバムを「スリラー」と名付けたのか?[4]

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アルバム『スリラー』の中から発表された『ビリージーン』『ビート・イット』そして『スリラー』という3本のビデオは、すべてこのアルバムのために僕が考えたコンセプトによるものでした。可能な限り映像的に音楽を提供しようと僕は心に決めていたのです。どうして世の中は、こんなにも原始的で、説得力のないビデオだらけなのか、理解できませんでした。(『ムーンウォーク』p215)

『ビリージーン』は、MTVが最初に放映した黒人アーティストのビデオだという、
MJのよく知られた伝説があります。

ただ、CBSの当時の社長イェトニコフが、マイケルのビデオを流さないなら、自社のアーティストすべてをMTVに出さないと言ったのは、若干「作り話」であるらしく、「Billie Jean」は、他のレコード会社アーティストである、プリンスの「Little Red Corvette」と同時期にMTVに登場しています。

(プリンスは『スリラー』の翌年、主演映画『パープル・レイン』で、映画とサントラの両方を大ヒットさせています。同じ時代を生きたふたりの天才の歩んだ道は、MJを考えるうえでとても重要だと思うのですが、今回はスルー)

それでは、『ビリージーン』より前のビデオは、どこで流されていたんでしょう?

私はアメリカに住んでいたわけではないので、実際のところよくわかりませんが、『Don't Stop 'Til You Get Enough』は、1979年7月、フランスの「M6 Music Hits」で初放映され、『Rock with You』は1979年11月、『She's out of my life』1980年2月、『Can you feel it?』は1981年2月に、英国の「VH-1 Classics Europe」というケーブルTVが最初に放映しています。

『Don't Stop 'Til You Get Enough』以外は、すべて英国のTVディレクターで、プロモーションビデオとして世界初作品(1975年)と言われているクイーンの『ボヘミアン・ラブソディー』のビデオで有名になった監督、Bruce Gowers によるものです。






『ボヘミアン・ラブソディー』は、これまで英国で一番売れた曲としても有名ですね。

この頃までのMJの作品は、いずれも海外でシングル発売日に初放映されています。本国よりも海外の方が早い理由について確かなことはわかりませんが、これは、当時のMTVが黒人差別をしていたからではありません。

なぜなら、MTVが始まったのは、1981年の8月1日。
これらの曲のプロモーションの頃はまだ存在していなかったのです。

おそらく当時の日本でもそうだったように、周辺諸国の方が、世界最大のマーケットをもつ国の音楽情報をいち早く取り入れたいと思うものであったり、また広い国土をもった、独立した州の連合体である米国では、音楽リスナーの地域格差が大きかったこともあり、全国的な音楽チャンネルの設立には至っていなかった。

MTVで初めて流れた音楽ビデオは、すでに2年前に発売になっていた英国のバンド、
バグルスの「ラジオスターの悲劇」でした。





それは、巨大音楽市場をもつ米国でラジオ時代の終焉を予見し、TVで音楽を楽しむ時代の口火を切り、それまでの英国やヨーロッパのような小さな音楽市場の視聴者層とは、まったく異なるタイプのビデオが求められる時代の到来でした。

ファンにとって『Rock with You』のキラキラしたMJは、今でもとても魅力的ですが、MTV発足の半年前の『Can you feel it?』は、まさにそんな時期に気合いを入れて創られたことがわかるレベルの作品だと思います。






それでは、『Can you feel it?』と比較して、3年後の『ビリージーン』は、
それほど画期的にレベルの高い作品に見えるでしょうか?





うん…  見えなくも、、ないか(笑)

私には『Can you feel it?』は、歌のメッセージをしっかりと押さえ、言うべきことを予算内でしっかりとビジュアル化した、インパクトがある作品に見えます。実際、この作品は、2009年に行なわれたビデオ作品人気投票ベスト100にも選ばれています。

一方、その2年後の『ビリー・ジーン』は、あとから振り返ってみると、

MJがこのあと創ったすべてのショートフィルムだけでなく、彼自身の未来予測も含まれた「青写真」になっているようで、とてもとても興味深いのですが、

監視する男、色が変化する猫、コイン投げ、サタデーナイト・フィーバーのフロアを思い出させるライトアップされた道、ステイン・アライブのバリーギブのようにジャケットを肩にかけ、タブロイド新聞が舞う道には、フレッド・アステアの「バンドワゴン」にも登場した虎模様の布、貧乏な男がリッチマンに変身、MGMミュージカルのようなセット、「オズの魔法使い」に登場したような道(yellow brick road)、男をだましそうな複数の女、爪先立ちのポーズ、HOTEL、誰と寝ているのかわからないベッド、盗撮、警官、逮捕される男、ゴッドファーザーの看板、虎模様の布が本物の虎に…

歌詞と、直接関係のないような、こういったシュールなテイストのビデオは、当時なかったわけではないので、この頃のMJが、あまりにも革新的なビデオをクリエイトしていたと言われると、なんだか納得できないと、私は長い間思っていましたし、映画用のフィルムを使ったことも、作品のインパクトに比べれば、予算をかけ過ぎているようにも見えましたが、

(後記:MJは35ミリを使ったと言っていますが、監督はインタヴューで16ミリでの撮影だったと明かしています→スティーブ・バロン監督が語る『ビリー・ジーン』裏話

この頃、音楽ビデオで一歩も二歩も進んでいた英国アーティストに対して、MJは、映画において大きな蓄積のあるハリウッドの人材によって、ビデオの質を上げようとし、その第一人者として他をリードすることを考えたわけです。それは、このあと「スリラー」で長編ビデオを創るうえでも、実に適確な判断だったと今は思います。

さて、『ビリー・ジーン』のビデオも、
これまでのように、英国やドイツの音楽ビデオ番組で初放映されているのですが

フィルムが出来上がっていた1月ではなく、3月が最初で、MTVでは4ヶ月後が初放映です。MTVが遅かったのは、よく言われているような黒人差別のせいかもしれませんが、今まで、発売と同時に放映してきた海外の放送局でも、遅れるようになったのは、なぜなんでしょう?

これは、私の想像ですが、

MTVだけでなく、他の国でも音楽チャンネルがこれまで以上に注目されることによって
「放映権」に変化が生じたからだと思います。

そして、他のビデオの何倍もの制作費をかけた『ビリー・ジーン』は、テレビ局にとって、もっとも手強い契約相手だったのではないでしょうか。

そしてこのあと、『ビリー・ジーン』には、さらに注目されることが起こります。

あの、最初に「ムーンウォーク」を見せたという伝説のTVスペシャル『モータウン25』が、リリースから4ヶ月後の5月16日(ショーが行なわれたのは3月25日)に放映されたからです。





前作『オフ・ザ・ウォール』では、ミュージックビデオ以外の露出はなく、大人気だったジャクソンズのバラエティーショーを、自ら降板したMJは、その後長らくテレビに出演していませんでした。そのせいもあり、TVスペシャル『モータウン25』で、ムーンウォークを披露したとき、世間は久しぶりにジャクソン5の少年が大人になった姿を見て、その魅力的な変化に驚きました。

パフォーマンスが素晴らしく、ムーンウォークがめずらしいダンスだっただけでなく、あの少年が、鼻が細くして、これまでとは違う新しい外観の若手スターになって帰ってきたということで、MJに大きな注目が集まったわけです。

新生マイケル・ジャクソンを初披露したのが、黒人音楽をメジャーにした「モータウン・レーベル」の記念番組だったということも、とても重要だったと思います。会場には、MJを少年時代から応援し、黒人に偏見をもたない人が大勢いたわけですから。

そして、その番組で大評判になったあと、『スリラー』からの、2番目のビデオ『ビート・イット』は、発売からおよそ2ヶ月後のプライムタイムにMTVで放映され、その後、米国3大ネットワークのひとつであるNBCのプライムタイムの番組「Friday Night Videos」で放映された初めての作品になりました(1983年7月29日)。

スリラー期のMJのビデオは、当時、ミュージックビデオをよく見ている人間にとっては、それほど画期的には見えなかったのですが、この年、米国では、ケーブルテレビではなく、3大ネットワークのプライムタイムに、音楽ビデオを放送する番組が始まり、今までとは異なる視聴者層にアピールするようなビデオが、より一層求められるようになったんですね。

1983年1月2日発売の『ビリー・ジーン』も、その1ヶ月後に発売された『ビート・イット』も、地上波テレビによって、さらに売上げに火がついたわけです。


1983年の秋までに、アルバム『スリラー』は、CBSの期待を遥かに越える、800万枚を売り上げていました。すでに売れに売れているアルバムからは、シングルリリースする意味も、3本目のビデオを創る理由も、レコード会社にもなかったはずです。

自伝には、売上げが落ち始めたことで、当時のマネージャー、フランク・ディレオが、もう1本、ビデオか、短編映画を作ってもらえないかと言ってきた。とあるのですが、そんなことをディレオが言うでしょうか?しかも、「短編映画」だなんて。。

2009年版の自伝の序文を書いた、ベリー・ゴーディーはこう言っていました。

「アーティストとしての偉大性を深く理解するには、さらに行間を読み取る努力が必要かもしれない。というのも、彼には二面性があったからだ。(中略)

作曲、歌、プロデュース、演技、演出と多岐にわたって能力を発揮してきたマイケルだが、実は思慮深さも兼ね備えていた。自分の身を守るために、キャラクターを作り上げて演じてきたこともある。ステージの自分と、普段の自分、あるいは会議中、契約中、企画中、プロモーション中など各々シーンに合わせたキャラクターをつくり出し、演じていた。

マイケル自身が絶対に創りたかったものでも、このときは、あまり自分の手柄や、計画とは思われたくなかった。ということではないでしょうか。






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Commented by kuma at 2014-06-02 23:08 x
大型連載
 「マイケルは、なぜ、あのアルバムを「スリラー」と名付けたのか?」
の大ファンです。
yomodaliteさんの考察が、緻密でオリジナルでユーモアがあって、わくわくするから(いつもですが、今回特に)です。前回の、ポールとのくだりもすっごく面白かったです。野心に燃えるマイケルの姿が垣間見えて。
単なる批判とか、単なる礼賛とかじゃなく、あーでもないこーでもないと、一生懸命マイケルのことを考えているyomodaliteさんに触発されて、読者である私も、マイケルのことをいろいろな角度から考えることができます。すごく感謝しています。マイケルのファンであるからには、'think'を大事にしなきゃいけませんものね。以前ご紹介下さっていた、Dancing the Dreamでも、マイケル自身、I'm the thinker, the thinking, the thought と言ってたような気が…)
そして、汲めども尽きぬ泉のように、こんなに「考える材料」を与えてくれるマイケルを、あらためてすごいと思います。5年間考え続けて、飽きないのですからw
今後も楽しみにしております!
Commented by リラ at 2014-06-03 14:15 x
kumaさんに激しく同意です!横からすみません!
楽しみに待っていた記事が続々とアップされて、私もとても楽しく読ませていただいてます。私もyomodaliteさんのブログが一番好きです。読んでいると、まるでマイケル本人が書いているのでは!?と錯覚をします。この5年間ここまで深く考えさせられて、泣いたり、笑ったり、動揺するとは全く想像しておりませんでしたので、ずっと衝撃を受け続けているのですが、それは一つも無駄ではなくて、私に必要なことだったんだなとこの頃思えるようになってきたかなぁ。
そのきっかけも、yomodaliteさんのブログですので、私も本当に感謝しています。マイケルのよく言う「bottom of my heart♡」の心境です。
毎日新アルバムを聴いています♪最初はオリジナル音源との違和感を感じてましたが、今はむしろ現代版mixのみ聴いています。脳内CDプレーヤーフル回転です(笑)私はBlue gang~を除きなんですが(泣)でもマイケルの作品にはどんな断片でも触れたいので、今後も新しいアルバムが出るのを楽しみに過ごします。
yomodaliteさんもマイケルに癒されながら…飽きるまで是非(笑)ブログ継続よろしくお願いいたします♪
Commented by yomodalite at 2014-06-03 22:26
kumaさん、コメントありがとーーーー!!!!

>野心に燃えるマイケルの姿が垣間見えて。

世界一の負けず嫌いだもんね。スリラー期のMJって全然興味なかった頃だったんだけど、振り返ってみると、やっぱ、この頃のMJの野心の燃え方はハンパなかったなぁってことが、ようやく伝わってきたって感じ。

>I'm the thinker, the thinking, the thought

この言葉に出会ったときが、私がMJに泥沼のようにハマッたときだけど。。ホントにすっごく影響受けたと。。5年たってもしみじみ。。

>今後も楽しみにしております!

応援ありがとうございます。最後まで、なんとか書いてみます!
Commented by yomodalite at 2014-06-03 22:34
リラさん、いつもありがとうございます!

>最初はオリジナル音源との違和感を感じてましたが、今はむしろ現代版mixのみ聴いています。

ふふふ。そーゆー人、きっと多いと思う。私も両方好きだしw

>私はBlue gang~を除きなんですが(泣)

そのこだわり、なんか気になるわ(笑)

>飽きるまで是非(笑)ブログ継続よろしくお願いいたします♪

うん!みんなが飽きても、私が飽きるまではね。このブログは7年目なんだけど、こんなことになるなんて始めた頃は思ってもみなかったなぁ。。
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by yomodalite | 2014-06-02 13:54 | MJ考察系 | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite